ゼフィルス、結婚は嫌よ

多谷昇太

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10年後への求婚

縁生の舟(4)

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ようやく気を鎮めた一郎が「あー、ごめん、ごめん、惑香ちゃん。つい昔を思い出してしまって。ははは。とにかくね、そんな分けだから小父さんはね、惑香ちゃんやお母さんのことはぜんぶ面倒見るから。ね?このあと高校はどこへ行くのかな?私立だろうとどこだろうと、入学金も授業料も小父さんがぜんぶ出すよ」「まあ、一郎さん。今までも本当にお世話になって…もう充分です。お礼の云いようもありませんのに、これ以上ご迷惑をかけてしまったら…」と春子が受けるのに「なーにを云ってるんですか、春子さん。惑香ちゃんがお嫁に行くまで私はね、小父さんは絶対に死ねないの。ね?惑香ちゃん」と言明して見せる。それで終らずに一呼吸置いてから「それで惑香ちゃん…どう?小父さんの息子の義男なんかは。え?」と訊く。顔を赤らめて「知らない。わたし…」と惑香は逃げ「まだ早いですよ、一郎さん。まったく、中学生の娘(こ)に…」と春子がたしなめる。「ああ、そうか。こりゃ早まった。わははは」などと話していた往時の一郎小父さんのことがいまさらのように惑香の脳裏に思い出される。惑香が生まれる遙か前に戦死した義雄叔父のことは当然ながら具体的なイメージは湧かなかったが、それを語っていた一郎小父さんのことが義男の誘導で懐かしく思い出されたのだ。しかしあの時以来小父さんは確か一回もわが家を訪れなかったように思う。それ以前からもそれほど訪うことはなかった。あんなに私を可愛いと溺愛していたわりには…なぜなのだろう?といまさらのように惑香は不審がる。第一大人になった今、一郎小父さんの話を改めてふり返るならば、可愛く愛しく思うのは本来私ではなく母の春子であるべきではなかったのか?なぜ一郎小父さんは母を嫁にもらわなかったのだろう?などと気づきもするが実は、その辺りの事情には眼前の義男が惑香に接するのを長年憚っていたのに似る、一種特異な事情があったのである。
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