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10年後への求婚
縁生の舟(1)
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「時に任せながらも義を果たす男…かしら?」などと、なぜか無意識のうちに姓名判断的なことを惑香が口にする。それへ「うーむ、なるほど…ですね。確かに云い当て妙ですが、しかしもしそれならば義男の字が違ってくるかも知れません。それに姓も」
「は?字が違ってくる…?」
「ええ、そう。しかしそれを云う前に惑香さん、あなたのお名前をぜひ書いてみてくれませんか。そのぼくの名の横に」
「え?だって知ってらっしゃるんでしょう?私の名前を。あなたのお父様からうかがって?…」自分が中学生時来訪問がパタリと途絶えて、またその前からでもごく偶(たま)にしか我が家を訪れることのなかった一郎おじさんこと、時任一郎へのおぼろげな記憶をよみがえらせながら惑香が聞く。ただ偶にではあっても一郎おじさんが家に来たときの惑香への可愛がり方は尋常ではなく、「おー、惑香ちゃん、惑香ちゃん、かわいいかわいい。もう、小父さんの子にして家に連れて帰りたい!」などと云っては頭を撫で頬をさすり、そして必ずおみやげにお菓子や人形などを持参してくれたのだった。そんな一郎おじさんへの思い出に思わず顔をゆるめながらでも、ただ眼前にいるこの時任義男への記憶がないことを惑香は不思議がる。一郎おじさんに息子がいることは小父さん自身の口から聞き、母からも聞いて知っていたが(確か)一度も会ったことはなかった筈だ。それなのになぜ今こうしてその義男が自分の目の前に居、またさきほど来の告白によればだが、自分への思いハンパならずを告げるのだろう。そんな惑香の心中のモノローグを聞いたかのように義男はやさしい笑みを浮かべながら「ええ、知っています。ただ字面(じづら)と云うか、ご本人の手によるお名前をぜひ見てみたいのです。ぜひ…」と云ってペンを差し出し惑香に要求する。
「ええ?なんか嫌だわ、わたし…字が下手ですよ。ふふふ」と云いながらでも義男の名の横に自らの名、鳥居惑香を書いて見せる。それを受け取ってから暫し見つめたあとで「うーん、見事な筆跡」「嫌だ」「ははは。いや本当ですよ。それで、このお名前を説かせていただくなら〝自らの美しさに戸惑う水鳥〟…ですかね。ご存知ですか?若山牧水のこの歌を。〝白鳥は哀しからずや空の青海の青にも染まずただよふ〟」
「は?字が違ってくる…?」
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