ゼフィルス、結婚は嫌よ

多谷昇太

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不思議な邂逅、義男と惑香

いまに(い、いや10年前に)返る

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『…そこには500万円の額面が記されていたわ。しかしその瞬間、私は事ここに至る自分の性根を見せつけられた気がしたのよ。小切手の上に額面ではなく「これがお前の性根だよ。財産目当ての女狐め」とでもする一文を読んだような気がしたの。私はくちびるを戦慄かせて老紳士の目の前でその小切手を破いてみせた。私がその椿姫、商売女だとでも云うのか。私は「(彼が)そんな人だとは思いませんでした。婚約はこちらからお断りします!」と、そうひとことを云って止めるのも聞かずに木枯らしの街へと飛び出して行ったのよ…』
往時を偲んで唇をかむ惑香の前で義男は飽くまでも静かだ。あたかも惑香の心中のモノローグを読んでいるかのようにさえ思われる。そんな自分への抱擁を思わせる義男の前で惑香は語らずもがなのことまでモノローグしてしまうのだった。
『その失恋を機にして私はゼフィルスの会に入ったのよ。そしてその時の屈辱と心痛を忘れないようにしよう、肝に銘じようとして、事あるごとに、また近くに来る機会があるたびに、こうしてこの店に立ち寄っているの。たった一人きりでね』と云い、さらに『ちなみに今回ここに来たのはそのゼフィルスの会の会長から呼び出しを受けているからよ』と先に記した経緯を心で語ったところで、ようやく惑香は完全に今に返ったようだ。さあそれでは以下のセリフはもはやモノローグではなく、現実の2人の会話と致しましょう。

「…そうですねえ。私は昔の、その…と、特別な思い入れがあって、よくここにひとりで来るんです。フフフ。ま、今日は先生から、あ、いや、だからその高山花枝から呼び出しを受けているので、ここで時間をつぶしているんです。このあと先生のアトリエまで行かなければならないの」
「特別な思い入れ…ですか。なるほどですね。無理にはお聞きしませんが、そのう…何か木枯らしが吹くような寒さを感じますね。ははは」
「え?木枯らし?…な、なぜ」
「いやいや何となく、ですよ。ちょっとそんな気がしただけです。しかしもしそんな時に僕があなたに出会(でくわ)わしたならば、僕はあなたを暖めてお慰めしてあげたかった」
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