89 / 93
終章・新時代の幕開け編
今後の方針
しおりを挟む
母さんと廊下で別れた俺たちは、弥平の導きの下、奴の私室に場所を移した。
ちなみに弥平の従兄妹、白鳥是空は夕食の支度をするため同伴せず、白鳥邸方面へと去っていった。正直もっと話とかしたかったんだが、彼女には彼女のやるべきことがある以上、強く引き止めるワケにもいかず、彼女の去り際を潔く見送ることにした。
最後の最後まで紳士的に振舞っていたが、若干礼の角度が浅かったのは、ここだけの話である。言ったら直されるかもしれないからな。
「さてと……じゃあ明日からのことを話し合うとしようか。別に母さんに言われたワケじゃないけど」
「兄さん……流石にその言い草はキツイよ……」
「う、うるせーうるせー!! 身内の恥を晒されたんだぞ!! お前は少し恥ずかしがれよ!!」
「いや別に僕弱いから強がる必要とかないしさ」
「ぐっ……開き直りやがって……くそ、これだと俺だけなんか惨めな状況に……」
「澄男さまが惨めなのは元からなので、さっさと本題に入りましょう」
「おいそこ!! そこの青髪!! いまシンプルにディスっただろ!! 聞いたぞ完全に聞いた!! 俺の耳はごまかせねぇ!!」
「私から一つ、報告すべきことがございます」
「スルー!? いや……もういいや……分かった、とりま報告とやらを頼む……」
もはや誰も否定する気なし。甚だ遺憾だが話が進まないのも事実だし、恥を飲み込み奴の話に耳を傾けることにする。
「これもまた重大なことなんですが……」
「ああもういいよ、今更なに言われても驚く気にもなれんし」
「そうですか……? えっと、では簡潔に述べます。本家にありました澄会様の遺産ですが……私の父、流川凰戟様の命により、全て差し押さえられました」
「……え?」
なに言われても驚く気になれない、そう言ったな。あれは嘘だ。
母さんと弥平の親父には振り回されまくったし、もう余程のことでもない限り驚かない自信がついた矢先にこれである。その余程のことが起きてしまったのだ。
無一文。自分で金を稼いだことのない俺にとって、それはかなりの一大事。いままで金のことなど一切気にしたことなかったし、お金なんて望まなくとも一ヶ月に一度、母さんからお小遣いとして勝手にもらえるものだとばかり思ってただけに、その喪失感はでかい。
久三男なんて血の気が引いて顔面が真っ白になってやがる。そりゃそうだ。何を隠そう、本家で一番金遣いが荒いのは他ならぬコイツなのだ。
カキンとかいう謎のシステムに金を注ぎ込みまくっており、いつも一ヶ月にアホみたいな量の金を垂れ流していた覚えがある。俺は学校の帰りにテキトーに買い食いしてた程度だったが、よくよく考えてみれば金がなければ欲しいものは買えず、買い食いとかも一切できない。
これはマジで由々しき事態だ。
「……どうしよ……買い食いとかできないし困ったな……」
「はい? 何言ってんです? 重要なところはそこじゃないでしょう?」
「いや重要だろ。夕方、何かしらの帰りに買い食いしに出店に立ち寄るの、俺のささやかな趣味だったんだぞ。まあ学校に通わされてた頃の話だけど」
「いえ……あの、澄男さま? 重要なのは生活基盤の話ですよ? 買い食いができるかどうかなんて正直どうでもいいです。お金が無いということは、最悪本家の生活基盤が崩壊するかもってことです。本家の生活基盤ってどうなっているんですか?」
いやいやどうでもよかねぇよ、と突っ込みたくなったが、弥平が苦笑いを浮かべていたことに気づき、これ以上の反論はヤバイと感じとる。
でも何か変なことを言ったか俺。釈然としないんだが、とりあえず話も進まないし聞かれたことに答えるとしようか。
「生活基盤なんぞ俺は知らん。基本的に家にいて生活に困ったことなんてなかったし」
「ですよね。ちなみに聞きますが、電気や水道、ガスなどはどうなってるか、ご存知ですか?」
「知らん! どっかから無限に湧き出てくるもんなんじゃねぇの? 今まで使えなくなったことなかったし」
そう言った瞬間、弥平の苦笑いが深刻になり、御玲は額に手を当て大きく溜息をついた。
おい待てや。マジで俺、なんか変なこと言ったか。正直に一切の嘘偽りなく話しただけなのに、なんでこんな居た堪れない空気になるんだよ。知らんもんは知らんし、知ったかぶりする意味もないじゃんよ。
「御玲……兄さんにその手の話は馬の耳に念仏だから。僕が代わりに答えるよ」
居た堪れない重い空気が横たわる中、いつもは静かにしてる久三男が口を開いた。御玲は小さく、助かります、と答える。
いやそれなら最初から久三男に振ってくれよ。なにこれ、俺生殺しじゃん。つかこれ俺が悪いの。知っとかないとダメだった系の話なのこれ。
「まず電気、水道だけど、これに関しては大丈夫。全部流川家領で賄ってるから、光熱費はゼロだよ」
「やっぱりそうなんですね。念のため聞きましたけど、予想通りでした」
「電気は本家領に設置してる自家発電所から、水道は上下水道の浄化施設が同じく本家領にある。管理と維持はラボターミナル主導でやってるから、管理費とか維持費とか、人件費もゼロ。正直必要なのはお金じゃなくて、材料かな」
「施設や機器の部品を補修するのに必要、というわけですか」
「さすが弥平。そうなんだよ、施設や施設内の機械とかは経年劣化で壊れるから、補修するのに材料がいるんだ。それさえ準備してくれたら、あとは全部僕か、ラボターミナルが勝手にやってくれるから」
なるほど、と御玲も首を縦に降る。その頃、俺とカエルたちは案の定置いてけぼりを食っていた。つか早速眠い。
「兄さん寝ないで」
「んああ、寝てない寝てない」
久三男の声が鼓膜を貫き、朦朧としつつあった意識を見事に撃ち抜く。垂れそうになったヨダレを急いで拭き取ると、とりあえずシャキッと背筋を伸ばしておく。
「話聞いてました?」
御玲がすんごいジト目でこっちを見てくる。その青い瞳は濁り、心を開く前の頃の御玲を彷彿とさせてくれる。ヤバい、これはカチキレ寸前といったところか。
「いや大丈夫だ。聞いてた聞いてた。光熱費とかそういうなんか色々としたものは大丈夫って話だろ?」
「まあ……原型とどめてないくらい噛み砕かれてるけど結論は合ってるかな……」
「なら問題なし、続けてくれ!」
背筋をピンと伸ばし、聞く姿勢的なものを整える。
みんなの前で言うと流石に、というかもう御玲の堪忍袋が爆発するので心の中だけで言うが、俺は興味のない話を聞くのが苦手である。
復讐に躍起になってた頃は親父を殺すためならという意気込みでやってたし、戦いのための作戦会議とかは好きだから聞けてたし音頭もとってたが、基本的には話を聞くということ自体が苦手なのだ。
じっとして長々とした話を聞くのは正直辛いし、況してや内容に興味無かったら記憶にも残らない。本音を言うと興味があるやつらが勝手に話し合って、結論だけ聞かせてくれと言って寝てたいくらいなのだ。
でも、そんなのが許されるワケもなく。
家長たる俺が、これからの展望の話をするってときに寝てるのは流石にダメだろう。
そもそも最後は俺が決めるんだから、俺が寝てたら話し合いに参加しなかったくせに後から文句言う害悪に成り下がる。それは絶対にダメだ。仲間をこれ以上困らせるワケにはいかない。これ以上は、だ。
「食料についてはどうなっているんでしょうか。澄男さまは、気がついたら冷蔵庫が一杯になっていたと仰っていましたが、冷蔵庫から勝手に湧き出る、なんてことはありませんよね流石に」
「あはは、そりゃないよ。食料はね、まあそのときそのときで色々なんだけど、母さんが山に行って野生の魔生物を狩ってきてそれを捌いて保存してたり、分家派に注文して届けさせたりして補填してたかな。兄さんはそこらへん興味ないから、あたかもそう見えてただけだと思う」
「でも澄会さまが殺されてから今日まで、食料は尽きませんでしたけど……?」
「僕が分家派から発注してたからね。冷蔵庫に入れる作業も面倒だから分家派に必要量を順次冷蔵庫内に自動転移するように指示してた」
「そんなこと、できるんですか?」
「可能です。久三男様の発注に関しては私の腹心である是空が携わり、転移魔法を応用した分家派製の魔道具を使用し運搬していたと報告を受けています」
「なるほど。腑に落ちました」
俺やカエルたちを置いてけぼりにして、話は進んでいく。
今のところ黙ってるメンツでパオングとあくのだいまおうがいるが、アイツらはきちんと理解できてるだろう。ツッコミを入れてこないあたり、その程度は即興で理解可能という意思表示なのは明らかだ。しかし問題は俺である。
食料に関しては、俺も御玲と同じ疑問を抱いていた。腹を満たすのに困らない以上、些事だとすぐに興味は失せたが、分家派からピンポイントに物を転送できる技術があったのか。
まあ見た目の割に大量のアイテムを、それも色んな場所から出し入れできる魔導鞄とかいう兵站の概念ぶっ壊す系魔道具もあるし、特定の場所にものを運べる魔導具があっても今更感がある。
なんというか、マジで流川家って不可能とかあるのか疑問に思えてくるな。
「結論、食費もゼロで済む。ということでしょうか」
「まあ、そうだね。分家派で発注する分も支出ゼロだし、山から食料になる魔生物を狩るのは言うまでもなし。分家派に頼らない場合を考えても、冷蔵庫のラインナップが若干失われるだけで、基本的に自給自足は可能だね」
「えっと……それだと、結局お金が無くても生活には困らない、ということでよろしいんですか?」
「マジで? おい、どうなんだ久三男」
御玲と俺は揃いも揃って久三男に顔を近づける。突然顔をぐいぐいとかなりの気迫で近づけられて、半ば引いてた久三男だったが、澄まし顔を装い、答えた。
「まあ……そうなるかな」
「じゃあ金稼ぐ必要ないのかぁ。だったらずっと修行とかできるな!」
「……私としては、なんだかモヤモヤしますが、流川家がそういう仕組みである以上は、仕方ないですね」
「まあいいじゃんか御玲。面倒くさいことやらずに済むんだし、これから楽しく生きていこうぜ?」
「いえ、澄男さまには当主としての責務を果たしてもらいませんと」
「そんなのあんの?」
「ないんですか?」
「ないよそんなん。基本的に俺は修行して飯食って風呂入って寝る、それだけしかやったことないし、それが今までの生き甲斐みたいなもんだったよ」
「なるほど。要するにニートと」
「いやちが……わない? あれ?」
「でしたら私の仕事を手伝ってください。暇にはしませんよ。今まで言ってきませんでしたが、カエルたちでは手が足りないんですよ。二名以外はサボるので」
「ギクッ」
「やべっ」
「あんッ」
「さて俺はパンツパンツと……」
御玲が、突然態度がおかしくなるぬいぐるみども四体を一瞥し、俺はなるほど、と呟く。
だが、ぬいぐるみたちの気持ちは分からなくもない。御玲がこの三ヶ月間やってたことといえば、料理、掃除などの家事全般だ。当然、俺は家事なんぞやったことがないしできる気もしない。というか普通にやりたくない。
理由、そんなものは簡単。興味ないし、楽しくないからに決まってるからだ。そんなんやるくらいなら久三男とテレビゲームして一日潰すか、アイツの部屋に入り浸って漫画しこたま読んでる方がマシである。
とはいえ、現状をどう打破するか。
俺の横で踏ん反り返り、各々知らん顔してる四匹のぬいぐるみどもは使い物にならんのは明らかだが、このままだと四匹が本来やるべき仕事を全部俺に押しつけられる形になるし、俺はぬいぐるみじゃないから御玲に隠れてサボるとかもできない。
久三男に協力して―――おいこら、そっぽ向くな。こっち向けやコラ。兄が困ってんだぞ助けろよ薄情すぎるだろテメェ。
「ご英断を期待しています」
うふふ、と青黒い瞳が光った。背筋が急に寒くなる。
アイツまさか氷属性の魔術で脅迫してやがるのか。いや違う。なんだこいつの目。死んでる。死んでやがる。まるでただの肉塊を見てるような。
待て待つんだ、早まるな御玲さん。それ以上はダメだ。なんかお腹ぐるぐる鳴ってきたし、というか心なしか吐き気も湧いてきた。
御玲の口から真っ赤な舌が艶めかしく唇を舐める。この恍惚な表情を忘れるわけがない。俺も御玲が一騎打ちで本音をぶちまけあったあの日、俺のはらわたを夢中で貪ってたときの顔だ。そのときの記憶が呼び起こされたのか、俺の腹の中がぎゅるぎゅると動いてるし、心臓の拍動も妙に速い。
生気が飛んだ青黒く濁った瞳。その瞳と目を合わせるとまるでお腹を弄られているような感覚が呼び覚まされ、その度に内臓が喚くのだ。
ヤバい。これはヤバい。御玲さんが昔の尖ってた頃の御玲さんに戻ってる。人を喰らいし頃の彼女に。
そこまでして俺に何かをやらせたいのか。いいじゃん修行で。何がダメなの。それがダメなの。いやさ、そこは適材適所じゃん。俺は修行。御玲さんは家事。弥平は密偵で、その他は、まあその他で。
それで困る奴ぶっちゃけいないしみんな幸せ、って感じじゃダメなのか。ダメみたいですね。ならば―――。
「弥平!! お前の類稀なる頭脳を駆使し、家での役割分担を決め」
「うぉぉい、お前ら仲良くしてっかぁ?」
猟奇的な雰囲気に満たされつつあった部屋をブチ開けたのは、対談のときに超絶やべぇ霊圧を放ってた流川凰戟その人だった。
自分は反論させる暇もなく我先に部屋からでてったのに、こういうときは都合良く現れるのか。やっぱあの母さんにして、この兄貴あり、だな。
「何用でしょうか、父上」
素早く凰戟のオッサンへ向き直り、跪く。自分の実の父親だというのに、真面目な奴である。まあ本家の当主がいるから格式を重んじてるんだろうが―――。
「そうかしこまんなや弥平。是空に言った言葉、忘れてんのか?」
「はっ、つい癖で……!」
弥平が珍しく目を見開いて焦っている。アイツが素でミスったところ、初めて見たな。つか何気に目を開くところも初めて見たわ。今更だけど、なんで瞼閉じてるのに前が見えるんだコイツ。
「まあいいや。つかお前らにやってほしいおつかいがあるんよ」
弥平に一枚の紙を手渡す。指令書的な何かだろうか。弥平はその紙に書かれた文章を読み下していくが、徐々に徐々に手を大きく震わす。
おいおい、なんか嫌な予感がするぞ。弥平が手を震わせるとか、これまた初めて見たんだけど。こりゃあまた爆弾投下レベルの案件がやってくるのではなかろうか。
「ち、父上……これは、本気ですか」
「ああん? 俺が嘘なんかつくかよ」
「で、すよ、ね……いやしかしですね、これを急に言われましても。私は別任務において、実地で失敗してますし足もついてる恐れが」
予感は、見事的中。どうやらクソ面倒な案件らしい。
弥平が今まで見たことないくらいに焦ってやがる上に奴ですら失敗したことを思うに、面倒なだけじゃなく内容もぶっ飛んでる。
ああ、耳を塞ぎたい。つかなんなら家に帰りたいし寝たいんだけど、どうせ無理だろうな。だって弥平の親父が持ってきた案件だもの。拒否権とか、最初から無いに決まってる。
「ンなもんテメェがしでかしたミスだろ? 自分できちんとケツ拭けや」
「う……確かにそうですが……これは……」
弥平の顔色がマジで悪い。今にもゲロ吐きそうな顔してる。
おいおいそんなにやばいのかよ。お前のそんな顔、初めて見たぞ。もらいゲロしそうになるじゃねぇか。
どうするべきか。いや、迷う要素なんてありはしない。そんなの、決まってんだ。
「チッ、貸せよ」
勢いよく立ち上がり、弥平から諸悪の根源を奪い去る。あ、と真っ青な顔色で見つめてきたが、彼としてもどうすればいいか迷っているらしい。珍しく、俺に素で頼ってきた。
そんな状態で頼られたんじゃ、見捨てるなんてできるわけがない。つくづく俺は甘ちゃんである。
「どれどれ……巫市の貨幣の仕様変更につき流川家での自己造幣が不可能になったため、現地に赴き、貨幣を持ち帰れ。ただし巫市の武力制圧は厳禁とし、さらに貨幣を無断で持ち帰ることも禁ずる……なんだこれ」
その内容は、全くと言っていいほど意味がわからなかった。
どういう指令だこれ。難しいとか簡単とかそんなん以前に、貨幣を持ち帰れだとか、流川家での自己造幣がどうのとか、なんのこっちゃ? って話である。
そもそもそれやってなんか意味があるんだろうか。いや、とりあえず意味とかそういうのはひとまずどうでもいいとして、おつかいの主旨がわからん。
貨幣を持ち帰れって、そんなんそこらへんに落ちてる金拾って持ってきたらいいだけじゃん。何が困るっていうんだろう。
全く意味がわからんという顔で凰戟のオッサンを見つめると、煙草を吹かしながら、ニヤッと悪辣な笑みを浮かべた。
「要するに、巫市と国交を結べって話だ。流石の兄弟でもこれなら分かるだろ?」
「……は? 国交……?」
「おいおいマジか? 国交って言葉の意味すら知らんのか兄弟」
「いやそれは流石に知ってるわ。問題はそこじゃない。国交? 巫市と? 話が飛躍しすぎててワケわかんねぇんだよ!! 詳細!! 詳細をできる限りわかりやすく簡潔に頼む!!」
「兄弟……お前も中々無茶苦茶だな……流石は澄会の息子だぜ……」
褒めてるのか貶されてるのか、イマイチ判断つけられないけどこの際どうでもいい。
巫市と国交を結ぶ。それをする意味やらなにやら、その全てがまるっきり全く分からんのだ。どうねじ曲がったら貨幣を拾って持ってこいって話が国交樹立とかいう極大スケールの話に化けるのか。
それに至るまでの過程的なものが当然あるはずで、そこが分からないことには指令を受ける以前の問題だ。拒否権なんて最初からないんなら、詳細を聞く権利くらいはあるはずである。
「弥平、話してやれや」
いやお前がしろよ説明。
指令持ってきたのお前だろ。なんで弥平なんだよ。そりゃ弥平なら紙見ただけで即興理解して他人に分かるように説明するのは余裕だろうけど、本来なら持ってきたお前が説明しなきゃダメなやつだろ。
とか言ってもどうせ聞いてくんないんだろうけどさ。ああもう、母さんの血縁者は話の聞かない奴ばっかりかよってそれ言ったら俺もじゃん。クソがぁ。
特大ブーメランが頭にぶっ刺さった俺をよそに、弥平は立ち上がって説明を始めた。
「今年の一月、巫市は貨幣の仕様を一切合切変更することを可決し、二月に全ての貨幣の仕様を変更しました。その仕様変更というのは、貨幣の不正造幣を防止するセキュリティ面の強化ですね」
「セキュリティが強化されて、流川家でも勝手に造れなくなったってことか? つか、今まで勝手に造ってたの?」
当主なのに知らなかった盛大な事実を、またサラッと告げられたことに、何度めか分からない遺憾を覚える。
まあ仮に知らされてたとしても、今までの俺なら「んなもん今はどうだっていい」の一言で一蹴してただろうから強く出れないが、普通にダメだよね。勝手に他所の人のものを作るのは。
まあ俺ら流川家にダメとかそんなんは通じないし、やろうと思えば好き放題できるから本来ならダメってワケじゃないんだけど、巫市からしたらたまったもんじゃなさそうだ。他人事だからイマイチ共感できないが。
「技術上は造幣可能なのですが、決められた場所以外で造幣するとアラームが送信され、造幣場所と造幣者の能力が巫市側に露呈。アポトーシスが出動し、造幣者を逮捕。不可能なら軍事行動により滅却処理されます」
「あの天使どもは動き出すと面倒だからな……」
「おおっと、アポトーシス? 天使?」
「アポトーシスというのは、巫市が保有する軍隊のことです。基本的には巫市内の治安を保持する存在で、武力行使の際、頭上にトーラス状の魔道具を用い、陸海空、全てを独自の物量戦で掌握することから、我々暴閥、ひいては武市民からは``天使``と呼ばれています」
「なんかよくわからんけどめんどくさそう……」
「特に暗部を出張らせるとダルい。最近は聞かねぇが、数年前までは``n次元の悪魔``とかいうやべぇのが、ブイブイ言わせてたからな」
凰戟のオッサンがそんなことをぽそりと呟くと、弥平がみるみるうちに顔を陰らせた。
そういやコイツ、昔に隣国でなんか事件に巻き込まれたとかなんとか、そんな話を裏鏡を誘き出す作戦のときに話してたっけか。
「詳しく話せよ」
顔色の悪い弥平の背中をさする。リラックスしたのか、弥平の強張った頬がほんの少し緩む。
「これは以前お話ししたことですが……私はかつて、実地訓練を兼ねた巫市暗部の密偵任務に就いていました」
少し陰鬱ながら、巫市での密偵任務のなりそめを語り始める。
弥平は今から二年前、分家邸でできる全ての修行を終え、分家派当主に相応しい実力がきちんと備わってるかどうかを確かめてもらうため、凰戟のオッサンから巫市への潜入任務を言い渡され、巫市の中央都市部にある中枢組織―――統制機構ユビキタスへと向かった。
そこでアポトーシスエージェントとして潜入に成功し、「エサンアスリ」という偽名で一年間活動していたそうな。
任務の内容は、ユビキタスしか知らないとされる存在―――暗部の正体に関するデータを無事に分家邸へ持ち帰ること。話を聞いててそんなん久三男に任せたらいいんじゃねぇのかと思ったが、なんとも驚き。今でこそ久三男が何者も越えられない世界屈指の技術者だが、当時は久三男の技術力とユビキタスの技術力は互角だったらしい。
変に足がつくと久三男、ひいては流川家が目をつけられる可能性があったため、ときにアナロジーなやり方のほうが、足がつきにくい場合もある。そんな凰戟のオッサンの考えに基づき、当主就任の試験がてら弥平自ら探ることになった。
本来の予定はもっと長丁場になるはずだった。データを入手したあとはテキトーな理由をつけて円満退職し、分家邸へ堂々と帰還する手筈だったんだが、実際は予定から大きく外れたばかりか、任務は散々な結果で終わってしまう。
あの銀髪野郎、裏鏡水月の襲撃があったのだ。
戦いはしたが言うまでもなく実力差は明白。生き延びてその場をやりすごすことを最優先した結果、やむなく戦死を装う形での撤退となり、任務の続行は不可能に。
当然暗部の情報を入手する前段階での襲撃だったため、任務は悲しくも失敗という形で終わってしまったのだ。
「入念に、それもかなりの時間をかけ、慎重に慎重を期したのですがね……全て台無しになってしまいましたよ」
今にも泣きそうな顔で、任務の全貌を吐露し終えた。
弥平の得意分野は密偵だ。敵の内情を密かに探り、敵の情報を的確に抜き取って俺たちに報告する。まさに最も信頼できる情報屋と言える存在。
それに弥平は全力で密偵の役割を果たしていた。それは復讐を掲げていた俺が一番知ってる。弥平がいなければ、そもそも復讐をなすとかそんなこと自体不可能だった。親父がどこに隠れてるかも不明なまま、俺は親父のつまんねぇ理想の駒にされてただろう。
それを避けられたのも、弥平の密偵としての能力の高さと、密偵という仕事に誇りを持って挑んでたからこそである。
だからこそ、そのダメージは計り知れない。俺なら自己嫌悪と裏鏡への憎しみに押し潰されて、何もやる気がなくなって不貞寝ブチかましてる案件だ。そうしないあたり、弥平はホントに有能で、強くて、良い奴である。
「お前は悪くねぇよ。悪いのは裏鏡だ」
背中をさらに優しくさする。
俺の言葉なんか腹の足しにもならねぇかもしれんけど、それでも少しでも痛みが和らぐのなら、それでいい。俺にできることは、それぐらいしかない。
だが凰戟のオッサンは、目の前で苦しんでる息子を見ても澄まし顔だ。
「悪いがこれは総帥命令なんでな。失敗してようが関係ねぇぜ?」
俺は眉をつりあげる。その澄まし顔が一瞬、あのクソ野郎にして俺の親父、流川佳霖に見えたからだ。
「おうこら。少しは言葉選べやオッサン」
「ああん?」
「弥平が悪いワケじゃねぇだろ。父親なら、慰めの一つくらいくれてやれよ」
「ンなことしてどうする。失敗した事実は変わらねぇよ? 失敗なんざしないのが前提だし、もししたなら責任持って自分でケツについたウンコくらい拭き取れって話だ。違うか?」
「違わねぇけど……俺が言いたいのはそうじゃなくて」
「慰めなんざただの気休めにしかならねぇよ。俺はそんな気休めさせる気はサラサラねぇ。休むのは自由だが、どんな理由であれ失敗は自分の手で拭い去る。できねぇってんならそれまで。そんなこたぁ当たり前のこったろ」
こちとら遊びでやってんじゃねぇんだぜ、と凰戟のオッサンは一切譲る気配がない。反論を考えるが、凰戟のオッサンの言ってることが正論すぎて、何も言い返せなかった。
俺が言いたいのは言い方を考えろって話なんだが、確かに優しく言っても失敗した事実は変わらない。むしろ言い方を考えた結果、思ったことが伝わらないんじゃ本末転倒だ。だったらむしろドストレートに言った方がマシって話になる。俺が凰戟のオッサンの立場なら、迷わずそうしただろう。
言われた側は傷つくだろうが、だったら最初から失敗すんじゃねぇよと、そう付け加えるはずだ。
なんというか、まるで自分自身を相手してるみたいで分が悪い。これ以上反論したら墓穴を掘るだけだし、どうするべきか。
「いいんです、澄男様」
反論できないと知りながらも、反論を考える中、弥平が手で制した。そして俺の方へ顔を向ける。
「ありがとうございます。貴方に慰めていただいただけで、この弥平……力が湧いてくる所存であります」
「そう、か? でも無理は……」
「いいえ。私は流川分家派当主であり、澄男様の影。その肩書を背負うだけの自負と覚悟、そして誇りがある以上、失敗は私自らの手で拭う所存です。澄男様は澄男様にできることをやってくだされば、それで充分です……!」
屈託のない、一切の陰りすら感じさせない爽やかな笑顔が、そこにあった。
ホント、良い奴すぎるだろ。なんでこんな有能で人畜無害な奴が俺の影なんてやってるんだろうか。仕えるべき相手を間違えてないか。
クズで身勝手で独りよがりでキレ性で、殴る蹴る焼き尽くすことと、身勝手を突き通すことしか強味のない俺にはあまりに勿体なさすぎる。むしろ俺が影に隠れてた方が、世界は平和になるだろう。
そんなつもりは毛頭ないが、俺は弥平を絶対に大切にしようと胸に刻もう。
弥平は、言うなら世界の良心みたいなもんだ。本来なら密偵だなんて汚いことやるべき人間ではないはずなのに、黒く染まることなくその白さを保ってる。それはマジですごいことだと思うし、俺には絶対に無理だ。
だから弥平、俺はお前を絶対守ってやるから。だから。
「困ったときは絶対、俺に頼れよ。絶対だぞ」
はい、と弥平は笑顔で頷いた。いつもの表情に戻り、弥平は深呼吸する。
さすがは弥平である。メンタルの復活も秒だ。俺なら完全復活まで二週間はかかるし、一度拗れたら当分ソイツをブチのめすことしか考えられなくなるが、そう考えると俺、マジ無能説。
いやいや、流石にそれはないな。ないない。俺には誰に何と言われようと身勝手を突き通せるという最後の砦が残ってる。ちょっと無能でも、マジ無能というわけではないはずだ。
「とりあえず、話を戻すぞ。その暗部連中だが、さっき弥平が言った通り情報入手に失敗してる。敵対すると後手に回る上に、一番やばい``n次元の悪魔``の正体が不明な以上、最悪こっちが落とされる可能性もある」
しれっと話を戻す凰戟のオッサン。色々と言いたいことはあるが、それはもういい。俺が気になるのは、それ以上に。
「その``n次元の悪魔``って、そんなにヤバイのか? つか、他の暗部が正体不明なのに、なんでソイツのことは噂が流れてるんだよ」
それは率直な疑問だった。
暗部だというのに、なんでソイツだけ目立ってるのか。暗部として成立しなくなるし、多分二つ名だろうけど、それでも二つ名つくくらい有名ってことは、少なからず足はついてるわけで。
最近聞かないとか言ってたから噂になりすぎて消えたか、死んだのかもしれんけど、正直存在が矛盾しててモヤモヤするのだ。
「そりゃあ噂になって足がつこうが、対処不能だからだ」
凰戟のオッサンは煙草をふかしながら、その疑問に難なく答えた。そんなもん、当然と言わんばかりに。
「そもそも``n次元の悪魔``を実際に見た奴は存在しない。見た瞬間にお陀仏してるからな」
「じゃあなんで噂になるんだ。見た奴いないなら噂になんかならんじゃないか」
「いやなるだろ。よく考えてみろよ。昨日まで生きてた知人が、急にいなくなるんだぜ? そんなのが立て続けに、それも決まって無法者ばかり。そうなりゃ誰もが暗殺者の存在を疑うが、どうやってもその正体を掴めない。だから大半の奴らは怖がって``n次元の悪魔``って呼ぶようになるわけよ」
「いなくなるって、死体もか?」
「死体なんて残してたら、それこそ暗部として格がしれるだろ。死体はおろか、ちょっとした証拠すら絶対残さねぇ。まさしく無法者だけをどっか別の場所に攫ってくみたいに消しちまう。それで一時期、巫市に関わるのをやめる奴らが続出したくらいよ」
今はいなくなったとかで、またちょっかい出してる奴がいるけどな、と笑いながら揚々と白い煙を吐き散らかす。
「とかく、だ。アポトーシスや巫市の暗部、そして``n次元の悪魔``との敵対は避けたい。だからいっそのこと、俺らで造幣するのは諦めることにしたわけよ」
「は?」
またサラッと意味の分からんことを。
おつかいの内容を考えるなら、その最終目的は貨幣を持ち帰って分析し、分家派で貨幣の造幣をできるようにすることだと推測していた。
でもそうじゃないってんなら、おつかいの真の目的ってなんなんだ。
ジトっと凰戟のオッサンを睨むが、そんな程度でオッサンが怯むはずもない。凰戟のオッサンは意気揚々と白い煙を吹かし、ヤニ知らずの白い歯をまじまじと見せた。
「俺らに金を貢くっていう大義があるだろ? 巫市のものは、巫市の貨幣じゃねぇと買えねぇのよ」
なるほど。ふざけんじゃねぇぞ、このオッサン。
さっきまでのマジな話が一気に消し飛ぶ言い分に、拳をわなわなと震わせる。それを見破ったのか、凰戟のオッサンは澄まし顔で煙草の煙を俺に吐き散らしてきた。
「あのな兄弟。お前らが裏鏡を誘き出すとか言って破壊し尽くした大都市群。アレ、俺ら分家が手を打ってなきゃ確実に戦争になってたんだわぁ? 世間知らずの兄弟には実感ないかもしんねぇけどよぉ?」
何すんだ、と言おうとした瞬間に放たれた、重い台詞。
その大破壊と世間知らずさを棚にあげられると、何も言い返せないのが辛い。何を言ってもただの見苦しい言い訳にしかならないし、男として格上相手に見苦しいザマをみせるわけにもいかない。
凰戟のオッサンの攻撃ならぬ口撃は続く。反論しない俺を見て、少し唇を吊り上げた。
「大変だったんよ? そこの久三男が手伝ってくれなきゃ、後始末が後手に回ってただろうからな。大規模な記憶操作なんぞ二度とやりたかないね」
その言葉に、久三男の方へ顔を向ける。久三男は顔を赤らめながら、さっとそっぽを向いてしまった。
たくコイツ、俺のこと殺すとか言ってバリバリ殺意剥き出しだったくせしやがって、キザな真似を。
まあアイツのことだから俺を陥れる方法はいくらでもあったんだろうけど、面と向かって俺を倒したかったっていう想いが強かったんだろう。
よくよく考えれば、アイツは俺を面と向かって倒したがっていた。いつもみたく、部屋の中に引きこもっていれば常に有利になれただろうに、わざわざ相手の土俵に立って俺を殺そうと全力で戦ってきたのだ。
たく。男気があるのかないのか、イマイチわかんねぇヤツだ。
「つーわけだからよ、その分を俺らに貢いでもバチは当たんねぇと思うんだが?」
顔をぐいと近づけ、目を見開いて睨んできた。顔から放たれる馬鹿みたいに強い霊圧。というか顔から放つって妙に器用な真似しやがる。
目が見開いてて虹彩が小さく見えるあたり、脅すときの癖も母さんと一緒かよ。はいはい、拒否権なんぞないんですね。分かります。
肩を竦め、やれやれと両手を挙げる。白旗を持ってるわけじゃないが、本当なら持ちたくなんてないものだ。
「さっすが兄弟、分かってんじゃねぇか! 漢ってもんはそうでなきゃシマらねぇ!」
ハッハッハッハ、とこれまた豪快かつでけぇ声で笑う。
人を脅迫しておいてよく言うぜ。兄妹揃って調子良すぎるっての。背中をバンバン叩いてくる凰戟のオッサンに半ば呆れながらも、さっさと話を進めることにする。
「とりあえずオッサン。武力制圧が厳禁なのは理解したけど、無断で持ち帰るのはダメってこれどういう意味? どっか道端に落ちてるやつ拾ってもダメってこと?」
紙をなぞりながら、その文章を指差す。
武力制圧は面倒な奴に目をつけられるから嫌だって理由で俺も納得だ。でもだったら淡々と道端に落ちてるやつを探して拾っちまえば済む話である。国交を結ぶ必要がまるで感じないんだが、オッサンは真顔で首を縦に振った。
「仕様変更後の巫市の貨幣は厄介もんでな。巫市領外へ持ち出すと不法所持扱いになっちまって、これまた天使どもを呼ぶアラームが送られるんよ。だから道端に落ちてるやつを探して持ってくるのもアウトなわけさ」
「えぇ……なんで……? 外に持ち出すのもダメって不便すぎないかそれ」
「そりゃあ外に持ち出す奴がそもそもいないからな。仮にいたとしたら、それは勝手に国境を侵す無法者しかいない」
オッサンの話が突然意味不明になった。頭の中で疑問符が立て続けに並ぶ。
なんで外に持ち出すのがダメなんだ。別にいいじゃんそれくらい。何がダメなのかさっぱり分からない。それじゃあ俺たち暴閥や、武市の連中は巫市の物何一つ買えないし、持ち出しただけでその扱いは流石に問答無用すぎるのではなかろうか。
俺の顔色を察したのか、オッサンは顔を歪ませ、弥平に向き直った。
「おい弥平、兄弟に今の世界情勢とか教えてねぇのか?」
「は、はい。なにぶん、佳霖討伐に力を注いでいたもので」
「たくよぉ……佳霖が憎いのは分からなくもねぇし、俺もハラワタ煮えくり返る想いだが、少しは世界に目を向けろってんだ」
額に青筋を浮かべ、盛大に白い溜息をつくオッサン。
なんで。なんで俺怒られてるの。だってそんなの知るわけないじゃん、興味ないし。
「あのな兄弟。今の武市と巫市は、国交断絶状態なんよ。つまり、二国間で人や物は全く行き来してないってわけ」
「へー。そーなんだー」
「そーなんだー、じゃねぇよ!! 他人事じゃねぇぞ兄弟、下手すりゃお前だって無関係じゃねぇ話なんだぞ!!」
お、おう、と途端に声を荒げた凰戟のオッサンにビクつく。
そんなこと言われてもな。ぶっちゃけ現実味がないんだけど。巫市って、俺のイメージじゃただの隣国って感じだし、関わらなければ特に問題も起こらないと思ってたし、そもそもこっちから関わるつもりなんぞ毛頭なかったワケで、そう強く言い寄られても困る。
とはいえ、何が無関係じゃないんだろうか。全くワケが分からんのだが。
「マジでこういう後先まるで考えてねぇところは澄会の野郎そっくりだな、なんでそんなダメ遺伝子はちゃっかり受け継いでんだか……まあいい。よく聞けよ、兄弟!!」
「お、おう」
「まず第一に、巫市と武市の間に国交はない。物や人の行き来もないのはさっき言った通りだが、国交がないってことは、二国間で決まり事も一切ないってことだ。これはわかるか?」
「えっと、ルールとか無くて無法地帯的な?」
「そうだ。それなら、だ。極端な話、武市と巫市はもう戦争しててもおかしくないって思わねぇか?」
「は? 今は戦争になって……ないんだろ?」
「ねぇよ、だから不思議だと思わないかってこと。そんな無法地帯だってのに、なんで武市と巫市はお互い各々の平和を謳歌できてるのか。疑問に思わねぇか?」
うーん、と無い頭をこねくり回してみる。
そう言われれば、確かにそうだ。ルール的なものが何もないのなら、やりたい放題好き放題やっても、それを咎める奴はいないってことだし、だったら理不尽な奪い合い殺し合いが起きて、それがきっかけで国の存亡を賭けた大戦争が起きてるのが普通だろう。
でも凰戟のオッサンが言うには、そんなことは今まで起きたことがないらしい。なんでだろうか。うん。全くもって分からん。
「……あー……。じゃあ答え合わせな。まあ簡単に言うと、だ。お互い武力で脅し合ってるって感じよ」
そんな事もわからんのか的な溜息を吐かれ、なんだか不快な気分になる。
じゃあ最初から答え言えば良かったのでは、無駄な思考に頭使ったじゃんか、という文句を言いたくなったが話が進まなくなりそうだし、なによりカチキレられそうだったのでやめとこう。脳味噌九割筋肉と自負する脳筋な俺でも、少しは学習するのだ。
「巫市にはアポトーシス、そして暗部という軍事力を持ち、対して武市は国に住んでる住民全てが一種の軍事力だ。お互い領域侵犯すれば、武力の行使を辞さねぇぞって態度で硬直してる。それが武市と巫市の、現在の実情ってわけよ」
「へぇ……でもそれ、すっごいバランス悪くね? アポトーシスがどれくらいの規模か知らんけど、武市は住民すべてが武力なんだろ? 数で押せちまうじゃん。なんで武市の連中は、それでも巫市を侵略しないんだ?」
凰戟のオッサンが指をパチンと鳴らし、ニヤリと悪どく笑う。
「良い質問だ兄弟。それはな、アポトーシスの戦力の質が答えだ」
凰戟のオッサンが、弥平に指示を飛ばす。弥平が霊子ボードを取り出すと、ホログラフィックモニタに動画が再生される。
それは真っ白な軍服を全員が着こなし、天使の輪っかみたいなものを頭の上に装備した、まさしく``天使``みたいな奴らが、まるでアリのように規則だった動きで群がり、大量の魔法陣を展開して敵拠点らしきものを瞬く間に襲撃、攻略している映像だった。
空から侵攻する奴らから放たれる魔法攻撃の雨と、地上から侵攻する奴らの物理攻撃の暴威をもろに浴び、敵らしき連中はなすすべなく駆逐されていく。
総勢百名を越える大群でありながら、一切無駄のない連携と戦闘。殺意すら感じさせない、極端なまでに作業的な作戦行動をとる``天使``たち。他人事とはいえ、俺は思わず固唾を呑んだ。
敵だって手加減してる様子もない。拠点だってかなり立派だ。生半可な攻撃や戦力じゃあ、攻略するなんて無理ってぐらいには堅牢にできてるように見える。
でもそんなことなど``天使``たちは全く意に介してない。むしろ拠点ごと全てを貪り食うように、地上から、そして空から同時に淡々と攻略していっている。
その様は、もはや砂糖の山に群がるアリの大群。巣の周りにいた外敵に容赦なく襲いかかる働きバチそのものだった。
「アイツらとマトモに火花散らせられるのは、武市の中でも上威区を支配できるカースト上位の連中だけ。それ以外ははっきり言って雑魚だ。どれだけ徒党組んだところで、物量戦を得意とするアイツらの敵になりえねぇってわけよ」
凰戟のオッサンも、その映像を見て頬に汗を滴らせる。
物量戦を得意とする、``天使``の大軍。
一人一人は大したことないかもしれない。だが問題は、大軍全体の無駄のなさ。緻密に計算された連携と戦闘だ。
この大軍には殺意が全く感じられない。全てが作業と言わんばかりに、一切の躊躇がないのだ。己の死を恐れる様子もなく、敵を殲滅・排除する、そういう淡白な思いしか感じられない。
それはなんだか、一線を越えた敵には一切容赦しないって考え方の俺らに似てる。おそらく奴らにも奴らなりの、殺す、殺さず生け捕る、の線引きはあるだろう。
でもその一線を超えた奴らには、血の雨を降らせることを厭わない。この映像からは、なんとなくだけど、その思想の一端のようなものを感じた。
だってこれはもう戦いじゃない。どちらかというと掃除だ。親父との最終決戦のとき、一切の躊躇いなく十万の雑兵を殺り尽くしたのと同じような。
それだけのことを平然とやってのけるなら、確かに腕っ節にかなり自信がある程度のモヒカン頭系、ハゲ頭系チンピラが馬鹿みたいに徒党を組んだところで意味はない。むざむざと全員殺されるか、生け捕りにされて拘束されて終わりだ。
相手をするなら、それなりに戦場を潜り抜け、なおかつ大軍を一気に呑み込んでぶっ潰せるくらいの、自然災害を平気で起こしたり操作したり普通にできるだけの能力を持ったバケモン級の個人でもない限り、まともに務まらない。
当然そういうことをできる個人ってのが、凰戟のオッサンのいう「カースト上位の連中」なんだろうが、だったらまた疑問が一つ湧いて出る。
「じゃあそのカースト上位の連中は何してんの? 寝てんの?」
まさしくこれだ。疑問ってのは、そのカースト上位の連中の動きである。
チンピラがどれだけ連合軍を結成したところで意味はないが、``天使``たちにとって、カースト上位の化物たちは依然として脅威だ。そいつらが攻撃に打って出れば、戦争に発展してもおかしくないはず。
凰戟のオッサンは、そんな疑問など振り払うように首を左右に振った。
「カースト上位の連中は強いだけじゃなく賢いからな。そもそも巫市と事を構えるとかそんな間抜けな考え自体持ってねぇ。第一、俺らだって相手の``戦略``や``戦力``を総合的に考えて、敵対する気はねぇしな。物の分かる奴は共存か、不可侵の道を選んでるってわけよ」
なるほど、と口にし、俺は一つずつ話を整理する。
武市と巫市は国交断絶状態にあり、お互い自分の領域を侵犯されたくなくて牽制し合ってるのが現状。
武市の連中の中でも強い奴らは敵対の考えを持たず関わらないようにしてるが、それ未満のクソ雑魚どもは身の程を弁えず調子ぶっこいてるものの、アポトーシスとかいう名の``天使``の大軍、``n次元の悪魔``とかいうバケモンを筆頭とする暗部が怖くて、ちょっかいだしてこそいるが内心ヒヨッてる。そんな感じか。
怖いなら調子に乗らず黙ってすっこんでればいいのに。まだ高校生やってた頃、その手のチンピラとは幾度となくストリートファイトしたもんだが、弱い癖に外野でキャンキャン駄犬のように吠えつつ、ちょっかいだけは出してくる無能なクソ雑魚は際限なくいたもんだ。
舞台の規模は違っても、その手の奴はどこにでもいるってワケか。めんどくさいことこの上ないハナシだ。
昔を思い出しながら肩を竦めたが、そこで俺はあることに気づく。
「そのカースト上位の連中は敵対の意志がないみたいだけどさ。よくよく考えたら俺ら流川家を頭数に入れた場合、武市の連中、俺らには流川家がバックにいるんだぞ、って調子ぶっこけるんでねぇの? それとも武市の連中って俺らを頭数に入れてないの?」
これまた率直な疑問だった。というか分からないことだらけで率直な疑問しか出てこない。
正直、俺らを頭数に入れてないってんなら話は単純で、俺としては面倒事はごめんだしそれでいいんだけど、頭数に入れてて牽制されてるなら腑に落ちない。
いくらカースト上位の連中とはいえ、強いバックがいたら調子ぶっこく自惚れた勢力の一つや二つ、出てきそうなもんである。それで、その手の奴らが戦端を開いてそうな気もするんだが、実際は、武市と巫市はよく分からない絶妙なバランスで牽制し合っている。ということは、つまり。
「巫市にも、武市の連中全員をビビり散らかせるガチのバックがいるってことなの……いて、いでででで!? いてぇんだけど!?」
そう言い放ったとき、突然凰戟のオッサンが頭をごしごしと撫でてきた。あまりに突然だったので振りほどくことすらできず、されるがままに頭を撫で回される。
「ハハッ、なんだなんだ兄弟、ノリに乗ってきたのか? 急に冴えてんじゃねぇか、 ええ?」
「いやただ思った事を言っただけでなんだが!?」
「ご名答だぜ兄弟。巫市にはな、俺ら流川家を頭数に入れても武市の連中を調子づかせないバックヤードがいる。誰か分かるか?」
「えっと、要は俺らがバックでも怖くて調子に乗れないってことだから、俺らと対等? な奴ってこと?」
「そうだそうだ!」
「んー……誰だ……? えっと……」
必死になって勢力図を思い出す。
確か何ヶ月か前に弥平から俺らの親戚みたいな奴が何人かいるとかなんとか、そんな話をした気がする。確か``四強``とか``五大``とか、そんなんだったような。
「``四強``の誰かってことか?」
「お、それは知ってんのか。まあ自分が名ぁ連ねてるんだから当然だわな」
あれ、そうだっけ。ああそうだわ。確か俺もその四強とかいうわけわからん勢力に勝手に襲名させられてたんだっけ。それで裏鏡も確か同格として名を連ねてて、それで裏鏡をおびき出そうぜって話になって―――じゃあ残り二人は誰だっけ。
「澄男様。恐れながら四強には、この私も襲名しております」
弥平が自分の胸に手を添える。そうだった、弥平も四強の一人だった。となると俺に弥平、裏鏡で三人確定するから、あと一人誰だ。
「確か……巫女……ああ、花筏の巫女か!」
ようやく頭の中でバラッバラに散らばってた記憶の欠片が、一つに合わさった。
裏鏡のことで頭が一杯になって以降、存在自体を軽く忘れかけていたが、花筏の巫女といえば母さんが昔、喧嘩を売るときは気をつけろよと言ってた相手であり、それを聞いた弥平が絶対ダメだと豪語していた奴だ。
本来なら裏鏡を誘き出すために企画したあの祝杯会にも来る予定だったが、確か当主が不在とかなんとかで断られたって話だったか。
まあ結局あの祝杯会、裏鏡の野郎がめちゃくちゃにしてくれた上に俺もカチキレちまったから、それを考えれば来なくてよかったが、裏鏡、俺、弥平を除いて残る四強は花筏の当主おいて他にいない。
「正解だ。花筏巫女衆……俺ら流川と並び称される人類最強の集団戦闘特化民族。それが巫市のバックヤードよ」
凰戟のオッサンが意気揚々と、何故か自慢げに胸を張った。
花筏家がいるから、カースト上位の連中も調子に乗れないってわけか。ということはつまり、流川と花筏、そしてアポトーシスとカースト上位の連中で、良い感じに力の釣り合いが取れていて、だからこそルール無用の無法状態にもかかわらず、巫市と武市の間で大戦争は起こらないって寸法なのね。
ようやく二国間の力関係が理解できたけど、確かに絶妙なバランスで成り立ってるな。例えるなら崩れかけのジェンガみたいな状況。誰かがミスれば、その時点でバランスが崩壊する。そうなれば、戦争ルートまっしぐらってワケだ。
「理解できたみてぇだな。そうなると重要なのは、流川も無関係じゃなくなるってところだ」
「そこなんだよな。仮に戦争とかが起きたとして、俺らが無関係じゃなくなる意味がわからんのだが」
謎が謎を呼ぶ。俺ら流川は確かに武市の頂点だとか最強暴閥とか仰々しい立場にあるが、実際に武市を統治してるワケじゃない。だって家長の俺自身、武市の内情なんてほとんど知らないのだ。
一応母さんに無理矢理高校生やらされたとき、放課後に買い食いしたくて出店寄ったりしてたから、商店街の様子ぐらいなら知らないことはないけど、そういう目的以外じゃ外出すらしたことがない。
いわゆる降臨すれど統治せず。本家の当主なれど、いま武市を仕切ってる奴の名前や顔、組織名すら知らない、なんちゃって王様である。
自分で言ってて自分の存在価値って何なんだろうってすごい虚しくなってきたが、悲しきかな、それが事実なのだ。
「例えばな、兄弟」
凰戟のオッサンが煙草を指でつまみ、白い息を吐きながら眠たそうな顔をこっちに向けてくる。
「戦争が激化して、巫市がある疑いをかけたとしよう。その内容が``流川家が格下の市民を焚きつけて世界を征服しようとしている``だ。そうなると、巫市の連中は誰に助けを求めると思う?」
「……は、花筏?」
「正解。となると、だ。花筏は巫市に加担して俺らに敵対する可能性が出てきちまう。それだけは絶対に避けなきゃならねぇ。奴らが敵として出張るとなると、冗談抜きで俺ら流川の存亡に関わるからな」
「ま、待てよ。ちと飛躍しすぎじゃねぇの? 第一、そんな状況になったとして、俺らは関係ないって言い張れば」
「ンなガキみたいな言い分なんざ誰も信じねぇよ。好き勝手してる連中を放置してたら、誰もが流川家主導だと信じ込むだろ。状況証拠って奴だ」
「いやいや……」
「いやでもなんでも、北方の巫女どもが判断を下した時点で言い逃れできやしねぇ。アイツらは基本的に弱い奴らの味方だ。理不尽に虐げられてる連中が実際にいたなら、不本意ながらでも俺らに戦いを挑む可能性がある。弱い奴を守るために、な?」
何も言い返せなくなった。
凰戟のオッサンが、俺ら流川家が無関係じゃいられなくなる理由。それは巫市の救援相手がバックヤードの花筏家であり、仮に流川家に疑いがあるなら、疑いを晴らしにいくにせよなんにせよ、弱い奴らを守るという理由のみで俺らに喧嘩ふっかけてくる流れができてしまう。そうなれば本格的な世界大戦になるのは、バカな俺でも分かる。
そして今の流川の大将は俺だ。要は濡れ衣を着せられ、花筏家の連中に濡れ衣を着せられた事を証明できなきゃ、なし崩し的に戦争に巻き込まれるかもしれないってハナシで、こりゃ本気で取り組まないとマズイぞって結論に至るワケか。
「嗚呼、めんどくせぇ」
頭を掻きながら悪態交じりに本音を吐いた。
せっかく親父という怨敵をぶち殺したのに、なんでこうもまた面倒ごとの種があるんだろうか。いや、そんなもん考えるまでもない。俺が流川本家の当主であり、流川家の血をひく末裔だからだ。
理不尽かつかったるい因果だよな、全く。
「とりあえずオッサンの意図は理解した。でもまだ疑問点があるんだが」
「なんだ」
「もし仮に俺らと花筏が喧嘩になる流れになったら、ドンパチする前にオッサンが口添えすれば回避できるんじゃねぇの? よく知らんけど、花筏と俺らってそんなに仲悪いワケでもないんだろ?」
もう何度疑問を投げかけてきただろうか。今まで知らなかったことが、一気に押し寄せていて粗探しが絶えない。
花筏と流川の関係。正直俺は詳しく知らない。母さんから喧嘩するときは気をつけろだとか、弥平から喧嘩ダメ絶対と言われた以外、関係性など把握してないのだ。
まず、その巫女衆とかいうのを見たことがない。花筏家の今の当主も不在とかなんとかで、その正体も分からない。
花筏を敵に回すのはヤバイってのは分かるんだが、それ以上のことは何一つわからんのである。知らない俺が悪いってのもあるけど、だったら今知ればいい話なのだ。
「そこはまたややこしくてな……」
ため息を吐く俺に、凰戟のオッサンは顎に手を当てながら答えた。
「結論から言うと、それは無理だ。何故なら本家の当主は、今はもうお前だからな」
「俺だから?」
「俺らと花筏の関係、簡単に言えば友好関係だ。昔は敵対してたが、先代の流川本家派当主たる澄会と、先代の花筏家当主たる花筏無花が、俺を保証人として和平協定を結んだことでそうじゃなくなった。それで二千年続いた武力統一大戦時代も終わったんだが、その和平協定は、もう今となっては過去の産物なんよ」
「でも今も仲良くしてるんだろ?」
「まあ年末年始に手紙送り合う程度にはな……でもな? 兄弟」
タバコを咥え、鼻から白い息を放ちながら、人差し指を立てた。 俺は腕を組んで聞く姿勢を自分に都合の良い形で整える。
「永久に効力を持つ約束事なんて、この世に存在しねぇ。暴閥間の約束事も同じことで、たとえ無期限のものでもどっちかの当主が変われば、その時点で約束事の効力は事実上消失する。そうなりゃ後を継いだ奴らの胸先三寸になる」
白い溜息をつきながら、弥平の私室の空気を淀ませる。
武力統一大戦時代を終わらせるきっかけになった流川と花筏の和平協定。それによって今の世界があるんだろうが、流川家の当主は本家、分家ともに代変わりしちまった。
花筏はどうか知らないが、俺らが後を継いでいる以上、母さんが結んだ協定はもう効力を失ってる。凰戟のオッサンの言葉尻からして、効力がなくなったからといってまた険悪になるわけじゃないみたいだが、今の花筏家の当主と俺は友達であるどころか、知り合いですらない。
本家の当主が俺である以上、花筏家は俺に真意を問い質す流れになるが、俺らが世界を征服してるって巫市の連中が助けを求めれば、花筏の連中は「流川が期限切れを名目に、和平協定を一方的に破棄した」と考え、真意を問い質そうともしない可能性があるワケだ。そうなれば弁解の余地もなく、即戦争になるだろう。
お互い友達になってないってのが、俺ら当主間だとこうも重い意味合いになってくるとは。世界屈指の戦闘民族の末裔だからこその重みってやつだろう。こればかりは、俺個人の力でどうにかなることじゃない。
まさしく御玲が言ってた、``力じゃどうにもならないこと``そのものだ。力が通じないって事実が、ものすごく高く聳え立つ壁のように見えてくる。
「つーことは、花筏家とも仲良くしとかないとダメだな……後々面倒になるのなら……」
「ほう? 北方の巫女どもと五分の盃交わしてくれんのか?」
「そうした方がいいだろどう考えても。ダメなのか?」
「んいや。俺としちゃあ願ってもねぇこったぜ。だが一筋縄じゃいかねぇぞ?」
悠々自適に古い煙草を携帯灰皿に押し込み、また新しい煙草に火を点けて煙を吹かす。その顔は、まるで苦労する俺の姿を想像し高みの見物をしてるような、クッソ鼻につく表情だった。
「なんたってあそこの今の当主は放浪癖で有名だ。巫女どもは生真面目が服着て歩いてるような連中だから、当主が不在じゃ盃直しに絶対応じちゃくれねぇぜ? まずは探すところからだな」
マジかよ、と思わず吐露する。
そういえば、花筏家の今の当主は放浪癖があって消息不明だとか、弥平が言ってた。探すつってもどうすればいいんだか。
裏鏡みたいに戦闘狂とかだったら誘き出せるんだが、そうじゃないんだろうし。というか巫女って以外に知ってる特徴皆無だから、現時点じゃ誘き出すも見つけ出すもクソもない。もっと情報が必要だ。
「なんか特徴とかないのか? その花筏家の当主の……俺ら名前すら知らんわけだし」
「暴閥にとって真名は命と同等の価値だからな……流石の俺らでも、今の当主の真名は知らねぇ」
弥平も申し訳なさげに首を横に振った。
我らが有能バトラー、弥平さんが知らんのなら、もはや詰んだに等しいが、だからといってじゃあ諦めます。というわけにはいかない。
最悪の場合、責任なんてとりようのない世界大戦に巻き込まれるなんざ、大事な仲間を死に物狂いで絶対守り抜くという意志を掲げる俺には極めて都合が悪い。なんとしてでも知り合い程度にはなっておかなければならないのだ。
「だが分かってることなら一つあるぜ」
考え込む俺に白い息を吐きつけ、意識を現実に引き戻す。
「まあ腹の足しにもならねぇこったが、今の花筏家当主``終夜``は、北方の巫女どもの監視網を難なくくぐり抜け、一般市民に化けられるほどの高い潜伏能力を持ってるってことだ。はっきり言ってヤバいぜ」
「済まん、イマイチヤバさが伝わらん」
「だろうよ。でもな、北方の巫女どもの監視網をくぐり抜けるなんざ、この俺でも不可能に近い……って言ったら、お前はどう考える?」
悪どく笑みを浮かべる凰戟のオッサンだったが、対して俺は言葉に詰まった。
流川凰戟、俺の見立てだと母さん並みか、あの母さんすら凌ぐ実力を持ってるマジモンのバケモン。
初対面でブチかまされた霊圧で、俺がどれだけパワーを上げても勝てる相手じゃないってのがすぐに分かったくらいだ。
霊圧を放つだけで、戦わずして相手に自分の実力を的確に伝える技量と貫禄、そして体内から僅かに滲み出てる、ありえないほど豊潤な霊力。
母さんもそうだが、間違いなく凰戟のオッサンは霊力量でも俺を遥かに上回ってるだろう。俺も並の人外を、その莫大な霊力量をフルに使って蹴散らせる自信があるが、御玲が言うように、``上には上がいる``わけだ。
「流石、戦闘関係になると理解が速いじゃねぇか。北方の巫女どもの探知能力を掻い潜るなんざ、達人どころの話じゃねぇ。もはや神の身技よ」
凰戟のオッサンが目配せすると、弥平が霊子ボードから出力されたホログラフィクスモニタの図を切り替える。
次に映されたのは、人を簡略化した図に、その体内を循環する青い矢印、そしてその簡略図から四方八方に放たれる赤色の矢印が描かれた絵だった。
一瞬なんだこれと突っ込みそうになったが、その疑問はすぐに取り払われる。
「奴らは体外へ滲み出る霊力だけじゃなく、体内を流動する潜在霊力すら見通すことができる。そしてその潜在霊力から、相手のあらゆる情報を的確に推察して共有するんだ。一度網に引っかかったら最後、逃げるのは至難を極める」
「でも、その``終夜``って奴はそれができる、と」
「いや、そもそも監視網にひっかからねぇ。それをやろうと思うと、体内霊力を一般市民か、そこらの昆虫以下にまで抑えなきゃ無理だ。ンなもん本来、やろうと思って完璧にできる技じゃねぇ」
珍しく悔し紛れな表情を浮かべる。
五十半ばのオッサンが、俺らと同い年ぐらいであろう巫女に嫉妬するって図はなんだか変な感じだが、要するに凰戟のオッサンが言いたいのは、そんな不可能を涼しい顔でやってのけてしまうバケモンの中のバケモンだってことだろう。
もし喧嘩にでもなろうものなら、戦って勝てる相手じゃない―――かもしれない。
「俺や澄会がよく知る先代の花筏家当主花筏無花ですら、そんな馬鹿げた芸当はできなかった。むしろ体内霊力が莫大すぎて肉体にガタがきてたからな。その莫大な霊力を受け継ぎ、堂々と放浪してのけてる子種だってことを考えると、``終夜``は間違いなく歴代花筏家当主最強……くれぐれも付き合い方間違えるんじゃねぇぞ」
お前は無駄に澄会の野郎に似てやがるからな、と軽く肩を叩いてきた。
さっきまで上から目線で厳しいことを言ってのける上司みたいな雰囲気だったのに、今の台詞だけは、ものすごく暖かく、そんで優しく感じる。
凰戟のオッサンが慈しんでくるほどってことは、マジで気をつけないと地獄を見るぞってことだろう。凰戟のオッサンから向けられた優しさが逆に刺々しく心に突き刺さり、生唾を喉奥へと呑み込ませる。
「さて、お前らに与えるおつかいの詳細は以上だ。そんで兄弟、最後に一つ忠告しておく」
今日で何度目かの嫌な予感がまたよぎり、あからさまに不快な顔で見つめる。
生唾を呑み込んだ後に凰戟のオッサンお墨付きの忠告とか、心臓に悪すぎる。
巫市との国交樹立に、花筏家との五分の盃。どっちも見通しがまるでついてないってのに、また難題課されるとなると流石にキャパオーバーだ。いや、もう現時点でキャパシティ超過もいいトコだけど。
「兄弟のココに関して、だ」
凰戟のオッサンは自分の左胸を親指で指し示す。その仕草に、指し示しているモノが何なのか、すぐに悟った。
「天災竜王ゼヴルエーレ……だっけか。言っちゃ悪いが、それに関しちゃあ、完全に俺らの埒外だ。弥平からの経過観察の結果からしてすぐにどうにかなるもんでもないだろうが、分離の手立てくらいは考えておけよ」
柄にもなく心配そうに、そんなことを言ってくる。
天災竜王ゼヴルエーレ。親父をブチ倒して尚、俺から奴の存在が消えることはなかった。
むしろ契約が履行されるとかなんとか言ってた割に、親父をぶっ倒した後は全く音沙汰なしである。正直、何を考えてるのかさっぱりわからない。
一々回りくどい言い方をして、無駄に偉そうな態度で人を小馬鹿にしてくる奴だが、結局ゼヴルエーレは何がしたいんだろうか。
俺は奴の力を借りず、仲間を信じて親父を倒した。だから奴の思惑は外れて復活は成されなかったはずなのに、奴からはあれ以降何も言ってこない。
復活を諦めた―――なんてことはないはずだし、マジでわけのわからんこと山の如しである。
まあ俺にとってアイツの思惑などどうでもいいし復活もクソもないんだが、確かに奴と俺が分離できるのなら、その手立てはほしいところだ。
いつまでも得体の知れない蜥蜴が心臓に宿ってるとかいう意味不明な状況に囚われてるわけにもいかない。いずれ仲間に降りかかりうる災厄になるのなら、尚更だ。
「弥平から聞いたときゃあ……俺の息子、頭ぶっ飛んだのかと思ったぞ。一億年以上前に大国を滅亡寸前に追いやったドラゴンって、小説の粗筋か何かかよってな」
「気持ちは分からなくもねぇけど事実なんだ。水守家から北上してすぐのところにある氷山エヴェラスタの領主的な奴も、俺んトコで雇ったあくのだいまおうって奴からも、言質とってるし」
「そこがわけわからんのよ。確かに氷山地帯があるのは最近の地理調査で分かってはいたが、そこに知的生命体がいるなんて前代未聞にも程があるって話だ」
首を左右にふり、ありえない、と小さく呟く。
そう言われても、実際にいたしこの目で見たし、なんなら会話もしてるのだから、アレが幻覚とは到底思えない。
百歩譲ってエスパーダの野郎が幻覚だと無理くり判断するとして、だったらあくのだいまおうの話はどうなるのかってハナシである。実際、親父もゼヴルエーレの伝説は知っていたし、ありえないなんてことはないはずなんだ。
「まあなんにせよ、俺の想像絶する何かなのは確かだな。そもそも文明を一方的に滅ぼすドラゴンなんて、俺ら分家が持ってる最古の古文書に記された``世界最果ての竜``ぐらいしかピンとこねぇし、前提にするのも阿呆らしい話だぜ」
「でもドラゴンって実際にいるんだろ?」
ンなもんただの空飛ぶ蜥蜴よ、と煙草片手に馬鹿馬鹿しいと嘆息する。
今まであんまり気にしたことなかったし、この目で見たこともないんだが、母さんからドラゴンに関する話は聞いたことがあった。
どこからともなく現れ、本能のままに破壊の限りを尽くす天空からの破壊者。いかなる鋼よりも堅牢な鱗と、全てを吹き飛ばす巨大な翼を持ち、空を飛んで地上にあるもの全てを破壊し食い散らかす災厄。
母さん曰く、時々どっからともなく現れて庭を荒らして邪魔だったからと狩り殺して食糧にしてたとか言ってたし、俺もゼヴルエーレの存在を知るまでは、庭を荒らす空飛ぶクソでけぇ蜥蜴としか思っていなかった。
ドラゴンへの見方が変わるのは、あくのだいまおうたちと出会ってからのことである。
ゼヴルエーレも自分をドラゴンだと言っていたが、どう考えても奴の存在は、ただの空飛ぶクソデカい蜥蜴のそれじゃない。むしろもっと強大な、途方もなく禍々しい怪物のような何かだ。だとすれば。
「ゼヴルエーレって、世界の果てからやってきた竜だったりして……な」
冗談交じりにそんなことを言ってみる。馬鹿言うなよと思われると思ったが、案の定、凰戟のオッサンが鼻で笑ってあしらった。
「いくらなんでもぶっ飛びすぎだぜ。``世界最果ての竜``の存在は神話の領分だ。お伽話扱いした方がしっくりくる話だし、そもそも世界の果てなんてもの自体、俺ら人類には計り知ることのできねぇ未知の領域……頭の片隅に留めておく程度が無難だろうよ」
だよな、とすぐに自分の意見を撤廃する。
自分の言ったことがホントだとは毛程も思っちゃいない。俺だって信じられねぇし、世界の果てなんぞもはや論外だ。そんな理解しようがない概念を前提に行動するなんて馬鹿げた話である。
だが凰戟のオッサンが「頭の片隅にとどめておけ」と言うあたり、完全に無関係だと断じるのも早計、ってことだろうな。
実際、天災竜王ゼヴルエーレの伝説とか、あくのだいまおうや親父の口から聞かされて、なおかつこの目でゼヴルエーレを見るまでは絶対に信じはしなかったし。
ならば世界の果てに俺たちの知らない未知の世界が存在していて、そこにはゼヴルエーレの同等、もしくはそれ以上の超級のドラゴンが、超絶文明を築いて生活していることだってありえるかもしれない。
ある、という証拠はないが、ない、という証拠もまたないのだ。調べていけば、馬鹿げたことも糸口になるかもしれない。覚えていて、損はない。
「うし……結構長く話し込んじまったな。俺からもう何もないから、後は任せたぜ。本家派当主様よ」
「その呼び方はよしてくれ。さっきまでみたく兄弟でいいさ」
「そうかい、じゃあ精々励めや。兄弟」
煙草片手に揚々と去っていく。その背は広くて、デカくて、厚い。頼もしくて思わず寄りかかりたくなるそれは、やっぱ目の前のオッサンが生きる英雄なんだと思わせてくれる。
俺にもこんな親父がいたら、どんな奴になってただろうか。やっぱ弥平みたいな人畜無害に育ったんだろうか。まあそんなもしもの話したって虚しいだけだし、やめようやめよう。
俺と弥平は席に戻る。凰戟のオッサンが乱入したせいで立ち話が長くなってしまったが、それを踏まえてまた話し合いをやり直さなきゃならない。聞きたいこともあるしな。
あくのだいまおうに視線を投げた。だが当然というべきか、そんな視線を臆することもなく、あくのだいまおうは深々と一礼する。その所作に、一片の乱れを感じさせずに。
「……まあいいや。というわけだお前ら。あらためて話し合い再開な。まずは役割分担を決めるか?」
「いえ。簡易的ですが、物事の優先順位をつけて、やるべきことを整理するのが先決かと」
言われてみればそうだな。弥平のアシストにより、俺は速攻で方向転換する。
凰戟のオッサンがグダグダと好き放題語ってくれたはいいが、一つ一つやるべきことのスケールがデカくてどれから手をつければいいか、どういう切り口で物事を進めていけばいいか分からない。
弥平の言うとおり、先に物事の優先順位を決めて、そこからやるべきことを整理するのが先だ。そうすりゃ役割分担なんてさっさと決められるってもんである。
というわけで、とりあえず弥平の意見を聞いてみた。
「そうですね……大きな目標は主に二つ。花筏家当主との同盟と巫市との国交樹立。達成難度から考えますと、私としては中間目標を花筏家当主との同盟に設定することを具申します」
「やっぱりお前もか。俺もそれがいいなと思ってたんだよな」
自分の頭にあった考えが、珍しく弥平と同じだったことに胸を撫でおろす。
花筏との同盟と巫市との国交樹立。二つを比べるなら、また立場が同じで昔の和平協定の名残が残ってて接しやすい花筏との同盟の方が難易度は低い。``終夜``を見つけなきゃならんという難題があるが、それを含めてもどうやれば巫市に入って、どうやれば仲良しになればいいのか皆目分からん巫市の国交樹立より、まだ現実的だ。ということは。
「中間目標として花筏との同盟。そんでその沿線上にある最終目標が巫市との国交樹立か」
「そうなりますね。ですが、澄男様にはゼヴルエーレの問題がございます。したがって実質的な最終目標は、ゼヴルエーレ関連の解決となるでしょう」
だな、と弥平の見解に首肯し、皆も静かに首を縦に降る。
「んじゃあ次はどう物事を捌いていくか、だ……」
顔を顰めながら、無意識に煙草を取り出す。
軸は決まったが、そうなると現状真っ先にブチあたる問題は``終夜``の行方だ。
現状、手がかりなし。分家でも追跡できず、同族の巫女たちですら行方を掴めない。もはやクソ広い砂漠の中から宝石の欠片一個探しだすみたいな状況である。
だが問題ない。俺の身内には、その手の探索のプロがいるのだ。
「おい久三男。お前のキモい得意技の出番だ!!」
「唐突の罵倒!? 何なのさ、その得意技って!?」
人探し、物探し。いわゆる特定のプロ。我が愚弟にして最高のサポーター、流川久三男がいる。コイツの手にかかれば、個人の特定なんぞ朝飯前どころか寝起き前で全てが片付けられる。
「``終夜``の居場所を探るんだよ。こういうの十八番だろ?」
「いや確かに十八番だけども!? キモいは余計だと思うんだ!!」
「いえ、キモいと思います」
「ゲロいっすね」
「糞以下の変態野郎なのは違いねぇ」
「大丈夫、ボクのち◯こよりマシさ!!」
「久三男さんに、聖なるパンツの加護があらんことを……」
冷静に罵倒していく御玲を筆頭に、言いたい放題言っていくぬいぐるみども。
後半二名は意味不明だったが、気にしたら負けだ。皆が言うように久三男がキモいのは今更。否定する余地などない。特定される側からすれば、気持ち悪いことこの上ないんだから。
「うう……でもごめん兄さん。流石の僕でも``終夜``の特定は無理だよ」
「は? なんで?」
「体内霊力まで偽装できるんじゃ、一般市民と区別できないよ。そもそも``終夜``に関する情報が少なすぎる。せめて毛髪一本とか指紋とか体液とか……ちょっとした生体情報がないと……」
「うーわぁ……」
「ドン引きしないでよ!! 事実そうなんだって!!」
「いやだって……ねぇ? 毛髪とか体液だとか、お前……」
「だから!! 僕は至って真面目に答えただけで……ち、ちょっと御玲? どうして僕から距離をとるの? 別にやましい思いとかないから!! やらしい目的とか一切ないからあ!!」
必死すぎる。そういうところがなんか妙にリアルなんだよ。いい加減気づけって。
「まあ久三男のキモさに関しては今更議論の余地もないとして、ホントに無理なのか? 弥平が無理な以上、正直お前が頼りなんだが」
いや議論の余地は十分にあると思うんだ、と往生際悪くグダグダ御託を並べる久三男。扱いに甚だしい遺憾を感じつつ、少しの間考える素ぶりをみせると、腕を組み、困った表情で問いかけに答えた。
「僕が今、研究開発中の霊子コンピュータなら、偽装した体内霊力を看破して、もしかしたら探しだせるかもしれない」
「なんだそりゃ。この期に及んで新しいゲーム機でも作ったんかお前」
「いーやそんなんじゃあない。正式名称``霊電子式量子複合演算機``。それは魔法と科学の極致……世界の深淵に至るため、人類が生み出した究極の叡智!! 完成すればあらゆる事象操作を可能にする、全能の神器さ!!」
「なるほど!! 全く分からん!! 弥平!!」
解説を弥平に振る。久三男は分かる奴に説明する気がまるでない上に時々厨二病拗らせた感じになるのでますます話がわけわからなくなる。だから調子に乗らせたくないんだよな、コイツ。
「霊子コンピュータとは、武力統一大戦時代以前、古代文明時代に存在した大国アルバトロスによって開発された、究極の魔道具ですね。時代の転換期に起きた大戦で、その製作技術は失われたはずですが……やはり久三男様は、その技術の復活に成功されていたのですね」
「まあね!」
胸を張り、鼻をこれでもかと伸ばしきる。
よせ弥平。コイツを調子乗らせると面倒くさいし、なんか説明させたときに余計物事が進まなくなるから。
「正直、そんな伝説級の魔道具を再生させたなんて眉唾ですが、では特定可能なのでは?」
御玲がサクッと話の軌道を戻す。
サラッと流されてはいるが、確かに失われた遺産の復活は普通に考えたら歴史的大発見レベルのことを久三男は成し遂げてる。相手が俺らじゃなきゃ、世界に革命が起こってるだろう。
だが正直もうみんな、久三男のそういうところには驚かない。
久三男ならできてしまうのだ。アイツができたというのなら、それはできたということで、それ以上考える必要はない。
重要なのは、その霊子コンピュータとやらで``終夜``の居場所を探せるかどうか、ただそれだけだ。
「無理だよ。さっきも言ったじゃん、まだ研究開発中だって。一応稼働してるけど、まだ完成してないんだ。実際に探し出せるだけのパフォーマンスを発揮できるかは、残念だけど期待できないかな」
「あっそ。つまり霊子コンピュータとやらは無能と」
「いやだから完成してないって言ってるよね!?」
ンなこと言われても、肝心なときに動かないんじゃただの鉄クズだしな。全能の神器だのなんだの、大層な触れ込みの割にショボさの極みなんだが、まあ完成してないんじゃ仕方ないし、久三男が言うんだから完成したらきっとすごいんだろう。そのときに真価を発揮してもらうことにしよう。
「んじゃどうするよ? 久三男も宛にならんとなると、人探しの手段なんて皆無になるよな」
「あくのだいまおうの旦那に聞くっていうのはどうすか」
「いや……それは」
「その質問に関しては、対価をいただくことになりますが、それでもよろしいのであれば」
「ですよね!!」
分かっていたことだ。
確かにあくのだいまおうに聞けば、俺らが動かずとも全てを知ることは造作もない。
でも、コイツは慈善家じゃない。願いを叶える代わりに、対価を欲しがるのだ。
まさに悪の大魔王みたいなことをリアルで行うので、しょうもないことにコイツの力を借りたくはない。それに、この話し合いの最後にコイツの力を借りようと思ってるし、``終夜``の居所を探すことくらい、俺らの力でどうにかしたい。
「では、私たちの足でどうにか探しだす他ないでしょうね」
「足って……まさかだけど世界中旅して回るのか? ちょっとそれはどうかと思うんだが」
さっき確かにどうにかしたい、とは言ったが、手当たり次第に世界中を飛び回るというのは、あまりに不毛すぎる。
この大陸そのものが途方もなく広いし、いくら俺たちが人並みはずれた身体能力があるとはいえ、数や稼働できる時間にも限度がある以上、無理がある話である。
元より俺のモチベがもたないし。効率だの能率だの難しい事を優先的に求める気はないけど、少しは求めてもバチは当たらないと思うんだ。
俺の表情を見て何を思ったのか、弥平は焦り気味に、首をすばやく左右に振った。
「巫市との国交樹立を視野に入れる以上、それは愚策です。今の我々では、巫市の要人に接する機会がないのですから」
「転移で巫市領に忍び込んだことがバレたら不法入国の罪で逮捕される。私たちの行動範囲は、自ずと武市領に限定されますから、しらみ潰しに探し回るのは無理ですね」
御玲が肩を竦めながら弥平の意見を補足し締めくくる。
じゃあもう八方塞がりじゃん。しらみ潰しも無理、手がかりもなし、久三男の力でも探せない。一瞬、ならば弥平一人で巫市に潜伏させて―――なんて事を考えたが、弥平一人に``終夜``を探させるのは拷問か何かにしか思えない。仮に弥平が了承するとして奴の重荷を想像すると、そこまで非情になれるわけがなかった。
さて、マジでどうしたもんか。
「したがって本人を探し回るのではなく、情報を集めましょう。武市には、うってつけの組織がございますし」
弥平が嬉々としてそんな提案をしてくる。が、俺の疑念は晴れない。
「そんなもんあんのか? 正直、久三男以上に有能なのがいると思えねぇんだけど」
そう。情報関係、というか人探し物探しなどにおいて、他の追随を許さない力を持つのが我が愚弟にしてキモさだけなら何者にも負けない久三男だ。
実際、今の時点だと久三男単騎でも探し出すのは無理なようだけど、いずれ遠くない未来、奴なら確実に``終夜``を探しだせるものを創りだすだろう。その未完成の霊子コンピュータだかを完成させて、俺らの予想を超えてくるのは間違いないし。
だからこそ弥平の言う、うってつけの組織というのがあまり使えるとは思えない。そんなのがあるのなら、今頃久三男を超える技術力を持った奴らがいるみたいな、そんな噂が流れてるはずだ。
だが弥平は、いいえそういう意味ではございません、と振り払う。
「確かに久三男様を凌ぐ技術力や情報集積能力を持つ者など、現代人類には存在しません。しかしだからといって無能だと切り捨てるには、早計と言える組織でもあるのです」
「へぇ……やけに推すんだな。んじゃあその組織とやらはどんな組織なんだ?」
弥平が若干嬉々として推してくるせいか、ちょっと興味が湧いてきた。
当然、無知蒙昧な俺にそんな大層な組織の心当たりなどない。久三男や弥平に満たない時点で、俺の興味の埒外だったからだ。
でもその弥平が迷いなく、強気で推してくるってんなら話は別。俺みたいなのが勝手に否定するより、耳を傾けた方が利口なのである。
「任務請負機関ヴェナンディグラム。各所に四つの支部を持ち、現代武市の司法を司る大規模混成武力組織。あそこならば久三男様ほどではないにせよ、有力情報の入手や強者との接触、外部への正式な出張などがかなり望めます。むしろあそこ以外に、適する場所は存在しないと言っていいでしょう」
「確か上威区三大帝の一人``任務長``ラークラー・ヴェナンディグラムが創設した組織でしたか。確かにあそこならば、私も異論はありません」
やはり聞き覚えのない組織名を口にする弥平と、一人勝手に納得する御玲。当然、俺は何の組織なのか見当もつかない。任務請負とか言ってるし、依頼をこなしたりするんだろうか。
つかやっぱり三大勢力的なのがいるのね。もう武市だとどこにでもいるよな、そういう奴ら。
「現代武市を事実上仕切っているとも言えますからね。任務請負人なる従業員を全国に派遣し、公共問題や自然災害、領土圏外からの脅威に対処する。動きやすさもトップです」
ふむふむ、と首を縦に振りながら頭に刻んでいく。
動きやすいのはなにより好都合だ。たとえ力があっても、広範囲を移動できなきゃ意味がない。任務ってところが気になるが、それは実際に行ってみないと分からないことだ。
「じゃあ、その任務請負人になる奴を決めねぇとな。先に言っとくけど、俺もなるぞ?」
「澄男さまがですか?」
「そりゃそうだろ。まさか俺に引きこもってろっていうのかよ」
何故かジト目で俺を非難してくる御玲。
いやいや、この期に及んで俺が出向かなくてどうするよ。昔の俺ならともかく、今の俺はそこまでダラける気はないぞ。いや、ほんのちょっと前までは一週間ダラけるつもりではあったけど、それは事情がほんのちょっと前とは違うわけだし。
久三男も使えず、有効な手がかりもない今、人は少しでも多いことに越したことはないと思うんだよ。
「いえ。そうではなくて、正直、足手まといにならないか心配になりまして」
首を左右に振り、ため息をつく。俺は額に青筋を浮かばせる。
「事実です。常識をほとんど知らず、世界情勢も全く興味なし。社会に出る準備がまるでできていないと思いますけど?」
「ぐっ……そ、そこはほら、経験だよ経験。経験したら、こう、なんとかなんだよ!!」
「それはまた、説得力が雀の涙すら感じられないお言葉ですこと」
くそー、なんなんだコイツ。
悪魔のようにクスクスと笑う御玲に、言い返そうにも反論材料が屁理屈と恫喝しか浮かばなくて詰む。
前々から思ってたけどコイツ、俺とサシで話し合ったあの日から、色々ハズしてきてないか。言葉が痛烈になったというか、刺々しさが増したというか。少し前まで本音という本音を押し殺してきたのに、次は相手を罵倒しながら本音をバンバン言ってくるようになったぞ。
いや確かに本音を話せよと言ったけど、ここまで変わるものなの。ここまで振り切っちゃうものなの。
少しはブレーキ踏んでくれてもいいんだけど、つか踏んで欲しいんだけど、この俺をカチキレさせるかさせないかのギリギリを攻めてくるのなんなんだよクッソもどかしい。
「えっと、こほん……澄男様がお出になられるのならば、お供がいりますね」
なんか変な空気になったところを変えるためなのか、弥平がわざとらしい咳払いで場を濁し、話題を引き戻す。
「そこは弥平に是非!!」
弥平に泣きつくように強めに主張する。どうやら弥平もできるかぎり人手が必要なのは理解しているようで、俺が外に出ることに反対しないようだ。やはり話が分かる奴は話してて気持ちのいいものである。
俺の背後で小さく舌打ちをかます、どこぞの青髪不良メイドとは違うってもんだぜ。
「いえ、私は無理です」
申し訳なさげに軽く頭を下げてくる。なぜ、と喉のよく分からんところから出た甲高い声で問いかけると、弥平は額に汗をかきながら説明し始めた。
「私は既に本部勤めの高位請負人として、その地位を得ております。もし澄男様が任務請負人として潜入されるのでしたら、まず支部勤めからのスタートとなりますので、私とともに任務をこなすことはできません。一緒に行動するだけなら可能なのですが……」
不自然さは否めませんので、と一言つけ加えられたのを皮切りに、任務請負機関について詳しく話し始めた。
弥平が言うに、就職予定の新人は、武市の各所にある支部で就職手続きを行い、そのあとは任務をこなして実力を積んで、年に二度行われる本部昇進試験をパスしなければ、本部に勤めることはできないらしい。
俺たちの大目標が巫市との国交樹立である以上、支部勤め程度では、そのような大役を任されることはまず絶対ないので、俺の本部昇進は絶対条件になる。
尤も弥平の経験では、本部でも巫市関係の任務が現れたことは一度もないらしく、もしそういう任務があるとしたら、任務長勅令の最高レベル任務になるだろうと予想を立ててくれた。ということは、つまり。
「その任務長とかいう超絶偉い人に顔と名前を覚えてもらう程度には、実力積まないとダメってことか……」
「いえ、なおかつ信用される程度でなければ、任せてもらえないでしょう」
思わず頭を机に打ちつけた。
なんて気が遠い話なんだ。いや国交樹立なんて高校の定期テストを乗り切るみたいなノリでできないのは知ってたけど、こうも具体的にハードルを並べられると走り切れる気がしないよね。そんなこと言ってられないんだけどさ。
よくよく振り返ってみれば、俺って三ヶ月前まで通わされてた高校の校長とすら、一度も面と向かって話したことがない。なんなら名前すら呼ばれたこともないのだ。
校長といえば、不定期になんか催される全校集会とかいうクソ眠てぇ集まりのときに、司会が「校長先生からのお話です」とかいって、一分で飽きるような長話を体育館の壇上でダラダラやってる印象しかないし、俺にとって偉い人ってのは、大体そんなイメージだ。
そんなタイプの奴に顔と名前だけじゃなく、信用まで勝ち取らなきゃならんとなると、まさに途方もない話。弱音の一つや二つ、吐いてもバチは当たらないと思うんだけど―――それを許さない奴が、俺の隣に一人いた。
「いやなら私が筆頭で行います。使える人材は複数おりますし」
御玲はカエル総隊長を筆頭に、ぬいぐるみどもにクッソ冷たい視線を送る。ぬいぐるみどもは視線を交えると同時、パオングとあくのだいまおう以外は秒速で目を逸らした。
わざとらしい口笛を吹いたり、一人は頭からパンツ被ったり。正直こんな奴らより宛にされてないのは、流石に遺憾だ。
「いや待て待て。俺はやらんとは言ってない」
「無理しなくてよろしいですよ。あなたは心おきなく修行をなさっておれば」
「いやぁ、やったら? 的に言われるとさ。なんかやりたくなくなるのよねぇ……そういうのってほら、自分の意志で決めるもんだしさ」
「正直、澄男さまよりパオング以下ぬいぐるみたちの方が有用というのが本音なんですが……遠まわしだと伝わらないものですね。本音って」
「言ったな!? テメェ言っちゃあならねぇこと言ったな!? よぉしだったら俺はやるぞ、もうやる誰がなんと言おうと俺はやる俺はやるんだ分かったかぁ!!」
俺の中の何かが弾けた。全てを勢いに任せ、堰き止めてた何かを口から吐き出した。気がつくとその場で立ち上がり、両手を高く上げて皆の前で宣言していた。
もはや、後の祭りである。
「では、今後ともよろしくお願いします。澄男さま」
静かに、漫画ならスッという擬音が入るような所作で、項垂れながら座り込んだ。
なんだろう。見事に乗せられ、見事にひっくるめられた気がする。
いや、最初から俺はやる気だったよ。でもさ、心の準備的なのがさ、いるじゃんやっぱり。校長みたいな奴にさ、顔と名前と信用を得るんだよ。どんなミッションだよ、久三男と昔やったどこぞの狩猟ゲームにあるクッソむずくてできた試しがなかったG級クエスト並みの難易度だぜ。いやむしろG級クエストの方が簡単だろうな、いざとなったら久三男に丸投げとかできるしさ。
「とりあえず、人選は俺と御玲か……」
「いえ、そこのぬいぐるみたちもですよ」
「はぁ? お前本気か? ただの冗談か何かだと思ってたのに」
ただでさえ現実の過酷さに気怠さが否めないのに、御玲が寝言に等しいことを言いだし、流石に言葉に怒気がこもる。
いや確かにぬいぐるみどもは使えるかもしれんけど、性格というか存在自体がさ、ヤバいだろ。
喋るぬいぐるみとか怪しさムンムンじゃねぇか。いくら有能だからってそれは流石に人選ミスにも程があるぜ。この手の奴らは存在もそうだが性格からしてダメだし外に出しちゃいけないタイプだ。だから今回は悪いけどお留守に―――。
「私も御玲の意見に賛同します。頭数に入れるべきでしょう」
意外や意外、弥平までもが賛同し始めた。思わず、はぁ!? と声を荒げる。
いやいやいやいや、お前らマジで言ってんのかよ。ぬいぐるみだぞぬいぐるみ。それも一人一人わけのわからん癖と性格持ち合わせてる曲者だぞ。無理があるだろ。
「私としては、御玲だけでは戦力として不安があります。彼女は人間相手なら負けることありませんけれど、それはあくまで人間相手ならばの話です」
「いや……任務請負機関つってもそんな。自分で言うのもなんだけど、俺ら世界じゃ最強レベルの強さよ? むしろ俺と御玲、二人だけでも過剰戦力だと思うけど……」
弥平の意見に難色しか示せない。ホントに自慢じゃないけど、俺や御玲、弥平は単騎で国程度、軽々滅ぼせるぐらいには強い。
俺なんて火の玉テキトーに撃ちまくってれば、大概のものなんぞそのうち燃え尽きるもんだと思ってるし、なんなら大都市の大破壊や、大陸が割れててもおかしくないくらいのすっげぇ霊力を食い止めたりしたこともあるくらいだ。
俺らが負ける可能性があるとすれば、親父みたいなチート野郎、裏鏡みたいな反則、母さんや凰戟のオッサンみたいなマジもんのバケモノぐらいなもの。そんなのがこの人類社会にポンポンいると思えないし、いてたまるかって話である。
任務請負機関も今の武市を仕切るくらいには強いんだろうが、俺ら流川に及ぶかと言われたらそれはない。
弥平が慎重なのは良いことだし、今後もその慎重さと思慮深さを活かして頑張って欲しいけど、今回ばかりは慎重がすぎるってもんである。
だが反対意見を言ってなお、弥平の顔色は変わらない。それは傲慢です、と厳しい一言まで添え、頑として頷こうとしなかった。
「確かに任務請負機関と流川家。総力で言えば比べるべくもなく我らの方が強大です。個人戦力も、私たちを上回れる者はいないでしょう」
「だったら」
「しかし、それはあくまで単純な戦力比と総力比でしかありません。澄男様が任務請負人になるということは、力を奮うべき相手は任務請負機関のみならず、武市にふりかかる災禍も含まれるということです」
「災禍って……だとしても親父や母さんレベル、況してや裏鏡みたいなのがポンポン出るなんてのは」
「以前お話ししたこと、おぼえてらっしゃるでしょうか。我らが住むこの大陸ヒューマノリアの以北、以南の大自然地帯には、流川家当主クラスにも匹敵しうる、強大な魑魅魍魎がいることを」
んなもんいるわけ、と言おうとしたとき、つい一ヶ月くらい前、北の魔境大遠征に行く直前の話し合いを思い出した。
北の魔境という人類未踏の大自然に生息する魑魅魍魎たち。それらは弥平や御玲はおろか、この俺にすら比肩しうる強大な魔生物の巣窟。
俺らはエスパーダの支配領域エヴェラスタへ向かい、エスパーダの助力を得て、山登りの大半をすっ飛ばし、その魑魅魍魎に出会うことはほぼ無かったわけだが、ヴァルヴァリオンへ潜入する直前、聖騎士似の魔生物に数体出会った。
その魔生物は見た目こそただの聖騎士のそれだったが、片手剣を無意味に振るったときに生じた剣圧は、地面もろとも俺らを容易く吹き飛ばすに足りる大威力を誇ってた。
あのときは俺がカチキレて、ゼヴルエーレの力を使い全てを消し去る外法を使ったからこそ突破できたが、それがなければどうなっていただろうか。俺はともかく、御玲は死んでたかもしれない。アイツらの力は、魔生物にしては破格すぎる力を持ってたから。
でも、だ。
「そんな化物が、武市まで来ることなんてほとんどないんじゃ……?」
純朴なる疑問は、奥底から湧いてくる。
俺らをぶっ飛ばせるようなバケモノが、大都市にポンポンポンポン降りてきてたら、もうとっくの昔に人類なんぞ滅んでてもおかしくない。今頃武市なんて雑草一本すら生えない荒地にでもなってるこったろう。
でも実際にそうはなってないんだから、そんな奴らは山奥でコソコソしてるだけの存在だし、こっちから喧嘩売らなきゃいないも同然のように思える。
任務請負機関の連中から喧嘩売ってるんなら話は別だが、それならソイツらの自業自得ってだけの話。やはり、そこまで慎重にならなきゃならんようには思えない。
思えないのだが、弥平はやはり頷かない。
「澄男様は流川本家領からほとんど出たことがないので感覚としてわからないかもしれませんが、武市は大自然に囲まれた合衆国。毎年幾度か、国家存亡レベルの災禍に晒されています。たとえ澄男様たちであっても油断できない任務が言い渡されることも、普通にありました」
それを毎年乗り切っていますから、任務請負機関も決して一枚岩の組織ではございません、と強く、反論を許さない勢いで断言した。
その言葉には、弥平の経験が如実に俺の肌を確実に撫でるに足りる強い覇気を感じさせる。
そりゃあ知るはずもない。俺は弥平の言ったとおり、本家領でやりたいことしかやってこなかった、謂わば箱入り息子である。
武市で何が起こってたかも知らないし、興味もなかった。どんなことが起ころうと流川本家領には、俺が生きる上で何の影響もなかったんだから。
そう考えると母さんが残してくれた土地、本家領ってのは凄まじいんだなと初めて感心させられる。今まではそれが当たり前だと思ってただけに、武市の連中と俺らの住んでる世界の違いを思い知らされた気分だ。
やはり俺は、無知蒙昧がすぎる。
「……悪い。変に反論しちまって」
「いえいえ。澄男様が理解を深めるのに微力なりとも足しになれたのならば、この弥平、それだけで言葉を交わしたことに、意味があったと考えております」
お気になさらぬよう、と笑顔で言ってくれた。そう言われると、とてもむず痒い。あんまりかしこまらなくても、と言いたくなったがこれだと謝り合いになってしまうし、それだと弥平に迷惑だ。弥平がそう思ってくれるなら、俺は己を戒めつつ、その言葉を受け止めるとしよう。
そうか、と言葉を返し、俺は話題を引き戻す。
「弥平の話から、任務請負機関の重要性と災禍の度合いに関しては理解した。カエル、お前らから何かあるか?」
弥平の部屋に来てから聞きっぱなしのぬいぐるみたちの意見も聞いてみる。
弥平の想いを汲み取った今、コイツらを頭数に入れるのは確定だ。とはいえ強制的に連れだすと叛意を持たれる可能性もある。そうなると俺や御玲だけで対抗できるかどうかは疑問だし、なにより仲間の気持ちを蔑ろにしてまで強制的にこき使うのは俺のモットーに反する。
そういうのは気持ちが許す範囲でするべきなのであって、まだコイツらの許す範囲ってのがイマイチ分かってない。それを確認する意味を込めての、問いかけである。
カエルは煙草を吸いながら、デカいがま口から白い息を気怠るげに吐き散らした。
「オレは別に構わねぇっすよ。どうせ帰っても暇だし、つか帰れないだろうし、暇つぶしがてら付き合ってやっても異論はないっすかね」
お前らもそうだろ、とカエルはナージほかぬいぐるみたちに問いかける。その反応は千差万別だ。
「カエルの野郎が言うなら、俺も異論ねぇな。つか俺はトイレでウンコさえできりゃあ今のところなんでもいい。精々楽しませてくれや」
「ボクもいいかな、面白そうだし! 任務を請け負ってそれを解決ってロマンだよね。まさにボクのち◯こ並み」
「俺はパンツさえあれば問題とかないですね。みんなでパンツパーティーしましょうよ」
なんだか理由がどいつもこいつもクッソしょうもない気がするが、結論嫌だってわけじゃなさそうだ。
「パオング、お前は多分、有事のとき以外は久三男とあくのだいまおうと一緒に留守番になると思うが……」
一応、パオングにも聞いてみる。
俺、弥平、御玲が家を空けるとなると、防犯というわけでもないが、やはり家にまともな奴がいないのは家主として不安なので、留守番役が欲しいのだ。久三男とかいう専属の自宅警備員がいるが、コイツはいざとなったときに戦う力がないし、前衛もこなせる輩が必要になる。
となると、自ずとパオングが適任ということになる。
まあ本家領が攻められるなんて億に一つもないことではあるが、念のための最終防衛ラインは用意しておくことにこしたことはない。あとは久三男とあくのだいまおうが上手くやってくれることを祈るのみ。
「パァオング。我は全く問題ない。大船に乗ったつもりで任せるがよい。それよりも、困ったときは我を呼ぶことを忘れるでないぞ?」
お前ほど頼りになる大船はない。そう言いたくなる台詞に思わず抱きつきたくなったが、相手が生きたぬいぐるみだと思い立ってすぐにやめた。
正直、パオングを呼ぶほどの事態に陥りたくないし、そんな事態になったら本家領の守りが手薄になるからなるべく起こってほしくないが、場合によってはそんなこと言ってられないだろうし、頭の片隅にでも入れておいた方がいいだろう。
「んじゃ次はどこの支部に就職するか決めるか。弥平、なんかおすすめあるか?」
人選は決まった。ぬいぐるみどもも納得しているようだし、議題はサクッと次へ移る。
弥平の話では、支部は東西南北に一つずつ、計四支部が中威区にあるらしい。
最終的に本部入りを果たす以上、個人的にはどこでもいい気がするが、一応経験者の弥平の意見を仰ぐに越したことはない。
弥平は少し考え込むように唸ったが、すぐに俺へ視線を戻した。
「支部の特色は、その支部の中で最も強い請負人の影響を受けます。一応、各支部で最有力の請負人は把握しておりますが、説明いたしましょうか?」
頼む、と言うと懐から毎度おなじみ霊子ボードを取り出し、机の上に置いた。
ペンの中腹から現れる光の粒子が、四枚のグラフィクスモニタを作りだし、それぞれの情報を描いていく。もうこの情景も見慣れたものだ。
「まず南支部最有力、名をトト・タート」
グラフィクスモニタには御玲よりも幼そうな、ぱっと見か弱い少女が映っていた。
どうやって撮影したのか。そんなことは聞くまい。クソ派手な黄緑色の猫耳パーカーを着こなすその少女は、黒いカーゴパンツの短パンにあるポケットに手を入れ、にべたいジト目で周囲を囲む筋肉隆々なオッサンどもを気だるそうに見つめていた。
「最強たる彼女を筆頭とし、柄は悪いが義理堅く、男系荒くれ請負人が支配的な支部です。荒くれ者が多いですが、案外民度は高く維持されていますね」
説明しながら、南支部の男女比を示した円グラフを指す。
九割以上が野郎で占める支部の紅一点、か。これだけの野郎を一人で従えるとか、このトト・タートって奴は見かけによらず相当な実力者のようだ。御玲よりも幼く見えるってのに、人は見かけによらないとはよく言ったものである。
「驚くべきは、彼女の経歴ですね。就職したのが今年の五月半ばでありながら、既に最強の座に立ち、支部内の人望を得ている。まさに超新星。その圧倒的な台頭から付けられた二つ名が``霊星のタート``」
出たよ、二つ名。この流れだと各支部最強の連中には全員付いてるな。だがそこはどうでもいい。
「まあ強くねぇと戦いに身をおく奴らを束ねるなんざ無理な話だろ。とかく、聞く限り悪くなさそうだな。候補の一つにしよう」
次頼む、と言うと、弥平は画面を切り替える。
「西支部最有力、名をヒルテ・ジークフリート」
画面に映ったのは、俺と同じくらいの年齢と背丈の男。
特徴的な天パと目つきの悪さを彷彿とさせるつり目、黒と白を基調としたジャージを着こなしており、右隣に青白い光の粒子を全身に纏いながら浮遊している空色サイドテールの幼女と、左隣には肉付きの良く若干筋肉質とも言えなくもない、露出度のクソ高い服を着こなす茶髪の一本三つ編みを靡かせる少女、いや少年、いや―――どっちとも言える中性的な奴と並んで歩く写真であった。
なんだろう。見てて腹立ってきたな、コイツ。
「チャラいな……」
「西支部はあまり治安が良くなく、ジークフリート自身の影響力は弱いものと考えています。それを含め、彼の経歴には些か疑問点が多いのも確かです」
「どんな?」
「まず彼自身に影響力が弱い点ですが、彼はそのときそのときで強さが激しく変動するらしいのです。強いときはドラゴンすら退けるほど強いのですが、弱いときは支部内の誰よりも弱い。そのせいで、彼の実力を疑問視する者が多いようですね」
「なんだそりゃ……わっけわかんねぇな。ドラゴン倒せるくらい強いのに喧嘩は弱いって……」
あからさまに不快な顔をする。言っちゃ悪いが、その疑問視する連中に同感だ。
そりゃそんな意味不明な奴を認めるのは無理があるってもんだろう。実際にドラゴンを倒したところを見たなら俺も評価を改めるが、そうでなきゃホラ吹いてんだろと相手にしない。胡散臭い奴の実力など基本的にたかが知れてるってもんだが、弥平が言うのならば。
「ドラゴンを倒したって実績はガチか」
弥平は無言で頷く。弥平の情報は久三男と同じくらい、この世界の誰よりも信用できる確かなものだ。弥平が倒したというのなら、周囲の評価がどうあれソイツはドラゴンを倒すという偉業を成してるんだろう。
あんなひょろひょろのチャラ男みたいなのにドラゴンが倒せるとは思えないし、むしろ左隣にいる腹筋バッキバキのオカマみたいな奴が倒したって話の方が信憑性があるくらいなんだが、倒したってんならそれだけのなんらかの力があるってことなんだろう。
ホント、人って見かけによらねぇな。写真からだと女を侍らせてるただのチャラ男系の不良にしか見えないのに。
「一年前に中威区を焼き尽くそうとしたドラゴンを討伐し、国家存亡級の暴威を退けた栄誉から、本部勅令で``竜殺のジークフリート``という二つ名を得ています」
「いや……待って? 任務請負機関本部って暇か!? 二つ名そんな重要じゃねぇだろ、もっと決めるべきことあんだろ!!」
「武市では暴名もそうですが、二つ名とは武勇と栄誉の象徴。誰もが欲しがるものですからね。ちなみに任務請負機関では二つ名を持つ有力者を``二つ名持ちの請負人``と呼びます。覚えておいて下さい」
なるほど、ととりあえず納得しておく。
まあ気持ちは分からなくもないけど、本部が勅令で与えるってそれはどうなんだろうか。もっと足しになるものを与えようよ。二つ名って与えられるものじゃなくて、自然に尾ひれがついて定着するものだと思うんだよね、俺的に。
「まあそんなことはおいといて、あんまり魅力的に感じないな。そのジークフリートってのにはちょっと興味あるけど、支部自体は治安悪いみたいだし、めんどくさそうだから却下だな」
気怠げに息を吐きながら、頭を掻く。
西支部に関してはジークフリートとその連れだけって感じだ。他はおまけ未満みたいなものっぽいし、だったら就職する利点はない。
ジークフリートとその連れとは縁があればいずれどこかで会えるだろうし、話せそうな相手なら、そのときに話せばいい。ひょっとしたら本部入りしてくるかもしれないしな。
次、と言うとまだ画面が切り替わる。
「東支部最有力、名を仙獄觀音」
さっきまで片仮名だったのに唐突の和名。名前からして厳かな感じがビンビンする。写真を見れば、イメージ通りの人物だった。
性別は女だが、全身から滲み出る殺気は写真越しからでも分かる濃密さ。ただ筋肉質で日々鍛えてるって身体じゃない。死に物狂いで鍛え抜き、何度も何度も限界突破してきたぜって身体をしてる。
無駄に筋肉モリモリってわけじゃなく、だからといって足りないわけでもない。母さんの身体はそのほとんどが筋肉でできてるようなもんだったが、彼女の肉体には、とかく無駄がない。一言で言い表すなら、生物を殺すことにどこまでも特化した身体というべきだろう。
それにもう一つ注目すべき点がある。コイツの全身から滲み出てる殺気みたいな黒い靄だ。
霊圧に似たプレッシャーを感じるが霊圧に色はない。だとすればこれは、純粋な殺気だ。相手への殺意をそのまま外に出してるような。
霊圧なら分かるが、殺意をそのまま外に滲み出すなんてそんなことできるのか。ジークフリートとかいう奴もそうだが、東と西の最強はよく分からない。
「一年くらい前でしょうか。突如東支部に現れ、たった一ヶ月で東支部を統一したとされる請負人ですね。``護海竜愛``という親衛隊を持ち、現在も東支部の女性請負人の頂点に君臨しています」
仙獄觀音の話に関連して、東支部の経緯を語る。
この仙獄觀音とかいう奴が来る以前、東支部は西支部をも凌ぐ最悪の治安を誇り、喧嘩自慢のチンピラどもで形成されたギャング系請負人勢力と、中小暴閥当主、その副官で統一された暴閥系請負人勢力が血で血を洗う激しい抗争を繰り広げていて、事態を重く見た本部が腰を上げる寸前だったらしい。
そんなときに彼女が現れ、瞬く間に勢力を潰して支部内の抗争を力づくで終結。支部内の抗争によって肩身の狭い想いを強いられていた者たちは、彼女に強い恩義を感じ、その中でも彼女の強さに惚れて忠誠を誓った者たちは、彼女を総統とする親衛隊を結成し、東支部の治安を守ってるのだとか。
まさに武力による東支部の統一である。ぱっと見俺らと大して変わらない、変わってるとしたら背丈ぐらいだってのに、そんな偉業を成してるのかと思うと、素直に凄いと思うしかなかった。復讐で一億人も虐殺した俺とは大違いだ。
「ちなみに二つ名は``剛堅のセンゴク``と呼ばれています」
ちょっと落ち込んでた俺に補足を付け加える。
俺への気遣いだろうか。まあ、知ってたよ。二つ名くらい持ってるだろうと思ってたし。今更だ。でもありがとう。そのせいか、結論もすんなり出たよ。
「東支部も却下だな。悪くねぇし、仙獄觀音って奴も気にはなるけど、それなら西支部を却下したのと同じで、空間をともに過ごす必要はない気がするから」
厳かに締め括る。なんとなくだが、俺は東支部に居てはいけないような気がするのだ。
東支部はソイツが来るまで血で血を洗う戦乱の中にあった。でもソイツによって支部は救われ、今やソイツは支部内の英雄である。そこに一億もの人間を、親父への仇討ちのために虐殺した奴の居場所があると思えなかった。
いや、バレなきゃいい話ではあるが、それでも居た堪れない気分になるだろう。ソイツは俺よりも英雄として先に行ってる。嫉妬してるわけじゃないが、理不尽な抗争から救われ、英雄の加護によって平和に統治されてるのなら、その統治を根底から覆しうる脅威が同じ空間にいるべきじゃない。経緯を知る由もないソイツらにとって、俺は血も涙もない大悪党でしかないんだから。
仙獄觀音に関しては気にはなるし、仲良くできるのなら仲良くしたい。でもそれはジークフリートと同じで興味の対象が仙獄觀音のみって感じだし、なにより嫌われる場合を考えるなら、同じ空間にいるべきじゃない。そうなったら俺が存在するだけで、新たな争いの火種になってしまうだろう。
そんな面倒くさいことになるのなら、最初から俺はいない方がいいのだ。仲良くできる確証もない今、ジークフリートと同じで適切な距離感ってやつである。
「では最後、北支部最有力。レク・ホーランとブルー・ペグランタン」
画面が切り替えられる。
ついに支部の説明も残すところ東西南北のうちの残り一つ、北を残すのみとなった。今のところ南が候補だが、さて北はどんな支部なのか。
「北支部は最強格が二人か……」
顎に手を当て、ホログラフィクスモニタに表示された男女の写真を交互に見比べる。
今までの流れ的に、またありきたりに四大勢力みたいな流れでくるのかと思ったが、まさかのバランス崩壊である。
いやさ、ここまできたなら最後まで四大勢力貫こうぜ。そういう流れじゃん今。
「澄男さま、いまものすごくどうでもいいこと考えてませんか?」
「いやいや、ンなわけねぇだろははは」
ジト目が激しいですね。くそ、親父ブチ殺してからというものホント無駄に察しがいいな。
「個人的には北支部がおすすめですね」
お互いちょっと睨み合っていたが、弥平の声で揃って意識を戻す。
「北支部は私が就職先として選んだ支部なのですが、当時お世話になった請負人が、いま映っているレク・ホーランという人物でした」
という前置きを皮切りに、己の任務請負人としてのあらましを語りだした。
弥平が指し示す、金髪の癖毛が目立つ身長かなり高めの美青年。服装だけ見れば貴族を思わせる気品の高さを覚えるが、黄金色の瞳は鋭利で、日々の日常にうんざりしているような暗澹な印象が、服装から漂う気品を打ち消しているちょっと残念なソイツは、かつて弥平に請負人のいろはを教えた先輩講師だったという。
掻きむしられた癖毛と、鋭利で暗澹とした黄金色の瞳のせいで柄が悪く映るが、実際人当たりは良く、付き合い方さえ間違わなければ、かなりの好青年らしい。
研修を終えた後は接点がなく、自分が本部入りした頃にはとっくに彼も本部入りしているだろうとつい最近まで思ってたが、今年になって任務請負機関に関する情報を更新した際、未だ北支部で燻っていたことに驚いたらしい。
彼の実力は名目上、北支部最強の座に収まっているが、自分の見立てでは実質的に本部の請負人の中でもトップを争えるほどに強いはずだと、最後に補足を添えて締めくくってくれた。
「つーことは、下手しなくてもコイツが支部最強勢の中でもトップってことでいいのか?」
「どうでしょう……正直、今の最強格は実力が不明確な者が多いです。私も実際に合間見えたわけではないので、そこは比較できないかと」
「じゃあ、このブルー・ペグランタンとかいうのは? 建物の隅っこでクソ間抜けに雑魚寝してやがるコイツ」
レク・ホーランについては理解したが、それ以上に気になったのは、レク・ホーランと一緒に紹介された、この女だ。
年齢は俺や御玲と同じくらいだが、まるでガキみてぇに雑魚寝をかましてやがる。
というかさっきからすっげぇ気になってたんだが、この女の周りを守るように囲んでる化け物みたいなのは何なのか。正直雑魚寝してる奴がどうでもよくなる勢いで存在感主張しすぎな気がするんだが。
北支部は化け物でも飼育しているんだろうか。だとしたら他の支部と比べ物にならんレベルでトチ狂ってるじゃねぇか。この女もこの女で、化け物を布団代わりにして寝てやがるし、ほかの最強格より輪をかけて意味不明である。流石の御玲も眉を顰めて反応に困っている始末だ。
「私も彼女に関しては判断に困っている次第でして、私が支部勤めだった頃にはいなかった人物ですから、おそらく仙獄觀音あたりと同期だと思うのですが……申し訳ありません。彼女の出身が下威区であることしか分かりませんでした」
弥平でも分からないのか。巫市の勢力といい、花筏のことといい、親父への復讐のときと違って分からないことが多いな。
「北支部自体はレク・ホーランとブルー・ペグランタン以外で特筆することはありませんね。治安もそこそこ、男女比も普通。他三支部に比べ最も平常と言えますし、角を立てないという点でも最良だと愚考します」
なるほど、と顎に手を当てる。
俺たちは流川家。この大陸で八本指に入る暴閥の一角を成し、なおかつ俺はその当主。そんな奴が堂々と現れれば騒ぎになるし、闇討ちされる可能性を無駄に高めるのはいくら阿呆な俺でも理解できる。
弥平の言うように、できれば目立つべきじゃないってのは同意見で、あくまで一請負人として目的を着々と達したいところだ。
余程のことが起こった場合はその限りじゃないが、ただでさえ一つ一つの目的の達成が不透明な今、どこぞの馬の骨とも知らん奴に闇討ちされるとかいう無駄な可能性は、できる限りなくしたい。
「就職先、決まりましたか?」
御玲が顔を覗かせる。
東西南北の支部、その全てが紹介し終わった。濃い連中ばっかで久しぶりに話聞いてる時間があっという間に感じられる。
東と西は却下したので、選択肢は南と北の二つ。北もパッとしなければ迷わず南に入ることに決めたんだが、今はもう迷いはない。
「北だな」
「理由を聞いても?」
「弥平が推したからってのがあるが、本音を言うなら直感だ」
御玲が呆れ気味に、でも予想してたみたいな微妙な表情で、なるほど、と呟いた。
弥平にかなり説明させてしまったが、南と北、頭ン中で天秤にかけて上手くやっていけそうなのはどっちかな、と想像したら北だな、とふと思ったのだ。
直感に根拠を求められるとつらいが、なんとなくレク・ホーランって奴に惹かれたのが大きい。
他の奴らも大概に濃かった。一人意味不明な奴がいたが、それを差し置いても最強格はやはり最強と言われるだけあるなと思った。特にこのレクって奴は日常にうんざりしてると思わせるその瞳に、ギラギラと熱い光を感じる。
少し濁ってるが、鋭利に光る黄金色。あの手の眼光を俺は知ってる。母さんが、珍しく自分の考えを真剣に聞かせてくれるときの眼だ。そういう眼を持ってる奴に、悪い奴は絶対いない。
それに、俺は深く物事を考えるなんざ似合わない。漢ならサクッといく。なんか違うなってなったら、そんときはそんときだ。
「さて、んじゃ最後の議題に入ろうか」
大きく深呼吸し、一息おく。この長かった話し合いも、ついに佳境。
これからの行動方針、そのほとんどが決まった。まず何をするべきか、そのするべきことをやるのに必要なことは何なのか。
一つ一つ整理すると呆気ないもんだ。実行に移すってなったらどれもこれも至難なんだろうが、行動に移す前に目標を眼に見えるようにすると闇雲に動くよりモチベが前向きになれるもんなんだってことが分かっただけでも収穫というもの。
だがしかし、まだ明確にできてないもんがある。それをはっきりさせねぇと、終われない。
「なあ、そうだろ? あくのだいまおう」
ついに俺は、最後に回した本題を語る上で絶対外せない奴の名を、槍玉にあげた。モノクルを指で調整する暗黒の紳士は、底なしの闇に彩られた瞳をこっちに向け、ニヤリと唇を歪ませた。
「俺が聞きたいことは、もう分かってんだろ? 教えてくれ。対価が必要ってんなら、必要なだけ支払う。一生賭けてもいい」
「に、兄さん……!?」
「よせ。みんなのためだ。それに俺は罪人だしな、今更枷が一つ増えようと大した差はねぇさ」
可能な限りひねり出した力強い声音で、久三男はほんの少し落ち着きを取り戻す。
弟の手前、強気になってみせたが、内心は冷静じゃない。どんな対価を要求されるのか、気が気じゃなかった。
あくのだいまおうは決して馬鹿じゃない。俺が支払えないような対価は要求してこないと思うが、だからといってタダで教えてくれるお人好しでもない。
俺が前を歩く目的、その半分の中核を奴から聞き出そうとしてるわけだからな。相応の跳ね返りは覚悟しなきゃならねぇ。
全ての対価は、家長の俺が引き受ける。仲間に迷惑かけっぱなしだが、これだけは譲れない。弥平が何と言おうが、御玲がジト目でにじり寄ってこようが、俺が引き受ける。これは決定事項だ。
「心配なさらず。私からは、特に何も要求をするつもりはありません」
「……へ?」
素っ頓狂な声が、むなしく部屋に響いた。
対価を要求しない、だと。予想外も甚だしい。どういう風の吹き回しだ。対価を要求してこそ、なんじゃないのか。むしろ逆に不気味だ。タダで教えてくれるなんてこれっぽっちも思ってなかったから疑心暗鬼にしかなれない。ただでさえ怪しさぷんぷんな野郎なのに、ここにきて怪しさが百倍増しである。
もうお腹一杯なんだ。ホント勘弁してくれ。
「これは申し訳ありません。対価を必要としていないわけではないのです。既に貴方は、この情報に見合うだけの対価を支払っておられるので、これ以上要求するつもりはないですよ、という意味なのです」
右手を左右に振り、不気味な笑みを絶やさない。
払った覚えがないんだけどな。それはそれで怖いぞ。払った覚えがないものを既に支払ってるってどういうことなんだ。
「私が貴方の復讐に手を貸したのは、二つ得たいものがあったからです。一つは既に得られ、最後の一つは貴方が復讐を乗り越えたことで、ようやく得られた」
「つってもな。特別アンタに何もしてないんだけど」
「私に何かする必要はありません。問題は貴方が何をしたか、です」
「俺が?」
「最初の一つめは、久三男さんとの和解です。今だから言いますが、もしあのとき久三男さんと完全に決裂していた場合、この世界は完全に滅んでおりました」
「はぁ!?」
「ええ!?」
久三男と俺は全くの同時に、各々部屋全体に響き渡るほどの大声で叫ぶ。身を乗り出し、テーブルに全体重をかける勢いであくのだいまおうに詰め寄った。
俺と久三男が決裂してたら世界が滅ぶ。何を一体どうしたら、そんな素っ頓狂な事態に発展するんだ。確かに俺と久三男が大陸のど真ん中でドンパチやったら大国なんて一瞬で蹂躙できるだろうけど、それで世界が滅亡するとは到底思えない。
俺や久三男の兄弟喧嘩ごときで滅ぶほど脆いはずがないし、全く理解に苦しむというかできないハナシだ。世界が滅ぶというより、人類が滅ぶの比喩ってんなら、まあワンチャン分からなくもないんだが。
「いいえ、そのままの意味です。最終的に、全世界からほぼ全ての生命の息吹が消え失せます。ごく僅かな最強種のみが生き残りますが、世界としての機能は失い、二度と元に戻ることはありません」
どういうことなんすか。なんでそんなディストピアになるんすか。
全世界からほぼ全ての生命の息吹が消え失せるって、もうスケールでかすぎてわっけわかんねぇよ。なんで俺と久三男のただの兄弟喧嘩が世界全体の生命を破滅させるに至るのか。俺と久三男は破壊神か何かかっての。
「もしかして……だけど、それって僕が世界を滅ぼしちゃうの?」
愚弟が愚弟らしく愚弟のようなことを恐る恐る言ってのけた。なに言ってんだテメェはと言おうとした矢先、それは暗澹たる雰囲気を醸す紳士によって阻まれる。
「当たらずとも遠からず、といったところですかね」
「いやいやいやいや。確かに久三男ならなんかよく分からん兵器とか殺人電波とか飛ばして世界滅ぼせそうだけど精々そんなん人類滅亡くらいが関の山なんじゃ……全世界の生命の息吹を消し去るとは到底」
「まあ僕、もし兄さんを殺せてたら流川家を乗っ取って世界征服するつもりだったけどね。まず人類は滅ぼすつもりだったし」
「滅ぼすつもりだったのかよ!! なにそれ!! 俺が知らん間にそんなこと考えてたんかテメェは!!」
「だって……折角できた友達もいない、お母さんも殺された、兄さんも口先だけで大事なものを守れなかったばかりか僕程度にまんまと殺されてしまうような力だけの弱者だったら、もうそんな世界要らないかなって思ってて……」
「じゃあお前、そんなことした後どうするつもりだったんだよ? 世界滅ぼして人類も根絶やしできたとして、そんな世界何もないだろ」
「さあ? そこまでは考えてなかったな。自殺したか、あるいは欲望の赴くままに生きてたか……そんなところじゃない?」
すまし顔で、そんな絶望的な未来の推測をする久三男。奴との戦いで死なず、コイツと和解できたことに心の底から安堵する。
コイツが世界を、人類を滅ぼす事を考えてたなんて驚きどころの話じゃないが、確かに親も死んで、澪華も死んで、残った肝心の兄は口だけ達者な割に結果がまるで出せてないクズで、その全ての元凶が自分の父親ときたら、なにもかも嫌になるのは分からなくもない。
実際俺も復讐を誓った直後は全てが嫌で、否定したくて、可能なら世界でもなんでも全部ぶっ壊したくて仕方なかった。澪華も母さんもいない世界なんていらねぇ、そんな世界いっそのこと滅んでしまえばいい、と。結局世界を滅ぼす力はあっても度胸なんざなかったわけだが。
「でも兄さんの言うとおり、僕が全力で世界を滅ぼすために動いても、精々人類を根絶やしにできるかどうかだよ。純粋に全世界からほぼ全ての生命の息吹を消し去るなんて真似、流石にできないと思うんだけど……」
困ったようにあくのだいまおうに向かって視線を投げるが、奴はですから当たらずとも遠からずなのですと言い、その妄想染みた詳細を話し始めた。
「その世界では、人類を滅ぼす久三男さんとは全く別の存在が、世界を蹂躙します。その者は、この世界の枠外……この私ですら感知しえない遥かなる遠方より飛来し、瞬く間にあらゆる生命を消し去っていきました」
「なんだそりゃ……どんどん話がぶっ飛んできてるぞ……」
「その者の力は例えようのないほど絶大であり、この世界に存在する何者であろうと敵いません。回避するには、その者がこの世界にやってくることを含めた、その全ての歴史的事実を本史より断絶するほか方法はありませんでした」
「待て待て待て待て! 話のスケールがでかすぎる! 何の話をしてるのかさっぱり……」
「だからこそあのとき、カオティック・ヴァズの抵抗を諦めた貴方を私の部下どもとともに助けにきたのですよ。竜暦一九四〇年五月十日の、あのときに」
話の内容が大半理解できず話を止めようとしていた俺だったが、その一言で思考が一瞬滞る。
確かにあのときは都合良くあくのだいまおうたちが現れ、俺と御玲は救われた。そうでなければ俺はヴァズに抵抗するのをやめていたし、御玲は既に死にかけだったから無惨にも殺されてただろう。
ヴァズに抵抗するのをやめてたとすれば、俺は久三男と戦うまでもなく勝負は着いてたことにもなる。仲直りエンドには絶対ならなかったわけだ。
仮に戦ってたとしても仲直りエンドになってたか分からないのに、よくやったものだ。いや、あくのだいまおうだから俺が久三男と戦えば仲直りすることが分かってたってことなんだろうか。というか、そもそもだ。
「これは対価なしで答えてくれるとありがたい話なんだけど、無理ならいいんだけど、さっきから……いや、もう出会ってからずっと思ってたことなんだがさ」
「大丈夫ですよ、もう頃合だと思っていましたからね」
「そうそれだよ、そのまるで最初から知ってたみたいな感じのそれ。最初はただただ頭良すぎて先読みスキルが狂ってるだけかなと思って気にしてなかったけど、今日のその話聞いて確信したわ。それ、先読みスキルなんかじゃないだろ? 未来予知か何かだろ?」
あくのだいまおうに関して、口に出すまい、気にするまいと誤魔化してきたこと。それはコイツの異常なまでの先読みスキルである。
まるで見てきたように、あることないこと詳細に語るその様は、まるで預言者。最初は胡散臭くて堪らなかったが、他に親父に関することを探るツテもなかった当時、俺と御玲や弥平は、眉唾と思いながらも奴の預言を下に行動してみた。
結果、あくのだいまおうの言っていた預言は本当だった。ゼヴルエーレは遥か昔の大国を滅亡に追いやったドラゴンで、俺がそのドラゴンの力を使えるということ。そしてヴァルヴァリオンに行けば、その全ての確証が得られるということ。
ヴァルヴァリオン大遠征時、俺がこの目と耳で親父から事の真相を語れなければ、ゼヴルエーレが俺に力を貸し与えなければ、信じようとは絶対に思わなかっただろう。
最初は親父と同じ黒幕かとも思ったが、もしそうなら土壇場で裏切ることができたはずだ。しかしそれもしなかった。
敵でもなく、純粋に味方として紛れもない真実を語ったのだ。偶然当たって、偶然上手く物事が進んだ、なんて到底思えない。
まるで実際見てきて、それを語った。そう考えればさっきの話もしっくりくる。あくのだいまおう以外だったならそれでも納得できないが、全てを終えた今なら、「あくのだいまおうならワンチャン」と思わせてくれるだけの説得力があるのだ。
「もしかしてあくのだいまおうは、別の世界線を観測できたりするの……?」
久三男が親切にも俺の問いたいことを要約してくれる。
別世界線の観測。そんなのは小説や漫画だけしかないスケールの話だと、つい三ヶ月前までは思ってた。でも色んな現実離れや反則を目にした今なら、そんな芸当ができる奴がいてもおかしくないと言い切れる。たとえ目の前の怪しげな雰囲気のモノクル紳士が、そんな芸当ができますと言ったとしても。
俺たちはあくのだいまおうの返事を待つ。奴は俺と久三男を交互に見るや否や、怪しげな微笑をこぼし、その口を開いた。
「流石です。貴方がたが今日ここまでの答えに辿りつくとは……このあくのだいまおう、感謝感激の至りでございます」
「やっぱりそうなんだ! す、すごいなぁ……」
「じゃあさっきの話もアンタは……」
「はい。この世界線とは別の、全てが滅ぶ世界線の竜暦一九四〇年五月十日以降の出来事です。三月二十三日に私たちが貴方がたの下へはせ参じたのは、竜暦一九四〇年五月十日に分岐する世界線のうち、一方を排除するのが第一の理由でございました」
「第一の理由ってことは、第二の理由は……」
「昨日、すなわち竜暦一九四〇年六月二十二日ですね。その日も世界線の分岐点でした。貴方がたが佳霖に負けて天災竜王が復活し、現代文明を滅ぶ世界線。そして佳霖に打ち勝ち、今日という日を迎えられる世界線。そのいずれかに」
「やっぱ俺があのとき親父に屈してたら、ゼヴルエーレの奴は復活してたのか……じゃあもしもその場合、アンタはどうしたんだ?」
恐る恐る、聞いてみる。
久三男との兄弟喧嘩で俺が久三男と戦うまでもなかった場合の未来は、あくのだいまおうたちの乱入によって潰えた。
さっきあくのだいまおうが言ってたように、今俺たちがいる世界線と、ワケ分からん奴に全て滅ぼされる世界線とやらが断絶したってことなんだろう。
じゃあ昨日の場合はどうだったんだろうか。乗り越えた今だからこそ聞ける怖い質問だが、もうここまできたら興味本位だ。仲間の一人として聞いてみるのも一興だろう。
「その場合、私たち自らの手で始末していましたよ。佳霖も、ゼヴルエーレも」
「ええ!? そうなの」
「はい。もしも貴方が負けた場合の手筈は、パオングを筆頭にカエルたち全員にしてありましたので」
「なるほどな……」
「あの待ってください」
もう脳死で感心してたら、さっきまで黙りこくってた御玲が割り込んできた。だがその顔に笑みはない。真剣な面差しであくのだいまおうを睨みつける。
「ゼヴルエーレを始末する予定だったとは、どういうことでしょう。貴方には、それだけの力があるというんですか」
そういやそうじゃん、脳死してたから聞き逃してたぜ。
さっきあくのだいまおうは、俺らが負けた場合はゼヴルエーレも佳霖も始末していたと語った。それすなわち、あくのだいまおうたちにはゼヴルエーレを始末できるほどの実力があるってことになる。
あくのだいまおうが戦ったところは、そういえば一度も見たことがない。奴は決まって預言者、もしくは大賢者ポジションだ。
見る限り霊力もほとんど微々たる量しか感じないし、肉体も精錬されてるわけでもない。お世辞にも戦闘能力が高そうには見えないし感じられないが、人は見かけによらないことは支部最強格紹介のくだりで感じたことだ。
「かなり手荒にはなりますが、一応可能です。仮にゼヴルエーレと完全武装の流川佳霖を同時に相手取っても問題にはならなかったでしょう」
「嘘だろ……流石にそれは……完全武装の親父なんて魔法攻撃も物理も大して効かないチート野郎だったのに」
「そんなことよりも、問題はゼヴルエーレを始末できることです。だったら今すぐに、貴方の手でゼヴルエーレを始末できるのでは?」
話が逸れそうになったのを感じ取ったのか、テーブルに身を乗り出して話の逸れ道を全力で塞ぐ。
確かにそれだけの力があるんなら、今からゼヴルエーレをサクッと始末できるんじゃないだろうか。ぶっちゃけそれならそれで越した事はない。
ゼヴルエーレは親父との最終決戦のとき、己の復活のために俺を見限った。俺は見限りと裏切りだけは絶対に許さない。奴と分かり合うのはもはや無理な以上、こっちの都合で始末することになんら躊躇いはないのだ。むしろ消えてくれたほうが後顧の憂いがなくなってスッキリするというもの。
もの、なのだが。
「残念ですが、それはできません」
ラッキーにも一つ面倒ごとが減る。そう確信した俺の期待とは裏腹に、あくのだいまおうは首を左右に振った。
「先ほども申したとおり、殲滅となるとかなり手荒になります。確かに容易に始末できますが、人類に与える影響は甚大なものになるでしょう。少なくとも余波で巫市は不毛の大地に。武市はごく一部除くほとんどの人間が死に絶えていました。それは、事実上の滅亡です」
「手荒ってレベルじゃねぇー……」
背中を仰け反らせ、天井を見上げながら、頭に浮かんだことをぼけーっと呟く。
とりあえず世界線分岐すると世界とか人類とか一瞬で滅びるのなんとかならんのか。なんでそんな極端なバッドエンドルートしかないんだよ。それだとトゥルーエンド掴まないと終わりじゃん。ノーマルエンドとかあってもいいと思うんだけど。
「パオングや貴方たちも、あくのだいまおうと同意見なのですか?」
聞き手にずっと徹していた弥平が、パオングに向かって問いかける。ブラックコーヒーを物静かに飲んでいたパオングだったが、コーヒーカップをテーブルに置くと、悠々と鼻をうねらせた。
「パァオング。確かに滅んでいたであろうな。それなりの余波が伴うゆえ」
「オレらが本来の力を解放したら、竜とか関係なく大半が消し飛ぶっすよ」
「下痢便みたいに脆いからな……一瞬だぜ一瞬」
「本来の姿より今の方がボクは好きかな」
「え? その裸エプロンのオッサン姿が?」
またなんか気になるワードが出てきたけど、もうキャパオーバーにも程があるからスルーだ。一人一人好き放題言ってるから統一性に欠けてるが、概ね同意見と見ていいだろう。
「要するに、今の俺からゼヴルエーレを始末するのは無理ってことでいいのか?」
「不可能ではありませんが、推奨はしません。数多の犠牲を出した上で行うのでしたら、話は変わりますが」
「いや、ならいいや。これ以上、無意味な犠牲を出してまで身勝手を突き通したくないからな……」
「そう言ってくれて私としては嬉しい限りです。貴方は五月十日と六月二十二日、その二つの分岐点を乗り越えて、仲間を絶対に守りぬく。無用な犠牲は出さないという強固な信念を確実なものにしてくださった。此度はそれを、対価として認めることにしたのです。では、何なりとどうぞ」
改まって並べられると、なんだか照れくさい。母さん以外にそこまで真っ当に褒められたことがないせいか頭がむず痒くて堪らんけど、あくのだいまおうも言ってることだし、そろそろ本題に入ることにしようか。
あくのだいまおうは驚くことに、別の世界線を観測するとかいう超級の能力を持っていた。それを今ここで知れたのは誤算だったが、なら俺が今から聞こうとしていることの信憑性も増すってもんだ。
俺が聞こうとしてるのは他でもない。それは―――。
「天災竜王ゼヴルエーレって、何者なんだ?」
しばらく、部屋の中の時が止まった。
天災竜王ゼヴルエーレ、結局その正体は謎のままだ。一億年以上もの昔に栄えた竜人の国ヴァルヴァリオンを滅亡寸前に追いやった古のドラゴンにして、太古の義勇軍に討たれた後、心臓だけで数億年もの間生き長らえた正真正銘の化物。
何の因果か、親父の野望によって俺の心臓に、その魂は植えつけられた。
これらの情報は事実ではあるけど所詮は言い伝えにすぎず、ゼヴルエーレという存在の核心に迫れるようなものじゃない。
たとえばゼヴルエーレはそもそもどこから来たのか、とか。最初からこの大陸に生まれて育ったのか、もしくはこの大陸の外からやってきたのか。
親父もゼヴルエーレを信望していた割には、ゼヴルエーレの出自について全く語らなかった。普通に知らなかったのか、あえて語らなかったのか。今となっては分からないが、単純に謎なのは確かである。
もう一つ挙げるなら、なんでゼヴルエーレは竜人の国を滅ぼそうとしたのか。竜だから、と結論づければ簡単だが、ゼヴルエーレは意志を持ち、少なくとも俺ら人間と同等以上の知能を持った存在だ。というか対話した事のある俺だから分かることだが、普通に俺より理知的な気がする。
そんな奴が、訳もなく国落としなんざしようと思うだろうか。暇潰し、という線もなくはない。でも奴の理知的な性格を考えるに、暇潰しで国をぶっ潰すってタイプにも思えないのだ。
何かワケがあって、竜人を滅ぼそうとした。そう考える方がしっくりくる。
本人に聞ければ苦労しないんだがな。生憎、俺の意志でゼヴルエーレに連絡をとることはできない。今までの経験からして瀕死にならない限り、アイツに会うことはできてないわけだし。
呼びかけたりもしてみたが、応答なし。何か条件があるのかもしれないが、それを考えたって仕方ないことだ。だから俺は俺で、勝手にアイツの外堀を埋めていくことにする。
ふむ、と顎に手を当てるあくのだいまおうだったが、すぐに俺へ視線を投げた。
「その問いに答えるならば、まず竜族について話さなければなりません。澄男さん、貴方は凰戟さんとの対話で``ゼヴルエーレは世界の果てからやってきた竜なんじゃないか``って仰ってましたよね?」
「ああ、言ったけど……おいおい、まさか……!?」
「貴方の推測どおり、存在していますよ。``世界最果ての竜``がね」
開いた口が塞がらない、って言葉は、まさに今の俺の顔を表す言葉に相応しい。
世界の果てで、超絶文明を築いてるドラゴンがいるかもしれない。正直ただの思いつきで、馬鹿丸出しで言ったつもりだったのに、まさかホントにいるなんて。
御玲はおろか、弥平までも珍しく目を開けてあくのだいまおうを凝視している。流石の弥平ですら、許容範囲を超えてしまう事実だったらしい。
俺はもうとっくの昔にキャパオーバー済みだけど、もうここまで知らないことの連続だと驚くことに飽きてくる。
「正しくは``最果ての竜族``と呼ばれています。この世界メタロフィリアが創造されたときより存在する太古にして唯一無二の種族。今も尚、全世界の実権を握る強大な存在です」
「じ、じゃあクソでけぇ蜥蜴みたいな奴がどこからともなく飛んでくるのって……」
「この大陸ヒューマノリアは、大海ユグドラに浮かぶ辺境の大陸ですからね。天幕を超えて、最果てからはぐれた下位の竜がやってくるのでしょう」
「いわゆるチンピラみたいなもんか……?」
「人間の尺度に置き換えるのならば、そうなりますね」
予想外に予想外が連なり、もはや逆に冷静になってきた。
種族が違えど、どこにでもいるんだなチンピラって。その割にはデカいし破壊力桁違いだし、国一つ消滅させられるぐらいには強いけど。国一つ消せるチンピラってなんなんだよ。竜なだけにチンピラのスケールもでけぇよ、いい加減にしろ。
「竜族は大雑把に下位、中位、上位、最上位、混沌の五つのヒエラルキーで完全に隔たれた縦社会種族で、下位の竜は、より上位の竜に逆らえず、上位の竜は強ければ強いほど世界全体で強権を主張できるシンプルな社会観を持っています」
「つまり、上位と最上位と混沌の三勢力が、その``最果ての竜族``? ってわけか」
「混沌に関しては立場がまた異なりますが、概ねそうです。上位以上の竜は世界の中心―――この大陸から見て世界の果てを生息圏にし、世界の実権を握っています。それを踏まえた上で、ゼヴルエーレの話になるのですが」
来た、と改めて聞く姿勢を整える。だが、もう粗方予想はできてるのだが。
「この大陸ヒューマノリアに原始生命が宿るよりも遥か太古の昔……かの竜は全く別の名で呼ばれ、全世界に大戦の火種をばら撒いておりました。その名も``殲界竜``ゼヴルガルア」
その言葉を皮切りに、まるでその時代の出来事を見てきたかのように事細かに語り始めた。
それは、最初聞いてた天災竜王の伝説なんか一瞬で霞んでしまうぐらいの、壮大な内容だった。
``殲界竜``ゼヴルガルア。全世界の全てを牛耳ってる最強の種族、``最果ての竜族``の中でも、最大最悪の邪竜と揶揄されたドラゴンで、当時は全世界に戦争を仕掛けては、気が遠くなる時の中、血で血を洗う殺し合いをずっとし続けていた。
その力は絶大で、同じ最果ての竜族ですら手に負えないほど強く、世界中に飛び回っては全てを破壊し、殺し尽くす勢いで暴れ狂っていたらしい。
だが、その暴威を見かねて重い腰を上げたドラゴンがいた。その名も``黄金竜``フェーンフェン。
フェーンフェンとゼヴルガルアは、人間がいくら転生しても足りないくらい長い間戦い続けたが、それでも尚二匹の実力は拮抗し勝負はつかなかった。そこでフェーンフェンは、命を賭してゼヴルガルアの肉体を消滅させて魂を三つに引き裂き、そのうちの二つを霊力に変換してこの大陸、ヒューマノリアにばら撒いたそうな。
残り一つは魂が浄化されることを願い、最果ての竜族が築き上げた天空の神殿の奥深くに封じられた。
それで話は終わればよかったのだが、そう都合良く話が終わるはずもなく。
あるとき、しょうもない諍いで神殿の一部を破壊した間抜けなドラゴンがいた。その諍い自体はすぐに終息したのだが、神殿が破壊された影響で封印が解かれてしまい、その魂は浄化される前にどこかへと飛び去ってしまったのだ。
「そんで流れ着いたのが……俺ら人類が住むこのヒューマノリア大陸だったってわけか」
さらに言うなら、その三つに分断された魂の一欠片が天災竜王ゼヴルエーレ。最果ての竜族でも敵わない、ゲロ強い邪竜の残りカスってわけである。
その後の経緯は、おそらく親父やエスパーダの野郎が言ってたヴァルヴァリオンの天災竜王伝説に繋がるんだろう。魂の欠片だったゼヴルガルアは、天災竜王ゼヴルエーレと名乗り、当時繁栄していた大国を襲ったのだ。
全盛期の頃と同様、全てを破壊するために。
聞いてるだけで頭が痛い。俺は、そんな神話級のバケモンの魂をクソ親父に植えつけられたってのか。
嘘だって言いたい。でもあくのだいまおうが言ってんだから嘘なワケがなく、全部現実離れした真実なんだろう。
何をどういう因果で、俺の心臓にそんなバケモノが宿ることになるんだろう。運命だとか宿命だとか、そんな実際にあるのかどうかもワカンねぇもんは信じない俺だが、もしホントにあるんだとしたら、俺は全力でソイツらを憎んでやる。それこそ全部ぶっ壊してやらぁ。
あくのだいまおうから放たれた、もはや神話にしか思えない話に俺だけじゃなく他の連中も唖然としていた。ぬいぐるみどもを除いて。
「ゼヴルガルアとフェーンフェンの死闘は有名っすよね、竜祖神話に載ってるレベルの話っすよ」
「有名ってレベルじゃねぇだろ、常識だ常識。健康な奴はバナナウンコを捻り出す、それぐれぇの常識よ」
「いやー、そんな超級の神話に載ってる竜の一端が目の前にいるなんて、最強にして究極のパンツを見つけたのと同等の感動を得てるよ今の俺」
「ちょっと澄男さん! ボクのち○こより輝くのはやめてよ!」
どうやらぬいぐるみどもにとっては常識レベルの話らしい。驚いてる様子はまるでなく、むしろ神話級の竜の魂の欠片が俺に宿ってることに感心している様子だった。
「と、とりあえず……とりあえずですよ? その御伽噺のような話を本当だとしましょう……ではどうやって、ゼヴルエーレに対抗するんです……? 正直、勝算ありませんよね……」
額を手で押さえながら、自分なりに頭の中であくのだいまおうの話を咀嚼してるんだろう。
このメンバーの中で最もリアリズムな脳味噌をしてる御玲にとって、御伽噺めいた話を前提にするなんざ反吐がでる状況なんだろうが、語り手が語り手だ。御玲だって意固地にはなれない。
だが神話の内容に驚くよりも、その先を冷静に見据えてるところがなんとも御玲らしい。俺もいつまでも思考停止しちゃいかんな。
「ふむ。結論から申しましょう。御玲さんの言うとおり、勝算は皆無に等しいでしょうね」
ですよねー。まあ分かってたけどさ。
何故、だなんて考えるまでもない。相手はドラゴンの中でも最強クラスの連中が神話として語り継ぐぐらいゲロ強いドラゴンだ。人外の領域に片足突っ込んでる程度の人間と人類最強程度の人間なんて、クソザコ以下でしかない。下手したら羽虫レベルだ。
戦いが成立する次元じゃあない。真正面からぶつかれば、なすすべなくクソ間抜けに蹂躙されるのは火を見るより明らかだった。
なんというか。俺ら流川家の物凄さが霞んで見えてきた。所詮は井の中の蛙でしかないワケね。まあ知ってたけどさ。そんなもんだよな、最強の暴閥なんて。
「ただし、それは貴方がただけで倒す場合に限ります」
己の無能感に打ちひしがれていた矢先、助け舟のような切り返しが投げられる。
それでも圧倒的絶望感を払拭するには当然足りない。もう不貞寝ブチかましたい気分だが、今は頼みの綱があくのだいまおうの話しかない以上、聞かないわけにもいかなかった。
「確かにゼヴルエーレは、ある種ゼヴルガルアの転生体と言える存在ですが、三つに分断された魂のうちの一欠片でしかありません。貴方がたのみで倒すとなると辛いでしょうが、徒党を組めば倒せない存在ではないでしょう」
「つまり、戦力を集める必要があるワケか……と言っても……そんなツテなんざないよな……」
チラっと弥平に視線を送る。案の定、無言で頷いた。
そう、流川家とは人類最強の暴閥。だが裏を返せば、社会に帰属しない孤独な民族でもある。
そりゃ当然だ。最大最強の民族であるが故に、他の勢力に頼る必要がない。助け合いなんて要らないし、最強の自分らさえいれば何もかもがなんとかなる。
だからこそ、こういう自分達でどうにもならない状況には弱い。助けてくれる勢力もいなければ、今ここにいる仲間を除いて、いざってときに相談して頼れる友もいないのだ。
現に本家の当主の俺なんて、母さんと凰戟のオッサンみたいなバケモン先代当主たちしか頼れそうな人は思い浮かばない始末である。
孤独。その言葉が、俺の胸中に重くのしかかる。
ふてこい態度ばっかとらずに少しは暴閥関係以外の友達作っとけば良かったな。今更すぎて全く笑えんが。
「俺らが全身全霊で戦えばワンチャン……」
「その場合、ここにいる複数人は必ず犠牲になるでしょう。いえ、消されると言った方が正しいですかね」
消される、ね。その言葉に心当たりがないわけがない。
ゼヴルエーレが扱う竜位魔法``焉世魔法ゼヴルード``は、三つの系譜に分かれる。そのうち、ありとあらゆる全てのものを、ただの意志一つで強制的に消し去る外法``破戒``がある。
アレを仲間に使われる可能性を想像しただけでゾッとする。アレはホントのホントに問答無用で気に食わないもの全てを一瞬で消し去れる外道の法だ。まるで「最初からそんな奴はいなかった」みたいにできてしまう。
ゼヴルエーレと戦うならそれを覚悟でやらなきゃならないことを考えると、俺らだけじゃかなり厳しい戦いだ。
経験則から思うに、竜位魔法の発動には必ず結構なタイムラグがあるんだが、それまでに妨害できず使われてしまえば一環の終わり。俺ら全員その外道の法で消されでもしたら即負け確である。
ラスボスにしてはあんまりにもチートだ。一瞬でこっちを全滅させられるって何の冗談だろうか。
「思うんだけどさ……そんなに絶望的かな、この状況」
さっきまで黙ってた愚弟が急にアホみたいなことを言い出した。腹の奥底から、久しぶりにドス黒い感情が湧き出る。
絶望的だろうがよどう考えても。話聞いてたのかテメェは。頼むからこれ以上腹立つ発言すんなよただでさえ万策尽きてて見通しつかなくなってるってのに。
もういっそのこと全員寝るか話し合いも長引いてることだし腹も減ったし心なしか部屋の空気淀んできたしさこれ以上話込んでても無駄だろ余計な作業だろどうせはあああああああだから考えるのとか嫌なんだよ考えた結果ロクな答えが出なかったとかただただ気力と精神力と時間の無駄遣いにしかなんねぇしだったら何も考えず身体動かしてる方がマシなんだよまったくさてどうしようかマジでこの状況。
青筋立てながら全力で久三男をにらみつけるが、あえて俺の顔面を見ないようにして無視し、俺を除いた全員に向かって視線を投げた。
「僕は外に出れないけど、兄さんたちは外に出て人間社会に関わっていくんでしょ? 花筏家との同盟とか、巫市の国交樹立とか成し遂げるんなら、その過程で色んな人と出会って知り合わなきゃならないわけじゃん? その中からゼヴルエーレをなんとかできる人脈とか、形成できるんじゃないの?」
あっ。言われてみればそうだ。俺だけじゃなく、御玲も弥平も納得の表情を浮かべる。
花筏家との同盟。巫市との国交樹立。これらが俺たちだけで行えるわけがない。
花筏家との同盟だって花筏の連中と絡まないといけないし、巫市との国交樹立にいたっては巫市の連中に信用されるだけでなく、それ以前に巫市へ行くための正式な任務をもらうために武市の連中にも信用される必要がある。
ゼヴルエーレをどうにかするまでに、俺らは色んな奴と嫌でも出会うことになるんだ。その中で仲良くなる奴もいれば、敵になる奴もいるだろう。
でもその仲良くなった奴で連合を組む、なんてこともできるかもしれない。いや下手したら戦わずにゼヴルエーレを対処できる方法が分かるかもしれない。
選択肢の幅が広がるのだ。何も倒すだけが全てじゃない、今はない選択肢も生まれるかもしれない。
ならむしろ今の状況は限りなく都合が良い。俺たちの人との関わり方、行動次第で選択肢に際限がなくなるんだから、可能性はまさしく無限大だ。
一気に目の前が明るくなる。希望だ。希望が見えてきた。
「じゃあ当分は花筏家との同盟と、巫市との国交樹立に集中できるのか……」
「いま焦ったところで仕方ないってことですね」
良かったです、と御玲と一緒に胸を撫で下ろす。
確実な見通しが立ったわけじゃないが、全く希望がないわけでもないことに気づけて本当に良かった。後はその希望を掴むために、目の前のやるべきことを一つ一つ片付けていくだけだ。
全てが片付いた後、また改めて考えればいい。その頃には、選択肢が今の倍以上になってることを信じて―――。
「よし! これで話すことはもうないな。終了!」
「澄男様、そして皆さん。長くなりましたが、おつかれさまでした」
「いやいや、お前こそごくろうさん。今日くらいゆっくり休めよ」
ありがとうございます、と頭を下げてくる。よせよ、と下げてきた弥平の頭をこつんと軽く叩いた。
ようやく決めるべきことは全て決められた。弥平は通常どおり密偵として役目を果たさなければならないので俺らとは別行動。おそらく俺の想像絶する難易度の事柄をこなすことになるだろう。
難しいことは弥平に任せることになってしまうが、その代わり俺は俺のやるべきことを全力でこなすのみだ。
「では皆さん、今宵はこの分家邸で英気をお養いください。本家邸ほど落ち着かぬかもしれませんが、ほんのひとときの御休息を」
「そうさせてもらうぜ~。あー終わった終わった~。弥平、俺腹減ったぜ。もう飯できてっかな?」
「是空に確認をとって参ります。しばしお待ちを」
難しい話の連続で気が抜けた途端に空腹がこれでもかと押し寄せてきた。三時のおやつすら食ってない状況で、脳味噌が何かしらのものを所望してやがる。
どうせ明日から動かなきゃならんだろうが、今日だけは全て忘れて今を楽しむとしよう。久しぶりに、みんな揃っての夕食だ。
会議を終えて身体をほぐし、各々を見渡す。
復讐を決意してから丸々三ヶ月。あれから仲間や家族と揃って食事をする、なんてことはほとんどなかった。
母さんが死んで、久三男と絶縁状態になって、メイドとギスギスし合って。もつれた糸を弥平の力を借りながらも力づくで一つ一つ着実に解いてきた。
そして死に物狂いで全てを果たした結果が、今だ。
こんな至極当たり前の幸せを得るのに、一億もの人間を消し去らなきゃならなかったのは今でも納得いかないけど、それでも俺が取り戻したかったものは、全部じゃないが取り戻せたんだ。
「澪華……」
脳内に浮かぶ初めての友。本来ならもっと親密な関係になるはずだったソイツは、今でもどこかで笑ってるだろうか。
アイツは俺に自分を乗り越えろと言った。アイツだけは取り戻せなかったけど、でももう今の俺の仲間はアイツだけじゃない。
母さんは言った、失われたもんは数えるな。今いる仲間を信じろと。
澪華は言った。自分を乗り越えろ、そして本当にふさわしい人に本気の想いを伝えろと。
絶対、無駄にはしない。これからのやるべきことのために、この魂に刻むぜ、澪華。
是空に確認をとると言って部屋から出てった弥平が戻ってきた。どうやら飯はできてたらしい。御玲たちに目を配り、飯にしようぜと一声かける。
その夜、これまでにないほど騒がしく、そして驚くほど平和に時間は過ぎていったのだった。
ちなみに弥平の従兄妹、白鳥是空は夕食の支度をするため同伴せず、白鳥邸方面へと去っていった。正直もっと話とかしたかったんだが、彼女には彼女のやるべきことがある以上、強く引き止めるワケにもいかず、彼女の去り際を潔く見送ることにした。
最後の最後まで紳士的に振舞っていたが、若干礼の角度が浅かったのは、ここだけの話である。言ったら直されるかもしれないからな。
「さてと……じゃあ明日からのことを話し合うとしようか。別に母さんに言われたワケじゃないけど」
「兄さん……流石にその言い草はキツイよ……」
「う、うるせーうるせー!! 身内の恥を晒されたんだぞ!! お前は少し恥ずかしがれよ!!」
「いや別に僕弱いから強がる必要とかないしさ」
「ぐっ……開き直りやがって……くそ、これだと俺だけなんか惨めな状況に……」
「澄男さまが惨めなのは元からなので、さっさと本題に入りましょう」
「おいそこ!! そこの青髪!! いまシンプルにディスっただろ!! 聞いたぞ完全に聞いた!! 俺の耳はごまかせねぇ!!」
「私から一つ、報告すべきことがございます」
「スルー!? いや……もういいや……分かった、とりま報告とやらを頼む……」
もはや誰も否定する気なし。甚だ遺憾だが話が進まないのも事実だし、恥を飲み込み奴の話に耳を傾けることにする。
「これもまた重大なことなんですが……」
「ああもういいよ、今更なに言われても驚く気にもなれんし」
「そうですか……? えっと、では簡潔に述べます。本家にありました澄会様の遺産ですが……私の父、流川凰戟様の命により、全て差し押さえられました」
「……え?」
なに言われても驚く気になれない、そう言ったな。あれは嘘だ。
母さんと弥平の親父には振り回されまくったし、もう余程のことでもない限り驚かない自信がついた矢先にこれである。その余程のことが起きてしまったのだ。
無一文。自分で金を稼いだことのない俺にとって、それはかなりの一大事。いままで金のことなど一切気にしたことなかったし、お金なんて望まなくとも一ヶ月に一度、母さんからお小遣いとして勝手にもらえるものだとばかり思ってただけに、その喪失感はでかい。
久三男なんて血の気が引いて顔面が真っ白になってやがる。そりゃそうだ。何を隠そう、本家で一番金遣いが荒いのは他ならぬコイツなのだ。
カキンとかいう謎のシステムに金を注ぎ込みまくっており、いつも一ヶ月にアホみたいな量の金を垂れ流していた覚えがある。俺は学校の帰りにテキトーに買い食いしてた程度だったが、よくよく考えてみれば金がなければ欲しいものは買えず、買い食いとかも一切できない。
これはマジで由々しき事態だ。
「……どうしよ……買い食いとかできないし困ったな……」
「はい? 何言ってんです? 重要なところはそこじゃないでしょう?」
「いや重要だろ。夕方、何かしらの帰りに買い食いしに出店に立ち寄るの、俺のささやかな趣味だったんだぞ。まあ学校に通わされてた頃の話だけど」
「いえ……あの、澄男さま? 重要なのは生活基盤の話ですよ? 買い食いができるかどうかなんて正直どうでもいいです。お金が無いということは、最悪本家の生活基盤が崩壊するかもってことです。本家の生活基盤ってどうなっているんですか?」
いやいやどうでもよかねぇよ、と突っ込みたくなったが、弥平が苦笑いを浮かべていたことに気づき、これ以上の反論はヤバイと感じとる。
でも何か変なことを言ったか俺。釈然としないんだが、とりあえず話も進まないし聞かれたことに答えるとしようか。
「生活基盤なんぞ俺は知らん。基本的に家にいて生活に困ったことなんてなかったし」
「ですよね。ちなみに聞きますが、電気や水道、ガスなどはどうなってるか、ご存知ですか?」
「知らん! どっかから無限に湧き出てくるもんなんじゃねぇの? 今まで使えなくなったことなかったし」
そう言った瞬間、弥平の苦笑いが深刻になり、御玲は額に手を当て大きく溜息をついた。
おい待てや。マジで俺、なんか変なこと言ったか。正直に一切の嘘偽りなく話しただけなのに、なんでこんな居た堪れない空気になるんだよ。知らんもんは知らんし、知ったかぶりする意味もないじゃんよ。
「御玲……兄さんにその手の話は馬の耳に念仏だから。僕が代わりに答えるよ」
居た堪れない重い空気が横たわる中、いつもは静かにしてる久三男が口を開いた。御玲は小さく、助かります、と答える。
いやそれなら最初から久三男に振ってくれよ。なにこれ、俺生殺しじゃん。つかこれ俺が悪いの。知っとかないとダメだった系の話なのこれ。
「まず電気、水道だけど、これに関しては大丈夫。全部流川家領で賄ってるから、光熱費はゼロだよ」
「やっぱりそうなんですね。念のため聞きましたけど、予想通りでした」
「電気は本家領に設置してる自家発電所から、水道は上下水道の浄化施設が同じく本家領にある。管理と維持はラボターミナル主導でやってるから、管理費とか維持費とか、人件費もゼロ。正直必要なのはお金じゃなくて、材料かな」
「施設や機器の部品を補修するのに必要、というわけですか」
「さすが弥平。そうなんだよ、施設や施設内の機械とかは経年劣化で壊れるから、補修するのに材料がいるんだ。それさえ準備してくれたら、あとは全部僕か、ラボターミナルが勝手にやってくれるから」
なるほど、と御玲も首を縦に降る。その頃、俺とカエルたちは案の定置いてけぼりを食っていた。つか早速眠い。
「兄さん寝ないで」
「んああ、寝てない寝てない」
久三男の声が鼓膜を貫き、朦朧としつつあった意識を見事に撃ち抜く。垂れそうになったヨダレを急いで拭き取ると、とりあえずシャキッと背筋を伸ばしておく。
「話聞いてました?」
御玲がすんごいジト目でこっちを見てくる。その青い瞳は濁り、心を開く前の頃の御玲を彷彿とさせてくれる。ヤバい、これはカチキレ寸前といったところか。
「いや大丈夫だ。聞いてた聞いてた。光熱費とかそういうなんか色々としたものは大丈夫って話だろ?」
「まあ……原型とどめてないくらい噛み砕かれてるけど結論は合ってるかな……」
「なら問題なし、続けてくれ!」
背筋をピンと伸ばし、聞く姿勢的なものを整える。
みんなの前で言うと流石に、というかもう御玲の堪忍袋が爆発するので心の中だけで言うが、俺は興味のない話を聞くのが苦手である。
復讐に躍起になってた頃は親父を殺すためならという意気込みでやってたし、戦いのための作戦会議とかは好きだから聞けてたし音頭もとってたが、基本的には話を聞くということ自体が苦手なのだ。
じっとして長々とした話を聞くのは正直辛いし、況してや内容に興味無かったら記憶にも残らない。本音を言うと興味があるやつらが勝手に話し合って、結論だけ聞かせてくれと言って寝てたいくらいなのだ。
でも、そんなのが許されるワケもなく。
家長たる俺が、これからの展望の話をするってときに寝てるのは流石にダメだろう。
そもそも最後は俺が決めるんだから、俺が寝てたら話し合いに参加しなかったくせに後から文句言う害悪に成り下がる。それは絶対にダメだ。仲間をこれ以上困らせるワケにはいかない。これ以上は、だ。
「食料についてはどうなっているんでしょうか。澄男さまは、気がついたら冷蔵庫が一杯になっていたと仰っていましたが、冷蔵庫から勝手に湧き出る、なんてことはありませんよね流石に」
「あはは、そりゃないよ。食料はね、まあそのときそのときで色々なんだけど、母さんが山に行って野生の魔生物を狩ってきてそれを捌いて保存してたり、分家派に注文して届けさせたりして補填してたかな。兄さんはそこらへん興味ないから、あたかもそう見えてただけだと思う」
「でも澄会さまが殺されてから今日まで、食料は尽きませんでしたけど……?」
「僕が分家派から発注してたからね。冷蔵庫に入れる作業も面倒だから分家派に必要量を順次冷蔵庫内に自動転移するように指示してた」
「そんなこと、できるんですか?」
「可能です。久三男様の発注に関しては私の腹心である是空が携わり、転移魔法を応用した分家派製の魔道具を使用し運搬していたと報告を受けています」
「なるほど。腑に落ちました」
俺やカエルたちを置いてけぼりにして、話は進んでいく。
今のところ黙ってるメンツでパオングとあくのだいまおうがいるが、アイツらはきちんと理解できてるだろう。ツッコミを入れてこないあたり、その程度は即興で理解可能という意思表示なのは明らかだ。しかし問題は俺である。
食料に関しては、俺も御玲と同じ疑問を抱いていた。腹を満たすのに困らない以上、些事だとすぐに興味は失せたが、分家派からピンポイントに物を転送できる技術があったのか。
まあ見た目の割に大量のアイテムを、それも色んな場所から出し入れできる魔導鞄とかいう兵站の概念ぶっ壊す系魔道具もあるし、特定の場所にものを運べる魔導具があっても今更感がある。
なんというか、マジで流川家って不可能とかあるのか疑問に思えてくるな。
「結論、食費もゼロで済む。ということでしょうか」
「まあ、そうだね。分家派で発注する分も支出ゼロだし、山から食料になる魔生物を狩るのは言うまでもなし。分家派に頼らない場合を考えても、冷蔵庫のラインナップが若干失われるだけで、基本的に自給自足は可能だね」
「えっと……それだと、結局お金が無くても生活には困らない、ということでよろしいんですか?」
「マジで? おい、どうなんだ久三男」
御玲と俺は揃いも揃って久三男に顔を近づける。突然顔をぐいぐいとかなりの気迫で近づけられて、半ば引いてた久三男だったが、澄まし顔を装い、答えた。
「まあ……そうなるかな」
「じゃあ金稼ぐ必要ないのかぁ。だったらずっと修行とかできるな!」
「……私としては、なんだかモヤモヤしますが、流川家がそういう仕組みである以上は、仕方ないですね」
「まあいいじゃんか御玲。面倒くさいことやらずに済むんだし、これから楽しく生きていこうぜ?」
「いえ、澄男さまには当主としての責務を果たしてもらいませんと」
「そんなのあんの?」
「ないんですか?」
「ないよそんなん。基本的に俺は修行して飯食って風呂入って寝る、それだけしかやったことないし、それが今までの生き甲斐みたいなもんだったよ」
「なるほど。要するにニートと」
「いやちが……わない? あれ?」
「でしたら私の仕事を手伝ってください。暇にはしませんよ。今まで言ってきませんでしたが、カエルたちでは手が足りないんですよ。二名以外はサボるので」
「ギクッ」
「やべっ」
「あんッ」
「さて俺はパンツパンツと……」
御玲が、突然態度がおかしくなるぬいぐるみども四体を一瞥し、俺はなるほど、と呟く。
だが、ぬいぐるみたちの気持ちは分からなくもない。御玲がこの三ヶ月間やってたことといえば、料理、掃除などの家事全般だ。当然、俺は家事なんぞやったことがないしできる気もしない。というか普通にやりたくない。
理由、そんなものは簡単。興味ないし、楽しくないからに決まってるからだ。そんなんやるくらいなら久三男とテレビゲームして一日潰すか、アイツの部屋に入り浸って漫画しこたま読んでる方がマシである。
とはいえ、現状をどう打破するか。
俺の横で踏ん反り返り、各々知らん顔してる四匹のぬいぐるみどもは使い物にならんのは明らかだが、このままだと四匹が本来やるべき仕事を全部俺に押しつけられる形になるし、俺はぬいぐるみじゃないから御玲に隠れてサボるとかもできない。
久三男に協力して―――おいこら、そっぽ向くな。こっち向けやコラ。兄が困ってんだぞ助けろよ薄情すぎるだろテメェ。
「ご英断を期待しています」
うふふ、と青黒い瞳が光った。背筋が急に寒くなる。
アイツまさか氷属性の魔術で脅迫してやがるのか。いや違う。なんだこいつの目。死んでる。死んでやがる。まるでただの肉塊を見てるような。
待て待つんだ、早まるな御玲さん。それ以上はダメだ。なんかお腹ぐるぐる鳴ってきたし、というか心なしか吐き気も湧いてきた。
御玲の口から真っ赤な舌が艶めかしく唇を舐める。この恍惚な表情を忘れるわけがない。俺も御玲が一騎打ちで本音をぶちまけあったあの日、俺のはらわたを夢中で貪ってたときの顔だ。そのときの記憶が呼び起こされたのか、俺の腹の中がぎゅるぎゅると動いてるし、心臓の拍動も妙に速い。
生気が飛んだ青黒く濁った瞳。その瞳と目を合わせるとまるでお腹を弄られているような感覚が呼び覚まされ、その度に内臓が喚くのだ。
ヤバい。これはヤバい。御玲さんが昔の尖ってた頃の御玲さんに戻ってる。人を喰らいし頃の彼女に。
そこまでして俺に何かをやらせたいのか。いいじゃん修行で。何がダメなの。それがダメなの。いやさ、そこは適材適所じゃん。俺は修行。御玲さんは家事。弥平は密偵で、その他は、まあその他で。
それで困る奴ぶっちゃけいないしみんな幸せ、って感じじゃダメなのか。ダメみたいですね。ならば―――。
「弥平!! お前の類稀なる頭脳を駆使し、家での役割分担を決め」
「うぉぉい、お前ら仲良くしてっかぁ?」
猟奇的な雰囲気に満たされつつあった部屋をブチ開けたのは、対談のときに超絶やべぇ霊圧を放ってた流川凰戟その人だった。
自分は反論させる暇もなく我先に部屋からでてったのに、こういうときは都合良く現れるのか。やっぱあの母さんにして、この兄貴あり、だな。
「何用でしょうか、父上」
素早く凰戟のオッサンへ向き直り、跪く。自分の実の父親だというのに、真面目な奴である。まあ本家の当主がいるから格式を重んじてるんだろうが―――。
「そうかしこまんなや弥平。是空に言った言葉、忘れてんのか?」
「はっ、つい癖で……!」
弥平が珍しく目を見開いて焦っている。アイツが素でミスったところ、初めて見たな。つか何気に目を開くところも初めて見たわ。今更だけど、なんで瞼閉じてるのに前が見えるんだコイツ。
「まあいいや。つかお前らにやってほしいおつかいがあるんよ」
弥平に一枚の紙を手渡す。指令書的な何かだろうか。弥平はその紙に書かれた文章を読み下していくが、徐々に徐々に手を大きく震わす。
おいおい、なんか嫌な予感がするぞ。弥平が手を震わせるとか、これまた初めて見たんだけど。こりゃあまた爆弾投下レベルの案件がやってくるのではなかろうか。
「ち、父上……これは、本気ですか」
「ああん? 俺が嘘なんかつくかよ」
「で、すよ、ね……いやしかしですね、これを急に言われましても。私は別任務において、実地で失敗してますし足もついてる恐れが」
予感は、見事的中。どうやらクソ面倒な案件らしい。
弥平が今まで見たことないくらいに焦ってやがる上に奴ですら失敗したことを思うに、面倒なだけじゃなく内容もぶっ飛んでる。
ああ、耳を塞ぎたい。つかなんなら家に帰りたいし寝たいんだけど、どうせ無理だろうな。だって弥平の親父が持ってきた案件だもの。拒否権とか、最初から無いに決まってる。
「ンなもんテメェがしでかしたミスだろ? 自分できちんとケツ拭けや」
「う……確かにそうですが……これは……」
弥平の顔色がマジで悪い。今にもゲロ吐きそうな顔してる。
おいおいそんなにやばいのかよ。お前のそんな顔、初めて見たぞ。もらいゲロしそうになるじゃねぇか。
どうするべきか。いや、迷う要素なんてありはしない。そんなの、決まってんだ。
「チッ、貸せよ」
勢いよく立ち上がり、弥平から諸悪の根源を奪い去る。あ、と真っ青な顔色で見つめてきたが、彼としてもどうすればいいか迷っているらしい。珍しく、俺に素で頼ってきた。
そんな状態で頼られたんじゃ、見捨てるなんてできるわけがない。つくづく俺は甘ちゃんである。
「どれどれ……巫市の貨幣の仕様変更につき流川家での自己造幣が不可能になったため、現地に赴き、貨幣を持ち帰れ。ただし巫市の武力制圧は厳禁とし、さらに貨幣を無断で持ち帰ることも禁ずる……なんだこれ」
その内容は、全くと言っていいほど意味がわからなかった。
どういう指令だこれ。難しいとか簡単とかそんなん以前に、貨幣を持ち帰れだとか、流川家での自己造幣がどうのとか、なんのこっちゃ? って話である。
そもそもそれやってなんか意味があるんだろうか。いや、とりあえず意味とかそういうのはひとまずどうでもいいとして、おつかいの主旨がわからん。
貨幣を持ち帰れって、そんなんそこらへんに落ちてる金拾って持ってきたらいいだけじゃん。何が困るっていうんだろう。
全く意味がわからんという顔で凰戟のオッサンを見つめると、煙草を吹かしながら、ニヤッと悪辣な笑みを浮かべた。
「要するに、巫市と国交を結べって話だ。流石の兄弟でもこれなら分かるだろ?」
「……は? 国交……?」
「おいおいマジか? 国交って言葉の意味すら知らんのか兄弟」
「いやそれは流石に知ってるわ。問題はそこじゃない。国交? 巫市と? 話が飛躍しすぎててワケわかんねぇんだよ!! 詳細!! 詳細をできる限りわかりやすく簡潔に頼む!!」
「兄弟……お前も中々無茶苦茶だな……流石は澄会の息子だぜ……」
褒めてるのか貶されてるのか、イマイチ判断つけられないけどこの際どうでもいい。
巫市と国交を結ぶ。それをする意味やらなにやら、その全てがまるっきり全く分からんのだ。どうねじ曲がったら貨幣を拾って持ってこいって話が国交樹立とかいう極大スケールの話に化けるのか。
それに至るまでの過程的なものが当然あるはずで、そこが分からないことには指令を受ける以前の問題だ。拒否権なんて最初からないんなら、詳細を聞く権利くらいはあるはずである。
「弥平、話してやれや」
いやお前がしろよ説明。
指令持ってきたのお前だろ。なんで弥平なんだよ。そりゃ弥平なら紙見ただけで即興理解して他人に分かるように説明するのは余裕だろうけど、本来なら持ってきたお前が説明しなきゃダメなやつだろ。
とか言ってもどうせ聞いてくんないんだろうけどさ。ああもう、母さんの血縁者は話の聞かない奴ばっかりかよってそれ言ったら俺もじゃん。クソがぁ。
特大ブーメランが頭にぶっ刺さった俺をよそに、弥平は立ち上がって説明を始めた。
「今年の一月、巫市は貨幣の仕様を一切合切変更することを可決し、二月に全ての貨幣の仕様を変更しました。その仕様変更というのは、貨幣の不正造幣を防止するセキュリティ面の強化ですね」
「セキュリティが強化されて、流川家でも勝手に造れなくなったってことか? つか、今まで勝手に造ってたの?」
当主なのに知らなかった盛大な事実を、またサラッと告げられたことに、何度めか分からない遺憾を覚える。
まあ仮に知らされてたとしても、今までの俺なら「んなもん今はどうだっていい」の一言で一蹴してただろうから強く出れないが、普通にダメだよね。勝手に他所の人のものを作るのは。
まあ俺ら流川家にダメとかそんなんは通じないし、やろうと思えば好き放題できるから本来ならダメってワケじゃないんだけど、巫市からしたらたまったもんじゃなさそうだ。他人事だからイマイチ共感できないが。
「技術上は造幣可能なのですが、決められた場所以外で造幣するとアラームが送信され、造幣場所と造幣者の能力が巫市側に露呈。アポトーシスが出動し、造幣者を逮捕。不可能なら軍事行動により滅却処理されます」
「あの天使どもは動き出すと面倒だからな……」
「おおっと、アポトーシス? 天使?」
「アポトーシスというのは、巫市が保有する軍隊のことです。基本的には巫市内の治安を保持する存在で、武力行使の際、頭上にトーラス状の魔道具を用い、陸海空、全てを独自の物量戦で掌握することから、我々暴閥、ひいては武市民からは``天使``と呼ばれています」
「なんかよくわからんけどめんどくさそう……」
「特に暗部を出張らせるとダルい。最近は聞かねぇが、数年前までは``n次元の悪魔``とかいうやべぇのが、ブイブイ言わせてたからな」
凰戟のオッサンがそんなことをぽそりと呟くと、弥平がみるみるうちに顔を陰らせた。
そういやコイツ、昔に隣国でなんか事件に巻き込まれたとかなんとか、そんな話を裏鏡を誘き出す作戦のときに話してたっけか。
「詳しく話せよ」
顔色の悪い弥平の背中をさする。リラックスしたのか、弥平の強張った頬がほんの少し緩む。
「これは以前お話ししたことですが……私はかつて、実地訓練を兼ねた巫市暗部の密偵任務に就いていました」
少し陰鬱ながら、巫市での密偵任務のなりそめを語り始める。
弥平は今から二年前、分家邸でできる全ての修行を終え、分家派当主に相応しい実力がきちんと備わってるかどうかを確かめてもらうため、凰戟のオッサンから巫市への潜入任務を言い渡され、巫市の中央都市部にある中枢組織―――統制機構ユビキタスへと向かった。
そこでアポトーシスエージェントとして潜入に成功し、「エサンアスリ」という偽名で一年間活動していたそうな。
任務の内容は、ユビキタスしか知らないとされる存在―――暗部の正体に関するデータを無事に分家邸へ持ち帰ること。話を聞いててそんなん久三男に任せたらいいんじゃねぇのかと思ったが、なんとも驚き。今でこそ久三男が何者も越えられない世界屈指の技術者だが、当時は久三男の技術力とユビキタスの技術力は互角だったらしい。
変に足がつくと久三男、ひいては流川家が目をつけられる可能性があったため、ときにアナロジーなやり方のほうが、足がつきにくい場合もある。そんな凰戟のオッサンの考えに基づき、当主就任の試験がてら弥平自ら探ることになった。
本来の予定はもっと長丁場になるはずだった。データを入手したあとはテキトーな理由をつけて円満退職し、分家邸へ堂々と帰還する手筈だったんだが、実際は予定から大きく外れたばかりか、任務は散々な結果で終わってしまう。
あの銀髪野郎、裏鏡水月の襲撃があったのだ。
戦いはしたが言うまでもなく実力差は明白。生き延びてその場をやりすごすことを最優先した結果、やむなく戦死を装う形での撤退となり、任務の続行は不可能に。
当然暗部の情報を入手する前段階での襲撃だったため、任務は悲しくも失敗という形で終わってしまったのだ。
「入念に、それもかなりの時間をかけ、慎重に慎重を期したのですがね……全て台無しになってしまいましたよ」
今にも泣きそうな顔で、任務の全貌を吐露し終えた。
弥平の得意分野は密偵だ。敵の内情を密かに探り、敵の情報を的確に抜き取って俺たちに報告する。まさに最も信頼できる情報屋と言える存在。
それに弥平は全力で密偵の役割を果たしていた。それは復讐を掲げていた俺が一番知ってる。弥平がいなければ、そもそも復讐をなすとかそんなこと自体不可能だった。親父がどこに隠れてるかも不明なまま、俺は親父のつまんねぇ理想の駒にされてただろう。
それを避けられたのも、弥平の密偵としての能力の高さと、密偵という仕事に誇りを持って挑んでたからこそである。
だからこそ、そのダメージは計り知れない。俺なら自己嫌悪と裏鏡への憎しみに押し潰されて、何もやる気がなくなって不貞寝ブチかましてる案件だ。そうしないあたり、弥平はホントに有能で、強くて、良い奴である。
「お前は悪くねぇよ。悪いのは裏鏡だ」
背中をさらに優しくさする。
俺の言葉なんか腹の足しにもならねぇかもしれんけど、それでも少しでも痛みが和らぐのなら、それでいい。俺にできることは、それぐらいしかない。
だが凰戟のオッサンは、目の前で苦しんでる息子を見ても澄まし顔だ。
「悪いがこれは総帥命令なんでな。失敗してようが関係ねぇぜ?」
俺は眉をつりあげる。その澄まし顔が一瞬、あのクソ野郎にして俺の親父、流川佳霖に見えたからだ。
「おうこら。少しは言葉選べやオッサン」
「ああん?」
「弥平が悪いワケじゃねぇだろ。父親なら、慰めの一つくらいくれてやれよ」
「ンなことしてどうする。失敗した事実は変わらねぇよ? 失敗なんざしないのが前提だし、もししたなら責任持って自分でケツについたウンコくらい拭き取れって話だ。違うか?」
「違わねぇけど……俺が言いたいのはそうじゃなくて」
「慰めなんざただの気休めにしかならねぇよ。俺はそんな気休めさせる気はサラサラねぇ。休むのは自由だが、どんな理由であれ失敗は自分の手で拭い去る。できねぇってんならそれまで。そんなこたぁ当たり前のこったろ」
こちとら遊びでやってんじゃねぇんだぜ、と凰戟のオッサンは一切譲る気配がない。反論を考えるが、凰戟のオッサンの言ってることが正論すぎて、何も言い返せなかった。
俺が言いたいのは言い方を考えろって話なんだが、確かに優しく言っても失敗した事実は変わらない。むしろ言い方を考えた結果、思ったことが伝わらないんじゃ本末転倒だ。だったらむしろドストレートに言った方がマシって話になる。俺が凰戟のオッサンの立場なら、迷わずそうしただろう。
言われた側は傷つくだろうが、だったら最初から失敗すんじゃねぇよと、そう付け加えるはずだ。
なんというか、まるで自分自身を相手してるみたいで分が悪い。これ以上反論したら墓穴を掘るだけだし、どうするべきか。
「いいんです、澄男様」
反論できないと知りながらも、反論を考える中、弥平が手で制した。そして俺の方へ顔を向ける。
「ありがとうございます。貴方に慰めていただいただけで、この弥平……力が湧いてくる所存であります」
「そう、か? でも無理は……」
「いいえ。私は流川分家派当主であり、澄男様の影。その肩書を背負うだけの自負と覚悟、そして誇りがある以上、失敗は私自らの手で拭う所存です。澄男様は澄男様にできることをやってくだされば、それで充分です……!」
屈託のない、一切の陰りすら感じさせない爽やかな笑顔が、そこにあった。
ホント、良い奴すぎるだろ。なんでこんな有能で人畜無害な奴が俺の影なんてやってるんだろうか。仕えるべき相手を間違えてないか。
クズで身勝手で独りよがりでキレ性で、殴る蹴る焼き尽くすことと、身勝手を突き通すことしか強味のない俺にはあまりに勿体なさすぎる。むしろ俺が影に隠れてた方が、世界は平和になるだろう。
そんなつもりは毛頭ないが、俺は弥平を絶対に大切にしようと胸に刻もう。
弥平は、言うなら世界の良心みたいなもんだ。本来なら密偵だなんて汚いことやるべき人間ではないはずなのに、黒く染まることなくその白さを保ってる。それはマジですごいことだと思うし、俺には絶対に無理だ。
だから弥平、俺はお前を絶対守ってやるから。だから。
「困ったときは絶対、俺に頼れよ。絶対だぞ」
はい、と弥平は笑顔で頷いた。いつもの表情に戻り、弥平は深呼吸する。
さすがは弥平である。メンタルの復活も秒だ。俺なら完全復活まで二週間はかかるし、一度拗れたら当分ソイツをブチのめすことしか考えられなくなるが、そう考えると俺、マジ無能説。
いやいや、流石にそれはないな。ないない。俺には誰に何と言われようと身勝手を突き通せるという最後の砦が残ってる。ちょっと無能でも、マジ無能というわけではないはずだ。
「とりあえず、話を戻すぞ。その暗部連中だが、さっき弥平が言った通り情報入手に失敗してる。敵対すると後手に回る上に、一番やばい``n次元の悪魔``の正体が不明な以上、最悪こっちが落とされる可能性もある」
しれっと話を戻す凰戟のオッサン。色々と言いたいことはあるが、それはもういい。俺が気になるのは、それ以上に。
「その``n次元の悪魔``って、そんなにヤバイのか? つか、他の暗部が正体不明なのに、なんでソイツのことは噂が流れてるんだよ」
それは率直な疑問だった。
暗部だというのに、なんでソイツだけ目立ってるのか。暗部として成立しなくなるし、多分二つ名だろうけど、それでも二つ名つくくらい有名ってことは、少なからず足はついてるわけで。
最近聞かないとか言ってたから噂になりすぎて消えたか、死んだのかもしれんけど、正直存在が矛盾しててモヤモヤするのだ。
「そりゃあ噂になって足がつこうが、対処不能だからだ」
凰戟のオッサンは煙草をふかしながら、その疑問に難なく答えた。そんなもん、当然と言わんばかりに。
「そもそも``n次元の悪魔``を実際に見た奴は存在しない。見た瞬間にお陀仏してるからな」
「じゃあなんで噂になるんだ。見た奴いないなら噂になんかならんじゃないか」
「いやなるだろ。よく考えてみろよ。昨日まで生きてた知人が、急にいなくなるんだぜ? そんなのが立て続けに、それも決まって無法者ばかり。そうなりゃ誰もが暗殺者の存在を疑うが、どうやってもその正体を掴めない。だから大半の奴らは怖がって``n次元の悪魔``って呼ぶようになるわけよ」
「いなくなるって、死体もか?」
「死体なんて残してたら、それこそ暗部として格がしれるだろ。死体はおろか、ちょっとした証拠すら絶対残さねぇ。まさしく無法者だけをどっか別の場所に攫ってくみたいに消しちまう。それで一時期、巫市に関わるのをやめる奴らが続出したくらいよ」
今はいなくなったとかで、またちょっかい出してる奴がいるけどな、と笑いながら揚々と白い煙を吐き散らかす。
「とかく、だ。アポトーシスや巫市の暗部、そして``n次元の悪魔``との敵対は避けたい。だからいっそのこと、俺らで造幣するのは諦めることにしたわけよ」
「は?」
またサラッと意味の分からんことを。
おつかいの内容を考えるなら、その最終目的は貨幣を持ち帰って分析し、分家派で貨幣の造幣をできるようにすることだと推測していた。
でもそうじゃないってんなら、おつかいの真の目的ってなんなんだ。
ジトっと凰戟のオッサンを睨むが、そんな程度でオッサンが怯むはずもない。凰戟のオッサンは意気揚々と白い煙を吹かし、ヤニ知らずの白い歯をまじまじと見せた。
「俺らに金を貢くっていう大義があるだろ? 巫市のものは、巫市の貨幣じゃねぇと買えねぇのよ」
なるほど。ふざけんじゃねぇぞ、このオッサン。
さっきまでのマジな話が一気に消し飛ぶ言い分に、拳をわなわなと震わせる。それを見破ったのか、凰戟のオッサンは澄まし顔で煙草の煙を俺に吐き散らしてきた。
「あのな兄弟。お前らが裏鏡を誘き出すとか言って破壊し尽くした大都市群。アレ、俺ら分家が手を打ってなきゃ確実に戦争になってたんだわぁ? 世間知らずの兄弟には実感ないかもしんねぇけどよぉ?」
何すんだ、と言おうとした瞬間に放たれた、重い台詞。
その大破壊と世間知らずさを棚にあげられると、何も言い返せないのが辛い。何を言ってもただの見苦しい言い訳にしかならないし、男として格上相手に見苦しいザマをみせるわけにもいかない。
凰戟のオッサンの攻撃ならぬ口撃は続く。反論しない俺を見て、少し唇を吊り上げた。
「大変だったんよ? そこの久三男が手伝ってくれなきゃ、後始末が後手に回ってただろうからな。大規模な記憶操作なんぞ二度とやりたかないね」
その言葉に、久三男の方へ顔を向ける。久三男は顔を赤らめながら、さっとそっぽを向いてしまった。
たくコイツ、俺のこと殺すとか言ってバリバリ殺意剥き出しだったくせしやがって、キザな真似を。
まあアイツのことだから俺を陥れる方法はいくらでもあったんだろうけど、面と向かって俺を倒したかったっていう想いが強かったんだろう。
よくよく考えれば、アイツは俺を面と向かって倒したがっていた。いつもみたく、部屋の中に引きこもっていれば常に有利になれただろうに、わざわざ相手の土俵に立って俺を殺そうと全力で戦ってきたのだ。
たく。男気があるのかないのか、イマイチわかんねぇヤツだ。
「つーわけだからよ、その分を俺らに貢いでもバチは当たんねぇと思うんだが?」
顔をぐいと近づけ、目を見開いて睨んできた。顔から放たれる馬鹿みたいに強い霊圧。というか顔から放つって妙に器用な真似しやがる。
目が見開いてて虹彩が小さく見えるあたり、脅すときの癖も母さんと一緒かよ。はいはい、拒否権なんぞないんですね。分かります。
肩を竦め、やれやれと両手を挙げる。白旗を持ってるわけじゃないが、本当なら持ちたくなんてないものだ。
「さっすが兄弟、分かってんじゃねぇか! 漢ってもんはそうでなきゃシマらねぇ!」
ハッハッハッハ、とこれまた豪快かつでけぇ声で笑う。
人を脅迫しておいてよく言うぜ。兄妹揃って調子良すぎるっての。背中をバンバン叩いてくる凰戟のオッサンに半ば呆れながらも、さっさと話を進めることにする。
「とりあえずオッサン。武力制圧が厳禁なのは理解したけど、無断で持ち帰るのはダメってこれどういう意味? どっか道端に落ちてるやつ拾ってもダメってこと?」
紙をなぞりながら、その文章を指差す。
武力制圧は面倒な奴に目をつけられるから嫌だって理由で俺も納得だ。でもだったら淡々と道端に落ちてるやつを探して拾っちまえば済む話である。国交を結ぶ必要がまるで感じないんだが、オッサンは真顔で首を縦に振った。
「仕様変更後の巫市の貨幣は厄介もんでな。巫市領外へ持ち出すと不法所持扱いになっちまって、これまた天使どもを呼ぶアラームが送られるんよ。だから道端に落ちてるやつを探して持ってくるのもアウトなわけさ」
「えぇ……なんで……? 外に持ち出すのもダメって不便すぎないかそれ」
「そりゃあ外に持ち出す奴がそもそもいないからな。仮にいたとしたら、それは勝手に国境を侵す無法者しかいない」
オッサンの話が突然意味不明になった。頭の中で疑問符が立て続けに並ぶ。
なんで外に持ち出すのがダメなんだ。別にいいじゃんそれくらい。何がダメなのかさっぱり分からない。それじゃあ俺たち暴閥や、武市の連中は巫市の物何一つ買えないし、持ち出しただけでその扱いは流石に問答無用すぎるのではなかろうか。
俺の顔色を察したのか、オッサンは顔を歪ませ、弥平に向き直った。
「おい弥平、兄弟に今の世界情勢とか教えてねぇのか?」
「は、はい。なにぶん、佳霖討伐に力を注いでいたもので」
「たくよぉ……佳霖が憎いのは分からなくもねぇし、俺もハラワタ煮えくり返る想いだが、少しは世界に目を向けろってんだ」
額に青筋を浮かべ、盛大に白い溜息をつくオッサン。
なんで。なんで俺怒られてるの。だってそんなの知るわけないじゃん、興味ないし。
「あのな兄弟。今の武市と巫市は、国交断絶状態なんよ。つまり、二国間で人や物は全く行き来してないってわけ」
「へー。そーなんだー」
「そーなんだー、じゃねぇよ!! 他人事じゃねぇぞ兄弟、下手すりゃお前だって無関係じゃねぇ話なんだぞ!!」
お、おう、と途端に声を荒げた凰戟のオッサンにビクつく。
そんなこと言われてもな。ぶっちゃけ現実味がないんだけど。巫市って、俺のイメージじゃただの隣国って感じだし、関わらなければ特に問題も起こらないと思ってたし、そもそもこっちから関わるつもりなんぞ毛頭なかったワケで、そう強く言い寄られても困る。
とはいえ、何が無関係じゃないんだろうか。全くワケが分からんのだが。
「マジでこういう後先まるで考えてねぇところは澄会の野郎そっくりだな、なんでそんなダメ遺伝子はちゃっかり受け継いでんだか……まあいい。よく聞けよ、兄弟!!」
「お、おう」
「まず第一に、巫市と武市の間に国交はない。物や人の行き来もないのはさっき言った通りだが、国交がないってことは、二国間で決まり事も一切ないってことだ。これはわかるか?」
「えっと、ルールとか無くて無法地帯的な?」
「そうだ。それなら、だ。極端な話、武市と巫市はもう戦争しててもおかしくないって思わねぇか?」
「は? 今は戦争になって……ないんだろ?」
「ねぇよ、だから不思議だと思わないかってこと。そんな無法地帯だってのに、なんで武市と巫市はお互い各々の平和を謳歌できてるのか。疑問に思わねぇか?」
うーん、と無い頭をこねくり回してみる。
そう言われれば、確かにそうだ。ルール的なものが何もないのなら、やりたい放題好き放題やっても、それを咎める奴はいないってことだし、だったら理不尽な奪い合い殺し合いが起きて、それがきっかけで国の存亡を賭けた大戦争が起きてるのが普通だろう。
でも凰戟のオッサンが言うには、そんなことは今まで起きたことがないらしい。なんでだろうか。うん。全くもって分からん。
「……あー……。じゃあ答え合わせな。まあ簡単に言うと、だ。お互い武力で脅し合ってるって感じよ」
そんな事もわからんのか的な溜息を吐かれ、なんだか不快な気分になる。
じゃあ最初から答え言えば良かったのでは、無駄な思考に頭使ったじゃんか、という文句を言いたくなったが話が進まなくなりそうだし、なによりカチキレられそうだったのでやめとこう。脳味噌九割筋肉と自負する脳筋な俺でも、少しは学習するのだ。
「巫市にはアポトーシス、そして暗部という軍事力を持ち、対して武市は国に住んでる住民全てが一種の軍事力だ。お互い領域侵犯すれば、武力の行使を辞さねぇぞって態度で硬直してる。それが武市と巫市の、現在の実情ってわけよ」
「へぇ……でもそれ、すっごいバランス悪くね? アポトーシスがどれくらいの規模か知らんけど、武市は住民すべてが武力なんだろ? 数で押せちまうじゃん。なんで武市の連中は、それでも巫市を侵略しないんだ?」
凰戟のオッサンが指をパチンと鳴らし、ニヤリと悪どく笑う。
「良い質問だ兄弟。それはな、アポトーシスの戦力の質が答えだ」
凰戟のオッサンが、弥平に指示を飛ばす。弥平が霊子ボードを取り出すと、ホログラフィックモニタに動画が再生される。
それは真っ白な軍服を全員が着こなし、天使の輪っかみたいなものを頭の上に装備した、まさしく``天使``みたいな奴らが、まるでアリのように規則だった動きで群がり、大量の魔法陣を展開して敵拠点らしきものを瞬く間に襲撃、攻略している映像だった。
空から侵攻する奴らから放たれる魔法攻撃の雨と、地上から侵攻する奴らの物理攻撃の暴威をもろに浴び、敵らしき連中はなすすべなく駆逐されていく。
総勢百名を越える大群でありながら、一切無駄のない連携と戦闘。殺意すら感じさせない、極端なまでに作業的な作戦行動をとる``天使``たち。他人事とはいえ、俺は思わず固唾を呑んだ。
敵だって手加減してる様子もない。拠点だってかなり立派だ。生半可な攻撃や戦力じゃあ、攻略するなんて無理ってぐらいには堅牢にできてるように見える。
でもそんなことなど``天使``たちは全く意に介してない。むしろ拠点ごと全てを貪り食うように、地上から、そして空から同時に淡々と攻略していっている。
その様は、もはや砂糖の山に群がるアリの大群。巣の周りにいた外敵に容赦なく襲いかかる働きバチそのものだった。
「アイツらとマトモに火花散らせられるのは、武市の中でも上威区を支配できるカースト上位の連中だけ。それ以外ははっきり言って雑魚だ。どれだけ徒党組んだところで、物量戦を得意とするアイツらの敵になりえねぇってわけよ」
凰戟のオッサンも、その映像を見て頬に汗を滴らせる。
物量戦を得意とする、``天使``の大軍。
一人一人は大したことないかもしれない。だが問題は、大軍全体の無駄のなさ。緻密に計算された連携と戦闘だ。
この大軍には殺意が全く感じられない。全てが作業と言わんばかりに、一切の躊躇がないのだ。己の死を恐れる様子もなく、敵を殲滅・排除する、そういう淡白な思いしか感じられない。
それはなんだか、一線を越えた敵には一切容赦しないって考え方の俺らに似てる。おそらく奴らにも奴らなりの、殺す、殺さず生け捕る、の線引きはあるだろう。
でもその一線を超えた奴らには、血の雨を降らせることを厭わない。この映像からは、なんとなくだけど、その思想の一端のようなものを感じた。
だってこれはもう戦いじゃない。どちらかというと掃除だ。親父との最終決戦のとき、一切の躊躇いなく十万の雑兵を殺り尽くしたのと同じような。
それだけのことを平然とやってのけるなら、確かに腕っ節にかなり自信がある程度のモヒカン頭系、ハゲ頭系チンピラが馬鹿みたいに徒党を組んだところで意味はない。むざむざと全員殺されるか、生け捕りにされて拘束されて終わりだ。
相手をするなら、それなりに戦場を潜り抜け、なおかつ大軍を一気に呑み込んでぶっ潰せるくらいの、自然災害を平気で起こしたり操作したり普通にできるだけの能力を持ったバケモン級の個人でもない限り、まともに務まらない。
当然そういうことをできる個人ってのが、凰戟のオッサンのいう「カースト上位の連中」なんだろうが、だったらまた疑問が一つ湧いて出る。
「じゃあそのカースト上位の連中は何してんの? 寝てんの?」
まさしくこれだ。疑問ってのは、そのカースト上位の連中の動きである。
チンピラがどれだけ連合軍を結成したところで意味はないが、``天使``たちにとって、カースト上位の化物たちは依然として脅威だ。そいつらが攻撃に打って出れば、戦争に発展してもおかしくないはず。
凰戟のオッサンは、そんな疑問など振り払うように首を左右に振った。
「カースト上位の連中は強いだけじゃなく賢いからな。そもそも巫市と事を構えるとかそんな間抜けな考え自体持ってねぇ。第一、俺らだって相手の``戦略``や``戦力``を総合的に考えて、敵対する気はねぇしな。物の分かる奴は共存か、不可侵の道を選んでるってわけよ」
なるほど、と口にし、俺は一つずつ話を整理する。
武市と巫市は国交断絶状態にあり、お互い自分の領域を侵犯されたくなくて牽制し合ってるのが現状。
武市の連中の中でも強い奴らは敵対の考えを持たず関わらないようにしてるが、それ未満のクソ雑魚どもは身の程を弁えず調子ぶっこいてるものの、アポトーシスとかいう名の``天使``の大軍、``n次元の悪魔``とかいうバケモンを筆頭とする暗部が怖くて、ちょっかいだしてこそいるが内心ヒヨッてる。そんな感じか。
怖いなら調子に乗らず黙ってすっこんでればいいのに。まだ高校生やってた頃、その手のチンピラとは幾度となくストリートファイトしたもんだが、弱い癖に外野でキャンキャン駄犬のように吠えつつ、ちょっかいだけは出してくる無能なクソ雑魚は際限なくいたもんだ。
舞台の規模は違っても、その手の奴はどこにでもいるってワケか。めんどくさいことこの上ないハナシだ。
昔を思い出しながら肩を竦めたが、そこで俺はあることに気づく。
「そのカースト上位の連中は敵対の意志がないみたいだけどさ。よくよく考えたら俺ら流川家を頭数に入れた場合、武市の連中、俺らには流川家がバックにいるんだぞ、って調子ぶっこけるんでねぇの? それとも武市の連中って俺らを頭数に入れてないの?」
これまた率直な疑問だった。というか分からないことだらけで率直な疑問しか出てこない。
正直、俺らを頭数に入れてないってんなら話は単純で、俺としては面倒事はごめんだしそれでいいんだけど、頭数に入れてて牽制されてるなら腑に落ちない。
いくらカースト上位の連中とはいえ、強いバックがいたら調子ぶっこく自惚れた勢力の一つや二つ、出てきそうなもんである。それで、その手の奴らが戦端を開いてそうな気もするんだが、実際は、武市と巫市はよく分からない絶妙なバランスで牽制し合っている。ということは、つまり。
「巫市にも、武市の連中全員をビビり散らかせるガチのバックがいるってことなの……いて、いでででで!? いてぇんだけど!?」
そう言い放ったとき、突然凰戟のオッサンが頭をごしごしと撫でてきた。あまりに突然だったので振りほどくことすらできず、されるがままに頭を撫で回される。
「ハハッ、なんだなんだ兄弟、ノリに乗ってきたのか? 急に冴えてんじゃねぇか、 ええ?」
「いやただ思った事を言っただけでなんだが!?」
「ご名答だぜ兄弟。巫市にはな、俺ら流川家を頭数に入れても武市の連中を調子づかせないバックヤードがいる。誰か分かるか?」
「えっと、要は俺らがバックでも怖くて調子に乗れないってことだから、俺らと対等? な奴ってこと?」
「そうだそうだ!」
「んー……誰だ……? えっと……」
必死になって勢力図を思い出す。
確か何ヶ月か前に弥平から俺らの親戚みたいな奴が何人かいるとかなんとか、そんな話をした気がする。確か``四強``とか``五大``とか、そんなんだったような。
「``四強``の誰かってことか?」
「お、それは知ってんのか。まあ自分が名ぁ連ねてるんだから当然だわな」
あれ、そうだっけ。ああそうだわ。確か俺もその四強とかいうわけわからん勢力に勝手に襲名させられてたんだっけ。それで裏鏡も確か同格として名を連ねてて、それで裏鏡をおびき出そうぜって話になって―――じゃあ残り二人は誰だっけ。
「澄男様。恐れながら四強には、この私も襲名しております」
弥平が自分の胸に手を添える。そうだった、弥平も四強の一人だった。となると俺に弥平、裏鏡で三人確定するから、あと一人誰だ。
「確か……巫女……ああ、花筏の巫女か!」
ようやく頭の中でバラッバラに散らばってた記憶の欠片が、一つに合わさった。
裏鏡のことで頭が一杯になって以降、存在自体を軽く忘れかけていたが、花筏の巫女といえば母さんが昔、喧嘩を売るときは気をつけろよと言ってた相手であり、それを聞いた弥平が絶対ダメだと豪語していた奴だ。
本来なら裏鏡を誘き出すために企画したあの祝杯会にも来る予定だったが、確か当主が不在とかなんとかで断られたって話だったか。
まあ結局あの祝杯会、裏鏡の野郎がめちゃくちゃにしてくれた上に俺もカチキレちまったから、それを考えれば来なくてよかったが、裏鏡、俺、弥平を除いて残る四強は花筏の当主おいて他にいない。
「正解だ。花筏巫女衆……俺ら流川と並び称される人類最強の集団戦闘特化民族。それが巫市のバックヤードよ」
凰戟のオッサンが意気揚々と、何故か自慢げに胸を張った。
花筏家がいるから、カースト上位の連中も調子に乗れないってわけか。ということはつまり、流川と花筏、そしてアポトーシスとカースト上位の連中で、良い感じに力の釣り合いが取れていて、だからこそルール無用の無法状態にもかかわらず、巫市と武市の間で大戦争は起こらないって寸法なのね。
ようやく二国間の力関係が理解できたけど、確かに絶妙なバランスで成り立ってるな。例えるなら崩れかけのジェンガみたいな状況。誰かがミスれば、その時点でバランスが崩壊する。そうなれば、戦争ルートまっしぐらってワケだ。
「理解できたみてぇだな。そうなると重要なのは、流川も無関係じゃなくなるってところだ」
「そこなんだよな。仮に戦争とかが起きたとして、俺らが無関係じゃなくなる意味がわからんのだが」
謎が謎を呼ぶ。俺ら流川は確かに武市の頂点だとか最強暴閥とか仰々しい立場にあるが、実際に武市を統治してるワケじゃない。だって家長の俺自身、武市の内情なんてほとんど知らないのだ。
一応母さんに無理矢理高校生やらされたとき、放課後に買い食いしたくて出店寄ったりしてたから、商店街の様子ぐらいなら知らないことはないけど、そういう目的以外じゃ外出すらしたことがない。
いわゆる降臨すれど統治せず。本家の当主なれど、いま武市を仕切ってる奴の名前や顔、組織名すら知らない、なんちゃって王様である。
自分で言ってて自分の存在価値って何なんだろうってすごい虚しくなってきたが、悲しきかな、それが事実なのだ。
「例えばな、兄弟」
凰戟のオッサンが煙草を指でつまみ、白い息を吐きながら眠たそうな顔をこっちに向けてくる。
「戦争が激化して、巫市がある疑いをかけたとしよう。その内容が``流川家が格下の市民を焚きつけて世界を征服しようとしている``だ。そうなると、巫市の連中は誰に助けを求めると思う?」
「……は、花筏?」
「正解。となると、だ。花筏は巫市に加担して俺らに敵対する可能性が出てきちまう。それだけは絶対に避けなきゃならねぇ。奴らが敵として出張るとなると、冗談抜きで俺ら流川の存亡に関わるからな」
「ま、待てよ。ちと飛躍しすぎじゃねぇの? 第一、そんな状況になったとして、俺らは関係ないって言い張れば」
「ンなガキみたいな言い分なんざ誰も信じねぇよ。好き勝手してる連中を放置してたら、誰もが流川家主導だと信じ込むだろ。状況証拠って奴だ」
「いやいや……」
「いやでもなんでも、北方の巫女どもが判断を下した時点で言い逃れできやしねぇ。アイツらは基本的に弱い奴らの味方だ。理不尽に虐げられてる連中が実際にいたなら、不本意ながらでも俺らに戦いを挑む可能性がある。弱い奴を守るために、な?」
何も言い返せなくなった。
凰戟のオッサンが、俺ら流川家が無関係じゃいられなくなる理由。それは巫市の救援相手がバックヤードの花筏家であり、仮に流川家に疑いがあるなら、疑いを晴らしにいくにせよなんにせよ、弱い奴らを守るという理由のみで俺らに喧嘩ふっかけてくる流れができてしまう。そうなれば本格的な世界大戦になるのは、バカな俺でも分かる。
そして今の流川の大将は俺だ。要は濡れ衣を着せられ、花筏家の連中に濡れ衣を着せられた事を証明できなきゃ、なし崩し的に戦争に巻き込まれるかもしれないってハナシで、こりゃ本気で取り組まないとマズイぞって結論に至るワケか。
「嗚呼、めんどくせぇ」
頭を掻きながら悪態交じりに本音を吐いた。
せっかく親父という怨敵をぶち殺したのに、なんでこうもまた面倒ごとの種があるんだろうか。いや、そんなもん考えるまでもない。俺が流川本家の当主であり、流川家の血をひく末裔だからだ。
理不尽かつかったるい因果だよな、全く。
「とりあえずオッサンの意図は理解した。でもまだ疑問点があるんだが」
「なんだ」
「もし仮に俺らと花筏が喧嘩になる流れになったら、ドンパチする前にオッサンが口添えすれば回避できるんじゃねぇの? よく知らんけど、花筏と俺らってそんなに仲悪いワケでもないんだろ?」
もう何度疑問を投げかけてきただろうか。今まで知らなかったことが、一気に押し寄せていて粗探しが絶えない。
花筏と流川の関係。正直俺は詳しく知らない。母さんから喧嘩するときは気をつけろだとか、弥平から喧嘩ダメ絶対と言われた以外、関係性など把握してないのだ。
まず、その巫女衆とかいうのを見たことがない。花筏家の今の当主も不在とかなんとかで、その正体も分からない。
花筏を敵に回すのはヤバイってのは分かるんだが、それ以上のことは何一つわからんのである。知らない俺が悪いってのもあるけど、だったら今知ればいい話なのだ。
「そこはまたややこしくてな……」
ため息を吐く俺に、凰戟のオッサンは顎に手を当てながら答えた。
「結論から言うと、それは無理だ。何故なら本家の当主は、今はもうお前だからな」
「俺だから?」
「俺らと花筏の関係、簡単に言えば友好関係だ。昔は敵対してたが、先代の流川本家派当主たる澄会と、先代の花筏家当主たる花筏無花が、俺を保証人として和平協定を結んだことでそうじゃなくなった。それで二千年続いた武力統一大戦時代も終わったんだが、その和平協定は、もう今となっては過去の産物なんよ」
「でも今も仲良くしてるんだろ?」
「まあ年末年始に手紙送り合う程度にはな……でもな? 兄弟」
タバコを咥え、鼻から白い息を放ちながら、人差し指を立てた。 俺は腕を組んで聞く姿勢を自分に都合の良い形で整える。
「永久に効力を持つ約束事なんて、この世に存在しねぇ。暴閥間の約束事も同じことで、たとえ無期限のものでもどっちかの当主が変われば、その時点で約束事の効力は事実上消失する。そうなりゃ後を継いだ奴らの胸先三寸になる」
白い溜息をつきながら、弥平の私室の空気を淀ませる。
武力統一大戦時代を終わらせるきっかけになった流川と花筏の和平協定。それによって今の世界があるんだろうが、流川家の当主は本家、分家ともに代変わりしちまった。
花筏はどうか知らないが、俺らが後を継いでいる以上、母さんが結んだ協定はもう効力を失ってる。凰戟のオッサンの言葉尻からして、効力がなくなったからといってまた険悪になるわけじゃないみたいだが、今の花筏家の当主と俺は友達であるどころか、知り合いですらない。
本家の当主が俺である以上、花筏家は俺に真意を問い質す流れになるが、俺らが世界を征服してるって巫市の連中が助けを求めれば、花筏の連中は「流川が期限切れを名目に、和平協定を一方的に破棄した」と考え、真意を問い質そうともしない可能性があるワケだ。そうなれば弁解の余地もなく、即戦争になるだろう。
お互い友達になってないってのが、俺ら当主間だとこうも重い意味合いになってくるとは。世界屈指の戦闘民族の末裔だからこその重みってやつだろう。こればかりは、俺個人の力でどうにかなることじゃない。
まさしく御玲が言ってた、``力じゃどうにもならないこと``そのものだ。力が通じないって事実が、ものすごく高く聳え立つ壁のように見えてくる。
「つーことは、花筏家とも仲良くしとかないとダメだな……後々面倒になるのなら……」
「ほう? 北方の巫女どもと五分の盃交わしてくれんのか?」
「そうした方がいいだろどう考えても。ダメなのか?」
「んいや。俺としちゃあ願ってもねぇこったぜ。だが一筋縄じゃいかねぇぞ?」
悠々自適に古い煙草を携帯灰皿に押し込み、また新しい煙草に火を点けて煙を吹かす。その顔は、まるで苦労する俺の姿を想像し高みの見物をしてるような、クッソ鼻につく表情だった。
「なんたってあそこの今の当主は放浪癖で有名だ。巫女どもは生真面目が服着て歩いてるような連中だから、当主が不在じゃ盃直しに絶対応じちゃくれねぇぜ? まずは探すところからだな」
マジかよ、と思わず吐露する。
そういえば、花筏家の今の当主は放浪癖があって消息不明だとか、弥平が言ってた。探すつってもどうすればいいんだか。
裏鏡みたいに戦闘狂とかだったら誘き出せるんだが、そうじゃないんだろうし。というか巫女って以外に知ってる特徴皆無だから、現時点じゃ誘き出すも見つけ出すもクソもない。もっと情報が必要だ。
「なんか特徴とかないのか? その花筏家の当主の……俺ら名前すら知らんわけだし」
「暴閥にとって真名は命と同等の価値だからな……流石の俺らでも、今の当主の真名は知らねぇ」
弥平も申し訳なさげに首を横に振った。
我らが有能バトラー、弥平さんが知らんのなら、もはや詰んだに等しいが、だからといってじゃあ諦めます。というわけにはいかない。
最悪の場合、責任なんてとりようのない世界大戦に巻き込まれるなんざ、大事な仲間を死に物狂いで絶対守り抜くという意志を掲げる俺には極めて都合が悪い。なんとしてでも知り合い程度にはなっておかなければならないのだ。
「だが分かってることなら一つあるぜ」
考え込む俺に白い息を吐きつけ、意識を現実に引き戻す。
「まあ腹の足しにもならねぇこったが、今の花筏家当主``終夜``は、北方の巫女どもの監視網を難なくくぐり抜け、一般市民に化けられるほどの高い潜伏能力を持ってるってことだ。はっきり言ってヤバいぜ」
「済まん、イマイチヤバさが伝わらん」
「だろうよ。でもな、北方の巫女どもの監視網をくぐり抜けるなんざ、この俺でも不可能に近い……って言ったら、お前はどう考える?」
悪どく笑みを浮かべる凰戟のオッサンだったが、対して俺は言葉に詰まった。
流川凰戟、俺の見立てだと母さん並みか、あの母さんすら凌ぐ実力を持ってるマジモンのバケモン。
初対面でブチかまされた霊圧で、俺がどれだけパワーを上げても勝てる相手じゃないってのがすぐに分かったくらいだ。
霊圧を放つだけで、戦わずして相手に自分の実力を的確に伝える技量と貫禄、そして体内から僅かに滲み出てる、ありえないほど豊潤な霊力。
母さんもそうだが、間違いなく凰戟のオッサンは霊力量でも俺を遥かに上回ってるだろう。俺も並の人外を、その莫大な霊力量をフルに使って蹴散らせる自信があるが、御玲が言うように、``上には上がいる``わけだ。
「流石、戦闘関係になると理解が速いじゃねぇか。北方の巫女どもの探知能力を掻い潜るなんざ、達人どころの話じゃねぇ。もはや神の身技よ」
凰戟のオッサンが目配せすると、弥平が霊子ボードから出力されたホログラフィクスモニタの図を切り替える。
次に映されたのは、人を簡略化した図に、その体内を循環する青い矢印、そしてその簡略図から四方八方に放たれる赤色の矢印が描かれた絵だった。
一瞬なんだこれと突っ込みそうになったが、その疑問はすぐに取り払われる。
「奴らは体外へ滲み出る霊力だけじゃなく、体内を流動する潜在霊力すら見通すことができる。そしてその潜在霊力から、相手のあらゆる情報を的確に推察して共有するんだ。一度網に引っかかったら最後、逃げるのは至難を極める」
「でも、その``終夜``って奴はそれができる、と」
「いや、そもそも監視網にひっかからねぇ。それをやろうと思うと、体内霊力を一般市民か、そこらの昆虫以下にまで抑えなきゃ無理だ。ンなもん本来、やろうと思って完璧にできる技じゃねぇ」
珍しく悔し紛れな表情を浮かべる。
五十半ばのオッサンが、俺らと同い年ぐらいであろう巫女に嫉妬するって図はなんだか変な感じだが、要するに凰戟のオッサンが言いたいのは、そんな不可能を涼しい顔でやってのけてしまうバケモンの中のバケモンだってことだろう。
もし喧嘩にでもなろうものなら、戦って勝てる相手じゃない―――かもしれない。
「俺や澄会がよく知る先代の花筏家当主花筏無花ですら、そんな馬鹿げた芸当はできなかった。むしろ体内霊力が莫大すぎて肉体にガタがきてたからな。その莫大な霊力を受け継ぎ、堂々と放浪してのけてる子種だってことを考えると、``終夜``は間違いなく歴代花筏家当主最強……くれぐれも付き合い方間違えるんじゃねぇぞ」
お前は無駄に澄会の野郎に似てやがるからな、と軽く肩を叩いてきた。
さっきまで上から目線で厳しいことを言ってのける上司みたいな雰囲気だったのに、今の台詞だけは、ものすごく暖かく、そんで優しく感じる。
凰戟のオッサンが慈しんでくるほどってことは、マジで気をつけないと地獄を見るぞってことだろう。凰戟のオッサンから向けられた優しさが逆に刺々しく心に突き刺さり、生唾を喉奥へと呑み込ませる。
「さて、お前らに与えるおつかいの詳細は以上だ。そんで兄弟、最後に一つ忠告しておく」
今日で何度目かの嫌な予感がまたよぎり、あからさまに不快な顔で見つめる。
生唾を呑み込んだ後に凰戟のオッサンお墨付きの忠告とか、心臓に悪すぎる。
巫市との国交樹立に、花筏家との五分の盃。どっちも見通しがまるでついてないってのに、また難題課されるとなると流石にキャパオーバーだ。いや、もう現時点でキャパシティ超過もいいトコだけど。
「兄弟のココに関して、だ」
凰戟のオッサンは自分の左胸を親指で指し示す。その仕草に、指し示しているモノが何なのか、すぐに悟った。
「天災竜王ゼヴルエーレ……だっけか。言っちゃ悪いが、それに関しちゃあ、完全に俺らの埒外だ。弥平からの経過観察の結果からしてすぐにどうにかなるもんでもないだろうが、分離の手立てくらいは考えておけよ」
柄にもなく心配そうに、そんなことを言ってくる。
天災竜王ゼヴルエーレ。親父をブチ倒して尚、俺から奴の存在が消えることはなかった。
むしろ契約が履行されるとかなんとか言ってた割に、親父をぶっ倒した後は全く音沙汰なしである。正直、何を考えてるのかさっぱりわからない。
一々回りくどい言い方をして、無駄に偉そうな態度で人を小馬鹿にしてくる奴だが、結局ゼヴルエーレは何がしたいんだろうか。
俺は奴の力を借りず、仲間を信じて親父を倒した。だから奴の思惑は外れて復活は成されなかったはずなのに、奴からはあれ以降何も言ってこない。
復活を諦めた―――なんてことはないはずだし、マジでわけのわからんこと山の如しである。
まあ俺にとってアイツの思惑などどうでもいいし復活もクソもないんだが、確かに奴と俺が分離できるのなら、その手立てはほしいところだ。
いつまでも得体の知れない蜥蜴が心臓に宿ってるとかいう意味不明な状況に囚われてるわけにもいかない。いずれ仲間に降りかかりうる災厄になるのなら、尚更だ。
「弥平から聞いたときゃあ……俺の息子、頭ぶっ飛んだのかと思ったぞ。一億年以上前に大国を滅亡寸前に追いやったドラゴンって、小説の粗筋か何かかよってな」
「気持ちは分からなくもねぇけど事実なんだ。水守家から北上してすぐのところにある氷山エヴェラスタの領主的な奴も、俺んトコで雇ったあくのだいまおうって奴からも、言質とってるし」
「そこがわけわからんのよ。確かに氷山地帯があるのは最近の地理調査で分かってはいたが、そこに知的生命体がいるなんて前代未聞にも程があるって話だ」
首を左右にふり、ありえない、と小さく呟く。
そう言われても、実際にいたしこの目で見たし、なんなら会話もしてるのだから、アレが幻覚とは到底思えない。
百歩譲ってエスパーダの野郎が幻覚だと無理くり判断するとして、だったらあくのだいまおうの話はどうなるのかってハナシである。実際、親父もゼヴルエーレの伝説は知っていたし、ありえないなんてことはないはずなんだ。
「まあなんにせよ、俺の想像絶する何かなのは確かだな。そもそも文明を一方的に滅ぼすドラゴンなんて、俺ら分家が持ってる最古の古文書に記された``世界最果ての竜``ぐらいしかピンとこねぇし、前提にするのも阿呆らしい話だぜ」
「でもドラゴンって実際にいるんだろ?」
ンなもんただの空飛ぶ蜥蜴よ、と煙草片手に馬鹿馬鹿しいと嘆息する。
今まであんまり気にしたことなかったし、この目で見たこともないんだが、母さんからドラゴンに関する話は聞いたことがあった。
どこからともなく現れ、本能のままに破壊の限りを尽くす天空からの破壊者。いかなる鋼よりも堅牢な鱗と、全てを吹き飛ばす巨大な翼を持ち、空を飛んで地上にあるもの全てを破壊し食い散らかす災厄。
母さん曰く、時々どっからともなく現れて庭を荒らして邪魔だったからと狩り殺して食糧にしてたとか言ってたし、俺もゼヴルエーレの存在を知るまでは、庭を荒らす空飛ぶクソでけぇ蜥蜴としか思っていなかった。
ドラゴンへの見方が変わるのは、あくのだいまおうたちと出会ってからのことである。
ゼヴルエーレも自分をドラゴンだと言っていたが、どう考えても奴の存在は、ただの空飛ぶクソデカい蜥蜴のそれじゃない。むしろもっと強大な、途方もなく禍々しい怪物のような何かだ。だとすれば。
「ゼヴルエーレって、世界の果てからやってきた竜だったりして……な」
冗談交じりにそんなことを言ってみる。馬鹿言うなよと思われると思ったが、案の定、凰戟のオッサンが鼻で笑ってあしらった。
「いくらなんでもぶっ飛びすぎだぜ。``世界最果ての竜``の存在は神話の領分だ。お伽話扱いした方がしっくりくる話だし、そもそも世界の果てなんてもの自体、俺ら人類には計り知ることのできねぇ未知の領域……頭の片隅に留めておく程度が無難だろうよ」
だよな、とすぐに自分の意見を撤廃する。
自分の言ったことがホントだとは毛程も思っちゃいない。俺だって信じられねぇし、世界の果てなんぞもはや論外だ。そんな理解しようがない概念を前提に行動するなんて馬鹿げた話である。
だが凰戟のオッサンが「頭の片隅にとどめておけ」と言うあたり、完全に無関係だと断じるのも早計、ってことだろうな。
実際、天災竜王ゼヴルエーレの伝説とか、あくのだいまおうや親父の口から聞かされて、なおかつこの目でゼヴルエーレを見るまでは絶対に信じはしなかったし。
ならば世界の果てに俺たちの知らない未知の世界が存在していて、そこにはゼヴルエーレの同等、もしくはそれ以上の超級のドラゴンが、超絶文明を築いて生活していることだってありえるかもしれない。
ある、という証拠はないが、ない、という証拠もまたないのだ。調べていけば、馬鹿げたことも糸口になるかもしれない。覚えていて、損はない。
「うし……結構長く話し込んじまったな。俺からもう何もないから、後は任せたぜ。本家派当主様よ」
「その呼び方はよしてくれ。さっきまでみたく兄弟でいいさ」
「そうかい、じゃあ精々励めや。兄弟」
煙草片手に揚々と去っていく。その背は広くて、デカくて、厚い。頼もしくて思わず寄りかかりたくなるそれは、やっぱ目の前のオッサンが生きる英雄なんだと思わせてくれる。
俺にもこんな親父がいたら、どんな奴になってただろうか。やっぱ弥平みたいな人畜無害に育ったんだろうか。まあそんなもしもの話したって虚しいだけだし、やめようやめよう。
俺と弥平は席に戻る。凰戟のオッサンが乱入したせいで立ち話が長くなってしまったが、それを踏まえてまた話し合いをやり直さなきゃならない。聞きたいこともあるしな。
あくのだいまおうに視線を投げた。だが当然というべきか、そんな視線を臆することもなく、あくのだいまおうは深々と一礼する。その所作に、一片の乱れを感じさせずに。
「……まあいいや。というわけだお前ら。あらためて話し合い再開な。まずは役割分担を決めるか?」
「いえ。簡易的ですが、物事の優先順位をつけて、やるべきことを整理するのが先決かと」
言われてみればそうだな。弥平のアシストにより、俺は速攻で方向転換する。
凰戟のオッサンがグダグダと好き放題語ってくれたはいいが、一つ一つやるべきことのスケールがデカくてどれから手をつければいいか、どういう切り口で物事を進めていけばいいか分からない。
弥平の言うとおり、先に物事の優先順位を決めて、そこからやるべきことを整理するのが先だ。そうすりゃ役割分担なんてさっさと決められるってもんである。
というわけで、とりあえず弥平の意見を聞いてみた。
「そうですね……大きな目標は主に二つ。花筏家当主との同盟と巫市との国交樹立。達成難度から考えますと、私としては中間目標を花筏家当主との同盟に設定することを具申します」
「やっぱりお前もか。俺もそれがいいなと思ってたんだよな」
自分の頭にあった考えが、珍しく弥平と同じだったことに胸を撫でおろす。
花筏との同盟と巫市との国交樹立。二つを比べるなら、また立場が同じで昔の和平協定の名残が残ってて接しやすい花筏との同盟の方が難易度は低い。``終夜``を見つけなきゃならんという難題があるが、それを含めてもどうやれば巫市に入って、どうやれば仲良しになればいいのか皆目分からん巫市の国交樹立より、まだ現実的だ。ということは。
「中間目標として花筏との同盟。そんでその沿線上にある最終目標が巫市との国交樹立か」
「そうなりますね。ですが、澄男様にはゼヴルエーレの問題がございます。したがって実質的な最終目標は、ゼヴルエーレ関連の解決となるでしょう」
だな、と弥平の見解に首肯し、皆も静かに首を縦に降る。
「んじゃあ次はどう物事を捌いていくか、だ……」
顔を顰めながら、無意識に煙草を取り出す。
軸は決まったが、そうなると現状真っ先にブチあたる問題は``終夜``の行方だ。
現状、手がかりなし。分家でも追跡できず、同族の巫女たちですら行方を掴めない。もはやクソ広い砂漠の中から宝石の欠片一個探しだすみたいな状況である。
だが問題ない。俺の身内には、その手の探索のプロがいるのだ。
「おい久三男。お前のキモい得意技の出番だ!!」
「唐突の罵倒!? 何なのさ、その得意技って!?」
人探し、物探し。いわゆる特定のプロ。我が愚弟にして最高のサポーター、流川久三男がいる。コイツの手にかかれば、個人の特定なんぞ朝飯前どころか寝起き前で全てが片付けられる。
「``終夜``の居場所を探るんだよ。こういうの十八番だろ?」
「いや確かに十八番だけども!? キモいは余計だと思うんだ!!」
「いえ、キモいと思います」
「ゲロいっすね」
「糞以下の変態野郎なのは違いねぇ」
「大丈夫、ボクのち◯こよりマシさ!!」
「久三男さんに、聖なるパンツの加護があらんことを……」
冷静に罵倒していく御玲を筆頭に、言いたい放題言っていくぬいぐるみども。
後半二名は意味不明だったが、気にしたら負けだ。皆が言うように久三男がキモいのは今更。否定する余地などない。特定される側からすれば、気持ち悪いことこの上ないんだから。
「うう……でもごめん兄さん。流石の僕でも``終夜``の特定は無理だよ」
「は? なんで?」
「体内霊力まで偽装できるんじゃ、一般市民と区別できないよ。そもそも``終夜``に関する情報が少なすぎる。せめて毛髪一本とか指紋とか体液とか……ちょっとした生体情報がないと……」
「うーわぁ……」
「ドン引きしないでよ!! 事実そうなんだって!!」
「いやだって……ねぇ? 毛髪とか体液だとか、お前……」
「だから!! 僕は至って真面目に答えただけで……ち、ちょっと御玲? どうして僕から距離をとるの? 別にやましい思いとかないから!! やらしい目的とか一切ないからあ!!」
必死すぎる。そういうところがなんか妙にリアルなんだよ。いい加減気づけって。
「まあ久三男のキモさに関しては今更議論の余地もないとして、ホントに無理なのか? 弥平が無理な以上、正直お前が頼りなんだが」
いや議論の余地は十分にあると思うんだ、と往生際悪くグダグダ御託を並べる久三男。扱いに甚だしい遺憾を感じつつ、少しの間考える素ぶりをみせると、腕を組み、困った表情で問いかけに答えた。
「僕が今、研究開発中の霊子コンピュータなら、偽装した体内霊力を看破して、もしかしたら探しだせるかもしれない」
「なんだそりゃ。この期に及んで新しいゲーム機でも作ったんかお前」
「いーやそんなんじゃあない。正式名称``霊電子式量子複合演算機``。それは魔法と科学の極致……世界の深淵に至るため、人類が生み出した究極の叡智!! 完成すればあらゆる事象操作を可能にする、全能の神器さ!!」
「なるほど!! 全く分からん!! 弥平!!」
解説を弥平に振る。久三男は分かる奴に説明する気がまるでない上に時々厨二病拗らせた感じになるのでますます話がわけわからなくなる。だから調子に乗らせたくないんだよな、コイツ。
「霊子コンピュータとは、武力統一大戦時代以前、古代文明時代に存在した大国アルバトロスによって開発された、究極の魔道具ですね。時代の転換期に起きた大戦で、その製作技術は失われたはずですが……やはり久三男様は、その技術の復活に成功されていたのですね」
「まあね!」
胸を張り、鼻をこれでもかと伸ばしきる。
よせ弥平。コイツを調子乗らせると面倒くさいし、なんか説明させたときに余計物事が進まなくなるから。
「正直、そんな伝説級の魔道具を再生させたなんて眉唾ですが、では特定可能なのでは?」
御玲がサクッと話の軌道を戻す。
サラッと流されてはいるが、確かに失われた遺産の復活は普通に考えたら歴史的大発見レベルのことを久三男は成し遂げてる。相手が俺らじゃなきゃ、世界に革命が起こってるだろう。
だが正直もうみんな、久三男のそういうところには驚かない。
久三男ならできてしまうのだ。アイツができたというのなら、それはできたということで、それ以上考える必要はない。
重要なのは、その霊子コンピュータとやらで``終夜``の居場所を探せるかどうか、ただそれだけだ。
「無理だよ。さっきも言ったじゃん、まだ研究開発中だって。一応稼働してるけど、まだ完成してないんだ。実際に探し出せるだけのパフォーマンスを発揮できるかは、残念だけど期待できないかな」
「あっそ。つまり霊子コンピュータとやらは無能と」
「いやだから完成してないって言ってるよね!?」
ンなこと言われても、肝心なときに動かないんじゃただの鉄クズだしな。全能の神器だのなんだの、大層な触れ込みの割にショボさの極みなんだが、まあ完成してないんじゃ仕方ないし、久三男が言うんだから完成したらきっとすごいんだろう。そのときに真価を発揮してもらうことにしよう。
「んじゃどうするよ? 久三男も宛にならんとなると、人探しの手段なんて皆無になるよな」
「あくのだいまおうの旦那に聞くっていうのはどうすか」
「いや……それは」
「その質問に関しては、対価をいただくことになりますが、それでもよろしいのであれば」
「ですよね!!」
分かっていたことだ。
確かにあくのだいまおうに聞けば、俺らが動かずとも全てを知ることは造作もない。
でも、コイツは慈善家じゃない。願いを叶える代わりに、対価を欲しがるのだ。
まさに悪の大魔王みたいなことをリアルで行うので、しょうもないことにコイツの力を借りたくはない。それに、この話し合いの最後にコイツの力を借りようと思ってるし、``終夜``の居所を探すことくらい、俺らの力でどうにかしたい。
「では、私たちの足でどうにか探しだす他ないでしょうね」
「足って……まさかだけど世界中旅して回るのか? ちょっとそれはどうかと思うんだが」
さっき確かにどうにかしたい、とは言ったが、手当たり次第に世界中を飛び回るというのは、あまりに不毛すぎる。
この大陸そのものが途方もなく広いし、いくら俺たちが人並みはずれた身体能力があるとはいえ、数や稼働できる時間にも限度がある以上、無理がある話である。
元より俺のモチベがもたないし。効率だの能率だの難しい事を優先的に求める気はないけど、少しは求めてもバチは当たらないと思うんだ。
俺の表情を見て何を思ったのか、弥平は焦り気味に、首をすばやく左右に振った。
「巫市との国交樹立を視野に入れる以上、それは愚策です。今の我々では、巫市の要人に接する機会がないのですから」
「転移で巫市領に忍び込んだことがバレたら不法入国の罪で逮捕される。私たちの行動範囲は、自ずと武市領に限定されますから、しらみ潰しに探し回るのは無理ですね」
御玲が肩を竦めながら弥平の意見を補足し締めくくる。
じゃあもう八方塞がりじゃん。しらみ潰しも無理、手がかりもなし、久三男の力でも探せない。一瞬、ならば弥平一人で巫市に潜伏させて―――なんて事を考えたが、弥平一人に``終夜``を探させるのは拷問か何かにしか思えない。仮に弥平が了承するとして奴の重荷を想像すると、そこまで非情になれるわけがなかった。
さて、マジでどうしたもんか。
「したがって本人を探し回るのではなく、情報を集めましょう。武市には、うってつけの組織がございますし」
弥平が嬉々としてそんな提案をしてくる。が、俺の疑念は晴れない。
「そんなもんあんのか? 正直、久三男以上に有能なのがいると思えねぇんだけど」
そう。情報関係、というか人探し物探しなどにおいて、他の追随を許さない力を持つのが我が愚弟にしてキモさだけなら何者にも負けない久三男だ。
実際、今の時点だと久三男単騎でも探し出すのは無理なようだけど、いずれ遠くない未来、奴なら確実に``終夜``を探しだせるものを創りだすだろう。その未完成の霊子コンピュータだかを完成させて、俺らの予想を超えてくるのは間違いないし。
だからこそ弥平の言う、うってつけの組織というのがあまり使えるとは思えない。そんなのがあるのなら、今頃久三男を超える技術力を持った奴らがいるみたいな、そんな噂が流れてるはずだ。
だが弥平は、いいえそういう意味ではございません、と振り払う。
「確かに久三男様を凌ぐ技術力や情報集積能力を持つ者など、現代人類には存在しません。しかしだからといって無能だと切り捨てるには、早計と言える組織でもあるのです」
「へぇ……やけに推すんだな。んじゃあその組織とやらはどんな組織なんだ?」
弥平が若干嬉々として推してくるせいか、ちょっと興味が湧いてきた。
当然、無知蒙昧な俺にそんな大層な組織の心当たりなどない。久三男や弥平に満たない時点で、俺の興味の埒外だったからだ。
でもその弥平が迷いなく、強気で推してくるってんなら話は別。俺みたいなのが勝手に否定するより、耳を傾けた方が利口なのである。
「任務請負機関ヴェナンディグラム。各所に四つの支部を持ち、現代武市の司法を司る大規模混成武力組織。あそこならば久三男様ほどではないにせよ、有力情報の入手や強者との接触、外部への正式な出張などがかなり望めます。むしろあそこ以外に、適する場所は存在しないと言っていいでしょう」
「確か上威区三大帝の一人``任務長``ラークラー・ヴェナンディグラムが創設した組織でしたか。確かにあそこならば、私も異論はありません」
やはり聞き覚えのない組織名を口にする弥平と、一人勝手に納得する御玲。当然、俺は何の組織なのか見当もつかない。任務請負とか言ってるし、依頼をこなしたりするんだろうか。
つかやっぱり三大勢力的なのがいるのね。もう武市だとどこにでもいるよな、そういう奴ら。
「現代武市を事実上仕切っているとも言えますからね。任務請負人なる従業員を全国に派遣し、公共問題や自然災害、領土圏外からの脅威に対処する。動きやすさもトップです」
ふむふむ、と首を縦に振りながら頭に刻んでいく。
動きやすいのはなにより好都合だ。たとえ力があっても、広範囲を移動できなきゃ意味がない。任務ってところが気になるが、それは実際に行ってみないと分からないことだ。
「じゃあ、その任務請負人になる奴を決めねぇとな。先に言っとくけど、俺もなるぞ?」
「澄男さまがですか?」
「そりゃそうだろ。まさか俺に引きこもってろっていうのかよ」
何故かジト目で俺を非難してくる御玲。
いやいや、この期に及んで俺が出向かなくてどうするよ。昔の俺ならともかく、今の俺はそこまでダラける気はないぞ。いや、ほんのちょっと前までは一週間ダラけるつもりではあったけど、それは事情がほんのちょっと前とは違うわけだし。
久三男も使えず、有効な手がかりもない今、人は少しでも多いことに越したことはないと思うんだよ。
「いえ。そうではなくて、正直、足手まといにならないか心配になりまして」
首を左右に振り、ため息をつく。俺は額に青筋を浮かばせる。
「事実です。常識をほとんど知らず、世界情勢も全く興味なし。社会に出る準備がまるでできていないと思いますけど?」
「ぐっ……そ、そこはほら、経験だよ経験。経験したら、こう、なんとかなんだよ!!」
「それはまた、説得力が雀の涙すら感じられないお言葉ですこと」
くそー、なんなんだコイツ。
悪魔のようにクスクスと笑う御玲に、言い返そうにも反論材料が屁理屈と恫喝しか浮かばなくて詰む。
前々から思ってたけどコイツ、俺とサシで話し合ったあの日から、色々ハズしてきてないか。言葉が痛烈になったというか、刺々しさが増したというか。少し前まで本音という本音を押し殺してきたのに、次は相手を罵倒しながら本音をバンバン言ってくるようになったぞ。
いや確かに本音を話せよと言ったけど、ここまで変わるものなの。ここまで振り切っちゃうものなの。
少しはブレーキ踏んでくれてもいいんだけど、つか踏んで欲しいんだけど、この俺をカチキレさせるかさせないかのギリギリを攻めてくるのなんなんだよクッソもどかしい。
「えっと、こほん……澄男様がお出になられるのならば、お供がいりますね」
なんか変な空気になったところを変えるためなのか、弥平がわざとらしい咳払いで場を濁し、話題を引き戻す。
「そこは弥平に是非!!」
弥平に泣きつくように強めに主張する。どうやら弥平もできるかぎり人手が必要なのは理解しているようで、俺が外に出ることに反対しないようだ。やはり話が分かる奴は話してて気持ちのいいものである。
俺の背後で小さく舌打ちをかます、どこぞの青髪不良メイドとは違うってもんだぜ。
「いえ、私は無理です」
申し訳なさげに軽く頭を下げてくる。なぜ、と喉のよく分からんところから出た甲高い声で問いかけると、弥平は額に汗をかきながら説明し始めた。
「私は既に本部勤めの高位請負人として、その地位を得ております。もし澄男様が任務請負人として潜入されるのでしたら、まず支部勤めからのスタートとなりますので、私とともに任務をこなすことはできません。一緒に行動するだけなら可能なのですが……」
不自然さは否めませんので、と一言つけ加えられたのを皮切りに、任務請負機関について詳しく話し始めた。
弥平が言うに、就職予定の新人は、武市の各所にある支部で就職手続きを行い、そのあとは任務をこなして実力を積んで、年に二度行われる本部昇進試験をパスしなければ、本部に勤めることはできないらしい。
俺たちの大目標が巫市との国交樹立である以上、支部勤め程度では、そのような大役を任されることはまず絶対ないので、俺の本部昇進は絶対条件になる。
尤も弥平の経験では、本部でも巫市関係の任務が現れたことは一度もないらしく、もしそういう任務があるとしたら、任務長勅令の最高レベル任務になるだろうと予想を立ててくれた。ということは、つまり。
「その任務長とかいう超絶偉い人に顔と名前を覚えてもらう程度には、実力積まないとダメってことか……」
「いえ、なおかつ信用される程度でなければ、任せてもらえないでしょう」
思わず頭を机に打ちつけた。
なんて気が遠い話なんだ。いや国交樹立なんて高校の定期テストを乗り切るみたいなノリでできないのは知ってたけど、こうも具体的にハードルを並べられると走り切れる気がしないよね。そんなこと言ってられないんだけどさ。
よくよく振り返ってみれば、俺って三ヶ月前まで通わされてた高校の校長とすら、一度も面と向かって話したことがない。なんなら名前すら呼ばれたこともないのだ。
校長といえば、不定期になんか催される全校集会とかいうクソ眠てぇ集まりのときに、司会が「校長先生からのお話です」とかいって、一分で飽きるような長話を体育館の壇上でダラダラやってる印象しかないし、俺にとって偉い人ってのは、大体そんなイメージだ。
そんなタイプの奴に顔と名前だけじゃなく、信用まで勝ち取らなきゃならんとなると、まさに途方もない話。弱音の一つや二つ、吐いてもバチは当たらないと思うんだけど―――それを許さない奴が、俺の隣に一人いた。
「いやなら私が筆頭で行います。使える人材は複数おりますし」
御玲はカエル総隊長を筆頭に、ぬいぐるみどもにクッソ冷たい視線を送る。ぬいぐるみどもは視線を交えると同時、パオングとあくのだいまおう以外は秒速で目を逸らした。
わざとらしい口笛を吹いたり、一人は頭からパンツ被ったり。正直こんな奴らより宛にされてないのは、流石に遺憾だ。
「いや待て待て。俺はやらんとは言ってない」
「無理しなくてよろしいですよ。あなたは心おきなく修行をなさっておれば」
「いやぁ、やったら? 的に言われるとさ。なんかやりたくなくなるのよねぇ……そういうのってほら、自分の意志で決めるもんだしさ」
「正直、澄男さまよりパオング以下ぬいぐるみたちの方が有用というのが本音なんですが……遠まわしだと伝わらないものですね。本音って」
「言ったな!? テメェ言っちゃあならねぇこと言ったな!? よぉしだったら俺はやるぞ、もうやる誰がなんと言おうと俺はやる俺はやるんだ分かったかぁ!!」
俺の中の何かが弾けた。全てを勢いに任せ、堰き止めてた何かを口から吐き出した。気がつくとその場で立ち上がり、両手を高く上げて皆の前で宣言していた。
もはや、後の祭りである。
「では、今後ともよろしくお願いします。澄男さま」
静かに、漫画ならスッという擬音が入るような所作で、項垂れながら座り込んだ。
なんだろう。見事に乗せられ、見事にひっくるめられた気がする。
いや、最初から俺はやる気だったよ。でもさ、心の準備的なのがさ、いるじゃんやっぱり。校長みたいな奴にさ、顔と名前と信用を得るんだよ。どんなミッションだよ、久三男と昔やったどこぞの狩猟ゲームにあるクッソむずくてできた試しがなかったG級クエスト並みの難易度だぜ。いやむしろG級クエストの方が簡単だろうな、いざとなったら久三男に丸投げとかできるしさ。
「とりあえず、人選は俺と御玲か……」
「いえ、そこのぬいぐるみたちもですよ」
「はぁ? お前本気か? ただの冗談か何かだと思ってたのに」
ただでさえ現実の過酷さに気怠さが否めないのに、御玲が寝言に等しいことを言いだし、流石に言葉に怒気がこもる。
いや確かにぬいぐるみどもは使えるかもしれんけど、性格というか存在自体がさ、ヤバいだろ。
喋るぬいぐるみとか怪しさムンムンじゃねぇか。いくら有能だからってそれは流石に人選ミスにも程があるぜ。この手の奴らは存在もそうだが性格からしてダメだし外に出しちゃいけないタイプだ。だから今回は悪いけどお留守に―――。
「私も御玲の意見に賛同します。頭数に入れるべきでしょう」
意外や意外、弥平までもが賛同し始めた。思わず、はぁ!? と声を荒げる。
いやいやいやいや、お前らマジで言ってんのかよ。ぬいぐるみだぞぬいぐるみ。それも一人一人わけのわからん癖と性格持ち合わせてる曲者だぞ。無理があるだろ。
「私としては、御玲だけでは戦力として不安があります。彼女は人間相手なら負けることありませんけれど、それはあくまで人間相手ならばの話です」
「いや……任務請負機関つってもそんな。自分で言うのもなんだけど、俺ら世界じゃ最強レベルの強さよ? むしろ俺と御玲、二人だけでも過剰戦力だと思うけど……」
弥平の意見に難色しか示せない。ホントに自慢じゃないけど、俺や御玲、弥平は単騎で国程度、軽々滅ぼせるぐらいには強い。
俺なんて火の玉テキトーに撃ちまくってれば、大概のものなんぞそのうち燃え尽きるもんだと思ってるし、なんなら大都市の大破壊や、大陸が割れててもおかしくないくらいのすっげぇ霊力を食い止めたりしたこともあるくらいだ。
俺らが負ける可能性があるとすれば、親父みたいなチート野郎、裏鏡みたいな反則、母さんや凰戟のオッサンみたいなマジもんのバケモノぐらいなもの。そんなのがこの人類社会にポンポンいると思えないし、いてたまるかって話である。
任務請負機関も今の武市を仕切るくらいには強いんだろうが、俺ら流川に及ぶかと言われたらそれはない。
弥平が慎重なのは良いことだし、今後もその慎重さと思慮深さを活かして頑張って欲しいけど、今回ばかりは慎重がすぎるってもんである。
だが反対意見を言ってなお、弥平の顔色は変わらない。それは傲慢です、と厳しい一言まで添え、頑として頷こうとしなかった。
「確かに任務請負機関と流川家。総力で言えば比べるべくもなく我らの方が強大です。個人戦力も、私たちを上回れる者はいないでしょう」
「だったら」
「しかし、それはあくまで単純な戦力比と総力比でしかありません。澄男様が任務請負人になるということは、力を奮うべき相手は任務請負機関のみならず、武市にふりかかる災禍も含まれるということです」
「災禍って……だとしても親父や母さんレベル、況してや裏鏡みたいなのがポンポン出るなんてのは」
「以前お話ししたこと、おぼえてらっしゃるでしょうか。我らが住むこの大陸ヒューマノリアの以北、以南の大自然地帯には、流川家当主クラスにも匹敵しうる、強大な魑魅魍魎がいることを」
んなもんいるわけ、と言おうとしたとき、つい一ヶ月くらい前、北の魔境大遠征に行く直前の話し合いを思い出した。
北の魔境という人類未踏の大自然に生息する魑魅魍魎たち。それらは弥平や御玲はおろか、この俺にすら比肩しうる強大な魔生物の巣窟。
俺らはエスパーダの支配領域エヴェラスタへ向かい、エスパーダの助力を得て、山登りの大半をすっ飛ばし、その魑魅魍魎に出会うことはほぼ無かったわけだが、ヴァルヴァリオンへ潜入する直前、聖騎士似の魔生物に数体出会った。
その魔生物は見た目こそただの聖騎士のそれだったが、片手剣を無意味に振るったときに生じた剣圧は、地面もろとも俺らを容易く吹き飛ばすに足りる大威力を誇ってた。
あのときは俺がカチキレて、ゼヴルエーレの力を使い全てを消し去る外法を使ったからこそ突破できたが、それがなければどうなっていただろうか。俺はともかく、御玲は死んでたかもしれない。アイツらの力は、魔生物にしては破格すぎる力を持ってたから。
でも、だ。
「そんな化物が、武市まで来ることなんてほとんどないんじゃ……?」
純朴なる疑問は、奥底から湧いてくる。
俺らをぶっ飛ばせるようなバケモノが、大都市にポンポンポンポン降りてきてたら、もうとっくの昔に人類なんぞ滅んでてもおかしくない。今頃武市なんて雑草一本すら生えない荒地にでもなってるこったろう。
でも実際にそうはなってないんだから、そんな奴らは山奥でコソコソしてるだけの存在だし、こっちから喧嘩売らなきゃいないも同然のように思える。
任務請負機関の連中から喧嘩売ってるんなら話は別だが、それならソイツらの自業自得ってだけの話。やはり、そこまで慎重にならなきゃならんようには思えない。
思えないのだが、弥平はやはり頷かない。
「澄男様は流川本家領からほとんど出たことがないので感覚としてわからないかもしれませんが、武市は大自然に囲まれた合衆国。毎年幾度か、国家存亡レベルの災禍に晒されています。たとえ澄男様たちであっても油断できない任務が言い渡されることも、普通にありました」
それを毎年乗り切っていますから、任務請負機関も決して一枚岩の組織ではございません、と強く、反論を許さない勢いで断言した。
その言葉には、弥平の経験が如実に俺の肌を確実に撫でるに足りる強い覇気を感じさせる。
そりゃあ知るはずもない。俺は弥平の言ったとおり、本家領でやりたいことしかやってこなかった、謂わば箱入り息子である。
武市で何が起こってたかも知らないし、興味もなかった。どんなことが起ころうと流川本家領には、俺が生きる上で何の影響もなかったんだから。
そう考えると母さんが残してくれた土地、本家領ってのは凄まじいんだなと初めて感心させられる。今まではそれが当たり前だと思ってただけに、武市の連中と俺らの住んでる世界の違いを思い知らされた気分だ。
やはり俺は、無知蒙昧がすぎる。
「……悪い。変に反論しちまって」
「いえいえ。澄男様が理解を深めるのに微力なりとも足しになれたのならば、この弥平、それだけで言葉を交わしたことに、意味があったと考えております」
お気になさらぬよう、と笑顔で言ってくれた。そう言われると、とてもむず痒い。あんまりかしこまらなくても、と言いたくなったがこれだと謝り合いになってしまうし、それだと弥平に迷惑だ。弥平がそう思ってくれるなら、俺は己を戒めつつ、その言葉を受け止めるとしよう。
そうか、と言葉を返し、俺は話題を引き戻す。
「弥平の話から、任務請負機関の重要性と災禍の度合いに関しては理解した。カエル、お前らから何かあるか?」
弥平の部屋に来てから聞きっぱなしのぬいぐるみたちの意見も聞いてみる。
弥平の想いを汲み取った今、コイツらを頭数に入れるのは確定だ。とはいえ強制的に連れだすと叛意を持たれる可能性もある。そうなると俺や御玲だけで対抗できるかどうかは疑問だし、なにより仲間の気持ちを蔑ろにしてまで強制的にこき使うのは俺のモットーに反する。
そういうのは気持ちが許す範囲でするべきなのであって、まだコイツらの許す範囲ってのがイマイチ分かってない。それを確認する意味を込めての、問いかけである。
カエルは煙草を吸いながら、デカいがま口から白い息を気怠るげに吐き散らした。
「オレは別に構わねぇっすよ。どうせ帰っても暇だし、つか帰れないだろうし、暇つぶしがてら付き合ってやっても異論はないっすかね」
お前らもそうだろ、とカエルはナージほかぬいぐるみたちに問いかける。その反応は千差万別だ。
「カエルの野郎が言うなら、俺も異論ねぇな。つか俺はトイレでウンコさえできりゃあ今のところなんでもいい。精々楽しませてくれや」
「ボクもいいかな、面白そうだし! 任務を請け負ってそれを解決ってロマンだよね。まさにボクのち◯こ並み」
「俺はパンツさえあれば問題とかないですね。みんなでパンツパーティーしましょうよ」
なんだか理由がどいつもこいつもクッソしょうもない気がするが、結論嫌だってわけじゃなさそうだ。
「パオング、お前は多分、有事のとき以外は久三男とあくのだいまおうと一緒に留守番になると思うが……」
一応、パオングにも聞いてみる。
俺、弥平、御玲が家を空けるとなると、防犯というわけでもないが、やはり家にまともな奴がいないのは家主として不安なので、留守番役が欲しいのだ。久三男とかいう専属の自宅警備員がいるが、コイツはいざとなったときに戦う力がないし、前衛もこなせる輩が必要になる。
となると、自ずとパオングが適任ということになる。
まあ本家領が攻められるなんて億に一つもないことではあるが、念のための最終防衛ラインは用意しておくことにこしたことはない。あとは久三男とあくのだいまおうが上手くやってくれることを祈るのみ。
「パァオング。我は全く問題ない。大船に乗ったつもりで任せるがよい。それよりも、困ったときは我を呼ぶことを忘れるでないぞ?」
お前ほど頼りになる大船はない。そう言いたくなる台詞に思わず抱きつきたくなったが、相手が生きたぬいぐるみだと思い立ってすぐにやめた。
正直、パオングを呼ぶほどの事態に陥りたくないし、そんな事態になったら本家領の守りが手薄になるからなるべく起こってほしくないが、場合によってはそんなこと言ってられないだろうし、頭の片隅にでも入れておいた方がいいだろう。
「んじゃ次はどこの支部に就職するか決めるか。弥平、なんかおすすめあるか?」
人選は決まった。ぬいぐるみどもも納得しているようだし、議題はサクッと次へ移る。
弥平の話では、支部は東西南北に一つずつ、計四支部が中威区にあるらしい。
最終的に本部入りを果たす以上、個人的にはどこでもいい気がするが、一応経験者の弥平の意見を仰ぐに越したことはない。
弥平は少し考え込むように唸ったが、すぐに俺へ視線を戻した。
「支部の特色は、その支部の中で最も強い請負人の影響を受けます。一応、各支部で最有力の請負人は把握しておりますが、説明いたしましょうか?」
頼む、と言うと懐から毎度おなじみ霊子ボードを取り出し、机の上に置いた。
ペンの中腹から現れる光の粒子が、四枚のグラフィクスモニタを作りだし、それぞれの情報を描いていく。もうこの情景も見慣れたものだ。
「まず南支部最有力、名をトト・タート」
グラフィクスモニタには御玲よりも幼そうな、ぱっと見か弱い少女が映っていた。
どうやって撮影したのか。そんなことは聞くまい。クソ派手な黄緑色の猫耳パーカーを着こなすその少女は、黒いカーゴパンツの短パンにあるポケットに手を入れ、にべたいジト目で周囲を囲む筋肉隆々なオッサンどもを気だるそうに見つめていた。
「最強たる彼女を筆頭とし、柄は悪いが義理堅く、男系荒くれ請負人が支配的な支部です。荒くれ者が多いですが、案外民度は高く維持されていますね」
説明しながら、南支部の男女比を示した円グラフを指す。
九割以上が野郎で占める支部の紅一点、か。これだけの野郎を一人で従えるとか、このトト・タートって奴は見かけによらず相当な実力者のようだ。御玲よりも幼く見えるってのに、人は見かけによらないとはよく言ったものである。
「驚くべきは、彼女の経歴ですね。就職したのが今年の五月半ばでありながら、既に最強の座に立ち、支部内の人望を得ている。まさに超新星。その圧倒的な台頭から付けられた二つ名が``霊星のタート``」
出たよ、二つ名。この流れだと各支部最強の連中には全員付いてるな。だがそこはどうでもいい。
「まあ強くねぇと戦いに身をおく奴らを束ねるなんざ無理な話だろ。とかく、聞く限り悪くなさそうだな。候補の一つにしよう」
次頼む、と言うと、弥平は画面を切り替える。
「西支部最有力、名をヒルテ・ジークフリート」
画面に映ったのは、俺と同じくらいの年齢と背丈の男。
特徴的な天パと目つきの悪さを彷彿とさせるつり目、黒と白を基調としたジャージを着こなしており、右隣に青白い光の粒子を全身に纏いながら浮遊している空色サイドテールの幼女と、左隣には肉付きの良く若干筋肉質とも言えなくもない、露出度のクソ高い服を着こなす茶髪の一本三つ編みを靡かせる少女、いや少年、いや―――どっちとも言える中性的な奴と並んで歩く写真であった。
なんだろう。見てて腹立ってきたな、コイツ。
「チャラいな……」
「西支部はあまり治安が良くなく、ジークフリート自身の影響力は弱いものと考えています。それを含め、彼の経歴には些か疑問点が多いのも確かです」
「どんな?」
「まず彼自身に影響力が弱い点ですが、彼はそのときそのときで強さが激しく変動するらしいのです。強いときはドラゴンすら退けるほど強いのですが、弱いときは支部内の誰よりも弱い。そのせいで、彼の実力を疑問視する者が多いようですね」
「なんだそりゃ……わっけわかんねぇな。ドラゴン倒せるくらい強いのに喧嘩は弱いって……」
あからさまに不快な顔をする。言っちゃ悪いが、その疑問視する連中に同感だ。
そりゃそんな意味不明な奴を認めるのは無理があるってもんだろう。実際にドラゴンを倒したところを見たなら俺も評価を改めるが、そうでなきゃホラ吹いてんだろと相手にしない。胡散臭い奴の実力など基本的にたかが知れてるってもんだが、弥平が言うのならば。
「ドラゴンを倒したって実績はガチか」
弥平は無言で頷く。弥平の情報は久三男と同じくらい、この世界の誰よりも信用できる確かなものだ。弥平が倒したというのなら、周囲の評価がどうあれソイツはドラゴンを倒すという偉業を成してるんだろう。
あんなひょろひょろのチャラ男みたいなのにドラゴンが倒せるとは思えないし、むしろ左隣にいる腹筋バッキバキのオカマみたいな奴が倒したって話の方が信憑性があるくらいなんだが、倒したってんならそれだけのなんらかの力があるってことなんだろう。
ホント、人って見かけによらねぇな。写真からだと女を侍らせてるただのチャラ男系の不良にしか見えないのに。
「一年前に中威区を焼き尽くそうとしたドラゴンを討伐し、国家存亡級の暴威を退けた栄誉から、本部勅令で``竜殺のジークフリート``という二つ名を得ています」
「いや……待って? 任務請負機関本部って暇か!? 二つ名そんな重要じゃねぇだろ、もっと決めるべきことあんだろ!!」
「武市では暴名もそうですが、二つ名とは武勇と栄誉の象徴。誰もが欲しがるものですからね。ちなみに任務請負機関では二つ名を持つ有力者を``二つ名持ちの請負人``と呼びます。覚えておいて下さい」
なるほど、ととりあえず納得しておく。
まあ気持ちは分からなくもないけど、本部が勅令で与えるってそれはどうなんだろうか。もっと足しになるものを与えようよ。二つ名って与えられるものじゃなくて、自然に尾ひれがついて定着するものだと思うんだよね、俺的に。
「まあそんなことはおいといて、あんまり魅力的に感じないな。そのジークフリートってのにはちょっと興味あるけど、支部自体は治安悪いみたいだし、めんどくさそうだから却下だな」
気怠げに息を吐きながら、頭を掻く。
西支部に関してはジークフリートとその連れだけって感じだ。他はおまけ未満みたいなものっぽいし、だったら就職する利点はない。
ジークフリートとその連れとは縁があればいずれどこかで会えるだろうし、話せそうな相手なら、そのときに話せばいい。ひょっとしたら本部入りしてくるかもしれないしな。
次、と言うとまだ画面が切り替わる。
「東支部最有力、名を仙獄觀音」
さっきまで片仮名だったのに唐突の和名。名前からして厳かな感じがビンビンする。写真を見れば、イメージ通りの人物だった。
性別は女だが、全身から滲み出る殺気は写真越しからでも分かる濃密さ。ただ筋肉質で日々鍛えてるって身体じゃない。死に物狂いで鍛え抜き、何度も何度も限界突破してきたぜって身体をしてる。
無駄に筋肉モリモリってわけじゃなく、だからといって足りないわけでもない。母さんの身体はそのほとんどが筋肉でできてるようなもんだったが、彼女の肉体には、とかく無駄がない。一言で言い表すなら、生物を殺すことにどこまでも特化した身体というべきだろう。
それにもう一つ注目すべき点がある。コイツの全身から滲み出てる殺気みたいな黒い靄だ。
霊圧に似たプレッシャーを感じるが霊圧に色はない。だとすればこれは、純粋な殺気だ。相手への殺意をそのまま外に出してるような。
霊圧なら分かるが、殺意をそのまま外に滲み出すなんてそんなことできるのか。ジークフリートとかいう奴もそうだが、東と西の最強はよく分からない。
「一年くらい前でしょうか。突如東支部に現れ、たった一ヶ月で東支部を統一したとされる請負人ですね。``護海竜愛``という親衛隊を持ち、現在も東支部の女性請負人の頂点に君臨しています」
仙獄觀音の話に関連して、東支部の経緯を語る。
この仙獄觀音とかいう奴が来る以前、東支部は西支部をも凌ぐ最悪の治安を誇り、喧嘩自慢のチンピラどもで形成されたギャング系請負人勢力と、中小暴閥当主、その副官で統一された暴閥系請負人勢力が血で血を洗う激しい抗争を繰り広げていて、事態を重く見た本部が腰を上げる寸前だったらしい。
そんなときに彼女が現れ、瞬く間に勢力を潰して支部内の抗争を力づくで終結。支部内の抗争によって肩身の狭い想いを強いられていた者たちは、彼女に強い恩義を感じ、その中でも彼女の強さに惚れて忠誠を誓った者たちは、彼女を総統とする親衛隊を結成し、東支部の治安を守ってるのだとか。
まさに武力による東支部の統一である。ぱっと見俺らと大して変わらない、変わってるとしたら背丈ぐらいだってのに、そんな偉業を成してるのかと思うと、素直に凄いと思うしかなかった。復讐で一億人も虐殺した俺とは大違いだ。
「ちなみに二つ名は``剛堅のセンゴク``と呼ばれています」
ちょっと落ち込んでた俺に補足を付け加える。
俺への気遣いだろうか。まあ、知ってたよ。二つ名くらい持ってるだろうと思ってたし。今更だ。でもありがとう。そのせいか、結論もすんなり出たよ。
「東支部も却下だな。悪くねぇし、仙獄觀音って奴も気にはなるけど、それなら西支部を却下したのと同じで、空間をともに過ごす必要はない気がするから」
厳かに締め括る。なんとなくだが、俺は東支部に居てはいけないような気がするのだ。
東支部はソイツが来るまで血で血を洗う戦乱の中にあった。でもソイツによって支部は救われ、今やソイツは支部内の英雄である。そこに一億もの人間を、親父への仇討ちのために虐殺した奴の居場所があると思えなかった。
いや、バレなきゃいい話ではあるが、それでも居た堪れない気分になるだろう。ソイツは俺よりも英雄として先に行ってる。嫉妬してるわけじゃないが、理不尽な抗争から救われ、英雄の加護によって平和に統治されてるのなら、その統治を根底から覆しうる脅威が同じ空間にいるべきじゃない。経緯を知る由もないソイツらにとって、俺は血も涙もない大悪党でしかないんだから。
仙獄觀音に関しては気にはなるし、仲良くできるのなら仲良くしたい。でもそれはジークフリートと同じで興味の対象が仙獄觀音のみって感じだし、なにより嫌われる場合を考えるなら、同じ空間にいるべきじゃない。そうなったら俺が存在するだけで、新たな争いの火種になってしまうだろう。
そんな面倒くさいことになるのなら、最初から俺はいない方がいいのだ。仲良くできる確証もない今、ジークフリートと同じで適切な距離感ってやつである。
「では最後、北支部最有力。レク・ホーランとブルー・ペグランタン」
画面が切り替えられる。
ついに支部の説明も残すところ東西南北のうちの残り一つ、北を残すのみとなった。今のところ南が候補だが、さて北はどんな支部なのか。
「北支部は最強格が二人か……」
顎に手を当て、ホログラフィクスモニタに表示された男女の写真を交互に見比べる。
今までの流れ的に、またありきたりに四大勢力みたいな流れでくるのかと思ったが、まさかのバランス崩壊である。
いやさ、ここまできたなら最後まで四大勢力貫こうぜ。そういう流れじゃん今。
「澄男さま、いまものすごくどうでもいいこと考えてませんか?」
「いやいや、ンなわけねぇだろははは」
ジト目が激しいですね。くそ、親父ブチ殺してからというものホント無駄に察しがいいな。
「個人的には北支部がおすすめですね」
お互いちょっと睨み合っていたが、弥平の声で揃って意識を戻す。
「北支部は私が就職先として選んだ支部なのですが、当時お世話になった請負人が、いま映っているレク・ホーランという人物でした」
という前置きを皮切りに、己の任務請負人としてのあらましを語りだした。
弥平が指し示す、金髪の癖毛が目立つ身長かなり高めの美青年。服装だけ見れば貴族を思わせる気品の高さを覚えるが、黄金色の瞳は鋭利で、日々の日常にうんざりしているような暗澹な印象が、服装から漂う気品を打ち消しているちょっと残念なソイツは、かつて弥平に請負人のいろはを教えた先輩講師だったという。
掻きむしられた癖毛と、鋭利で暗澹とした黄金色の瞳のせいで柄が悪く映るが、実際人当たりは良く、付き合い方さえ間違わなければ、かなりの好青年らしい。
研修を終えた後は接点がなく、自分が本部入りした頃にはとっくに彼も本部入りしているだろうとつい最近まで思ってたが、今年になって任務請負機関に関する情報を更新した際、未だ北支部で燻っていたことに驚いたらしい。
彼の実力は名目上、北支部最強の座に収まっているが、自分の見立てでは実質的に本部の請負人の中でもトップを争えるほどに強いはずだと、最後に補足を添えて締めくくってくれた。
「つーことは、下手しなくてもコイツが支部最強勢の中でもトップってことでいいのか?」
「どうでしょう……正直、今の最強格は実力が不明確な者が多いです。私も実際に合間見えたわけではないので、そこは比較できないかと」
「じゃあ、このブルー・ペグランタンとかいうのは? 建物の隅っこでクソ間抜けに雑魚寝してやがるコイツ」
レク・ホーランについては理解したが、それ以上に気になったのは、レク・ホーランと一緒に紹介された、この女だ。
年齢は俺や御玲と同じくらいだが、まるでガキみてぇに雑魚寝をかましてやがる。
というかさっきからすっげぇ気になってたんだが、この女の周りを守るように囲んでる化け物みたいなのは何なのか。正直雑魚寝してる奴がどうでもよくなる勢いで存在感主張しすぎな気がするんだが。
北支部は化け物でも飼育しているんだろうか。だとしたら他の支部と比べ物にならんレベルでトチ狂ってるじゃねぇか。この女もこの女で、化け物を布団代わりにして寝てやがるし、ほかの最強格より輪をかけて意味不明である。流石の御玲も眉を顰めて反応に困っている始末だ。
「私も彼女に関しては判断に困っている次第でして、私が支部勤めだった頃にはいなかった人物ですから、おそらく仙獄觀音あたりと同期だと思うのですが……申し訳ありません。彼女の出身が下威区であることしか分かりませんでした」
弥平でも分からないのか。巫市の勢力といい、花筏のことといい、親父への復讐のときと違って分からないことが多いな。
「北支部自体はレク・ホーランとブルー・ペグランタン以外で特筆することはありませんね。治安もそこそこ、男女比も普通。他三支部に比べ最も平常と言えますし、角を立てないという点でも最良だと愚考します」
なるほど、と顎に手を当てる。
俺たちは流川家。この大陸で八本指に入る暴閥の一角を成し、なおかつ俺はその当主。そんな奴が堂々と現れれば騒ぎになるし、闇討ちされる可能性を無駄に高めるのはいくら阿呆な俺でも理解できる。
弥平の言うように、できれば目立つべきじゃないってのは同意見で、あくまで一請負人として目的を着々と達したいところだ。
余程のことが起こった場合はその限りじゃないが、ただでさえ一つ一つの目的の達成が不透明な今、どこぞの馬の骨とも知らん奴に闇討ちされるとかいう無駄な可能性は、できる限りなくしたい。
「就職先、決まりましたか?」
御玲が顔を覗かせる。
東西南北の支部、その全てが紹介し終わった。濃い連中ばっかで久しぶりに話聞いてる時間があっという間に感じられる。
東と西は却下したので、選択肢は南と北の二つ。北もパッとしなければ迷わず南に入ることに決めたんだが、今はもう迷いはない。
「北だな」
「理由を聞いても?」
「弥平が推したからってのがあるが、本音を言うなら直感だ」
御玲が呆れ気味に、でも予想してたみたいな微妙な表情で、なるほど、と呟いた。
弥平にかなり説明させてしまったが、南と北、頭ン中で天秤にかけて上手くやっていけそうなのはどっちかな、と想像したら北だな、とふと思ったのだ。
直感に根拠を求められるとつらいが、なんとなくレク・ホーランって奴に惹かれたのが大きい。
他の奴らも大概に濃かった。一人意味不明な奴がいたが、それを差し置いても最強格はやはり最強と言われるだけあるなと思った。特にこのレクって奴は日常にうんざりしてると思わせるその瞳に、ギラギラと熱い光を感じる。
少し濁ってるが、鋭利に光る黄金色。あの手の眼光を俺は知ってる。母さんが、珍しく自分の考えを真剣に聞かせてくれるときの眼だ。そういう眼を持ってる奴に、悪い奴は絶対いない。
それに、俺は深く物事を考えるなんざ似合わない。漢ならサクッといく。なんか違うなってなったら、そんときはそんときだ。
「さて、んじゃ最後の議題に入ろうか」
大きく深呼吸し、一息おく。この長かった話し合いも、ついに佳境。
これからの行動方針、そのほとんどが決まった。まず何をするべきか、そのするべきことをやるのに必要なことは何なのか。
一つ一つ整理すると呆気ないもんだ。実行に移すってなったらどれもこれも至難なんだろうが、行動に移す前に目標を眼に見えるようにすると闇雲に動くよりモチベが前向きになれるもんなんだってことが分かっただけでも収穫というもの。
だがしかし、まだ明確にできてないもんがある。それをはっきりさせねぇと、終われない。
「なあ、そうだろ? あくのだいまおう」
ついに俺は、最後に回した本題を語る上で絶対外せない奴の名を、槍玉にあげた。モノクルを指で調整する暗黒の紳士は、底なしの闇に彩られた瞳をこっちに向け、ニヤリと唇を歪ませた。
「俺が聞きたいことは、もう分かってんだろ? 教えてくれ。対価が必要ってんなら、必要なだけ支払う。一生賭けてもいい」
「に、兄さん……!?」
「よせ。みんなのためだ。それに俺は罪人だしな、今更枷が一つ増えようと大した差はねぇさ」
可能な限りひねり出した力強い声音で、久三男はほんの少し落ち着きを取り戻す。
弟の手前、強気になってみせたが、内心は冷静じゃない。どんな対価を要求されるのか、気が気じゃなかった。
あくのだいまおうは決して馬鹿じゃない。俺が支払えないような対価は要求してこないと思うが、だからといってタダで教えてくれるお人好しでもない。
俺が前を歩く目的、その半分の中核を奴から聞き出そうとしてるわけだからな。相応の跳ね返りは覚悟しなきゃならねぇ。
全ての対価は、家長の俺が引き受ける。仲間に迷惑かけっぱなしだが、これだけは譲れない。弥平が何と言おうが、御玲がジト目でにじり寄ってこようが、俺が引き受ける。これは決定事項だ。
「心配なさらず。私からは、特に何も要求をするつもりはありません」
「……へ?」
素っ頓狂な声が、むなしく部屋に響いた。
対価を要求しない、だと。予想外も甚だしい。どういう風の吹き回しだ。対価を要求してこそ、なんじゃないのか。むしろ逆に不気味だ。タダで教えてくれるなんてこれっぽっちも思ってなかったから疑心暗鬼にしかなれない。ただでさえ怪しさぷんぷんな野郎なのに、ここにきて怪しさが百倍増しである。
もうお腹一杯なんだ。ホント勘弁してくれ。
「これは申し訳ありません。対価を必要としていないわけではないのです。既に貴方は、この情報に見合うだけの対価を支払っておられるので、これ以上要求するつもりはないですよ、という意味なのです」
右手を左右に振り、不気味な笑みを絶やさない。
払った覚えがないんだけどな。それはそれで怖いぞ。払った覚えがないものを既に支払ってるってどういうことなんだ。
「私が貴方の復讐に手を貸したのは、二つ得たいものがあったからです。一つは既に得られ、最後の一つは貴方が復讐を乗り越えたことで、ようやく得られた」
「つってもな。特別アンタに何もしてないんだけど」
「私に何かする必要はありません。問題は貴方が何をしたか、です」
「俺が?」
「最初の一つめは、久三男さんとの和解です。今だから言いますが、もしあのとき久三男さんと完全に決裂していた場合、この世界は完全に滅んでおりました」
「はぁ!?」
「ええ!?」
久三男と俺は全くの同時に、各々部屋全体に響き渡るほどの大声で叫ぶ。身を乗り出し、テーブルに全体重をかける勢いであくのだいまおうに詰め寄った。
俺と久三男が決裂してたら世界が滅ぶ。何を一体どうしたら、そんな素っ頓狂な事態に発展するんだ。確かに俺と久三男が大陸のど真ん中でドンパチやったら大国なんて一瞬で蹂躙できるだろうけど、それで世界が滅亡するとは到底思えない。
俺や久三男の兄弟喧嘩ごときで滅ぶほど脆いはずがないし、全く理解に苦しむというかできないハナシだ。世界が滅ぶというより、人類が滅ぶの比喩ってんなら、まあワンチャン分からなくもないんだが。
「いいえ、そのままの意味です。最終的に、全世界からほぼ全ての生命の息吹が消え失せます。ごく僅かな最強種のみが生き残りますが、世界としての機能は失い、二度と元に戻ることはありません」
どういうことなんすか。なんでそんなディストピアになるんすか。
全世界からほぼ全ての生命の息吹が消え失せるって、もうスケールでかすぎてわっけわかんねぇよ。なんで俺と久三男のただの兄弟喧嘩が世界全体の生命を破滅させるに至るのか。俺と久三男は破壊神か何かかっての。
「もしかして……だけど、それって僕が世界を滅ぼしちゃうの?」
愚弟が愚弟らしく愚弟のようなことを恐る恐る言ってのけた。なに言ってんだテメェはと言おうとした矢先、それは暗澹たる雰囲気を醸す紳士によって阻まれる。
「当たらずとも遠からず、といったところですかね」
「いやいやいやいや。確かに久三男ならなんかよく分からん兵器とか殺人電波とか飛ばして世界滅ぼせそうだけど精々そんなん人類滅亡くらいが関の山なんじゃ……全世界の生命の息吹を消し去るとは到底」
「まあ僕、もし兄さんを殺せてたら流川家を乗っ取って世界征服するつもりだったけどね。まず人類は滅ぼすつもりだったし」
「滅ぼすつもりだったのかよ!! なにそれ!! 俺が知らん間にそんなこと考えてたんかテメェは!!」
「だって……折角できた友達もいない、お母さんも殺された、兄さんも口先だけで大事なものを守れなかったばかりか僕程度にまんまと殺されてしまうような力だけの弱者だったら、もうそんな世界要らないかなって思ってて……」
「じゃあお前、そんなことした後どうするつもりだったんだよ? 世界滅ぼして人類も根絶やしできたとして、そんな世界何もないだろ」
「さあ? そこまでは考えてなかったな。自殺したか、あるいは欲望の赴くままに生きてたか……そんなところじゃない?」
すまし顔で、そんな絶望的な未来の推測をする久三男。奴との戦いで死なず、コイツと和解できたことに心の底から安堵する。
コイツが世界を、人類を滅ぼす事を考えてたなんて驚きどころの話じゃないが、確かに親も死んで、澪華も死んで、残った肝心の兄は口だけ達者な割に結果がまるで出せてないクズで、その全ての元凶が自分の父親ときたら、なにもかも嫌になるのは分からなくもない。
実際俺も復讐を誓った直後は全てが嫌で、否定したくて、可能なら世界でもなんでも全部ぶっ壊したくて仕方なかった。澪華も母さんもいない世界なんていらねぇ、そんな世界いっそのこと滅んでしまえばいい、と。結局世界を滅ぼす力はあっても度胸なんざなかったわけだが。
「でも兄さんの言うとおり、僕が全力で世界を滅ぼすために動いても、精々人類を根絶やしにできるかどうかだよ。純粋に全世界からほぼ全ての生命の息吹を消し去るなんて真似、流石にできないと思うんだけど……」
困ったようにあくのだいまおうに向かって視線を投げるが、奴はですから当たらずとも遠からずなのですと言い、その妄想染みた詳細を話し始めた。
「その世界では、人類を滅ぼす久三男さんとは全く別の存在が、世界を蹂躙します。その者は、この世界の枠外……この私ですら感知しえない遥かなる遠方より飛来し、瞬く間にあらゆる生命を消し去っていきました」
「なんだそりゃ……どんどん話がぶっ飛んできてるぞ……」
「その者の力は例えようのないほど絶大であり、この世界に存在する何者であろうと敵いません。回避するには、その者がこの世界にやってくることを含めた、その全ての歴史的事実を本史より断絶するほか方法はありませんでした」
「待て待て待て待て! 話のスケールがでかすぎる! 何の話をしてるのかさっぱり……」
「だからこそあのとき、カオティック・ヴァズの抵抗を諦めた貴方を私の部下どもとともに助けにきたのですよ。竜暦一九四〇年五月十日の、あのときに」
話の内容が大半理解できず話を止めようとしていた俺だったが、その一言で思考が一瞬滞る。
確かにあのときは都合良くあくのだいまおうたちが現れ、俺と御玲は救われた。そうでなければ俺はヴァズに抵抗するのをやめていたし、御玲は既に死にかけだったから無惨にも殺されてただろう。
ヴァズに抵抗するのをやめてたとすれば、俺は久三男と戦うまでもなく勝負は着いてたことにもなる。仲直りエンドには絶対ならなかったわけだ。
仮に戦ってたとしても仲直りエンドになってたか分からないのに、よくやったものだ。いや、あくのだいまおうだから俺が久三男と戦えば仲直りすることが分かってたってことなんだろうか。というか、そもそもだ。
「これは対価なしで答えてくれるとありがたい話なんだけど、無理ならいいんだけど、さっきから……いや、もう出会ってからずっと思ってたことなんだがさ」
「大丈夫ですよ、もう頃合だと思っていましたからね」
「そうそれだよ、そのまるで最初から知ってたみたいな感じのそれ。最初はただただ頭良すぎて先読みスキルが狂ってるだけかなと思って気にしてなかったけど、今日のその話聞いて確信したわ。それ、先読みスキルなんかじゃないだろ? 未来予知か何かだろ?」
あくのだいまおうに関して、口に出すまい、気にするまいと誤魔化してきたこと。それはコイツの異常なまでの先読みスキルである。
まるで見てきたように、あることないこと詳細に語るその様は、まるで預言者。最初は胡散臭くて堪らなかったが、他に親父に関することを探るツテもなかった当時、俺と御玲や弥平は、眉唾と思いながらも奴の預言を下に行動してみた。
結果、あくのだいまおうの言っていた預言は本当だった。ゼヴルエーレは遥か昔の大国を滅亡に追いやったドラゴンで、俺がそのドラゴンの力を使えるということ。そしてヴァルヴァリオンに行けば、その全ての確証が得られるということ。
ヴァルヴァリオン大遠征時、俺がこの目と耳で親父から事の真相を語れなければ、ゼヴルエーレが俺に力を貸し与えなければ、信じようとは絶対に思わなかっただろう。
最初は親父と同じ黒幕かとも思ったが、もしそうなら土壇場で裏切ることができたはずだ。しかしそれもしなかった。
敵でもなく、純粋に味方として紛れもない真実を語ったのだ。偶然当たって、偶然上手く物事が進んだ、なんて到底思えない。
まるで実際見てきて、それを語った。そう考えればさっきの話もしっくりくる。あくのだいまおう以外だったならそれでも納得できないが、全てを終えた今なら、「あくのだいまおうならワンチャン」と思わせてくれるだけの説得力があるのだ。
「もしかしてあくのだいまおうは、別の世界線を観測できたりするの……?」
久三男が親切にも俺の問いたいことを要約してくれる。
別世界線の観測。そんなのは小説や漫画だけしかないスケールの話だと、つい三ヶ月前までは思ってた。でも色んな現実離れや反則を目にした今なら、そんな芸当ができる奴がいてもおかしくないと言い切れる。たとえ目の前の怪しげな雰囲気のモノクル紳士が、そんな芸当ができますと言ったとしても。
俺たちはあくのだいまおうの返事を待つ。奴は俺と久三男を交互に見るや否や、怪しげな微笑をこぼし、その口を開いた。
「流石です。貴方がたが今日ここまでの答えに辿りつくとは……このあくのだいまおう、感謝感激の至りでございます」
「やっぱりそうなんだ! す、すごいなぁ……」
「じゃあさっきの話もアンタは……」
「はい。この世界線とは別の、全てが滅ぶ世界線の竜暦一九四〇年五月十日以降の出来事です。三月二十三日に私たちが貴方がたの下へはせ参じたのは、竜暦一九四〇年五月十日に分岐する世界線のうち、一方を排除するのが第一の理由でございました」
「第一の理由ってことは、第二の理由は……」
「昨日、すなわち竜暦一九四〇年六月二十二日ですね。その日も世界線の分岐点でした。貴方がたが佳霖に負けて天災竜王が復活し、現代文明を滅ぶ世界線。そして佳霖に打ち勝ち、今日という日を迎えられる世界線。そのいずれかに」
「やっぱ俺があのとき親父に屈してたら、ゼヴルエーレの奴は復活してたのか……じゃあもしもその場合、アンタはどうしたんだ?」
恐る恐る、聞いてみる。
久三男との兄弟喧嘩で俺が久三男と戦うまでもなかった場合の未来は、あくのだいまおうたちの乱入によって潰えた。
さっきあくのだいまおうが言ってたように、今俺たちがいる世界線と、ワケ分からん奴に全て滅ぼされる世界線とやらが断絶したってことなんだろう。
じゃあ昨日の場合はどうだったんだろうか。乗り越えた今だからこそ聞ける怖い質問だが、もうここまできたら興味本位だ。仲間の一人として聞いてみるのも一興だろう。
「その場合、私たち自らの手で始末していましたよ。佳霖も、ゼヴルエーレも」
「ええ!? そうなの」
「はい。もしも貴方が負けた場合の手筈は、パオングを筆頭にカエルたち全員にしてありましたので」
「なるほどな……」
「あの待ってください」
もう脳死で感心してたら、さっきまで黙りこくってた御玲が割り込んできた。だがその顔に笑みはない。真剣な面差しであくのだいまおうを睨みつける。
「ゼヴルエーレを始末する予定だったとは、どういうことでしょう。貴方には、それだけの力があるというんですか」
そういやそうじゃん、脳死してたから聞き逃してたぜ。
さっきあくのだいまおうは、俺らが負けた場合はゼヴルエーレも佳霖も始末していたと語った。それすなわち、あくのだいまおうたちにはゼヴルエーレを始末できるほどの実力があるってことになる。
あくのだいまおうが戦ったところは、そういえば一度も見たことがない。奴は決まって預言者、もしくは大賢者ポジションだ。
見る限り霊力もほとんど微々たる量しか感じないし、肉体も精錬されてるわけでもない。お世辞にも戦闘能力が高そうには見えないし感じられないが、人は見かけによらないことは支部最強格紹介のくだりで感じたことだ。
「かなり手荒にはなりますが、一応可能です。仮にゼヴルエーレと完全武装の流川佳霖を同時に相手取っても問題にはならなかったでしょう」
「嘘だろ……流石にそれは……完全武装の親父なんて魔法攻撃も物理も大して効かないチート野郎だったのに」
「そんなことよりも、問題はゼヴルエーレを始末できることです。だったら今すぐに、貴方の手でゼヴルエーレを始末できるのでは?」
話が逸れそうになったのを感じ取ったのか、テーブルに身を乗り出して話の逸れ道を全力で塞ぐ。
確かにそれだけの力があるんなら、今からゼヴルエーレをサクッと始末できるんじゃないだろうか。ぶっちゃけそれならそれで越した事はない。
ゼヴルエーレは親父との最終決戦のとき、己の復活のために俺を見限った。俺は見限りと裏切りだけは絶対に許さない。奴と分かり合うのはもはや無理な以上、こっちの都合で始末することになんら躊躇いはないのだ。むしろ消えてくれたほうが後顧の憂いがなくなってスッキリするというもの。
もの、なのだが。
「残念ですが、それはできません」
ラッキーにも一つ面倒ごとが減る。そう確信した俺の期待とは裏腹に、あくのだいまおうは首を左右に振った。
「先ほども申したとおり、殲滅となるとかなり手荒になります。確かに容易に始末できますが、人類に与える影響は甚大なものになるでしょう。少なくとも余波で巫市は不毛の大地に。武市はごく一部除くほとんどの人間が死に絶えていました。それは、事実上の滅亡です」
「手荒ってレベルじゃねぇー……」
背中を仰け反らせ、天井を見上げながら、頭に浮かんだことをぼけーっと呟く。
とりあえず世界線分岐すると世界とか人類とか一瞬で滅びるのなんとかならんのか。なんでそんな極端なバッドエンドルートしかないんだよ。それだとトゥルーエンド掴まないと終わりじゃん。ノーマルエンドとかあってもいいと思うんだけど。
「パオングや貴方たちも、あくのだいまおうと同意見なのですか?」
聞き手にずっと徹していた弥平が、パオングに向かって問いかける。ブラックコーヒーを物静かに飲んでいたパオングだったが、コーヒーカップをテーブルに置くと、悠々と鼻をうねらせた。
「パァオング。確かに滅んでいたであろうな。それなりの余波が伴うゆえ」
「オレらが本来の力を解放したら、竜とか関係なく大半が消し飛ぶっすよ」
「下痢便みたいに脆いからな……一瞬だぜ一瞬」
「本来の姿より今の方がボクは好きかな」
「え? その裸エプロンのオッサン姿が?」
またなんか気になるワードが出てきたけど、もうキャパオーバーにも程があるからスルーだ。一人一人好き放題言ってるから統一性に欠けてるが、概ね同意見と見ていいだろう。
「要するに、今の俺からゼヴルエーレを始末するのは無理ってことでいいのか?」
「不可能ではありませんが、推奨はしません。数多の犠牲を出した上で行うのでしたら、話は変わりますが」
「いや、ならいいや。これ以上、無意味な犠牲を出してまで身勝手を突き通したくないからな……」
「そう言ってくれて私としては嬉しい限りです。貴方は五月十日と六月二十二日、その二つの分岐点を乗り越えて、仲間を絶対に守りぬく。無用な犠牲は出さないという強固な信念を確実なものにしてくださった。此度はそれを、対価として認めることにしたのです。では、何なりとどうぞ」
改まって並べられると、なんだか照れくさい。母さん以外にそこまで真っ当に褒められたことがないせいか頭がむず痒くて堪らんけど、あくのだいまおうも言ってることだし、そろそろ本題に入ることにしようか。
あくのだいまおうは驚くことに、別の世界線を観測するとかいう超級の能力を持っていた。それを今ここで知れたのは誤算だったが、なら俺が今から聞こうとしていることの信憑性も増すってもんだ。
俺が聞こうとしてるのは他でもない。それは―――。
「天災竜王ゼヴルエーレって、何者なんだ?」
しばらく、部屋の中の時が止まった。
天災竜王ゼヴルエーレ、結局その正体は謎のままだ。一億年以上もの昔に栄えた竜人の国ヴァルヴァリオンを滅亡寸前に追いやった古のドラゴンにして、太古の義勇軍に討たれた後、心臓だけで数億年もの間生き長らえた正真正銘の化物。
何の因果か、親父の野望によって俺の心臓に、その魂は植えつけられた。
これらの情報は事実ではあるけど所詮は言い伝えにすぎず、ゼヴルエーレという存在の核心に迫れるようなものじゃない。
たとえばゼヴルエーレはそもそもどこから来たのか、とか。最初からこの大陸に生まれて育ったのか、もしくはこの大陸の外からやってきたのか。
親父もゼヴルエーレを信望していた割には、ゼヴルエーレの出自について全く語らなかった。普通に知らなかったのか、あえて語らなかったのか。今となっては分からないが、単純に謎なのは確かである。
もう一つ挙げるなら、なんでゼヴルエーレは竜人の国を滅ぼそうとしたのか。竜だから、と結論づければ簡単だが、ゼヴルエーレは意志を持ち、少なくとも俺ら人間と同等以上の知能を持った存在だ。というか対話した事のある俺だから分かることだが、普通に俺より理知的な気がする。
そんな奴が、訳もなく国落としなんざしようと思うだろうか。暇潰し、という線もなくはない。でも奴の理知的な性格を考えるに、暇潰しで国をぶっ潰すってタイプにも思えないのだ。
何かワケがあって、竜人を滅ぼそうとした。そう考える方がしっくりくる。
本人に聞ければ苦労しないんだがな。生憎、俺の意志でゼヴルエーレに連絡をとることはできない。今までの経験からして瀕死にならない限り、アイツに会うことはできてないわけだし。
呼びかけたりもしてみたが、応答なし。何か条件があるのかもしれないが、それを考えたって仕方ないことだ。だから俺は俺で、勝手にアイツの外堀を埋めていくことにする。
ふむ、と顎に手を当てるあくのだいまおうだったが、すぐに俺へ視線を投げた。
「その問いに答えるならば、まず竜族について話さなければなりません。澄男さん、貴方は凰戟さんとの対話で``ゼヴルエーレは世界の果てからやってきた竜なんじゃないか``って仰ってましたよね?」
「ああ、言ったけど……おいおい、まさか……!?」
「貴方の推測どおり、存在していますよ。``世界最果ての竜``がね」
開いた口が塞がらない、って言葉は、まさに今の俺の顔を表す言葉に相応しい。
世界の果てで、超絶文明を築いてるドラゴンがいるかもしれない。正直ただの思いつきで、馬鹿丸出しで言ったつもりだったのに、まさかホントにいるなんて。
御玲はおろか、弥平までも珍しく目を開けてあくのだいまおうを凝視している。流石の弥平ですら、許容範囲を超えてしまう事実だったらしい。
俺はもうとっくの昔にキャパオーバー済みだけど、もうここまで知らないことの連続だと驚くことに飽きてくる。
「正しくは``最果ての竜族``と呼ばれています。この世界メタロフィリアが創造されたときより存在する太古にして唯一無二の種族。今も尚、全世界の実権を握る強大な存在です」
「じ、じゃあクソでけぇ蜥蜴みたいな奴がどこからともなく飛んでくるのって……」
「この大陸ヒューマノリアは、大海ユグドラに浮かぶ辺境の大陸ですからね。天幕を超えて、最果てからはぐれた下位の竜がやってくるのでしょう」
「いわゆるチンピラみたいなもんか……?」
「人間の尺度に置き換えるのならば、そうなりますね」
予想外に予想外が連なり、もはや逆に冷静になってきた。
種族が違えど、どこにでもいるんだなチンピラって。その割にはデカいし破壊力桁違いだし、国一つ消滅させられるぐらいには強いけど。国一つ消せるチンピラってなんなんだよ。竜なだけにチンピラのスケールもでけぇよ、いい加減にしろ。
「竜族は大雑把に下位、中位、上位、最上位、混沌の五つのヒエラルキーで完全に隔たれた縦社会種族で、下位の竜は、より上位の竜に逆らえず、上位の竜は強ければ強いほど世界全体で強権を主張できるシンプルな社会観を持っています」
「つまり、上位と最上位と混沌の三勢力が、その``最果ての竜族``? ってわけか」
「混沌に関しては立場がまた異なりますが、概ねそうです。上位以上の竜は世界の中心―――この大陸から見て世界の果てを生息圏にし、世界の実権を握っています。それを踏まえた上で、ゼヴルエーレの話になるのですが」
来た、と改めて聞く姿勢を整える。だが、もう粗方予想はできてるのだが。
「この大陸ヒューマノリアに原始生命が宿るよりも遥か太古の昔……かの竜は全く別の名で呼ばれ、全世界に大戦の火種をばら撒いておりました。その名も``殲界竜``ゼヴルガルア」
その言葉を皮切りに、まるでその時代の出来事を見てきたかのように事細かに語り始めた。
それは、最初聞いてた天災竜王の伝説なんか一瞬で霞んでしまうぐらいの、壮大な内容だった。
``殲界竜``ゼヴルガルア。全世界の全てを牛耳ってる最強の種族、``最果ての竜族``の中でも、最大最悪の邪竜と揶揄されたドラゴンで、当時は全世界に戦争を仕掛けては、気が遠くなる時の中、血で血を洗う殺し合いをずっとし続けていた。
その力は絶大で、同じ最果ての竜族ですら手に負えないほど強く、世界中に飛び回っては全てを破壊し、殺し尽くす勢いで暴れ狂っていたらしい。
だが、その暴威を見かねて重い腰を上げたドラゴンがいた。その名も``黄金竜``フェーンフェン。
フェーンフェンとゼヴルガルアは、人間がいくら転生しても足りないくらい長い間戦い続けたが、それでも尚二匹の実力は拮抗し勝負はつかなかった。そこでフェーンフェンは、命を賭してゼヴルガルアの肉体を消滅させて魂を三つに引き裂き、そのうちの二つを霊力に変換してこの大陸、ヒューマノリアにばら撒いたそうな。
残り一つは魂が浄化されることを願い、最果ての竜族が築き上げた天空の神殿の奥深くに封じられた。
それで話は終わればよかったのだが、そう都合良く話が終わるはずもなく。
あるとき、しょうもない諍いで神殿の一部を破壊した間抜けなドラゴンがいた。その諍い自体はすぐに終息したのだが、神殿が破壊された影響で封印が解かれてしまい、その魂は浄化される前にどこかへと飛び去ってしまったのだ。
「そんで流れ着いたのが……俺ら人類が住むこのヒューマノリア大陸だったってわけか」
さらに言うなら、その三つに分断された魂の一欠片が天災竜王ゼヴルエーレ。最果ての竜族でも敵わない、ゲロ強い邪竜の残りカスってわけである。
その後の経緯は、おそらく親父やエスパーダの野郎が言ってたヴァルヴァリオンの天災竜王伝説に繋がるんだろう。魂の欠片だったゼヴルガルアは、天災竜王ゼヴルエーレと名乗り、当時繁栄していた大国を襲ったのだ。
全盛期の頃と同様、全てを破壊するために。
聞いてるだけで頭が痛い。俺は、そんな神話級のバケモンの魂をクソ親父に植えつけられたってのか。
嘘だって言いたい。でもあくのだいまおうが言ってんだから嘘なワケがなく、全部現実離れした真実なんだろう。
何をどういう因果で、俺の心臓にそんなバケモノが宿ることになるんだろう。運命だとか宿命だとか、そんな実際にあるのかどうかもワカンねぇもんは信じない俺だが、もしホントにあるんだとしたら、俺は全力でソイツらを憎んでやる。それこそ全部ぶっ壊してやらぁ。
あくのだいまおうから放たれた、もはや神話にしか思えない話に俺だけじゃなく他の連中も唖然としていた。ぬいぐるみどもを除いて。
「ゼヴルガルアとフェーンフェンの死闘は有名っすよね、竜祖神話に載ってるレベルの話っすよ」
「有名ってレベルじゃねぇだろ、常識だ常識。健康な奴はバナナウンコを捻り出す、それぐれぇの常識よ」
「いやー、そんな超級の神話に載ってる竜の一端が目の前にいるなんて、最強にして究極のパンツを見つけたのと同等の感動を得てるよ今の俺」
「ちょっと澄男さん! ボクのち○こより輝くのはやめてよ!」
どうやらぬいぐるみどもにとっては常識レベルの話らしい。驚いてる様子はまるでなく、むしろ神話級の竜の魂の欠片が俺に宿ってることに感心している様子だった。
「と、とりあえず……とりあえずですよ? その御伽噺のような話を本当だとしましょう……ではどうやって、ゼヴルエーレに対抗するんです……? 正直、勝算ありませんよね……」
額を手で押さえながら、自分なりに頭の中であくのだいまおうの話を咀嚼してるんだろう。
このメンバーの中で最もリアリズムな脳味噌をしてる御玲にとって、御伽噺めいた話を前提にするなんざ反吐がでる状況なんだろうが、語り手が語り手だ。御玲だって意固地にはなれない。
だが神話の内容に驚くよりも、その先を冷静に見据えてるところがなんとも御玲らしい。俺もいつまでも思考停止しちゃいかんな。
「ふむ。結論から申しましょう。御玲さんの言うとおり、勝算は皆無に等しいでしょうね」
ですよねー。まあ分かってたけどさ。
何故、だなんて考えるまでもない。相手はドラゴンの中でも最強クラスの連中が神話として語り継ぐぐらいゲロ強いドラゴンだ。人外の領域に片足突っ込んでる程度の人間と人類最強程度の人間なんて、クソザコ以下でしかない。下手したら羽虫レベルだ。
戦いが成立する次元じゃあない。真正面からぶつかれば、なすすべなくクソ間抜けに蹂躙されるのは火を見るより明らかだった。
なんというか。俺ら流川家の物凄さが霞んで見えてきた。所詮は井の中の蛙でしかないワケね。まあ知ってたけどさ。そんなもんだよな、最強の暴閥なんて。
「ただし、それは貴方がただけで倒す場合に限ります」
己の無能感に打ちひしがれていた矢先、助け舟のような切り返しが投げられる。
それでも圧倒的絶望感を払拭するには当然足りない。もう不貞寝ブチかましたい気分だが、今は頼みの綱があくのだいまおうの話しかない以上、聞かないわけにもいかなかった。
「確かにゼヴルエーレは、ある種ゼヴルガルアの転生体と言える存在ですが、三つに分断された魂のうちの一欠片でしかありません。貴方がたのみで倒すとなると辛いでしょうが、徒党を組めば倒せない存在ではないでしょう」
「つまり、戦力を集める必要があるワケか……と言っても……そんなツテなんざないよな……」
チラっと弥平に視線を送る。案の定、無言で頷いた。
そう、流川家とは人類最強の暴閥。だが裏を返せば、社会に帰属しない孤独な民族でもある。
そりゃ当然だ。最大最強の民族であるが故に、他の勢力に頼る必要がない。助け合いなんて要らないし、最強の自分らさえいれば何もかもがなんとかなる。
だからこそ、こういう自分達でどうにもならない状況には弱い。助けてくれる勢力もいなければ、今ここにいる仲間を除いて、いざってときに相談して頼れる友もいないのだ。
現に本家の当主の俺なんて、母さんと凰戟のオッサンみたいなバケモン先代当主たちしか頼れそうな人は思い浮かばない始末である。
孤独。その言葉が、俺の胸中に重くのしかかる。
ふてこい態度ばっかとらずに少しは暴閥関係以外の友達作っとけば良かったな。今更すぎて全く笑えんが。
「俺らが全身全霊で戦えばワンチャン……」
「その場合、ここにいる複数人は必ず犠牲になるでしょう。いえ、消されると言った方が正しいですかね」
消される、ね。その言葉に心当たりがないわけがない。
ゼヴルエーレが扱う竜位魔法``焉世魔法ゼヴルード``は、三つの系譜に分かれる。そのうち、ありとあらゆる全てのものを、ただの意志一つで強制的に消し去る外法``破戒``がある。
アレを仲間に使われる可能性を想像しただけでゾッとする。アレはホントのホントに問答無用で気に食わないもの全てを一瞬で消し去れる外道の法だ。まるで「最初からそんな奴はいなかった」みたいにできてしまう。
ゼヴルエーレと戦うならそれを覚悟でやらなきゃならないことを考えると、俺らだけじゃかなり厳しい戦いだ。
経験則から思うに、竜位魔法の発動には必ず結構なタイムラグがあるんだが、それまでに妨害できず使われてしまえば一環の終わり。俺ら全員その外道の法で消されでもしたら即負け確である。
ラスボスにしてはあんまりにもチートだ。一瞬でこっちを全滅させられるって何の冗談だろうか。
「思うんだけどさ……そんなに絶望的かな、この状況」
さっきまで黙ってた愚弟が急にアホみたいなことを言い出した。腹の奥底から、久しぶりにドス黒い感情が湧き出る。
絶望的だろうがよどう考えても。話聞いてたのかテメェは。頼むからこれ以上腹立つ発言すんなよただでさえ万策尽きてて見通しつかなくなってるってのに。
もういっそのこと全員寝るか話し合いも長引いてることだし腹も減ったし心なしか部屋の空気淀んできたしさこれ以上話込んでても無駄だろ余計な作業だろどうせはあああああああだから考えるのとか嫌なんだよ考えた結果ロクな答えが出なかったとかただただ気力と精神力と時間の無駄遣いにしかなんねぇしだったら何も考えず身体動かしてる方がマシなんだよまったくさてどうしようかマジでこの状況。
青筋立てながら全力で久三男をにらみつけるが、あえて俺の顔面を見ないようにして無視し、俺を除いた全員に向かって視線を投げた。
「僕は外に出れないけど、兄さんたちは外に出て人間社会に関わっていくんでしょ? 花筏家との同盟とか、巫市の国交樹立とか成し遂げるんなら、その過程で色んな人と出会って知り合わなきゃならないわけじゃん? その中からゼヴルエーレをなんとかできる人脈とか、形成できるんじゃないの?」
あっ。言われてみればそうだ。俺だけじゃなく、御玲も弥平も納得の表情を浮かべる。
花筏家との同盟。巫市との国交樹立。これらが俺たちだけで行えるわけがない。
花筏家との同盟だって花筏の連中と絡まないといけないし、巫市との国交樹立にいたっては巫市の連中に信用されるだけでなく、それ以前に巫市へ行くための正式な任務をもらうために武市の連中にも信用される必要がある。
ゼヴルエーレをどうにかするまでに、俺らは色んな奴と嫌でも出会うことになるんだ。その中で仲良くなる奴もいれば、敵になる奴もいるだろう。
でもその仲良くなった奴で連合を組む、なんてこともできるかもしれない。いや下手したら戦わずにゼヴルエーレを対処できる方法が分かるかもしれない。
選択肢の幅が広がるのだ。何も倒すだけが全てじゃない、今はない選択肢も生まれるかもしれない。
ならむしろ今の状況は限りなく都合が良い。俺たちの人との関わり方、行動次第で選択肢に際限がなくなるんだから、可能性はまさしく無限大だ。
一気に目の前が明るくなる。希望だ。希望が見えてきた。
「じゃあ当分は花筏家との同盟と、巫市との国交樹立に集中できるのか……」
「いま焦ったところで仕方ないってことですね」
良かったです、と御玲と一緒に胸を撫で下ろす。
確実な見通しが立ったわけじゃないが、全く希望がないわけでもないことに気づけて本当に良かった。後はその希望を掴むために、目の前のやるべきことを一つ一つ片付けていくだけだ。
全てが片付いた後、また改めて考えればいい。その頃には、選択肢が今の倍以上になってることを信じて―――。
「よし! これで話すことはもうないな。終了!」
「澄男様、そして皆さん。長くなりましたが、おつかれさまでした」
「いやいや、お前こそごくろうさん。今日くらいゆっくり休めよ」
ありがとうございます、と頭を下げてくる。よせよ、と下げてきた弥平の頭をこつんと軽く叩いた。
ようやく決めるべきことは全て決められた。弥平は通常どおり密偵として役目を果たさなければならないので俺らとは別行動。おそらく俺の想像絶する難易度の事柄をこなすことになるだろう。
難しいことは弥平に任せることになってしまうが、その代わり俺は俺のやるべきことを全力でこなすのみだ。
「では皆さん、今宵はこの分家邸で英気をお養いください。本家邸ほど落ち着かぬかもしれませんが、ほんのひとときの御休息を」
「そうさせてもらうぜ~。あー終わった終わった~。弥平、俺腹減ったぜ。もう飯できてっかな?」
「是空に確認をとって参ります。しばしお待ちを」
難しい話の連続で気が抜けた途端に空腹がこれでもかと押し寄せてきた。三時のおやつすら食ってない状況で、脳味噌が何かしらのものを所望してやがる。
どうせ明日から動かなきゃならんだろうが、今日だけは全て忘れて今を楽しむとしよう。久しぶりに、みんな揃っての夕食だ。
会議を終えて身体をほぐし、各々を見渡す。
復讐を決意してから丸々三ヶ月。あれから仲間や家族と揃って食事をする、なんてことはほとんどなかった。
母さんが死んで、久三男と絶縁状態になって、メイドとギスギスし合って。もつれた糸を弥平の力を借りながらも力づくで一つ一つ着実に解いてきた。
そして死に物狂いで全てを果たした結果が、今だ。
こんな至極当たり前の幸せを得るのに、一億もの人間を消し去らなきゃならなかったのは今でも納得いかないけど、それでも俺が取り戻したかったものは、全部じゃないが取り戻せたんだ。
「澪華……」
脳内に浮かぶ初めての友。本来ならもっと親密な関係になるはずだったソイツは、今でもどこかで笑ってるだろうか。
アイツは俺に自分を乗り越えろと言った。アイツだけは取り戻せなかったけど、でももう今の俺の仲間はアイツだけじゃない。
母さんは言った、失われたもんは数えるな。今いる仲間を信じろと。
澪華は言った。自分を乗り越えろ、そして本当にふさわしい人に本気の想いを伝えろと。
絶対、無駄にはしない。これからのやるべきことのために、この魂に刻むぜ、澪華。
是空に確認をとると言って部屋から出てった弥平が戻ってきた。どうやら飯はできてたらしい。御玲たちに目を配り、飯にしようぜと一声かける。
その夜、これまでにないほど騒がしく、そして驚くほど平和に時間は過ぎていったのだった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
アリスの飛び降りた教室
一初ゆずこ
SF
「この中に、あなたたちをここへ閉じ込めた“アリス”がいる」
高校生・吉野泰介はある朝クラスメイトの訃報を受けて早朝の教室へ向かうが、集まった生徒は幼馴染の佐伯葵に、一匹狼の仁科要平だけだった。
そこへ突如現れた見知らぬ少女の言葉を皮切りに、佐伯葵は謎の失踪を遂げてしまう。
少女の意図さえ分からないまま、仲間の命を懸けた“ゲーム”の幕が開けた。
逃げるが価値
maruko
恋愛
侯爵家の次女として生まれたが、両親の愛は全て姉に向いていた。
姉に来た最悪の縁談の生贄にされた私は前世を思い出し家出を決行。
逃げる事に価値を見い出した私は無事に逃げ切りたい!
自分の人生のために!
★長編に変更しました★
※作者の妄想の産物です
後輩と一緒にVRMMO!~弓使いとして精一杯楽しむわ~
夜桜てる
SF
世界初の五感完全没入型VRゲームハードであるFUTURO発売から早二年。
多くの人々の希望を受け、遂に発売された世界初のVRMMO『Never Dream Online』
一人の男子高校生である朝倉奈月は、後輩でありβ版参加勢である梨原実夜と共にNDOを始める。
主人公が後輩女子とイチャイチャしつつも、とにかくVRゲームを楽しみ尽くす!!
小説家になろうからの転載です。
毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー活劇〜
天海二色
SF
西暦2320年、世界は寄生菌『珊瑚』がもたらす不治の病、『珊瑚症』に蝕まれていた。
珊瑚症に罹患した者はステージの進行と共に異形となり凶暴化し、生物災害【バイオハザード】を各地で引き起こす。
その珊瑚症の感染者が引き起こす生物災害を鎮める切り札は、毒素を宿す有毒人種《ウミヘビ》。
彼らは一人につき一つの毒素を持つ。
医師モーズは、その《ウミヘビ》を管理する研究所に奇縁によって入所する事となった。
彼はそこで《ウミヘビ》の手を借り、生物災害鎮圧及び珊瑚症の治療薬を探究することになる。
これはモーズが、治療薬『テリアカ』を作るまでの物語である。
……そして個性豊か過ぎるウミヘビと、同僚となる癖の強いクスシに振り回される物語でもある。
※《ウミヘビ》は毒劇や危険物、元素を擬人化した男子になります
※研究所に所属している職員《クスシヘビ》は全員モデルとなる化学者がいます
※この小説は国家資格である『毒劇物取扱責任者』を覚える為に考えた話なので、日本の法律や規約を世界観に採用していたりします。
参考文献
松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集
船山信次 史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり
齋藤勝裕 毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで
鈴木勉 毒と薬 (大人のための図鑑)
特別展「毒」 公式図録
くられ、姫川たけお 毒物ずかん: キュートであぶない毒キャラの世界へ
ジェームス・M・ラッセル著 森 寛敏監修 118元素全百科
その他広辞苑、Wikipediaなど
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
戦國高校生〜ある日突然高校生が飛ばされたのは、戦乱の世でした。~
こまめ
SF
生きることが当たり前だと、そう思える人にこそ、この物語を読んでもらいたい。
Q「ある日突然高校生28名と教師数名が戦国時代にタイムスリップしたとする。このとき、彼らが生きて元の時代へ戻る為の最適策を導け。ただし、戦の度に1人は必ず死ぬものとする。」
どこにでもいるごく普通の高校生、清重達志たち北大宮高校2年3組と教師は、突然脳裏に時代劇のような映像がフラッシュバックする現象に悩まされていた。ある冬の日、校舎裏の山の頂上にある神社に向かった彼らは、突如神社と共に戦国時代にタイムスリップしてしまった!!
「このままじゃ全員死んじまう!?」乱世に飛ばされた生徒達は明日の見えない状況で足掻きながらも命がけの日々を生きてゆく。その中で達志は、乱世を見る目を持つ信長、頭の切れる秀吉を始めとする多くの人物と出会い、別れを繰り返す。
数々の死線を乗り越え、己の弱さを知り、涙の日々を越えた彼は、いつしか乱世の立役者として、時代を大きく動かす存在となってゆくー
君たちがこれから見るものは、壮大な戦国絵巻。
これはそんな世を駆け抜ける、ある者たちの物語。
※今作は歴史が苦手な方にも、お楽しみいただけるように書かせてもらっております。キャラに多少チートあり。
ジパング 風と海賊たちの唄
主道 学
SF
現代から、ひょんなことから1661年の第17代目当主伊達政宗となった俺は、黄金の国ジパングを狙う大海賊ベンジャミン・ホーニゴールドにクラスみんなをさらわれ大奮闘。
来なくていい奴もクラスメイトのあの子もこっちの世界へと来た。だけど、この世界。何か変だ……? 胸騒ぎがする?
だけどもうやるしかない。
いざ、参る!!
R15推奨 超不定期更新です。
2022年に連載して途中で諦めた作品の大型改稿版です。
ですが、完結を目指しております。
お暇つぶし程度にお読み下さいませ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる