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序章・流川動乱編
舞い降りた異変 2
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短い黒髪を夕焼けの微風で靡なびかせながら、ただ一人、俺は廊下の窓際にもたれ、暇を潰していた。
退屈すぎる。何回間抜けに欠伸をしただろうか。
澪華が生徒会室で事後業務を始めてから既に一時間。ずっとこの場で立ちっ放しだ。
万年インドアの愚弟と違い、一時間立ち尽くしている程度で疲れはしないが、やはり退屈なものは退屈である。
余りの退屈さに何か面白い事でも起きないものかと愚痴りたい気分だが、早く行ってやらないと弟―――流川久三男が待ちくたびれてしまう。
ゲームか何かが常に無いと発作が起きるとかなんとか、意味不明なことを話されては堪らない。本当に限界がくると高等部にまで走ってくるだろう。
何故か一人で帰ろうとしないのだ。もう今年で十五なのだから、一人で下校くらいして欲しい。そうでなければ―――。
澪華の微笑み姿を脳裏に過ぎらせる。
俺は未だ澪華と二人きりで下校したことがない。
原因はいつもいつも腰巾着の如く付いてくる愚弟が一人で下校してくれないせいだが、今度ばかりは二人きりで下校しなければならない理由がある。
今日は三月十六日。我が唯一のガールフレンド、木萩澪華の誕生日である。
誕生日プレゼントを買うためにも、誕生日を忘れてた罪を贖うためにも、今日は絶対に二人きりで下校したい。
下校しながらいつもの他愛ない掛け合いのような会話をして、誕生日プレゼントを買ってあげて、もうすぐ家に帰るという直前で、そして―――。
帰る直前でチンピラみたいなのに絡まれて、ソイツらを全員ぶん殴って、澪華を救うくらいの展開があったなら尚良い。
救ってくれてありがとう、といつもの可愛い、いや可愛過ぎて悶死しそうになる笑みを返してくれる澪華。
いやいやんなもんお安い御用よ。なんたって俺は流川家の跡目だぜ、と胸を張って誇る俺。
身分の差こそあれど、そこから始まる二人の甘酸っぱいプレリュード―――。
そう、俺は流川家の次期当主候補筆頭。この武市を建国した強大な一大勢力の末裔。
創設二千年の栄誉を飾り、連戦無敗の伝説さえ打ち立てた英雄の血筋。一般市民の澪華とは、身分に明確な差がある。
敵対勢力にマークされないよう、久三男ともども、流川家の血族であることを、ババアの根回しで伏せてある。
母親からも絶対に誰にも言うな言ったら破門だかんな、と釘を刺されているくらいだ。
でも。それでも。
俺は今日、己の素性を澪華に話そうと思っている。澪華と死ぬまでいられるなら、たとえ流川家を破門されたって良い。
周りに反抗的態度ばかりとって、クラスから学年から腫れ物扱いされた自分を唯一友として引き入れてくれた澪華。
素性もよく分からん俺を心から信じてくれた澪華。
アイツと一緒にいられるなら、英雄の血筋も、流川家の代紋も、次期当主の肩書きも、何も要らない。
澪華を守れるだけの力があれば、それで良いのだ。そのためなら一般市民に落ちぶれたとして、何の後悔も無い―――。
ふっと息を吐く。
柄にもなくまた考え込んでしまった。
澪華と出会ってからというもの、アイツの事になると考え事に耽ったり、あれやこれやな妄想に耽ったりと、脳味噌が忙しない。
澪華と出会う以前は、来るべき戦いに備えよとか、音量調節の芸をどこかに置き忘れてきたクソゴリラババアに毎日毎日しごかれ続ける日々。
寝てる時と飯食ってる時以外は戦いと相手に勝つことだけしか考えた事がなかった。いや、それ以外考える暇が無かったが正しい。
常に非力な久三男は兎も角、俺は流川本家派当主候補。澄会の期待を一心に受けていた。
一に戦い、二に戦い。三、四が無くて、五に戦い。
そんな生活でも不満は無かった。戦いの事ばかり考えさせられる環境にこそいたが、存外戦いや喧嘩の類は嫌いじゃない。寧ろ好きなくらいだ。
机の上で文字書いたり、数式書いたり、やるだけ何の面白味も無く、勝っても負けても同じ意味にしかならない体育の授業よりも断然楽しい。
況してや好きな女を守れて、気に入らない奴を無条件でボコれる。最高に楽しい生き方だって、今も思ってる。
唇を歪ませて舌を打つ。
突然ババアにボコられてこのガッコウに通うことになったのが、もはや去年の話。
それから一年経った今、俺の考えや生き方に賛同する人間は、久三男と澪華を除いて誰一人いやしない。
『戦いが好きだなんて、澄男くん変なのー』
『自衛の為ならまだしも戦争なんてやだよ。死にたくないし痛いのやだし』
『強くなるとか喧嘩とかよりみんなと一緒に遊んでる方が楽しいよな。コイツ頭おかしいんじゃねーの』
『ゲームと現実の区別くらいつけろよ転校生!』
『喧嘩とか戦いとかそういうのって他人の事を考えられない馬鹿がやる事だろ。もしくは厨二病末期患者』
『そういうの何て言うんだっけ。思い出した、キチガイだ!』
『澄男君、また喧嘩? どうして喧嘩ばかりするの。どうして先生達の言う事が聞けないの』―――
はぁ、と大きく溜息を吐き、額に手を翳す。
糞みたいな記憶が思い起こされてしまった。正直こんなことを思い出す気は毛頭無かったんだが。
クソババアから武市は実力主義、能力主義の世界だからとか言われてたときがあったが、どこがなんだろうか。
冷静に考えれば、戦闘能力を持たない一般人がほとんどを占める中威区の奴等に期待をしたのが、そもそも間違いだったのかもしれない。
でも、だったら行きたくなかった。
元より行く気など母親にボコられなければ毛程も無かったし、澪華がいなければ数日だけ行ってサボっていただろう。
ただそれでも、ガッコウに行くという余計な作業をしている感は否めない。こうなるのが分かってたなら、絶対に行かなかったのに。
「あのゴリラババアの考えている事はほんっと分かんねぇ」
黒い感情を吐き捨てる勢いで、大きな溜息をつく。地平線に三分の二が沈んだ橙色の太陽を、虚ろな目でぼうっと眺めた。
本当に退屈だ。
澪華といる時は楽しすぎて時間があっという間に過ぎるのに、その澪華がいなければ時間の速度がこんなにも遅く感じる。
こういう時に面白い何かが、窓をぶち破って飛び込んでこないだろうか。日頃から久三男が見てるアニメみたいな事が起これば、世話ないが―――。
「うお!?」
胸糞悪さと鬱屈さ、虚しさを抱きながら、非現実に思いを馳せていたのも束の間だった。
隣の窓が突如轟音を立てて破裂し、破片が廊下の至る所に飛び散る。
事態の把握より先に、鍛え上げられた条件反射で防御の構えを取ると、窓ガラスの破片から身を守りながら、目を細くした。
空中を四方に舞うガラスの破片と共に現れたのは、紺碧の髪をなびかせ、青色の装飾が施された槍を片手に、宙を薙ぐ少女だった。
胴体には体格にあった軽い鎧をしているが、一番気になったのは明らかに鎧や槍などの武装に似合わないメイド服を着こなしているところ。
身長は割と低い。年は同い年か一つ下くらいか。
武装をしてはいけないなどという決まりごとの無い武市において、武装している人間は珍しくない。
ただ、武装に紛れるようにメイド服を着ている人間は、今まで見たことがなかった。
メイド服自体が装備なら、真面目な話まだ理解できる。俺の目利きじゃ、装備なのかただのメイド服なのかは、見当つかないけど。
ただ服自体は、かなり作りこまれているのが分かる。見るからに上流階級の何者か。
でもメイド服を装備として愛用している奴なんて、身に覚えはない。そもそも髪が青色なのが謎だ。
胸は澪華より小さいから年下か。貧乳は趣味ではないのだが、しかし勢いでなびく青いポニーテールがなんとも―――。
「澄男さま。緊急事態に際し、お迎えに上がりました」
状況分析よりも先行してしまった男の性は、紺碧色の髪を宝石のように輝かせる少女の一言によって、強制的に引き戻される。
「……は?」
俺はあからさまに顔をしかめた。
どうしてこの女は、俺の名前を知っている。青い髪の女と親友になった覚えはない。
いたら興奮と嫉妬の余り覚醒した久三男にリア充破壊光線をぶち込まれ、お陀仏していてもおかしくないのだが、実は幼馴染だったとかだろうか。
いや、それにしては登場がダイナミックすぎる。
窓突き破って名前も顔も知らない男に会いにくる幼馴染とは、どこのギャグ漫画のヒロインだ。
ハートフルなギャグ漫画があれば、そっち系にクッソ詳しい久三男に是非薦めてやりたいところだが、そんな事より。
「いや……うん。何が何だかわかんねぇんだけど、とりあえず。お前誰よ」
「話は後。私は貴方方を護衛する為に此処に来ました。久三男さまは何処にいらっしゃいますか」
「いや待て。マジで待て。護衛って何? お前何の話してる」
「ですから貴方方流川の者を狙う何者かが近づいてきてるんです! 久三男さまの居場所を……」
「は? 流川? ……待てやこら。なんで俺の苗字を知ってる。何モンだテメェ」
声音に明確な敵意を宿らせる。
少女の手に握られた腕を目一杯振りほどき、強く睨んだ。
明確な威嚇を感じ取った少女は、己を落ち着かせるように深く呼吸。顔を上げ、俺に負けないほどの凛々しい蒼碧の瞳を向けてきた。
「私は流川本家派側近水守すもり家現当主。水守御玲と申します。先程は申し遅れてしまい、面目次第もございません」
これが証拠の代紋です、と美しい水色であしらわれた盾の紋章を見せ、御玲と名乗るそのメイドは、深々と頭を下げる。
「水守……家……現当主つったらまさか。``凍刹``!? 凍刹の御玲か!?」
俺に両肩をがっしりと掴まれ、煌びやかな眼光で迫られながらも、はい、と静かに返事をした。
俺は目の前の事実に、驚嘆の渦へそのまま呑みこまれる。
流川や水守みたく、人間社会に属さず、先祖代々戦いのみで生きる血族は、俗に``暴閥``と呼ばれる。
そして素性を隠す名目と、存在自体に栄誉を称える名目で、当主は暴名と呼ばれる二つ名で呼ばれるのが普通。
``凍刹``とは、まさしくコイツの暴名。大概の暴閥なら、知らない奴など一人もいないくらい有名だ。
「いやぁー……凍刹っつーからてっきり男かと思ってたが、まさか俺とほぼ同い年だったとはなー!」
「納得して頂けましたでしょうか」
「ああ。そういや母さんが近々腕利きの近衛がつくぞー、とクッソキモい笑顔で呟いてたのすっかり忘れてたぜ」
「左様で。ところで澄男さま、此処に居てはいずれ人が来ます。久三男さまの下へ」
「そうだな。まあお前が窓からダイナミック登校してこなきゃ……」
と、呟きながら特に理由もなく背後へ振り向いた。
ただ単に人が来ていないか確認しようとしただけだったが、俺は時間が止まったかのように動けなくなる。
御玲は俺の異変に気づいたのか、首をかしげて顔色を伺う。
「……なぁ。お前が窓突き破って何分経った?」
「え? えっと……三十秒か一分か。そこらでは」
「お前、いずれ人が来るって言ったな」
「はい……言いましたが」
「今俺等がいる廊下にある隣の部屋ってさ、生徒会室なんよ。そんで生徒会の事後雑務してる俺の友達がいんだが」
「え……?」
「普通、窓ぶち破る音したら、すぐかけつけるよな。近くにいる誰かが。特に此処、生徒会室のすぐそこだぜ」
俺の言わんとしている事を察し、固唾を呑む。
普通に考えれば窓を破壊するほどの轟音が校舎内に響けば、嫌でも誰かがすぐ駆けつけるはずだ。
生徒でも先生でも、下校時間から一時間以上経っているとはいえ、窓を破壊する音が校舎内に響けば即騒ぎになってもおかしくない。
特に此処は生徒会室前の廊下。生徒会室は目と鼻の先。
澪華が生徒会室に入っていくのを確認している。つまり部屋には彼女を含め他にも生徒会役員がいるはず。
でも御玲が窓を破って暫く、ちょっとした会話をする程度の余裕があった。なのに何故、何故。
誰も生徒会室から出てこない―――。
廊下を蹴り壊す勢いで、地を蹴る。
「テメェは久三男んトコ行ってろ!! アイツは中等部の一階だ!! 教室はテメェで探せ!!」
御玲の制止など聞かず、俺は一方的に言い放つ。
生徒会室の引き戸に手をかける。
が。手をかけた瞬間、今までに感じたことのない薄気味悪い寒気が、背骨で暴れ回る、俺は思わず、そんな感覚に苦虫を噛み潰したのだった。
退屈すぎる。何回間抜けに欠伸をしただろうか。
澪華が生徒会室で事後業務を始めてから既に一時間。ずっとこの場で立ちっ放しだ。
万年インドアの愚弟と違い、一時間立ち尽くしている程度で疲れはしないが、やはり退屈なものは退屈である。
余りの退屈さに何か面白い事でも起きないものかと愚痴りたい気分だが、早く行ってやらないと弟―――流川久三男が待ちくたびれてしまう。
ゲームか何かが常に無いと発作が起きるとかなんとか、意味不明なことを話されては堪らない。本当に限界がくると高等部にまで走ってくるだろう。
何故か一人で帰ろうとしないのだ。もう今年で十五なのだから、一人で下校くらいして欲しい。そうでなければ―――。
澪華の微笑み姿を脳裏に過ぎらせる。
俺は未だ澪華と二人きりで下校したことがない。
原因はいつもいつも腰巾着の如く付いてくる愚弟が一人で下校してくれないせいだが、今度ばかりは二人きりで下校しなければならない理由がある。
今日は三月十六日。我が唯一のガールフレンド、木萩澪華の誕生日である。
誕生日プレゼントを買うためにも、誕生日を忘れてた罪を贖うためにも、今日は絶対に二人きりで下校したい。
下校しながらいつもの他愛ない掛け合いのような会話をして、誕生日プレゼントを買ってあげて、もうすぐ家に帰るという直前で、そして―――。
帰る直前でチンピラみたいなのに絡まれて、ソイツらを全員ぶん殴って、澪華を救うくらいの展開があったなら尚良い。
救ってくれてありがとう、といつもの可愛い、いや可愛過ぎて悶死しそうになる笑みを返してくれる澪華。
いやいやんなもんお安い御用よ。なんたって俺は流川家の跡目だぜ、と胸を張って誇る俺。
身分の差こそあれど、そこから始まる二人の甘酸っぱいプレリュード―――。
そう、俺は流川家の次期当主候補筆頭。この武市を建国した強大な一大勢力の末裔。
創設二千年の栄誉を飾り、連戦無敗の伝説さえ打ち立てた英雄の血筋。一般市民の澪華とは、身分に明確な差がある。
敵対勢力にマークされないよう、久三男ともども、流川家の血族であることを、ババアの根回しで伏せてある。
母親からも絶対に誰にも言うな言ったら破門だかんな、と釘を刺されているくらいだ。
でも。それでも。
俺は今日、己の素性を澪華に話そうと思っている。澪華と死ぬまでいられるなら、たとえ流川家を破門されたって良い。
周りに反抗的態度ばかりとって、クラスから学年から腫れ物扱いされた自分を唯一友として引き入れてくれた澪華。
素性もよく分からん俺を心から信じてくれた澪華。
アイツと一緒にいられるなら、英雄の血筋も、流川家の代紋も、次期当主の肩書きも、何も要らない。
澪華を守れるだけの力があれば、それで良いのだ。そのためなら一般市民に落ちぶれたとして、何の後悔も無い―――。
ふっと息を吐く。
柄にもなくまた考え込んでしまった。
澪華と出会ってからというもの、アイツの事になると考え事に耽ったり、あれやこれやな妄想に耽ったりと、脳味噌が忙しない。
澪華と出会う以前は、来るべき戦いに備えよとか、音量調節の芸をどこかに置き忘れてきたクソゴリラババアに毎日毎日しごかれ続ける日々。
寝てる時と飯食ってる時以外は戦いと相手に勝つことだけしか考えた事がなかった。いや、それ以外考える暇が無かったが正しい。
常に非力な久三男は兎も角、俺は流川本家派当主候補。澄会の期待を一心に受けていた。
一に戦い、二に戦い。三、四が無くて、五に戦い。
そんな生活でも不満は無かった。戦いの事ばかり考えさせられる環境にこそいたが、存外戦いや喧嘩の類は嫌いじゃない。寧ろ好きなくらいだ。
机の上で文字書いたり、数式書いたり、やるだけ何の面白味も無く、勝っても負けても同じ意味にしかならない体育の授業よりも断然楽しい。
況してや好きな女を守れて、気に入らない奴を無条件でボコれる。最高に楽しい生き方だって、今も思ってる。
唇を歪ませて舌を打つ。
突然ババアにボコられてこのガッコウに通うことになったのが、もはや去年の話。
それから一年経った今、俺の考えや生き方に賛同する人間は、久三男と澪華を除いて誰一人いやしない。
『戦いが好きだなんて、澄男くん変なのー』
『自衛の為ならまだしも戦争なんてやだよ。死にたくないし痛いのやだし』
『強くなるとか喧嘩とかよりみんなと一緒に遊んでる方が楽しいよな。コイツ頭おかしいんじゃねーの』
『ゲームと現実の区別くらいつけろよ転校生!』
『喧嘩とか戦いとかそういうのって他人の事を考えられない馬鹿がやる事だろ。もしくは厨二病末期患者』
『そういうの何て言うんだっけ。思い出した、キチガイだ!』
『澄男君、また喧嘩? どうして喧嘩ばかりするの。どうして先生達の言う事が聞けないの』―――
はぁ、と大きく溜息を吐き、額に手を翳す。
糞みたいな記憶が思い起こされてしまった。正直こんなことを思い出す気は毛頭無かったんだが。
クソババアから武市は実力主義、能力主義の世界だからとか言われてたときがあったが、どこがなんだろうか。
冷静に考えれば、戦闘能力を持たない一般人がほとんどを占める中威区の奴等に期待をしたのが、そもそも間違いだったのかもしれない。
でも、だったら行きたくなかった。
元より行く気など母親にボコられなければ毛程も無かったし、澪華がいなければ数日だけ行ってサボっていただろう。
ただそれでも、ガッコウに行くという余計な作業をしている感は否めない。こうなるのが分かってたなら、絶対に行かなかったのに。
「あのゴリラババアの考えている事はほんっと分かんねぇ」
黒い感情を吐き捨てる勢いで、大きな溜息をつく。地平線に三分の二が沈んだ橙色の太陽を、虚ろな目でぼうっと眺めた。
本当に退屈だ。
澪華といる時は楽しすぎて時間があっという間に過ぎるのに、その澪華がいなければ時間の速度がこんなにも遅く感じる。
こういう時に面白い何かが、窓をぶち破って飛び込んでこないだろうか。日頃から久三男が見てるアニメみたいな事が起これば、世話ないが―――。
「うお!?」
胸糞悪さと鬱屈さ、虚しさを抱きながら、非現実に思いを馳せていたのも束の間だった。
隣の窓が突如轟音を立てて破裂し、破片が廊下の至る所に飛び散る。
事態の把握より先に、鍛え上げられた条件反射で防御の構えを取ると、窓ガラスの破片から身を守りながら、目を細くした。
空中を四方に舞うガラスの破片と共に現れたのは、紺碧の髪をなびかせ、青色の装飾が施された槍を片手に、宙を薙ぐ少女だった。
胴体には体格にあった軽い鎧をしているが、一番気になったのは明らかに鎧や槍などの武装に似合わないメイド服を着こなしているところ。
身長は割と低い。年は同い年か一つ下くらいか。
武装をしてはいけないなどという決まりごとの無い武市において、武装している人間は珍しくない。
ただ、武装に紛れるようにメイド服を着ている人間は、今まで見たことがなかった。
メイド服自体が装備なら、真面目な話まだ理解できる。俺の目利きじゃ、装備なのかただのメイド服なのかは、見当つかないけど。
ただ服自体は、かなり作りこまれているのが分かる。見るからに上流階級の何者か。
でもメイド服を装備として愛用している奴なんて、身に覚えはない。そもそも髪が青色なのが謎だ。
胸は澪華より小さいから年下か。貧乳は趣味ではないのだが、しかし勢いでなびく青いポニーテールがなんとも―――。
「澄男さま。緊急事態に際し、お迎えに上がりました」
状況分析よりも先行してしまった男の性は、紺碧色の髪を宝石のように輝かせる少女の一言によって、強制的に引き戻される。
「……は?」
俺はあからさまに顔をしかめた。
どうしてこの女は、俺の名前を知っている。青い髪の女と親友になった覚えはない。
いたら興奮と嫉妬の余り覚醒した久三男にリア充破壊光線をぶち込まれ、お陀仏していてもおかしくないのだが、実は幼馴染だったとかだろうか。
いや、それにしては登場がダイナミックすぎる。
窓突き破って名前も顔も知らない男に会いにくる幼馴染とは、どこのギャグ漫画のヒロインだ。
ハートフルなギャグ漫画があれば、そっち系にクッソ詳しい久三男に是非薦めてやりたいところだが、そんな事より。
「いや……うん。何が何だかわかんねぇんだけど、とりあえず。お前誰よ」
「話は後。私は貴方方を護衛する為に此処に来ました。久三男さまは何処にいらっしゃいますか」
「いや待て。マジで待て。護衛って何? お前何の話してる」
「ですから貴方方流川の者を狙う何者かが近づいてきてるんです! 久三男さまの居場所を……」
「は? 流川? ……待てやこら。なんで俺の苗字を知ってる。何モンだテメェ」
声音に明確な敵意を宿らせる。
少女の手に握られた腕を目一杯振りほどき、強く睨んだ。
明確な威嚇を感じ取った少女は、己を落ち着かせるように深く呼吸。顔を上げ、俺に負けないほどの凛々しい蒼碧の瞳を向けてきた。
「私は流川本家派側近水守すもり家現当主。水守御玲と申します。先程は申し遅れてしまい、面目次第もございません」
これが証拠の代紋です、と美しい水色であしらわれた盾の紋章を見せ、御玲と名乗るそのメイドは、深々と頭を下げる。
「水守……家……現当主つったらまさか。``凍刹``!? 凍刹の御玲か!?」
俺に両肩をがっしりと掴まれ、煌びやかな眼光で迫られながらも、はい、と静かに返事をした。
俺は目の前の事実に、驚嘆の渦へそのまま呑みこまれる。
流川や水守みたく、人間社会に属さず、先祖代々戦いのみで生きる血族は、俗に``暴閥``と呼ばれる。
そして素性を隠す名目と、存在自体に栄誉を称える名目で、当主は暴名と呼ばれる二つ名で呼ばれるのが普通。
``凍刹``とは、まさしくコイツの暴名。大概の暴閥なら、知らない奴など一人もいないくらい有名だ。
「いやぁー……凍刹っつーからてっきり男かと思ってたが、まさか俺とほぼ同い年だったとはなー!」
「納得して頂けましたでしょうか」
「ああ。そういや母さんが近々腕利きの近衛がつくぞー、とクッソキモい笑顔で呟いてたのすっかり忘れてたぜ」
「左様で。ところで澄男さま、此処に居てはいずれ人が来ます。久三男さまの下へ」
「そうだな。まあお前が窓からダイナミック登校してこなきゃ……」
と、呟きながら特に理由もなく背後へ振り向いた。
ただ単に人が来ていないか確認しようとしただけだったが、俺は時間が止まったかのように動けなくなる。
御玲は俺の異変に気づいたのか、首をかしげて顔色を伺う。
「……なぁ。お前が窓突き破って何分経った?」
「え? えっと……三十秒か一分か。そこらでは」
「お前、いずれ人が来るって言ったな」
「はい……言いましたが」
「今俺等がいる廊下にある隣の部屋ってさ、生徒会室なんよ。そんで生徒会の事後雑務してる俺の友達がいんだが」
「え……?」
「普通、窓ぶち破る音したら、すぐかけつけるよな。近くにいる誰かが。特に此処、生徒会室のすぐそこだぜ」
俺の言わんとしている事を察し、固唾を呑む。
普通に考えれば窓を破壊するほどの轟音が校舎内に響けば、嫌でも誰かがすぐ駆けつけるはずだ。
生徒でも先生でも、下校時間から一時間以上経っているとはいえ、窓を破壊する音が校舎内に響けば即騒ぎになってもおかしくない。
特に此処は生徒会室前の廊下。生徒会室は目と鼻の先。
澪華が生徒会室に入っていくのを確認している。つまり部屋には彼女を含め他にも生徒会役員がいるはず。
でも御玲が窓を破って暫く、ちょっとした会話をする程度の余裕があった。なのに何故、何故。
誰も生徒会室から出てこない―――。
廊下を蹴り壊す勢いで、地を蹴る。
「テメェは久三男んトコ行ってろ!! アイツは中等部の一階だ!! 教室はテメェで探せ!!」
御玲の制止など聞かず、俺は一方的に言い放つ。
生徒会室の引き戸に手をかける。
が。手をかけた瞬間、今までに感じたことのない薄気味悪い寒気が、背骨で暴れ回る、俺は思わず、そんな感覚に苦虫を噛み潰したのだった。
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ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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