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乱世下威区編 下
双子剣
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時は御玲が生き返るより前に遡る。
澄男が走り去ったのち、澄連こと澄男連合軍はリーダーたるカエルに駆け寄った。
「カエル……」
「どうすんだオメェ……その体じゃ、死なねぇにしても遅かれ早かれ休眠しちまうぞ」
姿の可愛らしさとは裏腹に、般若顔がデフォルトのナージには珍しく、今回ばかりは不安が色濃く滲み出でいた。
澄男たちは知る由もないことであるが、澄男連合軍には数多くの秘密がある。そのうちの一つが、ぬいぐるみに例えられる、二頭身フォルムである。
彼らの二頭身フォルムは``特別製``であり、たとえ致死攻撃を受けようとも死ぬことはない。そもそもダメージをいくら受けても疲れて動けなくなる程度で済むため、負傷という概念がない身体なのである。
だがそれは、本来ならば、の話。今回は状況が違った。
ダメージをいくら受けても疲れて動けなくなる程度で済むといっても、例外がある。
「お前という奴は……いくら俺たちでも、超能力相手だと無事では済まないんだぞ」
ミキティウスはため息混じりに叱咤する。
たとえ大陸が消滅するほどの大質量攻撃をまともに受けても、一分ないし三十秒程度の気絶と僅かな疲労で済む身体を持つ彼らだが、その身体でも防御し切れないものこそが、超能力である。
超能力によって引き起こされる事象によって致命傷を受けてしまうと、澄連は回復力を高めるために休眠状態へ移行し、全快するまでは何をされても目覚めなくなってしまう。
それは、人の尺度で言うところの``重体``を意味していた。
「んあぁ……ねみぃ……しかたねぇ……か」
既にカエルは抗い難い猛烈な眠気に苛まれていた。澄連の一斉攻撃にビクともしなかった大鋏に腹を刺され、刻一刻と命が漏れ出ている今、身体が休眠状態へ移行しようとしていたのだ。
だが、彼は眠らない。休眠状態を回避する方法は、ただ一つだけ存在する。
「まあ、そうなるよな」
「カエル、抑えてよ?」
カエルの仕草を見て、シャルとナージは何かを悟った。彼らもまた知っているのだ、カエルが休眠しない方法を。彼が片手を、黒い眼帯に添えた意味を。
「慎重にな。下手しなくても、お前クラスが霊力を解放すれば、人類は間違いなく全滅するぞ」
ミキティウスの真剣な面差しが、カエルを刺し貫く。
澄男連合軍は、澄男たちが知らない秘密が数多くある。そのうちの一つが、二頭身ぬいぐるみフォルムの耐久性だが、そもそもなぜ彼らは二頭身のぬいぐるみフォルムなのか。
元からなのか、そういう姿の種族なのか。否、澄男たちが住まうこの大陸、人類大陸ヒューマノリアに彼らのような種族は存在しない。澄男たちが己の身分を隠して任務請負人になったように、彼らもまた澄男たちに明かしていない、本来の姿というものがあるのだ。
「あーぁ……仕方ねぇ、仕方ねぇよなこりゃあ。じゃあ、戻るぜ?」
右眼を覆っていた黒い眼帯が、振り払われた。その瞬間、カエルたちは暗黒の帳に覆われる。
「おいカエル、抑えろ! それ以上はマズイ!」
ミキティウスの怒号が暗黒の帳の中で反響する。
カエルから放たれた暗黒は、シャルやナージを身震いさせるほどに濃密で重厚だった。おそらく人がいたならば、如何なる強者だろうとなすすべなく暗黒に飲まれていただろうほどに、彼から放たれた闇は空間内の全ての光を喰らい尽くす。
―――``んあぁクソ、封印を解いて久しいせいか、かなり溜まってやがるなぁ……``
暗黒の深淵から響く、ドスが効いた低い声。その声音はカエルに似ているが、しゃがれたガラガラ声ではなく、闇の地より這い出た、闇の中にある全てを握り潰さんとする巨大な魔手を彷彿とさせる。
「早く吸収しろ!! ここらの時空がぶっ壊れる!!」
ミキティウスたちは何事もないように暗闇の中を立っているが、誰もが冷や汗を滲ませる。
彼らが感じている闇の霊力は、かつて南支部防衛任務の際に相対したスケルトン・アークがただの赤子に思えてくるほどに絶大で、もしも自分たち以外の生物がいたならば、たちまち魂ごと食い潰されて消滅していただろう。
闇の霊力は一点へ集中する。自身の重力で圧壊していく死にかけの星のように、闇の霊力は潰れて潰れて小さくなり、そして人型を模る。
模られたその人型は、蛙だった。大きながま口に今にも飛び出そうなほどに巨大な眼球。だがその眼球は左側に一つしかない。全身は胴体から四肢に至るまで筋肉隆々としており男らしさが際立つものの、体色が黒寄りの紫色と極めて毒々しく、所々に黒いデキモノが蠢いていた。
「いやぁ……キモさが増すよなあ、お前の姿……」
ミキティウスが半ば引き気味に呟く。他二人も不快感を躊躇いもなく露わにしている。
「ふん、それが``俺``だ。二頭身の姿なんざ、俺のキモさの片鱗にすぎねぇよ」
お前は何を言っているんだと、三人は肩を竦める。
そう。彼は今、二頭身ではない。なんなら背丈は澄男や弥平よりも高く、数値にして百七十は軽く超えている。
二頭身の頃の華奢さは既になく、全身の筋肉密度が急上昇したことで、その見た目は蛙人間姿のボディービルダーといったところである。
「さて、本来の姿に戻ったところで……そろそろこのじゃじゃ馬兵装を黙らせるとしようか」
カエル総隊長だったはずの蛙人間は、今だ土手っ腹に突き刺さったままの大鋏を強く握る。
彼が本来の姿に戻ったことで、時空が歪むほどの闇の霊力をその身に受けてなお、大鋏はその姿を保ったまま平然としていた。あわや時空を破壊しかけた力である。ただの武器ならば跡形も残らない。しかし大鋏は違うのだ。
「あぁー……全く。魔王様方も厄介な代物を創ってくれたものだ。超能力を持つ兵装なんぞ量産しやがって」
大鋏がほんの少しずつ引き抜かれていく。引き抜かれる度、悲鳴に似た金属音がけたたましく鳴り響いた。
澄連が負傷しうる攻撃は、超能力による致死攻撃のみである。だがそれでも彼らが死なないのは、彼らもまた一人一人が超能力を持つからに他ならない。超能力に対抗するには、同じ超能力のみ。つまり―――。
「兵装風情が舐めるなよ。超能力はテメェだけの専売特許じゃねぇんだよ!!」
その瞬間、大鋏が勢いよく引き抜かれた。刃先から鮮血が迸る。だがカエルは意に介しない。
二頭身時はかなりの血が流れていたはずだが、彼はもはや出血など彼我にもかけていなかった。むしろ大鋏が刺さっていた傷は、動画を巻き戻すように秒速で塞がっていく。
「ぐおっ!?」
引き抜いたのも束の間、大鋏はカエルなど眼中にないと言わんばかりに、カエルごと移動しようと強く引っ張る。その引力たるや、カエルが足を床にめり込ませてなお、その床を躊躇なく抉るほど。
「じゃじゃ馬がぁ!! 力比べたぁ、面白ぇ!!」
だが、カエルとて負けていない。大鋏を握っていた側の腕が二倍に膨れ上がった瞬間、大鋏を逆に自分側へ引き込み、床に叩きつける。
翼で空を飛んでいるナージ以外は余裕で転けてしまうほどの大地震。叩きつけられた所を中心に蜘蛛の巣状のヒビが走り、壁までも伝染して建物全体が鈍い音を鳴らす。それはもはや、建物があげる悲鳴にすら思えた。
「まだだ。こんなもんじゃねぇだろ、お前」
闇の霊力が、再び高まる。それはまるで、巨人が暴れて地鳴らししているかと思えるほどに、強大な揺れ。
「来い、俺の相棒。パラグラトニク」
床から染み出した闇の霊力から生えてくる、黒紫色の大剣。カエルはそれを右手で引き抜き、肩に担ぐ。
その大きさたるや、カエルの背丈と同じくらいか、それ以上。
柄から刀身に至るまで、その全てが毒々しい暗黒に彩られた特大剣が、ギラギラとその圧倒的存在感を空間に焼きつける。
「淵魔剣技・慈痺燕舞」
カエルの姿が、掻き消えた。床に叩きつけられた大鋏が一人でに起き上がるのと同時、大鋏を中心に空気が連続で炸裂する。
ミキティウスたちは思わず耳を塞いだ。床は禿げ、壁は崩れる。大気の炸裂はもはや爆発とも言え、その威力は大鋏の周囲を容赦なく破壊し尽くしていく。
大鋏は黄色の雷撃に囚われて動けず震えていたが、武器でしかないというのに不気味なほど殺意が滲んでいる。
何百回かの炸裂の後、カエルが再び姿を現す。もはや部屋は原型をとどめておらず壁が崩れたことで部屋と部屋がつながり風通しが良くなってしまっている中で、その状況を最大限に活かすと言わんばかりに、特大剣の刀身が倍以上に膨れ上がった。
「っ!? ま、マジかよッ」
「その技やるなら手加減してよ!」
「やりすぎるなよ……! 加減しないと周り全部跡形もなくなるぞ……」
ナージ、シャル、ミキティウスは何かを悟ったのか、脱兎の如く背を向けてカエルから距離を取り、崩れた瓦礫の影に素早く身を隠す。
風通しが良くなったおかげでカエルが米粒になるくらいには距離を取れるようになったが、ミキティウスたちは安心などこれっぽっちもしていない。冷や汗を際限なくかいては、地面を湿らせていく。
「コイツ相手に手加減なんざ舐めプもいいところだが、澄男さんたちの住む場所を失くすわけにゃあいかねぇしな」
がま口を大きく吊り上げる。横顔まで大きく裂けているように見えるだけあって、その笑みは邪悪なほどに悪辣だったが、その悪辣さの中に僅かに香る爽快さが、空間一帯を支配する闇の霊力によって生じる圧力を、ほんの少し緩ませた。
「淵魔剣技・隕星砲」
それは、高速機動を戦闘の主体とするミキティウスですらほんの僅かな所作しか見切れないほどに、一瞬の出来事。カエルの姿が再び掻き消えたと思いきや、カエルがいた場所の中心が、大爆発を起こしたのだ。
「ぐおおおお……!!」
吹き荒れる爆風。飛ばされる瓦礫や床だったものを盾に、ミキティウスたちは必死の思いでしがみつく。
「あの野郎……派手にやったなぁ」
爆風と砂塵が止み始め、ようやく視界が開き始めたとき。再び突風が吹き荒れ、砂塵や煙が一瞬で霧散する。その中心にはカエルが仁王立ち、彼の目の前には黒紫色の特大剣が床から生えているかのような絵面で聳え立っている。
「いや、まだだ。この程度じゃあ、奴は止まらねぇ」
柄と刀身が分たれる。特大剣の柄と刀身が一人でに分かれる図は摩訶不思議だが、まるで憎しみ燃えたぎる復讐者のように殺意を振り撒く大鋏の存在が、もはや武器の変化を今更にしていた。
「何する気だ?」
「封印する」
「オメェ、そりゃ無理だろ。ありゃあ世の下痢便を寄せ集めた肥溜めみたいなもんだぞ」
「時間稼ぎぐれぇはできるさ」
「てか待て。お前が使える封印って……」
カエルは、笑う。不気味に悪辣に、無邪気で悪戯心溢れた、子供のように。ミキティウスたちは青褪めた。
「淵魔奥義」
分たれた刀身と柄の間に現れる、握り拳大の水球。無色透明で不純物一つ見受けられないそれの中心に煌めく小さな何かは、よく目を凝らさなければその形を認識することはできなかったかもしれない。それは、鋏の形をしていた。
「釜蓋封牢」
刹那、大地震が牙を向いた。案の定カエルと空を飛んでいるナージ以外は転けたが、その揺れは大鋏を叩きつけたときとは比較にならない。
地殻変動、天変地異。今にも大陸が真っ二つに割れ、地上にあるもの全て海の藻屑になるのではないかと思ってしまうほどに、その揺れは破滅的であった。
外から雨音が貫通してくる。雨音もまた尋常ではない。雨台風でも直撃したかのような大雨、外に出ている者がいたならば、混乱の中その身を濡らしていることだろう。
雨には特有の匂いがある。湿り気のあるあまり良いとは思えない匂い。だが此度の雨の匂いは、少し違った。どことなく塩の香りが鼻腔を撫でる。その香りは、波打ち際の海岸を彷彿とさせた。
「これであくのだいまおうの旦那がどうにかするだけの時間は稼げるだろうよ」
「人類生息圏が大海ユグドラに沈まないか心配だけどね」
「そりゃあねぇだろ。都市のいくらかは浸水するかもだがな!」
ガハハハハハ、などとがま口をおっ広げて大笑いするが、ミキティウスたちは笑っていない。むしろ冷めた目で見ていた。
「パァオング。派手にやってくれおったな、カエル……否、``デスサイザー``よ」
「いいえパオング。予定通りですよ、ははは」
カエルとミキティウスたちの間をかき分けるようにして、空間が歪む。その歪みから現れたるは、王冠を被る象のぬいぐるみと全身から黒一色のみが似合う妖しげな雰囲気満載の漆黒の執事。
「パオングさんや、ここではカエル総隊長でお願いしますよ」
腰に手を当て、嘆息気味に呟く。パァオング済まんなとけらけら笑うパオングであったが、あくのだいまおう以外は苦笑いである。
「ンなことよりも、どういうことか説明してくれますよね? 旦那」
カエルの一言で、あくのだいまおうへ熱視線が投げられる。
カエルたちは薄々気づいていた。今日起きた全ての出来事、その一連の流れすら、あくのだいまおうの手の平の内なのだと。
その証拠に、彼らは知っていたのだ。カエルが一時封じた例の大鋏―――彼らが住まう世において、``双子剣``という忌み名で呼ばれたそれが、高々数十年しか生きていないただの人間の生存本能如きで解き放たれる代物ではないことを。
「では種明かしといたしましょうか。まずはですね―――」
あくのだいまおうは意気揚々と話しだす。自分の予定に事前告知なく巻き込んだ自覚があるのかないのか、きっとないのだろうと辟易する反面、今更だとカエルたちは肩を竦めた。
澄男たちの罷り知らぬ中、あくのだいまおうによって澄男連合軍のみが、一連の真実を知る。
澄男が走り去ったのち、澄連こと澄男連合軍はリーダーたるカエルに駆け寄った。
「カエル……」
「どうすんだオメェ……その体じゃ、死なねぇにしても遅かれ早かれ休眠しちまうぞ」
姿の可愛らしさとは裏腹に、般若顔がデフォルトのナージには珍しく、今回ばかりは不安が色濃く滲み出でいた。
澄男たちは知る由もないことであるが、澄男連合軍には数多くの秘密がある。そのうちの一つが、ぬいぐるみに例えられる、二頭身フォルムである。
彼らの二頭身フォルムは``特別製``であり、たとえ致死攻撃を受けようとも死ぬことはない。そもそもダメージをいくら受けても疲れて動けなくなる程度で済むため、負傷という概念がない身体なのである。
だがそれは、本来ならば、の話。今回は状況が違った。
ダメージをいくら受けても疲れて動けなくなる程度で済むといっても、例外がある。
「お前という奴は……いくら俺たちでも、超能力相手だと無事では済まないんだぞ」
ミキティウスはため息混じりに叱咤する。
たとえ大陸が消滅するほどの大質量攻撃をまともに受けても、一分ないし三十秒程度の気絶と僅かな疲労で済む身体を持つ彼らだが、その身体でも防御し切れないものこそが、超能力である。
超能力によって引き起こされる事象によって致命傷を受けてしまうと、澄連は回復力を高めるために休眠状態へ移行し、全快するまでは何をされても目覚めなくなってしまう。
それは、人の尺度で言うところの``重体``を意味していた。
「んあぁ……ねみぃ……しかたねぇ……か」
既にカエルは抗い難い猛烈な眠気に苛まれていた。澄連の一斉攻撃にビクともしなかった大鋏に腹を刺され、刻一刻と命が漏れ出ている今、身体が休眠状態へ移行しようとしていたのだ。
だが、彼は眠らない。休眠状態を回避する方法は、ただ一つだけ存在する。
「まあ、そうなるよな」
「カエル、抑えてよ?」
カエルの仕草を見て、シャルとナージは何かを悟った。彼らもまた知っているのだ、カエルが休眠しない方法を。彼が片手を、黒い眼帯に添えた意味を。
「慎重にな。下手しなくても、お前クラスが霊力を解放すれば、人類は間違いなく全滅するぞ」
ミキティウスの真剣な面差しが、カエルを刺し貫く。
澄男連合軍は、澄男たちが知らない秘密が数多くある。そのうちの一つが、二頭身ぬいぐるみフォルムの耐久性だが、そもそもなぜ彼らは二頭身のぬいぐるみフォルムなのか。
元からなのか、そういう姿の種族なのか。否、澄男たちが住まうこの大陸、人類大陸ヒューマノリアに彼らのような種族は存在しない。澄男たちが己の身分を隠して任務請負人になったように、彼らもまた澄男たちに明かしていない、本来の姿というものがあるのだ。
「あーぁ……仕方ねぇ、仕方ねぇよなこりゃあ。じゃあ、戻るぜ?」
右眼を覆っていた黒い眼帯が、振り払われた。その瞬間、カエルたちは暗黒の帳に覆われる。
「おいカエル、抑えろ! それ以上はマズイ!」
ミキティウスの怒号が暗黒の帳の中で反響する。
カエルから放たれた暗黒は、シャルやナージを身震いさせるほどに濃密で重厚だった。おそらく人がいたならば、如何なる強者だろうとなすすべなく暗黒に飲まれていただろうほどに、彼から放たれた闇は空間内の全ての光を喰らい尽くす。
―――``んあぁクソ、封印を解いて久しいせいか、かなり溜まってやがるなぁ……``
暗黒の深淵から響く、ドスが効いた低い声。その声音はカエルに似ているが、しゃがれたガラガラ声ではなく、闇の地より這い出た、闇の中にある全てを握り潰さんとする巨大な魔手を彷彿とさせる。
「早く吸収しろ!! ここらの時空がぶっ壊れる!!」
ミキティウスたちは何事もないように暗闇の中を立っているが、誰もが冷や汗を滲ませる。
彼らが感じている闇の霊力は、かつて南支部防衛任務の際に相対したスケルトン・アークがただの赤子に思えてくるほどに絶大で、もしも自分たち以外の生物がいたならば、たちまち魂ごと食い潰されて消滅していただろう。
闇の霊力は一点へ集中する。自身の重力で圧壊していく死にかけの星のように、闇の霊力は潰れて潰れて小さくなり、そして人型を模る。
模られたその人型は、蛙だった。大きながま口に今にも飛び出そうなほどに巨大な眼球。だがその眼球は左側に一つしかない。全身は胴体から四肢に至るまで筋肉隆々としており男らしさが際立つものの、体色が黒寄りの紫色と極めて毒々しく、所々に黒いデキモノが蠢いていた。
「いやぁ……キモさが増すよなあ、お前の姿……」
ミキティウスが半ば引き気味に呟く。他二人も不快感を躊躇いもなく露わにしている。
「ふん、それが``俺``だ。二頭身の姿なんざ、俺のキモさの片鱗にすぎねぇよ」
お前は何を言っているんだと、三人は肩を竦める。
そう。彼は今、二頭身ではない。なんなら背丈は澄男や弥平よりも高く、数値にして百七十は軽く超えている。
二頭身の頃の華奢さは既になく、全身の筋肉密度が急上昇したことで、その見た目は蛙人間姿のボディービルダーといったところである。
「さて、本来の姿に戻ったところで……そろそろこのじゃじゃ馬兵装を黙らせるとしようか」
カエル総隊長だったはずの蛙人間は、今だ土手っ腹に突き刺さったままの大鋏を強く握る。
彼が本来の姿に戻ったことで、時空が歪むほどの闇の霊力をその身に受けてなお、大鋏はその姿を保ったまま平然としていた。あわや時空を破壊しかけた力である。ただの武器ならば跡形も残らない。しかし大鋏は違うのだ。
「あぁー……全く。魔王様方も厄介な代物を創ってくれたものだ。超能力を持つ兵装なんぞ量産しやがって」
大鋏がほんの少しずつ引き抜かれていく。引き抜かれる度、悲鳴に似た金属音がけたたましく鳴り響いた。
澄連が負傷しうる攻撃は、超能力による致死攻撃のみである。だがそれでも彼らが死なないのは、彼らもまた一人一人が超能力を持つからに他ならない。超能力に対抗するには、同じ超能力のみ。つまり―――。
「兵装風情が舐めるなよ。超能力はテメェだけの専売特許じゃねぇんだよ!!」
その瞬間、大鋏が勢いよく引き抜かれた。刃先から鮮血が迸る。だがカエルは意に介しない。
二頭身時はかなりの血が流れていたはずだが、彼はもはや出血など彼我にもかけていなかった。むしろ大鋏が刺さっていた傷は、動画を巻き戻すように秒速で塞がっていく。
「ぐおっ!?」
引き抜いたのも束の間、大鋏はカエルなど眼中にないと言わんばかりに、カエルごと移動しようと強く引っ張る。その引力たるや、カエルが足を床にめり込ませてなお、その床を躊躇なく抉るほど。
「じゃじゃ馬がぁ!! 力比べたぁ、面白ぇ!!」
だが、カエルとて負けていない。大鋏を握っていた側の腕が二倍に膨れ上がった瞬間、大鋏を逆に自分側へ引き込み、床に叩きつける。
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「まだだ。こんなもんじゃねぇだろ、お前」
闇の霊力が、再び高まる。それはまるで、巨人が暴れて地鳴らししているかと思えるほどに、強大な揺れ。
「来い、俺の相棒。パラグラトニク」
床から染み出した闇の霊力から生えてくる、黒紫色の大剣。カエルはそれを右手で引き抜き、肩に担ぐ。
その大きさたるや、カエルの背丈と同じくらいか、それ以上。
柄から刀身に至るまで、その全てが毒々しい暗黒に彩られた特大剣が、ギラギラとその圧倒的存在感を空間に焼きつける。
「淵魔剣技・慈痺燕舞」
カエルの姿が、掻き消えた。床に叩きつけられた大鋏が一人でに起き上がるのと同時、大鋏を中心に空気が連続で炸裂する。
ミキティウスたちは思わず耳を塞いだ。床は禿げ、壁は崩れる。大気の炸裂はもはや爆発とも言え、その威力は大鋏の周囲を容赦なく破壊し尽くしていく。
大鋏は黄色の雷撃に囚われて動けず震えていたが、武器でしかないというのに不気味なほど殺意が滲んでいる。
何百回かの炸裂の後、カエルが再び姿を現す。もはや部屋は原型をとどめておらず壁が崩れたことで部屋と部屋がつながり風通しが良くなってしまっている中で、その状況を最大限に活かすと言わんばかりに、特大剣の刀身が倍以上に膨れ上がった。
「っ!? ま、マジかよッ」
「その技やるなら手加減してよ!」
「やりすぎるなよ……! 加減しないと周り全部跡形もなくなるぞ……」
ナージ、シャル、ミキティウスは何かを悟ったのか、脱兎の如く背を向けてカエルから距離を取り、崩れた瓦礫の影に素早く身を隠す。
風通しが良くなったおかげでカエルが米粒になるくらいには距離を取れるようになったが、ミキティウスたちは安心などこれっぽっちもしていない。冷や汗を際限なくかいては、地面を湿らせていく。
「コイツ相手に手加減なんざ舐めプもいいところだが、澄男さんたちの住む場所を失くすわけにゃあいかねぇしな」
がま口を大きく吊り上げる。横顔まで大きく裂けているように見えるだけあって、その笑みは邪悪なほどに悪辣だったが、その悪辣さの中に僅かに香る爽快さが、空間一帯を支配する闇の霊力によって生じる圧力を、ほんの少し緩ませた。
「淵魔剣技・隕星砲」
それは、高速機動を戦闘の主体とするミキティウスですらほんの僅かな所作しか見切れないほどに、一瞬の出来事。カエルの姿が再び掻き消えたと思いきや、カエルがいた場所の中心が、大爆発を起こしたのだ。
「ぐおおおお……!!」
吹き荒れる爆風。飛ばされる瓦礫や床だったものを盾に、ミキティウスたちは必死の思いでしがみつく。
「あの野郎……派手にやったなぁ」
爆風と砂塵が止み始め、ようやく視界が開き始めたとき。再び突風が吹き荒れ、砂塵や煙が一瞬で霧散する。その中心にはカエルが仁王立ち、彼の目の前には黒紫色の特大剣が床から生えているかのような絵面で聳え立っている。
「いや、まだだ。この程度じゃあ、奴は止まらねぇ」
柄と刀身が分たれる。特大剣の柄と刀身が一人でに分かれる図は摩訶不思議だが、まるで憎しみ燃えたぎる復讐者のように殺意を振り撒く大鋏の存在が、もはや武器の変化を今更にしていた。
「何する気だ?」
「封印する」
「オメェ、そりゃ無理だろ。ありゃあ世の下痢便を寄せ集めた肥溜めみたいなもんだぞ」
「時間稼ぎぐれぇはできるさ」
「てか待て。お前が使える封印って……」
カエルは、笑う。不気味に悪辣に、無邪気で悪戯心溢れた、子供のように。ミキティウスたちは青褪めた。
「淵魔奥義」
分たれた刀身と柄の間に現れる、握り拳大の水球。無色透明で不純物一つ見受けられないそれの中心に煌めく小さな何かは、よく目を凝らさなければその形を認識することはできなかったかもしれない。それは、鋏の形をしていた。
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刹那、大地震が牙を向いた。案の定カエルと空を飛んでいるナージ以外は転けたが、その揺れは大鋏を叩きつけたときとは比較にならない。
地殻変動、天変地異。今にも大陸が真っ二つに割れ、地上にあるもの全て海の藻屑になるのではないかと思ってしまうほどに、その揺れは破滅的であった。
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雨には特有の匂いがある。湿り気のあるあまり良いとは思えない匂い。だが此度の雨の匂いは、少し違った。どことなく塩の香りが鼻腔を撫でる。その香りは、波打ち際の海岸を彷彿とさせた。
「これであくのだいまおうの旦那がどうにかするだけの時間は稼げるだろうよ」
「人類生息圏が大海ユグドラに沈まないか心配だけどね」
「そりゃあねぇだろ。都市のいくらかは浸水するかもだがな!」
ガハハハハハ、などとがま口をおっ広げて大笑いするが、ミキティウスたちは笑っていない。むしろ冷めた目で見ていた。
「パァオング。派手にやってくれおったな、カエル……否、``デスサイザー``よ」
「いいえパオング。予定通りですよ、ははは」
カエルとミキティウスたちの間をかき分けるようにして、空間が歪む。その歪みから現れたるは、王冠を被る象のぬいぐるみと全身から黒一色のみが似合う妖しげな雰囲気満載の漆黒の執事。
「パオングさんや、ここではカエル総隊長でお願いしますよ」
腰に手を当て、嘆息気味に呟く。パァオング済まんなとけらけら笑うパオングであったが、あくのだいまおう以外は苦笑いである。
「ンなことよりも、どういうことか説明してくれますよね? 旦那」
カエルの一言で、あくのだいまおうへ熱視線が投げられる。
カエルたちは薄々気づいていた。今日起きた全ての出来事、その一連の流れすら、あくのだいまおうの手の平の内なのだと。
その証拠に、彼らは知っていたのだ。カエルが一時封じた例の大鋏―――彼らが住まう世において、``双子剣``という忌み名で呼ばれたそれが、高々数十年しか生きていないただの人間の生存本能如きで解き放たれる代物ではないことを。
「では種明かしといたしましょうか。まずはですね―――」
あくのだいまおうは意気揚々と話しだす。自分の予定に事前告知なく巻き込んだ自覚があるのかないのか、きっとないのだろうと辟易する反面、今更だとカエルたちは肩を竦めた。
澄男たちの罷り知らぬ中、あくのだいまおうによって澄男連合軍のみが、一連の真実を知る。
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だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。
平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。
だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。
隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
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ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
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そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
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