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乱世下威区編 下
怨託
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何が、起こった。
無数の剣戟が常闇の世界を踊り狂う中、擬巖正宗は目の前の少年に起きた変化に困惑していた。ついさっきまでの直線的で単調な動きから一変、ありとあらゆる所作に無駄がなくなり、付け入る隙がなくなっていた。なにより、義眼の効果がまるで感じられなくなったことだ。
「どういうことだ……? 何故義眼が効かない!!」
彼の義眼の効果は、久三男が解説していた通り、視界内に入れた相手かつ自分に対し敵意がある場合、自分が望んだ意識へと誘導し、あらゆる幻を自在に見せる精神作用を引き起こす事象干渉を行うものだった。
本来ならもっと強力な魔眼にする予定だったが、擬巖が結集できる最大限の設備と技術力をもってしても、その願いは叶わなかった。そればかりか魔眼になる予定だった眼は光を失い、顔の半分が焼け爛れる大怪我まで追う始末。
それでも魔眼の代替として得られた意識誘導の義眼は、中威区のあらゆる勢力を傘下に収める上で重宝した。
視界内に入れた、自分に敵意のある人間の意識を自在に改変できる義眼。たとえどれだけ肉体能力の差があろうと、自分に敵意を向けてくる限り、相手を手玉にできる唯一無二の武器だと、今日この日までずっと思って疑ったことはなかったのに。
「意識誘導が効かないということは……誘導する意識がそもそもない……? 馬鹿な、そんなことが……!」
彼もまた、この事態の要因を朧げではあるが半ば見抜き始めていた。長年義眼の力に世話になっているのだ、弱点は粗方把握している。
まず視界に入れなければ発動しない。これはこの世界に存在する全ての魔眼共通の弱点であり、義眼とて例外ではない。ゆえに使うときは必ず視界に敵を入れるように立ち回っていた。今回だって同じだ。
澄男を視界から一度たりとも外していない。魔眼の影響圏内から出られるはずもなく、効果範囲による無効化はあり得ないと考えられた。
なら、最後の一つ。これは極小確率ゆえに毎度誰かと戦うたび、可能性から排除していたものだ。
「無意識、だとでもいうのか……!」
ありえない。目の前に厳然たる現実が突きつけられているにもかかわらず、素直に受け止めることができない自分が支配する。
初見の段階で、澄男の力量は把握したつもりだった。念の為に雅禍も走らせて、予防線を張っていたほどだ。肉体能力は流川の当主に恥じない圧倒的なものだったが、所詮はそれだけ。力に物を言わせるだけの獣だと、そう判断できた。
流川らしく義眼の情報は得ていたようで、分かりやすくも固有能力を警戒していたようだが、探りの入れ方が下手くそだと内心痛罵していた。
「くっ……」
分が悪い。肉体能力で負けている今、優位性は固有能力と技量のみ。固有能力で相手の意識を乱し、持ち前の戦闘技量で畳みかける。そのやり方で、格上相手だろうと力だけの木偶ならば封殺できた。
しかし自分を上回る力に、更なる技量が加わったならば。
「チッ……!!」
悔し紛れの舌打ち。それでもなお、剣筋は乱れない。乱さない。存在するかどうかも怪しい活路を見出すため、優位性を失いつつある剣術の腕で闇の中を足掻く。
擬巖正宗という男は、大暴閥の当主としては珍しく、血族としての誇りなど持ち合わせていない。彼が重要視する要素はただ一つ、如何なる手段を用いてでも掴み取る勝利のみである。
戦いとは、結果がすべてだ。その過程に価値などない。
争いが始まったなら、如何なる背景や過程があろうと敗者が悪で、勝者が正義なのだ。そして暴閥界における敗北とは、すなわち当主の死である。逆に言えば死ななければ負けることはない。重要なのは試合の勝敗ではなく、勝負に勝つことなのだ。
澄男から大きく距離をとる。
流川は転移魔法という失われた大魔法をさも当然の如く連発できる手段を持っている。それは流川以外の全ての暴閥にとって脅威であり、逃走の際も己の当主生命を引き裂く刃となって襲いかかる。
だがそれでも、種が分かっていれば多少なりとも対策は練られる。
澄男は目を閉じている。視覚だけではない。己が持ちうる全ての感覚、その全てを破棄することで無類の集中力を実現させているのだろうが、裏を返せば転移魔法を使用するための位置を正しく把握できない、とも言い換えられる。
転移魔法``顕現``は、転移先の空間座標を魔法陣に記述しなければ発動しない。いくら便利な大魔法とはいえ、転移先を指定しなければ転移もクソもないからだ。
手に持っている手札のうち、逃げに特化した札として最適なのは、空間座標を誤魔化すことだ。そんな真似できるのかと思うだろうが、空間座標を誤魔化すのはそれほど難しいことでもない。
物体の空間座標を的確に把握するには探知系魔法である``逆探``や``探査``を使用する必要があり、滅茶苦茶な集中力で感覚を最大限に鋭利化した状態ぐらいでは、できても限りなく近い座標を感じ取る程度が限界だ。
澄男は五感を犠牲にすることで、一種のゾーンに入っている。戦闘スタイルを見る限り、探知系魔法は使わない生粋の前衛タイプ。ならば誤魔化すのは容易だ。
懐から技能球を取り出す。
技能球は何も流川家だけの専売特許ではない。流川のようにあらゆる技能球を作り出すことはできないが、人脈を活用して手に入れることは造作もない。擬巖が大陸八暴閥となったことで、使える人脈の幅は誰よりも広まっている。手に持った技能球が怪しく光りだす。
「げはッ」
技能球に封入された魔法を発動しようとした矢先。腹部から異物が縦貫する。背中と腹部から漏れ出る命、漏れ出た瞬間から服に染み込んでいく。
現実が認識能力を凌駕したせいで原因の断定ができない。痛みが更に拍車をかける。
気がつけば澄男が目の前にいた、いつどうやって距離を詰めたのか。それを考えても前進すまい、しかしどうにかしなければ死神に鎌を振り下ろされてしまう。
澄男の戦闘能力の上昇値が想定を超えている。逆に彼の想定を超えるための手札に持ち合わせはない。そう簡単にあらゆる意識を蚊帳の外に放り投げられるわけもないはずだが、現にできているということは、認めたくはないが事実それだけの能を持っているという証左だ。
天才。三舟雅禍の才覚すら超えた、超常的戦闘感覚。まさにできるできないの壁をそのときの勢いと気合だけで破ってしまう、天賦の力。
それはかつての自分が喉から手が出るほどに欲し、そして片目を失うこととなった要因でもあった。
「……嗚呼。畜生、畜生が。この世界は本当に、どうしようもなくクソッタレだ」
世界は強者しか認めない。魔生物と同じく、人類でさえも生態系ヒエラルキーで序列化され、その下層に生きる者たちの行く末は、どんな奴も悲惨で凄惨な末路を辿る。
人並みもしくはそれ以上の幸福と娯楽を手にできるのは、いつだって生態系上位者のみ。彼らの幸せと微笑みの下には、いつだって腐りゆく下位者の骸が蛆を湧かせて煮えたぎっているのだ。
そんなクソッタレな世界を作り上げたのは、他ならぬ流川家だ。
英雄の血族、暴閥界の王。二千年に渡って続いた武力統一大戦時代の覇者。他ならぬ彼らが、人類に弱肉強食の摂理を押し付けた。何者も抗えぬ、強大無比な力でもって、世界を改変し切ったのだ。
「だから俺は……お前を……流川を討つんだよ……!!」
痛みと出血で意識がぼんやりとしていく中、血反吐が床に舞い散る。鉄と唾液が混じった悪臭が、今の世界の様相を語っているようで尚更鼻につく。
流川家の倒幕、それは擬巖家初代当主の悲願。しかし彼らが歴史の表舞台で語られることとなるのは、つい最近のことだった。
何故なら擬巖の起源は、歴史的大敗から始まったからだ。
初代当主は全てを失った。家族も友も、恋人すらも。強大無比な力を持ち、それら全てを天災の如き荒れ狂う暴力として奮う流川の前には、ことごとく塵芥にされた。
初代当主はその度に倒れ、流川を憎み、世界を恨み、怨嗟を吐いて災禍と成し、娶った女から産んだ子に、その憎悪を受け継がせてきた。
それはもはや、血脈の蠱毒と言えよう。
兄弟姉妹を争わせ、憎しみと恨みで育て上げ、最後に残った一人にその全てを濃縮する。世界への、流川への憎悪は色濃く、粘りを増していく。
血族として誇りすらも憎悪に捧げ、``流川を弑する``―――ただそれだけを悲願を叶えるために。
「そうだ、これは復讐なんだよ!! 流川も何もかも、この世界の全てをぶち壊せるならそれでいい!! そのためなら死んだって構わねぇ!! 終わってんだよ、この世界はなァ!!」
血脈の蠱毒が溢れ出る。血に刻まれた憎悪が理性を蝕み、人間性を貪り食う。
そうだ、目の前にいるのは流川だ。年単位で煮湯を飲まされてきた、あの流川だ。
他の有象無象とは違う。敗走してでも生き残り、確実に息を止める算段を企て、念入りな準備をし直して再び殺す。そんな面倒なことをする必要はもはやない。目の前にいるのだ。この世界の誰よりも、殺すべき相手が。
「ひ、ヒヒヒハハハハハ!! 仕方ねぇ、仕方ねぇよ、でもなァ……お前を殺れるんなら、本望だ!!」
剣を投げ捨て、そのまま指を片目に突っ込んだ。堪えきれぬ激痛で、思わず疼くまる。蝕まれた理性も砕け散り、澱んだ本能へと収斂していく。彼の手の中にあったのは、血塗れになった、己の義眼だった。
「終わりだ……深淵に沈め、流川のクソ野郎……」
今までの人生で感じたことのないほど濃厚な闇。自身の全てを死神に捧げて生まれた闇は、自分の部屋を包み込む闇よりもずっと深い。身体が底なし沼に沈んでいく感覚を味わいながら、自分の意識もまた常闇の深淵に没した。
無数の剣戟が常闇の世界を踊り狂う中、擬巖正宗は目の前の少年に起きた変化に困惑していた。ついさっきまでの直線的で単調な動きから一変、ありとあらゆる所作に無駄がなくなり、付け入る隙がなくなっていた。なにより、義眼の効果がまるで感じられなくなったことだ。
「どういうことだ……? 何故義眼が効かない!!」
彼の義眼の効果は、久三男が解説していた通り、視界内に入れた相手かつ自分に対し敵意がある場合、自分が望んだ意識へと誘導し、あらゆる幻を自在に見せる精神作用を引き起こす事象干渉を行うものだった。
本来ならもっと強力な魔眼にする予定だったが、擬巖が結集できる最大限の設備と技術力をもってしても、その願いは叶わなかった。そればかりか魔眼になる予定だった眼は光を失い、顔の半分が焼け爛れる大怪我まで追う始末。
それでも魔眼の代替として得られた意識誘導の義眼は、中威区のあらゆる勢力を傘下に収める上で重宝した。
視界内に入れた、自分に敵意のある人間の意識を自在に改変できる義眼。たとえどれだけ肉体能力の差があろうと、自分に敵意を向けてくる限り、相手を手玉にできる唯一無二の武器だと、今日この日までずっと思って疑ったことはなかったのに。
「意識誘導が効かないということは……誘導する意識がそもそもない……? 馬鹿な、そんなことが……!」
彼もまた、この事態の要因を朧げではあるが半ば見抜き始めていた。長年義眼の力に世話になっているのだ、弱点は粗方把握している。
まず視界に入れなければ発動しない。これはこの世界に存在する全ての魔眼共通の弱点であり、義眼とて例外ではない。ゆえに使うときは必ず視界に敵を入れるように立ち回っていた。今回だって同じだ。
澄男を視界から一度たりとも外していない。魔眼の影響圏内から出られるはずもなく、効果範囲による無効化はあり得ないと考えられた。
なら、最後の一つ。これは極小確率ゆえに毎度誰かと戦うたび、可能性から排除していたものだ。
「無意識、だとでもいうのか……!」
ありえない。目の前に厳然たる現実が突きつけられているにもかかわらず、素直に受け止めることができない自分が支配する。
初見の段階で、澄男の力量は把握したつもりだった。念の為に雅禍も走らせて、予防線を張っていたほどだ。肉体能力は流川の当主に恥じない圧倒的なものだったが、所詮はそれだけ。力に物を言わせるだけの獣だと、そう判断できた。
流川らしく義眼の情報は得ていたようで、分かりやすくも固有能力を警戒していたようだが、探りの入れ方が下手くそだと内心痛罵していた。
「くっ……」
分が悪い。肉体能力で負けている今、優位性は固有能力と技量のみ。固有能力で相手の意識を乱し、持ち前の戦闘技量で畳みかける。そのやり方で、格上相手だろうと力だけの木偶ならば封殺できた。
しかし自分を上回る力に、更なる技量が加わったならば。
「チッ……!!」
悔し紛れの舌打ち。それでもなお、剣筋は乱れない。乱さない。存在するかどうかも怪しい活路を見出すため、優位性を失いつつある剣術の腕で闇の中を足掻く。
擬巖正宗という男は、大暴閥の当主としては珍しく、血族としての誇りなど持ち合わせていない。彼が重要視する要素はただ一つ、如何なる手段を用いてでも掴み取る勝利のみである。
戦いとは、結果がすべてだ。その過程に価値などない。
争いが始まったなら、如何なる背景や過程があろうと敗者が悪で、勝者が正義なのだ。そして暴閥界における敗北とは、すなわち当主の死である。逆に言えば死ななければ負けることはない。重要なのは試合の勝敗ではなく、勝負に勝つことなのだ。
澄男から大きく距離をとる。
流川は転移魔法という失われた大魔法をさも当然の如く連発できる手段を持っている。それは流川以外の全ての暴閥にとって脅威であり、逃走の際も己の当主生命を引き裂く刃となって襲いかかる。
だがそれでも、種が分かっていれば多少なりとも対策は練られる。
澄男は目を閉じている。視覚だけではない。己が持ちうる全ての感覚、その全てを破棄することで無類の集中力を実現させているのだろうが、裏を返せば転移魔法を使用するための位置を正しく把握できない、とも言い換えられる。
転移魔法``顕現``は、転移先の空間座標を魔法陣に記述しなければ発動しない。いくら便利な大魔法とはいえ、転移先を指定しなければ転移もクソもないからだ。
手に持っている手札のうち、逃げに特化した札として最適なのは、空間座標を誤魔化すことだ。そんな真似できるのかと思うだろうが、空間座標を誤魔化すのはそれほど難しいことでもない。
物体の空間座標を的確に把握するには探知系魔法である``逆探``や``探査``を使用する必要があり、滅茶苦茶な集中力で感覚を最大限に鋭利化した状態ぐらいでは、できても限りなく近い座標を感じ取る程度が限界だ。
澄男は五感を犠牲にすることで、一種のゾーンに入っている。戦闘スタイルを見る限り、探知系魔法は使わない生粋の前衛タイプ。ならば誤魔化すのは容易だ。
懐から技能球を取り出す。
技能球は何も流川家だけの専売特許ではない。流川のようにあらゆる技能球を作り出すことはできないが、人脈を活用して手に入れることは造作もない。擬巖が大陸八暴閥となったことで、使える人脈の幅は誰よりも広まっている。手に持った技能球が怪しく光りだす。
「げはッ」
技能球に封入された魔法を発動しようとした矢先。腹部から異物が縦貫する。背中と腹部から漏れ出る命、漏れ出た瞬間から服に染み込んでいく。
現実が認識能力を凌駕したせいで原因の断定ができない。痛みが更に拍車をかける。
気がつけば澄男が目の前にいた、いつどうやって距離を詰めたのか。それを考えても前進すまい、しかしどうにかしなければ死神に鎌を振り下ろされてしまう。
澄男の戦闘能力の上昇値が想定を超えている。逆に彼の想定を超えるための手札に持ち合わせはない。そう簡単にあらゆる意識を蚊帳の外に放り投げられるわけもないはずだが、現にできているということは、認めたくはないが事実それだけの能を持っているという証左だ。
天才。三舟雅禍の才覚すら超えた、超常的戦闘感覚。まさにできるできないの壁をそのときの勢いと気合だけで破ってしまう、天賦の力。
それはかつての自分が喉から手が出るほどに欲し、そして片目を失うこととなった要因でもあった。
「……嗚呼。畜生、畜生が。この世界は本当に、どうしようもなくクソッタレだ」
世界は強者しか認めない。魔生物と同じく、人類でさえも生態系ヒエラルキーで序列化され、その下層に生きる者たちの行く末は、どんな奴も悲惨で凄惨な末路を辿る。
人並みもしくはそれ以上の幸福と娯楽を手にできるのは、いつだって生態系上位者のみ。彼らの幸せと微笑みの下には、いつだって腐りゆく下位者の骸が蛆を湧かせて煮えたぎっているのだ。
そんなクソッタレな世界を作り上げたのは、他ならぬ流川家だ。
英雄の血族、暴閥界の王。二千年に渡って続いた武力統一大戦時代の覇者。他ならぬ彼らが、人類に弱肉強食の摂理を押し付けた。何者も抗えぬ、強大無比な力でもって、世界を改変し切ったのだ。
「だから俺は……お前を……流川を討つんだよ……!!」
痛みと出血で意識がぼんやりとしていく中、血反吐が床に舞い散る。鉄と唾液が混じった悪臭が、今の世界の様相を語っているようで尚更鼻につく。
流川家の倒幕、それは擬巖家初代当主の悲願。しかし彼らが歴史の表舞台で語られることとなるのは、つい最近のことだった。
何故なら擬巖の起源は、歴史的大敗から始まったからだ。
初代当主は全てを失った。家族も友も、恋人すらも。強大無比な力を持ち、それら全てを天災の如き荒れ狂う暴力として奮う流川の前には、ことごとく塵芥にされた。
初代当主はその度に倒れ、流川を憎み、世界を恨み、怨嗟を吐いて災禍と成し、娶った女から産んだ子に、その憎悪を受け継がせてきた。
それはもはや、血脈の蠱毒と言えよう。
兄弟姉妹を争わせ、憎しみと恨みで育て上げ、最後に残った一人にその全てを濃縮する。世界への、流川への憎悪は色濃く、粘りを増していく。
血族として誇りすらも憎悪に捧げ、``流川を弑する``―――ただそれだけを悲願を叶えるために。
「そうだ、これは復讐なんだよ!! 流川も何もかも、この世界の全てをぶち壊せるならそれでいい!! そのためなら死んだって構わねぇ!! 終わってんだよ、この世界はなァ!!」
血脈の蠱毒が溢れ出る。血に刻まれた憎悪が理性を蝕み、人間性を貪り食う。
そうだ、目の前にいるのは流川だ。年単位で煮湯を飲まされてきた、あの流川だ。
他の有象無象とは違う。敗走してでも生き残り、確実に息を止める算段を企て、念入りな準備をし直して再び殺す。そんな面倒なことをする必要はもはやない。目の前にいるのだ。この世界の誰よりも、殺すべき相手が。
「ひ、ヒヒヒハハハハハ!! 仕方ねぇ、仕方ねぇよ、でもなァ……お前を殺れるんなら、本望だ!!」
剣を投げ捨て、そのまま指を片目に突っ込んだ。堪えきれぬ激痛で、思わず疼くまる。蝕まれた理性も砕け散り、澱んだ本能へと収斂していく。彼の手の中にあったのは、血塗れになった、己の義眼だった。
「終わりだ……深淵に沈め、流川のクソ野郎……」
今までの人生で感じたことのないほど濃厚な闇。自身の全てを死神に捧げて生まれた闇は、自分の部屋を包み込む闇よりもずっと深い。身体が底なし沼に沈んでいく感覚を味わいながら、自分の意識もまた常闇の深淵に没した。
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