無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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乱世下威区編 下

無我の境地

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 常闇の中で鳴り響く金属音。

 一寸先すらも見通せない闇を照らすのは、刀身同士がブチ当たったときに散る僅かな火花と俺の愛剣である焔剣えんけんディセクタムの緋色に輝く刀身だけ。視覚がほぼアテにならない中、俺も擬巖ぎがんも的確に相手の姿を捉え、剣戟けんげきを結んでいた。

「驚いたぜ、このクソ暗い中でそれだけ動けるたぁな。それも義眼のお陰か?」

 刀身で相手を無理矢理押し返し、距離を取らせる。

 本当は言葉を交わす必要もないのだが、擬巖ぎがんの野郎は今に至るまで固有能力を使っている様子がない。況してや超能力らしい理不尽も感じられず、ただ単純な剣術でやりあっているように思える。

 とはいえ相手だって無駄話如きに命を売るほど馬鹿じゃねぇだろうしベラベラと話したりはしないだろうが、それでもカラクリが少しでも分かれば、戦いやすいってもんだ。

「暗闇は俺の領分だ。慣れればどうとでもなる。お前こそ暗視能力でも備わっているのか? 暗闇に生きる俺についてくるとは、流石は流川るせん本家の当主と言ったところか」

 擬巖ぎがんの野郎は薄ら笑いをそのままに、再び闇を味方に身を隠す。

 やはりというべきか、そう簡単に手の内を晒してはくれないようだ。歴史の話を懇切丁寧にしていやがったあたり、認めるのも悔しいが俺より学があるのは確かで、その分頭が回るってことだろう。おそらくは俺が無駄話を振ってきた意図も的確に理解したはずだ。

 面倒な野郎だ。しかし、暗視能力か。

「……フッ。そんな便利な能力、あるわけねぇだろ。日頃弛まぬ修行の結果だバーカ」

 渾身のポーカーフェイスで薄ら笑いを作り、薄ら笑いでやり返す。だが身体は火照ったように熱くなっていた。とりあえずポーカーフェイスで誤魔化したつもりだが、赤くなっていないことだけは切実に祈りたい。

 そういえば何故だか暗視が使えるのを、すっかりさっぱり忘れていた。

 ぶっちゃけ目が見えなくても臭いや音、肌を撫でる空気の流れとかで敵の動きや戦場の状態を把握することぐらいはできるせいで、今まで目が見えない状況でも困らなかったのである。

 暗視が使えることだって、南支部での任務で初めて知ったくらいだ。いつから備わっていたのかは知らないが、自分の能力を自分が把握していなかったのがクソ恥ずかしい。これじゃあ、相手の能力を探るだとか以前の問題だ。

「……そうかよ。だったら残念だぜ」

 俺は暗視を使う。意識すると辺りを覆い尽くす闇が一気に晴れて、電気が煌々と点いている部屋となんら変わらないぐらいの明るさに様変わりする。

 一気に光が入ってくるから一瞬だけ目が痛くなるが、これで奴の動きがより正確に捉えられるようになる。

 コイツの能力は探れなかったが、暗視に気づかせてくれただけでも無駄話は意味があったと胸が張れる。張れないと恥ずかしくて今すぐにでも家に帰りたくなっちまう。

 視界が晴れたお陰で、より見えやすくなった。これならさっきより戦いやすい。俺が暗視能力を持っているなんて夢にも思わないだろうし、この戦いにおいてかなり優位に立てたと考えるべきだろう。

 戦ってみた感触、久三男くみおの情報通りフィジカルは俺の方が上、剣術も拮抗している。コイツの癖は粗方把握できたし、肉弾戦で遅れをとることはもうないだろう。後はコイツが裏鏡りきょうみたいな反則を使ってくるかどうかさえ見極めれば、勝ち筋が見えてくる。

「……余裕ってツラだな。だとしたら飛んだ間抜け野郎だぜ」

 擬巖ぎがんの薄ら笑いが嘲笑へと変わる。その顔を見た瞬間、全身が炎に焼かれたように熱くなった。

 迸る火の霊力、毛穴から溢れ出るそれを、破壊力に変えて刀身に宿す。眩い光が空間を照らす。焔剣えんけんディセクタムが吠えた。

「嗚呼。本当、残念だぜ。俺が``見えちまう``奴ってのはよォ」

 焔剣えんけん煉旺焔星れんおうえんせいの力を宿し、融かし尽くして切り結ぶ。技名を言うなら煉旺焔斬れんおうえんざんと呼ぶべきだろうか。練りに練った火の霊力が斬撃となって擬巖ぎがんの野郎を容赦なく縦断する―――と思われた。

「ッ!?」

 真横から斬撃。視界ギリギリの範囲から、鍛え抜いた動体視力でようやく捉え切れるかどうかの瀬戸際で回避する。あとコンマ一秒遅ければ胴と脚が分たれていたほどに、その剣速は異常だった。

「ンだ今の……!」

「ああ? 何もしてねぇぞ俺ぁ……」

 これでもかと擬巖ぎがんを睨むが、奴はただただ嘲り笑うのみ。そのクソみたいな態度が腹の虫をざわつかせる。

「むしろ俺が聞きたいねぇ、一人ですっ転んでどうかしたか? 足でも痛めたか?」

 心にもないことを言ってやがるのが丸分かりな台詞。心配がまるで感じられない気遣いは、生まれて初めてだろう。

 明らかにコイツが何かした。何をしたかは見当もつかないが。 

「チッ……面倒だ、なッ!!」

 今度は霊力を推進力として足の裏から噴射する。

 さっきコート野郎を振り切って壁をぶち抜いたときに使ったロケットエンジン方式だ。この状態なら流石に避けることはおろか、反応することもできない。速さに意識を割り振るから一撃の威力は下がるが、それでも人間相手には致命打だ。足りなければ速度で上回って連打すればいい。フィジカルなら俺の方が上、どんなカラクリかは知らないが、超能力じゃないならまだ―――。

「なッ」

 尋常ならない速度で急接近しつつ、焔剣えんけんディセクタムを振りかぶった刹那、擬巖ぎがんの姿がかき消えた。

「速い? 硬い? それがどうした」

 右側の耳から聞こえる、妖しげな声音。時が止まった一枚の写真に、意識だけ割り込ませてきたかのように、ソイツは俺の鼓膜を撫でる。生ぬるい吐息が、俺の耳を逆立てた。

「お前は俺を``見ちまった``。後はもう、捌くだけなんだよ」

 その言葉を吐いた次の瞬間、右側と左側、両面から同時に剣戟けんげき。鮮血が噴き出し、暗視の影響で真っ白に見える空間に、一瞬にして朱色の花が咲く。種蒔きしたいわけじゃねぇのに、種を蒔かされた気分に苛まれる。

『兄さん落ち着いて。ソイツ、ゴリ押しじゃ勝てないよ』

 突然、頭ン中から愚弟の声が反響する。

『ンだテメェ、いま取り込み中だぞ』

『分かってる。でも固有能力を攻略しないと無理だって』

『ああ? さっきからわけ分かんねぇのはそれのせいだってのか? つーかコイツ、固有能力使ってる感じ全然してねぇが?』

『分かりやすく能力使ってる素振りを見せる相手の方が少ないと思うけど……』

 正論パンチをブチかまされ、反論が喉奥に詰まる。

 能力といえば裏鏡りきょうの超能力のイメージが強すぎて、そういう反則ばかり気にしていたせいだろう。

 固有能力つっても骸骨野郎みたいな効果が分かりやすいもんだとばかり思っていたし、ただ単にクソ面倒な魔法みたいなものを使っているもんだと思っていた。大体、何故だか敵は無詠唱で魔法使ってきやがるし。

『とにかく。兄さんは今、相手の固有能力の影響下にある。それを解かない限り、コイツは倒せないよ』

『それは分かった。で、どうすりゃいい』

『相手を意識しちゃダメだ』

『……は?』

『言ったとおりだよ。相手を倒す、その意識なしに相手を倒すしかない』

『済まん。言ってる意味が分からん』

『あー、えっと。つまりね……』

 久三男くみお曰く。擬巖ぎがんの固有能力、片目の義眼から放たれているそれは、``魔瞳ましょう義眼``という。

 擬巖ぎがん武市もののふしの生存競争を生き残るため、眼球を人工的に魔眼にする秘術を使い、人ならざる力を手にしようとした。

 しかし、結果は失敗。

 魔眼になる予定だった眼球が二度と光を映すことはできなくなったばかりか、顔の半分が爛れる大怪我を負うハメになってしまった。やむなく擬巖ぎがんは失明した眼球を摘出し、魔眼を模した義眼を装備して戦うことに決め、今の大陸八暴閥ぼうばつの地位を維持しているのだという。

『なるほど……じゃねぇよ、そこはどうでもいい。倒す意識をせずに倒すってどういう意味だよ』

 珍しく分かりやすい久三男くみおの語りに思わず首を縦に振っちまったが、俺が聞きたいのは擬巖ぎがんの半生じゃない。そこを聞いても現在進行形で戦闘中の俺には何の腹の足しにもなりゃあしないのだ。

『ああ、ごめん。魔眼の効果だったね。それは……』

 さっきみたく分かりやすく頼むぜと内心祈りつつ、久三男くみおの解説に耳を傾ける。

 擬巖ぎがんの野郎が持つ義眼の能力は、相手の精神に干渉し、限りなく立体的な幻覚を見せるというもので、発動条件は相手を視界に入れ、なおかつ相手が擬巖ぎがんを意識していること。

 相手が擬巖ぎがんに囚われていれば囚われているほどドツボにハマってしまい、幻から抜け出せなくなるという寸法だ。

 おそらく俺の視界ギリギリの方向から切りつけられたのは、実際に本人が動いたのではなく、俺が奴の義眼の能力によって``斬られた``と錯覚させられてしまった。というわけだ。

『だから倒す意識をせずに倒せってことか……クソ難題じゃねぇか……』

『できるなら、無意識が望ましい。無我の境地のまま戦うのが一番安全だね』

『お前……他人事だと思って言いたい放題言ってんだろ……』

 久三男くみおのあんまりにもあんまりな発言に、精神世界で落胆する。

 目に見える形での効果は幻覚作用だが、その本質は意識誘導だ。あの野郎の義眼は対象者の意識を自分の意のままに誘導することで、望み通りの幻を見せたり感じさせたりすることができるという代物なので、無我の境地のまま戦えば誘導する意識もクソもない―――という理屈である。無茶苦茶にも程があった。

『でもよ、そんな達人みてぇな真似しなくても、要は幻覚だろ? 俺はほら、死なないし攻撃受けても問題ねぇ!! の意識でゴリ押せば行けんじゃね?』

『それはやめた方がいいと思う』

『なんで』

『さっき言ったじゃん、義眼の本質は意識誘導。兄さんの肉体は確かに化け物じみた不死性を持ってるけど、メンタルまでは不死身じゃないでしょ』

 意味が分からず精神世界で首を傾げる俺に、久三男くみおは呆れながらも解説を入れてくれる。

 義眼の本質は相手の意識を意のままに誘導することであり、それによって意のままの幻を見せて相手を惑わすことを可能にする。

 俺は不死だが、結局のところ俺が不死かどうかなんて俺個人の認識にすぎないもので、その認識を改変できる奴の義眼の前では、心臓を潰されたり首を刎ねられたり頭を柘榴にされたりといった致死攻撃を受けようものなら、実際には死んでなくても``死んだ``という意識に誘導され、そのまま本当に死んでしまうらしい。

 いわば、ショック死するようなもんである。

『まあ兄さんの不死性は不死の中でも特殊で、意識誘導でも死んだりしないんだけどね……』

『なら大丈夫じゃん』

『いや誘導はされるから、仮死状態になる。そうなると影響から抜け出すまで目覚められないし、実質負けだね』

 めんどくせえ。本音が漏れそうになるが、霊子通信回路に思わず流れないように精神世界の奥に押し留める。

『仮にそうなったとしても、僕が霊子コンピュータを使って義眼の影響を解除するって手もあるけど……』

『それじゃダメなのか?』

『相手に第三者の関与がバレると思う。擬巖ぎがんだって自分の能力を把握してないわけないし、抜け出されたらきっと怪しむからね。それに仮死状態になるんだから、解除するまでは隙だらけになるし』

 精神世界で、これでもかと項垂れる。

 結局のところ、無我の境地に至って相手をブチ殺すのが最善手ってことか。無理難題すぎて帰りたくなったが、ここで逃げたら本家派当主の名が廃るってもんだ。第一、喧嘩売ってきた相手に背を向けるなんざ舐められるだけである。

『無理そうなら僕が介入するよ』

『いや、やるだけやってやらぁ。テメェは弥平みつひら御玲みれいについてろ。特に御玲みれいに、な』

 そう言って無理矢理通信を切った。これ以上話すとグダグダ言ってきそうだったし、久三男くみおには久三男くみおの仕事を全うしてほしいからだ。 

「どうした。来ねぇのか?」

 意識が現実へ引き戻される。久三男くみおと話している間も、擬巖ぎがんの野郎とは間合いを測りあって牽制していた。

 俺は霊圧で、奴は義眼で。だが、間合いを測りあっていても埒があかない。こっからは攻めの一手だ。

 深く息を吸い、そして吐く。

 無我の境地のまま倒す。要するに相手を倒すことすら意識の外に追い出し、無意識のままに戦うってこと。そんな真似、普通なら無理だろと嘲るところだろうが、不思議とできないもんでもないと思っている自分がいる。

 そもそも何故敵を倒そうと思うのか。目の前に敵がいるからだ。ならその敵が見えなければ。

 目を閉じる。暗視で昼間と変わらなくなった視界が一変、真っ暗な闇に閉ざされる。

 見えないってのはそれだけで意識が薄まるもんだ。神って存在が仮にいたとしても、目で見えないなら話題に出されない限り意識することなんて皆無なように、``見えない``ってのは、それだけでも強固な壁となって聳え立つ。

 次に耳。映像ほどじゃないにせよ、音はソイツの存在を意識させる要因の一つだ。音がする、それだけでソイツに意識を向けてしまう。むしろ目が見えない分、耳への意識はより鋭くなる。

 本来なら目が見えなくなると、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませるのが、俺たち戦いの中に生きる者のセオリーだからだ。でも今回に至ってはその逆を成し遂げなきゃならない。目、耳、鼻、舌、そして肌。五感という五感を全部閉じて、物理的に何も感じない状態にする。

 だが、それだけじゃあだめだ。まだ最後の一つ、周囲の情報を知り得る感覚が残っている。五感全てを閉ざすことで、初めて見えてくる六番目の感覚。五感があればその恩恵に助けられることはほぼないが、戦闘中だと偶に役に立つあの感覚。

 そう、霊感だ。

 コイツを完全に切ることで、久三男くみおが言っていた無我の境地は本当の意味で完成する。根拠はないが、直感が唸っているからきっとそうなのだろう。

「……何のつもりかしらねぇが、無駄なことだ!」

 遠い遠いどこかで、何処の馬の骨か知らん奴の声が聞こえたが、それは徐々に遠くなって小さくなって、消え失せる。

 聞いたことがある気がするが、誰だったか、知っているような、知らないような。まあいい―――。

 こうして俺の意識は、底を見ようとしても見切れない、深い深い虚無へ飲まれた。
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