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乱世下威区編 下
対峙する両雄
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「たくよぉ……流川の当主は扉の開け方も知らねぇのか」
目を開けると、そこは驚くほど真っ暗な空間だった。一寸先も見えぬ常闇に、不気味に低い声音が響く。
明かりという明かりがない、全てが真っ暗闇に閉ざされたその部屋で、怪しげな足音だけが鼓膜を撫で回す。
「ようやく会えたな。祝杯会以来か」
足音が近づくにつれ、音の主の輪郭が徐々に浮き彫りになっていく。漆黒の袴を着ていることが辛うじて認識できる程度に距離が縮まったとき、野郎は軽薄な笑みを顔にベッタリと貼り付けながら立ち止まる。
「テメェと語ることなんざねぇ。俺の領土に粗大ゴミ投げ捨てたオトシマエ、今ここでつけてもらう」
なんか長話しそうな雰囲気だったのでそうなる前にバッサリと斬り伏せる。
コイツとは知り合いでもなんでもないし、強いて言うなら裏鏡を誘き出すために開いた祝杯会という名のトラップになんか知らんけど参列した奴でしかないので、話すことなんざ何もない。戦闘機とかいう粗大ゴミを投げ捨てた、そのオトシマエとしてブチ殺すのみ。
戦闘機なんて物騒なもんを俺の領土に捨てた時点で叛意ありなのは確実。どんな理由かは知らねぇが、理由がどうあれ暴閥の当主として喧嘩売った以上殺す以外に道はないし、とっととぶっ殺して御玲の応援に駆けつけなければ。
「急くなよ。時間はたっぷりある」
「ねぇよダボが。テメェのつまんねぇ駄弁りに付き合ってる暇はねぇ。殺るんならとっとと……」
「まあ聞けや。小僧」
奴が発した最後の一言で、頭の中にある時計の秒針が止まる。身体から何かが抜け落ちる感覚が横たわるのと同時、胸奥から赤黒いマグマが沸々と湧き出した。
「お前は流川がどれだけ罪深い存在か、考えたことがあるか?」
「……ねぇよ下らねぇ」
「おかしいと思わないか? 人類文明が栄えてかなりの時間が経っているにもかかわらず、国が二つしかない。何故だと思う?」
「知るか!! 腹の足しにもなりゃあしねぇ歴史の話聞きにきたんじゃねぇぞ!! 要はテメェ俺を殺してぇんだろ? ならとっとと刀を抜きやがれ!!」
湧き上がるマグマを岩石で蓋をしても虚しく。それら全てを吹き飛ばし、身体全身に凄まじい勢いで溶岩が駆け巡る。
体が熱い。呼吸が荒い。歯軋りが止まらない。一体コイツ、何がしてぇんだ。
「急くなつってんだろ? 第一、そんなに戦いてぇのならお前から向かってきたらどうだ?」
渾身の歯軋り音が部屋全体に蔓延る闇へと消える。
やれるもんならとっくの昔に殴りかかっているが、今俺がいる所はコイツの義眼の視界内。久三男の話だと擬巖の奴は片目に固有能力を持っているらしいし、つまり視界内にいる時点で相手の土俵の上に立っていることになる。
いくら不死とはいえ初見の状況で無策に突撃かますほど馬鹿じゃない。活路を見出すには相手から仕掛けてきて欲しかったのだが、今まで戦ってきた奴らと違い、コイツも馬鹿じゃないらしい。
「つーわけだ。時間はたっぷりあんだからよ、俺の話を聞いてけや」
部屋を覆い尽くす常闇のせいで表情は見えないが、声音から察するに嗤っていることだけは分かる。鏡がないからはっきり言えないが、今の俺の顔は眉間に皺がよりまくっていることだろう。
「さっきの質問だ。何故だと思う? 今の人類はそれなりに栄えている。文明も技術も、戦時中とは比較にならねぇほどに。だが国は二つしかない。何故だと思う?」
「……知らん。興味ねぇ」
「おいおい流川本家の当主様とあろう者が、国の成り立ちを知らねぇのかよ。先代もそうだったが、揃いも揃って教養のねぇ連中だな」
明らかな嘲笑が部屋を反響しやがる。
金髪野郎もそうだったが、どいつもこいつも知識がないことを馬鹿にしてきやがるのは何なんだろうか。
テメェらだってなんでもかんでも知っているわけじゃねぇだろうに俺が無知だからってマウントとってんじゃねぇぞマウントとるぐれぇ大それたことするんなら全知全能になってからやりやがれその程度のこともできもしねぇで揚げ足とってんじゃねぇぞクソッタレが。
「まあいい。無教養な流川本家当主様のために教えてやるよ」
擬巖の野郎は何故だか得意げだ。
興味ねぇつってんだけどな話聞いてたかコイツそれとも耳腐ってんのかめんどくせぇもう有利不利だとか土俵だとか関係なく流石に殺したくなってきたいっそのこと突撃して柘榴にしちまうか。
「それはなァ……テメェら流川のせいだ!! テメェらがことごとく滅ぼしまくったせいで、ほとんどの小国は世界地図から消え失せたんだよ!!」
突然の怒号。胸奥を中心に怨嗟の如く全身を蝕みにかかる呪詛が、鳴りを顰める。
「二千年続いた武力統一大戦時代……武市や巫市の前身はもちろん、小国の一つや二つあったさ。でもな、小さい国や村、町はお前ら流川にことごとく滅ぼされた」
擬巖の野郎からの語りが続く。その語り口は、さっきと打って変わって一語一句が重く粘っこく感じられた。
武力統一大戦時代。俺が生まれた頃には、その大戦時代はすでに過去のものになっていた。
その全貌はその時代を生き延びた生き字引である母さんから語り知る程度で、実際の景色なんぞ想像したこともない。だが擬巖の野郎が言うには、武力統一大戦時代の起源は流川の選民思想によって引き起こされたらしい。遥か太古の昔、今から二千年前。流川は言った。
―――``弱肉強食は自然の摂理。それは絶対普遍の掟なり。弱肉どもよ、選べ。服従か、死か``―――
生態系上位を煩わすだけの弱者には等しく死を、そうでない弱者は強者に黙して従え。流川は己が掲げる選民思想の下、複数の小国に分たれた集団や民族をことごとく滅ぼして統一し、人類という種を二千年という幾星霜の時を費やして厳選した。
「その結果が、今の武市と巫市なんだよ。現代人類の総人口は十億を軽く超えているのに、小国がただの一つも存在しねぇのは、そのためだ」
流川は人類を厳選した。種を厳選したことで、文化も慣習も言語も、その全てが統一された。全ては、流川の思うがままに。
「お前ら流川の圧倒的武力によって、俺たち人間は統一された。その姿がどれだけ歪んでいるか、分からないのか?」
怒り混じりの語り口から一転、今度は疑問を投げかけてきやがる。それも口調からして煽りとかではなく、素朴に投げかけたものだと感覚で分かるほどに。
「……別に。さっきも言ったが、興味ねぇ」
だが、俺のスタンスは変わらない。常闇が、激しく奥歯を噛み締める。
「要は俺の先祖が無駄を省いたって話だろ? それが嫌だってんなら、俺じゃなくて俺の先祖を恨めよ」
武力統一大戦時代の全貌。頼んでもねぇ割に懇切丁寧に解説してくれたおかげでその理解は深まったが、正直な本音をブチかますなら、だからどうしたって話である。
俺は確かに流川本家の当主だが、人類の歴史の話をされても、今の姿に至ったのは過去の先祖たちによる影響にすぎない。それを俺にグダグダ言われたところで、逆恨みもいいところだ。流川を恨むのは勝手だが、だったら先祖を恨んでてもらいたい。
「ざけんじゃねぇ!! オメェがどう言おうと、今の流川の当主はオメェなんだよ!! いくらでも世界を変えられる立場にありながら、その立場を有用せずのうのうとしてるオメェを憎んで何が悪りぃ!! 嫌ならなすべきをなしやがれ!!」
しかし俺の思いも虚しく、擬巖の野郎の怒りは収まる気配なし。身に覚えのない恨みを一方的にぶつけられても答えは変わらないってのに、ご苦労なことだ。
「ならテメェが変えたらどうだ?」
最後まで聞くのもかったるいので、容赦なく遮り、会話の主導権を掻っ攫う。
「何度でも言ってやるぞ。興味ねぇ。俺にとって重要なのは、ともに戦いを乗り越えた仲間だけ。それ以外の全ては塵芥だ」
擬巖は、無言。だが常闇の奥からおどろおどろしい霊圧が場の空気をじわじわと蝕んでいく。
「テメェだってそうだろ? 自分の仲間以外は興味なし、どうなろうが知ったこっちゃねぇ。そもそも仲間でもなんでもねぇ奴に一々神経尖らせるなんざ意味ねぇと、そう考えてんだろうが。違うか?」
人の意図を読み解く自信がない俺だが、コイツの人となりはコイツの家に攻め込んだ時点でなんとなく察しがついていた。
何を言おうが、コイツは自分の手下を捨て駒にしている。俺や弥平、御玲に数だけの雑魚を向かわせたところで、戦うまでもなく全滅させられるのがわかっていながら、コイツは手下どもに戦うことを強いた。
格下は格上に逆らえない。相手が八暴閥の頭なら尚更で、奴らは擬巖の野郎の命に従い、そして死んだのだ。
「俺に仲間なんかいねぇ……いるわけがねぇ!!」
常闇を切り裂く、擬巖の咆哮。その波動は刃となって鎌鼬の如く迫り、俺の思考を散り散りにした。
「そんなもん作る余裕もねぇんだよ!! 必要なのは力だ、全てを蹂躙し淘汰する、圧倒的な力!! それがなきゃ仲間なんざ作る意味も価値もねぇ!! お前ら流川はどうか知らねぇがな!!」
確かに力は必要だ。それがなきゃ話にならない。仲間や友達、家族がいても、力がなければ奪われる。指の隙間からこぼれ落ちて、二度と掬いあげることなど叶わない。
俺だって澪華を失ったときは、もっと俺に力があればと、親父やクソ寺を一瞬で消し炭にできる圧倒的な力があればと、そう願ったこともあった。でも。
「圧倒的な力ってのは、案外使いたくなくなるもんだぜ」
薄ら笑いを浮かべながら、そう告げてやる。
持っている奴に持っていない奴の気持ちなんざ分かるかと言われればそれまでの言い分だが、俺からはこれぐらいしか言えないのだから仕方ない。
実際、俺は竜位魔法とかいう暴力の化身みたいなものを使えるが、ゼヴルエーレの野郎から力の詳細を聞いたとき、ドン引きしたほどだ。
ただ自分が願うだけで、現実すら歪められる圧倒的な力。気に食わなければ世界すら消し去れるその力に、俺は本気で恐れを抱いたのだ。昔なら強ければ強いほど良いとすら思えたが、得体の知れない暴力を手にしたとき、復讐心に駆られながらでもその力が外道のそれだと感じた。
圧倒的な力なんてものは、身の丈に合わなきゃ所詮そんなもんでしかないのだ。
「はッ……知ったような口聞きやがって。だからどうした」
予想通りの問答。落胆こそすれ、驚きはない。
「まあいいや。さて、グダグダ語り合うのも飽きたし、とっとと殺り合おうや。結局のところ擬巖と流川、どっちが強ぇかで白黒つけるっきゃねぇわけだし。これ以上は蛇足だろ」
右手に宿すは、生まれたての恒星。赤色黄色を通り越して白く輝く火球を手に添えて、空間を支配する常闇を黙らせる。
「所詮この世は弱肉強食……力を主張する以上、己の正しさを力で示すしかない……か」
ようやくそのツラを拝めた。顔の半分が抉れ、片目を閉ざすそのツラは、元は整った顔立ちだったんだろうが、力に固執しているであろう今の醜さを表しているようにも思えた。
どっちにしろ俺には関係なければ興味もないし、恨みつらみもありはしないが、敵対するなら跡形もなく焼き尽くすまで。
「擬巖家当主``裁辣``……推して参る!!」
向かい合う、赤と黒。常闇より現れた漆黒の剣士が袴を靡かせて、怨嗟響めく刃を俺に向かって振りかぶった。
目を開けると、そこは驚くほど真っ暗な空間だった。一寸先も見えぬ常闇に、不気味に低い声音が響く。
明かりという明かりがない、全てが真っ暗闇に閉ざされたその部屋で、怪しげな足音だけが鼓膜を撫で回す。
「ようやく会えたな。祝杯会以来か」
足音が近づくにつれ、音の主の輪郭が徐々に浮き彫りになっていく。漆黒の袴を着ていることが辛うじて認識できる程度に距離が縮まったとき、野郎は軽薄な笑みを顔にベッタリと貼り付けながら立ち止まる。
「テメェと語ることなんざねぇ。俺の領土に粗大ゴミ投げ捨てたオトシマエ、今ここでつけてもらう」
なんか長話しそうな雰囲気だったのでそうなる前にバッサリと斬り伏せる。
コイツとは知り合いでもなんでもないし、強いて言うなら裏鏡を誘き出すために開いた祝杯会という名のトラップになんか知らんけど参列した奴でしかないので、話すことなんざ何もない。戦闘機とかいう粗大ゴミを投げ捨てた、そのオトシマエとしてブチ殺すのみ。
戦闘機なんて物騒なもんを俺の領土に捨てた時点で叛意ありなのは確実。どんな理由かは知らねぇが、理由がどうあれ暴閥の当主として喧嘩売った以上殺す以外に道はないし、とっととぶっ殺して御玲の応援に駆けつけなければ。
「急くなよ。時間はたっぷりある」
「ねぇよダボが。テメェのつまんねぇ駄弁りに付き合ってる暇はねぇ。殺るんならとっとと……」
「まあ聞けや。小僧」
奴が発した最後の一言で、頭の中にある時計の秒針が止まる。身体から何かが抜け落ちる感覚が横たわるのと同時、胸奥から赤黒いマグマが沸々と湧き出した。
「お前は流川がどれだけ罪深い存在か、考えたことがあるか?」
「……ねぇよ下らねぇ」
「おかしいと思わないか? 人類文明が栄えてかなりの時間が経っているにもかかわらず、国が二つしかない。何故だと思う?」
「知るか!! 腹の足しにもなりゃあしねぇ歴史の話聞きにきたんじゃねぇぞ!! 要はテメェ俺を殺してぇんだろ? ならとっとと刀を抜きやがれ!!」
湧き上がるマグマを岩石で蓋をしても虚しく。それら全てを吹き飛ばし、身体全身に凄まじい勢いで溶岩が駆け巡る。
体が熱い。呼吸が荒い。歯軋りが止まらない。一体コイツ、何がしてぇんだ。
「急くなつってんだろ? 第一、そんなに戦いてぇのならお前から向かってきたらどうだ?」
渾身の歯軋り音が部屋全体に蔓延る闇へと消える。
やれるもんならとっくの昔に殴りかかっているが、今俺がいる所はコイツの義眼の視界内。久三男の話だと擬巖の奴は片目に固有能力を持っているらしいし、つまり視界内にいる時点で相手の土俵の上に立っていることになる。
いくら不死とはいえ初見の状況で無策に突撃かますほど馬鹿じゃない。活路を見出すには相手から仕掛けてきて欲しかったのだが、今まで戦ってきた奴らと違い、コイツも馬鹿じゃないらしい。
「つーわけだ。時間はたっぷりあんだからよ、俺の話を聞いてけや」
部屋を覆い尽くす常闇のせいで表情は見えないが、声音から察するに嗤っていることだけは分かる。鏡がないからはっきり言えないが、今の俺の顔は眉間に皺がよりまくっていることだろう。
「さっきの質問だ。何故だと思う? 今の人類はそれなりに栄えている。文明も技術も、戦時中とは比較にならねぇほどに。だが国は二つしかない。何故だと思う?」
「……知らん。興味ねぇ」
「おいおい流川本家の当主様とあろう者が、国の成り立ちを知らねぇのかよ。先代もそうだったが、揃いも揃って教養のねぇ連中だな」
明らかな嘲笑が部屋を反響しやがる。
金髪野郎もそうだったが、どいつもこいつも知識がないことを馬鹿にしてきやがるのは何なんだろうか。
テメェらだってなんでもかんでも知っているわけじゃねぇだろうに俺が無知だからってマウントとってんじゃねぇぞマウントとるぐれぇ大それたことするんなら全知全能になってからやりやがれその程度のこともできもしねぇで揚げ足とってんじゃねぇぞクソッタレが。
「まあいい。無教養な流川本家当主様のために教えてやるよ」
擬巖の野郎は何故だか得意げだ。
興味ねぇつってんだけどな話聞いてたかコイツそれとも耳腐ってんのかめんどくせぇもう有利不利だとか土俵だとか関係なく流石に殺したくなってきたいっそのこと突撃して柘榴にしちまうか。
「それはなァ……テメェら流川のせいだ!! テメェらがことごとく滅ぼしまくったせいで、ほとんどの小国は世界地図から消え失せたんだよ!!」
突然の怒号。胸奥を中心に怨嗟の如く全身を蝕みにかかる呪詛が、鳴りを顰める。
「二千年続いた武力統一大戦時代……武市や巫市の前身はもちろん、小国の一つや二つあったさ。でもな、小さい国や村、町はお前ら流川にことごとく滅ぼされた」
擬巖の野郎からの語りが続く。その語り口は、さっきと打って変わって一語一句が重く粘っこく感じられた。
武力統一大戦時代。俺が生まれた頃には、その大戦時代はすでに過去のものになっていた。
その全貌はその時代を生き延びた生き字引である母さんから語り知る程度で、実際の景色なんぞ想像したこともない。だが擬巖の野郎が言うには、武力統一大戦時代の起源は流川の選民思想によって引き起こされたらしい。遥か太古の昔、今から二千年前。流川は言った。
―――``弱肉強食は自然の摂理。それは絶対普遍の掟なり。弱肉どもよ、選べ。服従か、死か``―――
生態系上位を煩わすだけの弱者には等しく死を、そうでない弱者は強者に黙して従え。流川は己が掲げる選民思想の下、複数の小国に分たれた集団や民族をことごとく滅ぼして統一し、人類という種を二千年という幾星霜の時を費やして厳選した。
「その結果が、今の武市と巫市なんだよ。現代人類の総人口は十億を軽く超えているのに、小国がただの一つも存在しねぇのは、そのためだ」
流川は人類を厳選した。種を厳選したことで、文化も慣習も言語も、その全てが統一された。全ては、流川の思うがままに。
「お前ら流川の圧倒的武力によって、俺たち人間は統一された。その姿がどれだけ歪んでいるか、分からないのか?」
怒り混じりの語り口から一転、今度は疑問を投げかけてきやがる。それも口調からして煽りとかではなく、素朴に投げかけたものだと感覚で分かるほどに。
「……別に。さっきも言ったが、興味ねぇ」
だが、俺のスタンスは変わらない。常闇が、激しく奥歯を噛み締める。
「要は俺の先祖が無駄を省いたって話だろ? それが嫌だってんなら、俺じゃなくて俺の先祖を恨めよ」
武力統一大戦時代の全貌。頼んでもねぇ割に懇切丁寧に解説してくれたおかげでその理解は深まったが、正直な本音をブチかますなら、だからどうしたって話である。
俺は確かに流川本家の当主だが、人類の歴史の話をされても、今の姿に至ったのは過去の先祖たちによる影響にすぎない。それを俺にグダグダ言われたところで、逆恨みもいいところだ。流川を恨むのは勝手だが、だったら先祖を恨んでてもらいたい。
「ざけんじゃねぇ!! オメェがどう言おうと、今の流川の当主はオメェなんだよ!! いくらでも世界を変えられる立場にありながら、その立場を有用せずのうのうとしてるオメェを憎んで何が悪りぃ!! 嫌ならなすべきをなしやがれ!!」
しかし俺の思いも虚しく、擬巖の野郎の怒りは収まる気配なし。身に覚えのない恨みを一方的にぶつけられても答えは変わらないってのに、ご苦労なことだ。
「ならテメェが変えたらどうだ?」
最後まで聞くのもかったるいので、容赦なく遮り、会話の主導権を掻っ攫う。
「何度でも言ってやるぞ。興味ねぇ。俺にとって重要なのは、ともに戦いを乗り越えた仲間だけ。それ以外の全ては塵芥だ」
擬巖は、無言。だが常闇の奥からおどろおどろしい霊圧が場の空気をじわじわと蝕んでいく。
「テメェだってそうだろ? 自分の仲間以外は興味なし、どうなろうが知ったこっちゃねぇ。そもそも仲間でもなんでもねぇ奴に一々神経尖らせるなんざ意味ねぇと、そう考えてんだろうが。違うか?」
人の意図を読み解く自信がない俺だが、コイツの人となりはコイツの家に攻め込んだ時点でなんとなく察しがついていた。
何を言おうが、コイツは自分の手下を捨て駒にしている。俺や弥平、御玲に数だけの雑魚を向かわせたところで、戦うまでもなく全滅させられるのがわかっていながら、コイツは手下どもに戦うことを強いた。
格下は格上に逆らえない。相手が八暴閥の頭なら尚更で、奴らは擬巖の野郎の命に従い、そして死んだのだ。
「俺に仲間なんかいねぇ……いるわけがねぇ!!」
常闇を切り裂く、擬巖の咆哮。その波動は刃となって鎌鼬の如く迫り、俺の思考を散り散りにした。
「そんなもん作る余裕もねぇんだよ!! 必要なのは力だ、全てを蹂躙し淘汰する、圧倒的な力!! それがなきゃ仲間なんざ作る意味も価値もねぇ!! お前ら流川はどうか知らねぇがな!!」
確かに力は必要だ。それがなきゃ話にならない。仲間や友達、家族がいても、力がなければ奪われる。指の隙間からこぼれ落ちて、二度と掬いあげることなど叶わない。
俺だって澪華を失ったときは、もっと俺に力があればと、親父やクソ寺を一瞬で消し炭にできる圧倒的な力があればと、そう願ったこともあった。でも。
「圧倒的な力ってのは、案外使いたくなくなるもんだぜ」
薄ら笑いを浮かべながら、そう告げてやる。
持っている奴に持っていない奴の気持ちなんざ分かるかと言われればそれまでの言い分だが、俺からはこれぐらいしか言えないのだから仕方ない。
実際、俺は竜位魔法とかいう暴力の化身みたいなものを使えるが、ゼヴルエーレの野郎から力の詳細を聞いたとき、ドン引きしたほどだ。
ただ自分が願うだけで、現実すら歪められる圧倒的な力。気に食わなければ世界すら消し去れるその力に、俺は本気で恐れを抱いたのだ。昔なら強ければ強いほど良いとすら思えたが、得体の知れない暴力を手にしたとき、復讐心に駆られながらでもその力が外道のそれだと感じた。
圧倒的な力なんてものは、身の丈に合わなきゃ所詮そんなもんでしかないのだ。
「はッ……知ったような口聞きやがって。だからどうした」
予想通りの問答。落胆こそすれ、驚きはない。
「まあいいや。さて、グダグダ語り合うのも飽きたし、とっとと殺り合おうや。結局のところ擬巖と流川、どっちが強ぇかで白黒つけるっきゃねぇわけだし。これ以上は蛇足だろ」
右手に宿すは、生まれたての恒星。赤色黄色を通り越して白く輝く火球を手に添えて、空間を支配する常闇を黙らせる。
「所詮この世は弱肉強食……力を主張する以上、己の正しさを力で示すしかない……か」
ようやくそのツラを拝めた。顔の半分が抉れ、片目を閉ざすそのツラは、元は整った顔立ちだったんだろうが、力に固執しているであろう今の醜さを表しているようにも思えた。
どっちにしろ俺には関係なければ興味もないし、恨みつらみもありはしないが、敵対するなら跡形もなく焼き尽くすまで。
「擬巖家当主``裁辣``……推して参る!!」
向かい合う、赤と黒。常闇より現れた漆黒の剣士が袴を靡かせて、怨嗟響めく刃を俺に向かって振りかぶった。
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