無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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乱世下威区編 上

決闘の先

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 どれだけ時間が経っただろうか。強い。心の底から、そう思った。

「けは……」

 血反吐を吐き捨てながら、何度目か分からないが再び膝をついてしまう。

 既に顔の半分は血で汚れ、口の中は鉄の味で満たされている。メイド服は流血を吸って張り付き、体中にできた銃創が疼く。不快感は時間が経つごとに悪化の一途を辿っていた。

 歩く音が鼓膜を揺らす。膝をついているのは自分だ、ならば歩行音の主は自ずと決まっている。

 私には、もう余力がほとんどない。何度も膝をついては立ち上がり、そして立ち向かったが、一度も有効打を与えられないまま、こうしてまた膝を折る羽目になっている。正直、立ち上がるのも億劫に思えてくるぐらい、全身の倦怠感は強くなってきていた。

 血を流しすぎたせいか、意識も若干朦朧としているし、頭も割れるように痛い。頭痛薬があれば今すぐにでもがぶ飲みしたい気分だ。槍を支えに、もはや力の入らない足を鞭でぶっ叩く。

 分かっている、ただの虚勢だ。私の行動は全て痩せ我慢にすぎない。

 このまま戦い続ければ、いずれ立てなくなり血も足りなくなって死ぬだろう。澄男すみおなら持ち前の再生能力でどうとでもできただろうが、私は不幸にも、不死を名乗れるほど人から外れてはいなかった。

「何度交えようと無駄だ。暴閥ぼうばつなど信用しない。するに値しない」

 私から戦意を挫くためだろう。血を流しながらも槍を構え直す私を、言葉の刃で突き放す。

 挫くためとはいえ、その言葉はきっと本音だ。彼女のとぐろを巻いた暗黒の瞳からは、暴閥ぼうばつに対する失望が見てとれる。それはかつて、澄男すみおに心を開く以前、姿見で自分の顔を見たときに垣間見えた、他ならぬ自分自身の瞳そのもの。

 身体の節々が悲鳴をあげる。頭も割れるように痛いし、意識も朦朧とする。なんとか足に鞭打って立ち上がったが、少しでも気を抜けばまた膝が折れそうだ。

 でも、それでも、退くわけにはいかない。

「目の前で助けてって叫んでる子を放っておけるほど、私は暴閥ぼうばつしてないのよ……」 

 思わず笑いが溢れたか細く、自嘲気味に。かつての自分なら、考えられない台詞だ。なにもかもが矛盾している。

 かつての自分なら助けてと叫ぶ者でも、敵ならば何の迷いもなく殺せた。躊躇いなんてものはなく、敵、なら殺す。ただそれだけの思考のみ。

 暴閥ぼうばつしていないなんてのも、彼女からしたら戯言だろう。流川るせん本家の直系の当主にして、本家の当主の従者。敵に与える慈悲はない、敵は殺し、敵を庇う者も殺す。それが流川るせんであり、流川るせん本家の忠実なるしもべ―――水守すもり家だった。 

「私も馬鹿になっちゃったみたいね……あの人みたいに」

 首を傾げる雅禍まさか。脈絡がないのだから、それも当然だ。

 私が今の私になれたのは、今の私が始まったのは、最初は嫌悪の対象でしかなかった彼、流川るせん澄男すみおと腹を割って話したあの日からだ。

 虐待しかしてこなかった父を憎み、来る日も来る日も殺し合いしかない日々を恨み、人並みの幸せを一握りの人間にしか与えない世界に絶望し。

 だからこそ、王を弑しようとした。自分が仕えるべき王を。人類が住む国、武市もののふしを支配する王を。

 世界は弱肉強食で、それが生きとし生けるもの全てに公平に適用される絶対のルールで、弱い奴は死ねと宣った暴閥ぼうばつへの叛逆。本来なら許される行いではない。王に手を出したなら、分家派によってどこへ逃げようとも確実に始末される。

 その運命から逃れられたのも、澄男すみおが私のために物理的にも精神的にも、腹を割ってくれたからなのだろうと今でも思う。

 いわば私は、一度死んでいるのだ。一度死に、澄男すみおの身勝手で蘇った。

 彼に私を助けようという気持ちは、きっとなかったと思う。ただ私に不満があったから、その不満をぶつけたにすぎない。

 彼は素直だ、愚直なまでに素直なのだ。たとえ復讐に囚われてなお、自分の気持ちに忠実で、非情になりきれなくて。本人はきっとそれを、ただ愚かな``甘さ``だと考えているかもしれないが、その甘さこそが。

「人を、変える……!」

 私は、そう信じている。

「さっきから戯言を……!!」

 彼女は至極真っ当だ。上位存在相手に喧嘩を売った以上、負ければ死。生き残るには勝つしかない。上位存在を討ち、力でもって己自身が上位存在になるしかない。

 だからこそ、抗う。弱肉強食という摂理が下す、弱肉への等しき慈悲から。

「おおおおおお……!!」

 もはや、理性は力尽きた。今自分を突き動かしているのは、戦いへの本能のみ自身の命が、刻一刻と削られていくのを感じる。槍と剣を交える度、体が悲鳴をあげて吐瀉物を撒き散らすかの如く。理性を溶かしてなお、届かぬ刃を届かせるために。

「ぐふッ……」

 この戦いが物語だったなら、私の気迫に敵が押されて剣戟が鈍り、その隙を突いて一撃を決めるそれで形成逆転、となるのが定石だが、これは現実だ。

 身体強化でもしたのか、もう分からないが槍よりも遥かに間合いの短い剣で槍の一閃、弾かれた勢いで私の腹はがら空きになるが、その隙を見逃す彼女ではなかった。すかさず片方の手に魔導銃マジアガンを装備、間髪入れずに二発、風穴を開けてくれる。

 臓腑を抉る、二発の凶弾。その身に受けた次の瞬間から、途方もない倦怠感と、体から何かが抜け落ちる感覚に踏み潰される。

 予想はしていた、魔導銃マジアガンを扱う者がただの弾丸を扱うわけもない。魔法毒の効果が付与された特殊弾によって、身体に異常が出始めたのだ。

 既に二発も受けていたから、合計四発。流石に、気合でどうにかなる範囲を逸脱している。

「……無理……か……」

 私は澄男すみおじゃない。気合と根性で逆境を乗り越えるだとか、仲間に助けてもらってどうにかこうにか危機を切り抜けて目的を達するだとか、私には無理な話だ。

 弥平みつひら久三男くみお澄連すみれんに頼れば、確実に倒せただろう。でも、救えはしない。結局は殺してしまう。

 澄男すみおのように、なんだかんだ助けてしまうなんて展開には、きっとできない。

 意識が遠退く。凶弾を受けてまもなく、抗い難い眠気が覆い被さる。倦怠感に、虚脱感。それらに加えて熾烈な眠気。もはや戦いどころじゃない。奥歯を強く噛み締めた。

 現実が非情なのは、いつものことだ。容赦も何もないことくらい、物心ついた頃からその身に深く刻み込まれている。

 期待するだけ無駄、希望的観測をするだけ愚か。世界はいつだって弱者の思いを踏み躙る。現実は物語足り得ない。弱者が夢想するからこそ、物語は物語でしかないのだ。

 でも、それでも。弱者たる私は、当主であるにもかかわらず敵暴閥ぼうばつ当主の従者に打ち負かされた私は、期待してしまう。

 澄男すみおのようになりたいわけじゃない、真似できたものでもないけれど、勝利を確信し気が緩んだ相手のほんの僅かな隙を突ける、唯一無二の瞬間が訪れる奇跡を。

 彼女だけは殺したくない、救いたい。同じ境遇だからか。似たような出自だからか。いや違う。これはただのエゴ。私のささやかで、それでいて大きな身勝手。

 私が、失いたくないんだ。

「ぐ!?」

「う!?」

 それは、突然やってきた。奇跡、というやつだろうか。しかし字面の印象からはかけ放たれた禍々しさが、瞬く間に空間全体を掌握する。

 あくのだいまおうとはまた異なる、闇。妖しいというより重くて厚い。力強さに満ち溢れた闇だ。

 底を覗けないという点ではあくのだいまおうと共通するが、純粋で何ものも通さない深淵の常闇とは、また違う。

 力強く、圧倒的質量で全てを覆い尽くす感覚。その質量が重力となって形となり、雅禍まさかと私、二人の体重を容赦なく加算する。

「ば、化け物……!?」

 雅禍まさかもまた、圧力から感じ取れる異質さを的確に理解している。

 何者かは分からないが、澄男すみお擬巖ぎがんと戦っているその場所で、正体不明の化け物が突然現れたのだ。

 私なんて足元に及ばない。戦いが成立する次元じゃあない。たとえ万全な状態だったとしても、もし戦場にいたなら何をされたか分からないまま死んでいた。

 だが、これは幸運だ。まさに奇跡。私の相手は幸い、その化け物ではない。あくまで私よりも技量が高い人間なのだ。

 凄まじい霊圧を放つ化け物が現れるまで、彼女に付け入る隙はなかった。下手に動けば、後隙を狩られて終わり。大立ち回りができない以上、相手に先手を譲り迎撃するしかなかったが、相手の技量が高すぎてそこから自分のペースに持っていくなんてできるはずもない。

 そうなると本当の本当に隙を晒す瞬間を狙い、一撃を叩き込む以外になかったのだが―――今、まさに今、その瞬間が舞い降りている。

 溶けた理性が復活する。静かに槍を構え、霊力を集中。

 本来敵の目の前で霊力を集中させれば、今から攻撃しますよと合図しているようなものなのだが、辺りは高濃度の闇の霊力に掌握されている。私が氷属性霊力を槍に集中させたところで、闇の霊力からしたら微々たるものでしかない。だからこそ、彼女は私の攻撃態勢に気づかない。

 構える槍を握る手が、更に強さを増す。

 殺すつもりはない。でも殺す気で一撃を叩き込まなければ、きっと彼女の戦意は挫けない。

 魔法毒の弾丸を浴びたせいで霊力を上手く集中させられず、中々槍が氷を纏ってくれない。既に霊力集中を始めて五秒が経過したか、普通ならもう殺られているぐらい隙を晒しているが、闇の霊力が目眩しになり、未だ私の不意打ちを悟れていない。

 これは、本当の本当に好機だ。泣いても笑っても、決められるのは一度きり。最初で最後の大チャンス。槍が氷を纏い終えた。今―――。

「ッ!?」

 それは相手からして、おそらく不可視。ものの見事に腹を貫通して背中から切先が飛び出していた。

「かっは……」

 吹き出す大量の血反吐。下腹部を貫かれ、荒れ狂う氷属性霊力により臓腑の大半を凍結されてなお、立っていられるのは予想以上の胆力。まだだ。まだ挫けていない。

「ふん!」

「ぐおぇ!!」

 ありったけの氷属性霊力を流し込む。

 流石に立っていられなくなったのか、蹲り痛みに悶え始める。体が内側から凍らされているのだから、常人ならショック死していてもおかしくない。

 だが彼女はまだ、生きていた。苦痛で悶え苦しむ中で、未だ正気を保って。

「なに!?」

 突然の大地震。床が踊り出し、足がもつれる。尋常じゃないほどの揺れ、人並外れた体幹を持つ自負があれど、流石に巨人が地団駄を踏んだかのような大地震に耐え忍べるほど人からは外れていなかった。

 だからこそ、外れていなかった自分が恨めしく思う。

「がッ……!!」

 火に炙られたかのような熱さが胴体あたりを掠めるが、次の瞬間から一転。熱さにドライアイスを押し当てたかのような痛みと寒気が襲い、体が不規則に宙を舞う。そして何度か空中で回転し、背中から床にぶち当たった。

 人間の体の構造上、風景が捻れることはありえない。考えられる可能性はあるにはあるが、もしもそれが本当ならば。

 辺りを見渡す。血を吹き出す、何者かの下半身が一人でに立っている。その下半身が着ている服は、メイド服。大腸か小腸のようなものが垂れ下がり、内容物なのか血なのかよく分からないものが滴っている。

 ああ。なるほど。これは。ああ。

 ―――死んだ。

 淡々と淡白に、そして無感情に、自分の行く末を感じ取った。
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