87 / 106
乱世下威区編 上
大蛆の蛮行
しおりを挟む
気がつけば、掃き溜めにいた。
血生臭さが鼻腔を撫でる折、泥なのかカビなのか分からないヘドロのようなものが地面を覆い尽くすその場所で、体にまとわりついた汚物を手で振り払いながら立ち上がる。
目が暗闇に慣れてくるとようやく空間の全貌が分かるようになってきた。どうやらコンクリに覆われた地下倉庫にブチこまれたらしい。
地下倉庫の隅にはもう男だったのか女だったのかすら分からない腐乱死体が山のように積まれている。なんともいえない血生臭さは腐乱臭だったようだが、こと下威区だとままあることで、さして珍しいことでもない。
死体は物だ。時間が経つにつれて屍肉となり、蛆の巣窟に成り果てる。死臭がおどろおどろしい狂騒曲を演奏し、肉だけでなく周囲の空気さえも腐らせる。
嗚呼、クソだ。世界はクソだ、現実はクソだ。
部屋の隅に山積みにされ、蛆に貪り食われているそれは、まさに世界の縮図である。この世界は蛆に食われている。自分らは所詮蛆の養分にすぎないのだと、自分らを痛罵してくれる。嗚呼、クソだ。クソッタレだ。
「よぅ、起きたかガキィ」
地下倉庫の扉が開かれ、自分より体格が二倍近くあるオッサンが入ってきた。
毛根は死に絶え、片目が朽ちて穴が空き、頬は痩けていて肌は赤黒い。唇も赤黒く染まり、歯はほとんど抜け落ちていた。声も嗄れていてギリギリ聞き取れるかどうかの瀬戸際。
本能で理解する。蛆だ。
「あー、腹減った」
山積みになっている死体を手に取ると、蛆が湧いていることなど一切気にせず貪り食い始める。
ばりばり、ぼりぼり。ほとんど歯が抜け落ちているくせにどうやって咀嚼しているのか分からないが、蛆ごと骨すらも貪り食う様は、まさしく巨大な蛆。
蛆が蛆を食っている。弱肉強食の絵面が、そこにあった。
「おい。アイツらは……アイツらはどこにやった」
少しずつ思い出してきた。何故自分がここにいるのか。
ツムジとともに生活していた自分と他に数人の子供たち。生活は決して楽じゃなかったし、辛いことばかりだったが、それでも皆で笑い合える生活を手に入れるため、ツムジとともに腐らず今を生きてきたのだ。
今日、その子供達が攫われたと聞いてツムジの制止を振り切り、壊れかけの廃屋まで足取りを追えたところで、記憶が途絶えていた。
「……食った」
「……え……?」
「だから食った。美味かったぞォ……久しぶりに生きた肉が食えた、やっぱり腐肉とはぜぇんぜんちげーんだもんなァ……」
今、コイツなんて言った。だめだ、理解が追いつかない。いや、したくない。食べた。何を。誰を。蛆だ。きっと。きっとそうだ。
「……嘘をつくな」
「ウソじゃねーよ、生きたまま捌いたんだ、ギャーギャー喚いてうるせーからよ、腹掻っ捌いて口にぶち込んでやったわ」
けらけらけら。笑い声が遠く感じる。さっきまで気にならなかったのに部屋に満ちた死臭がやけに臭く感じ、胃袋が流転する。
「お。ガキのくせにイイもん食ってんじゃねーか」
男が吐瀉物を撒き散らしたヘドロまみれの床に這いつくばる様に、思わず目を丸くする。まるで麺類でも啜るような感覚で吐瀉物を飲み始めたのだ。
不快感が込み上げる。目の前の生物が、人間に見えなくなる。吐瀉物を啜るなんてよくある光景だというのに、なんで今は視界に入れるだけで、内臓が掻き回される感覚に苛まれるのか。
「お前、もっと出せよ」
腹を鷲掴まれ、宙吊りにされる。
今日に限って腹一杯にツムジの飯を食っちまったのが悔やまれて仕方ない。珍しく美味しかったんだ、なけなしの食材で作ってくれたカレーライス。肥溜めみてぇな下威区での生活で、ツムジと食う飯が唯一の幸福だった。まさかその幸福が、巨大な蛆に貪り食われることになるなんて。
「チッ……吐かねーか……」
まるでチューブの中身を絞り出すように、腹を押される。感じたことのない圧迫感に内臓が悲鳴をあげる。猛烈な吐き気を催しているのに、中身を吐き出せないもどかしさが、更に不快感を助長させた。
「しゃーねぇ、味は薄くなるが……」
男はどこからかジョーロを取り出した。ジョーロはボロボロで、泥だらけ。もう既にその息を絶えようとしているほどに脆くなっているそれに、大量の水を入れ出した。
水といっても、当然蛆が大量に入ったヘドロ塗れの泥水だ。ツムジの聞いた話じゃあ中威区とかには上水道なるものが各家庭に張られていて、蛇口を捻るだけで新鮮な水が無限に湧いて出てくる夢のような機構があるらしい。
まあ下威区に、そんな贅沢品なんざありはしないのだが。
水は濾過して飲む物。そうじゃなきゃ腹を壊すか体そのものを壊して死ぬか、その二択だ。
「う。や、めろ……!!」
蛆混じりのヘドロ入り泥水、そんな物を飲めばどうなるか。考える必要もない。
必死で抵抗する。爪を肉に食い込ませ、小さい足で男の足を蹴飛ばし、体をこれでもかと捩る。
「うぶっ」
だが、男の方が膂力において何倍も、何十倍も優っていた。ジョーロの先を口に押し込まれ、この世の怨念が全て詰まったかのような汚水が、容赦なく身体の中を侵していく。
泥水なんて物心ついた頃に飲んでいたことがあったが、腹は壊すし飲んだそばからブチ撒けてしまうしで腹の足しになった覚えがなく、嫌いだった。悪食な自覚こそあるが、腹の足しにならないものは身体に入れても仕方ない。ただ辛いだけだ。
腹部が膨れていく感覚が徐々に吐き気へと変わる。身体の中にある肉袋が目一杯膨らみ、他の臓器を圧迫しているせいだろう。臓腑が狂ったように乱舞する。体の中に、大きな石がのしかかっているようですこぶる気持ち悪い。
「ごぶ」
ジョーロの水流に抗うように口から漏れ出す。男はジョーロを投げ捨てると急いで口を手で覆ってきた。
「吐くんじゃねーよ、今から飲むんだからよ」
逃げ場を失った泥水が腹の中で暴れ回る。狭いところに封じ込められたそれは、脱出したいと叫ぶたび、腹が今にも張り裂けそうになる。
よく見ると腹がありえないぐらい膨らんでいた。犯されて孕んでしまったものの、路地裏で打ち捨てられそのまま死んだだろう女の死体を見かけたとき、腹の中にそれなりにデカい石ころを腹に詰めているような姿をしていたが、今の俺の腹は、そのときの女と同じような膨らみ方をしていた。
「さて、と!!」
「う……!? ぶぉ!!」
男に後頭部を掴まれ、口と口が接触する。何をされたのかと考える暇もなく、水袋と化した腹に拳が入れられた。我慢なんざできるはずもない。臓腑の悲鳴とともに行き場を失った泥水が、口から噴き出す。
なくなりかけの歯磨き粉チューブみたいな扱いをされたのは、さすがに生まれて初めてだ。これでもかと腹を絞られ、脈動に似た痙攣すらも起こし始めた折、ついに出すものがなくなった俺は、男に放り投げられた。
「チィ……!! クソが!!」
何故キレられているのか。キレたいのはこっちだ。余力があればその汚ぇ腕に噛み跡を残すぐれぇのことはしたいぐらいなのに、どうして虐げられなきゃならない。ふざけるなクソが。クソがクソがクソがクソが。
「うぐ……うー……うぉ……」
何度腹を蹴られただろうか。もう数えるのも億劫になり、後半あたりからは無抵抗を貫いた。
抵抗しないからといって理不尽な暴力が止むことなんてないのに、黙っていれば楽になるんじゃないかと考えてしまう自分がいる。
無抵抗なんて、ただの甘えだっていうのに。
「あー満たされねー、満たされねーよクソが。やっぱ泥水で胃袋ン中かき混ぜてもマズイだけだ畜生」
そんなの考えなくても分かるだろ、鳥頭かよ。じゃあ俺は何のためにこんな目に遭わされたんだ。お前の私欲を満たすためだろ。クソが。畜生はお前だ。畜生以下だ。
「ンだぁその目はァ!! ガキの癖に生意気な目ェしやがってェ!!」
「げぁ!?」
横腹に野郎の足が食い込む。腹が凹み中で臓腑が四方へ移動する感覚が走った瞬間、グチュ、という聞いたことのない音が腹の中から聞こえた。痛すぎて声が出ない。流石に堪えきれず、体を踞らせて咽び泣く。
「あーめんどくせー。なんかまた腹減ったわ。テキトーにガキでも攫って食うか……」
これだけ痛ぶっておいて飽きたらポイかよ。逃げられるからそれでいいが、釈然としない。納得いかない。これが、これが弱者への仕打ちだってのか。
「んぁ、忘れてたぜ。テメーにこれ、やるよ」
痛みで未だ声も出せない状態にある俺に、何かが投げられる。音からしてそれなりの重さがある物だと感覚で悟るが、小さい虫みたいなものが視界を飛び交い、さらに涙で滲んでいるせいでよく見えない。だが投げられたそれが何なのか、すぐに理解できた。
「な……んで……なんで」
涙が更にこぼれ落ちる。今この瞬間、ここに来た意味、コイツに虐げられた意味、その全てが無意味で無価値だったのだと、理解してしまった。
感情の濁流が苦痛を押し流す。今日起こったことなんざそれなりに不幸な巡り合わせではあった。流石に水袋にされたのは初めてではあったが、虐げられることくらい、ツムジに出会うまでならいくらでも、嫌だと泣き叫ぼうが怒りに燃え滾らせようがクソほど経験させられてきた。
だからこそ、目の前に投げ捨てられたそれを見るのが、一番辛い。
「あー?」
どうせ分からない。理解なんてできやしない。理解のりの字も感じられない顔色と声音に、もはや失望なんて言葉は生ぬるい。
ぐっ、と思わず呻いてしまう。髪の毛を鷲掴まれ、そのまま持ち上げられて、頭皮が引きちぎれそうだ。あまりに痛すぎて、足掻くことすらできず身体を萎めてしまう。
「いいか、クソガキ。よく覚えておけ。この世界はな―――」
痛すぎて言葉がよく聞き取れない。痛い。クソが、物扱いしやがって。
俺が物ならテメーは蛆だ。世界を貪り食らい、生きるべき人たちの笑いを奪う、巨大な蛆だ。
もしも世界を作った奴がいて、ソイツが蛆の存在を肯定しているってんなら、こんな世界は―――。
「``強い奴``がルールなんだよ!」
次の瞬間、腹に拳がぶち込まれ、腑が口から飛び出そうになる感覚に襲われながら、意識は闇へと溶けていった。
血生臭さが鼻腔を撫でる折、泥なのかカビなのか分からないヘドロのようなものが地面を覆い尽くすその場所で、体にまとわりついた汚物を手で振り払いながら立ち上がる。
目が暗闇に慣れてくるとようやく空間の全貌が分かるようになってきた。どうやらコンクリに覆われた地下倉庫にブチこまれたらしい。
地下倉庫の隅にはもう男だったのか女だったのかすら分からない腐乱死体が山のように積まれている。なんともいえない血生臭さは腐乱臭だったようだが、こと下威区だとままあることで、さして珍しいことでもない。
死体は物だ。時間が経つにつれて屍肉となり、蛆の巣窟に成り果てる。死臭がおどろおどろしい狂騒曲を演奏し、肉だけでなく周囲の空気さえも腐らせる。
嗚呼、クソだ。世界はクソだ、現実はクソだ。
部屋の隅に山積みにされ、蛆に貪り食われているそれは、まさに世界の縮図である。この世界は蛆に食われている。自分らは所詮蛆の養分にすぎないのだと、自分らを痛罵してくれる。嗚呼、クソだ。クソッタレだ。
「よぅ、起きたかガキィ」
地下倉庫の扉が開かれ、自分より体格が二倍近くあるオッサンが入ってきた。
毛根は死に絶え、片目が朽ちて穴が空き、頬は痩けていて肌は赤黒い。唇も赤黒く染まり、歯はほとんど抜け落ちていた。声も嗄れていてギリギリ聞き取れるかどうかの瀬戸際。
本能で理解する。蛆だ。
「あー、腹減った」
山積みになっている死体を手に取ると、蛆が湧いていることなど一切気にせず貪り食い始める。
ばりばり、ぼりぼり。ほとんど歯が抜け落ちているくせにどうやって咀嚼しているのか分からないが、蛆ごと骨すらも貪り食う様は、まさしく巨大な蛆。
蛆が蛆を食っている。弱肉強食の絵面が、そこにあった。
「おい。アイツらは……アイツらはどこにやった」
少しずつ思い出してきた。何故自分がここにいるのか。
ツムジとともに生活していた自分と他に数人の子供たち。生活は決して楽じゃなかったし、辛いことばかりだったが、それでも皆で笑い合える生活を手に入れるため、ツムジとともに腐らず今を生きてきたのだ。
今日、その子供達が攫われたと聞いてツムジの制止を振り切り、壊れかけの廃屋まで足取りを追えたところで、記憶が途絶えていた。
「……食った」
「……え……?」
「だから食った。美味かったぞォ……久しぶりに生きた肉が食えた、やっぱり腐肉とはぜぇんぜんちげーんだもんなァ……」
今、コイツなんて言った。だめだ、理解が追いつかない。いや、したくない。食べた。何を。誰を。蛆だ。きっと。きっとそうだ。
「……嘘をつくな」
「ウソじゃねーよ、生きたまま捌いたんだ、ギャーギャー喚いてうるせーからよ、腹掻っ捌いて口にぶち込んでやったわ」
けらけらけら。笑い声が遠く感じる。さっきまで気にならなかったのに部屋に満ちた死臭がやけに臭く感じ、胃袋が流転する。
「お。ガキのくせにイイもん食ってんじゃねーか」
男が吐瀉物を撒き散らしたヘドロまみれの床に這いつくばる様に、思わず目を丸くする。まるで麺類でも啜るような感覚で吐瀉物を飲み始めたのだ。
不快感が込み上げる。目の前の生物が、人間に見えなくなる。吐瀉物を啜るなんてよくある光景だというのに、なんで今は視界に入れるだけで、内臓が掻き回される感覚に苛まれるのか。
「お前、もっと出せよ」
腹を鷲掴まれ、宙吊りにされる。
今日に限って腹一杯にツムジの飯を食っちまったのが悔やまれて仕方ない。珍しく美味しかったんだ、なけなしの食材で作ってくれたカレーライス。肥溜めみてぇな下威区での生活で、ツムジと食う飯が唯一の幸福だった。まさかその幸福が、巨大な蛆に貪り食われることになるなんて。
「チッ……吐かねーか……」
まるでチューブの中身を絞り出すように、腹を押される。感じたことのない圧迫感に内臓が悲鳴をあげる。猛烈な吐き気を催しているのに、中身を吐き出せないもどかしさが、更に不快感を助長させた。
「しゃーねぇ、味は薄くなるが……」
男はどこからかジョーロを取り出した。ジョーロはボロボロで、泥だらけ。もう既にその息を絶えようとしているほどに脆くなっているそれに、大量の水を入れ出した。
水といっても、当然蛆が大量に入ったヘドロ塗れの泥水だ。ツムジの聞いた話じゃあ中威区とかには上水道なるものが各家庭に張られていて、蛇口を捻るだけで新鮮な水が無限に湧いて出てくる夢のような機構があるらしい。
まあ下威区に、そんな贅沢品なんざありはしないのだが。
水は濾過して飲む物。そうじゃなきゃ腹を壊すか体そのものを壊して死ぬか、その二択だ。
「う。や、めろ……!!」
蛆混じりのヘドロ入り泥水、そんな物を飲めばどうなるか。考える必要もない。
必死で抵抗する。爪を肉に食い込ませ、小さい足で男の足を蹴飛ばし、体をこれでもかと捩る。
「うぶっ」
だが、男の方が膂力において何倍も、何十倍も優っていた。ジョーロの先を口に押し込まれ、この世の怨念が全て詰まったかのような汚水が、容赦なく身体の中を侵していく。
泥水なんて物心ついた頃に飲んでいたことがあったが、腹は壊すし飲んだそばからブチ撒けてしまうしで腹の足しになった覚えがなく、嫌いだった。悪食な自覚こそあるが、腹の足しにならないものは身体に入れても仕方ない。ただ辛いだけだ。
腹部が膨れていく感覚が徐々に吐き気へと変わる。身体の中にある肉袋が目一杯膨らみ、他の臓器を圧迫しているせいだろう。臓腑が狂ったように乱舞する。体の中に、大きな石がのしかかっているようですこぶる気持ち悪い。
「ごぶ」
ジョーロの水流に抗うように口から漏れ出す。男はジョーロを投げ捨てると急いで口を手で覆ってきた。
「吐くんじゃねーよ、今から飲むんだからよ」
逃げ場を失った泥水が腹の中で暴れ回る。狭いところに封じ込められたそれは、脱出したいと叫ぶたび、腹が今にも張り裂けそうになる。
よく見ると腹がありえないぐらい膨らんでいた。犯されて孕んでしまったものの、路地裏で打ち捨てられそのまま死んだだろう女の死体を見かけたとき、腹の中にそれなりにデカい石ころを腹に詰めているような姿をしていたが、今の俺の腹は、そのときの女と同じような膨らみ方をしていた。
「さて、と!!」
「う……!? ぶぉ!!」
男に後頭部を掴まれ、口と口が接触する。何をされたのかと考える暇もなく、水袋と化した腹に拳が入れられた。我慢なんざできるはずもない。臓腑の悲鳴とともに行き場を失った泥水が、口から噴き出す。
なくなりかけの歯磨き粉チューブみたいな扱いをされたのは、さすがに生まれて初めてだ。これでもかと腹を絞られ、脈動に似た痙攣すらも起こし始めた折、ついに出すものがなくなった俺は、男に放り投げられた。
「チィ……!! クソが!!」
何故キレられているのか。キレたいのはこっちだ。余力があればその汚ぇ腕に噛み跡を残すぐれぇのことはしたいぐらいなのに、どうして虐げられなきゃならない。ふざけるなクソが。クソがクソがクソがクソが。
「うぐ……うー……うぉ……」
何度腹を蹴られただろうか。もう数えるのも億劫になり、後半あたりからは無抵抗を貫いた。
抵抗しないからといって理不尽な暴力が止むことなんてないのに、黙っていれば楽になるんじゃないかと考えてしまう自分がいる。
無抵抗なんて、ただの甘えだっていうのに。
「あー満たされねー、満たされねーよクソが。やっぱ泥水で胃袋ン中かき混ぜてもマズイだけだ畜生」
そんなの考えなくても分かるだろ、鳥頭かよ。じゃあ俺は何のためにこんな目に遭わされたんだ。お前の私欲を満たすためだろ。クソが。畜生はお前だ。畜生以下だ。
「ンだぁその目はァ!! ガキの癖に生意気な目ェしやがってェ!!」
「げぁ!?」
横腹に野郎の足が食い込む。腹が凹み中で臓腑が四方へ移動する感覚が走った瞬間、グチュ、という聞いたことのない音が腹の中から聞こえた。痛すぎて声が出ない。流石に堪えきれず、体を踞らせて咽び泣く。
「あーめんどくせー。なんかまた腹減ったわ。テキトーにガキでも攫って食うか……」
これだけ痛ぶっておいて飽きたらポイかよ。逃げられるからそれでいいが、釈然としない。納得いかない。これが、これが弱者への仕打ちだってのか。
「んぁ、忘れてたぜ。テメーにこれ、やるよ」
痛みで未だ声も出せない状態にある俺に、何かが投げられる。音からしてそれなりの重さがある物だと感覚で悟るが、小さい虫みたいなものが視界を飛び交い、さらに涙で滲んでいるせいでよく見えない。だが投げられたそれが何なのか、すぐに理解できた。
「な……んで……なんで」
涙が更にこぼれ落ちる。今この瞬間、ここに来た意味、コイツに虐げられた意味、その全てが無意味で無価値だったのだと、理解してしまった。
感情の濁流が苦痛を押し流す。今日起こったことなんざそれなりに不幸な巡り合わせではあった。流石に水袋にされたのは初めてではあったが、虐げられることくらい、ツムジに出会うまでならいくらでも、嫌だと泣き叫ぼうが怒りに燃え滾らせようがクソほど経験させられてきた。
だからこそ、目の前に投げ捨てられたそれを見るのが、一番辛い。
「あー?」
どうせ分からない。理解なんてできやしない。理解のりの字も感じられない顔色と声音に、もはや失望なんて言葉は生ぬるい。
ぐっ、と思わず呻いてしまう。髪の毛を鷲掴まれ、そのまま持ち上げられて、頭皮が引きちぎれそうだ。あまりに痛すぎて、足掻くことすらできず身体を萎めてしまう。
「いいか、クソガキ。よく覚えておけ。この世界はな―――」
痛すぎて言葉がよく聞き取れない。痛い。クソが、物扱いしやがって。
俺が物ならテメーは蛆だ。世界を貪り食らい、生きるべき人たちの笑いを奪う、巨大な蛆だ。
もしも世界を作った奴がいて、ソイツが蛆の存在を肯定しているってんなら、こんな世界は―――。
「``強い奴``がルールなんだよ!」
次の瞬間、腹に拳がぶち込まれ、腑が口から飛び出そうになる感覚に襲われながら、意識は闇へと溶けていった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~
阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。
転生した先は俺がやっていたゲームの世界。
前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。
だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……!
そんなとき、街が魔獣に襲撃される。
迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。
だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。
平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。
だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。
隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる