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乱世下威区編 上
プロローグ:命がけの逃走
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この世界は、クソッタレだ。
物心ついた頃から、何度唾とともに吐き捨ててきた台詞だろう。いつしか数えるのも気怠くて、億劫になって投げ出した。
そんなクソッタレで掃き溜めのような世界でも、守るべきものはそれなりにあった。それなりに、だ。
隣には相棒というか、恩人というか、とにかく親しく呼べる奴もいた。でも死んだ。
周りには多くもないが少なくもない、それなりのガキどももいた。でも皆死んだ。
残ったのは血肉の腐敗と守るつもりでこぼれ落ちた骸たち。
後ろは振り返らなかった。前だけ向いてひた走り、すっ転んで擦りむいて、べそかいて咽び泣く間抜けなガキがいないかを、気ままに探す優雅な日々。後ろを振り向かないのは、今思えば逃避とも言える。
でもな、人間なんだよ。
どれだけ強くたって、悪人をいくら半殺しにできたって、非力な奴に一方的におぶさって腰を振るクソ野郎のタマや肉棒をいくら潰したって、人間なんだよ。
苦しいんだ、守れなかった骸を見るのが。時間経過で腐り、蛆に食われ、ゆっくりと土に帰っていくガキどもを見るのが。
ああ、クソだ。本当にクソだ。腐った生ゴミよりも、死体を貪る蛆よりも、糞便を垂れ流し、今にも命の灯火が掻き消えそうな孤児よりも、この世界は本当に本当に、クソッタレだ―――。
「おい、向こうに行ったぞ! 追い詰めろ!」
何度めかの侵入。最初に潜り込んだのは、捕らわれたツムジを助けるためだったか。あのときはまだ希望を持っていた気がする。若かったあの頃、思い出せば気恥ずかしくて、同時にぐじゅぐじゅと蛆が心を貪って。
「……キシシ」
思わず笑っちまった。その笑い方まじうっぜ、とよく言われたのが最近のように思える。
決別してしばらく姿も噂も聞いちゃいねーが、アイツが姿を消してすぐ、孤児をいくらかちょろまかしていた中威区のクソ暴閥が、一夜にして滅んだって噂だけが流れた。
馬鹿なアイツの考えそうなことは大方察しがつくが、弱い奴が死ぬのはこの世界の常だ。アイツは水の魔術を多少扱える程度には強かったが、それだけ。中位暴閥の頭を殺れるほどじゃあない。無茶してなけりゃ長生きしているはずだが、去り際の様子じゃあ、遅かれ早かれ短命だろう。
「あーぁ」
まあ生きているだろ、多分。そう希望的に思えたのは、もう昔のことだ。つってもまだ十八と少ししか生きてない身だが、長いことスラムを行脚していると、肉体年齢よりも遥かに速く、精神が老けていく。達観しているってのかな、そうでもないと糞食った方がマシって思えてくるから、そうなるのだろうが。
「せめて行かせてくれよ、いや無理か。そりゃそうだろってーか。ほんと、めんどくせ」
誘導されている。大陸八暴閥の一角、擬巖家の屋敷の廊下を疾駆する。
何度も侵入したことがある屋敷だ、間取りはすでに暗記済み。目的地までのルートも頭に入っているんだが、相手は敵を熟知していた。
正直、切り札を切れば余裕で押し通れる。擬巖家の手下は確かに強いし、全能度で言えば四百は下らない連中がゴキブリみたいに湧いて出てくるが、それでも倒せないわけじゃあない。切り札切って、立ちはだかる奴らを着実に殺っていけば、自ずと目的地に辿り着ける。
「でも無理なんだよな、殺れねぇし。半殺しには、すんだけど」
キッシ、と他称シニカルと言われた、いつまで経っても癖の抜ける気配のねえ笑いが溢れた。
半殺し。それは恩人にして相棒―――ツムジとの約束。
ツムジはどんな悪垂れだろうと、殺して当然、死んで当然のクソ野郎だろうと、決して殺さなかった。半殺しにして、説教して、放逐して。悪を悪と処断しない、クソみたいなお人好しだった。
当然若い頃は疑問に思ったし、意味が分からなかった。死んで当然のクソ野郎をボコして説教だけして、後は放逐。甘いと思った。何度も抗議したし、気に食わなくて、むしゃくしゃして顔面殴って、取っ組み合いの喧嘩だってした。でも、それでもツムジの言うことは変わらなかった。
『生きるだとか死ぬだとか、殺るだとか殺らないだとか、くっだらねーよ。美味い飯食って、ただ笑って暮らす。それは誰しもが受けていい恩恵だろ?』
馬鹿かよ、ありえねえ、無理だ、幻だろ。
昔は鼻で笑ってやった。それができたら、目の前の現実はなんなのか。弱い奴は軒並み強者に踏み躙られて食われるこの世界で、誰しもが受けていい恩恵なんざありゃあしねーんだと。
だが思想の転機は突然頬を打ちのめしてきた。いつ頃だったか、間抜けにも拉致られて、戦闘奴隷としてどっかに売り飛ばされそうになったときだった。
売り飛ばされるなんざ当然嫌だったし、というか拉致った奴が憎くて憎くて仕方なくて、コイツらのせいで俺たちはって思って、そんで全員殺した。
昔から力があった。その力が超能力とかいう世界の理すら曲げる力だって知るのは、かなり後の話だが、その力を存分に使い、ソイツらを皆殺しにしてやったんだ。
殺した直後は愉悦感に浸れた。殺ってやった、クソ野郎をこの世界から消してやった、ざまあみろって。
更には自分には世界を正す力がある、だなんて思ったか。
今思えば傲慢も甚だしいし、偽善以外の何ものでもねークソッタレな感情だが、当時はそれが正しいもんだと思って疑いもしなかった。
だが、問題はその後だ。
ツムジの下に自力で戻った後、いつも通りの生活を送った。ツムジと一緒に、悪たれどもを説教して放逐して、身寄りのないガキどもを匿っては世話する生活に。
なんら変わりない、いつも通りの日常。でもそのときの俺は言い知れない虚無に苛まれていた。
まず笑えなくなった。ツムジと一緒にいる時間はそれなりに楽しかった。でも楽しいと感じるたび、殺してやった奴らの顔がちらついて、ふっと感情が引っ込んじまう。
飯も味がしなくなった。ツムジが作ってくれた飯。不味かったり美味かったりとその日の材料だのなんだので味が大きく変わるんだが、飯の中にある肉が、血で滴る奴らの死肉に見えて、喉をつっかえることもあった。
その虚無は日に日に大きくなった。夢にも出てきた。毎日、毎日毎日毎日毎日。責め立てるように、命を奪ったことに対して、誰かが糾弾するように。
眠れなくなった。元気がなくなった。そして。
『ナユタ』
ツムジが顔を覗いてきた。今でも覚えている。心配しているようで、長らく一緒にいた奴が、何か都合の悪いことを隠していることを見透かしているともとれる顔。
責めるわけでも、問い詰めることもしてこなかった。ただ名前を呼び、見下げてくるだけ。泣いた。泣いちまった。毎日ように拾ってくる生まれてきたばっかの孤児に戻ったように泣き喚いた。ズボンに顔を擦り付け、鼻水と涙でべちゃべちゃにして、とにかく泣いて泣いて泣き散らかした。
ごめんなさい、もうしない。何度言ったことか。死ぬほど言ったと思う。一生分言った気もする。声も枯れて二日はカスカスだった。あのときは何もかもが申し訳なくて、ツムジの顔を見れたものじゃなかったが、あのときのツムジは、やっぱり悲しいんでいたのだろうか。
「……っとと」
物想いに耽っていると、気がつけば外に出ていた。外と言っても擬巖領から脱したわけではなく屋敷の外、爆撃機や戦闘機がある離着陸場だ。
思い出していた記憶が、眼前の景色で黒く塗り潰される。
中威区の連中は、定期的に下威区を空爆する事業を行っている。当然、主導は擬巖家だ。主な目的は人口の削減と言われている。
下威区はいわばスラム。武市の実力・成果主義に適応できなかった奴らが、最終的に辿り着く場所。毎年少なくない数の市民がスラムへと流れてきているわけだが、当然流れてくるばかりだとスラムの人口は増えてしまう。中威区の連中はそれが面白くないらしく、どういう基準か、月一くらいの頻度でスラムを空爆し、下威区に流れ着く奴らを一定数間引く作業をしにくるのだ。
空爆されたスラム住民の末路は、どれも凄惨を極める。
老若男女問わず容赦なく肉片に様変わりし、運良く生き残っても手足が千切れ、傷が膿み、果てる奴らがほとんどだった。忘れるなんざできやしない。目の前で助けた孤児が、次の瞬間爆撃機から放たれた火属性霊力弾をもろに浴び、生きながらもだえ苦しんで、黒い炭と化していく様なんて。
拳を強く握りしめる。眼前に広がる無数の戦闘機や爆撃機たちは、性能こそ破格だ。それこそ無力なスラムの住民を、一方的に虐殺できるほどに。
一体どれだけの血が流されただろう。どれもこれも綺麗に整備が行き届いている。血も何もついていない。だが実際は血みどろだ。夥しい鮮血は塗料となってこびりつき、どれだけ洗おうと落ちることはないだろう。
「っ……!」
向かって左から、殺意。足音から息遣い、空気の流動すら感じさせない歩法に、冷や汗が滲む。
殺意を感じるまでに接敵を許してしまったのは、いつ以来だろう。クソ暴閥に拉致られたときだったか。はたまた``血雨``と殺り合ったときだったか。それともこっそり摘み食いしようと台所に忍び込んだとき、ツムジの手刀で頭をカチ割られそうになったときだったか。なんにせよ、かなり久しい感覚なのは違いない。
「うん。これは……逃げだな。キシシ」
殺意を向けられた、喧嘩を売られた、じゃあ買おう。なんつって。馬鹿野郎。
喧嘩を売られて素直に買う奴は、いつだってすぐ死ぬ。油断して死ぬし、喧嘩に夢中で不意打ちに気づけずに死ぬ。
油断してなくても喧嘩っ早い奴ってのはいつだってどこでだって短命だ。他殺願望のある自殺願望ってやつである。残念ながら生きたい奴に、死にたい奴の気持ちは分からない。
殺意が、消えた。霊力が切れて事切れた魔道具の如く、肌を焼く熱線が暗黒の帳に遮られたかの如く。
諦めた。否。退いた。否。消えたわけじゃない。これは。
全ての音、全ての運動。自分という存在を内包する、世界の全てが停止した。殺意を垂れ流していた正体は、灰色のフード付きコートを着、短剣を片手に懐へ潜り込もうとしていた。切先は横腹を掻っ切る零コンマ一秒前で凍りついていた。
「っぶねー……」
飛び退いた。急いで戦闘機だか爆撃機だかに隠れる。もうすぐ世界が動き出す。本来あるはずのない``余白``が、まもなく彩られようとしているのだ。
このままだと見つかってしまうし、意趣返しというわけじゃないが、一工夫入れておくとしよう。
刹那、世界は色を取り戻した。月すら見えぬ新月の宵闇、戦闘機群をすり抜けて離着陸場を流れる微風が頬を撫で始める。
人の腹を躊躇いなく掻っ捌こうとした件のフード付きコートの野郎は、また姿が消えていた。だがこれは奴の仕業じゃあない。その証拠に、フード野郎は殺意をかき消して懐に潜り込む前の位置に戻っており、焦っているのか、首を左右に振って辺りを頻りに見渡していた。
まさか初っ端から切り札を切ることになるとは予想外だ。今まで何度も擬巖邸に侵入したが、感知能力を掻い潜って懐に潜り込んでくるような奴には一度も鉢合わせたことがない。誘導されて遊ばれて、領外に脱することは幾度となくあったけど、今回は毛色が違うらしい。
キシシ、と心の内で笑みを溢す。
アレはかなりのやり手だ。キシシと歯の隙間から笑みこぼすと次の瞬間には首と胴が分たれるぐらいには強い。ツムジはおろか、昔半殺しにしてやった``血雨``より数段強いかもしれない。
死に物狂いで突っ込めばワンチャンあるだろうが、博打は金が有り余りすぎて困っている阿呆が、市場を潤すためにばら撒く贅沢だ。貧困の世で生きてきた者には無縁の話である。
さて、それを踏まえた上で、どうするか。
戦うなどもってのほか、相手の盤面上で王手をかけられるなんざご都合だ。逃げ一択なんだが、全力疾走で逃がしてくれるほど甘い相手でもなし。余白は短く有限で、相手の感知範囲外へ逃れるだけの時間は稼げない。
となると、逃げるにしても攻撃の一発、二発、耐えられるだけの壁がいる。なおかつ逃げるだけの距離が稼げて、そのまま擬巖領から脱することができるだけの入れ物的なものが―――。
ふと手に触れている物に意識を向けた。いまいる場所は戦闘機の影。ちょうどフード野郎からは死角になっていて見えない所で息を潜めている。
擬巖家の戦闘機は特注だ。戦闘機に関する知識はないが、コックピットは防弾ガラスか何かで覆われているだろうし、装甲もそれなりに硬いはず。少なくとも攻撃系魔法の一つや二つ、受け止めるくらいのことはできるだろう。一か八か全力疾走で離着陸場を逃げ回るより、安心感は段違いだ。戦闘機だの爆撃機だの、スラム民には無縁の乗り物を操縦した経験が皆無だということを除けば。
フード野郎に視線を戻す。殺すはずだった標的が、何の脈絡もなく目の前から消え、気配も察知できなくなったことで最大警戒をしていたフード野郎は、痺れを切らしたのだろう。足元から白色の魔法陣が描かれる。星が一つも見えぬ宵闇、辺り一面黒が支配する世界で、一際輝く魔法陣はいやでも目立つ。
どんな魔法を使っているかは知らない、ツムジからはそれなりに教えてもらってはいたが、専門職には遠く及ばない浅はかな知識のみ。とはいえ状況から予想することくらいはできる。相手は視認できる距離にいたにも関わらず、攻撃対象が姿を眩ましたのだから、使う魔法は自ずと絞られる。
もはや、迷っている暇はなかった。翼に飛び乗り、コックピットの蓋をこじ開けて滑り込むように乗り込む。予想に反してコックピットが素直に開けたことに違和感を覚えたが、今はそれどころじゃない。
乗り込んだまでは良かったが、案の定エンジンを叩き起こし方が分からない。そもそも乗り物の操縦自体初めてなのだ。
【起動指令を確認。魔導戦闘機を遠隔起動】
流石に無謀がすぎたかと思った矢先、ひとりでに耳を塞ぎたくなるほどの轟音が鳴り響いたと思うと、コックピット内の色々なところがピカピカと光り出す。
「ちょ、ま」
【全計器正常起動確認。エンジン駆動に異常なし。オートパイロットコントロール起動。離陸準備に入ります】
最近の飛行機って喋るのか、じゃない。操縦桿らしき棒やら、何を意味しているのか皆目分からないボタンやらを馬鹿みたく連打してみるが、全くの無反応。パイロットがいて初めて飛ぶものだと知識の上で理解していたのだが、所詮は知識でしかなかったということなのか。
操縦席に座っている人間をガン無視して勝手に離陸しようとしているじゃじゃ馬に、とりあえず壊れかけのラジオを直す要領で軽く叩いてみる。が、当然の如く無視である。
文明の利器が嫌いになりそうだ。スラム育ち舐めんなよ。
「あー……マジやべぇ。つーかこれ、どこに飛ぶ気だよ。やっぱ走って逃げたほうが良かったか……」
暴れ馬に躾するのをさっそく投げ出し、操縦席に深く腰掛ける。ダメ元で蓋を開けようともしてみた。乗り込んだときは素直に開いてくれたのに、今はテコでも動くしそうにない。
離陸態勢に入った戦闘機の速度はメーターを見ると既に途中で降りられる速度を軽く超えていた。
戦闘機は更にスピードを上げる。操縦桿を握ってすらいないのに、戦闘機が勝手に操縦してくれるのは楽だが、乗り込むと決めた辺りから湧いて出た違和感が無視できないくらいに膨れ上がった。
「……なんで、追ってこねぇ……?」
一か八かコックピットに飛び乗った際、勝手にかかったエンジンの音は爆音だった。機械慣れしていないだけに、思わず耳を塞いでしまうほどに。それだけの音を出したなら、相手は魔法を使わずとも敵の動きが分かるはず。なのにあのフード野郎が追いかけてくる気配がない。戦闘機自体が、もはや人の脚力で追いつける速度じゃなくなっているのもあるが、人の五感を掻い潜って間合に潜り込んでこれるほどの奴が、離陸間近の戦闘機の速度についてこれないなんてことがあるだろうか。
この世界は人外が多い。``狂騒``しかり、``血雨``しかり。弱者、無能の烙印を押され、死を待つのみの下威区にも、スラムの街並みを破壊する怪物が平気でのさばっていやがったのだから、外見が人間だからと膂力も人間らしいとは限らない。実際、その二人は人間だったし。
「それにだな……なんで戦闘機が動くんだ? 何も触ってねーぞ俺……」
最大の謎は、戦闘機が動くことだ。乗っといて今更疑問に思うのはおかしい気がするが、擬巖家からしたら敵を逃す意味がないはず。仮にテコでも動かなかったら霊力で無理矢理動かして逃げるつもりだったのに、まさか戦闘機が逃がしてくれるのは拍子抜けだ。
擬巖が敵を逃す意味はない。あるとしたらそれだけの利があるということ。擬巖は敵を熟知していた、誘導もされていた。敵が逃げに徹するのを知っていて、敢えて戦闘機に乗らせるように仕向けたとしたら。
「キシシ……飛び降りるっきゃねーな、これ」
コックピットのガラスは防弾防霊ガラス。戦術級攻撃魔法を数発耐えられるぐらいの耐久はあるだろう。ただ、内側からの魔法には耐えられる設計になっていないはず。
ガラス部分は力技で破壊すればいいとして、問題は飛び降りたその後だ。コックピットをぶっ壊して飛び降りるわけだが、現在進行形で高速飛行している戦闘機から飛び降りて、どうやって着地するか。そして今どこを飛んでいるか。
気がつけばじゃじゃ馬の足は舗装された地面を離れ、擬巖家領は米粒と化していた。もうすぐ雲の帳を突き抜けようとしている折、戦闘機の高度は推して測るべくもない。そのまま無策に飛び降りて地面に向かえば身体は柘榴の如く粉微塵、死んだかすら分からないまま、彼岸に渡ることになってしまう。
「まー風操ってなんとかすりゃーいいか。どーにかなんだろ、多分」
結論は早かった。ツムジ曰く。大半の奴らは生まれながらにして操れる属性霊力は一つだけ。無。つまり無いらしい。
無いのが普通らしいのだが、唯一の幸運というべきなのか風属性の霊力を生まれながらにして有していた。人は生まれながらにして属性霊力を持たないが、偶に何の幸運か属性霊力を生まれながらに操れる奴が生まれてくるらしい。本当、これに関しては人生最初で最後の幸運と言うべきだろう。
「まあツムジの修行に付き合わされたり、今みてーな状況に陥ったりと諸刃の剣なんだがな……」
キッシ、とまた歯の隙間から空気が溢れる。
力ってのは基本、相手を打ち倒すための武器だが、案外足枷になるものだ。
そも強い奴ってのは良くも悪くも目立っちまう。目立てば気に食わねーって奴も湧いてくるし、その逆も湧いて出てくるもので、敵意や殺意を持って向かってくるような奴は一々半殺しにしなきゃならない。
自衛といえば聞こえは良いだろうが、この武市じゃあ武力行使が日常だ。気に食わない奴を一々叩きのめしていたらキリがない。況してや、何かを守りながらとなれば―――。
「……キシ」
頭を掻きむしり、座席の強めに叩いた。そんなに強めに叩いたわけじゃなかったはずだが、思いのほか痛みを感じた。
「ンじゃ、そろそろ」
物思いに耽りすぎた。どこへ飛んでいるかも分からない今、操縦席に座っている奴の言うことの聞く気のない暴れ馬に付き合う義理もなし、さっさと飛び降りるかとコックピットのガラスに触れた、次の瞬間だった。
【オートパイロットコントロール、オートパイロットナビゲートにより、ブーストマナドライブを起動】
一瞬、何を言っているのか皆目分からなかった。専門用語の横文字ばかりで、どこの世界の母国語を話しているんだ、頼むから機械や魔道具に縁遠いスラム民にも分かる言語で話してくれと思ったが、直感というべきか予感というべきか。生き残ることに特化した本能が、全ての感情を掻き集める。
「とりまさっさとだうおおおおおああああああ!!」
突如体全体にかかる重力が体感で軽く十倍以上に跳ね上がる。座席の背もたれに見えない力で押し付けられ、操縦桿すら握れないぐらい、コックピットに縫いつけられた。
肺が肋骨ごと潰されているせいもあり、僅かにしか息が吸えない。新鮮な空気を取り入れようにも、古い空気を追い出そうとして、さらに肺が萎む悪循環。体が呼吸をしようとするたび、肺が萎んで息がしづらくなっていく。やばい、これ、ほんと、窒息する。
【重力制御、操縦室内の重力を修正します】
「はぁぁぁぁー!! うぇ、げほ、ごっほ!! おぇ」
目がチカチカする。視界に小さい虫みたいなものが飛んでやがるが、それよりなによりも全ての思考をかなぐり捨てて、肺が破裂するくらいの勢いで新鮮な空気を体に取り込む。
窒息なんていつぶりだろう。拉致られたガキの頃、クソ野郎から逃げるためにこれでもかともがきまくったら、案の定ウザがられて泥水に押しつけられたとき以来か。あのときは泥水飲みまくって数日はケツから滝流した記憶の方が色濃い。いや、息できねーのも単純に苦しいけど。
「……とかく。どんな速さだよ、これ」
意識を機体そのものへ戻す。体感重力が急変したのは、機体の飛行速度が急激に上がったからだ。ブーストマナドライブなるものがなんなのか分からないが、通常よりも高速で飛行するモードだという理解で十分だろう。問題は、今の飛行速度だ。
【現在の飛行速度はマッハ百、時速十二万二千四百キロメトで飛行中】
「うおお!?」
誰に聞いたわけでもないのに、また戦闘機が勝手に答えてくれる。巷で聞いたことがある音声認識というやつだろうか。壊れかけの旧式霊力駆動型ラジオしか使ったことがない身としては、馴染みがなさすぎて妙な気分だ。
「つーか、時速十二万!? それにマッハ百って……音の百倍じゃねーか!!」
音声認識に少しばかり感心してしまったが、すぐさまナビのねーちゃんが教えてくれた飛行速度に関心がねじ曲がる。
音の百倍、流石に桁が違いすぎる。むしろそんな出鱈目な速度で飛行していて空中分解しないこの戦闘機は高性能にも程があるが、音の百倍などという速度で飛ばれちゃあ、下手に飛び降りることもできやしない。
このままこの戦闘機に乗ったままだと確実に擬巖のクソどもの思う壺、ロクでもない未来と手と手を取り合わなきゃならなくなる。実質未来がないようなものだ。
「オートパイロットコントロール? だったか? とにかく勝手に舵取りしてやがるねーちゃんを黙らせねーと……」
とはいえ、やり方など分かるわけがない。できることはとりあえずボタンを押しまくったり、操縦桿をテキトーにがちゃがちゃしてみたり、壊れない程度に軽く叩いてみたりと、そういう阿呆みたいな真似しかできないわけだが、当然というべきか。空飛ぶじゃじゃ馬の手綱をとってやがるねーちゃんは、舵を操縦者に返す意志がまるで感じられない。
【警告】
またねーちゃんがひとりでに喋り始めた。誰も聞いちゃいないのに、勝手に話し出すのやめてほしい。反射的に身構えて、下手したら操縦席を壊してしまいそうになる。
【三分後に流川本家領防空圏に接触、旋回を推奨します】
「は!?」
聞き捨てならないことを聞いてしまった。一気に背中が冷え、吐き気まで湧いてくる。
律儀に教えてくれるとは優しいねーちゃんだが、言っていることが出鱈目じゃなきゃ本気でマズイ。
流川本家領なんて絶対に行きたくない。というかもしそれが本当なら武市を通り過ぎていることになるし、割と真面目に下威区に戻るのに半年以上かかることになるのだが、それを差し引いたとしても、天下の流川様の領土を侵犯したとなれば、その末路は終焉だ。なんだかんだ屋敷の中まで侵入できる擬巖とはワケが違う、屋敷にたどり着くことはおろか、おそらくこの戦闘機ごと跡形もなく撃墜されてしまうだろう。
「旋回だ!! 早くしろオートパイロットのねーちゃん!!」
これでもかと声を張り上げてねーちゃんを説得する。
音声認識だったら会話が可能なはずだ。曲がりなりにも自分は操縦者、いくら舵を勝手に占領しているとはいえ、向こうが提案してきたんだ。一蓮托生の身、お前だって生きたいだろうし、だったら素人の言うことを少しは聞いてくれるって信じている。
【オートパイロットナビゲートにより、その提案は拒否されました。飛行ルートを維持します】
どうやら、ねーちゃんは自殺願望に囚われているらしい。悪いが死にたい奴とは仲良くできる自信は欠片もないし、ここでねーちゃんとは決別だ。死ぬなら一人で死んでもらいたい。
ねーちゃんの説得を諦め、超能力の使用も視野に入れつつ、コックピットのガラスをぶち壊そうと霊力を練り込み始めた、そのときだった。
【こちら流川本家直属軍事戦略要塞。貴機は流川本家防空圏に接近している。速やかに針路を変更せよ】
またねーちゃんが話しかけてきた。それも今まで話していたねーちゃんとは別人だ。機械的な音声なのは変わりないが、声質が全く違う。自動音声界隈の事情は全く知ったこっちゃないが、おそらくは流川側から発せられる自動音声なのだろう。戦略要塞だとか言いながら無人で動いているのだから、やはり流川は常人の域を脱している。
「そうしたいのは山々なんだが、オートパイロットのねーちゃんが言うこと聞いてくれなくて」
【警告。流川本家防空圏に異常接近、速やかに退去せよ】
「だから!! こっちのねーちゃんがガン無視してくんだって!! アンタも大概だぞ、頼むから話聞いてくれよ!!」
無駄だと分かっていても、思わず怒鳴り散らしてしまった。
自動音声界隈の連中は、人間と会話する気がないのだろうか。どいつもこいつも話を聞く素振りすら見せやがらない。マイクが壊れているわけでもなし、流石に底知れない悪意を感じる。
ブー、という警報音が鳴り、思考が散り散りになる。
【流川本家防空圏への侵犯を確認。所属不明機からの応答なし。敵機と看做し、迎撃体制へ移行】
それは淡々と告げられた。応答せよ撤退せよと促してくれていた態度からは一変、先方のねーちゃんからは一切の慈悲が消え失せる。
気持ちの問題かもしれない。声質は元々機械的だったが、最後の一言は血すら通っていないほど、冷ややかに感じられた。
「待って……!! 本当に待ってくれ!!」
身体中の毛穴という毛穴から汗が噴き出る。手汗も気持ち悪いほど滲み出て、掴んでいた場所がべとべとだ。でもなんて非情なのか、先方のねーちゃんから返事は返ってこなかった。
「クソ!!」
もはや笑いすらこぼれない。座席の縁の部分を叩き壊してしまう。
流川家の防空圏に侵犯。誰がそんな命知らずな真似をしたがるか。いくら自殺願望がある奴だって、よほどのことがない限り、焼身自殺をしたいとは思いもしないだろう。
特に俺は、生きたいんだ。何度も言うが、死に急いでいるわけじゃあない。
戦闘機には乗らず、一か八か全力疾走で逃げた方が良かったかと一瞬考えてしまうが、後の祭りだと思考を投げ捨てる。
「どうする……本当にやばい、ヤバすぎる!!」
発狂したくなる自分を抑え込み、生き残るため、死なないための策がないか、思考の海の奥底へ向かう。
飛行速度はマッハ百、コックピットをぶち破って飛び降りるのはまず無理だ。体感重力だけで肺が潰れるほどだ、いくらなんでも耐えられたものじゃない。
じゃあこっちも武力で抵抗するか。乗っているのは擬巖家特注の戦闘機、流石に流川の防衛網をたった一機で相手取れるほどじゃあないだろうが、どこかへ飛んでいるならどこかに着陸するはず。それまでなんとか時間を稼げれば、未来を繋げられるはずだ。
「ねーちゃん、全武装を起動だ! 時間さえ稼いでくれたらいいから、どうにかしてくれ!」
【それは不可能です】
声が出なかった。身体からごっそり生気が抜け落ちる感覚が身体中を駆け巡り、貪り食う。
【必要な兵站ユニットが補充されていません。回避行動を行いますが、全ての攻撃を回避できる確率は〇.〇〇一三パーセント】
空腹が極限に達し、腐敗した死体に沸いた蛆で凌いだクソガキの頃を思い出してしまった。
つまり、九九.九九八七パーセントの確率で撃墜されるってことだ。マッハ百とかいう超スピードで飛行できる腕を持つオートパイロットのねーちゃんをもってして、流川の迎撃システムは突破できない。となれば、撃墜される前にここから脱出するかしかないが、それもできない。寒気がした。
「いや……まだだ!!」
死は刻一刻と迫っている。それは焦燥となり、不安となって押し寄せて、理性を腐敗させていく。だがそれでもなお、本能は輝きを失わない。生きたい。生きる。生きるんだ。
【警告。敵機捕捉。総数、二百六十機】
コックピットから身を乗り出し、地面を見下げる。
月夜すらない漆黒の真夜中。ヘルリオン山脈上空を飛んでいるのか、武市の息遣いは欠片も感じとれない。しかし、怪しげに光る赤色の点々が下から続々と現れる。数はとてもじゃないが数えていられない。アリの巣から這い出て、力を合わせて食糧を運ぶ働き蟻の大群の如く、その数は夥しい。
【警告。霊子力爆砕ユニット搭載型高・中高度地対空ミサイルを捕捉。着弾まで約十七秒】
コックピット前方、微かに輝く白い光。地上でひとり輝く何かのように思えたが、その光は徐々に大きさを増していく。暗くてよく見えはしなかったが、招かれざる存在なのは、兵器類に無知な自分でも理解できた。
「出し惜しみしてる余裕はねーな……!!」
ミサイル。下威区には月一でぶちこまれているから存在は知っている。
どんなものかは詳しく知らないが、当たると爆発して、辺り一面塵も残らなくなる、空飛ぶ爆弾みたいなやつだ。
スラム地域の一部を容易く吹き飛ばせる破壊兵器、戦闘機に当たれば跡形もない。操縦者などいわずもがな、だ。
でも逆に着弾までは十七秒も猶予があり、なおかつブツは空を飛んでいる。幸い、自分の属性霊力は風だった。
「やるっきゃねーよな、ツムジ」
流石にミサイルは相手にしたことはないが、人外との対戦経験はそれなりにある。ミサイルもいっちまえば人外だ。生きてねーか否かの違いこそあるが、そんなものは瑣末事。結局やることは変わらない。深く、深く息を吸った。
「俺は生きるんだよ、くたばれクソミサイル!!」
ねーちゃんがミサイル着弾まで八秒、回避しますとかなんとか言っているが、だったらそれを予測して放つだけだ。体内霊力量的に、ミサイルほどの質量相手だと一度きり。失敗すれば死ぬだけだし、浮かべるイメージは成功だけだ。
「ぐ……ああああああああ!!」
身体を構成する細胞、その一つ一つが溶けてなくなるような感覚が支配する。
力が抜けるとか、疲れるとか、膝を折るだとか生ぬるい。細胞が風化してなくなって、その欠片一つ一つすらも分解消滅し、自分という存在そのものが消えてなくなるんじゃないかと思わず錯覚するほどだ。
空気の弾ける音がした。オートパイロットのねーちゃんが警告警告と叫んでやがる。ミサイルの息遣いが手前までに迫ったと思いきや、遠ざかった俺がやったことは至極単純。大気の一部分を圧縮させ、それを局所的に爆発させたのだ。
ミサイルから逃れるには、ミサイルにブチ当たる前に戦闘機を乗り捨てるか、ミサイルを破壊するか。それができなければミサイルの射線を逸らすしかない。
戦闘機はマッハ百で飛んでやがるし、ミサイルを破壊するなんざ手間すぎる。逃げる余力を残しつつ、いま目の前の危機を脱するには、ミサイルの射線を逸らし、直撃を避けるしかないのだ。
大気の殴打を受け、ミサイルは白煙を撒き散らしながら地面へと落下していくのを見届ける。後は下から迫ってきているハエみたいな奴らだが、なんのことはない。こっちは音の百倍で飛んでいる。如何に流川の迎撃機といえど、追いつくのは至難だろう。振り切って、減速したところを飛び降りる。それでいい。
「なんとかな……」
【警告。霊子力爆砕ユニット搭載型高・中高度地対空ミサイルを捕捉】
「……は?」
【着弾まで、約二秒】
え。は。嘘、なんで。明らかに確実に、危機を乗り越えたはずだ。ミサイルが無様に地へ落ちていく様を見届けた。しっかりこの目で見届けたはずだ。二発目が差し向けられたとしても、着弾までに同じだけの時間がかかるはず。二秒で、たった二秒で追いつけるはずが―――。
俺は、剣を抜いた。切先は平ら、不自然に弧を描く半透明な刀身。気がついたら持っていて、己の手となり足となっていた刃の一つ。
コックピット内で一振りすると、その瞬間に世界は再び静止した。コックピットから外に出ると、ミサイルが既に戦闘機の真後ろまで迫っていた。世界が再び動き出したとき、あたり一帯は消滅するだろう。
「じゃあな、ねーちゃん」
飛び降りた。全ての動きが停止した世界で、もう一本の武器を手に取り、戦闘機へ向き直る。およそ五十センチメトぐらいだったか。さっきコックピットを粉砕した刀よりも刀身は短いが、同じくやや弧を描く両刃の刀。さっきの刀と違う点を言うならば、本来は風を纏っていることぐらいであろう。
まもなく世界が動き出す。作り出された``余白``が終焉を迎え、全てが再び目覚めるときだ。
次に起こることを予知し、瞼を閉じた。世界が産声をあげた瞬間、瞼を閉じてなお眩しいと感じる閃光とともに、思わず耳を塞ぎたくなる爆音が鳴り響いた。
爆発を間近で聞いたのはいつ以来だろう。というか、こんな至近距離で聞いたのは流石に生まれて初めてだと思う。風を纏った刀―――旋風を持っていなければ爆風で粉微塵になっていただろうが、爆風が風なのが幸いだ。
風には向きがある。たとえその身を簡単に打ち砕く暴力的な風だろうと、風に向きがある限り、風が風である限り、どうということはない。爆発そのものから逃れさえすれば、死にはしないのだ。
世界が動き出したことにより、身体は重力に従って落下し始める。オートパイロットのねーちゃんとは今生の別れとなってしまったが、まだ問題は残っている。地面から夥しく追ってくる蠅みたいな奴らだ。
よく見れば、全てよくできたラジコン飛行機に見える。確かドローン、とかいうやつだったか。
昔、ツムジが教えてくれたことがある。ドローンに爆弾を積んで、スラムに突っ込ませる魔導ドローン特攻の実験が行われたとかなんとか。
糞食って胃の中身を吐き散らしたときみたいな、文字通り胸糞悪い気分になったが、まさかこの目でそのドローンなるものを見ることになるとは、長生きはしてみるものだ。
ドローンの数はねーちゃん曰く二百六十機。全員律儀に相手をしている余裕は当然ないし、なんとかドローンの猛攻をすり抜ける必要がある。ドローンを操作している奴がよほどの馬鹿でなければ、二百六十機全てを一斉に一つの的へ狙うことはないはずだ。
ドローンたちは円柱状の陣形を描き始め、絶賛自由落下中の俺を取り囲む。
俺一人を歓迎するのに随分と豪勢なことだ。それも陣形まで組んで、たとえこのまま俺を蜂の巣にしても、当たらなかった攻撃は良い具合に隙間からすり抜けていく仕様。あらかじめ練習していたのかってくらいの規律だった動きに、乾き切った笑いが漏れる。
どちらにせよ一斉攻撃じゃないのは確かだ、やりようはある。
ドローンの攻撃は、おそらく前方から放たれる霊力集束光線。俗に言うマナリオンレーザーと呼ばれるものが主兵装。下威区にいた頃も、空爆手段として高高度からのマナリオンレーザーの照射が行われることがあった。
ただエネルギーの使用量が多すぎて割に合わなかったのか、数年前を境にほとんど行われなくなり、霊子力駆動型空対地ミサイルによる爆撃や爆撃機による属性霊力弾投下に切り替わっていった。
中威区のクソ暴閥どもが渋ったものを、ごく当たり前のように利用できやがるあたりは、流石流川の総本山である。ミサイルだけじゃなく、マナリオンレーザーの雨もその身に受ける日が来ようとは、ホント、長生きはしてみるものだ。
「キッシ」
歯の隙間から空気が溢れた。その音を合図に、各ドローンの頭部分から真っ白なレーザー光線の雨が降り注ぐ。
流石敵には容赦がないと定評がある流川だ。侵入者一人消すのにマナリオンレーザーで蜂の巣とは、確殺狙いにも程があるのではないだろうか。
誰しもが生きることを放棄する絵面が広がっているが、それでも俺は諦めない。風纏し両刃の剣、旋風を取り出す。
マナリオンレーザー。その本質は指向性を主軸に置いた霊力の集束光線だという。
レーザーなのだから当たり前だが、指向性を持つということは、レーザーには向きがあるということだ。
旋風は基本、大気の流れ、風の向きを変える剣だが、その本質はありとあらゆるものの向きを変えるというものである。
ツムジ曰くベクトル操作とかいうらしいが、マナリオンレーザーのベクトルを変えることができるなら、たとえどれだけの物量で打たれようと、旋風一本で跳ね返すことができるわけである。
避けられるレーザーは可能な限り避け、初っ端から外れるレーザーは意識の外に放り投げ、避けても避けきれない角度から放たれるレーザーのみ、旋風で跳ね返してドローンを粉砕する。自分はただ身を捩りまくって自由落下しているだけなのだが、旋風のベクトル操作も相まってその効果は思いのほか絶大だった。
「よし、このまま……!!」
地面まであともう少し。このままだと地面に叩きつけられて死ぬので、地面にブチ当たる直前で、旋風に大気を操作させ、風を緩衝材代わりに着地する。
着地さえできてしまえば周囲は薄暗い森の中。すぐに木と木の間を伝い、行方をくらませばこちらの逃げ切り勝利だ。下威区に戻るまで、距離的に半年くらいは野宿生活を強いられるだろうが、なんのことはない。宿無し生活なんざ、もはや日常の一部である。
ドローンの包囲網も粗方抜けた。そろそろ着地の算段をつけないと死ぬ。問題は着地の瞬間、旋風で大気の流れを変えてクッションを作るタイミング。早すぎても遅すぎてもダメ、なんたって空気だ。タイミングを間違えれば不発になる。
このまま包囲網を切り抜けて着地のタイミングを見計らえば―――。
「なっ……!?」
眼前に現れたのは、地面ではなかった。俺を取り囲んでいたドローンよりも一回り大きいか。赤色のサイレンランプを煌々と光り、マナリオンレーザーの収束部が白く輝く。
ドローンの親玉なのかと一瞬考えたが、すぐにどうでもよくなる。直感だが、間違いなく周りにハエみたいに飛んでやがるドローンより兵装は上だ。コイツから撃ち出されるマナリオンレーザーは収束量が段違い。発射されれば最後、身体なんぞ塵も残らない。
流石に身体全てを覆い尽くすほどのレーザー光線は、旋風の大きさ的に全て跳ね返すことはできない。だからといって擦れば死だ。
「使うっきゃねーか……」
今日で既に二度使っている。本来ならこれ以上の使用は控えたいのだが、そうも言ってられないのがなんとも歯痒い事実。
流石に三度目以降はどうなるか分からない。今回を最後に、使わずに逃げ切りたいところだ。
再び世界の全てを停止させる。マナリオンレーザーを撃ち出す体感三秒前、擦れば即死の絶対攻撃をすべてが停まった世界を泳いで大型ドローンの真横を通り過ぎ、そのまま地面へ滑り落ちて着地する。それと同時に世界が動き出し、マナリオンレーザーがドローンから炸裂した。
予想通り、大型ドローンから放たれるマナリオンレーザーの威力は他のドローンの比じゃない。もはやレーザーというより、光の柱だ。もしあんなものを旋風で逸らそうなんて考えていたら、跳ね返しきれずに消滅していただろう。
咄嗟の判断を下した自分を褒め称えたそのとき、ぐるりと強烈な眩暈が襲い、胃袋が流転する。思わず膝を折り曲げ、酸味のある液体を肥料にした。
「やっべ……つ、かいすぎ、た……」
地面を見ると、所々粘っこい血液が混じっている。超能力使用の反動が、今になって起きたのだ。
正直、予想はしていた。既に今日だけで、それも短いスパンで三回も世界を停めた。
そう、三回も世界を停めたのだ。
その代償は凄まじい負債となって降り注ぐだろうことを、あらかじめ予想はしていたが、流石に今すぐだとは予想外だ。せめて敵の索敵範囲外まで逃げ切るまで耐えて欲しかったのに。
「ちん……たらして……る暇は……ねー……な」
体が重い。血肉から骨、臓腑に至る全てが金属塊に豹変していく錯覚を覚える。
視界も歪む。目の前に映る世界に小蝿のようなものが大量に飛び交い、前もよく見えなくなっていた。クソ眠いし、今すぐにでもどっかの草叢でその身を投げだし、軽く一日くらいは寝ていたい。
でも、俺は生きなきゃならないんだ。ツムジのために。それと、どこかで生きているかも分からない、アイツのために。
「キシィ……」
歯の隙間から空気を溢すが、同時に血も溢れた。五感のうち視覚はもう役に立たない。だがあと四つ分の感覚は生きている。
度重なる戦いの中で、視覚が死ぬことはままあることだった。慣れればさして問題にならない。空気の流れは触覚で感じ取り、魔生物の匂いは嗅覚、生き物の動きは聴覚だ。
一つの感覚が役に立たなくなったらやることは一つだけ。とにかく集中する。余計な思考を全て破棄、感情も何もかもかなぐり捨てて、感じ取れなきゃ死ぬという文章のみを頭に思い浮かべるだけ。
真っ先に俺の願いを聞き届けてくれたのは、聴覚だった。
「ま……じ……かよ」
ただそれは最悪の形で、だったが。
周囲は夜中なのも相まって暗い森の中、雑草と木々が無限に生い茂る深緑世界だが数多ある緑を掻い潜り、魔生物の息遣いが呼応する。
それも一匹、二匹じゃない。これまた無数、二百六十機のドローンなど見劣りしない魔生物の軍勢が、俺を取り囲むようにじりじりと距離を縮めてきていたのだ。
「お……ぐっ」
思わず膝が折れる。身体の中にある金属塊の重みはさらに増し、もはや自重を支えるのが難しくなってきた。頭からなぜか血が流れる。右目が血で染み、瞼が開けられなくなった。
嗚呼。久しぶりにマジで死にそうだ。
ツムジの笑顔がちらつく。アイツならこんなとき、どうするだろうか。アイツのモットーはいついかなるときも笑って、希望捨てず、目前の困難を乗り越えることだった。
アイツなら擬巖邸で瞬間移動するやつに殺されかけて、音の百倍もの速さで飛べる戦闘機に振り回されて、地対空ミサイルの相手させられて、二百六十ものマナリオンレーザーの暴風雨を掻い潜り、そして心身ともにボロボロの状態で、もう何匹いるかも分からないくらいの魔生物に全方位囲まれる胸糞状況でも、笑っていられるだろうか。
「……きっと……笑って……やが……るさ……キシシ……つって……な」
いや、それは俺か。
どうでもいいことを考えてしまうのは慢心か諦観か。何もかも守ろうとして、何もかも溢しちまった間抜け野郎だが、生きることだけは諦めるつもりはない。生きるってのは、なにもかも失った俺にただ一つ残された、最後に希望なのだから。
「……ん、な、なん……だ……?」
周囲を取り囲む、魔生物の気配がピタリと止んだ。ついさっきまでじりじりと全方位から距離を詰めてきていたのに、まるで待てと言われて尻尾を振りながら餌をもらえるのを待つ馬鹿な野犬のように、自分を取り囲んだまま動く気配はない。
身体中から血の気が引いた。本能が、経験が、叫んでいる。何かくる。死ではないが、それに近しい何かがくる。
五感を張り巡らす、だが何も感じない。感じとれない。体が震えた。手も足も。寒気の次は、脂汗が滴った。
「ごぶぁ!?」
現実の流転が、認識能力を上回ってやがる。猛烈な痛覚が首元を走り、身体が何故かボールのように地面に何度も打ちつけられ、背中が何かクソ硬いものにぶつかってようやく止まった。
やばい、マジで意識、飛ぶ。
残った左目もぼやけて見えないし、頼りの耳もさっきから耳鳴りやらなにやらで周囲の音が拾えず、何度も土に体を転がされたせいで鼻は土と泥、新芽の匂いしかしやがらない。
朦朧とする意識、触覚すら失せつつある身体。死神が鎌の柄を擦る音が、既に耳元まで迫っているのを感じとるが、それでも俺は諦めない。生きる。生きる生きる生きる生きる生きる生きる。
「し……ねるかぁ!!」
四度目の、世界の停止。吐き気と腹痛が一気に込み上げ、口から詰まった下水管のようなキモい音を立てちまった。
頭がグラリと重くなる。吐きすぎた。血が足りねー。
「……っ……が……ご……」
なんとか動く手と足を動かそうと神経を研ぎ澄ませる。肉体は死にかけだが、神経と精神はまだ正常。気合で全てを奮い立たせる。
偶然か、それとも必然か。新月から放たれる僅かな光が、木々の葉をも貫通してソイツの上半身をほのかに照らしていた。目の前にいたのは、俺の胸ぐらを鷲掴もうと重力を無視して空中で静止している女だった。
薄黄緑色の髪、右肩から垂れ下がる三つ編み、生気の薄い黄緑色の瞳。頭には何なのかよく分からないが、僅かな月光を退ける白い光の輪が頭上に浮いていた。
木々の葉をよりわけて溢れたほんの少しの月光をあますところなく吸収したそれは、いつぞやに存在をツムジから聞いた、エメラルドとかいう贅沢品を彷彿とさせやがる。
そしてもう一つは無駄に整った顔と身体だ。バトルスーツ的な服を着ているせいか四肢の肉付きと体からして、かなりスタイルが良い。ボディラインがはっきりしている服の影響か、暗闇と月光のコントラストが、男の目を惹きつける妙な魅力を引き立てる。魅せる相手が俺じゃなきゃ、数秒見惚れた間に殺せたかもしれない。
おそらくだが、俺の首を刈り取ってくれたのはこの女だろう。
派手な真似をしてくれた割には全く気配が感じられないのが不思議でならないが、今はそんなことを考えている暇はない。世界の全てが止まっている今こそ、コイツらから距離をおく最後のチャンス。
今日は既に四度も使ってしまっている、体も限界だ、これ以上は絶対に使えない。早く、頼む、俺の体、動け。動け動け動け動け。
「な……に……!?」
ヒビが入ったガラスのように、外側から硬いものでもぶつけられ、炸裂したかのように。
身体全体から、全ての感覚が抜け落ちる。汗すらも出ない。思考が散り散りになった。
今まで幾度となく使ってきた親しみのある超能力。世界の全てをわずかな時間だけ止める代わりに、その代償として身体が傷つく力。
血反吐を吐く代わりに時間を止められるのだから、恩恵の割に安い対価だとずっと思っていた。停止世界が破られたことは一度もない。なんたって時間が止まっているのだから当然だ。当然、のはずなのに。
「がぐっ!?」
停止世界は、外側から破られた。窓ガラスを食い破るように手を伸ばし、胸元を鷲掴まれる。
【``全析攬盤``より対象個体が保有する事象操作権限を奪取。時間凍結を強制解除】
首元は捩れ、首が締まった。声も出せない、人攫いから解放されたくて見苦しく足をばたつかせるスラムのガキみたいな体勢になっちまう。
力は美女らしからぬほどに強いが、相手が女ならやりよう次第で付け入れる隙が―――。
「がっ!?」
刹那、体に六つほど何か針のようなものがブッ刺さった。よく見ると胸と下腹部にかけて小さな杭みたいなものが刺さっている。それらは全てコードが結ばれていた。
「なっ……おま……!?」
なんとなくだが、予想はしていた。相手が人じゃないか何かなんじゃないか、なんて。身体の肉付きに反して力が強すぎるし、なにより超能力を破られたのは誤算すぎる。だからこそ流川の兵器がなんかじゃないかって。
でも人型ロボットなんて流石に現実離れがすぎるし、流石の流川もそこまでぶっとんじゃあいねーだろーと、勝手に思い捨てていた。
だが、それは大きな間違いだ。
目の前の美女は人間じゃない。人の姿に限りなく似せたロボット。流川は既に、人に限りなく近いロボットまで作れるようになっていたのか。
【``細胞霊子強制励起因子``起動】
なに、と言おうとした瞬間。体全体が硬直したように動かせなくなり、焼けるような痛みが炸裂する。
筋肉という筋肉、神経という神経。その全てが言うことを聞いてくれない。声を出して叫びたくても声が出ず、がぼがぼと口から泡を吹くしかない。
そういえばガキの頃、大の大人数人に押し込まれてスタンガン的なやつに何度も虐められたことがあったっけ。あのときも似たような感じだった。感電させたら人はどうなるか、みたいな、訳のわからないことをやっていた気がする。みんな嗤っていたっけ。
「……ぁ……ご……ぐ……!!」
またツムジの顔が浮かんだ。拾いに拾って、みんな死んだガキたちの顔も。
これが走馬灯ってやつか。何度も見た気がするが、まだ死ぬつもりはない。身体が痺れて動けないのも苦しいが、さっきから右横腹が凄まじく腫れて痛いのを押し殺し、女型ロボットを睨む。
何度でも言ってやる。たとえ擬巖だろうが、流川だろうが、誰だろうが譲れない。他の何もかもが奪われて、壊されたとしても、これだけはぜってー離さない。
俺は生きる。聞き分けのねーガキの戯言だと罵られようと、俺にとっては正道なんだ。生きるったら生きる。生きるんだ。
「ンガアアアアアアアアアアア!!」
自分でも叫んだことがないような声が出たが、どうでもいい。半透明の刀身を持った両刃剣―――那由多を振り、女型ロボットの右腕を切りつける。
那由多を持っている腕が死んだ、ただでさえ全身が痺れている今、全力で鉄に金槌を打ち込んだのような衝撃はまさしく致命打、もはや那由多を振ることすら無理だろう。
だがそれでもいい。もう超能力には頼れない、そうなれば那由多だけが頼りだ。コイツで、女型ロボットそのものを停止させるしか、俺が生きる術はない。
【……事象操作を検知。``自己再核``を再起動。戦闘タスクを再演算】
女型ロボットの視線が、一瞬だけ那由多に向いた。相手は限りなく人間に似せたロボットだ。きっと気のせいだと思うが、ほんの僅かな時間、まるで予想外なことでも起きたかのように、目を見開いた。ような気がした。
【再演算完了。``叛主攻殻``を起動して迎撃】
「ぬ……あ……!?」
那由多、触れたもの全ての時間を操作する剣。今までこの剣で操作できないものはなかった。我ながら分不相応なものを手に入れてしまったと使うたびに思っていたが、今見ている光景を見るのは初めてだ。
【対象武器の事象操作権限の奪取を開始】
刀身は確かに女型アンドロイドの右腕に触れている。刀で切り付けているのに傷一つついていないのは流石の一言だが、それ以上に目を疑ったのは、時間操作の領域が逆転していたことだ。
【対象武器の事象操作権限を奪取。解析を開始】
長年付き添ってきた愛刀の叛逆。あと数分もすれば、身体の全てが蝕まれる。
まさかここにきて愛刀に裏切られるとか、そんなことあるのか。いや、まだだ。まだ挽回できる。してみせる。こんなところで、終わってたまるか。
何度でも言ってやるよクソッタレ。聞けよ流川、聞けよ擬巖、よく聞けよ世界。俺は、俺は生きるんだ。テメェらの盤面で、テメェらが作り出した、クソだらけの蛆まみれのこの世界で。俺は生き残ってやる。
【事象操作解析完了。対象個体が保有する事象操作を遠隔起動。対象個体を時間凍結】
疑問に思えたのは、その一瞬だけだった。
物心ついた頃から、何度唾とともに吐き捨ててきた台詞だろう。いつしか数えるのも気怠くて、億劫になって投げ出した。
そんなクソッタレで掃き溜めのような世界でも、守るべきものはそれなりにあった。それなりに、だ。
隣には相棒というか、恩人というか、とにかく親しく呼べる奴もいた。でも死んだ。
周りには多くもないが少なくもない、それなりのガキどももいた。でも皆死んだ。
残ったのは血肉の腐敗と守るつもりでこぼれ落ちた骸たち。
後ろは振り返らなかった。前だけ向いてひた走り、すっ転んで擦りむいて、べそかいて咽び泣く間抜けなガキがいないかを、気ままに探す優雅な日々。後ろを振り向かないのは、今思えば逃避とも言える。
でもな、人間なんだよ。
どれだけ強くたって、悪人をいくら半殺しにできたって、非力な奴に一方的におぶさって腰を振るクソ野郎のタマや肉棒をいくら潰したって、人間なんだよ。
苦しいんだ、守れなかった骸を見るのが。時間経過で腐り、蛆に食われ、ゆっくりと土に帰っていくガキどもを見るのが。
ああ、クソだ。本当にクソだ。腐った生ゴミよりも、死体を貪る蛆よりも、糞便を垂れ流し、今にも命の灯火が掻き消えそうな孤児よりも、この世界は本当に本当に、クソッタレだ―――。
「おい、向こうに行ったぞ! 追い詰めろ!」
何度めかの侵入。最初に潜り込んだのは、捕らわれたツムジを助けるためだったか。あのときはまだ希望を持っていた気がする。若かったあの頃、思い出せば気恥ずかしくて、同時にぐじゅぐじゅと蛆が心を貪って。
「……キシシ」
思わず笑っちまった。その笑い方まじうっぜ、とよく言われたのが最近のように思える。
決別してしばらく姿も噂も聞いちゃいねーが、アイツが姿を消してすぐ、孤児をいくらかちょろまかしていた中威区のクソ暴閥が、一夜にして滅んだって噂だけが流れた。
馬鹿なアイツの考えそうなことは大方察しがつくが、弱い奴が死ぬのはこの世界の常だ。アイツは水の魔術を多少扱える程度には強かったが、それだけ。中位暴閥の頭を殺れるほどじゃあない。無茶してなけりゃ長生きしているはずだが、去り際の様子じゃあ、遅かれ早かれ短命だろう。
「あーぁ」
まあ生きているだろ、多分。そう希望的に思えたのは、もう昔のことだ。つってもまだ十八と少ししか生きてない身だが、長いことスラムを行脚していると、肉体年齢よりも遥かに速く、精神が老けていく。達観しているってのかな、そうでもないと糞食った方がマシって思えてくるから、そうなるのだろうが。
「せめて行かせてくれよ、いや無理か。そりゃそうだろってーか。ほんと、めんどくせ」
誘導されている。大陸八暴閥の一角、擬巖家の屋敷の廊下を疾駆する。
何度も侵入したことがある屋敷だ、間取りはすでに暗記済み。目的地までのルートも頭に入っているんだが、相手は敵を熟知していた。
正直、切り札を切れば余裕で押し通れる。擬巖家の手下は確かに強いし、全能度で言えば四百は下らない連中がゴキブリみたいに湧いて出てくるが、それでも倒せないわけじゃあない。切り札切って、立ちはだかる奴らを着実に殺っていけば、自ずと目的地に辿り着ける。
「でも無理なんだよな、殺れねぇし。半殺しには、すんだけど」
キッシ、と他称シニカルと言われた、いつまで経っても癖の抜ける気配のねえ笑いが溢れた。
半殺し。それは恩人にして相棒―――ツムジとの約束。
ツムジはどんな悪垂れだろうと、殺して当然、死んで当然のクソ野郎だろうと、決して殺さなかった。半殺しにして、説教して、放逐して。悪を悪と処断しない、クソみたいなお人好しだった。
当然若い頃は疑問に思ったし、意味が分からなかった。死んで当然のクソ野郎をボコして説教だけして、後は放逐。甘いと思った。何度も抗議したし、気に食わなくて、むしゃくしゃして顔面殴って、取っ組み合いの喧嘩だってした。でも、それでもツムジの言うことは変わらなかった。
『生きるだとか死ぬだとか、殺るだとか殺らないだとか、くっだらねーよ。美味い飯食って、ただ笑って暮らす。それは誰しもが受けていい恩恵だろ?』
馬鹿かよ、ありえねえ、無理だ、幻だろ。
昔は鼻で笑ってやった。それができたら、目の前の現実はなんなのか。弱い奴は軒並み強者に踏み躙られて食われるこの世界で、誰しもが受けていい恩恵なんざありゃあしねーんだと。
だが思想の転機は突然頬を打ちのめしてきた。いつ頃だったか、間抜けにも拉致られて、戦闘奴隷としてどっかに売り飛ばされそうになったときだった。
売り飛ばされるなんざ当然嫌だったし、というか拉致った奴が憎くて憎くて仕方なくて、コイツらのせいで俺たちはって思って、そんで全員殺した。
昔から力があった。その力が超能力とかいう世界の理すら曲げる力だって知るのは、かなり後の話だが、その力を存分に使い、ソイツらを皆殺しにしてやったんだ。
殺した直後は愉悦感に浸れた。殺ってやった、クソ野郎をこの世界から消してやった、ざまあみろって。
更には自分には世界を正す力がある、だなんて思ったか。
今思えば傲慢も甚だしいし、偽善以外の何ものでもねークソッタレな感情だが、当時はそれが正しいもんだと思って疑いもしなかった。
だが、問題はその後だ。
ツムジの下に自力で戻った後、いつも通りの生活を送った。ツムジと一緒に、悪たれどもを説教して放逐して、身寄りのないガキどもを匿っては世話する生活に。
なんら変わりない、いつも通りの日常。でもそのときの俺は言い知れない虚無に苛まれていた。
まず笑えなくなった。ツムジと一緒にいる時間はそれなりに楽しかった。でも楽しいと感じるたび、殺してやった奴らの顔がちらついて、ふっと感情が引っ込んじまう。
飯も味がしなくなった。ツムジが作ってくれた飯。不味かったり美味かったりとその日の材料だのなんだので味が大きく変わるんだが、飯の中にある肉が、血で滴る奴らの死肉に見えて、喉をつっかえることもあった。
その虚無は日に日に大きくなった。夢にも出てきた。毎日、毎日毎日毎日毎日。責め立てるように、命を奪ったことに対して、誰かが糾弾するように。
眠れなくなった。元気がなくなった。そして。
『ナユタ』
ツムジが顔を覗いてきた。今でも覚えている。心配しているようで、長らく一緒にいた奴が、何か都合の悪いことを隠していることを見透かしているともとれる顔。
責めるわけでも、問い詰めることもしてこなかった。ただ名前を呼び、見下げてくるだけ。泣いた。泣いちまった。毎日ように拾ってくる生まれてきたばっかの孤児に戻ったように泣き喚いた。ズボンに顔を擦り付け、鼻水と涙でべちゃべちゃにして、とにかく泣いて泣いて泣き散らかした。
ごめんなさい、もうしない。何度言ったことか。死ぬほど言ったと思う。一生分言った気もする。声も枯れて二日はカスカスだった。あのときは何もかもが申し訳なくて、ツムジの顔を見れたものじゃなかったが、あのときのツムジは、やっぱり悲しいんでいたのだろうか。
「……っとと」
物想いに耽っていると、気がつけば外に出ていた。外と言っても擬巖領から脱したわけではなく屋敷の外、爆撃機や戦闘機がある離着陸場だ。
思い出していた記憶が、眼前の景色で黒く塗り潰される。
中威区の連中は、定期的に下威区を空爆する事業を行っている。当然、主導は擬巖家だ。主な目的は人口の削減と言われている。
下威区はいわばスラム。武市の実力・成果主義に適応できなかった奴らが、最終的に辿り着く場所。毎年少なくない数の市民がスラムへと流れてきているわけだが、当然流れてくるばかりだとスラムの人口は増えてしまう。中威区の連中はそれが面白くないらしく、どういう基準か、月一くらいの頻度でスラムを空爆し、下威区に流れ着く奴らを一定数間引く作業をしにくるのだ。
空爆されたスラム住民の末路は、どれも凄惨を極める。
老若男女問わず容赦なく肉片に様変わりし、運良く生き残っても手足が千切れ、傷が膿み、果てる奴らがほとんどだった。忘れるなんざできやしない。目の前で助けた孤児が、次の瞬間爆撃機から放たれた火属性霊力弾をもろに浴び、生きながらもだえ苦しんで、黒い炭と化していく様なんて。
拳を強く握りしめる。眼前に広がる無数の戦闘機や爆撃機たちは、性能こそ破格だ。それこそ無力なスラムの住民を、一方的に虐殺できるほどに。
一体どれだけの血が流されただろう。どれもこれも綺麗に整備が行き届いている。血も何もついていない。だが実際は血みどろだ。夥しい鮮血は塗料となってこびりつき、どれだけ洗おうと落ちることはないだろう。
「っ……!」
向かって左から、殺意。足音から息遣い、空気の流動すら感じさせない歩法に、冷や汗が滲む。
殺意を感じるまでに接敵を許してしまったのは、いつ以来だろう。クソ暴閥に拉致られたときだったか。はたまた``血雨``と殺り合ったときだったか。それともこっそり摘み食いしようと台所に忍び込んだとき、ツムジの手刀で頭をカチ割られそうになったときだったか。なんにせよ、かなり久しい感覚なのは違いない。
「うん。これは……逃げだな。キシシ」
殺意を向けられた、喧嘩を売られた、じゃあ買おう。なんつって。馬鹿野郎。
喧嘩を売られて素直に買う奴は、いつだってすぐ死ぬ。油断して死ぬし、喧嘩に夢中で不意打ちに気づけずに死ぬ。
油断してなくても喧嘩っ早い奴ってのはいつだってどこでだって短命だ。他殺願望のある自殺願望ってやつである。残念ながら生きたい奴に、死にたい奴の気持ちは分からない。
殺意が、消えた。霊力が切れて事切れた魔道具の如く、肌を焼く熱線が暗黒の帳に遮られたかの如く。
諦めた。否。退いた。否。消えたわけじゃない。これは。
全ての音、全ての運動。自分という存在を内包する、世界の全てが停止した。殺意を垂れ流していた正体は、灰色のフード付きコートを着、短剣を片手に懐へ潜り込もうとしていた。切先は横腹を掻っ切る零コンマ一秒前で凍りついていた。
「っぶねー……」
飛び退いた。急いで戦闘機だか爆撃機だかに隠れる。もうすぐ世界が動き出す。本来あるはずのない``余白``が、まもなく彩られようとしているのだ。
このままだと見つかってしまうし、意趣返しというわけじゃないが、一工夫入れておくとしよう。
刹那、世界は色を取り戻した。月すら見えぬ新月の宵闇、戦闘機群をすり抜けて離着陸場を流れる微風が頬を撫で始める。
人の腹を躊躇いなく掻っ捌こうとした件のフード付きコートの野郎は、また姿が消えていた。だがこれは奴の仕業じゃあない。その証拠に、フード野郎は殺意をかき消して懐に潜り込む前の位置に戻っており、焦っているのか、首を左右に振って辺りを頻りに見渡していた。
まさか初っ端から切り札を切ることになるとは予想外だ。今まで何度も擬巖邸に侵入したが、感知能力を掻い潜って懐に潜り込んでくるような奴には一度も鉢合わせたことがない。誘導されて遊ばれて、領外に脱することは幾度となくあったけど、今回は毛色が違うらしい。
キシシ、と心の内で笑みを溢す。
アレはかなりのやり手だ。キシシと歯の隙間から笑みこぼすと次の瞬間には首と胴が分たれるぐらいには強い。ツムジはおろか、昔半殺しにしてやった``血雨``より数段強いかもしれない。
死に物狂いで突っ込めばワンチャンあるだろうが、博打は金が有り余りすぎて困っている阿呆が、市場を潤すためにばら撒く贅沢だ。貧困の世で生きてきた者には無縁の話である。
さて、それを踏まえた上で、どうするか。
戦うなどもってのほか、相手の盤面上で王手をかけられるなんざご都合だ。逃げ一択なんだが、全力疾走で逃がしてくれるほど甘い相手でもなし。余白は短く有限で、相手の感知範囲外へ逃れるだけの時間は稼げない。
となると、逃げるにしても攻撃の一発、二発、耐えられるだけの壁がいる。なおかつ逃げるだけの距離が稼げて、そのまま擬巖領から脱することができるだけの入れ物的なものが―――。
ふと手に触れている物に意識を向けた。いまいる場所は戦闘機の影。ちょうどフード野郎からは死角になっていて見えない所で息を潜めている。
擬巖家の戦闘機は特注だ。戦闘機に関する知識はないが、コックピットは防弾ガラスか何かで覆われているだろうし、装甲もそれなりに硬いはず。少なくとも攻撃系魔法の一つや二つ、受け止めるくらいのことはできるだろう。一か八か全力疾走で離着陸場を逃げ回るより、安心感は段違いだ。戦闘機だの爆撃機だの、スラム民には無縁の乗り物を操縦した経験が皆無だということを除けば。
フード野郎に視線を戻す。殺すはずだった標的が、何の脈絡もなく目の前から消え、気配も察知できなくなったことで最大警戒をしていたフード野郎は、痺れを切らしたのだろう。足元から白色の魔法陣が描かれる。星が一つも見えぬ宵闇、辺り一面黒が支配する世界で、一際輝く魔法陣はいやでも目立つ。
どんな魔法を使っているかは知らない、ツムジからはそれなりに教えてもらってはいたが、専門職には遠く及ばない浅はかな知識のみ。とはいえ状況から予想することくらいはできる。相手は視認できる距離にいたにも関わらず、攻撃対象が姿を眩ましたのだから、使う魔法は自ずと絞られる。
もはや、迷っている暇はなかった。翼に飛び乗り、コックピットの蓋をこじ開けて滑り込むように乗り込む。予想に反してコックピットが素直に開けたことに違和感を覚えたが、今はそれどころじゃない。
乗り込んだまでは良かったが、案の定エンジンを叩き起こし方が分からない。そもそも乗り物の操縦自体初めてなのだ。
【起動指令を確認。魔導戦闘機を遠隔起動】
流石に無謀がすぎたかと思った矢先、ひとりでに耳を塞ぎたくなるほどの轟音が鳴り響いたと思うと、コックピット内の色々なところがピカピカと光り出す。
「ちょ、ま」
【全計器正常起動確認。エンジン駆動に異常なし。オートパイロットコントロール起動。離陸準備に入ります】
最近の飛行機って喋るのか、じゃない。操縦桿らしき棒やら、何を意味しているのか皆目分からないボタンやらを馬鹿みたく連打してみるが、全くの無反応。パイロットがいて初めて飛ぶものだと知識の上で理解していたのだが、所詮は知識でしかなかったということなのか。
操縦席に座っている人間をガン無視して勝手に離陸しようとしているじゃじゃ馬に、とりあえず壊れかけのラジオを直す要領で軽く叩いてみる。が、当然の如く無視である。
文明の利器が嫌いになりそうだ。スラム育ち舐めんなよ。
「あー……マジやべぇ。つーかこれ、どこに飛ぶ気だよ。やっぱ走って逃げたほうが良かったか……」
暴れ馬に躾するのをさっそく投げ出し、操縦席に深く腰掛ける。ダメ元で蓋を開けようともしてみた。乗り込んだときは素直に開いてくれたのに、今はテコでも動くしそうにない。
離陸態勢に入った戦闘機の速度はメーターを見ると既に途中で降りられる速度を軽く超えていた。
戦闘機は更にスピードを上げる。操縦桿を握ってすらいないのに、戦闘機が勝手に操縦してくれるのは楽だが、乗り込むと決めた辺りから湧いて出た違和感が無視できないくらいに膨れ上がった。
「……なんで、追ってこねぇ……?」
一か八かコックピットに飛び乗った際、勝手にかかったエンジンの音は爆音だった。機械慣れしていないだけに、思わず耳を塞いでしまうほどに。それだけの音を出したなら、相手は魔法を使わずとも敵の動きが分かるはず。なのにあのフード野郎が追いかけてくる気配がない。戦闘機自体が、もはや人の脚力で追いつける速度じゃなくなっているのもあるが、人の五感を掻い潜って間合に潜り込んでこれるほどの奴が、離陸間近の戦闘機の速度についてこれないなんてことがあるだろうか。
この世界は人外が多い。``狂騒``しかり、``血雨``しかり。弱者、無能の烙印を押され、死を待つのみの下威区にも、スラムの街並みを破壊する怪物が平気でのさばっていやがったのだから、外見が人間だからと膂力も人間らしいとは限らない。実際、その二人は人間だったし。
「それにだな……なんで戦闘機が動くんだ? 何も触ってねーぞ俺……」
最大の謎は、戦闘機が動くことだ。乗っといて今更疑問に思うのはおかしい気がするが、擬巖家からしたら敵を逃す意味がないはず。仮にテコでも動かなかったら霊力で無理矢理動かして逃げるつもりだったのに、まさか戦闘機が逃がしてくれるのは拍子抜けだ。
擬巖が敵を逃す意味はない。あるとしたらそれだけの利があるということ。擬巖は敵を熟知していた、誘導もされていた。敵が逃げに徹するのを知っていて、敢えて戦闘機に乗らせるように仕向けたとしたら。
「キシシ……飛び降りるっきゃねーな、これ」
コックピットのガラスは防弾防霊ガラス。戦術級攻撃魔法を数発耐えられるぐらいの耐久はあるだろう。ただ、内側からの魔法には耐えられる設計になっていないはず。
ガラス部分は力技で破壊すればいいとして、問題は飛び降りたその後だ。コックピットをぶっ壊して飛び降りるわけだが、現在進行形で高速飛行している戦闘機から飛び降りて、どうやって着地するか。そして今どこを飛んでいるか。
気がつけばじゃじゃ馬の足は舗装された地面を離れ、擬巖家領は米粒と化していた。もうすぐ雲の帳を突き抜けようとしている折、戦闘機の高度は推して測るべくもない。そのまま無策に飛び降りて地面に向かえば身体は柘榴の如く粉微塵、死んだかすら分からないまま、彼岸に渡ることになってしまう。
「まー風操ってなんとかすりゃーいいか。どーにかなんだろ、多分」
結論は早かった。ツムジ曰く。大半の奴らは生まれながらにして操れる属性霊力は一つだけ。無。つまり無いらしい。
無いのが普通らしいのだが、唯一の幸運というべきなのか風属性の霊力を生まれながらにして有していた。人は生まれながらにして属性霊力を持たないが、偶に何の幸運か属性霊力を生まれながらに操れる奴が生まれてくるらしい。本当、これに関しては人生最初で最後の幸運と言うべきだろう。
「まあツムジの修行に付き合わされたり、今みてーな状況に陥ったりと諸刃の剣なんだがな……」
キッシ、とまた歯の隙間から空気が溢れる。
力ってのは基本、相手を打ち倒すための武器だが、案外足枷になるものだ。
そも強い奴ってのは良くも悪くも目立っちまう。目立てば気に食わねーって奴も湧いてくるし、その逆も湧いて出てくるもので、敵意や殺意を持って向かってくるような奴は一々半殺しにしなきゃならない。
自衛といえば聞こえは良いだろうが、この武市じゃあ武力行使が日常だ。気に食わない奴を一々叩きのめしていたらキリがない。況してや、何かを守りながらとなれば―――。
「……キシ」
頭を掻きむしり、座席の強めに叩いた。そんなに強めに叩いたわけじゃなかったはずだが、思いのほか痛みを感じた。
「ンじゃ、そろそろ」
物思いに耽りすぎた。どこへ飛んでいるかも分からない今、操縦席に座っている奴の言うことの聞く気のない暴れ馬に付き合う義理もなし、さっさと飛び降りるかとコックピットのガラスに触れた、次の瞬間だった。
【オートパイロットコントロール、オートパイロットナビゲートにより、ブーストマナドライブを起動】
一瞬、何を言っているのか皆目分からなかった。専門用語の横文字ばかりで、どこの世界の母国語を話しているんだ、頼むから機械や魔道具に縁遠いスラム民にも分かる言語で話してくれと思ったが、直感というべきか予感というべきか。生き残ることに特化した本能が、全ての感情を掻き集める。
「とりまさっさとだうおおおおおああああああ!!」
突如体全体にかかる重力が体感で軽く十倍以上に跳ね上がる。座席の背もたれに見えない力で押し付けられ、操縦桿すら握れないぐらい、コックピットに縫いつけられた。
肺が肋骨ごと潰されているせいもあり、僅かにしか息が吸えない。新鮮な空気を取り入れようにも、古い空気を追い出そうとして、さらに肺が萎む悪循環。体が呼吸をしようとするたび、肺が萎んで息がしづらくなっていく。やばい、これ、ほんと、窒息する。
【重力制御、操縦室内の重力を修正します】
「はぁぁぁぁー!! うぇ、げほ、ごっほ!! おぇ」
目がチカチカする。視界に小さい虫みたいなものが飛んでやがるが、それよりなによりも全ての思考をかなぐり捨てて、肺が破裂するくらいの勢いで新鮮な空気を体に取り込む。
窒息なんていつぶりだろう。拉致られたガキの頃、クソ野郎から逃げるためにこれでもかともがきまくったら、案の定ウザがられて泥水に押しつけられたとき以来か。あのときは泥水飲みまくって数日はケツから滝流した記憶の方が色濃い。いや、息できねーのも単純に苦しいけど。
「……とかく。どんな速さだよ、これ」
意識を機体そのものへ戻す。体感重力が急変したのは、機体の飛行速度が急激に上がったからだ。ブーストマナドライブなるものがなんなのか分からないが、通常よりも高速で飛行するモードだという理解で十分だろう。問題は、今の飛行速度だ。
【現在の飛行速度はマッハ百、時速十二万二千四百キロメトで飛行中】
「うおお!?」
誰に聞いたわけでもないのに、また戦闘機が勝手に答えてくれる。巷で聞いたことがある音声認識というやつだろうか。壊れかけの旧式霊力駆動型ラジオしか使ったことがない身としては、馴染みがなさすぎて妙な気分だ。
「つーか、時速十二万!? それにマッハ百って……音の百倍じゃねーか!!」
音声認識に少しばかり感心してしまったが、すぐさまナビのねーちゃんが教えてくれた飛行速度に関心がねじ曲がる。
音の百倍、流石に桁が違いすぎる。むしろそんな出鱈目な速度で飛行していて空中分解しないこの戦闘機は高性能にも程があるが、音の百倍などという速度で飛ばれちゃあ、下手に飛び降りることもできやしない。
このままこの戦闘機に乗ったままだと確実に擬巖のクソどもの思う壺、ロクでもない未来と手と手を取り合わなきゃならなくなる。実質未来がないようなものだ。
「オートパイロットコントロール? だったか? とにかく勝手に舵取りしてやがるねーちゃんを黙らせねーと……」
とはいえ、やり方など分かるわけがない。できることはとりあえずボタンを押しまくったり、操縦桿をテキトーにがちゃがちゃしてみたり、壊れない程度に軽く叩いてみたりと、そういう阿呆みたいな真似しかできないわけだが、当然というべきか。空飛ぶじゃじゃ馬の手綱をとってやがるねーちゃんは、舵を操縦者に返す意志がまるで感じられない。
【警告】
またねーちゃんがひとりでに喋り始めた。誰も聞いちゃいないのに、勝手に話し出すのやめてほしい。反射的に身構えて、下手したら操縦席を壊してしまいそうになる。
【三分後に流川本家領防空圏に接触、旋回を推奨します】
「は!?」
聞き捨てならないことを聞いてしまった。一気に背中が冷え、吐き気まで湧いてくる。
律儀に教えてくれるとは優しいねーちゃんだが、言っていることが出鱈目じゃなきゃ本気でマズイ。
流川本家領なんて絶対に行きたくない。というかもしそれが本当なら武市を通り過ぎていることになるし、割と真面目に下威区に戻るのに半年以上かかることになるのだが、それを差し引いたとしても、天下の流川様の領土を侵犯したとなれば、その末路は終焉だ。なんだかんだ屋敷の中まで侵入できる擬巖とはワケが違う、屋敷にたどり着くことはおろか、おそらくこの戦闘機ごと跡形もなく撃墜されてしまうだろう。
「旋回だ!! 早くしろオートパイロットのねーちゃん!!」
これでもかと声を張り上げてねーちゃんを説得する。
音声認識だったら会話が可能なはずだ。曲がりなりにも自分は操縦者、いくら舵を勝手に占領しているとはいえ、向こうが提案してきたんだ。一蓮托生の身、お前だって生きたいだろうし、だったら素人の言うことを少しは聞いてくれるって信じている。
【オートパイロットナビゲートにより、その提案は拒否されました。飛行ルートを維持します】
どうやら、ねーちゃんは自殺願望に囚われているらしい。悪いが死にたい奴とは仲良くできる自信は欠片もないし、ここでねーちゃんとは決別だ。死ぬなら一人で死んでもらいたい。
ねーちゃんの説得を諦め、超能力の使用も視野に入れつつ、コックピットのガラスをぶち壊そうと霊力を練り込み始めた、そのときだった。
【こちら流川本家直属軍事戦略要塞。貴機は流川本家防空圏に接近している。速やかに針路を変更せよ】
またねーちゃんが話しかけてきた。それも今まで話していたねーちゃんとは別人だ。機械的な音声なのは変わりないが、声質が全く違う。自動音声界隈の事情は全く知ったこっちゃないが、おそらくは流川側から発せられる自動音声なのだろう。戦略要塞だとか言いながら無人で動いているのだから、やはり流川は常人の域を脱している。
「そうしたいのは山々なんだが、オートパイロットのねーちゃんが言うこと聞いてくれなくて」
【警告。流川本家防空圏に異常接近、速やかに退去せよ】
「だから!! こっちのねーちゃんがガン無視してくんだって!! アンタも大概だぞ、頼むから話聞いてくれよ!!」
無駄だと分かっていても、思わず怒鳴り散らしてしまった。
自動音声界隈の連中は、人間と会話する気がないのだろうか。どいつもこいつも話を聞く素振りすら見せやがらない。マイクが壊れているわけでもなし、流石に底知れない悪意を感じる。
ブー、という警報音が鳴り、思考が散り散りになる。
【流川本家防空圏への侵犯を確認。所属不明機からの応答なし。敵機と看做し、迎撃体制へ移行】
それは淡々と告げられた。応答せよ撤退せよと促してくれていた態度からは一変、先方のねーちゃんからは一切の慈悲が消え失せる。
気持ちの問題かもしれない。声質は元々機械的だったが、最後の一言は血すら通っていないほど、冷ややかに感じられた。
「待って……!! 本当に待ってくれ!!」
身体中の毛穴という毛穴から汗が噴き出る。手汗も気持ち悪いほど滲み出て、掴んでいた場所がべとべとだ。でもなんて非情なのか、先方のねーちゃんから返事は返ってこなかった。
「クソ!!」
もはや笑いすらこぼれない。座席の縁の部分を叩き壊してしまう。
流川家の防空圏に侵犯。誰がそんな命知らずな真似をしたがるか。いくら自殺願望がある奴だって、よほどのことがない限り、焼身自殺をしたいとは思いもしないだろう。
特に俺は、生きたいんだ。何度も言うが、死に急いでいるわけじゃあない。
戦闘機には乗らず、一か八か全力疾走で逃げた方が良かったかと一瞬考えてしまうが、後の祭りだと思考を投げ捨てる。
「どうする……本当にやばい、ヤバすぎる!!」
発狂したくなる自分を抑え込み、生き残るため、死なないための策がないか、思考の海の奥底へ向かう。
飛行速度はマッハ百、コックピットをぶち破って飛び降りるのはまず無理だ。体感重力だけで肺が潰れるほどだ、いくらなんでも耐えられたものじゃない。
じゃあこっちも武力で抵抗するか。乗っているのは擬巖家特注の戦闘機、流石に流川の防衛網をたった一機で相手取れるほどじゃあないだろうが、どこかへ飛んでいるならどこかに着陸するはず。それまでなんとか時間を稼げれば、未来を繋げられるはずだ。
「ねーちゃん、全武装を起動だ! 時間さえ稼いでくれたらいいから、どうにかしてくれ!」
【それは不可能です】
声が出なかった。身体からごっそり生気が抜け落ちる感覚が身体中を駆け巡り、貪り食う。
【必要な兵站ユニットが補充されていません。回避行動を行いますが、全ての攻撃を回避できる確率は〇.〇〇一三パーセント】
空腹が極限に達し、腐敗した死体に沸いた蛆で凌いだクソガキの頃を思い出してしまった。
つまり、九九.九九八七パーセントの確率で撃墜されるってことだ。マッハ百とかいう超スピードで飛行できる腕を持つオートパイロットのねーちゃんをもってして、流川の迎撃システムは突破できない。となれば、撃墜される前にここから脱出するかしかないが、それもできない。寒気がした。
「いや……まだだ!!」
死は刻一刻と迫っている。それは焦燥となり、不安となって押し寄せて、理性を腐敗させていく。だがそれでもなお、本能は輝きを失わない。生きたい。生きる。生きるんだ。
【警告。敵機捕捉。総数、二百六十機】
コックピットから身を乗り出し、地面を見下げる。
月夜すらない漆黒の真夜中。ヘルリオン山脈上空を飛んでいるのか、武市の息遣いは欠片も感じとれない。しかし、怪しげに光る赤色の点々が下から続々と現れる。数はとてもじゃないが数えていられない。アリの巣から這い出て、力を合わせて食糧を運ぶ働き蟻の大群の如く、その数は夥しい。
【警告。霊子力爆砕ユニット搭載型高・中高度地対空ミサイルを捕捉。着弾まで約十七秒】
コックピット前方、微かに輝く白い光。地上でひとり輝く何かのように思えたが、その光は徐々に大きさを増していく。暗くてよく見えはしなかったが、招かれざる存在なのは、兵器類に無知な自分でも理解できた。
「出し惜しみしてる余裕はねーな……!!」
ミサイル。下威区には月一でぶちこまれているから存在は知っている。
どんなものかは詳しく知らないが、当たると爆発して、辺り一面塵も残らなくなる、空飛ぶ爆弾みたいなやつだ。
スラム地域の一部を容易く吹き飛ばせる破壊兵器、戦闘機に当たれば跡形もない。操縦者などいわずもがな、だ。
でも逆に着弾までは十七秒も猶予があり、なおかつブツは空を飛んでいる。幸い、自分の属性霊力は風だった。
「やるっきゃねーよな、ツムジ」
流石にミサイルは相手にしたことはないが、人外との対戦経験はそれなりにある。ミサイルもいっちまえば人外だ。生きてねーか否かの違いこそあるが、そんなものは瑣末事。結局やることは変わらない。深く、深く息を吸った。
「俺は生きるんだよ、くたばれクソミサイル!!」
ねーちゃんがミサイル着弾まで八秒、回避しますとかなんとか言っているが、だったらそれを予測して放つだけだ。体内霊力量的に、ミサイルほどの質量相手だと一度きり。失敗すれば死ぬだけだし、浮かべるイメージは成功だけだ。
「ぐ……ああああああああ!!」
身体を構成する細胞、その一つ一つが溶けてなくなるような感覚が支配する。
力が抜けるとか、疲れるとか、膝を折るだとか生ぬるい。細胞が風化してなくなって、その欠片一つ一つすらも分解消滅し、自分という存在そのものが消えてなくなるんじゃないかと思わず錯覚するほどだ。
空気の弾ける音がした。オートパイロットのねーちゃんが警告警告と叫んでやがる。ミサイルの息遣いが手前までに迫ったと思いきや、遠ざかった俺がやったことは至極単純。大気の一部分を圧縮させ、それを局所的に爆発させたのだ。
ミサイルから逃れるには、ミサイルにブチ当たる前に戦闘機を乗り捨てるか、ミサイルを破壊するか。それができなければミサイルの射線を逸らすしかない。
戦闘機はマッハ百で飛んでやがるし、ミサイルを破壊するなんざ手間すぎる。逃げる余力を残しつつ、いま目の前の危機を脱するには、ミサイルの射線を逸らし、直撃を避けるしかないのだ。
大気の殴打を受け、ミサイルは白煙を撒き散らしながら地面へと落下していくのを見届ける。後は下から迫ってきているハエみたいな奴らだが、なんのことはない。こっちは音の百倍で飛んでいる。如何に流川の迎撃機といえど、追いつくのは至難だろう。振り切って、減速したところを飛び降りる。それでいい。
「なんとかな……」
【警告。霊子力爆砕ユニット搭載型高・中高度地対空ミサイルを捕捉】
「……は?」
【着弾まで、約二秒】
え。は。嘘、なんで。明らかに確実に、危機を乗り越えたはずだ。ミサイルが無様に地へ落ちていく様を見届けた。しっかりこの目で見届けたはずだ。二発目が差し向けられたとしても、着弾までに同じだけの時間がかかるはず。二秒で、たった二秒で追いつけるはずが―――。
俺は、剣を抜いた。切先は平ら、不自然に弧を描く半透明な刀身。気がついたら持っていて、己の手となり足となっていた刃の一つ。
コックピット内で一振りすると、その瞬間に世界は再び静止した。コックピットから外に出ると、ミサイルが既に戦闘機の真後ろまで迫っていた。世界が再び動き出したとき、あたり一帯は消滅するだろう。
「じゃあな、ねーちゃん」
飛び降りた。全ての動きが停止した世界で、もう一本の武器を手に取り、戦闘機へ向き直る。およそ五十センチメトぐらいだったか。さっきコックピットを粉砕した刀よりも刀身は短いが、同じくやや弧を描く両刃の刀。さっきの刀と違う点を言うならば、本来は風を纏っていることぐらいであろう。
まもなく世界が動き出す。作り出された``余白``が終焉を迎え、全てが再び目覚めるときだ。
次に起こることを予知し、瞼を閉じた。世界が産声をあげた瞬間、瞼を閉じてなお眩しいと感じる閃光とともに、思わず耳を塞ぎたくなる爆音が鳴り響いた。
爆発を間近で聞いたのはいつ以来だろう。というか、こんな至近距離で聞いたのは流石に生まれて初めてだと思う。風を纏った刀―――旋風を持っていなければ爆風で粉微塵になっていただろうが、爆風が風なのが幸いだ。
風には向きがある。たとえその身を簡単に打ち砕く暴力的な風だろうと、風に向きがある限り、風が風である限り、どうということはない。爆発そのものから逃れさえすれば、死にはしないのだ。
世界が動き出したことにより、身体は重力に従って落下し始める。オートパイロットのねーちゃんとは今生の別れとなってしまったが、まだ問題は残っている。地面から夥しく追ってくる蠅みたいな奴らだ。
よく見れば、全てよくできたラジコン飛行機に見える。確かドローン、とかいうやつだったか。
昔、ツムジが教えてくれたことがある。ドローンに爆弾を積んで、スラムに突っ込ませる魔導ドローン特攻の実験が行われたとかなんとか。
糞食って胃の中身を吐き散らしたときみたいな、文字通り胸糞悪い気分になったが、まさかこの目でそのドローンなるものを見ることになるとは、長生きはしてみるものだ。
ドローンの数はねーちゃん曰く二百六十機。全員律儀に相手をしている余裕は当然ないし、なんとかドローンの猛攻をすり抜ける必要がある。ドローンを操作している奴がよほどの馬鹿でなければ、二百六十機全てを一斉に一つの的へ狙うことはないはずだ。
ドローンたちは円柱状の陣形を描き始め、絶賛自由落下中の俺を取り囲む。
俺一人を歓迎するのに随分と豪勢なことだ。それも陣形まで組んで、たとえこのまま俺を蜂の巣にしても、当たらなかった攻撃は良い具合に隙間からすり抜けていく仕様。あらかじめ練習していたのかってくらいの規律だった動きに、乾き切った笑いが漏れる。
どちらにせよ一斉攻撃じゃないのは確かだ、やりようはある。
ドローンの攻撃は、おそらく前方から放たれる霊力集束光線。俗に言うマナリオンレーザーと呼ばれるものが主兵装。下威区にいた頃も、空爆手段として高高度からのマナリオンレーザーの照射が行われることがあった。
ただエネルギーの使用量が多すぎて割に合わなかったのか、数年前を境にほとんど行われなくなり、霊子力駆動型空対地ミサイルによる爆撃や爆撃機による属性霊力弾投下に切り替わっていった。
中威区のクソ暴閥どもが渋ったものを、ごく当たり前のように利用できやがるあたりは、流石流川の総本山である。ミサイルだけじゃなく、マナリオンレーザーの雨もその身に受ける日が来ようとは、ホント、長生きはしてみるものだ。
「キッシ」
歯の隙間から空気が溢れた。その音を合図に、各ドローンの頭部分から真っ白なレーザー光線の雨が降り注ぐ。
流石敵には容赦がないと定評がある流川だ。侵入者一人消すのにマナリオンレーザーで蜂の巣とは、確殺狙いにも程があるのではないだろうか。
誰しもが生きることを放棄する絵面が広がっているが、それでも俺は諦めない。風纏し両刃の剣、旋風を取り出す。
マナリオンレーザー。その本質は指向性を主軸に置いた霊力の集束光線だという。
レーザーなのだから当たり前だが、指向性を持つということは、レーザーには向きがあるということだ。
旋風は基本、大気の流れ、風の向きを変える剣だが、その本質はありとあらゆるものの向きを変えるというものである。
ツムジ曰くベクトル操作とかいうらしいが、マナリオンレーザーのベクトルを変えることができるなら、たとえどれだけの物量で打たれようと、旋風一本で跳ね返すことができるわけである。
避けられるレーザーは可能な限り避け、初っ端から外れるレーザーは意識の外に放り投げ、避けても避けきれない角度から放たれるレーザーのみ、旋風で跳ね返してドローンを粉砕する。自分はただ身を捩りまくって自由落下しているだけなのだが、旋風のベクトル操作も相まってその効果は思いのほか絶大だった。
「よし、このまま……!!」
地面まであともう少し。このままだと地面に叩きつけられて死ぬので、地面にブチ当たる直前で、旋風に大気を操作させ、風を緩衝材代わりに着地する。
着地さえできてしまえば周囲は薄暗い森の中。すぐに木と木の間を伝い、行方をくらませばこちらの逃げ切り勝利だ。下威区に戻るまで、距離的に半年くらいは野宿生活を強いられるだろうが、なんのことはない。宿無し生活なんざ、もはや日常の一部である。
ドローンの包囲網も粗方抜けた。そろそろ着地の算段をつけないと死ぬ。問題は着地の瞬間、旋風で大気の流れを変えてクッションを作るタイミング。早すぎても遅すぎてもダメ、なんたって空気だ。タイミングを間違えれば不発になる。
このまま包囲網を切り抜けて着地のタイミングを見計らえば―――。
「なっ……!?」
眼前に現れたのは、地面ではなかった。俺を取り囲んでいたドローンよりも一回り大きいか。赤色のサイレンランプを煌々と光り、マナリオンレーザーの収束部が白く輝く。
ドローンの親玉なのかと一瞬考えたが、すぐにどうでもよくなる。直感だが、間違いなく周りにハエみたいに飛んでやがるドローンより兵装は上だ。コイツから撃ち出されるマナリオンレーザーは収束量が段違い。発射されれば最後、身体なんぞ塵も残らない。
流石に身体全てを覆い尽くすほどのレーザー光線は、旋風の大きさ的に全て跳ね返すことはできない。だからといって擦れば死だ。
「使うっきゃねーか……」
今日で既に二度使っている。本来ならこれ以上の使用は控えたいのだが、そうも言ってられないのがなんとも歯痒い事実。
流石に三度目以降はどうなるか分からない。今回を最後に、使わずに逃げ切りたいところだ。
再び世界の全てを停止させる。マナリオンレーザーを撃ち出す体感三秒前、擦れば即死の絶対攻撃をすべてが停まった世界を泳いで大型ドローンの真横を通り過ぎ、そのまま地面へ滑り落ちて着地する。それと同時に世界が動き出し、マナリオンレーザーがドローンから炸裂した。
予想通り、大型ドローンから放たれるマナリオンレーザーの威力は他のドローンの比じゃない。もはやレーザーというより、光の柱だ。もしあんなものを旋風で逸らそうなんて考えていたら、跳ね返しきれずに消滅していただろう。
咄嗟の判断を下した自分を褒め称えたそのとき、ぐるりと強烈な眩暈が襲い、胃袋が流転する。思わず膝を折り曲げ、酸味のある液体を肥料にした。
「やっべ……つ、かいすぎ、た……」
地面を見ると、所々粘っこい血液が混じっている。超能力使用の反動が、今になって起きたのだ。
正直、予想はしていた。既に今日だけで、それも短いスパンで三回も世界を停めた。
そう、三回も世界を停めたのだ。
その代償は凄まじい負債となって降り注ぐだろうことを、あらかじめ予想はしていたが、流石に今すぐだとは予想外だ。せめて敵の索敵範囲外まで逃げ切るまで耐えて欲しかったのに。
「ちん……たらして……る暇は……ねー……な」
体が重い。血肉から骨、臓腑に至る全てが金属塊に豹変していく錯覚を覚える。
視界も歪む。目の前に映る世界に小蝿のようなものが大量に飛び交い、前もよく見えなくなっていた。クソ眠いし、今すぐにでもどっかの草叢でその身を投げだし、軽く一日くらいは寝ていたい。
でも、俺は生きなきゃならないんだ。ツムジのために。それと、どこかで生きているかも分からない、アイツのために。
「キシィ……」
歯の隙間から空気を溢すが、同時に血も溢れた。五感のうち視覚はもう役に立たない。だがあと四つ分の感覚は生きている。
度重なる戦いの中で、視覚が死ぬことはままあることだった。慣れればさして問題にならない。空気の流れは触覚で感じ取り、魔生物の匂いは嗅覚、生き物の動きは聴覚だ。
一つの感覚が役に立たなくなったらやることは一つだけ。とにかく集中する。余計な思考を全て破棄、感情も何もかもかなぐり捨てて、感じ取れなきゃ死ぬという文章のみを頭に思い浮かべるだけ。
真っ先に俺の願いを聞き届けてくれたのは、聴覚だった。
「ま……じ……かよ」
ただそれは最悪の形で、だったが。
周囲は夜中なのも相まって暗い森の中、雑草と木々が無限に生い茂る深緑世界だが数多ある緑を掻い潜り、魔生物の息遣いが呼応する。
それも一匹、二匹じゃない。これまた無数、二百六十機のドローンなど見劣りしない魔生物の軍勢が、俺を取り囲むようにじりじりと距離を縮めてきていたのだ。
「お……ぐっ」
思わず膝が折れる。身体の中にある金属塊の重みはさらに増し、もはや自重を支えるのが難しくなってきた。頭からなぜか血が流れる。右目が血で染み、瞼が開けられなくなった。
嗚呼。久しぶりにマジで死にそうだ。
ツムジの笑顔がちらつく。アイツならこんなとき、どうするだろうか。アイツのモットーはいついかなるときも笑って、希望捨てず、目前の困難を乗り越えることだった。
アイツなら擬巖邸で瞬間移動するやつに殺されかけて、音の百倍もの速さで飛べる戦闘機に振り回されて、地対空ミサイルの相手させられて、二百六十ものマナリオンレーザーの暴風雨を掻い潜り、そして心身ともにボロボロの状態で、もう何匹いるかも分からないくらいの魔生物に全方位囲まれる胸糞状況でも、笑っていられるだろうか。
「……きっと……笑って……やが……るさ……キシシ……つって……な」
いや、それは俺か。
どうでもいいことを考えてしまうのは慢心か諦観か。何もかも守ろうとして、何もかも溢しちまった間抜け野郎だが、生きることだけは諦めるつもりはない。生きるってのは、なにもかも失った俺にただ一つ残された、最後に希望なのだから。
「……ん、な、なん……だ……?」
周囲を取り囲む、魔生物の気配がピタリと止んだ。ついさっきまでじりじりと全方位から距離を詰めてきていたのに、まるで待てと言われて尻尾を振りながら餌をもらえるのを待つ馬鹿な野犬のように、自分を取り囲んだまま動く気配はない。
身体中から血の気が引いた。本能が、経験が、叫んでいる。何かくる。死ではないが、それに近しい何かがくる。
五感を張り巡らす、だが何も感じない。感じとれない。体が震えた。手も足も。寒気の次は、脂汗が滴った。
「ごぶぁ!?」
現実の流転が、認識能力を上回ってやがる。猛烈な痛覚が首元を走り、身体が何故かボールのように地面に何度も打ちつけられ、背中が何かクソ硬いものにぶつかってようやく止まった。
やばい、マジで意識、飛ぶ。
残った左目もぼやけて見えないし、頼りの耳もさっきから耳鳴りやらなにやらで周囲の音が拾えず、何度も土に体を転がされたせいで鼻は土と泥、新芽の匂いしかしやがらない。
朦朧とする意識、触覚すら失せつつある身体。死神が鎌の柄を擦る音が、既に耳元まで迫っているのを感じとるが、それでも俺は諦めない。生きる。生きる生きる生きる生きる生きる生きる。
「し……ねるかぁ!!」
四度目の、世界の停止。吐き気と腹痛が一気に込み上げ、口から詰まった下水管のようなキモい音を立てちまった。
頭がグラリと重くなる。吐きすぎた。血が足りねー。
「……っ……が……ご……」
なんとか動く手と足を動かそうと神経を研ぎ澄ませる。肉体は死にかけだが、神経と精神はまだ正常。気合で全てを奮い立たせる。
偶然か、それとも必然か。新月から放たれる僅かな光が、木々の葉をも貫通してソイツの上半身をほのかに照らしていた。目の前にいたのは、俺の胸ぐらを鷲掴もうと重力を無視して空中で静止している女だった。
薄黄緑色の髪、右肩から垂れ下がる三つ編み、生気の薄い黄緑色の瞳。頭には何なのかよく分からないが、僅かな月光を退ける白い光の輪が頭上に浮いていた。
木々の葉をよりわけて溢れたほんの少しの月光をあますところなく吸収したそれは、いつぞやに存在をツムジから聞いた、エメラルドとかいう贅沢品を彷彿とさせやがる。
そしてもう一つは無駄に整った顔と身体だ。バトルスーツ的な服を着ているせいか四肢の肉付きと体からして、かなりスタイルが良い。ボディラインがはっきりしている服の影響か、暗闇と月光のコントラストが、男の目を惹きつける妙な魅力を引き立てる。魅せる相手が俺じゃなきゃ、数秒見惚れた間に殺せたかもしれない。
おそらくだが、俺の首を刈り取ってくれたのはこの女だろう。
派手な真似をしてくれた割には全く気配が感じられないのが不思議でならないが、今はそんなことを考えている暇はない。世界の全てが止まっている今こそ、コイツらから距離をおく最後のチャンス。
今日は既に四度も使ってしまっている、体も限界だ、これ以上は絶対に使えない。早く、頼む、俺の体、動け。動け動け動け動け。
「な……に……!?」
ヒビが入ったガラスのように、外側から硬いものでもぶつけられ、炸裂したかのように。
身体全体から、全ての感覚が抜け落ちる。汗すらも出ない。思考が散り散りになった。
今まで幾度となく使ってきた親しみのある超能力。世界の全てをわずかな時間だけ止める代わりに、その代償として身体が傷つく力。
血反吐を吐く代わりに時間を止められるのだから、恩恵の割に安い対価だとずっと思っていた。停止世界が破られたことは一度もない。なんたって時間が止まっているのだから当然だ。当然、のはずなのに。
「がぐっ!?」
停止世界は、外側から破られた。窓ガラスを食い破るように手を伸ばし、胸元を鷲掴まれる。
【``全析攬盤``より対象個体が保有する事象操作権限を奪取。時間凍結を強制解除】
首元は捩れ、首が締まった。声も出せない、人攫いから解放されたくて見苦しく足をばたつかせるスラムのガキみたいな体勢になっちまう。
力は美女らしからぬほどに強いが、相手が女ならやりよう次第で付け入れる隙が―――。
「がっ!?」
刹那、体に六つほど何か針のようなものがブッ刺さった。よく見ると胸と下腹部にかけて小さな杭みたいなものが刺さっている。それらは全てコードが結ばれていた。
「なっ……おま……!?」
なんとなくだが、予想はしていた。相手が人じゃないか何かなんじゃないか、なんて。身体の肉付きに反して力が強すぎるし、なにより超能力を破られたのは誤算すぎる。だからこそ流川の兵器がなんかじゃないかって。
でも人型ロボットなんて流石に現実離れがすぎるし、流石の流川もそこまでぶっとんじゃあいねーだろーと、勝手に思い捨てていた。
だが、それは大きな間違いだ。
目の前の美女は人間じゃない。人の姿に限りなく似せたロボット。流川は既に、人に限りなく近いロボットまで作れるようになっていたのか。
【``細胞霊子強制励起因子``起動】
なに、と言おうとした瞬間。体全体が硬直したように動かせなくなり、焼けるような痛みが炸裂する。
筋肉という筋肉、神経という神経。その全てが言うことを聞いてくれない。声を出して叫びたくても声が出ず、がぼがぼと口から泡を吹くしかない。
そういえばガキの頃、大の大人数人に押し込まれてスタンガン的なやつに何度も虐められたことがあったっけ。あのときも似たような感じだった。感電させたら人はどうなるか、みたいな、訳のわからないことをやっていた気がする。みんな嗤っていたっけ。
「……ぁ……ご……ぐ……!!」
またツムジの顔が浮かんだ。拾いに拾って、みんな死んだガキたちの顔も。
これが走馬灯ってやつか。何度も見た気がするが、まだ死ぬつもりはない。身体が痺れて動けないのも苦しいが、さっきから右横腹が凄まじく腫れて痛いのを押し殺し、女型ロボットを睨む。
何度でも言ってやる。たとえ擬巖だろうが、流川だろうが、誰だろうが譲れない。他の何もかもが奪われて、壊されたとしても、これだけはぜってー離さない。
俺は生きる。聞き分けのねーガキの戯言だと罵られようと、俺にとっては正道なんだ。生きるったら生きる。生きるんだ。
「ンガアアアアアアアアアアア!!」
自分でも叫んだことがないような声が出たが、どうでもいい。半透明の刀身を持った両刃剣―――那由多を振り、女型ロボットの右腕を切りつける。
那由多を持っている腕が死んだ、ただでさえ全身が痺れている今、全力で鉄に金槌を打ち込んだのような衝撃はまさしく致命打、もはや那由多を振ることすら無理だろう。
だがそれでもいい。もう超能力には頼れない、そうなれば那由多だけが頼りだ。コイツで、女型ロボットそのものを停止させるしか、俺が生きる術はない。
【……事象操作を検知。``自己再核``を再起動。戦闘タスクを再演算】
女型ロボットの視線が、一瞬だけ那由多に向いた。相手は限りなく人間に似せたロボットだ。きっと気のせいだと思うが、ほんの僅かな時間、まるで予想外なことでも起きたかのように、目を見開いた。ような気がした。
【再演算完了。``叛主攻殻``を起動して迎撃】
「ぬ……あ……!?」
那由多、触れたもの全ての時間を操作する剣。今までこの剣で操作できないものはなかった。我ながら分不相応なものを手に入れてしまったと使うたびに思っていたが、今見ている光景を見るのは初めてだ。
【対象武器の事象操作権限の奪取を開始】
刀身は確かに女型アンドロイドの右腕に触れている。刀で切り付けているのに傷一つついていないのは流石の一言だが、それ以上に目を疑ったのは、時間操作の領域が逆転していたことだ。
【対象武器の事象操作権限を奪取。解析を開始】
長年付き添ってきた愛刀の叛逆。あと数分もすれば、身体の全てが蝕まれる。
まさかここにきて愛刀に裏切られるとか、そんなことあるのか。いや、まだだ。まだ挽回できる。してみせる。こんなところで、終わってたまるか。
何度でも言ってやるよクソッタレ。聞けよ流川、聞けよ擬巖、よく聞けよ世界。俺は、俺は生きるんだ。テメェらの盤面で、テメェらが作り出した、クソだらけの蛆まみれのこの世界で。俺は生き残ってやる。
【事象操作解析完了。対象個体が保有する事象操作を遠隔起動。対象個体を時間凍結】
疑問に思えたのは、その一瞬だけだった。
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