無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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防衛西支部編

特待受注、再び

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 なんだかんだ支度を終え、転移の技能球スキルボールで北支部周辺に転移し、何食わぬ顔で北支部正門へ向かうと、ものすごく見覚えのある男が、俺らの行く手を阻むように正門前で仁王立ちしていた。

 なんか面倒くさそうなので、とりあえず脇に避けて門をくぐることにする。

「待てや」

 そうは問屋が卸さないって言葉を作った奴をぶち殺したくなってきた。もう死んでいるとは思うが、もう一度生き返らせてからぶっ殺したい。

 ただでさえ低かったモチベがさらにダダ下がるのを感じ、ため息混じり肩を鷲掴んでくるソイツに視線を向けた。

「お前、何時だと思ってんだ? もう昼の一時過ぎてんだが?」

「せやな……」

「せやな、じゃねぇよ! お前請負証の通知見てなかったのか! また特待受注の任務来てんだぞ!」

「いつ?」

「十時頃」

「すまん、寝てた」

「は?」

「寝てたんだよ。悪い?」

 反論するのも面倒くさくなったのか、鼻の付け根部分を指で押さえながら天を仰ぐ。

 呆れて物が言えないって感じだが、いつもいつも無理して九時にここに来ていたんだ。毎回今日みたいな遅刻していたわけでもなし、なんなら今日が初めての遅刻だってのに、なんでこんなにも呆れられなきゃならないのだろうか。正直心外だ。

「遅刻したぐれぇでなんなんだよ……面倒くせぇなぁ……」

「いやまあ遅刻自体は別に何とも思ってねぇんだよ。任務受けられなくて損するのはお前だし。ただ特待受注の通知を寝過ごして気づかないのは流石にな……」

 そりゃあ寝てたんだから気づかないものは気づかないだろう。基本的に目覚まし無効の人間だし、頭の中に目覚まし並の爆音が鳴ったとしても、寝ぼけて二度寝ブチかませる自信がある。気づくわけがないのである。

御玲みれい、今回はコイツを起こさなかったのか?」

 困り果てた金髪野郎は御玲みれいへと視線を移す。ぬいぐるみに囲まれたメイドは絵になるが、彼女はその雰囲気を己のクールさで振り払い、澄まし顔で首を横に振った。 

「起こしましたが、あまりに深い眠りに入っておりまして。強制的に起こそうかとも考えましたが、家を破壊されては目も当てられないので自然起床まで待つという形に」

「あー……そうか。そりゃそうよな」

 ちょっと話の筋が読めない。なんでか二人は首を縦に振り合って納得している。確かに俺の寝相は悪いが、流石に家を破壊するほどでもない気がする。かつて起きたら母親の顔面に青タンができていたことがあったが、それでも表現が大袈裟すぎやしないだろうか。

 抗議の視線を二人に送ると、二人は揃って肩を竦めて嘆息する。

「まあいいや、とりあえずお前ら先にオフィス行ってろ。俺はアイツを起こしてくる」

「……アイツ?」

「ブルーだよ。お前ら来んの遅すぎて、寮で惰眠貪ってやがんだ。しばらくかかるから、部屋で待っててくれ」

 頭を無造作に掻きむしりながら、面倒くさげに北支部ロビーの奥へと消えていく。俺は御玲みれいに視線を合わせるが、御玲みれいは目を閉じて先に行く。

 どうするもなにも、とりあえずはアイツの部屋に行かないと話は進まない。確かになんか面白いこと起きないかなって顔洗いに行く前に内心呟いたけど、まさか本当に特待受注の任務があったなんて誰が予想できるか。でも特待受注ってことはまたクソ面倒な内容なのは明白だ。はてさて、今回はどんな面倒事なんだろうか。できればもう、軍隊物は勘弁願いたいのだが。

 横たわる嫌な予感を鬱陶しげに抱えながらも、俺たちは金髪野郎専用オフィスに歩を進めた。


 金髪野郎の執務室に置いてあるソファにどっかりと座り、時間を潰すこと三十分。ポンチョ女と金髪野郎が部屋に入ってきた。

 金髪野郎はまだ正午を過ぎたばっかりだってのに半ばやつれ気味で席につき、ポンチョ女はクッソ眠たそうに首を傾け、目をポンチョの袖で不自然に掻きむしりながら席に着く。

 両者相反する態度で俺らと対面する中、半ば色褪せたように見える金髪を手でかきあげ、改めて俺らに向き直った。

御玲みれいは既に知ってると思うが、俺ら指名の特待受注がまた来た。全員揃ってねぇが埒があかねぇから話を始める……」

「他に誰かいるのか?」

 周りを見渡す。この場にいるのは金髪野郎にポンチョ女、百足野郎に俺ら、そしてあくのだいまおうとパオングを除いた澄連すみれんだ。公式には使い魔扱いになっている澄連すみれんを頭数に入れていいのが疑問だが、とりあえず北支部のメンツは全員揃っている。まだ足りてないってことは、ソイツは俺以上に遅刻しているって認識でいいのだろうか。それともまた他支部からの応援か。

「この場にいないもう一人の北支部の新人だ」

 ため息混じりに頭をかきむしる金髪野郎。顔色に浮かぶ疲労の色がより一層濃くなる。

 もう一人の北支部の新人。俺と御玲みれいはまだ勤め始めて一ヶ月程度だし、流石に俺ら以外に新人となると何人かいそうだが、誰だろう。正直、これといって目につくような奴は全く見かけなかったが―――。

「もしかして、百代ももよさんですか?」

 俺の思考を食い破り、御玲みれいが一発ブチこんできた。

 そういえば、俺ら以外で俺らと同時期に就いた奴はいた。ほぼ自称でしかなく、あんまりにも姿を見かけないせいで本当は北支部所属じゃないんじゃないかと俺らの中でもっぱら噂になっていた奴である。

 今回は何故だか花筏百代はないかだももよも指名されているらしいのだが、いざ一緒に打ち合わせをしようと思ったら北支部のどこにもおらず、そして北支部に所属する他の請負人に姿を見たかと聞きに回っても、なんと驚き、巫女なんて見たことがないという奴が大半だったらしい。

 これには流石の金髪野郎も困惑を隠せず、北支部所属は詐称なのかと疑い本部に照合してもらったらしいが、花筏百代はないかだももよは確かに北支部所属だと本部からお達しがあったという。

「ありえるか? アイツの言葉を信じるならお前らと同じ時期だから勤め始めて一ヶ月……それなのに周りの連中が顔すら知らねぇなんてこと、あると思うかよ」

 信じられない、その思いで一杯な金髪野郎。

 確かに、就いて一ヶ月になるのに周りの奴らが姿一つ見てないというのはおかしな話だ。そうなると花筏百代はないかだももよが嘘ぶっこいたか、花筏百代はないかだももよがそれだけの無茶苦茶を平然とやってのける規格外かのどちらかになる。

 俺としては今のところどちらもありうると思っている。花筏百代はないかだももよは俺ら流川るせんと肩を並べる大暴閥ぼうばつ花筏はないかだ家の現当主。巷では``終夜しゅうや``の異名でその存在が語られている奴だ。

 あの場には金髪野郎とポンチョ女がいたし、トト・タートも素性を隠していたことから、花筏百代はないかだももよが嘘をついている可能性は大いにありうる。百代ももよも自分の苗字は決して名乗らなかったし、俺らと同じ一ヶ月前からいるってのはあまりアテにならないと言えるだろう。

 二つ目はアイツが規格外だということだ。花筏百代はないかだももよは、おそらくだが裏鏡りきょうや俺の母さん、弥平みつひらの親父などと同じ、別格の存在。真正面から戦えば、何をされたかどうかすらわからないまま速攻で勝負が決してしまうほどに、隔絶した実力差がある。

 実際、オペレータとして無類の実力を誇る久三男くみおが手も足も出なかったほどだ。俺らの想像もつかない力を常日頃から振るっていてもなんら不思議じゃない。

「だがここで百代ももよの事を駄弁ってても話は進まねえ。アイツにも通知は行ってるだろうし、合流をどうするかは現地で決めよう。最悪本部に掛け合って探してもらうか人員交代を申請する」

 やはりベテランなだけあって、切替はクソ早い。

 確かにいま百代ももよをどうするべきかを話したところで無意味だ。答えなど出ないし、いないのが悪いので、とりあえず放っておくしかないだろう。人員交代とかができるなら、最悪それに越したことはない。

「んじゃ話を戻すぞ。今回の任務は……あんまし言いたくはないんだが、西支部と合同だ」

「ぱす」

「じゃねぇよ馬鹿、指名だっつってんだろ」

 聞いた途端、その場をスッと立ち上がり、真顔で部屋を去ろうとするポンチョ女。そのポンチョの裾を、金髪野郎が逃すまいとがっしりと鷲掴む。

「にしとくむとかしょーきじゃねーぜ、ほーしゅーがねーもどーぜんじゃねーか」

「気持ちは分かる。俺だってこの任務だけは正直気が進まねえ。だが俺もお前も本部に指名されてる以上、やるしかねぇのよ」

 口を尖らせ、目を背けるポンチョ女だったが、面倒くさくなったのか、そっぽを向いたまま再度ソファに座り込む。

「珍しいですね。任務熱心なレクさんが、気が進まないなんて」

 任務の内容に再度一人で目を通していたであろう御玲みれいが、ふと彼に呟く。

 確かに北支部の中でも仕事人間ならぬ任務人間の金髪野郎が、気が進まないなんてことは聞きなれない。どんな任務だろうと誰よりも率先して請け負うような任務人間だ、やる気をみせないってのは途端に不穏なものを感じさせる。

 嫌な予感センサーが唸った。断りたい、というか帰りたい。しかしここにいるということは、俺らもまた指名された身だということである。

「西支部はなぁ……他の支部と違ってかなり面倒というか……なんて言えばいいのか……一言で言うと、よく分からん支部なんだよ」

「なんだそりゃ……その説明がよくわかんねぇんだが」

「西支部がある中威区なかのいく西部都市は、まあ……曰くつきの地域だからな」

 こうして、毎度恒例金髪野郎の講義が始まる。

 中威区なかのいくは大雑把に北部都市、中央都市、東部都市、南部過疎区域、そして西部都市の五つに区分される。

 そのうち俺らが今までの任務で行ったことがあるのは、南部、東部、北部の三つ。他二つは未踏の土地だが、中でも西部都市は中威区なかのいく最悪の治安を誇る闇都市で、二十四時間単位で情勢が目まぐるしく変化する場所らしい。その要因は、中威区なかのいく西部都市の地理にある。

中威区なかのいく西部は上威区かみのいくの区境線と隣接しててな。上威区かみのいくの利権が欲しい中小暴閥ぼうばつやギャングスターたちと、それらを排除してる上威区かみのいく戦闘民が日夜紛争を繰り広げてる」

 つまり、中威区なかのいく西部都市は利権争いの最前線。下克上がしたい奴とそれを阻止する奴らが殺し合っている激戦区なわけだ。

 当然そこでは殺し合いや奪い合いなど日常茶判事で怒っているのは想像に難くなく、治安が最悪なのもなんら自然なことと思えた。

「そんで、その紛争地域のど真ん中にあるのが西支部でな……西支部に勤めてる奴は西支部で生まれ育った奴らが大半だから、まあ……中の連中も他の支部と比べるべくもねぇってわけよ」

 頭を掻きむしり、乱雑にため息を吐き散らかす。

 最悪の治安を誇る中威区なかのいく西部都市。そこはもはや闇都市と言っても過言じゃなく、秩序なんて糞食らえな場所なのだろう。どんな奴らがいるのか、想像に難くない。

「つーか、なんでいつも俺らがセットなんだよ。流石にこうも同じメンツだと作為的な何かを感じるんだが?」

 西支部の全貌は朧気ながら理解できた。西支部の連中含め、そこにいる住民もクソ面倒なことも。

 明らかクソの掃き溜めみたいな所へわざわざ行かなきゃならないだけでもガン萎えどころの話じゃないのだが、元はと言えば俺たちが金髪野郎の特待受注任務に巻き込まれているのが主な原因なのだ。

 俺らが指名されていなければ、毎度毎度情勢が書き変わるようなクソ面倒くさい場所に出張らなくて済むのに、なんで一々俺らと金髪野郎たちがワンセット扱いなのか。

 別にコイツらと特別仲が良いってわけじゃないのに、甚だしく遺憾である。

「作為的かどうかは分からんが、流石の俺も今回の任務には本部に苦言を呈したぜ? だが正直、長いものには素直に巻かれといた方が無難ってのが、俺の見解なんだよ」

「そんなクソの掃き溜めみてぇな場所に俺の仲間を連れていくこと自体、既に難ありなんだが?」

「俺だってそんな所にわざわざ行きたかねぇし、ブルーを連れて行かせたくねぇよ。でも無理だ。お前らだってこの名前を聞けば俺の言わんとしてることが分かるさ」

「ンじゃさっさと言えや。俺らにクソ面倒を押し付けたクソ野郎の名前をよ」

 金髪野郎がガラにもなく勿体ぶるので、ただでさえ沸々と湧いてきている怒りが逆撫でされて、更に勢いを増す。

 本部の奴らがどんな奴なのかは知らんが、場合によってはそのクソ野郎をブチのめす算段でも立てておいた方がいいなと思いつつ、金髪野郎の切り出しを待つ。金髪野郎は意を決したように、俺たちに視線を向けた。

「今回の任務……というか今までの特待受注任務の発布者が、ヴェナンディグラム八大魔導師が一柱ひとり、``闇のバロール``ことヴァジリット・バロールさんその人だったからだ」

 暫時、執務室内の時間が止まる。御玲みれいはなるほど、そういうことですかと面倒くさげに呟いて渋々納得し、ポンチョ女はマジかよガチじゃんと呟いてだぼだぼの裾で顔を覆って天を仰ぎ、金髪野郎は相変わらず怠げに頭を掻く。

 その空気についていけていないのは、いつどんなときもマイペースで話を聞いていない澄連すみれんと、そして。

「……うん。誰?」

 他でもない、俺である。

 御玲みれいが額に手を当てため息をつく姿を横目に、金髪野郎は目を丸くして躙り寄った。

「いやだから、ヴァジリット・バロールだか八大魔導師だか、誰なんだって聞いたんだが。聞こえなかったか?」

「……お前、それマジで言ってる?」

「この雰囲気で冗談吐かすほど、俺はアホじゃねぇぞと……」

「いや、できれば冗談であってほしかったんだが……」

 金髪野郎の表情が一瞬で色濃い疲労で塗り潰される。なんか一瞬でやつれたなコイツと思っていたら、ポンチョ女が信じられないものを見たって顔で俺を見てきた。

「今まで色んな新人を面倒見てきたが、お前ほど世間知らずな奴は初めてだぞ……どうやって生きてきたんだお前は」

 反論しようにも、それすら許されない居た堪れなさで満たされた執務室。もう俺に対する視線が、信じられない怪物を見たようなものになっていて、怒る気も失くなる勢いだ。

「み、御玲みれいさん……?」

 ひょっとして、と思い、御玲みれいの方へ視線を投げたが、彼女は何食わぬ顔。執務室内を満たす空気感などガン無視し、平然と清涼飲料水を口に含む。

「はい。知ってましたよ」

「なんで教えてくれなかったんだよ!」

「聞いてこなかったじゃないですか」

「お前今日の任務の内容知ってたんだろ!? だったら先に教えてくれても良かったじゃん!」

「知りませんよ。昼までグータラ寝てるのが悪いんでしょう?」

「ぐっ……そ、それはそうかもしれんけど……」

「居た堪れないと思うなら、いい加減自分から勉強することですね」

 ふん、とそっぽを向かれてしまった。正論パンチすぎてぐうの音も出ない自分が情けない。反論なら思い浮かぶものの、それら全てが感情的な屁理屈にしか思えず、項垂れるしかなかった。

 確かに興味がなかったから勉強してこなかったのは事実だが、まさかそこまで重要な知識だとは思えなかった。知らなくても特に支障はなかったし、関わりもなかったからだ。それでいま支障をきたしていて、ソイツらがいる組織に現在進行形で関わっているのだから、笑い話にもならない間抜け具合なのだが。

 流石にここで変に言い訳したらもう相手してくれなさそうだ。自業自得とはいえ、屈辱すぎる。

「まあいい……知らんのなら今日賢くなっていけ。武市もののふし、ひいては任務請負機関に属する者として、八大魔導師を知らんのは周りから鼻で笑われても文句は言えんからな。それで逆ギレとか絶対すんなよ。分かったか?」

「へーい……わーりましたー……」

「……あん?」

「分かりましたよ覚えます教えてくださいませんかねぇ!!」

 屈辱だ。こんな辱めは二度と味わいたくない。弥平みつひら御玲みれい久三男くみおにでも頼んで勉強できることはして覚えておいた方がいい。

 御玲みれい久三男くみおに白い目で見られるのは、まあなんとも思わないと言ったら嘘になるが、仲間以外に鼻で笑われるのは俺のプライドが許さない。

 笑われるのが嫌なら、日頃から笑われないようにしろ。クッソ癪だが金髪野郎の言っていることは正論すぎた。知っていて当然のことを知らないのだから、馬鹿にされるのは当たり前なのだ。

「任務の説明するだけのはずが、まさか一般常識の話をする日が来ようとはな……こんなアホみたいな話、ここ以外じゃしたかねぇから一発で覚えろよ?」

 嫌悪を通り越して、もはや羞恥すら感じさせる表情に内心毒づきつつも、今回ばかりは流石に何処の馬の骨とも知らない奴らに馬鹿にされる可能性があるので、黙って金髪野郎が主催する講座を真剣に聞くことにする。

 ヴェナンディグラム八大魔導師。金髪野郎が語るソイツらは、上威区かみのいくに本部を持つ任務請負機関ヴェナンディグラムの創設に関わった、大魔導師たちの総称である。

 上威区かみのいく三大帝の一人、``任務長``ラークラー・ヴェナンディグラムの下に集まった彼らは、その力と威を以って自分らの存在を武市もののふしに知らしめ、任務請負機関という組織の地位を盤石なものにしたのだ。

 請負機関は戦後間もない頃に設立されたので創設されて既に三十年近く経っているが、その威は今でも武市もののふし内で崩れる気配はなく、他暴閥ぼうばつやギャングスターを抑え、大陸八暴閥ぼうばつに次ぐ武市もののふしの三大勢力の一柱ひとりとして君臨している。

「なるほど……つまりそれだけの能を持った強ぇ奴ってわけか」

「だから彼らを知らないお前に驚きがなんだよ。流石の俺もビックリだよマジで」

 気持ち急ぎ気味にブラックコーヒーを口に含む。

 講義はまだ続く。任務請負機関創設に携わったソイツらは、さっきも言った通り武市もののふしじゃ知らない奴のいないほど有名な大魔導師。それだけ有名だと、もしかしたら母さんとかも知っているかもしれないと思いつつ、金髪野郎がその名を挙げていく。

 八大魔導師と呼ばれる大魔導師たちには武市もののふしにおける二つ名の他、八大魔導師独自の二つ名も持っている。その二つ名は使う属性魔法に由来しているらしい。

―――``火のスルトル``スルトル・ムスペルヘイム・ヴォルケイノ

―――``雷のアーサーソルド``キトー・アーサーソルド

―――``風のシルフィン``シルフィン・ヴェントゥス

―――``水のウォッタル``ウォッタル・グランダル

―――``地のグランダル``テラース・グランダル

―――``氷のニヴルヘイア``ウィータエ・アエテルナエ・ニヴルヘイア

―――``光のメタトロニオス``カバラ・メタトロニオス

 そして、今まで俺たちに面倒事を押し付けてきた張本人にして、八大魔導師筆頭。 

―――``闇のバロール``ヴァジリット・バロール

「以上が面々だ。全員暗記しておけよ。特に氷、闇、光……あと風はな」

「なんで?」

「八大魔導師ってのはな、別名``請負機関最大戦力``と呼ばれるくらいには人智を超えた大魔導師。今となっちゃあ真っ正面から敵対しようと思う勢力は同格以上を除いて存在しないが、それは八大魔導師の名を冠する方々のうち、``魔女``って呼ばれてる方々の影響が関係しているからだ」

「ソイツらが特に強ぇって話か?」

「強いだけじゃねぇ。その立ち振る舞いからして、敵対するだけ割に合わないくらい厄介なんだよ」

 何故か額に冷や汗地味たものを滴らせながら、講義は続く。

 八大魔導師の地位を盤石たらしめているのは、八大魔導師に属する奴らのうち、``魔女``と呼ばれる特別強大な女魔導師が、暴閥ぼうばつやギャングスター等から強く恐れられているかららしい。

 なにせその``魔女``のうち、三柱さんにん上威区かみのいく三大帝すら凌ぐ地位を持つと言われているほどだからだ。

「は……? ちょっと待て。要するに``魔女``って奴らの一部は、請負機関トップの``任務長``って奴より格上なのか?」

 思わずソファから身を乗り出して立ち上がる。金髪野郎が「落ち着けよ」と言って手で制し、席に着くよう促してくる。

 前に似たようなことを話した気がするが、こと武市もののふし、ひいては俺ら暴閥ぼうばつの人間にとって``格``ってのは相手を推し量る上でクッソ重要な要素だ。力がものを言う俺らからしたら、金髪野郎の話をそのまま受け取ると格下の奴に格上の奴らが付き従っていることを意味する。

 俺の感覚からして、弱い奴の下に強い奴が従うことはあり得ない。少なくとも俺は自分より弱い奴に従う気は起きないし、邪魔だなと感じた時点で二度と舐めた態度にとれない程度にはブチのめしている。

 それくらいには重要なのだが、これはいったいどういうことだろうか。

「格上……と言われたらそうだな。実際、一部の``魔女``は特待受注を拒否できる特権を持っているぐらいだし」

「そりゃそうだろうよ……格下が決めたルールに格上が律儀に従う義理なんざねぇしな」

 納得すると同時に、それだけの強権を持っている事実から、その一部の``魔女``の実力が透けて見えてくる。

 機関則といえば、請負人が絶対に従わないといけないルール。違反すれば相応の罰則が課せられ、それに抗うことは基本的にできない仕様だ。かくいう俺も特待受注を無視できない上に、出勤三日目でやらかした同士討ち未遂による報酬六割減俸の罰則はまだ続いている。

 任務請負証で管理され、逆らう余地などないルールをある程度無視できる権限を持っているということは、その``魔女``たちは``任務長``よりも強く、やろうと思えば``任務長``をもぶっ殺せる力を持っているということだ。

 そして``任務長``が従わせているのではなく、その``魔女``たちが``任務長``に協力している立場だと見てとれる。

「そんで、その``魔女``ってのが……」

 金髪野郎に視線を向けると、俺の視線から意図を理解したのか、こくりと頷いた。

 その``魔女``たちの一人こそ、さっき言った八大魔導師筆頭にして、今まで俺たちに特待受注任務を発布し続けていた張本人である``闇のバロール``ことヴァジリット・バロールなのだろう。

「``光のメタトロニオス``、``氷のニヴルヘイア``と合わせて``三大魔女``って呼ばれててな。現状、この武市もののふしで御方々に表立って敵対する勢力は……まあ大陸八暴閥ぼうばつみてぇな規格外でもない限り、存在しないと言われている」

 思わず固唾を飲む。

 それはつまり、武市もののふしに存在する勢力が徒党を組んだとしても、その三人には敵わないことを意味する。数の暴力、組織の力すら蹴散らす強大な個人だということだ。もはや人として扱われているというより、一種の天災として見られているといっても間違いじゃないだろう。

 俺ら流川るせんだって、敵対するだけ阿呆と巷では言われているように、やはり武市もののふしにも数の力をたった一人で叩きのめせる個人がいるわけだ。

「くっそー! もんくのひとつでもいーてーきぶんだぜ」

「よせよせ。お前昔、``風のシルフィン``に叩きのめされたのを忘れたのか? アイツに手も足も出ないようじゃ、``闇のバロール``に楯突くなんざ自殺行為だっつーの」

 足をバタつかせて口を尖らせるポンチョ女に手を振って鼻であしらう。

 ポンチョ女、もとい百足野郎でも勝てなかったとなると、``魔女``ってのはマジで実力者揃いと見て間違いない。

 俺は御玲みれいに目配せしてみる。御玲みれいも静かに頷いてみせた。

「とまぁそんなわけで、``魔女``って方々にはカチコミかけて勝てるような人たちじゃあねぇ。間違っても不興を買うような真似は慎むこったな」

 そう言って、俺へ熱烈にガンを飛ばしてくる。

 流石の俺も百足野郎を完封するような奴に喧嘩を売りにいくほど阿呆で無鉄砲じゃない。仲間を傷つけられたとかなら話は別だが、相応の実力を持っている奴には相応の対応することも吝かじゃないのだ。

「さて、ここいらで一般常識についての話を終えたいんだが、理解できたか?」

 ブラックコーヒーを片手に、ジト目で俺を見つめてくる。

 確かに俺らがここに集まったのは、何も八大魔導師の講義を聴きにきたわけじゃない。あくまで西支部と合同で行う任務について、打ち合わせをするために集まってきたのだ。それを俺が腰を折ってしまったので、こうして別の話をするハメになってしまっている。

 そろそろ無知を批難する空気に耐えられそうにない。話を変えてくれるなら、早く任務の話をして欲しい。

 皆からねっとりとした視線が送られる中、わざとらしい咳払いをしつつ頷いてみせた。

「んじゃ始めるぜ。そこの新人以外は皆知ってると思うが……今回の任務は結論から言うと、西支部の防衛支援だ」

「なんか東支部のときと似たり寄ったりな内容だな……」

 西支部の防衛支援。聞く限り、前の東支部の任務と何が違うのだろう。また軍隊物の予感しかしなくて、流石に辟易してくる。

「だと思うだろ? それがまた違うんだよな今回は」

 得意げに胸を張り、ソファに大きくもたれかかる。

「今回の任務の背景には、昨日で決着がついた東支部の任務に関わりがあってな。お前とトトが倒した伏兵三人と凪上雅和なぎうえまさかずって奴、覚えてるか?」

「全能度五百の雑魚と、喚く以外能がなかった小物当主だったか」

 昨日のことゆえにまだ記憶に新しく、記憶の戸棚には綺麗にそのときの記憶が保存されていた。

 俺たちは新人のため、あまり事後処理そのものに携わることはなかったが、結局奴らは本部から派遣された請負官とともに本部へと送検されることとなり、その日のうちに護海竜愛ごうりゅう仙獄觀音せんごくかんのんの名の下、本部へと護送されたはずだった。

 俺らは見送る前にさっさと帰ってしまったので、護送されたっていう事実しか知らないのだが。

「何か問題でもあったのか?」

 恐る恐る、尋ねてみる。金髪野郎もポンチョ女も、そして御玲みれいも内容を知っているためか、薄暗い表情を浮かべる。何かしらあったのは、火を見るより明らかだった。 

「お前らが対処した三名の伏兵と凪上雅和なぎうえまさかず、そして本部から派遣された請負官だが……正体不明の何者かに全員殺された。俺も事実を知ったのは、今日の早朝のことだ」

 その言葉に、思わず無言で立ち上がる。金髪野郎も一言も話さず、座るよう手で促した。

 金髪野郎が言うには、護送そのものは滞りなく行われた。昨日の夜に護海竜愛ごうりゅうたちが呼び寄せた請負官が東支部へやってきて、今回の騒ぎの主犯格を本部へ送っていったのを、仙獄觀音せんごくかんのん率いる護海竜愛ごうりゅうと金髪野郎がきちんと見届けている。

 その後、金髪野郎とポンチョ女も北支部へ帰り、床に着いたらしいが、朝方特待受注任務の通知で叩き起こされる。

 今回の主犯格となった連中と本部から派遣された請負官らは上威区かみのいくにある本部にたどり着くことなく、中威区なかのいく西部都市にて護送車両は撃沈。護送車両の墜落からはなんとか逃れられたものの、追撃してきたであろう何者かに瞬殺されたという情報が請負証から知らされたのだという。

「思うんだがよ、なんで逃れたって分かるんだ? その場で殺されて死体持ってったって可能性もあるし、痕跡も何もないなら爆発四散したってことなんじゃねぇのか?」

「私も些か断定しすぎな気がしますね。まるでそのときの現場を本部が俯瞰していたかのように感じられますが、それはないのでしょう?」

 御玲みれいも俺も、熱烈な視線で顔面を突きまわす。

 要するに護送されていた奴らの車両がなんらかの手段で破壊され、ソイツらはどうにか破壊から逃れられたが、結局何者かにぶっ殺されたってことなのだろう。だが一体何の証拠があって状況を断定しているのだろうか。

 車両が破壊されたこと自体は、その車両を調べればわかることだが、破壊を逃れられたかは俺達からしたら分からない。

 死体も残らず爆発四散したのかもしれないし、運良く瀕死の状態で生き残ったが何者に殺されて死体を持ってかれたのかもしれない。かなり望み薄な話になるが、ほとぼりが冷めるまで今も西支部のどこかで息をひそめている可能性だってある。

 それらの可能性を吟味せず、破壊を逃れたが別の場所で殺されたと断定するのは、流石の俺でも早計だと思う。

 考えなしの俺よりも脳筋に成り下がったわけでもなし、その考えに至った根拠があるのだろうが、それを教えてもらわない限りははいそうですかと納得できるわけがないのだ。

 俺たちのリアクションを見て、金髪野郎は不敵に得意げに、してやったり顔を浮かべる。

「お前らは新人だから知らんだろうが、任務請負証ってのは便利な代物でな。請負人の生命活動が完全に停止し、回復魔法をもってして回復できない状態になったと判断すると``死亡通知``が本部に送られる仕組みになっている」

「ってことは、つまり……」

「今日の明け方……午前四時くらいになるか。東支部へ派遣された請負官全員の死亡通知が本部に送られた。となると東支部の騒動の主犯格らも、おそらく生きちゃいねぇだろうな」

 護送任務を任された請負官が死んだ。それはつまり、失敗した奴らが余計な情報を本部に漏らさないために、口封じで請負官もろとも皆殺しにしたということ。

 予想通りの展開にこそなったが、請負官ごと全員始末されるのは予想外だ。せっかく敵の尻尾が掴めると思ったが、まさか掴むどころか唯一の情報源も潰されたわけで、結局のところ今回の騒動のバックボーンへの至る道のりは、正体不明の暗殺者によって深く閉ざされてしまったことになる。

「しかし……本部は出し渋ったのか? 一応全能度五百の奴三人、小物とはいえ曲がりなりにも中威区なかのいく有数の暴閥ぼうばつ当主の護送つったら、それなりの実力者を寄越すのがスジだろ?」

 疑問は沸々と湧いてくる。今回の騒動の主犯格は、俺と猫耳パーカーがワンパンで片付けた全能度五百のアサシン三人と、全能度四百程度の小物当主の一人。全員雑魚とはいえ舐めた対応をすれば、余裕で支部連中ぐらいは皆殺しにでき、家屋のいくらかを拳一つで破壊できるぐらい高い膂力を持った奴らだ。

 護送となれば最低でもソイツらをまとめて拳で黙らせられるぐらいの強い奴を寄越さないと隙を見て逃げられてしまうような気がするのだが、そこはどうだったのだろうか。まさか護送任務に寄越した請負官が雑魚で、隙を突かれて殺されて、まんまと逃がしてしまったとかそんなクソ間抜けな話じゃないだろうか。

「本部だってバカじゃねぇ。当然それなりの実力者を出してくれてたぞ。全能度にして五百越え、それも暴閥ぼうばつの当主クラスやギャングスターを単騎で壊滅させられるぐらい実戦経験積んでる奴らをわざわざ寄越してくれてたんだ」

 金髪野郎は右手を左右に振って、疑念を打ち払う。

 護送任務に派遣された請負官は全能度五百以上、死線もそれなりに超えてきた経験もきっちりある、本部の中でも上の下ぐらいに位置する請負人五名の分隊。

 それを全滅させたとなると、相手はそれなりに組織だった動きを取れる実力者を八つ裂きにできる強者ということになる。

「敵が複数人だった可能性は?」

 御玲みれいからのジャブも止まらない。

 マトモに考えるなら、集団には集団を。こっちも集団だったように、向こうもまたそれなりの数を仕向けてきたと考えるのが普通だ。一人だけだと討ち漏らす可能性が高くなるし、なにより平均全能度五百超の一分隊を、一人で殺し切るのは至難の業だ。そんな真似ができるのは、それこそ俺らとか、さっき話題に上がった``魔女``みたいな連中ぐらいだろう。

「俺もそう思ったんだがな……それだと死因と死亡時間の説明がつけられんのよ」

 金髪野郎の言葉に俺は首を傾げる。その仕草に、金髪野郎が面倒くさげに頭を掻く。

「死亡通知は何も死んだって事実だけを伝えるだけじゃねぇ。死因や死亡時刻なんかも一緒に送られてくる。ただ死にましたってだけの情報じゃ、こっちは悲しむぐれぇしかできねぇからな」

 皮肉そうに、だがなんだか達観しているかのように補足する。

 確かにただ死んだってだけの情報はあまり役には立たない。縁起の悪い話だが、どうやって死んだか、いつ死んだかの方が、主犯格の足取りを追えるって点で前に進める。今回の件で凪上なぎうえ家と裏で繋がっていた存在への足取りは途絶えたと思われたが、護送任務に就いていた請負官たちが、暗殺した奴の足取りを死して教えてくれていた。

「死因は全員、頸動脈裂傷による失血死。まあこれでどんな奴が殺ったかは絞られてくるわな」

「まぁたアサシンタイプか……」

 なんとなく予想はしていたし、重要な情報源を絶つのにうってつけの人材といえば、相手がマトモな奴らなら死因なんぞ聞かなくても推測くらいはできる。死因を聞いたことで、推測は確信へと変わった。

「しかし、それだけではアサシンタイプの人間が複数遣わされた……という状況を否定するには足りませんよね」

「そこで死亡時刻だ。もし凄腕の複数人だったなら、全員死亡時刻はほぼ同時か、同時でなくても各々が死ぬまでの間隔は短いはず……ってのは分かるよな?」

 俺も御玲みれいも首を縦に振る。

 アサシンタイプが複数人で襲ってきたのなら、何も一人ずつ殺すなんて非効率な真似をする必要はない。アサシンタイプ一人につき請負官一人、同時並行で瞬殺していけばいいだけの話で、その場合死因はほぼ同じで死亡時刻もほぼ同時か、間隔はすごく短いかのどちらかになるはずだ。

「死因は暗殺者が真っ先にやりそうなありふれたものだが、一人一人の死亡時刻は不自然に間隔が空いていた。まるで一人ずつ殺していった風にな」

 金髪野郎の解説は続く。請負官の死亡時刻は一人十分ないし五分の間隔が空いており、全員殺し切るのに一時間ほどかかっていたらしい。凄腕のアサシン複数人が遣わされたにしては、あまりに時間がかかりすぎている。

 それだけの時間をかけたとなると、アサシンタイプが複数人襲ってきたという線は潰え、超凄腕のアサシンタイプが単騎で一分隊を滅ぼしたことになる。

「増援要請とかしなかったのか……一時間もあればできるはずだが」

「いや、緊急救難信号エマージェンシーコールはあったらしい」

「それなのに殺られたってのか」

「本部から西部都市まで一時間以内ってのは距離的に無理だからな。それにいくら緊急だとはいえ、増援部隊が出発準備を整える時間も必要だし」

 金髪野郎は淡々と俺が掘り起こした粗を否定する。

 任務請負証には急を要する際や任務遂行の上で緊急事態が発生した際に、諸手続きを無視して増援を呼び出せる``緊急救難信号エマージェンシーコール``を送る機能がある。

 殺し尽くすまでに一時間かけていたのなら、その間に増援を呼ぶことぐらい本部の請負官なら考えたはずだ。一人だからと油断するような無能でもなし、相手がアサシンタイプなら人数など関係なく尚更気を引き締めて挑むはず。

 しかし、本部から西部都市の距離は遠大だ。

 金髪野郎曰く、本部は霊力で駆動する武装車両を何台も所有しており、それら全て陸海空に対応した特注品なのだが、その車両を最高速で飛ばしたとしても、本部から西部都市まで空路でも数時間はかかるらしい。

 一時間以内に辿り着くのは不可能であり、単純に増援まで持ち堪えられなかったってことだ。

 当時生きていたであろう請負官たちも、一時間以内に自分らが始末されてしまうとは流石に予想していなかっただろう。お悔やみ申しあげる。

「俺の車だったら最高速で飛ばせば余裕で間に合ったんだがな……武装じゃ流石に本部の車両には負けちまうが、速さにはこだわった一品だし」

「すげぇなお前の車……」

 金髪野郎は珈琲片手に虚ろな目で日の光が差し込む窓を眺めた。

 そういえば、コイツの車は最高速度マッハ五十で空を飛ぶことができるスーパーカーだった。南支部や東支部合同任務のときも、現地に向かうのに俺たちはお世話になっていた。

 武装はともかく速度だけでも組織が用意している特注品に勝る性能の車を持っている時点で、十分凄いと思う。本当に北支部のトップで収まっているのが不思議でならない奴である。

「しかし……そうなると相手は常軌を逸した達人、ということになりますね……」

 御玲みれいが額に汗を滲ませながら、清涼飲料水を静かに口に含む。

 一分隊をたった一人で殺し尽くす。言葉で言うだけなら簡単だが、実際にやろうと思ったら極めて難しい。さっきも言ったように、普通に考えれば何人かは討ち漏らしてしまうからだ。

 自分たちが劣勢だと判断した場合、本部に助けを呼ぶか、熟達した請負官なら任務を放棄して逃走に徹し自分らが襲ってきたソイツの情報を本部に持ち帰ろうとするはずだが、それすら見越したうえで迅速に全員殺し尽くしたとなれば、殺す腕前をさながら抹殺対象を確実に殺すための追跡能力も非常に高い。

 少なくとも、俺や猫耳パーカーが叩きのめしたアサシンタイプの伏兵と比べるべくもない実力だ。

「まあ、経緯は分かったが……それと西支部防衛支援と何が関係してるんだ?」

 凪上なぎうえ家の当主とアサシンタイプの伏兵そして護送任務に就いた請負官は皆殺しにされ、彼らを殺した暗殺者は凄腕で、誰一人として目撃者がいないために正体は分からず仕舞い。そこまでは理解できたが、その件と今回の西支部合同任務との共通点が依然として見えてこない。

 強いて言うなら、護送車両が中威区なかのいく西部都市で撃墜されたことぐらいだが―――。

「直接関係があるかは分からんが、同じ時間帯に中威区なかのいく西部都市へ異常な戦力が集中し始めたのを本部が察知した。目的は不明だが、早急に対処しろとのことだ」

 また漠然とした内容だなと思いつつ、同じ時間帯に、ってところに意識が向く。

 昨日の主犯格を乗せた護送車両が撃墜された場所が中威区なかのいく西部都市で、護送任務に就いていた請負官たちはたった一人の暗殺者に皆殺しにされたのも同じ場所。虐殺の舞台となったその場所で、異常な戦力が集結している。

 直接関係があると断ずるのは確かに早計だが、無関係と断ずるには、状況がどれも西部都市で起こっている出来事である。これら全ての出来事がつながっているという確かな証拠はないが、だからといって本当に無関係だと断ずる証拠はどこにもない。

「ちなみに異常な戦力ってどの程度異常なんだ?」

 とりあえず敵戦力の確認だ。それをしなくては始まらない。俺以外誰もがあらかじめ知っていることをわざわざ話すのが億劫なのか、ブラックコーヒーのティーカップを荒立たしげにテーブルへ置いた。

「平均全能度五百前後の小隊が一つ。これがもし西支部に侵攻すれば、西支部は壊滅的打撃を受けることになる」

「……ショータイ……?」

「三十から六十人規模の兵隊が集められてるってこと!! 軍の編制単位くらい覚えとけ!!」

 たくもう無知にも程があるぜ、と流石に苛立ちを隠す気のない金髪野郎。

 喧嘩売ってんのかテメェと言いそうになったが、さっき俺以外誰でも知っているような知識を教えてくれたばかりだ。今ここで俺が苛立てば流石に立場が最悪になりかねない。無知なのもあながち否定できないし、ここは大人しくしておこう。

「昨日の十三万の軍勢が霞む戦力ですね……」

「ああ。全く立て続けになんだってんだ……?」

 御玲みれいと金髪野郎が同じタイミングでため息を吐き散らかす。

 東支部での戦いにおいて、俺らが相手した十三万の軍勢は物量が凄まじく多いだけで、一人一人はクソ雑魚もいいところだった。全能度にして百前後、高い奴でも二百いくかいかないかぐらいの連中で、そのほとんどが魔法はおろか魔術も使えないボンクラばかり。しまいには小物当主が拘束されたと宣言したら、一目散に全員が東支部から逃げ出す始末だった。

 正直真面目に相手するのも阿呆らしいぐらいに弱かったが、平均全能度五百ともなれば、一人あたりの戦力は一気に跳ね上がる。

 全能度五百とは、本来なら本部に所属する請負官に匹敵する肉体能力を持ち、訓練された奴ならば魔法や魔術もそれなりに扱えるばかりでなく、膂力だって生半可なものではない。全能度五百の奴一人いたら、俺らが相手した十三万の奴ら程度、殺す気で相手すれば半数以上は余裕で殺せるだろう。数を揃えれば一方的に蹂躙することも容易い。

 西支部も東支部と同じく、全員が強いってわけじゃない。俺や猫耳パーカーでないと殺せないような奴が三十人もいれば、西支部の連中は一時間足らずで淘汰されるだろう。戦いにすらならず、一方的に殲滅されるのが目に見えていた。

「つーわけで、正直行きたくはないが``闇のバロール``さん直々の特待だ。とっとと現地入りしに行くぜ」

 重い腰を奮い立たせるように立ち上がる。任務熱心なコイツが、一段と老けたオッサンぐらい腰が重くなるところを見るに、中威区なかのいく西部都市は相当面倒くさい所なのだろう。更には東支部を襲わせた連中の影も見え隠れしているし、二重の意味で面倒なのかもしれない。そこまで面倒だと腰が重くて、体がソファに染みついて一つになっちまう勢いだ。

「ほら、早く行きますよ」

 御玲みれいに腕を掴まれ、急かされる。

 そういえば、今回の任務の報酬はどれくらいになるのだろう。色々聞いていたせいで聞きそびれた。なんなら真っ先に報酬の話を持ち出すはずのポンチョ女もだんまりだったし、まさか本当に払われないなんてことがあるのだろうか。流石にそれはないと思うが。

 ため息を吐きながら、重すぎて上がりそうにない腰を、御玲みれいに支えられながら、執務室を後にしたのだった。
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