無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

文字の大きさ
上 下
55 / 106
抗争東支部編

地下迷宮籠城戦 ~対パラライズエリア~

しおりを挟む
 パラライズ・ウィッパー。護海竜愛ごうりゅう偵察兼特攻要員であり、偵察と突撃ならば、護海竜愛ごうりゅうの中で彼女の右に出る者はいない。

「遅い、遅い遅い遅い遅いッッッ」

 雪崩のように押し寄せる男どもなどそよ風の如く。黄色い稲妻を走らせながら男どもの隙間を縫うように走り抜けると、彼らは悲鳴すらあげることなく次々と倒れていく。岸に打ち上げられた魚のように、体を小刻みに震わせて。

「な、なんだコイツ!?」

「速すぎて見えん!!」

「くっそ、動けねぇように畳み込め!!」

 自分の前を走っていった者たちが、なんの前触れもなく、悲鳴すらあげず、体をプルプル震わせて地面に昏倒していく姿を見れば、無事だった者たちに恐怖と焦燥が伝播するのは必然だ。

 彼らの身に何が起こったのか。真相を知るは、エリア内を疾駆する稲妻を纏いし少女のみ―――。

「無駄ッス! アンタらの速さじゃ、ぜってー追いつけないッス!」

 少女、パラライズ・ウィッパーは壁を、天井を、地面を、縦横無尽に駆け回る。

 その速度は、常人の動体視力で捉えられるものではない。平均全能度百前後の彼らとて、力に自信はあっても反射神経には自信はなかった。なすすべもなく彼女の稲妻の鞭に打たれ、一人、また一人と倒されていく。

「クッソ、なんなんだコイツはよぉ!?」

「みんなワンパンでやられていきやがる!! こんなの勝てるか!!」

「くそがあああああ!!」

 男たちの悲鳴がエリア内に響き渡る。

 物量で押し切れば小娘一人程度、軽く捻り潰せると目論んでいた者たちにとって目の前で起きている状況は、もはや惨劇に等しい。突破口の見えぬ戦局に、逃げ腰なりつつあった。

「力じゃオメーらの方が上だろーさ。でもアタイを殺るには、オメーらは遅すぎる。アタイは東支部最速だからなァ!!」

 黄金色の雷を身に纏い、エリアを走り回る黒バトルスーツの少女は形勢が崩れた瞬間を決して見逃さない。立て直す暇を与えず、次々と男たちの隙間を縫うように薙ぎ倒していく。

 パラライズ・ウィッパー。彼女は宣言通り、力は強くない。むしろ戦闘面においては護海竜愛ごうりゅう最弱の存在であるが、彼女には彼女にしかない特色があった。

「アタイの稲妻に痺れな!! ビリビリ!!」

 黒色のぴっちりとしたバトルスーツから漏れ出る黄金色の電撃。

 彼女が何故他の隊員と違ってバトルスーツを着ているのか。それは彼女が先天的な帯電体質だからである。

 彼女が通りすぎる度、男たちがバタバタと地に伏していたのは、彼女の帯電体質によって感電させられていたからに他ならない。彼女が内包する電撃は最大出力で放てば雷にも匹敵し、人間程度であれば感電死させることも容易いほどだ。

 今回は殲滅戦ではないので出力を抑えているが、否応なく昏倒させられるほどの電撃を浴びては、すぐに立ち上がることなどできはしない。 

「だめだ、速すぎる!!」

「追えねえ、ハエかよコイツ!!」

「撃て!! 撃ちまくれ!!」

 帯電体質の他、彼女にはもう一つの特徴がある。それは常人の動体視力では見切れない、その敏捷性能である。

 彼女の敏捷は宣言通り、東支部内では最速である。彼女の動きを捉えられるのは東支部では三人しかおらず、常人の請負人では彼女の動きについていくことすらできない。

 その速さたるや、弾速をも凌ぐ。狙撃に対しても高い対応力を有するため、生存力はトップクラスで高い人物なのだ。

 力こそなく、雷属性に適性を持ちながら不器用すぎるがゆえに魔術すら使えない。

 戦いに関する術を全く持ち合わせていない彼女だが、その体質を最大限に利用した接触昏睡攻撃は、他の追随を許さない強力な矛となって彼らに突き刺さる。銃火器を持っている者たちなど、もはやただの木偶と言ってもさしつかえない。

「お仕事完了、っス!」

 気づけば、大軍は全員地に伏していた。彼女はただ、自分のエリア内を縦横無尽に駆け回り、次々と押し寄せてくる男たちの肩を触れて回っただけである。

「く……そ……!」

 一人だけ昏睡しきれてない男がいた。男は震える手で引き金を引く。男が持っていた武器は、なんのことはない、ただのオートマチックの拳銃。勝利の余韻に浸る者へ送りつけるプレゼントにしては、致死的なものであるが。

「残念、アタイは銃弾より速ぇんっスよ」 

 鉛玉に当たるほど、彼女は遅くなかった。気づけば男の背後に回り、首根っこを掴む。苦悶に満ちた悲鳴とともに銃が手から離れ、遂に最後の一人の意識も途絶えた。

「……」

 ただ触れて回るだけの簡単なお仕事で、大軍に勝利を収めたにもかかわらず、彼女の表情は何故だか暗い。エリア内を縦横無尽に駆け回っていたときの明るさはどこかへと消え、後悔と自責が入り混じったような顔色を張り付ける。

 彼女の目線の先には、さっき倒した男のタトゥーがあった。背中に彫られた、燃え上がる黒い馬のタトゥー。それを見つめる度、彼女の表情に陰りが色濃くなっていく。

「かつての……アタイ……か」

 動き回って汗をかいたのか、着ていたバトルスーツを脱ぎ捨てる。

 バトルスーツは湿った音を立てて地面に張り付いたが、そんな彼女の背中にも燃え上がる黒い馬のタトゥーが、今にも走り出したそうに強く、強く主張していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...