無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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抗争東支部編

初めての確執

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 地味眼鏡っ子の地下迷宮案が採用され、人員の配置などは地下迷宮完成後に決めるという結論の後、まずは早速地下迷宮の再配置に取りかかるべきという意見の下に、会議は一旦終了となった。

 金髪野郎とポンチョ女、御玲みれいなどの、不死身でない組は地味眼鏡っ子とエルシアに連れられて地下迷宮の天井の耐久度の相談に、彼ら以外の不死身組はフリージアに連れられて東支部のフロアの一部を貸してもらえることとなった。

 特にポンチョ女は地味眼鏡っ子とともに地下迷宮の再作成に参加するため、御玲みれいや金髪野郎よりも帰りが遅くなるらしい。

 いつもグータラ寝ているような奴が土木工事じみた真似ができるのか疑問だが、多分実際に仕事をするのは百足野郎で、ポンチョ女は大方通訳係といったところだろう。なんにせよ、俺には関係ない話であった。

 澄連すみれんも一緒に来るかと思っていたのだが、カエルが「ちょっと話したい奴がいるから先に行っててくれ澄男すみおさん」と言い残し、俺達とは別方向へと走っていった。

 もしかして会議終了直後に音もなく姿を消したセレスとかいう怪しげな紳士を所に行ったんだろうかと一瞬考えを巡らせたが、カエルからはごく稀にみるシリアスな雰囲気を感じられなかったし、他の連中もいたっていつも通りだった。

 どうせ暇つぶしがてら東支部探検にでも出かけたんだろうと、とりあえず放っておくことにしたのだ。

 そして、かくいう俺はだが―――。

「なんでなんだよ!」

 宿泊する部屋の目前まで案内された矢先、フロア中に響く大声でフリージアに怒鳴り散らしていた。

「君と御玲みれいさんが主従の関係にあることは認めよう。しかし、異性の同衾どうきんを認めるわけにはいかない」

 恫喝に全く動じる素振りもなく、頑として首を横に振るフリージア。

 理由は簡単。何故だか知らないが、俺と御玲みれいは断固別室でなければならないとフリージアが言い始め、全く譲る気配がないのだ。

 確かに俺にとって御玲みれいは異性だけど、もう同じ屋根の下に生活を始めて四ヶ月が経とうとしている間柄。今更同じ部屋に泊まることに抵抗なんてないし、そもそも同衾どうきんなんざするわけがない。

 ベッドも二つあるし、各々別々のベッドで寝るまでのことだ。俺が御玲みれいのベッドに夜な夜な忍び込むとかいう下衆な真似をする気は全くないし、仮にしたら自分自身が許せなくなる。

「俺が御玲みれいにやらしいことでもすると思ってんのか? するわけねぇだろうが!! 仲間だぞ!!」

「だから、それは認めると言っているんだよ。しかし、ここにいる限りは東支部のルールに従ってもらわねばならない。残念だが、いかなる理由であれ異性同士が同じ部屋で寝泊まりすることは認められない」

「チッ……意味が分からねぇ……! なんでそんな変なルール決めたんだ? 俺と御玲みれいはもう四ヶ月以上も同じ屋根の下で生活してんだぞ? 今更だろうが!」

「それは君たちの内部事情だろう? 逆に聞くが、君と御玲みれいさんが必ず同じ部屋である必要はあるのか? 別室は何故ダメなのだ?」

「なんかあったときに御玲みれいを守る奴がいなきゃ困るだろ! 俺なら肉壁になれる! でも御玲みれいは一撃でも不意打ち喰らったら終わりなんだ! わかるだろ!」

「私も肉壁には自信がある。その点は問題ない」

「黙れよ、テメェの不死性なんざアテにしてねぇ。いざってときに御玲みれいの足を引っ張るようなら話にもなりゃあしねぇよ」

 フリージアは苛立ち紛れに深くため息をついた。

 ため息をつきたいのはこっちだ。猫耳パーカーや百足野郎とかならともかく、コイツは明らかに御玲みれいより弱い。死ににくいのかは知らんが、どっちみち御玲みれいより弱いのならいざってときに足手纏いになる。

 そのとき御玲みれいにもしものことがあれば、どう責任とるつもりなのだろうか。弱肉強食だから死んじまったのは仕方ないとか吐くのだろうか。もしそうなら俺はコイツを含め東支部の連中を一人残らず皆殺しにして、東支部そのものを跡形もなく消し去る。それぐれぇやらねぇと気が済まねぇ。

 もう俺は仲間を失うわけにはいかない。失うくらいなら、失う前にその原因となる全てをぶっ壊す。もう、澪華れいかの二の舞だけは避けなきゃならねぇんだ。

「おい、どうしたフリージア」

「エルシア隊長……いえ、彼がですね」

 いがみ合っていたら後ろからエルシアと金髪野郎、そして御玲みれいの三人がやってきた。地味眼鏡っ子との話し合いを終えて、エルシアに泊まる部屋を案内されてきたのだろう。

 フリージアはエルシアに俺との口論の内容を事細かに話すと、エルシアは俺に対して険しい視線を向けてきた。俺もつられて睨み返す。

「ここにいる限り、貴様も東支部のルールに従ってもらう。例外は認められない」

「だからそのルールの意味が分からんのだが? 俺が御玲みれいに変な真似すると思ってんのかって」

「そんなことは関係ない。ルールの意味が分からなくても、それを守るのが人間というもの。郷に入っては郷に従えという言葉があるだろう?」

「だったら説明してくれや。俺の納得がいくようにな」

「説明して、貴様は納得するのか?」

「知らん。テメェの説明力次第だ。できなきゃテメェにそれだけの能がなかった。ただそれだけのことだろ」

「なら拒否する。どちらにせよ従ってもらうことに変わりはないし、ずっとというわけでもない。任務が終われば北支部のルールに従えばいい」

 心の奥底から湧いてくる烈火のように熱い何か。全力で蓋をして抑えているが、今にも蓋を吹き飛ばして爆発しそうだ。呼吸もどんどん荒くなる。視界も赤くなってきた。

「……はは、ルールの意味も分からん上に押し付けてくる割には説明すらしない。理解してもらおうと思うなら説明すりゃあいいのに、それをせず納得しろだと? 舐めた口を叩くなよアバズレどもが……!!」

 床と壁にひび割れが入り、ビル全体が大きく揺れる。まるで地震でもあったかのように、金髪野郎と御玲みれい以外の全員がその場でずっこけた。

 何故地震が起こったか。簡単だ。俺が霊圧を放っているからに他ならない。それもとてつもなく大出力の霊力を。

「よしわかった。コイツは俺が言い聞かせておく」

「くっ、我々は理不尽な力には屈しない!」

「んぁー、分かったから! とりあえずここは俺に任せて」

「邪魔なんやが!!」

「痛っ……!! あーもう落ち着けって!!」

「いやもういいめんどくせぇ、女だろうが関係ねぇぞ俺は。分からねぇなら分からせる。喧嘩だ喧嘩、表でやがれ!!」

「んなことしても解決にならねぇよ、喧嘩なら俺が買ってやるからここではよせ」

「うるせぇ黙れ!! テメェにゃ関係ねぇ、この女どもがガタガタ意味わかんねぇこと言ってっから分からせるっつってんだ!! 部外者がしゃしゃるんじゃねぇ!!」

 もうこうなったら分からせる。力づくだろうがなんだろうが関係ない。意味わからんこと言っているから言えないようにする、俺の主張で塗り潰す。ただそれだけ。

 俺は意味の分からなくてスジが通っていないことが大嫌いだ。コイツらの意味わからんルールのせいで御玲みれいに傷一つつくようなら、その原因を作った連中もろとも全て跡形もなく消えてもらわなきゃならなくなる。

 俺だって大量破壊とか大量虐殺なんざしたかねぇ。でも仲間の命一つと比べれば、他の連中の命なんぞカスに等しい。

 俺にとって、仲間こそが全てだ。狂ってると言われようと、仲間こそが俺の全てなんだ。その全てを奪うというなら、俺がその倍奪い返すだけのこと。

 奪い返して、無に帰してやる。のうのうと生きられた今までを後悔させてやらなきゃ気が済まない。

「いい加減になさい!」

 煉旺焔星れんおうえんせいをぶん投げ、手始めにあたり一帯を焼け野原にしようと思った瞬間。御玲みれいに頭をぶっ叩かれた。

 あまりに突然の出来事だったせいで、というか予想外すぎて、思わず煉旺焔星れんおうえんせいを体内にしまいこんでしまったが、御玲みれいの顔を見て、俺の中に宿るドス黒い何かが大人しくなっていくのを感じた。

「私は大丈夫ですから。相手は人ですし」

 御玲みれいの表情は、優しかった。いつもクールで、ストイックで、厳しさの塊のような女だが、今まで見たことがないくらい優しかった。

 その表情が、一番見覚えのある笑顔と重なる。誕生日を祝うと決めたあの日、拾おうとして、守ろうとして、でも守れなかった、あの優しい淑女の微笑みだった。

「大丈夫ですから」

 優しく、諭すように声をかけてくる。肩に添えてくる手が、胸中に際限なく渦巻く不安を瞬く間に振り払っていく。

 目を泳がせながらも御玲みれいの顔に目を向けたとき、自分の中に宿っていた負の感情が、完全に失われていたことに気づいた。俺の感情に呼応するかのように、地鳴りが止む。恥ずかしげに頭を掻きむしった。

「……御玲みれいに傷一つつけてみろ。朝日は二度と拝めねぇと思え」

 床にへたり込んでいる女どもに指をさし、開いた口を威圧で縫い合わせる。

 これが今の俺の最大限の譲歩。反論など聞く気はないし、異論も認めるつもりはない。自分勝手な奴だと後ろ指を刺されようと、仲間を守るためなら嫌われ者にでもなんでもなるつもりだ。たとえ今ここでコイツらと敵対することになろうとも、俺は俺の信念を貫く。

 金髪野郎を押しのけ、案内されていた部屋に飛び込んだのだった。 


 しばらくすると金髪野郎も部屋に入ってきた。

「ったく、あんなに騒いでおいてよくもまあベッドで寝れたもんだよなお前」

 俺と金髪野郎は相部屋だ。ベッドは二つあるので一つのベッドに野朗二人が寝るとかいう状況にはならんが、それはさておいて、俺は早速靴やらなにやらを脱ぎ捨てて、ベッドを大の字で占領していた。

「……なに? 悪い?」

「悪いっつーか、なんつーか……いや、いい。言っても無駄だよな」

 頭を掻きむしりながら、半ば呆れ気味で近くにあったソファに深く腰掛ける。

 何故だがお疲れ気味のようだが、俺には関係ない。どうせエルシアあたりに言い訳でもしていたのだろうが、俺は俺の信念を貫いたまでのこと。これでも御玲みれいの顔に免じて譲歩してやったぐらいだし、そのためにとった行動に文句を言われる筋合いはない。

 失われたら、もう御玲みれいは戻ってこないんだ。あのときの、澪華れいかのように―――。

「……そのツラ、どうせ納得なんざしてねぇんだろ?」

 脳裏によぎる澪華れいかの顔が、金髪野郎の声で振り払われる。横槍を入れられた感に苛まれ、盛大に舌打ちをしながら金髪野郎が座っている方へ寝返った。

「あんな意味わかんねぇルール、御玲みれいの一声がなきゃ従う意味も価値もねぇ」

「意味や価値はお前が決めることじゃないんだが……まあいい。そのルールの意味ってやつを俺が説明してやるよ」

 また説明か、このクソだるいときに。

 聞くのが面倒という言葉が脳裏によぎりまくり、ため息をつきながら金髪野郎から目を逸らす。だが俺の態度など意に介さず、金髪野郎は一方的に話を切り出した。 

「この東支部はかつて、暴閥ぼうばつ勢力とギャングスターによって支配され、支部史上最悪の治安を……」

「知ってる。だからどうした」

「……そのとき、東支部は根強い男尊女卑の環境にあった」

 そこで渦巻く感情の濁流が、大きな防波堤によって堰き止められた。

 男尊女卑。言い方はマイルドだが、その言葉の真意が分からないほど、俺は無知じゃない。その言葉から思い浮かんだのは、俺の愛しの友―――木萩きはぎ澪華れいか十寺じてら興輝こうきによって、ただの別物に改悪された、あの瞬間だった。

「女請負人の立場なんざ、皆無に等しかったのさ。その傷跡は今も、奴らの心の中に残ってる。だからここじゃ、男と女が交わることは絶対ない」

 いつもは荒れ狂う嵐のように胸中を暴れる怒りが、鳴りを潜めていく。

 同情しているわけじゃあない。ただの別物と化し、俺たちがクソ親父をぶっ殺す頃には死んでいた澪華れいかのことを思うと、無関係とは言えない話とも思えてきた自分が湧いて出てきただけだ。

 澪華れいかも強い奴とは言えなかった。どちらかといえばただの一般人で、戦う力なんてほとんどないに等しかった。だからこそなすすべなく十寺じてら興輝こうきに改悪されたわけだが、あの地獄の所業がこの東支部で行われていたとするなら、今を生きているアイツらにとって、男と女が同じ部屋に寝泊まりするなど信用できるできない関係なく不安でしかないだろう。

 俺が逆の立場だったなら、確実に力ずくで分け隔てたかもしれない。アイツらと同じように。

「チッ、クソが……!!」

 勢いよく起き上がるが、何故だか身体は重く感じた。

 御玲みれいは仲間だ。仲間は死んでも守り切るという絶対ルールを掲げている以上、向こうの事情はどうあれ、同情してやるつもりはない。たとえ向こうのルールを無視してでも、場合によっては自分の仲間を迷いなく最優先にする。

 でも男尊女卑という含みのある言葉を聞いた今、無碍にできないとほざく甘い自分がいるのも事実。

 二兎追う者一兎も得ずってことわざがあった気がするが、ドがつく不器用な自覚がある俺にとって、二つのことを同時に考慮しながら動けば十九八九失敗するのが目に見えている。優先するべき事柄がどっちか、考えるまでもなかった。

「まあいい。いざとなったら俺が飛び込む。ただそれだけのこった」

「少しは奴らを信じてやれって話だが、受け入れはしたみてぇだな」

 不満気ながらも、金髪野郎から放たれる緊張感が緩む。

 仲間じゃないやつを信じるなんて到底無理な話。俺が信じられるのは、共に同じ戦いを、同じ気持ちで、幾度となく乗り越えられてきた奴らのみ。

 それ以外はただの他人。そう割り切っていかないと、いずれ抱えきれなくなって、なにが大事なもんかを見失ってしまう。

 昔の俺なら、澪華れいかを失う前の俺なら―――全部守り切ってみせるとか格好だけは良い言葉を平然と言ってのけられただろうが、今の俺にそんな大それた勇気はない。ただの無謀としか思えなかった。

「話は変わるが、今回の撃退作戦において、お前やむーさんみたいなパワー系は必須だ。真面目にやれよ」

「だったら物理縛り解禁してくれや」

「だめだ。お前のことだから迷宮ごとぶっ壊すだろ。俺が許可するまで禁止だ」

「ちぇ、煉旺焔星れんおうえんせいで一網打尽にした方が早いってのに」

「そんなことしたら相手死んじまうだろ。敵であるが、相手は人間だ。命があるんだから、無駄な殺生をする必要はないだろう」

「ハッ、甘いねぇ……敵は殺す。それ以外にねぇと思うけど」

「んいや、認めない。やむおえない場合は仕方ないが、虐殺なんざ請負人の所業じゃねぇ。ただの非道だろ……」

 首をふりながら、盛大にため息をつく。

 ため息を吐きたいのは俺の方だ。理解できないし、甘ったるいにも程があるのだが、これ以上話しても平行線な上に収まりかけていた怒りがぶり返しそうになる。

 コイツと喧嘩すると毎度分が悪いし、せっかく腹の虫が鳴りを潜めたんだ。精神的労力を節約する意味でここは退いておくか。

「パラライズの話じゃあ、明日にでも敵さんは動く勢いで活気づいているらしい。それまでに戦いの準備は済ませておけよ」

 再び布団に潜り、昼寝でもブチかまそうかと思った俺にまた横槍がぶっ刺さる。

 準備とかは特にない。相手に人外じみた強ぇ奴でもいない限り、俺が負ける要素はないし、むしろ俺と百足野郎と澄連すみれん以外が心配なくらいだ。

 御玲みれいは俺がカバーするけど、俺は一人しかいない。基本的には各々のことは各々で身を守ってもらわなきゃならないし、準備とかそんなのは逆に俺が言いたい台詞である。

 まあ強いて準備するというなら、クソ面倒な連中を相手するためのモチベを補給するために、今ここで惰眠を貪ることぐらいだろう。

 飯時になったら飯食って寝て明日に備える。俺がやることは、ただそれだけだ。

 自分の体温で暖められてきたせいか、布団の中の温度が良い感じに温くなってきた。暑くもなく、そして寒いとも感じない、暖かいと感じられる絶妙な温度。睡魔が俺の意識を刈り取るには、十分な環境が整ったのだった。
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