無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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参上! 花筏ノ巫女編

巫女、発つ

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 澄男すみおたちがヘルリオン山脈の麓あたりでスケルトン・アークと戦い始めた頃。

 場所は変わって、武市もののふし西部。そこは武市もののふしの中でも内陸に属し、最も上威区かみのいくに近い場所。高層ビルの過密度は最も高く、それゆえ人口も中威区なかのいくでは最大と言われている都市。中威区なかのいく西部都心である。

 しかし、そこは決して健全に栄えているというわけではなかった。

 最も上威区かみのいくに近いということは、上威区かみのいく侵略を狙う中威区なかのいく民が多く住んでいることを意味し、彼らは虎視眈々と上流階級国民である上威区かみのいく民から利権を強奪するべく、日夜血で血を洗う抗争を繰り広げているのである。

 ここ中威区なかのいく西部都心は、中威区なかのいくにおいて最悪の治安を誇る闇都市。任務請負機関の司法が中々行き届かない、戦争上等の無法地帯である。

 今日も魔法や銃器を使った銃撃、魔法戦が各所で繰り広げられており、高層ビルが立ち並ぶ大都市である反面、建物や舗装された道路の傷み具合は尋常ではない惨状と化している。

 そんな中、何故か傷一つない、漆黒の堅牢な装甲に守られた、一際目立つ高層ビルの入り口から、巫女服を着こなす一人の少女が姿を現した。

「まったく、なんじゃこやつらは! わっちはただ、西支部の手伝いをしにきただけだというに、何の脈絡もなく襲ってきおって!」

 ビルの正門前には、ボロボロになった武市もののふし民が、死体のように道路を埋め尽くしている。

「いやぁ……ホント、マジすんません。ここら一帯は上威区かみのいく民反抗戦線とかなんとかで、最近物騒なんで……」

 巫女服姿の少女を送りに来たのか、Tシャツとジャージという適当な組み合わせの服を着た、天然パーマの少年が申し訳なさげに頭を下げる。死んだ魚のような目が、一瞬だけ見え隠れした。

「頭を下げるのはわっちではない! よいか、そなたはここの主。なればこそ、ここら一帯をきちんと仕切らんと、無法者で溢れることとなる! そもそもじゃな―――」

 くどくどと、少年に向かって説教くさいことをつらつらと並べ立て、反論の余地を許さない。流石に少年の顔は、彼女が語る度、徐々にげっそりとしたものへ変わる。

「そう言われてましてもね……俺一人でどうこうなるようなもんじゃ……俺、言っちゃなんですけど、そこまで影響力ないですし」

「だから捨ておくと申すか?」

「いやぁ、そういうわけじゃないですけど!! 俺も、その……目の前の仲間で精一杯っつーかなんつーか、分かるでしょ? アンタみたいに強かったら話は別ですけど!」

「なればこそ、その仲間とやらと力を合わせれば良かろう。この戦、そなたが止めず誰が止める? ``竜殺``よ」

「その二つ名やめてくれません!? 確かに竜倒したことありますけど、別に俺一人でやったわけじゃ……」

「うむ。なればこそ、じゃろ? 竜を退けられるならば、人の戦も止められるじゃろうて」 

 ``竜殺``と呼ばれた少年は、天然パーマでボサボサな髪を無造作に掻きむしる。

 少年の表情は非常にめんどくさげだったが、巫女服姿の少女から放たれる、言い訳を許さない目を見ると、途端に降参と言わんばかりの溜息を吐いた。

「では、わっちは次の地へ行く。この地の統治、精進するのじゃぞ!」

「はいはい。余計なお世……じゃなくて、激励のお言葉、ありがとうございますー」

 少年と別れた少女は、道端に倒れる魔導師や戦士たちなど気に留めず、悠々自適に背伸びをする。懐から饅頭を一つ取り出すと、それを美味しそうに満面の笑みで頬張った。

「さへ、ふひはひほほへのほほろへひはへはは」

 リスが如く口一杯に饅頭を頬張ったために何を言っているのかよく分からないが、彼女の見つめる先は、武市もののふしの遥か南の方角を指している。

「あの女です! あの女が俺らの仲間を全員ボコボコに……」

 上威区かみのいく民と中威区なかのいく民との間の抗争が絶えない中威区なかのいく最悪の治安の都市で、ただ一人饅頭を可愛く頬張る少女は、ただそれだけで異彩を放っていると言えるだろう。周囲の注目を集めてしまうのも、また道理であった。

「こ、この人数をあの女が一人でだと? 笑わせんじゃねぇ!!」

「とりあえず目立つから殺す!!」

「ぶちのめしちまえ!!」

 少女の背後から迫り寄る、数十人の男たち。魔導師っぽい輩もいれば、鈍器や銃器を持っているだけの輩まで様々だが、全員がハゲだったり変な色のモヒカン頭だったりと似たり寄ったりの顔ぶれが揃っていた。

 少女は南の方角を見たまま、微動だにしない。黙々と饅頭を美味しそうな顔で食べ続けるだけである。

「ふむ。ほへはほうき? んくっ」

 口に頬張っていた饅頭をごくりと飲み込む。喉を通る饅頭で食道の形が一瞬変わるほどの量を飲み込んだが、彼女は平然としていた。

「待っとれ。今行くぞ一年ひととせ!」

「まちやがれ!!」

「テメェ俺らを舐めてくれたな!! 中威区なかのいく三大ギャングと名高い``堕阿愚砲王捨だあくほうす``に楯突いたオトシマエ、ここでつけさせてやるぜ!!」

「ボコしちゃっていいんすよね、ボス?」

「亜ァ、殺っチまいなァ!!」

 他と明らかに体格が大きい、デブでハゲの男の一声で、周りのモヒカン頭のハゲ頭が一斉に少女へ迫る。

 ボスと呼ばれた大男の一声により、彼らの理性は瓦解した。一人一人の目が血走っていることが、なによりの証拠だ。

 彼らはギャング。上威区かみのいく侵略を目論む中位暴閥ぼうばつに雇われ、彼らに代わって戦闘行為を執り行う者たち。

 今いる中威区なかのいく西部の治安が最悪なのも、暴閥ぼうばつに雇われたギャングたちが、この辺り一帯を武力制圧しているからだ。

 ボスの一声で、彼らは欲望をむき出しにする。ギャングとは本来、己の欲望に忠実な獣の如き者たち。私利私欲を満たすためならば、婦女暴行も厭わない。今日もまた、哀れな小娘が一人、そんな私利私欲に塗れた外道によって傷者にされる。そうなるはずだった。

「むぉぉぉぉ!?」

 己の巨体を駆使し、体格にそぐわぬ速さでタックルをしてきた、ボスと思わしきデブのハゲ男は何故か宙を舞っていた。だが勝手に舞い上がったわけではなく、彼に飛行魔法や飛行能力が使えるわけでもない。

 正しくは、吹き飛ばされたのだ。彼が従える兵隊たちもろとも、巫女服姿の少女を中心にして放たれた、謎の衝撃波によって―――。 

「武波ァ!? な、何ガァ……!?」

 ボスと思わしきハゲのデブ男以外、全員が吹き飛ばされて気絶していた。ハゲデブ男も半ば昏倒していたが、少女一人に叩きのめされたと思ったのか、茹で蛸のように顔を赤くする。

 気合いで立ち上がり「ぶもおおおおおおおお!!」と叫びながら少女に突進するが、その薄汚い殺意は、彼女の真後ろに張られていた、見えない壁によって完璧に阻まれた。

「わっちと仕合したくば、この下らぬ争いをやめることじゃな」

 見えない壁にべったりと張り付き、今度こそ倒れたハゲデブ男。少女は彼らを一瞥すらせず、懐から次は焼鳥を取りだして、それをまた美味しそうに頬張る。そして「とおッ」という一声で、ロケットの如く空高く舞い上がった。

 その後、ギャングの残党が彼女を血眼になって探したが、その足取りを掴むことは誰一人として叶わなかったという。
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