37 / 106
参上! 花筏ノ巫女編
突きつけられた現実
しおりを挟む
戦力外通告。そんな扱いには、慣れていたはずだった。
元々肉体能力が高かったわけでもなければ、物語の主人公のように戦いの才に恵まれていたわけではない。北支部の任務請負人として数々の死線を潜り抜けてきたからこそ、今の肉体を手にできた。
任務をこなして生計を立て、生き残るために死と友人になる勢いで努力と研鑽を重ね、生存本能を極限まで磨き上げることで、その才能のない分を埋め合わせてきたのだ。
しかしながら、世界は残酷なまでに広い。いくら背伸びしようと、その頂は未だ垣間見ることを許してはくれなかった。
スケルトン系の上位種にして人類の存亡すら脅かす暴威―――スケルトン・アーク、そしてその天災と互角に渡り合えている新人たちこそが、どれだけ背伸びしようと届かない領域に立っている者たちの一例であった。
「……参っちまうよな、全く」
その場で跪き、荒い息で呼吸するレク・ホーランは、ぼやけた視界の中で、重すぎて全く動かない自分の足を恨めしく眺めた。
スケルトン・アークが発する闇の瘴気は強烈だ。生半可な魔法防御がなければ、その瘴気を浴びただけで周囲にいる全ての生物に害を及ぼす。
ぐらつく視界、頭痛、倦怠感、そして三半規管を抉り回されているのではないかと錯覚するほどの強烈な吐き気。いわゆる酔いに似た状態だ。
「レク……」
もたれかかるように寄り添ってくれるブルー。いつもは言動一つ一つが刺々しく、怠惰を絵に描いたような態度が印象的な彼女だが、こういうときに時折見せる真面目な表情が拝められると、戦力外通告も悪くないかなと思えたりする。
そんなブルーも顔色が悪い。彼女も似たような症状に必死になって耐えているのは明らかで、本来なら仲間を気遣う余裕もないはずだった。
ブルーとともに任務をこなす上で、今のような危機的状況に陥ることはほとんどない。基本的にむーさんという攻守ともに最強レベルの生物がいるからだ。
むーさんは魔生物のくせに頭が良く、何故か魔法も使える始末で霊力による汚染環境下にあっても``霊壁``で保護してくれたりするほど優秀な奴である。
もう一つ言うならかなり戦い慣れてもいるようで、今までブルーとむーさんとともにこなしてきた任務を振り返っても、むーさんが遅れをとってしまう場面など皆無だった。常にむーさんはブルーの前に立ち、彼女に降りかかるあらゆる災厄を、その巨体で尽く粉砕してきたのだ。
それくらいむーさんに頼ることが多いわけだが、いつでもむーさんがそばにいるとは思っていない。今のように分断されている場合を見越して、霊力汚染環境下でも十分に戦闘が行えるようにする切り札を一つ用意してある。
用意してあるのだが、残念ながらそれすら使えない。何故なら―――。
「まさか……ストック全部使い切らなきゃなんねぇなんて、予想できるわきゃねぇよなぁ……」
数日前に戦った、謎の女アンドロイドとの戦い。その際に手持ちだったほぼ全ての自作霊力回復薬のストックを使い果たしてしまい、今や南支部に一旦戻ったときに、澄男から譲ってもらった南支部印の霊力回復薬十本しか持っていない。切り札を切るだけなら十分だが、問題は切った後だった。
「ここら一帯は闇属性の霊力で満ちてる……光属性の霊力があれば、なんとかなったんだがな」
レクを中心とする場所は、かなり広範囲にわたって闇属性の霊力で満たされている。時刻は昼過ぎぐらいのはずだが、今は夜と同じくらい空が暗い。太陽など見えず、唯一光源と言えるのは、澄男が放つ火球から飛び火した火の粉くらいなものである。
その程度では切り札を切っても霊力が枯渇してしまい、ほぼ戦えないことに変わりはない。霊力回復薬を逐一飲むという手もあるが、それでも切り札を切るのに一本、残り九本など攻撃と維持であっという間に使い果たしてしまうだろう。攻撃だけで考えても単純に九回分しかない。肉壁になるぐらいが精々だろうか。
「でも、いざってときゃあ……」
げっそりとした顔色のブルーに視線を泳がせる。
任務請負人として生きていく決意を決めた日から、常に死の覚悟と隣り合わせで生きてきた。任務をこなす日々、いつ死ぬことになっても後悔がないように、生きているうちにこなせる任務は身体に鞭打ってこなしてきたのだ。
だから今更、死を恐れはしない。たとえここで死ぬことになったとしても、それが自分の人生だったのだと、せめて笑って死ぬことに努めようと思うだろう。
でも、ブルーと出会って背負うものができてしまった。
いつもなら育てた恩も忘れて勝手に巣立っていく新人たち。だがただ一人、いつまでも巣立とうとしない新参者。巣立たせようとアプローチするうちに、彼女と任務をこなす日々が、何気ない日常となってしまったのだ。
北支部監督として、ブルーも独り立ちして欲しいという願いはもちろんある。でも自分と同じように、死ぬのが運命だとは思ってほしくない。自分なんかよりも遥かに沢山の伸び代を持っているからだ。
むしろ単純に、何故だかいなくなってほしくないと考えている自分さえいる。この弱肉強食の武市において、新人請負人の死もまた自然の摂理だと、ブルーが現れる前なら割り切ってみせたというのに。
「つーか、それ以前にブルー守れなかったらむーさんに食い殺されそうなんだよな……」
どんな死に方でも後悔しないにせよ、仲間だと思っていた生き物に食い殺されるのは流石に色々と心が痛い。そういうしょうもないことも本音の一つなのかもしれない。
「っ……!?」
身動き取れないことをいいことに色々と過去を振り返っていたわけだが、やはり戦いの中ではどんなときでも隙を見せてはいけないことを改めて痛感させられる。
ブルーの顔を見返し、自分の馴れ初めを軽く振り返っていた刹那、スケルトン・アークが弓から巨大なクロスボウへ武器を換装する。
戦っている最中に武器を自在に変更するのは剣しか使えない者から言わせれば反則極まりないというのが本音だが、現実にできているのだから言い訳を言ったって仕方がない。
闇の霊力によって形成された矢が向く先は、真横で身体を支えてくれているブルーだった。
顔がある敵ならば、その視線、顔の向きで誰を標的にしているのか。すぐに分かる。長年任務に人生を注いできたことで培えた戦闘経験の功というやつだが、できれば自分が標的であって欲しかったと願わずにはいられない。
スケルトン・アークも固有能力``敵感知``をもっている以上、ブルーを突き飛ばしたところで的が外れることはない。闇の矢はブルーを追尾し、確実にその華奢な身体へ抉りこむだろう。
追尾する飛翔体から逃れるには、何かを盾にするしかない。それも、飛翔体が方向転換できないギリギリのラインを見極めて。
先日、女アンドロイドに腹を貫かれた直後だっていうのに、また身体を貫かれると思うと憂鬱だが、矢一本程度なら、まだなんとかなる。
北支部監督として、未来ある後輩を死なせてしまうわけにはいかない。矢は腕より細い。そう思えれば、後は気合。自分の生命力を信じるのみ―――。
足に力を入れ、踏ん張りを利かせ、立ち上がる。
「ぐぉあ……」
予想はしていたが、案の定思ったように力が入らない。むしろ力んだ瞬間、視界がもっと激しく歪む。
原因は考えなくても、すぐに悟れた。闇の霊力による汚染が、思った以上に進行していたのだ。
「くそ……!」
いつもは軽い肉体も、今は岩が二つ三つのしかかっているかのように重く感じる。
視野も歪み、焦点が定まらない。遂には聴覚もぼやけてきた。これでは、ブルーと闇の矢との距離感が掴めず、盾になる前にブルーが貫かれてしまう。
一か八か、賭けてみるしかないか。耳も目も頼りにならないこの状況で、残った力を奮ってブルーの前に立つか。迷っている暇はない。衰弱した自分が実行できる現時点での最善策は一つだ。
「ぐ……おおおお!」
賭けは強い方か。そう問われると、自信は怪しくなる。
ギャンブルは金の無駄遣いだと考えやってこず、賭け事といえば偶に北支部で執り行う腕相撲大会でどちらが勝つかをベットするくらいで、強すぎるがゆえに腕相撲大会殿堂入りして以降、選手の腕の肉付きや瞬発力で大体どちらが勝つかを経験則で確実に当てられるからこそやっていたことだった。
本当に運任せの賭け事など、生まれて一度もしたことがないのではないだろうか。任務で常に死と隣り合わせゆえに、下手にハイリスクハイリターンをとることを避けてきた性分だからだろう。
いま自分がとった行動が、本当に最適かどうか分からない。でも、それでブルーが助かるのなら―――。
「お、おい!?」
刹那、目の前に大きな影が覆い被さった。厳密には前に立ちはだかったというべきか。一瞬ものすごく大きく見えたが、ぼやけた視界が、見覚えのある服装を辛うじて認識する。
それは、最近になってよく見るようになったメイド服だった。つい数週間前までは全く見る機会に恵まれなかったその服装に、身に覚えがないわけがない。
更に付け加えるなら、髪が青色なのも特徴的だ。北支部の請負人を続けてもうかなりの古参に入る自信があるが、青髪を地毛として生やしている人間は、人生で初と言ってもいいほどに、今まで見たことがなかった。
メイド服を着こなし、自分の人生では全く見慣れない青髪を生やす少女―――水守御玲が、ブルーの真ん前に立ちはだかり、その矢を受けたのである。
「……っ!?」
どうして、という声が出なかった。
御玲は澄男の従者であり、本来ならブルーなど守る義務を持たない。むしろ主人の側にいなきゃいけないはずなのに、ブルーの盾になったのだ。ありがたいという感謝の気持ちとともに、曲がりなりにもスケルトン系の闇の霊力で形成された矢をその身に受けたことに、焦燥が後になって押し寄せてくる。
「なにやってんだおまえ!?」
いつもなら周囲に無関心なはずのブルーも、その場に倒れ込む御玲を受け止め、腹に刺さった矢を無造作に引き抜く。
失血死の恐れがあるから、本来腹部に刺さったものを何の前準備も知識もなく抜いたりするのは相手の寿命を縮める行為なのでダメなのだが、今のブルーにそれを言っても無駄な気がした。問題は治療できるかだ。
「くそ、むーさんがいれば……」
思わず口に出してしまったと同時、またむーさんに頼ってしまっている不甲斐なさを呪う。
むーさんは部位欠損すら復元できる超高度な回復魔法が使える。女アンドロイド戦のときも、腹を貫かれて失血死寸前だったところを、隙を見て癒してくれたほどだ。
もしもあのときブルーとむーさんのコンビに合流できていなければ、今頃ここにいないだろう。
いまここで傷を癒せる者がいない。光属性の魔術師として相応の自信はあるが、回復などを司る無系にはほとんど素養がなく、傷は肉体の強さと回避能力でなんとか凌いできただけに、どうにもできないのが現実だった。それは、ブルーもまた同様であった。
「わー!! 御玲さん!! オレが助けるっす!!」
「ヤバい!! 御玲さんが!! 逝かせません、逝かせませんぞ!! 生きた貴女のパンツを見るまでは!!」
どうすればいいか。必死に頭をこねくり回していると、身に覚えのある二頭身のぬいぐるみがよちよちとかけよってくる。片方は背丈が小学生程度のガキだが、そいつからも人間とは思えない強力な気配を感じた。
澄男が引き連れている謎の使い魔たちである。
「オレが蘇・生します!! ``蘇・生``!!」
御玲を中心に、変な模様が描かれた黄緑色の魔法陣が一瞬だけ映ると、腹部に刺さっていた闇の矢が消え、腹部に滲んでいた刺し傷が高速で小さくなっていく。
魔法毒を受けて声すら出せない状態だったところから、一瞬で起き上がれるところまで回復する。
「……あ、ありがとうございます」
「いやぁ、この程度お安い御用っす」
「代わりに、パンツ被らせてください」
「お断りします」
青色のロン毛を靡かせる少年の願いを真顔で一蹴するところを見るに、本当に傷は完治したらしい。
普通スケルトン系の魔生物の攻撃を受けたら、普通の回復手段だと回復が見込めないことで有名だが、やはりコイツらは何か変である。常識を平然と覆してきているが、今はそこが重要ではない。
「どうしておまえ、あーしのこと……!?」
ブルーの問いかけが、今の疑問そのままを映し出す。
御玲は澄男の従者。本来、ブルーを守る義務などなく、むしろ澄男の近くにいなければいけない身。なのに何故、ブルーの盾になったのか。二頭身のぬいぐるみが、よくわからない回復魔法を使わなければ死んでいたかもしれないのに。
「それは……うっ!?」
顔を俯かせながら、ブルーの問いかけに応えようとした次の瞬間。身体を焼き尽くすんじゃないかってくらいの、猛烈な霊力波に晒された。
肌が焼けるように痛く、思わず物陰や木陰に隠れたい衝動が溢れてくる。自分の肌を見れば分かる通り、肌が熱で焼け爛れつつあった。
「な……!! んなんだよ!!」
次から次へと意味不明なことばかり。スケルトン・アークによる闇の瘴気で身体が思うように動かない今、霊力波で肌が焼け爛れる痛みは流石に堪える。いくら我慢強さに自信があるからといって、こっちは人間なのだ。次から次へと叩きつけられる災害を受け入れるのには、限度というものがある。
「やっぱり……」
御玲が真剣な面差しで、スケルトン・アークのいる先を見つめる。そこはスケルトン・アークと澄男らが戦っている方角であり、ちょうど霊力波が放たれた方角だった。
「確かあそこには……」
澄男とトトが戦っていたはず。彼らは一体どうなったのか。あの今までの新人という概念を覆す二人が、そう簡単に死ぬとは思えないが。
「御玲さん、これって……」
「……全く、あの馬鹿」
御玲と蛙のぬいぐるみが、雁首揃えてスケルトン・アークの方をじっと眺めている。何事かとよく目を凝らしてみるとそこには。
「新……人……?」
変わり果てた澄男の姿が、そこにあった。
元々肉体能力が高かったわけでもなければ、物語の主人公のように戦いの才に恵まれていたわけではない。北支部の任務請負人として数々の死線を潜り抜けてきたからこそ、今の肉体を手にできた。
任務をこなして生計を立て、生き残るために死と友人になる勢いで努力と研鑽を重ね、生存本能を極限まで磨き上げることで、その才能のない分を埋め合わせてきたのだ。
しかしながら、世界は残酷なまでに広い。いくら背伸びしようと、その頂は未だ垣間見ることを許してはくれなかった。
スケルトン系の上位種にして人類の存亡すら脅かす暴威―――スケルトン・アーク、そしてその天災と互角に渡り合えている新人たちこそが、どれだけ背伸びしようと届かない領域に立っている者たちの一例であった。
「……参っちまうよな、全く」
その場で跪き、荒い息で呼吸するレク・ホーランは、ぼやけた視界の中で、重すぎて全く動かない自分の足を恨めしく眺めた。
スケルトン・アークが発する闇の瘴気は強烈だ。生半可な魔法防御がなければ、その瘴気を浴びただけで周囲にいる全ての生物に害を及ぼす。
ぐらつく視界、頭痛、倦怠感、そして三半規管を抉り回されているのではないかと錯覚するほどの強烈な吐き気。いわゆる酔いに似た状態だ。
「レク……」
もたれかかるように寄り添ってくれるブルー。いつもは言動一つ一つが刺々しく、怠惰を絵に描いたような態度が印象的な彼女だが、こういうときに時折見せる真面目な表情が拝められると、戦力外通告も悪くないかなと思えたりする。
そんなブルーも顔色が悪い。彼女も似たような症状に必死になって耐えているのは明らかで、本来なら仲間を気遣う余裕もないはずだった。
ブルーとともに任務をこなす上で、今のような危機的状況に陥ることはほとんどない。基本的にむーさんという攻守ともに最強レベルの生物がいるからだ。
むーさんは魔生物のくせに頭が良く、何故か魔法も使える始末で霊力による汚染環境下にあっても``霊壁``で保護してくれたりするほど優秀な奴である。
もう一つ言うならかなり戦い慣れてもいるようで、今までブルーとむーさんとともにこなしてきた任務を振り返っても、むーさんが遅れをとってしまう場面など皆無だった。常にむーさんはブルーの前に立ち、彼女に降りかかるあらゆる災厄を、その巨体で尽く粉砕してきたのだ。
それくらいむーさんに頼ることが多いわけだが、いつでもむーさんがそばにいるとは思っていない。今のように分断されている場合を見越して、霊力汚染環境下でも十分に戦闘が行えるようにする切り札を一つ用意してある。
用意してあるのだが、残念ながらそれすら使えない。何故なら―――。
「まさか……ストック全部使い切らなきゃなんねぇなんて、予想できるわきゃねぇよなぁ……」
数日前に戦った、謎の女アンドロイドとの戦い。その際に手持ちだったほぼ全ての自作霊力回復薬のストックを使い果たしてしまい、今や南支部に一旦戻ったときに、澄男から譲ってもらった南支部印の霊力回復薬十本しか持っていない。切り札を切るだけなら十分だが、問題は切った後だった。
「ここら一帯は闇属性の霊力で満ちてる……光属性の霊力があれば、なんとかなったんだがな」
レクを中心とする場所は、かなり広範囲にわたって闇属性の霊力で満たされている。時刻は昼過ぎぐらいのはずだが、今は夜と同じくらい空が暗い。太陽など見えず、唯一光源と言えるのは、澄男が放つ火球から飛び火した火の粉くらいなものである。
その程度では切り札を切っても霊力が枯渇してしまい、ほぼ戦えないことに変わりはない。霊力回復薬を逐一飲むという手もあるが、それでも切り札を切るのに一本、残り九本など攻撃と維持であっという間に使い果たしてしまうだろう。攻撃だけで考えても単純に九回分しかない。肉壁になるぐらいが精々だろうか。
「でも、いざってときゃあ……」
げっそりとした顔色のブルーに視線を泳がせる。
任務請負人として生きていく決意を決めた日から、常に死の覚悟と隣り合わせで生きてきた。任務をこなす日々、いつ死ぬことになっても後悔がないように、生きているうちにこなせる任務は身体に鞭打ってこなしてきたのだ。
だから今更、死を恐れはしない。たとえここで死ぬことになったとしても、それが自分の人生だったのだと、せめて笑って死ぬことに努めようと思うだろう。
でも、ブルーと出会って背負うものができてしまった。
いつもなら育てた恩も忘れて勝手に巣立っていく新人たち。だがただ一人、いつまでも巣立とうとしない新参者。巣立たせようとアプローチするうちに、彼女と任務をこなす日々が、何気ない日常となってしまったのだ。
北支部監督として、ブルーも独り立ちして欲しいという願いはもちろんある。でも自分と同じように、死ぬのが運命だとは思ってほしくない。自分なんかよりも遥かに沢山の伸び代を持っているからだ。
むしろ単純に、何故だかいなくなってほしくないと考えている自分さえいる。この弱肉強食の武市において、新人請負人の死もまた自然の摂理だと、ブルーが現れる前なら割り切ってみせたというのに。
「つーか、それ以前にブルー守れなかったらむーさんに食い殺されそうなんだよな……」
どんな死に方でも後悔しないにせよ、仲間だと思っていた生き物に食い殺されるのは流石に色々と心が痛い。そういうしょうもないことも本音の一つなのかもしれない。
「っ……!?」
身動き取れないことをいいことに色々と過去を振り返っていたわけだが、やはり戦いの中ではどんなときでも隙を見せてはいけないことを改めて痛感させられる。
ブルーの顔を見返し、自分の馴れ初めを軽く振り返っていた刹那、スケルトン・アークが弓から巨大なクロスボウへ武器を換装する。
戦っている最中に武器を自在に変更するのは剣しか使えない者から言わせれば反則極まりないというのが本音だが、現実にできているのだから言い訳を言ったって仕方がない。
闇の霊力によって形成された矢が向く先は、真横で身体を支えてくれているブルーだった。
顔がある敵ならば、その視線、顔の向きで誰を標的にしているのか。すぐに分かる。長年任務に人生を注いできたことで培えた戦闘経験の功というやつだが、できれば自分が標的であって欲しかったと願わずにはいられない。
スケルトン・アークも固有能力``敵感知``をもっている以上、ブルーを突き飛ばしたところで的が外れることはない。闇の矢はブルーを追尾し、確実にその華奢な身体へ抉りこむだろう。
追尾する飛翔体から逃れるには、何かを盾にするしかない。それも、飛翔体が方向転換できないギリギリのラインを見極めて。
先日、女アンドロイドに腹を貫かれた直後だっていうのに、また身体を貫かれると思うと憂鬱だが、矢一本程度なら、まだなんとかなる。
北支部監督として、未来ある後輩を死なせてしまうわけにはいかない。矢は腕より細い。そう思えれば、後は気合。自分の生命力を信じるのみ―――。
足に力を入れ、踏ん張りを利かせ、立ち上がる。
「ぐぉあ……」
予想はしていたが、案の定思ったように力が入らない。むしろ力んだ瞬間、視界がもっと激しく歪む。
原因は考えなくても、すぐに悟れた。闇の霊力による汚染が、思った以上に進行していたのだ。
「くそ……!」
いつもは軽い肉体も、今は岩が二つ三つのしかかっているかのように重く感じる。
視野も歪み、焦点が定まらない。遂には聴覚もぼやけてきた。これでは、ブルーと闇の矢との距離感が掴めず、盾になる前にブルーが貫かれてしまう。
一か八か、賭けてみるしかないか。耳も目も頼りにならないこの状況で、残った力を奮ってブルーの前に立つか。迷っている暇はない。衰弱した自分が実行できる現時点での最善策は一つだ。
「ぐ……おおおお!」
賭けは強い方か。そう問われると、自信は怪しくなる。
ギャンブルは金の無駄遣いだと考えやってこず、賭け事といえば偶に北支部で執り行う腕相撲大会でどちらが勝つかをベットするくらいで、強すぎるがゆえに腕相撲大会殿堂入りして以降、選手の腕の肉付きや瞬発力で大体どちらが勝つかを経験則で確実に当てられるからこそやっていたことだった。
本当に運任せの賭け事など、生まれて一度もしたことがないのではないだろうか。任務で常に死と隣り合わせゆえに、下手にハイリスクハイリターンをとることを避けてきた性分だからだろう。
いま自分がとった行動が、本当に最適かどうか分からない。でも、それでブルーが助かるのなら―――。
「お、おい!?」
刹那、目の前に大きな影が覆い被さった。厳密には前に立ちはだかったというべきか。一瞬ものすごく大きく見えたが、ぼやけた視界が、見覚えのある服装を辛うじて認識する。
それは、最近になってよく見るようになったメイド服だった。つい数週間前までは全く見る機会に恵まれなかったその服装に、身に覚えがないわけがない。
更に付け加えるなら、髪が青色なのも特徴的だ。北支部の請負人を続けてもうかなりの古参に入る自信があるが、青髪を地毛として生やしている人間は、人生で初と言ってもいいほどに、今まで見たことがなかった。
メイド服を着こなし、自分の人生では全く見慣れない青髪を生やす少女―――水守御玲が、ブルーの真ん前に立ちはだかり、その矢を受けたのである。
「……っ!?」
どうして、という声が出なかった。
御玲は澄男の従者であり、本来ならブルーなど守る義務を持たない。むしろ主人の側にいなきゃいけないはずなのに、ブルーの盾になったのだ。ありがたいという感謝の気持ちとともに、曲がりなりにもスケルトン系の闇の霊力で形成された矢をその身に受けたことに、焦燥が後になって押し寄せてくる。
「なにやってんだおまえ!?」
いつもなら周囲に無関心なはずのブルーも、その場に倒れ込む御玲を受け止め、腹に刺さった矢を無造作に引き抜く。
失血死の恐れがあるから、本来腹部に刺さったものを何の前準備も知識もなく抜いたりするのは相手の寿命を縮める行為なのでダメなのだが、今のブルーにそれを言っても無駄な気がした。問題は治療できるかだ。
「くそ、むーさんがいれば……」
思わず口に出してしまったと同時、またむーさんに頼ってしまっている不甲斐なさを呪う。
むーさんは部位欠損すら復元できる超高度な回復魔法が使える。女アンドロイド戦のときも、腹を貫かれて失血死寸前だったところを、隙を見て癒してくれたほどだ。
もしもあのときブルーとむーさんのコンビに合流できていなければ、今頃ここにいないだろう。
いまここで傷を癒せる者がいない。光属性の魔術師として相応の自信はあるが、回復などを司る無系にはほとんど素養がなく、傷は肉体の強さと回避能力でなんとか凌いできただけに、どうにもできないのが現実だった。それは、ブルーもまた同様であった。
「わー!! 御玲さん!! オレが助けるっす!!」
「ヤバい!! 御玲さんが!! 逝かせません、逝かせませんぞ!! 生きた貴女のパンツを見るまでは!!」
どうすればいいか。必死に頭をこねくり回していると、身に覚えのある二頭身のぬいぐるみがよちよちとかけよってくる。片方は背丈が小学生程度のガキだが、そいつからも人間とは思えない強力な気配を感じた。
澄男が引き連れている謎の使い魔たちである。
「オレが蘇・生します!! ``蘇・生``!!」
御玲を中心に、変な模様が描かれた黄緑色の魔法陣が一瞬だけ映ると、腹部に刺さっていた闇の矢が消え、腹部に滲んでいた刺し傷が高速で小さくなっていく。
魔法毒を受けて声すら出せない状態だったところから、一瞬で起き上がれるところまで回復する。
「……あ、ありがとうございます」
「いやぁ、この程度お安い御用っす」
「代わりに、パンツ被らせてください」
「お断りします」
青色のロン毛を靡かせる少年の願いを真顔で一蹴するところを見るに、本当に傷は完治したらしい。
普通スケルトン系の魔生物の攻撃を受けたら、普通の回復手段だと回復が見込めないことで有名だが、やはりコイツらは何か変である。常識を平然と覆してきているが、今はそこが重要ではない。
「どうしておまえ、あーしのこと……!?」
ブルーの問いかけが、今の疑問そのままを映し出す。
御玲は澄男の従者。本来、ブルーを守る義務などなく、むしろ澄男の近くにいなければいけない身。なのに何故、ブルーの盾になったのか。二頭身のぬいぐるみが、よくわからない回復魔法を使わなければ死んでいたかもしれないのに。
「それは……うっ!?」
顔を俯かせながら、ブルーの問いかけに応えようとした次の瞬間。身体を焼き尽くすんじゃないかってくらいの、猛烈な霊力波に晒された。
肌が焼けるように痛く、思わず物陰や木陰に隠れたい衝動が溢れてくる。自分の肌を見れば分かる通り、肌が熱で焼け爛れつつあった。
「な……!! んなんだよ!!」
次から次へと意味不明なことばかり。スケルトン・アークによる闇の瘴気で身体が思うように動かない今、霊力波で肌が焼け爛れる痛みは流石に堪える。いくら我慢強さに自信があるからといって、こっちは人間なのだ。次から次へと叩きつけられる災害を受け入れるのには、限度というものがある。
「やっぱり……」
御玲が真剣な面差しで、スケルトン・アークのいる先を見つめる。そこはスケルトン・アークと澄男らが戦っている方角であり、ちょうど霊力波が放たれた方角だった。
「確かあそこには……」
澄男とトトが戦っていたはず。彼らは一体どうなったのか。あの今までの新人という概念を覆す二人が、そう簡単に死ぬとは思えないが。
「御玲さん、これって……」
「……全く、あの馬鹿」
御玲と蛙のぬいぐるみが、雁首揃えてスケルトン・アークの方をじっと眺めている。何事かとよく目を凝らしてみるとそこには。
「新……人……?」
変わり果てた澄男の姿が、そこにあった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~
阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。
転生した先は俺がやっていたゲームの世界。
前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。
だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……!
そんなとき、街が魔獣に襲撃される。
迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。
だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。
平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。
だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。
隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる