無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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参上! 花筏ノ巫女編

突きつけられた現実

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 戦力外通告。そんな扱いには、慣れていたはずだった。

 元々肉体能力が高かったわけでもなければ、物語の主人公のように戦いの才に恵まれていたわけではない。北支部の任務請負人として数々の死線を潜り抜けてきたからこそ、今の肉体を手にできた。

 任務をこなして生計を立て、生き残るために死と友人になる勢いで努力と研鑽を重ね、生存本能を極限まで磨き上げることで、その才能のない分を埋め合わせてきたのだ。

 しかしながら、世界は残酷なまでに広い。いくら背伸びしようと、その頂は未だ垣間見ることを許してはくれなかった。

 スケルトン系の上位種にして人類の存亡すら脅かす暴威―――スケルトン・アーク、そしてその天災と互角に渡り合えている新人たちこそが、どれだけ背伸びしようと届かない領域に立っている者たちの一例であった。

「……参っちまうよな、全く」

 その場で跪き、荒い息で呼吸するレク・ホーランは、ぼやけた視界の中で、重すぎて全く動かない自分の足を恨めしく眺めた。

 スケルトン・アークが発する闇の瘴気は強烈だ。生半可な魔法防御がなければ、その瘴気を浴びただけで周囲にいる全ての生物に害を及ぼす。

 ぐらつく視界、頭痛、倦怠感、そして三半規管を抉り回されているのではないかと錯覚するほどの強烈な吐き気。いわゆる酔いに似た状態だ。

「レク……」

 もたれかかるように寄り添ってくれるブルー。いつもは言動一つ一つが刺々しく、怠惰を絵に描いたような態度が印象的な彼女だが、こういうときに時折見せる真面目な表情が拝められると、戦力外通告も悪くないかなと思えたりする。

 そんなブルーも顔色が悪い。彼女も似たような症状に必死になって耐えているのは明らかで、本来なら仲間を気遣う余裕もないはずだった。

 ブルーとともに任務をこなす上で、今のような危機的状況に陥ることはほとんどない。基本的にむーさんという攻守ともに最強レベルの生物がいるからだ。

 むーさんは魔生物のくせに頭が良く、何故か魔法も使える始末で霊力による汚染環境下にあっても``霊壁トゥテラ・ムーレム``で保護してくれたりするほど優秀な奴である。

 もう一つ言うならかなり戦い慣れてもいるようで、今までブルーとむーさんとともにこなしてきた任務を振り返っても、むーさんが遅れをとってしまう場面など皆無だった。常にむーさんはブルーの前に立ち、彼女に降りかかるあらゆる災厄を、その巨体で尽く粉砕してきたのだ。

 それくらいむーさんに頼ることが多いわけだが、いつでもむーさんがそばにいるとは思っていない。今のように分断されている場合を見越して、霊力汚染環境下でも十分に戦闘が行えるようにする切り札を一つ用意してある。

 用意してあるのだが、残念ながらそれすら使えない。何故なら―――。

「まさか……ストック全部使い切らなきゃなんねぇなんて、予想できるわきゃねぇよなぁ……」

 数日前に戦った、謎の女アンドロイドとの戦い。その際に手持ちだったほぼ全ての自作霊力回復薬のストックを使い果たしてしまい、今や南支部に一旦戻ったときに、澄男すみおから譲ってもらった南支部印の霊力回復薬十本しか持っていない。切り札を切るだけなら十分だが、問題は切った後だった。

「ここら一帯は闇属性の霊力で満ちてる……光属性の霊力があれば、なんとかなったんだがな」

 レクを中心とする場所は、かなり広範囲にわたって闇属性の霊力で満たされている。時刻は昼過ぎぐらいのはずだが、今は夜と同じくらい空が暗い。太陽など見えず、唯一光源と言えるのは、澄男すみおが放つ火球から飛び火した火の粉くらいなものである。

 その程度では切り札を切っても霊力が枯渇してしまい、ほぼ戦えないことに変わりはない。霊力回復薬を逐一飲むという手もあるが、それでも切り札を切るのに一本、残り九本など攻撃と維持であっという間に使い果たしてしまうだろう。攻撃だけで考えても単純に九回分しかない。肉壁になるぐらいが精々だろうか。

「でも、いざってときゃあ……」

 げっそりとした顔色のブルーに視線を泳がせる。

 任務請負人として生きていく決意を決めた日から、常に死の覚悟と隣り合わせで生きてきた。任務をこなす日々、いつ死ぬことになっても後悔がないように、生きているうちにこなせる任務は身体に鞭打ってこなしてきたのだ。

 だから今更、死を恐れはしない。たとえここで死ぬことになったとしても、それが自分の人生だったのだと、せめて笑って死ぬことに努めようと思うだろう。

 でも、ブルーと出会って背負うものができてしまった。

 いつもなら育てた恩も忘れて勝手に巣立っていく新人たち。だがただ一人、いつまでも巣立とうとしない新参者。巣立たせようとアプローチするうちに、彼女と任務をこなす日々が、何気ない日常となってしまったのだ。

 北支部監督として、ブルーも独り立ちして欲しいという願いはもちろんある。でも自分と同じように、死ぬのが運命だとは思ってほしくない。自分なんかよりも遥かに沢山の伸び代を持っているからだ。

 むしろ単純に、何故だかいなくなってほしくないと考えている自分さえいる。この弱肉強食の武市もののふしにおいて、新人請負人の死もまた自然の摂理だと、ブルーが現れる前なら割り切ってみせたというのに。

「つーか、それ以前にブルー守れなかったらむーさんに食い殺されそうなんだよな……」

 どんな死に方でも後悔しないにせよ、仲間だと思っていた生き物に食い殺されるのは流石に色々と心が痛い。そういうしょうもないことも本音の一つなのかもしれない。

「っ……!?」

 身動き取れないことをいいことに色々と過去を振り返っていたわけだが、やはり戦いの中ではどんなときでも隙を見せてはいけないことを改めて痛感させられる。

 ブルーの顔を見返し、自分の馴れ初めを軽く振り返っていた刹那、スケルトン・アークが弓から巨大なクロスボウへ武器を換装する。

 戦っている最中に武器を自在に変更するのは剣しか使えない者から言わせれば反則極まりないというのが本音だが、現実にできているのだから言い訳を言ったって仕方がない。

 闇の霊力によって形成された矢が向く先は、真横で身体を支えてくれているブルーだった。

 顔がある敵ならば、その視線、顔の向きで誰を標的にしているのか。すぐに分かる。長年任務に人生を注いできたことで培えた戦闘経験の功というやつだが、できれば自分が標的であって欲しかったと願わずにはいられない。

 スケルトン・アークも固有能力``敵感知``をもっている以上、ブルーを突き飛ばしたところで的が外れることはない。闇の矢はブルーを追尾し、確実にその華奢な身体へ抉りこむだろう。

 追尾する飛翔体から逃れるには、何かを盾にするしかない。それも、飛翔体が方向転換できないギリギリのラインを見極めて。

 先日、女アンドロイドに腹を貫かれた直後だっていうのに、また身体を貫かれると思うと憂鬱だが、矢一本程度なら、まだなんとかなる。

 北支部監督として、未来ある後輩を死なせてしまうわけにはいかない。矢は腕より細い。そう思えれば、後は気合。自分の生命力を信じるのみ―――。

 足に力を入れ、踏ん張りを利かせ、立ち上がる。

「ぐぉあ……」

 予想はしていたが、案の定思ったように力が入らない。むしろ力んだ瞬間、視界がもっと激しく歪む。

 原因は考えなくても、すぐに悟れた。闇の霊力による汚染が、思った以上に進行していたのだ。

「くそ……!」

 いつもは軽い肉体も、今は岩が二つ三つのしかかっているかのように重く感じる。

 視野も歪み、焦点が定まらない。遂には聴覚もぼやけてきた。これでは、ブルーと闇の矢との距離感が掴めず、盾になる前にブルーが貫かれてしまう。

 一か八か、賭けてみるしかないか。耳も目も頼りにならないこの状況で、残った力を奮ってブルーの前に立つか。迷っている暇はない。衰弱した自分が実行できる現時点での最善策は一つだ。

「ぐ……おおおお!」

 賭けは強い方か。そう問われると、自信は怪しくなる。

 ギャンブルは金の無駄遣いだと考えやってこず、賭け事といえば偶に北支部で執り行う腕相撲大会でどちらが勝つかをベットするくらいで、強すぎるがゆえに腕相撲大会殿堂入りして以降、選手の腕の肉付きや瞬発力で大体どちらが勝つかを経験則で確実に当てられるからこそやっていたことだった。

 本当に運任せの賭け事など、生まれて一度もしたことがないのではないだろうか。任務で常に死と隣り合わせゆえに、下手にハイリスクハイリターンをとることを避けてきた性分だからだろう。

 いま自分がとった行動が、本当に最適かどうか分からない。でも、それでブルーが助かるのなら―――。

「お、おい!?」

 刹那、目の前に大きな影が覆い被さった。厳密には前に立ちはだかったというべきか。一瞬ものすごく大きく見えたが、ぼやけた視界が、見覚えのある服装を辛うじて認識する。

 それは、最近になってよく見るようになったメイド服だった。つい数週間前までは全く見る機会に恵まれなかったその服装に、身に覚えがないわけがない。

 更に付け加えるなら、髪が青色なのも特徴的だ。北支部の請負人を続けてもうかなりの古参に入る自信があるが、青髪を地毛として生やしている人間は、人生で初と言ってもいいほどに、今まで見たことがなかった。

 メイド服を着こなし、自分の人生では全く見慣れない青髪を生やす少女―――水守すもり御玲みれいが、ブルーの真ん前に立ちはだかり、その矢を受けたのである。

「……っ!?」

 どうして、という声が出なかった。

 御玲みれい澄男すみおの従者であり、本来ならブルーなど守る義務を持たない。むしろ主人の側にいなきゃいけないはずなのに、ブルーの盾になったのだ。ありがたいという感謝の気持ちとともに、曲がりなりにもスケルトン系の闇の霊力で形成された矢をその身に受けたことに、焦燥が後になって押し寄せてくる。

「なにやってんだおまえ!?」

 いつもなら周囲に無関心なはずのブルーも、その場に倒れ込む御玲みれいを受け止め、腹に刺さった矢を無造作に引き抜く。

 失血死の恐れがあるから、本来腹部に刺さったものを何の前準備も知識もなく抜いたりするのは相手の寿命を縮める行為なのでダメなのだが、今のブルーにそれを言っても無駄な気がした。問題は治療できるかだ。

「くそ、むーさんがいれば……」

 思わず口に出してしまったと同時、またむーさんに頼ってしまっている不甲斐なさを呪う。

 むーさんは部位欠損すら復元できる超高度な回復魔法が使える。女アンドロイド戦のときも、腹を貫かれて失血死寸前だったところを、隙を見て癒してくれたほどだ。

 もしもあのときブルーとむーさんのコンビに合流できていなければ、今頃ここにいないだろう。

 いまここで傷を癒せる者がいない。光属性の魔術師として相応の自信はあるが、回復などを司る無系にはほとんど素養がなく、傷は肉体の強さと回避能力でなんとか凌いできただけに、どうにもできないのが現実だった。それは、ブルーもまた同様であった。

「わー!! 御玲みれいさん!! オレが助けるっす!!」

「ヤバい!! 御玲みれいさんが!! 逝かせません、逝かせませんぞ!! 生きた貴女のパンツを見るまでは!!」

 どうすればいいか。必死に頭をこねくり回していると、身に覚えのある二頭身のぬいぐるみがよちよちとかけよってくる。片方は背丈が小学生程度のガキだが、そいつからも人間とは思えない強力な気配を感じた。

 澄男すみおが引き連れている謎の使い魔たちである。

「オレが蘇・生します!! ``蘇・生``!!」

 御玲みれいを中心に、変な模様が描かれた黄緑色の魔法陣が一瞬だけ映ると、腹部に刺さっていた闇の矢が消え、腹部に滲んでいた刺し傷が高速で小さくなっていく。

 魔法毒を受けて声すら出せない状態だったところから、一瞬で起き上がれるところまで回復する。

「……あ、ありがとうございます」

「いやぁ、この程度お安い御用っす」

「代わりに、パンツ被らせてください」

「お断りします」

 青色のロン毛を靡かせる少年の願いを真顔で一蹴するところを見るに、本当に傷は完治したらしい。

 普通スケルトン系の魔生物の攻撃を受けたら、普通の回復手段だと回復が見込めないことで有名だが、やはりコイツらは何か変である。常識を平然と覆してきているが、今はそこが重要ではない。

「どうしておまえ、あーしのこと……!?」

 ブルーの問いかけが、今の疑問そのままを映し出す。

 御玲みれい澄男すみおの従者。本来、ブルーを守る義務などなく、むしろ澄男すみおの近くにいなければいけない身。なのに何故、ブルーの盾になったのか。二頭身のぬいぐるみが、よくわからない回復魔法を使わなければ死んでいたかもしれないのに。

「それは……うっ!?」

 顔を俯かせながら、ブルーの問いかけに応えようとした次の瞬間。身体を焼き尽くすんじゃないかってくらいの、猛烈な霊力波に晒された。

 肌が焼けるように痛く、思わず物陰や木陰に隠れたい衝動が溢れてくる。自分の肌を見れば分かる通り、肌が熱で焼け爛れつつあった。

「な……!! んなんだよ!!」

 次から次へと意味不明なことばかり。スケルトン・アークによる闇の瘴気で身体が思うように動かない今、霊力波で肌が焼け爛れる痛みは流石に堪える。いくら我慢強さに自信があるからといって、こっちは人間なのだ。次から次へと叩きつけられる災害を受け入れるのには、限度というものがある。

「やっぱり……」

 御玲みれいが真剣な面差しで、スケルトン・アークのいる先を見つめる。そこはスケルトン・アークと澄男すみおらが戦っている方角であり、ちょうど霊力波が放たれた方角だった。

「確かあそこには……」

 澄男すみおとトトが戦っていたはず。彼らは一体どうなったのか。あの今までの新人という概念を覆す二人が、そう簡単に死ぬとは思えないが。

御玲みれいさん、これって……」

「……全く、あの馬鹿」

 御玲みれいと蛙のぬいぐるみが、雁首揃えてスケルトン・アークの方をじっと眺めている。何事かとよく目を凝らしてみるとそこには。

「新……人……?」

 変わり果てた澄男すみおの姿が、そこにあった。
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