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参上! 花筏ノ巫女編
緊急事態
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「緊急事態、か」
空に向かって突然打ち上げられた、真っ赤な柱。凄まじい霊力の本流が感じられたから、直感で百足野郎のエーテルレーザーなのはすぐに分かったが、金髪野郎の表情が芳しくない。そこはかとなく、嫌な予感がした。
「なんかやべーことっすか」
トトが真剣な面差しで金髪野郎を見つめる。金髪野郎はめんどくさげに頭を掻きむしった。
「むーちゃんが赤いレーザーを発するってことは、何かしら想定外の敵が現れたってことだ。悪い事態って大体任務の最後にくるよな……」
ぶつくさ言っているが、要するにかったるい敵が予想外にも現れたってことだろう。確かにその手の予想外って物事が終わりかけた頃に突然やってくるもんだ。気持ちは分からなくもない。俺だって嫌だ。
「澄男さーん!」
木々の枝を忍者のように渡ってくる影が二つ。カエル総隊長とミキティウスだ。
御玲たちとともに先行したはずの二匹が帰ってくるとなれば、やはりなにかしら異常事態が起きたと見て間違いない。忍者の如く無駄のない着地で俺の前に現れ、木の葉がほんの少しだけ舞う。
「何があった」
「``骸骨の軍勢``がきたっす」
「は? ちょっと待て……``骸骨の軍勢``だと!?」
俺とカエルの会話に迫真の表情で割り込んでくる金髪野郎。猫耳パーカーも声こそ出さなかったが、目を丸くしてパーカーの猫耳を立てた。
``骸骨の軍勢``といえば、南支部の作戦会議のときにちょろっと金髪野郎が説明していた骸骨どもの百鬼夜行のことである。出現すればフェーズSが発令されるぐらい、ヤバいという記憶は残っていた。
俺は一瞬何のことか理解するまでに時間がかかったが、説明された記憶が辛うじて残っていたおかげでようやく状況を飲み込む。
これが討伐任務でありがちって言われている、``乱入``ってやつか。そういえば久三男がよくやっていた狩猟ゲームに似たような概念があり、メインターゲットを狩った後かそこらで唐突に狩る予定のなかったクッソ強いモンスターが出てきて、容赦なく虐殺されたことがあったっけ。
「クソッ、よりによって嫌なのが乱入してきやがったな……」
「サモナーと結託されでもしたら厄介っすね……」
「厄介どころの話じゃねぇ。もしかしたらアークだっているかもしれねぇし、群体となると戦力が未知数だ」
「……本部に応援呼ぶっすか?」
「``骸骨の軍勢``ともなると下手な戦力を送れば戦死者が確実に出る。彼我戦力を的確に伝えんと、十中八九断られるぜ」
「うー……戦力さえ分かれば……」
俺が久三男に借りたゲームの苦い思い出を呑気に思い出している最中、二人がごちゃごちゃと話し始める。
俺は新人だし、作戦の変更に関する決定権は金髪野郎が持っている。これからどうするかの話はコイツらに丸投げするとして、俺たちは俺たちで話し合うとしようか。
カエルたちに霊子通信を繋ぐよう指示を出し、俺は自宅でオペレーターをやっているであろう、愚弟たる流川久三男に霊子通信を繋げる。
幾度となく作戦会議で見慣れた無地の精神世界には、既に久三男が無地の円卓の近くに置いてある椅子に座っていた。俺とカエル、ミキティウス、そして支部待機組のシャル、ナージも空いた椅子に順次座っていく。
『久三男。状況はどうなってる?』
『御玲たちは、確かに``骸骨の軍勢``に突っ込もうとしてる。総数は最低でも五百はいるかな。一つ一つ種類も分かるけど、説明していい?』
『んいや、待て。御玲も繋げてぇんだが、呼び出せるか?』
久三男は『分かった、今呼び出す』と言うと、空いた席に``呼出中``と表示される。だがすぐに、その椅子に誰かが現れた。
超絶見覚えのあるメイド服を着こなす青髪碧眼の少女。間違いなく御玲である。
『そっちはどうなってる。というか、無事か』
『ブルー・ペグランタンとともに、``骸骨の軍勢``の迎撃に向かっているところです。無事です』
『お前らだけで大丈夫そうか?』
俺の考えは既に御玲を助けに行くか否かに全て集束していた。それ以外は半ばどうでもいい状態に近い。
俺には``仲間は絶対守り切る``っていう絶対ルールがある以上、それを破るような真似は絶対できない。もし御玲が助けに来てほしいというなら、たとえ作戦の決定権が金髪野郎にあろうが関係なく、今から即転移でカチコミかけにいく。
異論は認めない。むしろ異論を吐き散らかす奴は御玲を助けてから全員拳で黙らせる。俺の信念は、絶対に変わらない。
『こちらにはブルー・ペグランタンのテイムモンスターがついています。先程六体のスケルトンを同時に相手取っておりましたが、全く遅れを取りませんでしたし』
御玲は助けなど必要ないと言わんばかりに、主に俺に対して首を左右に振った。更には俺の心の内を先に読んでいたかのように『澄男さまはレク・ホーランの指示に従ってください』と釘も刺されてしまった。
正直エスパーか何かかなと思ってしまったが、要するにあの百足野郎が予想以上に役に立っているって話か。
確かにアンドロイド戦のときも結構活躍していたし、戦死したとみんな思っていた金髪野郎を窮地から救ったのも、そういえば百足野郎だった。
今や誰も疑問に思ってすらいないが、百足野郎もバケモノの一種である。タイマンだとクソ厄介と噂の骸骨野郎を複数体相手して圧倒していたと言われても、俺としては特に不思議でもなんでもない話だった。むしろ御玲の肉壁として重畳と言えた。
『なるほど。``骸骨の軍勢``とやらの内訳は分かるか?』
『分かりません。ブルー・ペグランタンも分かってはいないようですし』
『よし久三男。説明しろ』
うっす、と久三男にしては聞き慣れない返事をしてやがるが、淡々と説明してくれる。
御玲たちが相対しようとしている軍勢はスカルメイカーが生み出した、スケルトン・マッシブ五百体の大軍勢。その距離は既に一キロメトをきっており、後二分足らずで両者は衝突するとのこと。
「まあまずスカルメイカー……とスケルトン・マッシブ? ってあれだよな。金髪野郎が言ってた……」
「世界の因果律を起源として発生する、スケルトン系の近親種です」
朧げな記憶を戸棚から無造作にかき集めていた最中、御玲から颯爽と助け舟が出される。
スカルメイカー、スケルトン・マッシブも金髪野郎からあらかじめ説明されていた魔生物だ。
外見はスケルトン系魔生物と似たり寄ったりだけど、起源が違うとかなんとかで任務請負機関がスケルトン系としてあえて分類せず、``近親種``とかいうわけのわからん括りにブチこんでいる奴らだったか。
『スカルメイカーは、いわゆる魂の総量を修正するために生み出される世界の修正力の一種。ちゃんと供養とかしとけば、滅多に湧かないはずなんだけど……』
久三男のまたどうでもいいところを気にする病が発動しかけている。こうなると話があらぬ方向にそれるし、魂の供養とか俺らの範疇じゃないし、なにより湧いた原因になんぞ興味ないのでさっさと話を押し進める。
ということで問題は戦力。スケルトン・マッシブ五百体ってのは、はてさてどの程度の戦力なのだろうか。
『スケルトン・マッシブはものによるけど、一体あたり全能度は大体千二百くらい』
『バケモンじゃねぇか!!』
予想以上の数値に度肝を抜かれる。
一体で全能度四桁、それが五百となると国が滅ぶとかそんなレベルじゃない。なにもかも跡形もなく消え失せるスケールの大大大戦力だ。今は山奥にいるが人が住んでいる所まで降りてきたら、オッサンたちには悪いが南支部周辺の限界集落なんぞ塵も残らないだろう。
まさに百鬼夜行ならぬ百骨夜行。流石は魔境と名高いヘルリオン山脈である。
自慢じゃないけど、流川本家領がいつまで経っても他の勢力に見つからずほっとかれているのが、ようやく感覚として理解できた。そんなバケモノ集団が何食わぬ顔で平然と湧いて出る自然界に、偵察のためとはいえ命を捨てにいく馬鹿などいるはずがない。もしいたとしたら、それは狂人か自殺志願者のいずれかである。
しかし、そうなると、だ。俺は思考を本筋に引き戻す。投げる視線の先にいるのは久三男だ。
『どう足掻いても百足野郎とポンチョ女と御玲だけじゃ足止めにもなんねぇだろ。百足野郎とポンチョ女はこの際棄ておくとしても、御玲はどうすんだ』
『いえ、澄男さま。そのことなんですけど……』
言い淀みながら御玲が俺と久三男との会話に割り込んでくる。その顔は、何故か困惑の顔色に染まっていた。
『その、ブルー・ペグランタンが操っているテイムモンスターの全能度なんですが……いま測りましたら千五百ほどに……』
精神世界が、驚愕の念に包まれる。
確かにあの百足野郎と戦うなら身体のリミッターを外した上で、全力全開でやらないと勝てないと本能的に悟っていたが、そういえば数値計測を一度もしたことはなかった。
戦う理由もないし、俺らからポンチョ女に対して敵対的に立ち回らない限り殺し合いにならないだろうって判断を俺が下したし、見た目バケモノだし強いだろうなってくらいの関心しかなかったけど、数値で表すとその強さが如実に分かる。
万物を灰燼に帰するバケモンと言っても過言じゃない、天災レベルの肉体能力だ。
『ん? いやでも……ちょっと待て』
だがそこで、感情と比べて全然仕事しないことに定評のある俺の理性が、珍しく待ったをかけてきた。
『五百の軍勢に対してタイマンだろ? 肉体能力的には問題ないとしても、相手側の数の暴力感が否めなくねぇか……?』
御玲が計測した百足野郎の計測値にビックリ仰天しちまって思考停止しかけたが、百足野郎はたった一匹。御玲やポンチョ女は戦力外通告が確実なため頭数に入らないとして、相手の総数は五百体である。
百足野郎の身体能力が異常なのが分かったとて、スケルトン・マッシブの身体能力もまた異常。前者は千五百で後者は千二百だ。数値で見ても大差ないし、常識的に考えれば百足野郎の勝ち目は薄い。
カエルやミキティウスも暴れさせればマシになるだろうが、それでも頭数が足りないことに変わりなかった。
『しかし、どうしようもないでしょう。サモナーも無視できない脅威ですし、人員は割けないかと』
その冷静かつ的確な意見に、言い淀むしかない。
サモナーは霊力ある限り、同族を召喚し続けるクソ面倒な骸骨。無視できるか否かと言われたら、できないって言うしかない。むしろ``骸骨の軍勢``とカチ合えば、ただでさえ頭数が足りないってのに彼我戦力差が更に大きくなってしまう。
軍団とカチ合う前にサモナーをさっさと始末する。馬鹿な俺でもそれが最善策なのは理解できる。
『で、でも……』
不安。言い知れない不安が、胸を締めつける。
百足野郎とポンチョ女はこの際どうなろうと知ったこっちゃないにせよ、御玲は。御玲だけはなんとか無事でいてほしい。
アンドロイド戦のときは久三男がアンドロイド含め機械全般に強かったからこその、不幸中の幸いだった。でも今回の相手は骸骨のバケモノだ。久三男はサポーターとして優秀だとしても、毎度毎度幸運の女神が微笑んでくれるわけもない。
もしも大怪我なんぞしようものなら、俺は―――。
『澄男さん、大丈夫っす!』
『俺らが責任をもって守り抜きます』
拭ど拭ど、嫌がらせの如く覆い被さってくる不安を振り払ったのは聞き役に立ってしていたカエル総隊長とミキティウスだった。
ミキティウスは精神世界でも頭からパンツを被っているだけに不安が残るが、コイツらの能力の高さは外見に左右されない。コイツらに断言されると良い意味で期待を裏切ってくれると確証が得られるのだ。
いつもは鬱陶しいなと思ってしまうふざけた態度も、こういうシリアスなときには、実力の高さも相まってものすごく頼もしく思えた。
『……分かった。御玲のことを頼む』
アイアイサー!! と元気良く返事をして精神世界からログアウトする。精神世界内で御玲は嘆息していたが、その表情は温和だった。
『では私も行ってきます。無理そうなら迷わず撤退を選びますから、ご心配なく』
御玲もログアウトする。方針ってほどでもないが、各々が集中するべきことは軽く決まった。俺も俺のやるべきをやるだけだ。
『久三男。御玲のこと、頼んだぞ』
『言われるまでもないよ』
久三男もログアウトする。いざというときは、久三男のサポートが功を奏して、幸運の女神が微笑んでくれることに期待する。そうでなくとも、久三男のサポートは疑いようのないものだ。きっとなんとかなる。そう信じることにする。
誰もいなくなったのを確認し、俺も意識を現実世界へ戻した。
俺たちが話し終える頃には金髪野郎たちも話し合いを終えていた。戦力の把握ができ次第本部に応援要請を送り、それまでは自分らでなんとか持ち堪えることにしたらしい。本部が出張るまでに片付けられればそれで良し、突入するぞと既に息巻いている。
俺としても金髪野郎のノリを削ぐ気はない。むしろ今すぐにでも御玲たちと合流したいくらいなのだ。そのためには邪魔くさいサモナーにはさっさと消えてもらわなきゃならない。異論なんぞ言う奴がいるなら、ソイツを先に黙らせるところである。
「じゃあ俺が先に行く。真ん中を新人、最後尾をトト」
余程焦っているのか、端的に指示だけ飛ばして早速進み始める。
事あるごとにガタガタ言い始めて先に進まないよりマシなので全然構わないのだが、やはり五百の骸骨ともなると余裕とまではいかないらしい。
まあ無理もない。俺らから見てもかなりの大戦力だ。請負人としては、人類の存亡を背負っているに等しいだろう。焦らず冷静でいられていたなら、その胆力を褒めてやりたいところだ。
「そういえばさっき、見えねー奴らと話してたっすよね? 何か分かったことでもあったっすか」
サモナーのところまで、なりふり構わず一直線に走る金髪野郎の背を負いながら俺たちも走る中で、真後ろから猫耳パーカーがひょっこりと俺の肩から顔を出す。
ちょっと何を言っているのか分からない。一つ一つ整理してから返事することにしよう。
見えない奴らと話す。それはつまり、久三男たちとの霊子通信のことを言っているのだろうか。だとしたらおかしな話だ。そんなことはありえない。
あの回線は久三男力作の秘匿回線であり、俺が認めた仲間以外は霊子通信をしていることすら感じとれないはずである。
干渉するなど論外で、そんな間抜けを許す久三男じゃない。今まで、相手がアンドロイド戦のときに戦った女アンドロイドのような、予想の上をいくような存在だろうと久三男は臆さず対応してみせた。そして機械関係で凡ミスをしでかしたことも、今まで一度もない。
戦いの才能は皆無なのに、研究や開発、後方でのオペレーターとしての能力は、失敗を知らぬ本物の天才なのだ。
そこまで整理し終えたとき、一瞬、背中に強い寒気が走る。だが、悟られるわけにはいかないので、誤魔化すために目を逸らさず答えた。
「何のことだ? ただ単にこの状況をどうするか、一人考えてただけだが?」
ここで目を逸らせば嘘をついているのがバレる。嘘をつくとすぐさま顔に出ると評判の俺だが、そう何度も何度も言われると対策の一つでも編みだしたくなるものである。
要は目を逸らさず、ありのままを言ってるぜって顔で涼しく嘘をつけばいい。それこそが、真なる``嘘も方便``って奴なのだ。
「いやいやー、微かっすが霊子通信回線が見えてたっす。きっつい暗号化処理がなされてたんで流石に盗み聞きも逆探知もできなかったっすけど、暗号化してたってことは、なんかすっげーこと話してたんっしょ?」
何故だ。どうしてなんだ。
背中に滴る冷や汗の量が爆増する。俺が編み出した``真・嘘も方便作戦``は完璧だったはずだ。なのに、何故バレる。
そもそも霊子通信回線が微かに見えたとはどういうことなのだろうか。霊子通信回線って肉眼で見えるものなのか。少なくとも俺は見たことないし、見えたなんて話を御玲や弥平はおろか、開発者の久三男からも聞いたことがない。
見えていたら、そこいらが霊力の筋だらけになっているはずだ。
「は、はぁ? ちょ、ちょっと何言ってるか分かんないですが、それは」
とりあえずテキトーに誤魔化しつつ、思考を切り替える。
ひょっとしてコイツ、冗談言って場を和ませようとしているのだろうか。
俺は一応、新人って立場だし、戦いの場に慣れていないみたいな感じで予想外なことが起きているから落ち着くようにと。ものすごく余計な世話だが、それ以外に説明がつかないし、そうだ、そうに違いない。
「あ、あのー。別に場を和ませてくれなくたっていいんで……別に怖くないし……」
とりあえず断りを入れておく。正直嘘とはいえ、怖いと思われているのは癪だからだ。普通に余計な世話だし、ここいらでやめておいてもらおう。
「あん? 場なんて和ませてないっすけど……」
俺と猫耳パーカーはお互いきょとんとした顔で見合わせ、首を傾げる。まさかだが、冗談とかではなく、マジで言っていたのか。
確かに霊子通信で久三男たちと話していたのは本当だが、だったらコイツは本当に流川本家の秘匿回線を悟ったっていうのか。この場合、こいつがヤバイのか、久三男が初めての凡ミスをやらかしたのか。正直全然判断がつかない。
機械系において世界最強の腕前を持つ久三男がザルい設計のものを作るとは思えない。そんな舐めた真似すれば俺がカチキレることを知らない弟でもないはずだ。
そもそも久三男が持つ研究や開発などの情熱は、俺が剣術などの新しい技を編み出すときの情熱と同じくらいかそれ以上の熱気を感じさせるものがある。俺だって新しい技を編み出すときは自分の持つ才能を常に意識しているくらいだ。尚更久三男が舐めた開発をしたとは思えない。
ということは、つまり―――。
「おいお前ら。さっきからなにコソコソ話してんだ。こっから一キロ先にサモナーがスタンバってんだから、目の前の敵に集中しろ」
あまりにもコソコソ話しているので、一番前を疾走している金髪野郎が訝しげな顔を向けてくる。
別に俺は話したくて話していたわけじゃないのに、怒られるのは心外だ。元はといえば猫耳パーカーが話しかけてきたのであって、俺はそれに答えたにすぎない。
「んいやー、パイセン。コイツがなんか霊子通信で誰かとコソコソ話してたっぽいんで、なんでかなって話してただけっす」
俺は一瞬、何を言ったのか、何を言われたのか、自分がどういう状況に追い込まれたのかが理解できなかった。いや、理解が追いつかなかったってのが正しいと思う。
猫耳パーカーの返事によって、金髪野郎の顔が豹変する。嫌な予感がけたたましく脳内をよぎった。
「……時間がねぇ。走りながら聞くぜ。どういうこった新人」
「いやいやいや……別に一人で考え事してただけだって……」
「じゃあ何だ? トト・タートが嘘ついてるってのか?」
「そ、そういうことになるかな」
「ちょっと待ってくださいよー。こんなときに場を混乱させるほど、私ゃ陽気じゃないですってー」
金髪野郎が走りながら肩を竦め、額に手を当てる。肩を竦めたいのはこっちなんだが、そんなことを言っても始まらない。
「んじゃあまず新人に聞くぜ? 一人で何を考えてたんだ? サモナーを倒す作戦的な何かか?」
「え。いやー……その……そう! そうだよ」
「……たとえばどんな?」
「金髪野郎が光線撃って、俺が全てを焼き尽くす。そんな感じでケリつける、とか」
「なるほどー……ちなみにトトがなんで俺らと同じ対サモナー特攻部隊に入ってるか、説明できるかお前?」
「あ。いや、えっと。そう、となるとだな……」
「もういい。お前がサモナーとは全く別のことを考えてたことだけは分かった」
走りながら、俺の即興で考えたプランBが世に出る前に一蹴された。
そういえば猫耳パーカーが属性変換っていう謎の技を使えるから、俺らと同じ対サモナー特攻部隊として行動しているんだった。忘れていたわけじゃないけど、いかんせん即興で考えたプランBだったから、完全に焼き尽くす方面で考えたのが裏目に出てしまった。
「次。トト、お前は?」
取り繕うにも、もう金髪野郎の視線は猫耳パーカーに移っていた。プランCを言おうにも、金髪野郎から放たれる雰囲気がそれを許さない。まるで母さんに正座させられたときと同じ気分にさいなまれる。
正直、嘘をつく瞬間だけ弥平と同じくらい頭の回転が速くなる能力が欲しい。切実に。
「私はっすね、新人クンが霊子通信をしてるっぽかったんで、誰とお喋りしてるのかなーって気になったんす。それで聞いたら何故かはぐらかされるんで、なんでかなって」
「そりゃ任務請負証での通信じゃないのか?」
「通信規格が違うんで、おそらく新人クン独自の回線じゃねーっすかね」
これまた考え込む金髪野郎。
普通、霊子通信は目に見えないので、通信規格が違うと言われても、金髪野郎からしたら通信規格の違いとは何ぞやって感じになり、トトの言うことを信じようにも中々腑に落ちないのだろう。
正直、俺からしてもなんで見えるんだよ、通信規格の違いってどうやったら分かるんだよとツッコミを入れたいくらいだ。
沈黙する俺ら。どっちの言っていることにも確証がないのは明らかで、なんとも言えないというのが本音だろう。猫耳パーカーも良かれと思って言った手前、予想以上に場を乱してしまったと後悔しているのか、猫耳がだらんと垂れ下がっている。
厳密には俺が久三男力作の霊子通信回線の存在を隠しているから、場を乱しているのは俺なんだが、だからといっておいそれと流川家の軍事機密をぺらぺらと話すわけにはいかない。
久三男や弥平の許可があれば別だが、そんな許可など当たり前だがとっていないし、流川本家の当主として、そんなアホな許可をとりにいく気も全くない。
さて、どう切り抜けるか―――。
「はぁ……わーったよ。言うよ」
先に音を上げたのは、場を乱している張本人の俺だった。
ここで全員サモナーがいる所まで走りながら黙り合っていても仕方がない。どん詰まりになって気まずくなっても戦いのモチベに響けば話にならないのだ。でも俺は嘘をつくのが下手くそであり、嘘を語れば即バレてしまう。ならば。
「霊子通信してたよ。御玲とな」
本当のことを言えばいい。ただし、一部だけである。
「それはお前独自の回線ってことでいいのか?」
「俺の知り合いに``凄腕の魔導師``がいてな。ソイツが造ったお下がりを使わせてもらってんだよ。何か悪い?」
「そりゃあな。現に今混乱が生じてるだろ」
一応本当のことは言った。でもそのほかは全部嘘で塗り固める。
霊子通信回線をくみ上げたのはアンドロイド戦において貢献した久三男だが、あのときは``従者``と言って誤魔化した。今回は知り合いの``凄腕の魔導師``である。
霊子通信っていわば魔法関連だし、魔導師が造っているといえば違和感は軽減されるだろう。少なくとも俺が自作した、っていうアホみたいな嘘つくよりマシなはずだ。
「まあお前、どっかの暴閥のボンボンだし、そういう知り合いがいてもおかしくねぇだろうな。そこは理解した。でもな」
金髪野郎の表情は芳しくない。少しペースを上げて金髪野郎の横に並ぶと、俺は訝しげに奴の顔を見つめる。
「普通に考えてみろ。新人の請負人が、何の目的か知らんけど非公式の回線で誰かと話してる。どう考えても怪しいよな? だって俺らからはその会話聞こえないわけだし」
「そりゃあ……まあ……そうだが」
「だからこそ請負機関には請負人同士が連絡を取り合えるように請負証による専用回線があるんだぜ? グループ作れば仲間内で簡単に会話可能だしよ」
また饒舌に語ってくる金髪野郎。
何故請負証で霊子通信ができるのか。それは単純に請負人同士で連絡が取り合えるだけでなく、大規模討伐任務などで作戦会議を円滑に進める目的がメインだが、もう一つ影たる目的が存在する。それは味方間で不審な行動を行えないようにする、相互監視による士気低下の防止及び不正の防止である。
確かに誰か一人でも別の回線でコソコソ話していたら、周りの奴らからすれば不安以外の何物でもない。そしてその不安が伝播すれば討伐隊全体の士気に関わる話になってくる。
誰かが余計な行動をしたことで、任務未達成で終わったり、死傷者や重体以上の負傷者が出てしまったり、誰かが不正を働いてしまって報酬で揉めたりするとそれはそれで問題だし、笑い話で済ませられることじゃない。
だからこそ任務の妨げになりうる要因を未然に防ぐために、請負機関が公式回線を工事したのだ。
今回の場合、俺が久三男力作の流川本家秘匿回線を使って御玲や澄連、久三男と連絡を取り合っていたわけだが、金髪野郎たちからすれば、俺が誰と何を話しているかなんて分からない。そうなると猫耳パーカーと金髪野郎は、今みたいに俺の事を余計に気にせざる得なくなってしまうというわけである。
「しっかし、ここって結構山奥だぜ? そんな辺境まで明瞭な通信ができるとなると、公式回線と同じくらいの通信設備がないと無理だよな……それだけの設備を造れる魔導師って一握りしかいないはずだし、名も知れてるはず……」
これまた一人グダグダと語り始める。正直、また嫌な予感がしてきた。
マズい。これは``凄腕の魔導師``が誰なのか、聞いてくる流れだ。当たり前だが、武市で有名な魔導師なんて名前も顔も知るわけがない。ここでテキトーに答えてしまえば、俺の嘘がバレてしまう。
クソ、なんとかして疑問吹っかけてくる前に話題を変えなければ。
「さ、さっき御玲と話してるって言ってたけど、レギオンについて話してたんだよ!」
ブツブツ言って考えている金髪野郎の隙をつき、話を本筋に戻す。いつもは頼りにならない俺の記憶力も、今回は話の内容を覚えてくれていた。ナイスだぜ、俺と自分を褒めておこう。そうしないとメン死してしまう。
「んじゃ話せ」
「あん……? まあいいや……」
話せ、と命令されて話すのはすっげぇ癪だが、ここでだんまりキメこんだり、下手に嚙みつく方が、話が進まなくてかったるい。折角霊子通信回線の事から注意を逸らせたんだ。些細なことでキレる必要もない。
敵戦力は久三男が調べてくれたから正確な情報だ。話しても齟齬は起こらないだろう。
「御玲たちはどうやら、スカルメイカーとスケルトン・マッシブ……だったか。その軍団を迎撃しに行ったんだよ」
「……は? す、スケルトン・マッシブ……だと?」
一瞬だけ全員その場で足を止めるほど固まったが、額に滴る汗を袖で無造作に拭き取り、深いため息をついた。俺は詳しい戦力について覚えている限りを話す。
解説してもらわなくても久三男から粗方聞いたから、金髪野郎が困り果てるのは理解できる。スケルトン・マッシブは全能度千二百の怪物。それが総勢五百である。戦力比と物量からして絶望的な開きがある。
ロボット軍団の次は骸骨軍団。まだ女アンドロイドとの決戦からほとんど日が経ってないってのに、立て続けにも程がある話だ。俺らがただ不運なだけかもしれないが。
「なんでお前はそんなに落ち着いてんだよ……」
「百足野郎とカエルたちもいるんだ。何も御玲とポンチョ女だけってわけじゃねぇし」
「まあ確かにむーさんに任せとけば大体なんとかなっちまうジンクスがあるが……流石にスケルトン・マッシブとスカルメイカーは甲乙つけ難いぞ」
俺もそこは未だに不安なところだ。でももうそこに関しては俺の中で答えは出ていた。でも金髪野郎の表情は暗いままだ。
「スケルトン・マッシブの全能度は四桁に達すると言われてる。本来なら、緊急任務発令案件の大物だ。それがしかも五百体以上の群体……正直、トチ狂った戦力だ。立ち向かうなんざそれこそ自殺願望を疑われる」
「じゃあ逃げるか」
「マニュアル通りにいくなら、本部に応援呼んで俺たちは退散するべきだろうな。でも応援を呼んで退散している間、南支部周辺に降りてこないとも限らねぇ」
「そりゃそうだろうな。つまり逃げるなんて無理だと」
「逃げたら誰が南支部周辺地域の皆さんを守るんだ」
「だな。んじゃどうする?」
「やるしかねぇだろ。この合同任務を受けたメンツだけで」
「どうやって?」
「どうにか、だよ」
お互いガンを飛ばしまくる。暫し沈黙が流れるが、俺は悔し紛れに頭を掻き、嫌味ったらしい表情を金髪野郎に向けた。
「……フェーズA級だから大丈夫だとか言ってたの誰だっけ?」
「はいはい俺だよ悪かったな! 自分がこういう苦労体質なの忘れてたぜ!」
謝ってはいるが、本人に悪びれている様子はない。仕方ないと割り切っている風だった。巻き込まれた俺たちの身にもなってほしいものだ。
「確かにむーさんとそっちのぬいぐるみ連中がいるんだ。正直数の暴力で押し負ける絵面が拭いきれねぇが、速攻で陥落するこたぁねぇと信じよう。俺たちは予定通り、サモナーを早々に始末する」
さっきまでの困惑が嘘のように、いつもの凛々しい表情に戻る。
本当は色々段取りとかあったが、俺たちは三人がかりでサモナーをブチ殺すことにした。仮に召喚されても、召喚された骸骨は無視して無理矢理サモナーをブチ殺すことにしたのだ。
完全に、パワーによるシンプルなごり押し作戦である。
「おい金髪野郎! 今は緊急時だ。別に手加減とかしなくてもいいよな?」
全速力で走りながら金髪野郎に叫ぶ。それは範囲とか限定することを考えなくていいのか、って意味である。
今までは通常任務だから二次被害を抑えて事を済ませるという面倒をわざわざやっていたが、今はすでに流れが変わっている。明らか緊急だし、二次被害なんぞ気にする必要もないだろう。むしろこの状況で気にしろと言われたら邪魔だから消えろと言ってやるところだ。
「あー……そうだな。分かったよ、好きにしろ。責任は俺がとる」
暫し迷う金髪野郎だったが、諦めたのか遠い目をしながら肩を竦める。それをよそに俺は盛大にガッツポーズを取った。
監督請負人から言質をとった。これで俺を縛るものは何もない。思う存分暴れられるってわけである。隣で「ぐぞぉ……」と泣きべそ地味た小言が聞こえたが、まあ空耳か何かだろう。勝手にそう思うことにしたのだった。
ようやくサモナーの所まで辿り着くと、既にサモナーは三体もの骸骨を召喚させて待機していた。スケルトン二体に、魔導師っぽい骸骨一体だ。
「煉旺焔星!!」
「ふぁ!? おま、ちょ」
戦いとは、如何に自分のペースに持ち込めるかで勝敗が決する。当然後手に回ればその分乗り遅れるわけで、だったら先手を打った方がペースに持ち込みやすくなるのは馬鹿でも分かることである。
つーわけで、出会い頭にドカンと一発ブチかます。
俺の手から離れた煉旺焔星ちゃんは攻撃に打って出ようとした骸骨どもを包み込んで爆発。あたりは一瞬で火の海に姿を変える。サモナーの前にいた骸骨たちは爆発四散し、サモナーにまで影響を与えているほどだ。
俺がやったことはただ一つ。誰が来ようとその全てを焼き尽くす。それだけである。
「火が効くのが仇になったなァ……? さて後はテメェだけか、じゃあお前もさっきの骸骨三匹もろとも粉々に……」
「ちょ、ちょっと待て新人!!」
二発目をサクッと錬成し、これで終いにしようとした矢先、背後からがっしりとホールドされる。
全力で振りほどこうとするが、案の定金髪野郎の腕力は異常に強い。どれだけ藻掻いてもビクともしやがらない。
「確かに好きにしろっつったよ? でもな、限度ってもんがあんだろ!! 標準型スケルトン相手したときよりもひでぇじゃねぇか、どうしてくれる!!」
「うるせぇ黙れ、先手必勝だっつってんだろ金髪馬鹿!! むしろ三匹確実に消し飛ばしたんだから前よかマシだろうが、節穴か!!」
「節穴はお前だボケナス!! この惨状が目に入らねぇのか!!」
サモナーを中心に、半径十メートルぐらいだろうか。焼け焦げて軽く焦土と化し、一部が延焼して山火事が起きつつある。俺がブチこんだ火で周囲の気温も上がっており、金髪野郎は既に汗をかいていた。
正直しのごの言っている暇はないんだから、多少荒っぽい戦いは許されるはずだ。火は燃えるものがなくなればいずれ消えるんだし、山火事なんぞ気にする必要はない。問題はサモナーを始末できるかどうか。それが重要だ。
「うひー……ちょーっとこれは困るっすねー……」
隣でひっそりと息を潜めていた猫耳パーカーが突然呟く。さっきまで一切気配がなかったのでビックリして思わず身震いしてしまう。猫耳パーカーは、森の焼け具合を見て唖然としていた。
「新人クン、前衛のスケルトン焼いてくれたのは嬉しいんすけど、ちょーっとこれは焼きすぎっすね。後は私がやるんで、二人はそこで見ててください」
そう言って、俺の右手に宿っていた煉旺焔星を掻っ攫う。
「お、おい! それまだ錬成途中……!」
アレはいわば火の霊力を力づくで無理矢理圧縮した高密度霊力弾。俺の手から離れてしまうってことは俺の意識下から外れるわけで、無理矢理押し込まれていた霊力が、反作用的な力によって外に向かって爆発してしまう。
正直俺以外の奴でアレを制御できるとは思えない。爆発四散して跡形も残らなくなる未来が透けて見えた。
「馬鹿!! 今すぐそれをどっかに……!?」
放り投げろ。そう叫ぼうとした、その瞬間だった。
爆縮し、灼熱の星と化していた霊力弾は瞬く間に透き通った水球へ姿を変えていく。煉旺焔星が、ただの真水の塊に変わったのだ。
思わず「はぁ!?」と叫んでしまう。俺が土壇場で編み出した十八番、煉旺焔星が一瞬で水に変わるなんてあり得るのか。要は火属性の霊力を水属性へ変えたってことだろうが、そんな簡単に属性変換ってできちまうものなのか。自分の得意技が一瞬で塗り替えられたことに、信じられない思いで一杯だ。
「消火っと!」
サモナーに接敵すると同時、元煉旺焔星だった水球を更に巨大化させて、それをあたり一面にばら撒く。
俺の霊力に猫耳パーカーの霊力を更に付け足して錬成した水だ。その質量は凄まじい。俺が火の海に変えた部分は瞬く間に消火され、ただの焦土だけが残った。
大量の水がばら撒かれたせいで、俺と金髪野郎は漏れなくずぶ濡れになる。そんな中、猫耳パーカーは全身を白い光の膜で覆いながら、サモナーが新しく骸骨野郎を召喚するよりも速く懐に飛び込む。
「お、おい! ソイツに近接は……!」
尚も俺を背後からがっしりとホールドしていた金髪野郎が、緊迫した表情で叫ぶ。
骸骨野郎に触れるともれなく魔法毒とかいうクソみたいな弱体化効果がついてしまう。だから本来は遠距離攻撃でブチ殺すしかないのだが、猫耳パーカーはその常套を無視して近接でブチ殺そうとしている。
側から見れば、自ら毒を被りに行っているようなものなのだが。
「はぁぁぁぁぁ!!」
大地がかち割れ、降り注いだ水が跳ねるほどの衝撃が俺たちを襲う。思わず何も言えなくなるほどのバケモン地味た踏み込みとともに、サモナーの胴体めがけて右ストレートを繰り出した。
サモナーは情け容赦ない腹パンを食らい、体がくの字に折れ曲がるが、猫耳パーカーに一切の情はない。そこから更に拳と蹴りを数発、目にも止まらぬ速さでサモナーにブチこんだ。
俺らは何も言えなかった。本来なら物理攻撃無効のくせに、こっちに魔法毒を理不尽にブチこんでくる奴を一方的にタコ殴りにしている図を見せられている。
毒を喰らってやせ我慢しているんじゃないかと、自前の動体視力で猫耳パーカーの動きを捉えるが、彼女の所作に依然として無駄はなく、その表情に疲れも痛みも感じられない。
「あの立ち回り、喧嘩とは違う……アイツ、なんか習ってんな」
いつまでホールドしているつもりなのかといい加減振り解くが、そんな俺には目も暮れず、金髪野郎は興味深げに猫耳パーカーの戦いに見入っていた。
俺には灰色のローブを着こなす骸骨を、一方的にタコ殴りにしているようにしか見えない。何か習っている、っていう推測からして武術の心得があるってことだろうか。我流喧嘩スタイルの俺とは縁遠い話である。
「見たところ剛拳……スカルサモナーが一撃で雑巾みたいになってる辺り、肉体強化は確実だが……一体どんな魔法を……?」
一人別の世界へのめり込む金髪野郎。
個人的には俺や御玲がよくやる霊力を特定部位に流し込んで無理矢理肉体強化して殴っているだけだと思うが、金髪野郎は体内霊力量が絶望的に少なく、霊力による肉体強化に縁遠いのだろう。そういう発想が浮かんでいないのだ。
でも確かに俺の目から見ても、ただの喧嘩スタイルとは全く違うように見えてきた。
一撃一撃が強いのは勿論のこと、手や足、身体に至るまで、その全ての動きに無駄がない。拳や蹴り一つ一つの動作はしなやかでムラがなく、それでいてパワー押しを連想させるほど力強い。
ただのパワー押しなら一撃一撃はぶつ切りかつ無秩序に放たれ、必ず攻撃と攻撃の間に変な隙ができる上に動きも全体的にムラができてしまう。
俺はその隙やムラを更に強いパワーのゴリ押しで自分なりに埋めてはいるが、猫耳パーカーほど確実に、それこそ流れる川の水のように埋められているかと問われれば、自信はない。隙やムラなんて、ほとんど気にしたことがなかったからだ。
俺たちは完全に棒立ちだった。サモナーが前衛を召喚する間もなくただのボロ雑巾と化していく様を、ただただ呆然と眺めるしかできない。むしろ金髪野郎は助けに行くどころか、猫耳パーカーの戦いっぷりをまるでバトルマニアのように魅入っているのみである。
そしてようやく―――。
「さて、トドメっすね」
もはやボロボロの布切れ的な何かと化したそれを、がっしりと鷲掴んだ猫耳パーカー。はいおしまい! と得意げな顔で握り潰した。
その布切れは猫耳パーカーの手の中で黒い靄を滲ませていたが、空気に溶けていくかのように一瞬で消滅する。
そういえばスケルトンは闇属性だった。鷲掴んで消えたということは、スケルトンをスケルトンたらしめていた霊力そのものを別の属性に変換したってことだろうか。
いやいや、流石にそんな反則ができるわけがない。だって相手は魔生物。意思を持たないただの生存本能の塊とはいえ、曲がりなりにも生き物だ。生き物と霊力は違う。生き物の中に霊力があるのであって霊力そのものじゃないんだから、属性変換とかいう技が使えたとて、それで骸骨野郎が消滅するとは考えにくい。
そんなことができるのなら、戦う必要なんてないじゃないか。
「あ、すんません。私一人で片付けちゃったっすね……チームの和を乱して申し訳ないっす」
唖然としていた俺たちは、平然と戻ってきた猫耳パーカーの声音で意識が舞い戻る。
「いやいや、良かった、良かったよ!」
「お、おう! 別に気にするようなことじゃねぇさ!」
パーカーの猫耳がしゅん、と垂れ下がるところを見て、思わず俺もつられて取り繕う。
確かに独断専行だったけど、周りに迷惑もかけず一切合切を即興で、なおかつ一瞬で終わらせたのだから、完璧すぎてぐうの音も出ない。むしろあたり一面焼け野原にしておいてサモナーを始末できなかった俺の方が間抜けに思えてきてしまった。
「それよりお前……魔法毒とか大丈夫なのか……?」
恐る恐る金髪野郎が猫耳パーカーに駆け寄る。
骸骨野郎に接触するとどれだけの種類かは忘れたが、結構な数の魔法毒を食らってしまう。俺も一緒に見て回るが、猫耳パーカーの様子は戦う前となんら変わりない。やせ我慢をしている様子もなく、脂汗とかがあるわけでもなく、顔色だって悪くない。むしろ軽く運動して血行が良くなっているように見えるくらいだ。
チームの和を乱してしょげてこそいるが、それは体調とはなんら関係のないことである。骸骨野郎の魔法毒を食らったら具体的にどういう体調になるのか知らんが、見たところピンピンしているように思えた。
「それなら大丈夫っす。排出できるんで……」
「……は、排出? そういえばスカルウィザード倒したときも……」
意味が分からなかったのか、金髪野郎が素で聞き返す。当然俺も意味が分からない。
魔法毒は魔法で解くものだと聞いていた。だからこそ魔法が使えなきゃ一生治せないものだとも。
なのに、まるで体に必要ないと看做して器用に捨てているかのような言い方。金髪野郎の言う通り、スカルウィザードのときも正直魔法も使わず、どうやってそんな意味わからん真似ができるのだろうか。
「あの……それ、今ここで説明した方がいいっすか?」
面食らって思考停止していた俺らだったが、猫耳パーカーの声音で我に帰る。
何故魔法毒を排出できるのか。言われてみれば呑気に説明している暇はない。俺らが全ての段取りを無視して速攻でサモナーを始末したのも、早急に御玲たちのもとへ合流するためだからだ。
「合流するぞ。道はむーさんが残してくれてるからよ」
当初の目的を思い出したのか、少し迷うそぶりを見せるも、金髪野郎も首を左右に振った。
金髪野郎が指さす方を見ると、あからさまに木々が薙ぎ倒されているクソデカい獣道があった。まるで巨大な蛇が無理矢理蛇行しながら進んだ感じの道だ。
コイツもコイツで存外に自然破壊を嗜んでやがると思ったが、そもそもの話、この獣道がなければ俺たちは居場所が分からず御玲たちと合流できない。探知系の魔法を猫耳パーカーか金髪野郎に使ってもらうとしても、そんなのは霊力の無駄遣いである。
そう考えると百足野郎の自然破壊は、俺たちの霊力管理を配慮してくれている点で、理に適っていると思えた。
俺たちは獣道を突き進む。たった数人で骸骨の軍勢に立ち向かう、御玲たちを助けるために―――。
空に向かって突然打ち上げられた、真っ赤な柱。凄まじい霊力の本流が感じられたから、直感で百足野郎のエーテルレーザーなのはすぐに分かったが、金髪野郎の表情が芳しくない。そこはかとなく、嫌な予感がした。
「なんかやべーことっすか」
トトが真剣な面差しで金髪野郎を見つめる。金髪野郎はめんどくさげに頭を掻きむしった。
「むーちゃんが赤いレーザーを発するってことは、何かしら想定外の敵が現れたってことだ。悪い事態って大体任務の最後にくるよな……」
ぶつくさ言っているが、要するにかったるい敵が予想外にも現れたってことだろう。確かにその手の予想外って物事が終わりかけた頃に突然やってくるもんだ。気持ちは分からなくもない。俺だって嫌だ。
「澄男さーん!」
木々の枝を忍者のように渡ってくる影が二つ。カエル総隊長とミキティウスだ。
御玲たちとともに先行したはずの二匹が帰ってくるとなれば、やはりなにかしら異常事態が起きたと見て間違いない。忍者の如く無駄のない着地で俺の前に現れ、木の葉がほんの少しだけ舞う。
「何があった」
「``骸骨の軍勢``がきたっす」
「は? ちょっと待て……``骸骨の軍勢``だと!?」
俺とカエルの会話に迫真の表情で割り込んでくる金髪野郎。猫耳パーカーも声こそ出さなかったが、目を丸くしてパーカーの猫耳を立てた。
``骸骨の軍勢``といえば、南支部の作戦会議のときにちょろっと金髪野郎が説明していた骸骨どもの百鬼夜行のことである。出現すればフェーズSが発令されるぐらい、ヤバいという記憶は残っていた。
俺は一瞬何のことか理解するまでに時間がかかったが、説明された記憶が辛うじて残っていたおかげでようやく状況を飲み込む。
これが討伐任務でありがちって言われている、``乱入``ってやつか。そういえば久三男がよくやっていた狩猟ゲームに似たような概念があり、メインターゲットを狩った後かそこらで唐突に狩る予定のなかったクッソ強いモンスターが出てきて、容赦なく虐殺されたことがあったっけ。
「クソッ、よりによって嫌なのが乱入してきやがったな……」
「サモナーと結託されでもしたら厄介っすね……」
「厄介どころの話じゃねぇ。もしかしたらアークだっているかもしれねぇし、群体となると戦力が未知数だ」
「……本部に応援呼ぶっすか?」
「``骸骨の軍勢``ともなると下手な戦力を送れば戦死者が確実に出る。彼我戦力を的確に伝えんと、十中八九断られるぜ」
「うー……戦力さえ分かれば……」
俺が久三男に借りたゲームの苦い思い出を呑気に思い出している最中、二人がごちゃごちゃと話し始める。
俺は新人だし、作戦の変更に関する決定権は金髪野郎が持っている。これからどうするかの話はコイツらに丸投げするとして、俺たちは俺たちで話し合うとしようか。
カエルたちに霊子通信を繋ぐよう指示を出し、俺は自宅でオペレーターをやっているであろう、愚弟たる流川久三男に霊子通信を繋げる。
幾度となく作戦会議で見慣れた無地の精神世界には、既に久三男が無地の円卓の近くに置いてある椅子に座っていた。俺とカエル、ミキティウス、そして支部待機組のシャル、ナージも空いた椅子に順次座っていく。
『久三男。状況はどうなってる?』
『御玲たちは、確かに``骸骨の軍勢``に突っ込もうとしてる。総数は最低でも五百はいるかな。一つ一つ種類も分かるけど、説明していい?』
『んいや、待て。御玲も繋げてぇんだが、呼び出せるか?』
久三男は『分かった、今呼び出す』と言うと、空いた席に``呼出中``と表示される。だがすぐに、その椅子に誰かが現れた。
超絶見覚えのあるメイド服を着こなす青髪碧眼の少女。間違いなく御玲である。
『そっちはどうなってる。というか、無事か』
『ブルー・ペグランタンとともに、``骸骨の軍勢``の迎撃に向かっているところです。無事です』
『お前らだけで大丈夫そうか?』
俺の考えは既に御玲を助けに行くか否かに全て集束していた。それ以外は半ばどうでもいい状態に近い。
俺には``仲間は絶対守り切る``っていう絶対ルールがある以上、それを破るような真似は絶対できない。もし御玲が助けに来てほしいというなら、たとえ作戦の決定権が金髪野郎にあろうが関係なく、今から即転移でカチコミかけにいく。
異論は認めない。むしろ異論を吐き散らかす奴は御玲を助けてから全員拳で黙らせる。俺の信念は、絶対に変わらない。
『こちらにはブルー・ペグランタンのテイムモンスターがついています。先程六体のスケルトンを同時に相手取っておりましたが、全く遅れを取りませんでしたし』
御玲は助けなど必要ないと言わんばかりに、主に俺に対して首を左右に振った。更には俺の心の内を先に読んでいたかのように『澄男さまはレク・ホーランの指示に従ってください』と釘も刺されてしまった。
正直エスパーか何かかなと思ってしまったが、要するにあの百足野郎が予想以上に役に立っているって話か。
確かにアンドロイド戦のときも結構活躍していたし、戦死したとみんな思っていた金髪野郎を窮地から救ったのも、そういえば百足野郎だった。
今や誰も疑問に思ってすらいないが、百足野郎もバケモノの一種である。タイマンだとクソ厄介と噂の骸骨野郎を複数体相手して圧倒していたと言われても、俺としては特に不思議でもなんでもない話だった。むしろ御玲の肉壁として重畳と言えた。
『なるほど。``骸骨の軍勢``とやらの内訳は分かるか?』
『分かりません。ブルー・ペグランタンも分かってはいないようですし』
『よし久三男。説明しろ』
うっす、と久三男にしては聞き慣れない返事をしてやがるが、淡々と説明してくれる。
御玲たちが相対しようとしている軍勢はスカルメイカーが生み出した、スケルトン・マッシブ五百体の大軍勢。その距離は既に一キロメトをきっており、後二分足らずで両者は衝突するとのこと。
「まあまずスカルメイカー……とスケルトン・マッシブ? ってあれだよな。金髪野郎が言ってた……」
「世界の因果律を起源として発生する、スケルトン系の近親種です」
朧げな記憶を戸棚から無造作にかき集めていた最中、御玲から颯爽と助け舟が出される。
スカルメイカー、スケルトン・マッシブも金髪野郎からあらかじめ説明されていた魔生物だ。
外見はスケルトン系魔生物と似たり寄ったりだけど、起源が違うとかなんとかで任務請負機関がスケルトン系としてあえて分類せず、``近親種``とかいうわけのわからん括りにブチこんでいる奴らだったか。
『スカルメイカーは、いわゆる魂の総量を修正するために生み出される世界の修正力の一種。ちゃんと供養とかしとけば、滅多に湧かないはずなんだけど……』
久三男のまたどうでもいいところを気にする病が発動しかけている。こうなると話があらぬ方向にそれるし、魂の供養とか俺らの範疇じゃないし、なにより湧いた原因になんぞ興味ないのでさっさと話を押し進める。
ということで問題は戦力。スケルトン・マッシブ五百体ってのは、はてさてどの程度の戦力なのだろうか。
『スケルトン・マッシブはものによるけど、一体あたり全能度は大体千二百くらい』
『バケモンじゃねぇか!!』
予想以上の数値に度肝を抜かれる。
一体で全能度四桁、それが五百となると国が滅ぶとかそんなレベルじゃない。なにもかも跡形もなく消え失せるスケールの大大大戦力だ。今は山奥にいるが人が住んでいる所まで降りてきたら、オッサンたちには悪いが南支部周辺の限界集落なんぞ塵も残らないだろう。
まさに百鬼夜行ならぬ百骨夜行。流石は魔境と名高いヘルリオン山脈である。
自慢じゃないけど、流川本家領がいつまで経っても他の勢力に見つからずほっとかれているのが、ようやく感覚として理解できた。そんなバケモノ集団が何食わぬ顔で平然と湧いて出る自然界に、偵察のためとはいえ命を捨てにいく馬鹿などいるはずがない。もしいたとしたら、それは狂人か自殺志願者のいずれかである。
しかし、そうなると、だ。俺は思考を本筋に引き戻す。投げる視線の先にいるのは久三男だ。
『どう足掻いても百足野郎とポンチョ女と御玲だけじゃ足止めにもなんねぇだろ。百足野郎とポンチョ女はこの際棄ておくとしても、御玲はどうすんだ』
『いえ、澄男さま。そのことなんですけど……』
言い淀みながら御玲が俺と久三男との会話に割り込んでくる。その顔は、何故か困惑の顔色に染まっていた。
『その、ブルー・ペグランタンが操っているテイムモンスターの全能度なんですが……いま測りましたら千五百ほどに……』
精神世界が、驚愕の念に包まれる。
確かにあの百足野郎と戦うなら身体のリミッターを外した上で、全力全開でやらないと勝てないと本能的に悟っていたが、そういえば数値計測を一度もしたことはなかった。
戦う理由もないし、俺らからポンチョ女に対して敵対的に立ち回らない限り殺し合いにならないだろうって判断を俺が下したし、見た目バケモノだし強いだろうなってくらいの関心しかなかったけど、数値で表すとその強さが如実に分かる。
万物を灰燼に帰するバケモンと言っても過言じゃない、天災レベルの肉体能力だ。
『ん? いやでも……ちょっと待て』
だがそこで、感情と比べて全然仕事しないことに定評のある俺の理性が、珍しく待ったをかけてきた。
『五百の軍勢に対してタイマンだろ? 肉体能力的には問題ないとしても、相手側の数の暴力感が否めなくねぇか……?』
御玲が計測した百足野郎の計測値にビックリ仰天しちまって思考停止しかけたが、百足野郎はたった一匹。御玲やポンチョ女は戦力外通告が確実なため頭数に入らないとして、相手の総数は五百体である。
百足野郎の身体能力が異常なのが分かったとて、スケルトン・マッシブの身体能力もまた異常。前者は千五百で後者は千二百だ。数値で見ても大差ないし、常識的に考えれば百足野郎の勝ち目は薄い。
カエルやミキティウスも暴れさせればマシになるだろうが、それでも頭数が足りないことに変わりなかった。
『しかし、どうしようもないでしょう。サモナーも無視できない脅威ですし、人員は割けないかと』
その冷静かつ的確な意見に、言い淀むしかない。
サモナーは霊力ある限り、同族を召喚し続けるクソ面倒な骸骨。無視できるか否かと言われたら、できないって言うしかない。むしろ``骸骨の軍勢``とカチ合えば、ただでさえ頭数が足りないってのに彼我戦力差が更に大きくなってしまう。
軍団とカチ合う前にサモナーをさっさと始末する。馬鹿な俺でもそれが最善策なのは理解できる。
『で、でも……』
不安。言い知れない不安が、胸を締めつける。
百足野郎とポンチョ女はこの際どうなろうと知ったこっちゃないにせよ、御玲は。御玲だけはなんとか無事でいてほしい。
アンドロイド戦のときは久三男がアンドロイド含め機械全般に強かったからこその、不幸中の幸いだった。でも今回の相手は骸骨のバケモノだ。久三男はサポーターとして優秀だとしても、毎度毎度幸運の女神が微笑んでくれるわけもない。
もしも大怪我なんぞしようものなら、俺は―――。
『澄男さん、大丈夫っす!』
『俺らが責任をもって守り抜きます』
拭ど拭ど、嫌がらせの如く覆い被さってくる不安を振り払ったのは聞き役に立ってしていたカエル総隊長とミキティウスだった。
ミキティウスは精神世界でも頭からパンツを被っているだけに不安が残るが、コイツらの能力の高さは外見に左右されない。コイツらに断言されると良い意味で期待を裏切ってくれると確証が得られるのだ。
いつもは鬱陶しいなと思ってしまうふざけた態度も、こういうシリアスなときには、実力の高さも相まってものすごく頼もしく思えた。
『……分かった。御玲のことを頼む』
アイアイサー!! と元気良く返事をして精神世界からログアウトする。精神世界内で御玲は嘆息していたが、その表情は温和だった。
『では私も行ってきます。無理そうなら迷わず撤退を選びますから、ご心配なく』
御玲もログアウトする。方針ってほどでもないが、各々が集中するべきことは軽く決まった。俺も俺のやるべきをやるだけだ。
『久三男。御玲のこと、頼んだぞ』
『言われるまでもないよ』
久三男もログアウトする。いざというときは、久三男のサポートが功を奏して、幸運の女神が微笑んでくれることに期待する。そうでなくとも、久三男のサポートは疑いようのないものだ。きっとなんとかなる。そう信じることにする。
誰もいなくなったのを確認し、俺も意識を現実世界へ戻した。
俺たちが話し終える頃には金髪野郎たちも話し合いを終えていた。戦力の把握ができ次第本部に応援要請を送り、それまでは自分らでなんとか持ち堪えることにしたらしい。本部が出張るまでに片付けられればそれで良し、突入するぞと既に息巻いている。
俺としても金髪野郎のノリを削ぐ気はない。むしろ今すぐにでも御玲たちと合流したいくらいなのだ。そのためには邪魔くさいサモナーにはさっさと消えてもらわなきゃならない。異論なんぞ言う奴がいるなら、ソイツを先に黙らせるところである。
「じゃあ俺が先に行く。真ん中を新人、最後尾をトト」
余程焦っているのか、端的に指示だけ飛ばして早速進み始める。
事あるごとにガタガタ言い始めて先に進まないよりマシなので全然構わないのだが、やはり五百の骸骨ともなると余裕とまではいかないらしい。
まあ無理もない。俺らから見てもかなりの大戦力だ。請負人としては、人類の存亡を背負っているに等しいだろう。焦らず冷静でいられていたなら、その胆力を褒めてやりたいところだ。
「そういえばさっき、見えねー奴らと話してたっすよね? 何か分かったことでもあったっすか」
サモナーのところまで、なりふり構わず一直線に走る金髪野郎の背を負いながら俺たちも走る中で、真後ろから猫耳パーカーがひょっこりと俺の肩から顔を出す。
ちょっと何を言っているのか分からない。一つ一つ整理してから返事することにしよう。
見えない奴らと話す。それはつまり、久三男たちとの霊子通信のことを言っているのだろうか。だとしたらおかしな話だ。そんなことはありえない。
あの回線は久三男力作の秘匿回線であり、俺が認めた仲間以外は霊子通信をしていることすら感じとれないはずである。
干渉するなど論外で、そんな間抜けを許す久三男じゃない。今まで、相手がアンドロイド戦のときに戦った女アンドロイドのような、予想の上をいくような存在だろうと久三男は臆さず対応してみせた。そして機械関係で凡ミスをしでかしたことも、今まで一度もない。
戦いの才能は皆無なのに、研究や開発、後方でのオペレーターとしての能力は、失敗を知らぬ本物の天才なのだ。
そこまで整理し終えたとき、一瞬、背中に強い寒気が走る。だが、悟られるわけにはいかないので、誤魔化すために目を逸らさず答えた。
「何のことだ? ただ単にこの状況をどうするか、一人考えてただけだが?」
ここで目を逸らせば嘘をついているのがバレる。嘘をつくとすぐさま顔に出ると評判の俺だが、そう何度も何度も言われると対策の一つでも編みだしたくなるものである。
要は目を逸らさず、ありのままを言ってるぜって顔で涼しく嘘をつけばいい。それこそが、真なる``嘘も方便``って奴なのだ。
「いやいやー、微かっすが霊子通信回線が見えてたっす。きっつい暗号化処理がなされてたんで流石に盗み聞きも逆探知もできなかったっすけど、暗号化してたってことは、なんかすっげーこと話してたんっしょ?」
何故だ。どうしてなんだ。
背中に滴る冷や汗の量が爆増する。俺が編み出した``真・嘘も方便作戦``は完璧だったはずだ。なのに、何故バレる。
そもそも霊子通信回線が微かに見えたとはどういうことなのだろうか。霊子通信回線って肉眼で見えるものなのか。少なくとも俺は見たことないし、見えたなんて話を御玲や弥平はおろか、開発者の久三男からも聞いたことがない。
見えていたら、そこいらが霊力の筋だらけになっているはずだ。
「は、はぁ? ちょ、ちょっと何言ってるか分かんないですが、それは」
とりあえずテキトーに誤魔化しつつ、思考を切り替える。
ひょっとしてコイツ、冗談言って場を和ませようとしているのだろうか。
俺は一応、新人って立場だし、戦いの場に慣れていないみたいな感じで予想外なことが起きているから落ち着くようにと。ものすごく余計な世話だが、それ以外に説明がつかないし、そうだ、そうに違いない。
「あ、あのー。別に場を和ませてくれなくたっていいんで……別に怖くないし……」
とりあえず断りを入れておく。正直嘘とはいえ、怖いと思われているのは癪だからだ。普通に余計な世話だし、ここいらでやめておいてもらおう。
「あん? 場なんて和ませてないっすけど……」
俺と猫耳パーカーはお互いきょとんとした顔で見合わせ、首を傾げる。まさかだが、冗談とかではなく、マジで言っていたのか。
確かに霊子通信で久三男たちと話していたのは本当だが、だったらコイツは本当に流川本家の秘匿回線を悟ったっていうのか。この場合、こいつがヤバイのか、久三男が初めての凡ミスをやらかしたのか。正直全然判断がつかない。
機械系において世界最強の腕前を持つ久三男がザルい設計のものを作るとは思えない。そんな舐めた真似すれば俺がカチキレることを知らない弟でもないはずだ。
そもそも久三男が持つ研究や開発などの情熱は、俺が剣術などの新しい技を編み出すときの情熱と同じくらいかそれ以上の熱気を感じさせるものがある。俺だって新しい技を編み出すときは自分の持つ才能を常に意識しているくらいだ。尚更久三男が舐めた開発をしたとは思えない。
ということは、つまり―――。
「おいお前ら。さっきからなにコソコソ話してんだ。こっから一キロ先にサモナーがスタンバってんだから、目の前の敵に集中しろ」
あまりにもコソコソ話しているので、一番前を疾走している金髪野郎が訝しげな顔を向けてくる。
別に俺は話したくて話していたわけじゃないのに、怒られるのは心外だ。元はといえば猫耳パーカーが話しかけてきたのであって、俺はそれに答えたにすぎない。
「んいやー、パイセン。コイツがなんか霊子通信で誰かとコソコソ話してたっぽいんで、なんでかなって話してただけっす」
俺は一瞬、何を言ったのか、何を言われたのか、自分がどういう状況に追い込まれたのかが理解できなかった。いや、理解が追いつかなかったってのが正しいと思う。
猫耳パーカーの返事によって、金髪野郎の顔が豹変する。嫌な予感がけたたましく脳内をよぎった。
「……時間がねぇ。走りながら聞くぜ。どういうこった新人」
「いやいやいや……別に一人で考え事してただけだって……」
「じゃあ何だ? トト・タートが嘘ついてるってのか?」
「そ、そういうことになるかな」
「ちょっと待ってくださいよー。こんなときに場を混乱させるほど、私ゃ陽気じゃないですってー」
金髪野郎が走りながら肩を竦め、額に手を当てる。肩を竦めたいのはこっちなんだが、そんなことを言っても始まらない。
「んじゃあまず新人に聞くぜ? 一人で何を考えてたんだ? サモナーを倒す作戦的な何かか?」
「え。いやー……その……そう! そうだよ」
「……たとえばどんな?」
「金髪野郎が光線撃って、俺が全てを焼き尽くす。そんな感じでケリつける、とか」
「なるほどー……ちなみにトトがなんで俺らと同じ対サモナー特攻部隊に入ってるか、説明できるかお前?」
「あ。いや、えっと。そう、となるとだな……」
「もういい。お前がサモナーとは全く別のことを考えてたことだけは分かった」
走りながら、俺の即興で考えたプランBが世に出る前に一蹴された。
そういえば猫耳パーカーが属性変換っていう謎の技を使えるから、俺らと同じ対サモナー特攻部隊として行動しているんだった。忘れていたわけじゃないけど、いかんせん即興で考えたプランBだったから、完全に焼き尽くす方面で考えたのが裏目に出てしまった。
「次。トト、お前は?」
取り繕うにも、もう金髪野郎の視線は猫耳パーカーに移っていた。プランCを言おうにも、金髪野郎から放たれる雰囲気がそれを許さない。まるで母さんに正座させられたときと同じ気分にさいなまれる。
正直、嘘をつく瞬間だけ弥平と同じくらい頭の回転が速くなる能力が欲しい。切実に。
「私はっすね、新人クンが霊子通信をしてるっぽかったんで、誰とお喋りしてるのかなーって気になったんす。それで聞いたら何故かはぐらかされるんで、なんでかなって」
「そりゃ任務請負証での通信じゃないのか?」
「通信規格が違うんで、おそらく新人クン独自の回線じゃねーっすかね」
これまた考え込む金髪野郎。
普通、霊子通信は目に見えないので、通信規格が違うと言われても、金髪野郎からしたら通信規格の違いとは何ぞやって感じになり、トトの言うことを信じようにも中々腑に落ちないのだろう。
正直、俺からしてもなんで見えるんだよ、通信規格の違いってどうやったら分かるんだよとツッコミを入れたいくらいだ。
沈黙する俺ら。どっちの言っていることにも確証がないのは明らかで、なんとも言えないというのが本音だろう。猫耳パーカーも良かれと思って言った手前、予想以上に場を乱してしまったと後悔しているのか、猫耳がだらんと垂れ下がっている。
厳密には俺が久三男力作の霊子通信回線の存在を隠しているから、場を乱しているのは俺なんだが、だからといっておいそれと流川家の軍事機密をぺらぺらと話すわけにはいかない。
久三男や弥平の許可があれば別だが、そんな許可など当たり前だがとっていないし、流川本家の当主として、そんなアホな許可をとりにいく気も全くない。
さて、どう切り抜けるか―――。
「はぁ……わーったよ。言うよ」
先に音を上げたのは、場を乱している張本人の俺だった。
ここで全員サモナーがいる所まで走りながら黙り合っていても仕方がない。どん詰まりになって気まずくなっても戦いのモチベに響けば話にならないのだ。でも俺は嘘をつくのが下手くそであり、嘘を語れば即バレてしまう。ならば。
「霊子通信してたよ。御玲とな」
本当のことを言えばいい。ただし、一部だけである。
「それはお前独自の回線ってことでいいのか?」
「俺の知り合いに``凄腕の魔導師``がいてな。ソイツが造ったお下がりを使わせてもらってんだよ。何か悪い?」
「そりゃあな。現に今混乱が生じてるだろ」
一応本当のことは言った。でもそのほかは全部嘘で塗り固める。
霊子通信回線をくみ上げたのはアンドロイド戦において貢献した久三男だが、あのときは``従者``と言って誤魔化した。今回は知り合いの``凄腕の魔導師``である。
霊子通信っていわば魔法関連だし、魔導師が造っているといえば違和感は軽減されるだろう。少なくとも俺が自作した、っていうアホみたいな嘘つくよりマシなはずだ。
「まあお前、どっかの暴閥のボンボンだし、そういう知り合いがいてもおかしくねぇだろうな。そこは理解した。でもな」
金髪野郎の表情は芳しくない。少しペースを上げて金髪野郎の横に並ぶと、俺は訝しげに奴の顔を見つめる。
「普通に考えてみろ。新人の請負人が、何の目的か知らんけど非公式の回線で誰かと話してる。どう考えても怪しいよな? だって俺らからはその会話聞こえないわけだし」
「そりゃあ……まあ……そうだが」
「だからこそ請負機関には請負人同士が連絡を取り合えるように請負証による専用回線があるんだぜ? グループ作れば仲間内で簡単に会話可能だしよ」
また饒舌に語ってくる金髪野郎。
何故請負証で霊子通信ができるのか。それは単純に請負人同士で連絡が取り合えるだけでなく、大規模討伐任務などで作戦会議を円滑に進める目的がメインだが、もう一つ影たる目的が存在する。それは味方間で不審な行動を行えないようにする、相互監視による士気低下の防止及び不正の防止である。
確かに誰か一人でも別の回線でコソコソ話していたら、周りの奴らからすれば不安以外の何物でもない。そしてその不安が伝播すれば討伐隊全体の士気に関わる話になってくる。
誰かが余計な行動をしたことで、任務未達成で終わったり、死傷者や重体以上の負傷者が出てしまったり、誰かが不正を働いてしまって報酬で揉めたりするとそれはそれで問題だし、笑い話で済ませられることじゃない。
だからこそ任務の妨げになりうる要因を未然に防ぐために、請負機関が公式回線を工事したのだ。
今回の場合、俺が久三男力作の流川本家秘匿回線を使って御玲や澄連、久三男と連絡を取り合っていたわけだが、金髪野郎たちからすれば、俺が誰と何を話しているかなんて分からない。そうなると猫耳パーカーと金髪野郎は、今みたいに俺の事を余計に気にせざる得なくなってしまうというわけである。
「しっかし、ここって結構山奥だぜ? そんな辺境まで明瞭な通信ができるとなると、公式回線と同じくらいの通信設備がないと無理だよな……それだけの設備を造れる魔導師って一握りしかいないはずだし、名も知れてるはず……」
これまた一人グダグダと語り始める。正直、また嫌な予感がしてきた。
マズい。これは``凄腕の魔導師``が誰なのか、聞いてくる流れだ。当たり前だが、武市で有名な魔導師なんて名前も顔も知るわけがない。ここでテキトーに答えてしまえば、俺の嘘がバレてしまう。
クソ、なんとかして疑問吹っかけてくる前に話題を変えなければ。
「さ、さっき御玲と話してるって言ってたけど、レギオンについて話してたんだよ!」
ブツブツ言って考えている金髪野郎の隙をつき、話を本筋に戻す。いつもは頼りにならない俺の記憶力も、今回は話の内容を覚えてくれていた。ナイスだぜ、俺と自分を褒めておこう。そうしないとメン死してしまう。
「んじゃ話せ」
「あん……? まあいいや……」
話せ、と命令されて話すのはすっげぇ癪だが、ここでだんまりキメこんだり、下手に嚙みつく方が、話が進まなくてかったるい。折角霊子通信回線の事から注意を逸らせたんだ。些細なことでキレる必要もない。
敵戦力は久三男が調べてくれたから正確な情報だ。話しても齟齬は起こらないだろう。
「御玲たちはどうやら、スカルメイカーとスケルトン・マッシブ……だったか。その軍団を迎撃しに行ったんだよ」
「……は? す、スケルトン・マッシブ……だと?」
一瞬だけ全員その場で足を止めるほど固まったが、額に滴る汗を袖で無造作に拭き取り、深いため息をついた。俺は詳しい戦力について覚えている限りを話す。
解説してもらわなくても久三男から粗方聞いたから、金髪野郎が困り果てるのは理解できる。スケルトン・マッシブは全能度千二百の怪物。それが総勢五百である。戦力比と物量からして絶望的な開きがある。
ロボット軍団の次は骸骨軍団。まだ女アンドロイドとの決戦からほとんど日が経ってないってのに、立て続けにも程がある話だ。俺らがただ不運なだけかもしれないが。
「なんでお前はそんなに落ち着いてんだよ……」
「百足野郎とカエルたちもいるんだ。何も御玲とポンチョ女だけってわけじゃねぇし」
「まあ確かにむーさんに任せとけば大体なんとかなっちまうジンクスがあるが……流石にスケルトン・マッシブとスカルメイカーは甲乙つけ難いぞ」
俺もそこは未だに不安なところだ。でももうそこに関しては俺の中で答えは出ていた。でも金髪野郎の表情は暗いままだ。
「スケルトン・マッシブの全能度は四桁に達すると言われてる。本来なら、緊急任務発令案件の大物だ。それがしかも五百体以上の群体……正直、トチ狂った戦力だ。立ち向かうなんざそれこそ自殺願望を疑われる」
「じゃあ逃げるか」
「マニュアル通りにいくなら、本部に応援呼んで俺たちは退散するべきだろうな。でも応援を呼んで退散している間、南支部周辺に降りてこないとも限らねぇ」
「そりゃそうだろうな。つまり逃げるなんて無理だと」
「逃げたら誰が南支部周辺地域の皆さんを守るんだ」
「だな。んじゃどうする?」
「やるしかねぇだろ。この合同任務を受けたメンツだけで」
「どうやって?」
「どうにか、だよ」
お互いガンを飛ばしまくる。暫し沈黙が流れるが、俺は悔し紛れに頭を掻き、嫌味ったらしい表情を金髪野郎に向けた。
「……フェーズA級だから大丈夫だとか言ってたの誰だっけ?」
「はいはい俺だよ悪かったな! 自分がこういう苦労体質なの忘れてたぜ!」
謝ってはいるが、本人に悪びれている様子はない。仕方ないと割り切っている風だった。巻き込まれた俺たちの身にもなってほしいものだ。
「確かにむーさんとそっちのぬいぐるみ連中がいるんだ。正直数の暴力で押し負ける絵面が拭いきれねぇが、速攻で陥落するこたぁねぇと信じよう。俺たちは予定通り、サモナーを早々に始末する」
さっきまでの困惑が嘘のように、いつもの凛々しい表情に戻る。
本当は色々段取りとかあったが、俺たちは三人がかりでサモナーをブチ殺すことにした。仮に召喚されても、召喚された骸骨は無視して無理矢理サモナーをブチ殺すことにしたのだ。
完全に、パワーによるシンプルなごり押し作戦である。
「おい金髪野郎! 今は緊急時だ。別に手加減とかしなくてもいいよな?」
全速力で走りながら金髪野郎に叫ぶ。それは範囲とか限定することを考えなくていいのか、って意味である。
今までは通常任務だから二次被害を抑えて事を済ませるという面倒をわざわざやっていたが、今はすでに流れが変わっている。明らか緊急だし、二次被害なんぞ気にする必要もないだろう。むしろこの状況で気にしろと言われたら邪魔だから消えろと言ってやるところだ。
「あー……そうだな。分かったよ、好きにしろ。責任は俺がとる」
暫し迷う金髪野郎だったが、諦めたのか遠い目をしながら肩を竦める。それをよそに俺は盛大にガッツポーズを取った。
監督請負人から言質をとった。これで俺を縛るものは何もない。思う存分暴れられるってわけである。隣で「ぐぞぉ……」と泣きべそ地味た小言が聞こえたが、まあ空耳か何かだろう。勝手にそう思うことにしたのだった。
ようやくサモナーの所まで辿り着くと、既にサモナーは三体もの骸骨を召喚させて待機していた。スケルトン二体に、魔導師っぽい骸骨一体だ。
「煉旺焔星!!」
「ふぁ!? おま、ちょ」
戦いとは、如何に自分のペースに持ち込めるかで勝敗が決する。当然後手に回ればその分乗り遅れるわけで、だったら先手を打った方がペースに持ち込みやすくなるのは馬鹿でも分かることである。
つーわけで、出会い頭にドカンと一発ブチかます。
俺の手から離れた煉旺焔星ちゃんは攻撃に打って出ようとした骸骨どもを包み込んで爆発。あたりは一瞬で火の海に姿を変える。サモナーの前にいた骸骨たちは爆発四散し、サモナーにまで影響を与えているほどだ。
俺がやったことはただ一つ。誰が来ようとその全てを焼き尽くす。それだけである。
「火が効くのが仇になったなァ……? さて後はテメェだけか、じゃあお前もさっきの骸骨三匹もろとも粉々に……」
「ちょ、ちょっと待て新人!!」
二発目をサクッと錬成し、これで終いにしようとした矢先、背後からがっしりとホールドされる。
全力で振りほどこうとするが、案の定金髪野郎の腕力は異常に強い。どれだけ藻掻いてもビクともしやがらない。
「確かに好きにしろっつったよ? でもな、限度ってもんがあんだろ!! 標準型スケルトン相手したときよりもひでぇじゃねぇか、どうしてくれる!!」
「うるせぇ黙れ、先手必勝だっつってんだろ金髪馬鹿!! むしろ三匹確実に消し飛ばしたんだから前よかマシだろうが、節穴か!!」
「節穴はお前だボケナス!! この惨状が目に入らねぇのか!!」
サモナーを中心に、半径十メートルぐらいだろうか。焼け焦げて軽く焦土と化し、一部が延焼して山火事が起きつつある。俺がブチこんだ火で周囲の気温も上がっており、金髪野郎は既に汗をかいていた。
正直しのごの言っている暇はないんだから、多少荒っぽい戦いは許されるはずだ。火は燃えるものがなくなればいずれ消えるんだし、山火事なんぞ気にする必要はない。問題はサモナーを始末できるかどうか。それが重要だ。
「うひー……ちょーっとこれは困るっすねー……」
隣でひっそりと息を潜めていた猫耳パーカーが突然呟く。さっきまで一切気配がなかったのでビックリして思わず身震いしてしまう。猫耳パーカーは、森の焼け具合を見て唖然としていた。
「新人クン、前衛のスケルトン焼いてくれたのは嬉しいんすけど、ちょーっとこれは焼きすぎっすね。後は私がやるんで、二人はそこで見ててください」
そう言って、俺の右手に宿っていた煉旺焔星を掻っ攫う。
「お、おい! それまだ錬成途中……!」
アレはいわば火の霊力を力づくで無理矢理圧縮した高密度霊力弾。俺の手から離れてしまうってことは俺の意識下から外れるわけで、無理矢理押し込まれていた霊力が、反作用的な力によって外に向かって爆発してしまう。
正直俺以外の奴でアレを制御できるとは思えない。爆発四散して跡形も残らなくなる未来が透けて見えた。
「馬鹿!! 今すぐそれをどっかに……!?」
放り投げろ。そう叫ぼうとした、その瞬間だった。
爆縮し、灼熱の星と化していた霊力弾は瞬く間に透き通った水球へ姿を変えていく。煉旺焔星が、ただの真水の塊に変わったのだ。
思わず「はぁ!?」と叫んでしまう。俺が土壇場で編み出した十八番、煉旺焔星が一瞬で水に変わるなんてあり得るのか。要は火属性の霊力を水属性へ変えたってことだろうが、そんな簡単に属性変換ってできちまうものなのか。自分の得意技が一瞬で塗り替えられたことに、信じられない思いで一杯だ。
「消火っと!」
サモナーに接敵すると同時、元煉旺焔星だった水球を更に巨大化させて、それをあたり一面にばら撒く。
俺の霊力に猫耳パーカーの霊力を更に付け足して錬成した水だ。その質量は凄まじい。俺が火の海に変えた部分は瞬く間に消火され、ただの焦土だけが残った。
大量の水がばら撒かれたせいで、俺と金髪野郎は漏れなくずぶ濡れになる。そんな中、猫耳パーカーは全身を白い光の膜で覆いながら、サモナーが新しく骸骨野郎を召喚するよりも速く懐に飛び込む。
「お、おい! ソイツに近接は……!」
尚も俺を背後からがっしりとホールドしていた金髪野郎が、緊迫した表情で叫ぶ。
骸骨野郎に触れるともれなく魔法毒とかいうクソみたいな弱体化効果がついてしまう。だから本来は遠距離攻撃でブチ殺すしかないのだが、猫耳パーカーはその常套を無視して近接でブチ殺そうとしている。
側から見れば、自ら毒を被りに行っているようなものなのだが。
「はぁぁぁぁぁ!!」
大地がかち割れ、降り注いだ水が跳ねるほどの衝撃が俺たちを襲う。思わず何も言えなくなるほどのバケモン地味た踏み込みとともに、サモナーの胴体めがけて右ストレートを繰り出した。
サモナーは情け容赦ない腹パンを食らい、体がくの字に折れ曲がるが、猫耳パーカーに一切の情はない。そこから更に拳と蹴りを数発、目にも止まらぬ速さでサモナーにブチこんだ。
俺らは何も言えなかった。本来なら物理攻撃無効のくせに、こっちに魔法毒を理不尽にブチこんでくる奴を一方的にタコ殴りにしている図を見せられている。
毒を喰らってやせ我慢しているんじゃないかと、自前の動体視力で猫耳パーカーの動きを捉えるが、彼女の所作に依然として無駄はなく、その表情に疲れも痛みも感じられない。
「あの立ち回り、喧嘩とは違う……アイツ、なんか習ってんな」
いつまでホールドしているつもりなのかといい加減振り解くが、そんな俺には目も暮れず、金髪野郎は興味深げに猫耳パーカーの戦いに見入っていた。
俺には灰色のローブを着こなす骸骨を、一方的にタコ殴りにしているようにしか見えない。何か習っている、っていう推測からして武術の心得があるってことだろうか。我流喧嘩スタイルの俺とは縁遠い話である。
「見たところ剛拳……スカルサモナーが一撃で雑巾みたいになってる辺り、肉体強化は確実だが……一体どんな魔法を……?」
一人別の世界へのめり込む金髪野郎。
個人的には俺や御玲がよくやる霊力を特定部位に流し込んで無理矢理肉体強化して殴っているだけだと思うが、金髪野郎は体内霊力量が絶望的に少なく、霊力による肉体強化に縁遠いのだろう。そういう発想が浮かんでいないのだ。
でも確かに俺の目から見ても、ただの喧嘩スタイルとは全く違うように見えてきた。
一撃一撃が強いのは勿論のこと、手や足、身体に至るまで、その全ての動きに無駄がない。拳や蹴り一つ一つの動作はしなやかでムラがなく、それでいてパワー押しを連想させるほど力強い。
ただのパワー押しなら一撃一撃はぶつ切りかつ無秩序に放たれ、必ず攻撃と攻撃の間に変な隙ができる上に動きも全体的にムラができてしまう。
俺はその隙やムラを更に強いパワーのゴリ押しで自分なりに埋めてはいるが、猫耳パーカーほど確実に、それこそ流れる川の水のように埋められているかと問われれば、自信はない。隙やムラなんて、ほとんど気にしたことがなかったからだ。
俺たちは完全に棒立ちだった。サモナーが前衛を召喚する間もなくただのボロ雑巾と化していく様を、ただただ呆然と眺めるしかできない。むしろ金髪野郎は助けに行くどころか、猫耳パーカーの戦いっぷりをまるでバトルマニアのように魅入っているのみである。
そしてようやく―――。
「さて、トドメっすね」
もはやボロボロの布切れ的な何かと化したそれを、がっしりと鷲掴んだ猫耳パーカー。はいおしまい! と得意げな顔で握り潰した。
その布切れは猫耳パーカーの手の中で黒い靄を滲ませていたが、空気に溶けていくかのように一瞬で消滅する。
そういえばスケルトンは闇属性だった。鷲掴んで消えたということは、スケルトンをスケルトンたらしめていた霊力そのものを別の属性に変換したってことだろうか。
いやいや、流石にそんな反則ができるわけがない。だって相手は魔生物。意思を持たないただの生存本能の塊とはいえ、曲がりなりにも生き物だ。生き物と霊力は違う。生き物の中に霊力があるのであって霊力そのものじゃないんだから、属性変換とかいう技が使えたとて、それで骸骨野郎が消滅するとは考えにくい。
そんなことができるのなら、戦う必要なんてないじゃないか。
「あ、すんません。私一人で片付けちゃったっすね……チームの和を乱して申し訳ないっす」
唖然としていた俺たちは、平然と戻ってきた猫耳パーカーの声音で意識が舞い戻る。
「いやいや、良かった、良かったよ!」
「お、おう! 別に気にするようなことじゃねぇさ!」
パーカーの猫耳がしゅん、と垂れ下がるところを見て、思わず俺もつられて取り繕う。
確かに独断専行だったけど、周りに迷惑もかけず一切合切を即興で、なおかつ一瞬で終わらせたのだから、完璧すぎてぐうの音も出ない。むしろあたり一面焼け野原にしておいてサモナーを始末できなかった俺の方が間抜けに思えてきてしまった。
「それよりお前……魔法毒とか大丈夫なのか……?」
恐る恐る金髪野郎が猫耳パーカーに駆け寄る。
骸骨野郎に接触するとどれだけの種類かは忘れたが、結構な数の魔法毒を食らってしまう。俺も一緒に見て回るが、猫耳パーカーの様子は戦う前となんら変わりない。やせ我慢をしている様子もなく、脂汗とかがあるわけでもなく、顔色だって悪くない。むしろ軽く運動して血行が良くなっているように見えるくらいだ。
チームの和を乱してしょげてこそいるが、それは体調とはなんら関係のないことである。骸骨野郎の魔法毒を食らったら具体的にどういう体調になるのか知らんが、見たところピンピンしているように思えた。
「それなら大丈夫っす。排出できるんで……」
「……は、排出? そういえばスカルウィザード倒したときも……」
意味が分からなかったのか、金髪野郎が素で聞き返す。当然俺も意味が分からない。
魔法毒は魔法で解くものだと聞いていた。だからこそ魔法が使えなきゃ一生治せないものだとも。
なのに、まるで体に必要ないと看做して器用に捨てているかのような言い方。金髪野郎の言う通り、スカルウィザードのときも正直魔法も使わず、どうやってそんな意味わからん真似ができるのだろうか。
「あの……それ、今ここで説明した方がいいっすか?」
面食らって思考停止していた俺らだったが、猫耳パーカーの声音で我に帰る。
何故魔法毒を排出できるのか。言われてみれば呑気に説明している暇はない。俺らが全ての段取りを無視して速攻でサモナーを始末したのも、早急に御玲たちのもとへ合流するためだからだ。
「合流するぞ。道はむーさんが残してくれてるからよ」
当初の目的を思い出したのか、少し迷うそぶりを見せるも、金髪野郎も首を左右に振った。
金髪野郎が指さす方を見ると、あからさまに木々が薙ぎ倒されているクソデカい獣道があった。まるで巨大な蛇が無理矢理蛇行しながら進んだ感じの道だ。
コイツもコイツで存外に自然破壊を嗜んでやがると思ったが、そもそもの話、この獣道がなければ俺たちは居場所が分からず御玲たちと合流できない。探知系の魔法を猫耳パーカーか金髪野郎に使ってもらうとしても、そんなのは霊力の無駄遣いである。
そう考えると百足野郎の自然破壊は、俺たちの霊力管理を配慮してくれている点で、理に適っていると思えた。
俺たちは獣道を突き進む。たった数人で骸骨の軍勢に立ち向かう、御玲たちを助けるために―――。
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