無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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参上! 花筏ノ巫女編

決戦、スカルサモナー

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「で、スカルサモナーってどんなスケルトンを召喚すんだ?」

 俺の何気ない質問に、ざわついていた皆が一斉に静まり返る。御玲みれいは何故か肩を竦め、トトは苦笑い。ポンチョ女は舌打ちをかまし、金髪野郎は気怠そうに口を開いた。

「……全部だよ全部」

「全部!?」

「そうだよ。聞いてなかったのかお前……」

 聞いていたと思うが、おそらく記憶に残っていない。一気に説明されても覚えられないのだ。

「スカルサモナーは、サモナー自身を除くほぼ全てのスケルトン系魔生物を複数体召喚する。今まで戦った奴を侍らせてると考えろ」

「うわぁ……クソめんどくさ」

「そのクソめんどくせぇのを倒すために俺ら全員万全な状態で集まったわけだ。理解したかな?」

 ッウス、と軽く会釈程度に頷いておく。個人的にはこの説明を逐一してほしいものである。色々ごちゃごちゃしていると忘れてしまう。

「サモナー本体はトロいが、その代わり堅い。特に魔法はほとんど効かないから俺が特攻を」

「あ、私なら別にどーとでもなるんで、私もサモナー特攻要員に入れてくださいっす」

 金髪野郎を遮るように、猫耳パーカーがその場でぴょんぴょん可愛く跳ねながら、その小さい身体で主張する。金髪野郎の表情が歪んだ。

「いやいや、流石に危ねぇから。特攻で攻めねぇとダメージまともに入らねぇから」

「こちとらプロなんで。むしろ私がいた方が絶対捗るっすよ」

「じゃあ聞くが、お前の属性は?」

「無っす」

「適性ないってことだろ? 特攻できた方がDPS高いぜ?」

「属性変換するんで大丈夫っす」

「属性変換……? ああ、そういえば南支部で休憩してるときに光属性を体に纏わせて格闘でウィザード瞬殺したって話してたな……」

 俺も南支部でスタミナ回復をしていたときに聞いた話を思い出す。

 言われてみれば猫耳パーカーは、霊力を別の属性の霊力に変換するとかいう変な技を使ってスカルウィザードを近接戦闘で倒したと話していた。

 俺は手際こそ鮮やかと思いこそすれ、光属性を纏って倒した点については「へー」程度にしか思っていなかったのだが、よくよく考えれば俺だって火属性以外の属性霊力は扱えないし、火属性以外の属性に霊力を変換するなんて技は使えない。

 今更だが、どういう原理でそんな真似ができているのか、謎だった。

「んぁー……属性変換っつーのはっすね。まあ簡単に言うと一時的に別の属性の霊力を錬成する技っす」

 辺りを見渡せば、猫耳パーカーと澄連すみれん以外の全員が「何言ってんだこのパーカー娘は」って顔をしていた。猫耳パーカーは己の説明不足を悟ったのか、パーカーのフードを無造作に搔きむしる。

「それなぁ……南支部で聞いたときも気になったんだが、どんなカラクリなんだ……?」

「気になるなら実演するっす。ささ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」

 出店のオッサンみたいなノリで、猫耳パーカーは自分の手の平に野球ボール大の霊力弾を即興で作り出す。

 金髪野郎はこれだけですでに感心していたが、俺からすればこの程度できて当たり前だ。なんら驚くことでもない。

「えー、ここに無属性の霊力弾がおわしますればー、頭の中で光を思い浮かべます。電球、電灯、太陽、反射光、木漏れ日。なんでもござれ。そのイメージを霊力弾に送り込むイメージを重ねて……」

 むむむ、とあたかも念を送り込んでいるぜって感じの、わざとらしいリアクションをとる。

 なんだか手品でも見せられている気分だが、猫耳パーカーが指パッチンをかましたそのとき、周囲にざわめきが広まった。ただの霊力弾が、照明弾のように光を放ったのだ。

「お、おいおいこりゃあ……」

「まちがいねーぜレク。こりゃひかりぞくせーのれーりょくだ。むーちゃんがふかいがってる」

「マジかよ……無属性の霊力を光属性にマジで変えやがった……」

 これは流石の御玲みれいも驚いていた。猫耳パーカーの手の上にぷかぷかと浮いている霊力弾を興味深げに見つめる。

「そこからさーらに、闇をイメージします。夜。星一つない夜。海底。陽の光が決して届くことのない、海の底。それをまた送り込むイメージを重ねると……」

 再び指パッチン。そうすると、真っ白に光り輝いていた霊力弾はあら不思議。みるみるうちに光を決して通さない、漆黒の球体へ変わり果ててしまった。

 もはや感心すら口に出ず、みんなただただ不思議そうに霊力弾を眺めることしかできない。驚愕の嵐が吹き荒れる中で、猫耳パーカーは何の躊躇いもなく霊力を消してみせた。

「とまぁ、これが属性変換っす。どうすか? 前線へ出すに足りると思うっしょ?」 

 猫耳パーカーに不安の一文字も感じられない。あるのは満ち溢れる自信のみ。

 他はどういう感想を抱いたかは知らないが、あくまで俺の感想を述べるなら、デカい口をたたくだけの事はあると素直に思った。

 猫耳パーカーが錬成した霊力弾はただ単に実演目的で練りこんだだけの弱っちいものだったが、実戦になればもっと強力な奴を使うだろうし、威力に関しては特に問題視していない。使い勝手も悪くなく、わざとらしい演出を抜きにすれば無駄なく使えるのは火を見るより明らかである。

 もしも俺に決定権があったなら、前線に出すのに否やもないと判断するに足りるデモンストレーションと言えるだろう。

 全員の視線は、金髪野郎に集まった。

「ったく……ホントになんで支部勤めの請負人やってるのか疑問を呈したいが、こんな手品みたいな真似されちゃあ期待したくなっちまうよなぁ」

 金髪野郎は悪どく笑い、まるで試すような視線で猫耳パーカーを見つめる。

 正直俺も同じ気持ちだった。属性変換が役に立つのなら、これほど都合が良い戦力はない。事実上、光属性使いが二人、火属性使いが一人いることになる。

 金髪野郎は体内霊力量がカス程度しかなく回復薬が潤沢じゃないと継戦能力がほとんどないに等しいが、俺の霊感だと猫耳パーカーの霊力量は金髪野郎の軽く二十倍以上はある。光属性の霊力が使えるなら、文句なしの対スケルトン特攻戦力として十分見做せる。

 賛否を判断するために全員を見渡す。金髪野郎の判断に全員沈黙で答えた。否定の意志を表す奴は、誰一人としていない。

「じゃあ対サモナーは俺、トト、そんで新人の三人を主軸にする」

「やっぱ俺もだよね」

「火属性持ちだし、こん中じゃむーさん並みのパワー系だからな」

「じゃあまとめて全部……」

「ダメだ。サモナーだけを焼け。いいな?」

 へいへい、とめんどくさげに返事をする。

 正直対象を限定するとか、範囲を狭めるとか、めんどくさいからあんまりやりたくない。意識しても思った通りの範囲にならないからイライラするのだ。

 俺にとって重要なのは速さと確実性。二次被害は特に興味がないのである。その二次被害で仲間が傷つく恐れがあるとかなら話は別だが、そうじゃないなら勝てば官軍っていう考え方である。

「あーしらは、サモナーがしょーかんするやつらのよーどー?」

「そうだな……御玲みれいは、その使い魔連中の音頭を取れ」

「あ、やっぱり私なんですね」

「あーしはやだぞ。むーちゃんでていっぱいだから」

「その百足、指示出さなくても勝手に遊撃してくれそうですけど……」

「むーちゃんはあーしのしじがないとうごかないの! だめなの!」

 ぷんすかと地団駄を踏むポンチョ女だが、その顔には不自然に汗が滲んでいる。訝しげにポンチョ女を見つめる御玲みれいに、わざとらしく目を背けた。

 俺も御玲みれいが言いたいことは手に取るようにわかる。

 百足野郎には他の魔生物と違って一定以上の知能があるのだから、別にポンチョ女の指示など必要としないはず。なのにここにきてポンチョ女の指示がないと動かないのはおかしな話である。

「まあ構いません。私がサモナー討伐部隊に入ったところで、お役に立てませんし」 

 ポンチョ女に文句を言っても無駄だと早々と悟り、さっさと思考を切り替えて淡々と悲しいことを言ってくる。主人の手前、きっぱりと言われてしまうとものすごくなんとかしてやりたくなってくるのだが、実際何も浮かばないのが現実だった。

 御玲みれいは氷属性の使い手。それ以外の属性を使ったところを見たことがないし、おそらく金髪野郎と同じく一種類しか属性適性がないのだろう。

 俺の力で属性適性がどうこうなるわけでもない。正直忍びないが、ここは澄連すみれんたちの音頭を任せよう。

「ブルー、サモナーの位置」

「こっからちょくしん、さんきろさき。このえなし」

「よし。サモナーも``敵感知``を持ってる。半径二キロメト圏内に入ったら確実に召喚してくるから、分かってんな?」

「せんこーしてこのえをぶちころす」

「その間に、俺ら対サモナー本隊が、サモナー本体をぶっ叩く。オッケーか新人」

「おう。シンプルでいいぜ。俺からは異論ねぇ」

「んじゃ、行くぞ!」

 百足野郎を最前列に、索敵しながら森の中を突き進む。百足野郎の影響か、森の中に動物の気配はない。木々をすり抜けるそよ風が、優しく身体を撫でていく程度だ。

 でも俺はなんとなく肌で感じていた。先が見えないくらい鬱蒼と生い茂る森の中。光が通り切らないその先に、なんとなくだが異様な冷たさを感じる。森の中だから、陽の光がカンカン照りの所と違って涼しいだけなのか。それとも―――。

 俺たちはどんどん森の奥へと進んでいく。相変わらずなにかしらが生きている息遣いが一切しないが、心なしか辺りが暗くなってきた。まだ昼時だっていうのに、暗澹とした空気が立ち込める。

「とまれ」

 ポンチョ女が突然足を止める。なんでこんな所でと思ったが、よく見れば百足野郎がそこそこの大きさで先の方を眺めて立ち止まっている。

「こっからサモナーの敵感知範囲。はいったしゅんかんそくバレ」

「うし……んじゃ手筈通りに行け。そんで、できるだけたくさん召喚するように立ち回れ。できるか?」

「めんどくせーけどやってやらー」

 気怠そうだが、不満はない表情でサイズをデカくした百足野郎の背に乗っかる。御玲みれい澄連すみれんたちを引き連れて戦地へ赴く準備をする。

「テメェら。御玲みれいに触れさせんじゃねぇぞ。触れさせたらブッ殺す」

「任してくだせえ! 御玲みれいさんの貞操は、このオレが守ってみせるっすから!」

「俺も御玲みれいさんのパンツを全力で……!!」

「いや、だからね? 本人を守ってくれ本人を。そんな付属品とかじゃなくてさ……」

「へぇ。澄男すみおさまは、私の貞操が付属品だと仰るんですか?」

「え!? いや別にそういう意味じゃ……ただ本人を守ってほしいってだけで……」

「まあ、分かってますけどね。そんなところだろうと」

「分かっとったんかい!!」

 クスクスと笑う御玲みれい。なんだか凄まじい小悪魔感があって背中に冷たい何かがなぞるが、気取られるのは悔しいので平然を装う。

 まさか敵の感知範囲目前に迫ったっていう状況で、常に冷静沈着で無駄嫌いな御玲みれいが冗談を言ってくるとは予想外だったが、冗談が言えるだけの余裕があるなら士気は申し分ないのだろう。あとは俺が、仲間を信じるだけだ。

 御玲みれいたちは我先にと敵感知範囲へ入っていく。不思議なことだが、この時点で敵に的確な位置がバレていると言われても実感が湧かない。

「ある程度近衛のスケルトンを引きつけられたら、むーさんが空にエーテルレーザーを撃ってくれる。そうなったら俺らも突っ込む」

 意気揚々と言ってくれているところ悪いが、本来なら御玲みれいと霊子通信を繋いでおいて、御玲みれいが陽動完了と報告が届いたと同時、転移の技能球スキルボールで転移強襲を仕掛けた方がより速く、より確実だったりする。

 なら、何故それをしないのか。簡単な話、きっと許可が出ないからだ。

 俺と金髪野郎だけならともかく、ここには猫耳パーカーがいる。部外者がいる前で流川るせん家の者にしか使えない魔法や技術を使うと場を混乱させる可能性があった。それはそれでめんどくさいし、後で金髪野郎からグダグダ言われるのは俺である。

 俺の保身も兼ねて、ここは黙っておくことにした。

 いつも騒がしい澄連すみれんや存在感が凄まじい百足野郎がいなくなり、異様なまでの静けさに包まれる俺たち。真夏だというのに、寒くもなく暑くもない風が、ただただ俺たちの間を吹き抜けていく―――。


 数ある亜種を持つスケルトン系魔生物の中でも、スカルサモナーは突出して脅威度の高い魔生物として知られる。

 本体は一切攻撃してこず、攻撃されても回避することもなければ動きも鈍重だが、特筆するべきは防御力の高さとサモナー以外の全てのスケルトン系魔生物を召喚する能力である。

 スカルサモナーは決して自分から攻撃することはない。代わりに、召喚したスケルトンを前衛として配置し、敵性生物を殲滅するのだ。

「いた!」

 黒色のポンチョを着こなす少女ブルーが、むーちゃんの背に乗りながらサモナーを指さす。

 むーちゃんから放たれる風格は、並みの魔生物など彼我にかけない。霊圧で威嚇などせずとも、ただの風格だけで周囲の魔生物の生存本能を刺激する。

 魔生物同士は生存本能で意思疎通する。異種族に対し常に敵対的であり、人類が踏み入ること許さぬ自然界で魔生物同士の食い合いは日常茶判事であるが、そんな攻撃的な魔生物たちとて自然界のヒエラルキーには逆らえない。生態系ピラミッドの中でより上位に位置する種相手には、生存を選択し決して敵意を向けたりはしないものだ。

 しかし、この世には例外というものが必ず存在する。

 魔生物の中には、たとえ自然界の圧倒的上位種であろうと果敢に敵対する種も僅かだが生息している。その希少種の中の一種が、悪名名高いスケルトン系魔生物である。

 スケルトン系魔生物にとって、生態系ピラミッドなど関係ない。己と異なるもの、その全てが敵。死など恐れない、滅びもまた恐れない。彼らは死も滅びも等しく超克した存在なのだ。

 むーちゃんがサモナーに躊躇なく近づく。

 むーちゃんから放たれる、この場にいるすべての生物を問答無用で黙らせる絶大な生物的風格。サモナーの十倍以上はあるその体躯に、スケルトン系魔生物以外ならば逃げ出していることだろう。

 だがサモナーに恐怖はない。己と異なる種が索敵範囲に入った。その時点で、敵対以外道はない。

 サモナーを中心とし、漆黒の魔法陣が地面に展開される。その数は計三枚。その魔法陣から闇の霊力が湧き出し、まるで地中から生まれたゾンビのように、三体のスケルトン系魔生物が出現した。

 スケルトン二体、スカルウィザード一体。召喚されるや否や、最も的の大きいむーちゃんに吠えた。

 地響きのような野太い咆哮。聞けば野生動物や一般人など逃げ帰るほどの邪悪な声音だが、むーちゃんには威嚇にもならない。巨大な尻尾を畝らせ、三体の骸骨たちを容赦なく弾き飛ばす。

 スケルトン系魔生物に物理攻撃は効かない。たとえ身体をバラバラに砕かれようとも、源たる闇の霊力がある限り、その身体は際限なく復活する。弾き飛ばされたその場所で、三体の骸骨たちはすぐさま蘇った。

「うぇーい! ここまでおいでー!」

「お前らのパンツは何色だ? やはり黒か? 闇だけに」

 二足歩行の蛙カエル総隊長と青色のロン毛の少年ミキティウスがすぐさま彼らの行く手を阻む。

 ブルー、御玲みれいの部隊はあくまで近衛の陽動である。倒したところで、どうせ再召喚されてしまうからだ。重要なのは召喚される魔生物とサモナーを分断し、戦線を維持することである。

 サモナー本体がガラ空きになれば、レクたち本隊がケリをつける。サモナーが倒されれば、後はむーちゃんのエーテルレーザーで一掃して全任務完了。といった寸法だ。

 サモナーは近衛がいなくなったことで、再び近衛を再召喚する。次はスカルハンター二体とスケルトン一体だ。

「なぎはらえ!」

 スカルハンターがバックステップを取るよりも速く、再び尻尾による躊躇なしの薙ぎ払い攻撃。なすすべなく骸骨たちは身体を砕かれて四方へ吹き飛ばされる。サモナーが唐突に吠えた。

「これは……!」

「やっぱつかってきやがったか」

 同じくむーちゃんの背に乗っていた御玲みれいが神妙な顔をし、ブルーはめんどくさげに舌打ちをかます。

 二回に分けて召喚された六体のスケルトン。むーちゃんの容赦ない薙ぎ払い攻撃で四方八方に飛ばされたわけだが、それらがむーちゃんを取り囲むように一瞬で姿を現したのだ。

「だーからサモナーやっかいなんだよなー……テレポートとかチートっしょ」

 そう。スカルサモナーには、スカルサモナーしか保有していない固有能力が一つだけある。それが``テレポート``だ。

 スカルサモナーは敵性生物が敵感知範囲内から逃亡しないようにするため、敵感知範囲内にある任意の空間座標に召喚したスケルトン系魔生物を自在にテレポートさせる習性を持つ。

 そのため、戦力を一瞬で集中させることが可能なのだ。

 召喚した近衛を二回も蹴散らされたのである。サモナーの本能が、むーちゃんを真っ先に八つ裂きにしようと決めたのだ。

「ふーん……あっそー……」

 冷静にこの戦況をどう打破するか、カエルたちをまず呼び戻すべきだと判断する御玲みれいをよそに、ブルーは少女らしからぬ低い声音で不気味な笑みを浮かべていた。

「……そっちがそのきならいーよ? こっちもやることやるだけだし」

「ブルーさん……?」

 ブルーの雰囲気がおかしい。正しくは、むーちゃんが纏う霊力が彼女に移ったかのように、暗澹とした気配が彼女を包み込む。

「みれー……だっけ? しっかりむーちゃんにつかまってろよ。ふりおとされてもしらねーぞ」

 ブルーはゆっくりと御玲みれいに振り向く。何をするつもりなんだと聞こうとしたが、その口は己の理性によって固く閉ざされた。ブルーの目に光がない。深い闇に沈んだ瞳が、御玲みれいを睥睨する。

 御玲みれいとて水守すもり家現当主として戦いに身を置いてきた手前、彼女のその瞳から、彼女の感情が手に取るように把握できた。

 己の目に映るは、敵意に染まり切った目。その敵意の対象が誰なのか、一目瞭然であった。

「むーちゃん。きょうずっとおあずけしてたよね……ごめんね、もーいーよ。たーんとおたべ」

 刹那、ブルーの優しくもどこか棘のある一声が、全てを変えた。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの金切音が、爆音の如く鳴り響く。背に乗っている御玲みれいやブルーなど、もはや眼中にないと言っているかのように、その巨大な身体をジェットコースターの如くうねらせ始める。

「ちょ、ちょっと!? なにしてんですか、このままじゃ……!?」

「しゃべってっとしたかむぞ!!」

 理解できなかった。今まで静かだったむーちゃんが、突然その荘厳な魔生物に相応しい、有り余る凶暴性を露わにしたのである。

 暴れ狂うむーちゃんに、六体の骸骨たちなどなすすべはない。ある骸骨は再び粉微塵となり、ある骸骨はエーテルレーザーで一瞬のうちに焼き尽くされ、ある骸骨はむーちゃんの巨大な口の中へ消えていった。

 ぐしゃりぐしゃりと何かを砕く音がする。御玲みれいは考えずとも、むーちゃんが何をしているのを理解した。

 スケルトンを、``食っている``―――。

「ほわっ!? 何すかこの状況!!」

「スケルトンたちが一瞬で姿を消したので戻ってきてみれば……御玲みれいさん!! パンツは大丈夫ですかぁ!!」

 御玲みれいたちのいる場所まで戻ってきたカエルとミキティウスが、暴れ狂うむーちゃんに近づけずにいた。木々をよじ登り、なんとか背に乗ろうと狙いを定めているが、むーちゃんが高速で動き回るため、狙いが中々定まらない。

 暴れること、約三十秒程度。むーちゃんを取り囲んでいた六体のスケルトンたちは、一瞬にして消えてしまった。

 残るはサモナー一体。むーちゃんの甲高い咆哮が森を揺らす。木々はざわめき、近くを飛んでいた鳥たちは全て墜落する。

 スケルトン系魔生物はたった一体出現するだけで、国すら滅ぼす天災級魔生物で知られているはずだが、目の前にはそれ以上の天災がいた。

 正直複数体ものスケルトンたちを一瞬で倒せるなら、別に作戦も必要なかったのではと思えてならない。もうむーちゃん一匹で十分な気がした。

「むーちゃん?」

 さっきまで凶暴だったむーちゃんが、突然大人しくなった。サモナーから視線を外し、明後日の方をじっと見つめたまま、微動だにしない。

「あっちのほーになんかいる……? え? うそー!」

 なにやら一人で問いかけ、一人で納得しているブルー。置いてけぼりを食らっているので、ブルーの肩を叩く。

「やべーぜ。こっからにじのほーこー、スケルトン・レギオン! めんどくせー、こんなときにらんにゅーかよ」

 ブルーは振り向き様に舌打ちをして、唇を尖らせる。

 骸骨の軍勢、通称``スケルトン・レギオン``。

 南支部での作戦会議でレク・ホーランが説明してくれていたものだ。あの場では澄男すみおがいたので黙っていたのだが、実は事前に軽く予習を済ませていた。

 骸骨の軍勢スケルトン・レギオンの発生確率はそれほど高くない。長期間光の当たらない薄暗い場所に、闇の霊力が大量に滞留している場合に発生しやすいとされているが、それでも発生する確率は一割にも満たないとされている。

 ただ、たった一体で大国すら滅ぼしかねない生物が、百体以上群れている状況など、人類からすれば生きた心地のしない地獄絵図だ。

 人里に降りた場合の討伐任務難易度は、レク・ホーランが言っていた通りフェーズS。上位種のスケルトン・アークが存在する場合、その脅威度は計り知れないものとなる。

澄男すみおさまたちに連絡を!」

「わかってる。サモナーとれんけーされたらくそめんどーだ。おれらはレギオンをくいとめっぞ!」

「カエル、ミキティウス! あなたたちは澄男すみおさまの元へいき、戦況を伝えるのです! 行きなさい!」

「「アイアイサー!」」

 むーちゃんが空へ向かって真っ赤なエーテルレーザーを発射する。

 本来なら久三男くみおが開設してくれた霊子通信秘匿回線で澄男すみおに直接連絡が取れるが、その軍事機密がバレるような足跡を残したくない。必要のない工程だが、わざとカエルとミキティウスを行かせる。

 このまま予定通りにいけばサモナーが召喚するスケルトンたちだけを相手にしつつ、澄男すみおたちがサモナーを瞬殺してくれるのを待つだけの作業だったのだが、予定とは否応なく狂うものだ。

 サモナーを無視する形になるが、今は緊急時。そこは上手くやってくれるだろう。

 メイドとして主人が暴走しないか心配を抱えながらも、意識を骸骨の軍勢スケルトン・レギオンに向ける。人生初めて見る、髑髏どくろの軍隊を想像しながら。
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