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参上! 花筏ノ巫女編
初めての大掃除
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金髪野郎と昼に南支部との合同任務の話を聞いた後、俺は御玲と金髪野郎に熱い視線を浴びせられながら、無言で御玲に連行される形で夕方まで任務を受け続けていた。
就職三日目に同士討ち未遂をやらかしてしまった影響で報酬が大幅減俸されている今、俺の任務へのモチベは底を尽きかけている。御玲よりも一日当たりの収入が低い現状で、正直数をこなすだけの日々はかなり辛いものがある。
俺たちは能力的に下積みなんて必要ないはずなのに、どうしてなんだろうか。そんな考えるだけ虚しくて居た堪れなくなることを考えつつ、俺たちはようやく我が家―――流川本家邸新館に帰ってきていた。
「ただまー……」
「あ、兄さんおかりー」
「おかえりなさいませ。澄男様」
疲れを隠す気もなく家に帰ってきたのも束の間、何故か本家邸内がかなり慌ただしい。
いつもなら玄関まで迎えてくれる久三男、パオング、あくのだいまおうが姿を現さず、リビングでなにやら引っ越し作業でもしているのかってレベルで物音が激しい。なんなら密偵任務でずっと外回りしているはずの弥平までいる始末だ。
何事かと思い、御玲たちとともにリビングへ急ぐ。
「……何やってんの」
いつもは大人数が居たとしても全然スペース的に余裕がある大広間のリビングが、ダンボールの山で埋め尽くされていた。ダンボールの山の隙間からひょっこりと久三男、弥平、パオング、あくのだいまおうが顔を出す。
夕方まで休憩なし、ぶっ続けで任務をこなしていたから御玲が夕飯を作るまでの間、畳敷きのリビングで座布団を枕代わりに惰眠を貪ろうと思っていたのに、これじゃあ横になることはおろか、マトモに座ることもできない。
「申し訳ありません。澄男様がご帰還なさる前に全ての作業を終えたかったのですが……」
「いや、いい……とりあえず何してるのか教えてくれ」
本当は文句の一つでも言いたい気分だが、弥平の超絶申し訳なさげな表情を見ると、この状況で文句を言う俺が悪人に見えてきて仕方ない。事情なしにリビングをダンボールの山で埋め尽くすわけもなし、ここは素直に事情を汲んでやるのが無難だと考えた。
ダンボールの山をかいくぐり、一枚のタブレットを片手に白衣を着こなした天然パーマの少年―――流川久三男が姿を現す。
「澄連……だっけ? 最近まで私室なかったじゃん? もう正式に仲間になったんだし、ちゃんとした部屋を用意してあげようと思ってさ」
「あー……そういやそうだったな」
疲れであんまり回らない頭をまさぐり、澄連に部屋を用意してなかったことを思い起こす。そんな俺の後ろで「マジすか久三男さん!? いやー、流石ゲロいっすね!!」とか「やったー!! これで心おきなくオ〇ニーできる!!」とか「やっぱ自分の部屋でウンコ出せねぇのはやりづれぇよな」とか「これでようやく家宝のパンツたちを飾れます……」とか、汚い虹色の歓声が響き渡り、突然の頭痛に襲われる。
元々捕虜の立場だった澄連の面々は、俺と久三男を和解させるきっかけを作ってくれたことで協力者へと昇格し、俺が親父への復讐を果たせたことで正式に仲間という認識になったわけだが、俺や弥平、久三男や御玲が持っているような私室は、今まであてがっていなかった。
パオングやあくのだいまおう含め、コイツらの居場所はいまダンボールの山で覆いつくされている大広間であり、今日までずっと朝起きて二階から降りてくると御玲の次にコイツらが出迎えてくるというのが既に日常と化していたのである。
もうその日常が定着して結構時間が経っていたから何も疑問に思っていなかったのだが、言われてみれば正式に仲間認定したのに私室の一つも割り当てないのは可哀そうだ。特にパオングやあくのだいまおうの貢献力は無視できないし、これは家長として由々しき問題である。
「それで、どんな部屋割りにするつもりなんだ?」
「えっと……まずカエル、シャル、ナージは兄さんと御玲の部屋がある二階」
「え。マジ?」
「そう……ですか」
「あれ? なんでそんな嫌そうなんすか二人とも」
自分の私室があるフロアに新しい隣人。正式に仲間になったのだから、ものすごく喜ばしいはずなのに、何故だろう。素直に喜べない自分がいた。
御玲も同じ心境らしく、さっき久三男が名前を挙げた三匹をちらちら見ながら、盛大にため息を吐いていた。
「ミキティウス、パオング、あくのだいまおうは僕の部屋がある地下一階にしようかなって思ってるところだよ」
「よーし久三男。カエル、シャル、ナージをチェンジだ」
「うわひどっ!! ひどくないすかそれ!!」
「そうだそうだ!! 男水入らず、ボクの勃起したち〇こ並みに良い部屋割りじゃないか!!」
「男ならバナナウンコ出すために全力で蠕動運動するだろうが!! 諦めろ!!」
「あの、私もいるんですが。男水入らずじゃないんですが……?」
なんか二頭身のアホどもが不平不満を吐き散らかしているが、そんなことは知らん。聞こえない。むしろこのアホアホトリオと一緒のフロアとか、気が狂いそうになる。異議申し立てするには、十分すぎる要件だと俺は思う。
「え……でも、パオングとあくのだいまおうは僕と同じフロアがいいって……」
「嘘つくなって」
「いや嘘じゃなくて……」
「だから嘘つくなって言ってんだろ? もう一回さ、俺とじっくり部屋割り考えようや……? なァ……?」
久三男の首元に腕を持っていき、半ば締め気味で頬をすりすりする。
泣きそうになりながらも目を逸らし、まるで小動物のように震える弟。もう一押しでいけるなと思った矢先、奥でダンボールの整理をしていたあくのだいまおうが、静かに久三男の背後に立った。
「久三男さんの言っていることは本当ですよ。私が言い出したことなんです」
「……え?」
「久三男さんが日々行っていらっしゃる研究は私も興味がありましてね、現代人類文明の遥か先に立っていらっしゃるので、前から気になってはいたのですよ」
「そ……そうなんすか……」
「そもそも私たちの部屋割りの話になったのは、私が久三男さんともっと語らいたいなと思ったのが発端なのです。私もパオングも研究が大好物ですからね。この際、部屋が近い方が語らうのも楽かなと思いまして。特にあの研究テーマの話は―――」
いつもは物静かに俺たちの話を聞いているあくのだいまおうが、満足げにモノクルの位置を調整しながら、久三男と花を咲かせたであろう研究談義らしき話を一方的に語り倒してくる。
その顔は、今まで見たことのないくらい愉悦に満ちた恍惚なものだった。
澄連と生活を始めてもうすぐ四か月になるが、よくよく考えてみれば俺や御玲は有事以外であくのだいまおうやパオングと個人的な話をしたことがない。今までを振り返ってみれば、マトモに会話したのってなにかしら大異変があったときぐらいだった。
仮に同じフロアになったとしても、交わせるとしたら朝の挨拶と夜寝る前の挨拶程度。雑談っていう雑談など、共通の話題が全くない以上ほとんどできはしないだろう。
そんな状況、考えるまでもなく絶対に気まずい。向こうは気を遣ってなにかしら世間話的な話題を振ってくれるだろうが、隣人に気を遣われていると思うと尚更居た堪れなさが増してしまう。
正直一緒にいて遠慮が要らないって点では、あくのだいまおうたちには悪いがアホバカ変態トリオの方が断然接しやすいとも言えた。
俺は御玲と視線を交わす。御玲も額に汗をかきながら、僅かに頷いてみせた。やはり、俺と同じ考えに至ったらしい。
「わ、わーったよ……お前の決めた部屋割りで文句ねぇよ……」
「だ、そうですよ久三男さん。良かったですね」
「え? ああ、うん! ごめんね、兄さん」
残念そうな口調で言いつつも嬉しさを隠せていない久三男を見て、ちょっと複雑な気分になる。
これからアホボケ変態トリオが隣人になること、気を遣ってくる奴らが隣人になること、そして唯一の弟が浮かべる笑顔。それらを天秤にかけて今回下した自分の判断が、果たして正しい判断だったのか。きゅるんとした目で見てくるカエルとシャルを一瞥し、もう考えるのをやめた俺であった。
「で、話は変わるんだが、それにしても異常だよな。この物量は……」
いつまでも部屋割りでグダグダ悩んではいられない。一抹の不満を抱えながらも、改めて大広間一杯に山積みになっているダンボールの山を眺めた。
リビングとして使っている大広間は、家長の俺が言うのもなんだがものすごく広い。多分だが大の男数十人が入ってもスペース的には結構余裕があるくらいの広さはある。
実際、部屋の隅っこには地下に繋がるエレベータがあるが、エレベータでスペースを消費していると意識しないくらい、日常生活で邪魔だと感じることなど今まで全くなかった。それくらい広いのだ。
そのただでさえ無駄に広い畳敷きの大広間が、見る影もないほど梱包されたダンボールで埋め尽くされている。我ながら、ウチにはどれだけの物がしまいこまれていたのか。家長の俺でもこの有様にはドン引きだ。
「本来ならば澄男様方が帰ってくるまでに荷物の梱包と各部屋の掃除と整理、荷物の輸送に至る全ての工程を行うつもりだったのですが……失態です。予想以上に荷物の量が多く、終業までに終えられませんでした」
また弥平が申し訳なさげに頭を下げてくる。四十五度の最高敬礼に、申し訳なさが心に深く突き刺さって「気にすんな、頭を上げろ」と言わずにはいられなくなった。
澄連の部屋になる予定の部屋たちは、今までただの物置部屋だった。使わない物をテキトーに放り込んでおくためだけに存在する、文字通りの物置部屋である。
正直、家長の俺でさえ物置部屋に何がしまわれているのかなど把握していない。というか俺が本家の当主になるずっと前から、それこそガキの頃から本家邸新館のほとんどの部屋は物置部屋だったため、知っているとすれば当時家長だった母さんぐらいしかいないのである。いないのだが。
「母さんって整理整頓とか断捨離とは無縁の人だったから、多分把握してないと思うんだよね。基本、日常生活で使わない物は『よォしィ!! ゴミは消し炭だァ!!』とかわけわかんないこと言って適当な部屋に放り投げてたくらいだし……」
久三男は困った顔でため息を吐いた。否定したいところだが、まさしく久三男の言う通りなので、これがまた困った話なのだ。
母さんは掃除機でリビングを掃除したり、衣服を畳んだり、飯作ったり、風呂やトイレを洗ったりとか自分が生活するのに必要な工程は普通にやってくれていたのだが、不要だと判断した物については総じてテキトーな部屋に投げ入れてしまっていたため、結果その積み重ねが物置部屋の量産に繋がってしまったわけである。
俺も正直物置部屋自体には全く無関心だったので人のことは言えないのだが、ぶっちゃけ大広間が埋まるほどの物が自分の家に充満していたのかと思うとゾっとしてしまった。少しは断捨離していかないと、自分ン家が知らぬ間にゴミ屋敷になる日も遠くないかもしれない。
「つーことはだぞ? 荷物の梱包だけで一日終わっちゃった感じか?」
「パァオング。つい一週間前に復活したカオティック・ヴァズを含め四人と我一匹でなんとか事にあたってみたものの、神ですら屈服する物量の前に敗北してしもうた。無念……」
マジか。梱包で一日使い果たすとか、どんだけ物をため込んでいたんだ俺ン家は。家長として、自分の家が半ばゴミ屋敷になっていたことにちょっと絶望である。
生活している人数の割に部屋数が圧倒的に多いから今まで気にならなかったが、これは人間的な意味でアウトな気がする。
澄連の部屋割りもそうだが、やっぱり部屋は部屋として使うべきだ。
「えっと……状況を整理するぞ? 荷物の梱包が終わったなら、今から元物置部屋たちの掃除か?」
「そうですね。全員分ですので、六部屋分ですか」
「いや違うよ弥平。いま修理中のアンドロイドの子にも私室を設けるから七部屋分だよ」
「な、七部屋か……全員手分けしたら速攻で終わるかな……」
「そこのアホボケカストリオがサボったり遊んだりしなければ、まあそこそこ早く終わると思います」
「マジか御玲。よし、お前ら絶対サボるなよ」
「……それはフリすか?」
「フリじゃない、マジだ!!」
この期に及んでアホなことを言い出す二足歩行の蛙の頭にチョップをブチかます。数十年、下手すれば俺や久三男が生まれる前から物置だったかもしれない部屋を掃除するのだ。その汚れ具合たるや想像もしたくない。
特に地下一階なんて窓がないから換気できない。換気扇とかがあるだろうが部屋として利用してこなかった以上、一度も使われてないだろうし、なんならとっくに壊れている可能性も十分にある。カビどころか毎年の湿気でヘドロさえありそうな予感もした。
「掃除するのはいいけど……みんな、先に言っとくね。地下はヤバいよ」
予感、的中。久三男の悟った表情から、地下の物置部屋の惨状が脳裏に浮かんできて吐き気すらしてきた。
「よし手分けしよう。まず俺と御玲とクソボケカストリオとミキティウスは地下だ」
「掃除用具等は私が用意しますね」
「任せたぞ御玲。女のお前に頼るのは家長としてなんだか不甲斐ない思いだが、お前の日々鍛え上げてきたメイド力が頼りだ。期待しているぞ」
「別にメイド力なるものを鍛えているつもりはありませんが、澄男さま専属メイドとしての矜持ぐらいは果たさせていただきます」
いつの間に準備したのやら、御玲は俺が他の奴らと会話している間に武装を固めつつあった。三角頭巾に除菌スプレー、どこから取り出したのか、スポンジの山。開始の合図をすれば、バケツやモップを取りに行く気迫すら感じさせる。
「次に久三男、弥平、あくのだいまおう、パオング……と、復活してた癖になんでかこの場にいないヴァズは二階。完全に丸投げする形になるが、頼めるか」
「ヴァズは無理。いまアンドロイドの子の修理を代理で任せてるからラボターミナルから動かせない」
「じゃあ久三男、弥平、あくのだいまおう、パオング。頼めるか」
「御意のままに。完璧に部屋として復元してみせましょう」
「僕、この際二階の間取り改造しようと思ってるんだけど……それも込みでいい?」
「掃除が優先だ。その後なら改造なりリフォームなり好きにしたらいい」
「やったー!」
「よし、ひとまずこれでいいな。各々理解したなら、散れ!」
役割は決めた。なら後は実行あるのみ。こうして各々俺が言い渡したやるべきことを果たすため、各々の場所へ向かった。
その後、全ての部屋の掃除が終わったのが、俺たちが北支部から帰ってきてから五時間後のことである。
就職三日目に同士討ち未遂をやらかしてしまった影響で報酬が大幅減俸されている今、俺の任務へのモチベは底を尽きかけている。御玲よりも一日当たりの収入が低い現状で、正直数をこなすだけの日々はかなり辛いものがある。
俺たちは能力的に下積みなんて必要ないはずなのに、どうしてなんだろうか。そんな考えるだけ虚しくて居た堪れなくなることを考えつつ、俺たちはようやく我が家―――流川本家邸新館に帰ってきていた。
「ただまー……」
「あ、兄さんおかりー」
「おかえりなさいませ。澄男様」
疲れを隠す気もなく家に帰ってきたのも束の間、何故か本家邸内がかなり慌ただしい。
いつもなら玄関まで迎えてくれる久三男、パオング、あくのだいまおうが姿を現さず、リビングでなにやら引っ越し作業でもしているのかってレベルで物音が激しい。なんなら密偵任務でずっと外回りしているはずの弥平までいる始末だ。
何事かと思い、御玲たちとともにリビングへ急ぐ。
「……何やってんの」
いつもは大人数が居たとしても全然スペース的に余裕がある大広間のリビングが、ダンボールの山で埋め尽くされていた。ダンボールの山の隙間からひょっこりと久三男、弥平、パオング、あくのだいまおうが顔を出す。
夕方まで休憩なし、ぶっ続けで任務をこなしていたから御玲が夕飯を作るまでの間、畳敷きのリビングで座布団を枕代わりに惰眠を貪ろうと思っていたのに、これじゃあ横になることはおろか、マトモに座ることもできない。
「申し訳ありません。澄男様がご帰還なさる前に全ての作業を終えたかったのですが……」
「いや、いい……とりあえず何してるのか教えてくれ」
本当は文句の一つでも言いたい気分だが、弥平の超絶申し訳なさげな表情を見ると、この状況で文句を言う俺が悪人に見えてきて仕方ない。事情なしにリビングをダンボールの山で埋め尽くすわけもなし、ここは素直に事情を汲んでやるのが無難だと考えた。
ダンボールの山をかいくぐり、一枚のタブレットを片手に白衣を着こなした天然パーマの少年―――流川久三男が姿を現す。
「澄連……だっけ? 最近まで私室なかったじゃん? もう正式に仲間になったんだし、ちゃんとした部屋を用意してあげようと思ってさ」
「あー……そういやそうだったな」
疲れであんまり回らない頭をまさぐり、澄連に部屋を用意してなかったことを思い起こす。そんな俺の後ろで「マジすか久三男さん!? いやー、流石ゲロいっすね!!」とか「やったー!! これで心おきなくオ〇ニーできる!!」とか「やっぱ自分の部屋でウンコ出せねぇのはやりづれぇよな」とか「これでようやく家宝のパンツたちを飾れます……」とか、汚い虹色の歓声が響き渡り、突然の頭痛に襲われる。
元々捕虜の立場だった澄連の面々は、俺と久三男を和解させるきっかけを作ってくれたことで協力者へと昇格し、俺が親父への復讐を果たせたことで正式に仲間という認識になったわけだが、俺や弥平、久三男や御玲が持っているような私室は、今まであてがっていなかった。
パオングやあくのだいまおう含め、コイツらの居場所はいまダンボールの山で覆いつくされている大広間であり、今日までずっと朝起きて二階から降りてくると御玲の次にコイツらが出迎えてくるというのが既に日常と化していたのである。
もうその日常が定着して結構時間が経っていたから何も疑問に思っていなかったのだが、言われてみれば正式に仲間認定したのに私室の一つも割り当てないのは可哀そうだ。特にパオングやあくのだいまおうの貢献力は無視できないし、これは家長として由々しき問題である。
「それで、どんな部屋割りにするつもりなんだ?」
「えっと……まずカエル、シャル、ナージは兄さんと御玲の部屋がある二階」
「え。マジ?」
「そう……ですか」
「あれ? なんでそんな嫌そうなんすか二人とも」
自分の私室があるフロアに新しい隣人。正式に仲間になったのだから、ものすごく喜ばしいはずなのに、何故だろう。素直に喜べない自分がいた。
御玲も同じ心境らしく、さっき久三男が名前を挙げた三匹をちらちら見ながら、盛大にため息を吐いていた。
「ミキティウス、パオング、あくのだいまおうは僕の部屋がある地下一階にしようかなって思ってるところだよ」
「よーし久三男。カエル、シャル、ナージをチェンジだ」
「うわひどっ!! ひどくないすかそれ!!」
「そうだそうだ!! 男水入らず、ボクの勃起したち〇こ並みに良い部屋割りじゃないか!!」
「男ならバナナウンコ出すために全力で蠕動運動するだろうが!! 諦めろ!!」
「あの、私もいるんですが。男水入らずじゃないんですが……?」
なんか二頭身のアホどもが不平不満を吐き散らかしているが、そんなことは知らん。聞こえない。むしろこのアホアホトリオと一緒のフロアとか、気が狂いそうになる。異議申し立てするには、十分すぎる要件だと俺は思う。
「え……でも、パオングとあくのだいまおうは僕と同じフロアがいいって……」
「嘘つくなって」
「いや嘘じゃなくて……」
「だから嘘つくなって言ってんだろ? もう一回さ、俺とじっくり部屋割り考えようや……? なァ……?」
久三男の首元に腕を持っていき、半ば締め気味で頬をすりすりする。
泣きそうになりながらも目を逸らし、まるで小動物のように震える弟。もう一押しでいけるなと思った矢先、奥でダンボールの整理をしていたあくのだいまおうが、静かに久三男の背後に立った。
「久三男さんの言っていることは本当ですよ。私が言い出したことなんです」
「……え?」
「久三男さんが日々行っていらっしゃる研究は私も興味がありましてね、現代人類文明の遥か先に立っていらっしゃるので、前から気になってはいたのですよ」
「そ……そうなんすか……」
「そもそも私たちの部屋割りの話になったのは、私が久三男さんともっと語らいたいなと思ったのが発端なのです。私もパオングも研究が大好物ですからね。この際、部屋が近い方が語らうのも楽かなと思いまして。特にあの研究テーマの話は―――」
いつもは物静かに俺たちの話を聞いているあくのだいまおうが、満足げにモノクルの位置を調整しながら、久三男と花を咲かせたであろう研究談義らしき話を一方的に語り倒してくる。
その顔は、今まで見たことのないくらい愉悦に満ちた恍惚なものだった。
澄連と生活を始めてもうすぐ四か月になるが、よくよく考えてみれば俺や御玲は有事以外であくのだいまおうやパオングと個人的な話をしたことがない。今までを振り返ってみれば、マトモに会話したのってなにかしら大異変があったときぐらいだった。
仮に同じフロアになったとしても、交わせるとしたら朝の挨拶と夜寝る前の挨拶程度。雑談っていう雑談など、共通の話題が全くない以上ほとんどできはしないだろう。
そんな状況、考えるまでもなく絶対に気まずい。向こうは気を遣ってなにかしら世間話的な話題を振ってくれるだろうが、隣人に気を遣われていると思うと尚更居た堪れなさが増してしまう。
正直一緒にいて遠慮が要らないって点では、あくのだいまおうたちには悪いがアホバカ変態トリオの方が断然接しやすいとも言えた。
俺は御玲と視線を交わす。御玲も額に汗をかきながら、僅かに頷いてみせた。やはり、俺と同じ考えに至ったらしい。
「わ、わーったよ……お前の決めた部屋割りで文句ねぇよ……」
「だ、そうですよ久三男さん。良かったですね」
「え? ああ、うん! ごめんね、兄さん」
残念そうな口調で言いつつも嬉しさを隠せていない久三男を見て、ちょっと複雑な気分になる。
これからアホボケ変態トリオが隣人になること、気を遣ってくる奴らが隣人になること、そして唯一の弟が浮かべる笑顔。それらを天秤にかけて今回下した自分の判断が、果たして正しい判断だったのか。きゅるんとした目で見てくるカエルとシャルを一瞥し、もう考えるのをやめた俺であった。
「で、話は変わるんだが、それにしても異常だよな。この物量は……」
いつまでも部屋割りでグダグダ悩んではいられない。一抹の不満を抱えながらも、改めて大広間一杯に山積みになっているダンボールの山を眺めた。
リビングとして使っている大広間は、家長の俺が言うのもなんだがものすごく広い。多分だが大の男数十人が入ってもスペース的には結構余裕があるくらいの広さはある。
実際、部屋の隅っこには地下に繋がるエレベータがあるが、エレベータでスペースを消費していると意識しないくらい、日常生活で邪魔だと感じることなど今まで全くなかった。それくらい広いのだ。
そのただでさえ無駄に広い畳敷きの大広間が、見る影もないほど梱包されたダンボールで埋め尽くされている。我ながら、ウチにはどれだけの物がしまいこまれていたのか。家長の俺でもこの有様にはドン引きだ。
「本来ならば澄男様方が帰ってくるまでに荷物の梱包と各部屋の掃除と整理、荷物の輸送に至る全ての工程を行うつもりだったのですが……失態です。予想以上に荷物の量が多く、終業までに終えられませんでした」
また弥平が申し訳なさげに頭を下げてくる。四十五度の最高敬礼に、申し訳なさが心に深く突き刺さって「気にすんな、頭を上げろ」と言わずにはいられなくなった。
澄連の部屋になる予定の部屋たちは、今までただの物置部屋だった。使わない物をテキトーに放り込んでおくためだけに存在する、文字通りの物置部屋である。
正直、家長の俺でさえ物置部屋に何がしまわれているのかなど把握していない。というか俺が本家の当主になるずっと前から、それこそガキの頃から本家邸新館のほとんどの部屋は物置部屋だったため、知っているとすれば当時家長だった母さんぐらいしかいないのである。いないのだが。
「母さんって整理整頓とか断捨離とは無縁の人だったから、多分把握してないと思うんだよね。基本、日常生活で使わない物は『よォしィ!! ゴミは消し炭だァ!!』とかわけわかんないこと言って適当な部屋に放り投げてたくらいだし……」
久三男は困った顔でため息を吐いた。否定したいところだが、まさしく久三男の言う通りなので、これがまた困った話なのだ。
母さんは掃除機でリビングを掃除したり、衣服を畳んだり、飯作ったり、風呂やトイレを洗ったりとか自分が生活するのに必要な工程は普通にやってくれていたのだが、不要だと判断した物については総じてテキトーな部屋に投げ入れてしまっていたため、結果その積み重ねが物置部屋の量産に繋がってしまったわけである。
俺も正直物置部屋自体には全く無関心だったので人のことは言えないのだが、ぶっちゃけ大広間が埋まるほどの物が自分の家に充満していたのかと思うとゾっとしてしまった。少しは断捨離していかないと、自分ン家が知らぬ間にゴミ屋敷になる日も遠くないかもしれない。
「つーことはだぞ? 荷物の梱包だけで一日終わっちゃった感じか?」
「パァオング。つい一週間前に復活したカオティック・ヴァズを含め四人と我一匹でなんとか事にあたってみたものの、神ですら屈服する物量の前に敗北してしもうた。無念……」
マジか。梱包で一日使い果たすとか、どんだけ物をため込んでいたんだ俺ン家は。家長として、自分の家が半ばゴミ屋敷になっていたことにちょっと絶望である。
生活している人数の割に部屋数が圧倒的に多いから今まで気にならなかったが、これは人間的な意味でアウトな気がする。
澄連の部屋割りもそうだが、やっぱり部屋は部屋として使うべきだ。
「えっと……状況を整理するぞ? 荷物の梱包が終わったなら、今から元物置部屋たちの掃除か?」
「そうですね。全員分ですので、六部屋分ですか」
「いや違うよ弥平。いま修理中のアンドロイドの子にも私室を設けるから七部屋分だよ」
「な、七部屋か……全員手分けしたら速攻で終わるかな……」
「そこのアホボケカストリオがサボったり遊んだりしなければ、まあそこそこ早く終わると思います」
「マジか御玲。よし、お前ら絶対サボるなよ」
「……それはフリすか?」
「フリじゃない、マジだ!!」
この期に及んでアホなことを言い出す二足歩行の蛙の頭にチョップをブチかます。数十年、下手すれば俺や久三男が生まれる前から物置だったかもしれない部屋を掃除するのだ。その汚れ具合たるや想像もしたくない。
特に地下一階なんて窓がないから換気できない。換気扇とかがあるだろうが部屋として利用してこなかった以上、一度も使われてないだろうし、なんならとっくに壊れている可能性も十分にある。カビどころか毎年の湿気でヘドロさえありそうな予感もした。
「掃除するのはいいけど……みんな、先に言っとくね。地下はヤバいよ」
予感、的中。久三男の悟った表情から、地下の物置部屋の惨状が脳裏に浮かんできて吐き気すらしてきた。
「よし手分けしよう。まず俺と御玲とクソボケカストリオとミキティウスは地下だ」
「掃除用具等は私が用意しますね」
「任せたぞ御玲。女のお前に頼るのは家長としてなんだか不甲斐ない思いだが、お前の日々鍛え上げてきたメイド力が頼りだ。期待しているぞ」
「別にメイド力なるものを鍛えているつもりはありませんが、澄男さま専属メイドとしての矜持ぐらいは果たさせていただきます」
いつの間に準備したのやら、御玲は俺が他の奴らと会話している間に武装を固めつつあった。三角頭巾に除菌スプレー、どこから取り出したのか、スポンジの山。開始の合図をすれば、バケツやモップを取りに行く気迫すら感じさせる。
「次に久三男、弥平、あくのだいまおう、パオング……と、復活してた癖になんでかこの場にいないヴァズは二階。完全に丸投げする形になるが、頼めるか」
「ヴァズは無理。いまアンドロイドの子の修理を代理で任せてるからラボターミナルから動かせない」
「じゃあ久三男、弥平、あくのだいまおう、パオング。頼めるか」
「御意のままに。完璧に部屋として復元してみせましょう」
「僕、この際二階の間取り改造しようと思ってるんだけど……それも込みでいい?」
「掃除が優先だ。その後なら改造なりリフォームなり好きにしたらいい」
「やったー!」
「よし、ひとまずこれでいいな。各々理解したなら、散れ!」
役割は決めた。なら後は実行あるのみ。こうして各々俺が言い渡したやるべきことを果たすため、各々の場所へ向かった。
その後、全ての部屋の掃除が終わったのが、俺たちが北支部から帰ってきてから五時間後のことである。
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その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
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俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
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ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
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そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
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