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参上! 花筏ノ巫女編
二週間ぶりの大仕事
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女アンドロイド襲撃事件から二週間くらい経っただろうか。俺たちは本部昇進のための実績を積むべく、ちまちまと小銭稼ぎのような任務をこなしていた。
現在時刻は昼過ぎ、高校時代ならば昼休みぐらいの時間帯。俺たちは昼飯を食い終わり、次の任務に行くかどうかでグダグダと日当たりの良いテラス席で時間を潰していた。
「暇だな……」
「じゃあ早く任務に行きましょうよ」
「いやぁ……それは飽きたというかさ……」
「全く、だらしない」
「悪かったな、どうせ俺は怠け者ですよ」
空を見上げ、煙草を漫然と蒸かしながら、ゆっくりと流れる雲を考えなしに眺める俺。
確かに足も手もダラーってしているから、側からみればだらしないと思われても仕方がない。だが、それが俺なのだ。今更勤勉になるつもりはない。
「まあいいじゃないすか。梅雨入りでどんよりしてましたし、偶には晴れた日にのんびりするのも仕事のうちですぜ」
俺と同じく、これまただらしなく四肢を放り投げて寛いでいる黄緑色の蛙、カエル総隊長はコーヒーを啜りながら、ケーキを頬張る。
そんな俺とカエルを見て、御玲はため息をつくばかり。そんなに働きたいんだろうか、働き者の心理とは分からんものだ。
「流川本家の当主らしいっちゃらしいけどな」
「本家の当主なら当主らしくピシッとして欲しいですよ私は。それと、催したならトイレでしてきてくださいね」
椅子から立ち上がり、何を考えたのかテーブルの上でウンコ座りし始めた子熊のぬいぐるみ、ナージの頭を叩きトイレの方を指さす。渋々トイレへパタパタと飛んでいくナージの背を見やりながら、久々の晴れ模様を堪能する。
女アンドロイド戦以降はこれでもかと梅雨の応酬だった。雨と湿気の中、任務をこなすのはモチベがゴリゴリ削られて心が折れそうになる思いだったが、本部昇進に必要な下積みのためサボるわけにもいかず、ずっと雨にも負けず風にも負けずの毎日を過ごしてきたのだ。
俺がここぞとばかりに怠けるのも無理はないと思う。だって今、晴れているわけで。偶にはゆっくりと晴れ模様を堪能しつつカラッカラの風に当たりたいわけで。
「じゃああと十五分。十五分経ったら出ますよ。いいですね?」
「えー……」
「いーいーでーすーねー?」
「だぁー、わーった、わーった! 出る、出るからさ! そんな圧かけんなよ……」
痺れを切らした御玲からの最後通告。これ以上ダラダラしているとウチのメイドが流石にカチキレだすし、残り十五分、数少ない昼下がりの休憩を堪能するとしますか。
「そういえば、今更な話なんすけど」
ただ一匹無駄にドカ食いを続けるカエル総隊長は口元をソースでベッタベタ、頬袋一杯という凄惨たる状況で、俺に視線を投げてくる。
あまりに汚いので、御玲にハンカチでも渡してやれと顎をしゃくる。
「澄男さんってこの人類社会の頂点、``四強``の一人なんすよね?」
「ああー……そういえばそんな肩書きあったな。実感なさすぎて忘れてたわ」
空を見上げながら、初めて聞かされた頃のことを思い出す。
かつて親父に復讐するための情報収集の一環として、弥平から武市の主勢力を説明されたことがある。それが、``大陸八暴閥``のことであった。
武市の頂点に座する七つの大暴閥のうち、その頭領である八人の当主。それが``大陸八暴閥``である。
その八人の当主間にも序列があり、八人の中の上位四人の当主が``四強``。すなわちこの人間社会における武力最強の存在ってなわけである。
俺は何の因果か、その最強格の一人に勝手に祭り上げられていたのだった。
「それってあれだよね!! えっと……``禍焔``、``攬災``、``皙仙``、``終夜``だよね!!」
なんか謎にテンションが高い、裸エプロンを着こなす半裸の中年のぬいぐるみ―――シャルが身を乗り出して叫ぶ。
声がでけえし、股間出ているしで色々と最悪だが、とりあえず股間を隠してテンションを一段階落とすように耳打ちする。何故か「ああん……」と赤面して震えていたが、意味が分からんし嫌な予感しかしないので無視した。
「``禍焔``は澄男さん、``攬災``は弥平さんじゃないすか」
「不本意ながらな」
「んで、``皙仙``は裏鏡で」
「そうだな……」
「最後の``終夜``って、まだ出会ってないじゃないすか。どんな奴なんでしょうね。ここまで来たらコンプしたい欲が出てきちまうっすよ」
今にも飛び出しそうなデカい目玉を輝かせるカエル。別にそんな欲望は湧いてこないんだが、全く興味がないかと問われれば、それは嘘になるというのが本音だった。
弥平や弥平の父―――流川凰戟のオッサンの話では、``終夜``は花筏家の当代。絶賛放浪中の身で、身内すらその消息を掴めない存在とかそんなんだった気がする。
「花筏家って巫女さんがたくさんいる所だとか。巫女が着るパンツ……気になりますね」
小学生ぐらいの背丈した、青色のロン毛の少年―――ミキティウスは、真剣な面差しで戯言をほざく。
俺はそんなのこれっぽっちも気にならんのだが、花筏といえば、ウチとタイマン張れるほど強え連中であり、当然``大陸八暴閥``の一角である。むしろ流川と並び称されるほど有名な、知らぬ者のいない大暴閥だ。俺は弥平に聞くまで、そんなに有名だったとはこれっぽっちも知らなかったけど。
「本部昇進のための実績を積む日課に加え、``終夜``も探さねばなりませんね。課題は山積みです」
カエルたちに触発されて、御玲がまたストイックなことを言い出した。
俺たちの当面の目標は本部への昇進。巫市との国交樹立の足がかりを築くことだが、それとは別に花筏との同盟も任務請負人として過ごす目的の一つである。
花筏との同盟をやる意味は、流川家の当代―――つまり俺と花筏の当代が、些細ないざこざで戦争しないようにするためである。
理由は簡単で、流川と花筏の総力は拮抗しており、戦争になってしまうとどちらかが滅び去るまで終わらない泥沼合戦が始まってしまうからだ。
今から三十年以上前に終わった、二千年間続いたって言われている``武力統一大戦時代``。流川と花筏は一歩も譲らない熾烈な戦いを繰り広げていたが決着がつかず、お互い疲弊するのもどうかということで凰戟のオッサンの名の下、当時当主だった母さん―――流川澄会と当時の花筏家当主が和平を結び、それでようやく戦争を終わらせたほどである。
だからこそ今はそれなりに平和なわけだが、時代とともに両家とも当主が変わってしまった。何か些細なことで当主である俺と花筏の当代が敵対すれば、俺らの胸先三寸で再び大戦時代の幕が上がってしまう。個人的にも流川家全体的にも、そんなクソ面倒な事態はゴメンだった。
「面倒な話だぜ、出会ったこともない奴と同盟なんざ……」
「それは向こうの当主様とて同じだと思いますけど……」
そもそもその気すらあるのか疑わしい、それが御玲の推測だった。
俺と御玲も、そして弥平も。誰も``終夜``に出会ったことはない。顔も見たことすらなく、雲隠れがクソみたいに上手すぎて、その正体に迫ることもできていない存在だ。
分かっているのは巫女であること。つまり当主は女であることと、俺と同じくらいの歳だということだけである。
「まあ、ここでソイツのこと考えてもしゃーなくね? こっちから探せねぇし、そもそもそんな急ぐ要件でもねぇし」
手を頭の後ろに組み、椅子を斜め四十五度に傾けながら、煙草の煙をみんなに向かって吐き散らかす。
確かに御玲の言うように、``終夜``探しは巫市の国交樹立と同じくらい主目標だ。後々のクソ面倒を回避する意味合いでも、いつかは必ず達成しなきゃならない。
でも探そうと思って見つけられない以上、ストイックになったところでしんどいだけである。焦ってどうしようこうしようと考えること自体が、徒労な気がするのだ。
そんな無駄骨を折るのなら、本部昇進のため、やるだけクソつまらない下積み任務をこなしている方が、幾分かマシだった。
御玲の顔から呆れと諦観がひしひしと伝わってくるが、俺は負けない。それ以外に目処の立てようがないのだ。仕方ないと割り切ってほしいと心から思った。
「よう、お前ら! 久しぶりだな」
話が一区切りついて、休憩時間も残りわずか。嫌だな、任務行きたくないな、さっき幾分かマシって思ったけどいざこなすとなると士気上がらんしいっそのこと帰りたいなとか考え始めた矢先、沈黙を掻い潜るように、背後から聞き覚えのある声がした。
こんなときに誰だと思いながらも、めんどくさげにソイツへ振り向く。声に聞き覚えがあったように、顔もまた見覚えのある奴だった。
「何してんだお前ら」
「見て分かんだろ。昼休みだよ昼休み」
「学生か!!」
傭兵みたいな服装ばかりが目立つ北支部では見慣れない洒落た服装と、整えられた金髪から漂う貴族感とは裏腹に、目尻の鋭さとつり目が素行不良を思わせる青年。俺たちが務める任務請負機関北支部のエース、``閃光のホーラン``ことレク・ホーランその人だった。
女アンドロイド討伐戦以来、話すことはおろか、顔すらほとんど見てなかった。なんだか新鮮な感じである。
「なんだその腑抜けたツラは。五月ならもうすぎてんぞ」
早速レク・ホーランこと金髪野郎の目が吊り上がる。また小言を言われるのかと思うと途端に面倒くささが心中を横たわり、無造作に頭をかきむしる。
「五月病じゃねぇよ。あの女アンドロイド戦以降、梅雨が張り切ってたから、この晴天日和を堪能してたの」
「なるほど。で、いつから昼休みしてんだ?」
「えー……と。どれぐれぇだっけ。かれこれ小一時間ぐれぇじゃねぇか?」
「一時間!? お前ら、こんなとこで一時間もダラついてんのか!?」
「ンだよ悪りぃか」
「悪かねぇけど……勿体ねぇぞ。一時間ダラついてる間にも、美味しい任務はとっとと売り切れちまうってのに……」
「んなこと言われても似たようなのばっかでもう飽きたぜ……」
「飽きたとかじゃなくて、これ仕事だから。遊びじゃねぇから。任務請負人なら暇ある限り任務を請け負え。それが筋ってもんだ」
俺の言い分を次々と跳ね除けていく金髪野郎に、任務請負証で、いま受注可能な任務を渋々視界に一覧表示させる。
任務請負人には、就職するときに任務請負証ってのが発行される。それは別にカードになっているわけじゃなく魔法陣であり、手に取ると体の中に吸収されて視界にいろんなオブジェクトが表示されるようになる代物である。
これで相手の肉体能力を測定したり、ペナルティを確認したり、請け負える任務を確認したり、任務受注を申請したりと、色んなことがこれ一つでできてしまう。操作は頭の中でイメージするだけでできるから、クソ簡単だ。
「……マトモなのがねぇんだよ。虫取りも飽きたし、採取なんてかったるくてやってらんねぇし」
とりあえず任務請負フェーズの高いものからざっと流し見ていくが、琴線に響きそうにないものばかりで任務に赴くモチベがゴリゴリ目減りしていく。
任務には全て``任務請負フェーズ``っていう難易度の格付けが成されており、大概の請負人は、それを基準にどの任務を請け負うかを決めている。そして明らかに無理がある条件で受注申請した場合は、請負証が任務受注を強制却下するシステムになっている。
理由は簡単で、自分の能力に見合わない難易度の任務を受けたところで成功などしないし、下手したら死ぬ可能性も十分あるからだ。高額報酬欲しさに自分の身の丈に合わない任務を受けて、失敗したり大怪我したり最悪死んだりする間抜けが湧くのを未然に防ぐってわけである。
任務請負フェーズは高い順にG,S,A,B,C,D,E,Fの八段階あるのだが、支部勤めだと最大でフェーズCまでの任務しか受けられない。フェーズCは討伐任務分野だと全能度二百から三百程度の敵を倒す任務だが、俺らからしたら雑魚すぎてワンパンで終わってしまうから、作業感がどうしても否めないのである。
だからこそB以上を受けたいが、B以上は本部の奴ら限定任務であり、本部に昇進しない限り受注できない。受注すらできないってことは、支部勤め程度では達成するのがかなり難しい任務ってことなのだろう。
とどのつまり、結局フェーズC辺りをチマチマやるしかない、ってのが現状なのだ。
ちなみにG,Sに至ってはポンポンポンポン出るもんじゃない、いわゆる緊急任務ってやつだが、それはあまりやりたくない。前に戦って大苦戦した女アンドロイドと、その麾下にあったロボット軍団討伐任務はフェーズSだったが、あの規模の敵を毎度毎度相手していたらそれはそれで堪らない。
アンドロイド戦の後に御玲から聞いた話だが、フェーズS以上の任務は達成しても報酬は出ないらしい。任務請負機関曰く、緊急任務の報酬は自分の命だそうだ。
命あっての物種って言葉があるが、まあ女アンドロイドみたいなバケモノが出てきうるのだ。報酬だのなんだの言っている余裕もないのは分かる気がした。
俺の本音を分かりやすくまとめると、程よく準備運動程度になる奴をコンスタンスに相手したい、である。
「ったく贅沢言ってんじゃねぇよって話だが、お前のことだ。んなこったろうと思って、俺が誘いに来たわけだ」
得意げに、親指で己を指さす金髪野郎。嫌な予感しかせず、眉を顰める。
「そんな顔すんなよ。なーに、今回の任務は前ほどじゃねぇさ。でもやり甲斐はあるぜ。なんたってスケルトン討伐だからな」
「へー……」
「待ってください。スケルトン討伐? どうして支部勤めのあなたが、そのような高難度任務を?」
「うっ……! くそ、メイドの方は察しがいいな……」
「……ん? は? なに?」
何故か御玲がジト目で金髪野郎を睨み、金髪野郎にしては珍しく金髪を掻きむしりながら目を泳がせる。状況についていけていないのは俺と、話を半ば聞かず飯をガツガツ食っている澄連だけだ。
「んあー……まあ……依頼されてよ。本部の……その……顔見知りに、な?」
「機関則には、支部の請負人はB以上の任務を受けられないはずでは?」
「待て待て待て待て。お前らだけで話進めんなよ。そのスケルトン討伐って、そんな難易度高いのか?」
何も分かってない俺に、二人はお互い顔を見合わせる。何故か金髪野郎が肩を竦め、御玲が盛大にため息をついたのが癇に障るが、知らない俺にも非がある。ここは黙っているのが得策だ。
「……本来、スケルトン討伐任務はフェーズA任務。任務請負官の中でも、限られた一握りしか受けられない高難度任務です。支部勤めの請負人など実力的に話にならないので、絶対に受けられないはずなんですが……」
「通常なら、な。でも``指名``された場合は、その限りじゃねぇのさ」
「``指名``? 名指しされることなんてあんの?」
「お前、機関則読んでないな? 読んどけって前にも言ったよな?」
「だってお前に教えてもらった方が速いし確実だもん」
「だもん、じゃねぇよ……」
盛大に呆れ顔で俺を睨む金髪野郎。俺は口を尖らせながらそっぽを向く。
しばらく膠着した状況が続いたが、このままじゃ話が前に進まないと判断したのか。根負けしたのは金髪野郎の方だった。
「じゃあ説明してやるが、一回しか言わねぇ。耳かっぽじってちゃんと聞けよ?」
俺たちと向かい合うようにソファにどかんと座り、これまた懇切丁寧に``指名``とは何たるかを説明してくれた。
任務受注は通常、任務請負人が請負証から行うのが本来のやり方だが、請負人としてある程度ネームバリューが形成された請負人は、時折依頼者から名指しされることがある。そういうケースを``特待受注``という。
特待受注は、余程の大きな、それこそ差し迫った事情があるか、社会的地位に大差がない限り断ることができない。それはルールで決まっているわけではなく、名指しされたら請け負うってのが、請負機関の暗黙の了解だからだ。
今回、なんと金髪野郎は請負機関本部を切り盛りしているという超お偉いさんから名指しで依頼されたため、断ることはできなかったそうな。
その超お偉いさんのことが気になったので問いかけると「お前たちはまだ知らなくていい……知るにはまだ早すぎる」などと、冷汗を浮かべながら目を逸らし、全く説明してくれなかった。
金髪野郎の態度から、なんか面倒くさそうな事情を察した俺たちは、嫌な予感しかしなかったので触れないことにしておいた。
「説明は以上だが新人、いい加減機関則は読んでおけ。今回は出勤一か月も経ってねぇ新人ってことで、特別大サービスで懇切丁寧に説明してやったが、今後は頼まれても説明しない。知らなかったらお前の責任になるからな」
「だ、そうだぞ御玲。分からんときはお前に聞くから、ちゃんと覚えといてくれよ?」
「あなたが覚えるんですよ!! もう!! そろそろ興味がなくても覚える努力をしてください!!」
「えー…………」
口を尖らせながら、椅子に深く腰掛ける。
なんで俺がそんなクソ面倒なことを覚えなきゃならんのだろうか。誰かが覚えて、俺が分からんときに逐一聞くようにする方が確実だし速いと思うんだよ。俺、どうせ忘れるし。
「で、どうする? やるか?」
機関則覚えるかどうかで御玲と揉めていたら、金髪野郎が催促してきた。そういえば、まだ返事をしていなかった。
「どうせここでダラつきながら、フェーズC任務の一覧スクロールして延々とグダグダするだけなんだろ? だったら俺と来いよ。スリルも味わえて実績も倍積めて一石二鳥だぞ」
「それは美味しいな……でも……」
御玲や澄連を見渡した。俺はともかくとして、コイツらはどう思うか。コイツらが乗り気じゃないなら、俺としては行きたくないんだが。
「澄男さん、やりやしょうぜ!! オレたちもC任務には飽きてきたところなんすよ!!」
「ボクもそろそろ別のち◯こがほしくなってきたところ!!」
「お、おう? お前らすげぇ乗り気だな……まあ確かに飽きてきたのが最大の理由だが……」
「澄男さま、私もやりたいです。実績が倍になるのならば、これを逃す手はありません」
「御玲も乗り気か……んじゃあ俺としても拒む理由はないな」
満場一致。トイレに行っているナージと一人パンツの選定に没頭しているミキティウスがいるが、多数決ってやつである。俺は首を縦に振った。
「おし、そうこなくちゃな!」
俺の答えを聞いて、金髪野郎は嬉々とした表情で立ち上がる。
「んじゃ、もう一人追加要員交えて詳細説明と行こうか」
「追加要員?」
金髪野郎が親指で背後を指さす。
奴が指さす先、北支部の隅っこで巨大百足に抱かれてすやすやと眠る、黒いポンチョを着た少女が、そこにいた。
「んぅ……すけるとん……とーばつ? レク、すきだねー?」
「そんなんじゃねぇよ、相性が良いだけだ」
金髪野郎に起こされて、俺たちが座るテラス席まで早速連れてこられたポンチョ女ことブルー・ペグランタンは、眠たそうな目を肩で盛んに擦る。
寝癖塗れで頭が大惨事になっているが、本人は気にしている様子はない。
「つーか、なんであーし?」
「むーさんがいると効率上がるからな」
「あーしにめりっとがねー……」
「いんや、ある。むしろ断れば、お前はきっと後悔すんぞ?」
「……チッ。きくだけきいてやらー」
御玲の隣にどすんと座り、氷菓を注文する。金髪野郎もブラックコーヒーを注文し、俺たちと向かい合うように再び席についた。
「んじゃ、詳細話すぜ。まずこの任務だが、名目上は南支部防衛任務ってことになっている」
「そりゃまた意味が分かんねぇな」
「だろう? なんで北支部の俺らが、よその支部の面倒をみなきゃなんねぇのかって話になるだろ?」
俺も御玲も、そしてポンチョ女も、うんうんと頷く。
俺たちは北支部所属の請負人。自分が所属する支部を防衛する義務こそあれど、よその支部まで守る義理はない。自分の大事なもんは自分で守ってこそだからだ。 しかし金髪野郎は俺たちの反応を予想していたのか、得意げな表情で人差し指を立てた。
「だが思い出せ。俺たちは数日前、女アンドロイドとその軍団と一戦交えただろ?」
「ああ。でも、それがどうした」
「ありゃあ北支部だけじゃねぇ。他の支部の連中と本部の請負官まで出張った、半ば総力戦に近い大規模緊急任務だった」
数日前の慌ただしさを思い出す。街のほぼ全域を埋め尽くすほどのロボット軍団が、何の前触れもなく押し寄せてきて、東西南北にある支部を襲撃した。
そのロボット軍団を操っていたのが、俺たちが大苦戦の末、なんとか倒せた女アンドロイドだったわけだが、俺たちは女アンドロイドにかかりっきりで結局のところ支部防衛戦がどんな様相だったのかは詳しく知らない。俺たちがあらためて支部に顔を出した頃には、既にロボット軍団は壊滅していたからだ。
女アンドロイドという首魁を失ったからだろうが、それでもかなりの戦いだったことは想像に難くない。実際、北支部も元の雰囲気に戻るまでに結構時間がかかっていたし。
「だから、今の請負機関は疲弊してるってわけよ。そんなとき、南支部周辺にスケルトンの目撃報告が出た」
金髪野郎の話は続く。
南支部がある中威区南部は、俺たちのいる北部と違って山脈に近い影響か、半ば限界集落と化した荒地である。人はおろか家屋すら疎らにしかなく、南支部の存在意義は、南方に聳え立つ巨大山脈―――南ヘルリオン山脈から北上してくる魔生物の行く手を阻むことにある。
だが、ロボット軍団を追っ払うのに力を使っちまった今。
「スケルトンに抗う力が不足している、のだそうだ。このままスケルトンがマジで人里に降りてきた場合、南支部とその周辺地域は致命的な打撃を受けかねない」
疲弊したところに魔生物が攻めてくる。確かに、そんな状況じゃ抵抗するのは難しいだろう。とはいえ、俺としては話を聞いてもなんだか緊迫感に欠ける点が拭えなかった。
「思うんだがさ、スケルトンってアレだよな? あの骸骨のやつ」
「そうだぞ? まさか、お前……」
「いやいやいやいや。流石にそのくらいは知ってるよ。でもなぁ……スケルトンって、そんな目くじら立てるような奴なのか?」
話を聞いても緊張感に欠ける点、それはスケルトンの強さだ。
スケルトンは人型の骸骨の姿をした魔生物。夜とか薄暗い森にどこからか現れては、手当たり次第に襲いかかる厄介な奴だが、そんなのは流川本家領で腐るほど見てきた。特に俺の母さんなんか、ドラゴンと同じくらいのテンションで乱獲していたくらいだ。
俺は直接戦ったことはないが、正直苦戦するとは思えない。母さんが勝てるんだから、俺が勝てない道理はないのだ。
「お前、スケルトンがどんだけやべぇか理解してねぇな……」
「理解も何も、言うほどヤバくないだろと……」
「確かに外見こそ人の姿をした骸骨だぜ? でもその強さは災害だ。たった一体で、国が滅びるくらいにはな」
「……え?」
たった一体で、国が滅ぶ。あまりに現実離れした言い分に、思わず目を丸くする。
「スケルトンは物理攻撃を一切無効にしてくる上、魔法防御もクソ高いから魔術程度じゃカスダメも入りゃあしない。さらには火と光属性以外は全部効かない始末だ」
「そ……だっけ?」
「物理攻撃、魔法攻撃力もクソ高く、敏捷、回避も高水準。終いには根源を絶たない限り、何度でも復活してくるからほぼ不死ときた」
「えぇ……!? そ、そんなん……」
「さらには……」
「まだあんの!?」
「アイツらには接触した奴を徹底的に弱体化させる固有能力と、自分に向かって使用された一切の固有能力を無効化する固有能力を標準装備。まさに骸骨のバケモノってわけさ」
もはや、言葉にならない。それって魔生物じゃなくてラスボスか何かじゃなかろうか。
滅ぶ程度ならまだマシだ。そんなバケモンが人里に降りようもんなら、その人里は消滅するだろう。遺跡が残れば、御の字ってところだろうか。
「スケルトンで滅んだ国や街、村なんていくつもあるし、大国を守護する英雄級の強者でさえ、ワンパンで殺られたって記録もあるんだぜ? 目くじら立てるのも分かるだろ?」
頷くしかなかった。戦ったことがないだけに、割とかなり舐めていた。
だが、それだと平然とそんな奴らを日常的に倒していた母さんは、一体何なんだろうか。まあ元から俺の母さんはおかしかったから、今更か。
「ま、要は助け合い。南支部が困ってるから、我が北支部が助けようぜってところだな」
金髪野郎が良い感じに話をまとめにかかるが、そこで粗探しに自信がある俺がすかさず待ったをかける。
「他の支部はどうなんだ? 北と南って結構距離あるぜ?」
砂糖とミルクだらけにしたクソ甘カフェオレを口に含む。
スケルトンが脅威なのは分かった。そんで今は南支部が弱ってて、手助けが必要なことも。だが、それ以前の問題として北と南だと物理的に滅茶苦茶な距離があることだ。
向かい合っているんだから当たり前だが、だったら両隣の東と西じゃダメだったのか。わざわざ北に頼んだんだから東と西は都合つかなかったんだろうが、要は面倒事を押しつけられているわけだし、事情は知っておきたいものである。
「無理だ。無用な争いの元になるからな」
迷いなく首を左右に振り、俺の素朴な疑問を一刀両断する。
「まず西は論外。アソコは世情的な問題で常にゴタついてるし、支部内の治安も悪い。公序良俗もクソもねぇから、連携なんぞしようもんなら報酬で揉めることになる」
「あーしもにしとくむのはやだぜ、アソコはほーしゅーにがめついれんちゅーしかいやがらねーかんな」
「報酬に関しては、お前も似たようなもんだぞ……」
「あーしはこーじょりょーぞくのはんちゅーだろ!!」
細い足をジタバタさせ、やいのやいのと金髪野郎と言い争うポンチョ女。しかし金髪野郎はポンチョ女の言い分など戯言と言わんばかりに軽くいなし、説明を続ける。
「東の場合、南のトップと東のトップが犬猿の仲でな……支部喧嘩名物って言われてるぐれぇ、毎年どんちゃん騒ぎで争うんだ。多分今回もお互いいがみ合って手は組まねぇだろうな……」
東支部のトップといえば、確か``剛堅のセンゴク``とかいうやつだったはず。南支部のトップはロボット軍団防衛戦のときに情報交換した``霊星のタート``だったが、あの二人仲が悪かったのか。正直めんどくさそうだし、あんまり深く関わり合いにならない方が良さそうだ。
「なるほど。だから消去法で俺らってワケか」
「まあロボット軍団のときに関わりがあったからな。それもあって頼みやすかったんだろうさ」
「んなことよりもレク!! あーしは? あーしがきかないとこーかいするってハナシはよ!!」
任務の詳細が聞けた以上、俺らから話すことはもうない。あとはじゃあ現地に行って南支部の連中と合流するだけだと思った矢先。ポンチョ女が椅子の上に立って何度もジャンプし、盛大に急かし始める。
ジャンプの衝撃でテーブルがガタガタと揺れるため、こぼれてしまわないうちに早々と飲み物を避難させる。
「はいはい、達成報酬がいくらかって話だろ?」
ポンチョ女のはしゃぎ様に若干引き気味の金髪野郎だったが、避難させていたブラックコーヒーを一口含み、足を椅子から降ろすよう促した。
「おう!! みなみまででばってがいこつがりすんだ、ほーしゅーはそれなりじゃねーとわりにあわねー」
「なんと驚け。報酬は……」
「ほーしゅーは……?」
「しめて金冠川幣五十枚ってとこだな」
「のったぁ!!」
一人大はしゃぎするポンチョ女だったが、金髪野郎は肩をすくめる。
そういえばあんまり深く意識していなかったが、この武市の通貨は``川幣``と呼ばれる紙幣と``川貨``と呼ばれる貨幣が使われている。通貨の単位は、どれも共通して``川``だ。
川貨は銅で作られた``銅冠川貨``、銀で作られた``銀冠川貨``、金で作られた``金冠川貨``がある。銅から一枚あたり一川、十川、百川だ。
川幣の方も銅色、銀色、金色の紙幣があって、銅から順に一枚あたり千川、一万川、十万川である。
金冠川幣五十枚となると、総額五百万川ってことになる。紛うことなき大金だ。
「言っとくが、一人あたり五百万じゃねぇぞ? 北に五百万、南に五百万だ。報酬は各支部の参加人数で等分配だぜ」
「なる。つまーり、あーしとコイツらのさんにんだから……ひとりあたりひゃくろくじゅーろくまんとあまりにまん!?」
「さりげなく俺を頭数から外すな! 俺も含めて四人、一人あたり百二十五万だ!」
「うえー、レクかせぎまくってるしいいじゃんさー。あーしにそのひゃくにじゅーごまんよこせよ!」
「出される報酬はきっちり貰う。それが俺の流儀なんでな」
やいのやいのと急に騒がしくなるポンチョ女。
俺としては正直金には困らんのでどうでもいいのだが、ここでどうでもいいと言おうものなら、ポンチョ女に報酬をぶんどられかねない。それはそれで癪なので、貰えるのなら俺たちもきっちり貰っておくことにしよう。タダ働きしてもらえると思われて舐められるのも嫌だし。
「あの、オレらは?」
飯を粗方食い終えたカエルが、次の注文を考える素振りを見せながら金髪野郎をメニュー表から覗き見た。
そういえば、コイツらはどういう扱いになるのだろうか。俺としては、多分。
「お前らは参加しても頭数扱いにはならねぇぞ。使い魔だから」
「ファ!?」
「下剤盛られてぇかオメェ!!」
「そんなバカな!! その報酬で新しいパンツ買おうと思っていたのに!!」
シャル、ナージ、ミキティウスが思い思いのブーイングをブチかます。一方で金髪野郎はどこ吹く風だ。
基本的にコイツらへのお小遣いは俺か御玲が支払っていたので、やはりコイツらに報酬は出ないらしい。使い魔扱いだし、仕方ないか。
「ごちゃごちゃうるせーぞテメーら! ウチのむーちゃんだってむほーしゅーなんだぞ! つかいまごときがグダグダいってんじゃねーよ!」
ポンチョの隙間から小型化した百足野郎がにゅっと顔を出し、中指代わりと言わんばかりにきりきりと不快音を打ち鳴らす。
つい最近まで寝てるか無口かのイメージだったのに、金になると性格が変わるタイプみたい。金は人を変えるって母さんが昔言っていた気がするが、まさかそれだろうか。いや、こんな奴らに取り分取られたくないだけな気もする。
「まあいいや。話もまとまったし、後は南支部の連中に連絡しなきゃなんねぇから、任務決行は明日の朝九時、集合は北支部正門前だ。遅刻すんなよ。特にブルーと新人、明日は気合で起きてこい」
「いや、まとまってないっすよ! オレらの報酬!」
「無賃金労働とか舐めてんだろ!! ウンコできりゃそれでいいけどよ!!」
「ボクのち◯ことお前のち◯こ、どっちがデカいかで勝負だ!!」
「お前ら俺や御玲から貰えんだからグダグダ言うな!! あとシャル、お前に関しては意味が分からん!!」
ぶーぶー文句吐きながら、周りをちょろちょろしやがる澄連。
まあ確かに百二十五万おあずけ食らうわけだから気持ちは分からんでもないが、どっちみち俺と御玲から報酬天引きしていく連中である。文句を聞く必要などないのだ。
「よーし。次の任務の目処もついたし、今日は帰るか!」
「は? まだ昼だぞ。なんでもいいから任務はこなせ」
いろいろやり切った感があったので、昼休み終わったら任務ちゃんとやろうとか言ったけどやっぱ家帰って明日に備えて惰眠でも貪るかと思ったが、金髪野郎の返事は速かった。俺が立ち上がる動作をすることすら許さず、俺を睨んでくる。
御玲からの視線も痛い。十五分後に任務受けると約束していた手前、何言ってんのコイツって感じの視線が凄く痛い。とりあえず澄連に助けを求めてみるが、悲しきかな。タダ飯食らっている立場でありながら、誰もが目を逸らしたのだった。
現在時刻は昼過ぎ、高校時代ならば昼休みぐらいの時間帯。俺たちは昼飯を食い終わり、次の任務に行くかどうかでグダグダと日当たりの良いテラス席で時間を潰していた。
「暇だな……」
「じゃあ早く任務に行きましょうよ」
「いやぁ……それは飽きたというかさ……」
「全く、だらしない」
「悪かったな、どうせ俺は怠け者ですよ」
空を見上げ、煙草を漫然と蒸かしながら、ゆっくりと流れる雲を考えなしに眺める俺。
確かに足も手もダラーってしているから、側からみればだらしないと思われても仕方がない。だが、それが俺なのだ。今更勤勉になるつもりはない。
「まあいいじゃないすか。梅雨入りでどんよりしてましたし、偶には晴れた日にのんびりするのも仕事のうちですぜ」
俺と同じく、これまただらしなく四肢を放り投げて寛いでいる黄緑色の蛙、カエル総隊長はコーヒーを啜りながら、ケーキを頬張る。
そんな俺とカエルを見て、御玲はため息をつくばかり。そんなに働きたいんだろうか、働き者の心理とは分からんものだ。
「流川本家の当主らしいっちゃらしいけどな」
「本家の当主なら当主らしくピシッとして欲しいですよ私は。それと、催したならトイレでしてきてくださいね」
椅子から立ち上がり、何を考えたのかテーブルの上でウンコ座りし始めた子熊のぬいぐるみ、ナージの頭を叩きトイレの方を指さす。渋々トイレへパタパタと飛んでいくナージの背を見やりながら、久々の晴れ模様を堪能する。
女アンドロイド戦以降はこれでもかと梅雨の応酬だった。雨と湿気の中、任務をこなすのはモチベがゴリゴリ削られて心が折れそうになる思いだったが、本部昇進に必要な下積みのためサボるわけにもいかず、ずっと雨にも負けず風にも負けずの毎日を過ごしてきたのだ。
俺がここぞとばかりに怠けるのも無理はないと思う。だって今、晴れているわけで。偶にはゆっくりと晴れ模様を堪能しつつカラッカラの風に当たりたいわけで。
「じゃああと十五分。十五分経ったら出ますよ。いいですね?」
「えー……」
「いーいーでーすーねー?」
「だぁー、わーった、わーった! 出る、出るからさ! そんな圧かけんなよ……」
痺れを切らした御玲からの最後通告。これ以上ダラダラしているとウチのメイドが流石にカチキレだすし、残り十五分、数少ない昼下がりの休憩を堪能するとしますか。
「そういえば、今更な話なんすけど」
ただ一匹無駄にドカ食いを続けるカエル総隊長は口元をソースでベッタベタ、頬袋一杯という凄惨たる状況で、俺に視線を投げてくる。
あまりに汚いので、御玲にハンカチでも渡してやれと顎をしゃくる。
「澄男さんってこの人類社会の頂点、``四強``の一人なんすよね?」
「ああー……そういえばそんな肩書きあったな。実感なさすぎて忘れてたわ」
空を見上げながら、初めて聞かされた頃のことを思い出す。
かつて親父に復讐するための情報収集の一環として、弥平から武市の主勢力を説明されたことがある。それが、``大陸八暴閥``のことであった。
武市の頂点に座する七つの大暴閥のうち、その頭領である八人の当主。それが``大陸八暴閥``である。
その八人の当主間にも序列があり、八人の中の上位四人の当主が``四強``。すなわちこの人間社会における武力最強の存在ってなわけである。
俺は何の因果か、その最強格の一人に勝手に祭り上げられていたのだった。
「それってあれだよね!! えっと……``禍焔``、``攬災``、``皙仙``、``終夜``だよね!!」
なんか謎にテンションが高い、裸エプロンを着こなす半裸の中年のぬいぐるみ―――シャルが身を乗り出して叫ぶ。
声がでけえし、股間出ているしで色々と最悪だが、とりあえず股間を隠してテンションを一段階落とすように耳打ちする。何故か「ああん……」と赤面して震えていたが、意味が分からんし嫌な予感しかしないので無視した。
「``禍焔``は澄男さん、``攬災``は弥平さんじゃないすか」
「不本意ながらな」
「んで、``皙仙``は裏鏡で」
「そうだな……」
「最後の``終夜``って、まだ出会ってないじゃないすか。どんな奴なんでしょうね。ここまで来たらコンプしたい欲が出てきちまうっすよ」
今にも飛び出しそうなデカい目玉を輝かせるカエル。別にそんな欲望は湧いてこないんだが、全く興味がないかと問われれば、それは嘘になるというのが本音だった。
弥平や弥平の父―――流川凰戟のオッサンの話では、``終夜``は花筏家の当代。絶賛放浪中の身で、身内すらその消息を掴めない存在とかそんなんだった気がする。
「花筏家って巫女さんがたくさんいる所だとか。巫女が着るパンツ……気になりますね」
小学生ぐらいの背丈した、青色のロン毛の少年―――ミキティウスは、真剣な面差しで戯言をほざく。
俺はそんなのこれっぽっちも気にならんのだが、花筏といえば、ウチとタイマン張れるほど強え連中であり、当然``大陸八暴閥``の一角である。むしろ流川と並び称されるほど有名な、知らぬ者のいない大暴閥だ。俺は弥平に聞くまで、そんなに有名だったとはこれっぽっちも知らなかったけど。
「本部昇進のための実績を積む日課に加え、``終夜``も探さねばなりませんね。課題は山積みです」
カエルたちに触発されて、御玲がまたストイックなことを言い出した。
俺たちの当面の目標は本部への昇進。巫市との国交樹立の足がかりを築くことだが、それとは別に花筏との同盟も任務請負人として過ごす目的の一つである。
花筏との同盟をやる意味は、流川家の当代―――つまり俺と花筏の当代が、些細ないざこざで戦争しないようにするためである。
理由は簡単で、流川と花筏の総力は拮抗しており、戦争になってしまうとどちらかが滅び去るまで終わらない泥沼合戦が始まってしまうからだ。
今から三十年以上前に終わった、二千年間続いたって言われている``武力統一大戦時代``。流川と花筏は一歩も譲らない熾烈な戦いを繰り広げていたが決着がつかず、お互い疲弊するのもどうかということで凰戟のオッサンの名の下、当時当主だった母さん―――流川澄会と当時の花筏家当主が和平を結び、それでようやく戦争を終わらせたほどである。
だからこそ今はそれなりに平和なわけだが、時代とともに両家とも当主が変わってしまった。何か些細なことで当主である俺と花筏の当代が敵対すれば、俺らの胸先三寸で再び大戦時代の幕が上がってしまう。個人的にも流川家全体的にも、そんなクソ面倒な事態はゴメンだった。
「面倒な話だぜ、出会ったこともない奴と同盟なんざ……」
「それは向こうの当主様とて同じだと思いますけど……」
そもそもその気すらあるのか疑わしい、それが御玲の推測だった。
俺と御玲も、そして弥平も。誰も``終夜``に出会ったことはない。顔も見たことすらなく、雲隠れがクソみたいに上手すぎて、その正体に迫ることもできていない存在だ。
分かっているのは巫女であること。つまり当主は女であることと、俺と同じくらいの歳だということだけである。
「まあ、ここでソイツのこと考えてもしゃーなくね? こっちから探せねぇし、そもそもそんな急ぐ要件でもねぇし」
手を頭の後ろに組み、椅子を斜め四十五度に傾けながら、煙草の煙をみんなに向かって吐き散らかす。
確かに御玲の言うように、``終夜``探しは巫市の国交樹立と同じくらい主目標だ。後々のクソ面倒を回避する意味合いでも、いつかは必ず達成しなきゃならない。
でも探そうと思って見つけられない以上、ストイックになったところでしんどいだけである。焦ってどうしようこうしようと考えること自体が、徒労な気がするのだ。
そんな無駄骨を折るのなら、本部昇進のため、やるだけクソつまらない下積み任務をこなしている方が、幾分かマシだった。
御玲の顔から呆れと諦観がひしひしと伝わってくるが、俺は負けない。それ以外に目処の立てようがないのだ。仕方ないと割り切ってほしいと心から思った。
「よう、お前ら! 久しぶりだな」
話が一区切りついて、休憩時間も残りわずか。嫌だな、任務行きたくないな、さっき幾分かマシって思ったけどいざこなすとなると士気上がらんしいっそのこと帰りたいなとか考え始めた矢先、沈黙を掻い潜るように、背後から聞き覚えのある声がした。
こんなときに誰だと思いながらも、めんどくさげにソイツへ振り向く。声に聞き覚えがあったように、顔もまた見覚えのある奴だった。
「何してんだお前ら」
「見て分かんだろ。昼休みだよ昼休み」
「学生か!!」
傭兵みたいな服装ばかりが目立つ北支部では見慣れない洒落た服装と、整えられた金髪から漂う貴族感とは裏腹に、目尻の鋭さとつり目が素行不良を思わせる青年。俺たちが務める任務請負機関北支部のエース、``閃光のホーラン``ことレク・ホーランその人だった。
女アンドロイド討伐戦以来、話すことはおろか、顔すらほとんど見てなかった。なんだか新鮮な感じである。
「なんだその腑抜けたツラは。五月ならもうすぎてんぞ」
早速レク・ホーランこと金髪野郎の目が吊り上がる。また小言を言われるのかと思うと途端に面倒くささが心中を横たわり、無造作に頭をかきむしる。
「五月病じゃねぇよ。あの女アンドロイド戦以降、梅雨が張り切ってたから、この晴天日和を堪能してたの」
「なるほど。で、いつから昼休みしてんだ?」
「えー……と。どれぐれぇだっけ。かれこれ小一時間ぐれぇじゃねぇか?」
「一時間!? お前ら、こんなとこで一時間もダラついてんのか!?」
「ンだよ悪りぃか」
「悪かねぇけど……勿体ねぇぞ。一時間ダラついてる間にも、美味しい任務はとっとと売り切れちまうってのに……」
「んなこと言われても似たようなのばっかでもう飽きたぜ……」
「飽きたとかじゃなくて、これ仕事だから。遊びじゃねぇから。任務請負人なら暇ある限り任務を請け負え。それが筋ってもんだ」
俺の言い分を次々と跳ね除けていく金髪野郎に、任務請負証で、いま受注可能な任務を渋々視界に一覧表示させる。
任務請負人には、就職するときに任務請負証ってのが発行される。それは別にカードになっているわけじゃなく魔法陣であり、手に取ると体の中に吸収されて視界にいろんなオブジェクトが表示されるようになる代物である。
これで相手の肉体能力を測定したり、ペナルティを確認したり、請け負える任務を確認したり、任務受注を申請したりと、色んなことがこれ一つでできてしまう。操作は頭の中でイメージするだけでできるから、クソ簡単だ。
「……マトモなのがねぇんだよ。虫取りも飽きたし、採取なんてかったるくてやってらんねぇし」
とりあえず任務請負フェーズの高いものからざっと流し見ていくが、琴線に響きそうにないものばかりで任務に赴くモチベがゴリゴリ目減りしていく。
任務には全て``任務請負フェーズ``っていう難易度の格付けが成されており、大概の請負人は、それを基準にどの任務を請け負うかを決めている。そして明らかに無理がある条件で受注申請した場合は、請負証が任務受注を強制却下するシステムになっている。
理由は簡単で、自分の能力に見合わない難易度の任務を受けたところで成功などしないし、下手したら死ぬ可能性も十分あるからだ。高額報酬欲しさに自分の身の丈に合わない任務を受けて、失敗したり大怪我したり最悪死んだりする間抜けが湧くのを未然に防ぐってわけである。
任務請負フェーズは高い順にG,S,A,B,C,D,E,Fの八段階あるのだが、支部勤めだと最大でフェーズCまでの任務しか受けられない。フェーズCは討伐任務分野だと全能度二百から三百程度の敵を倒す任務だが、俺らからしたら雑魚すぎてワンパンで終わってしまうから、作業感がどうしても否めないのである。
だからこそB以上を受けたいが、B以上は本部の奴ら限定任務であり、本部に昇進しない限り受注できない。受注すらできないってことは、支部勤め程度では達成するのがかなり難しい任務ってことなのだろう。
とどのつまり、結局フェーズC辺りをチマチマやるしかない、ってのが現状なのだ。
ちなみにG,Sに至ってはポンポンポンポン出るもんじゃない、いわゆる緊急任務ってやつだが、それはあまりやりたくない。前に戦って大苦戦した女アンドロイドと、その麾下にあったロボット軍団討伐任務はフェーズSだったが、あの規模の敵を毎度毎度相手していたらそれはそれで堪らない。
アンドロイド戦の後に御玲から聞いた話だが、フェーズS以上の任務は達成しても報酬は出ないらしい。任務請負機関曰く、緊急任務の報酬は自分の命だそうだ。
命あっての物種って言葉があるが、まあ女アンドロイドみたいなバケモノが出てきうるのだ。報酬だのなんだの言っている余裕もないのは分かる気がした。
俺の本音を分かりやすくまとめると、程よく準備運動程度になる奴をコンスタンスに相手したい、である。
「ったく贅沢言ってんじゃねぇよって話だが、お前のことだ。んなこったろうと思って、俺が誘いに来たわけだ」
得意げに、親指で己を指さす金髪野郎。嫌な予感しかせず、眉を顰める。
「そんな顔すんなよ。なーに、今回の任務は前ほどじゃねぇさ。でもやり甲斐はあるぜ。なんたってスケルトン討伐だからな」
「へー……」
「待ってください。スケルトン討伐? どうして支部勤めのあなたが、そのような高難度任務を?」
「うっ……! くそ、メイドの方は察しがいいな……」
「……ん? は? なに?」
何故か御玲がジト目で金髪野郎を睨み、金髪野郎にしては珍しく金髪を掻きむしりながら目を泳がせる。状況についていけていないのは俺と、話を半ば聞かず飯をガツガツ食っている澄連だけだ。
「んあー……まあ……依頼されてよ。本部の……その……顔見知りに、な?」
「機関則には、支部の請負人はB以上の任務を受けられないはずでは?」
「待て待て待て待て。お前らだけで話進めんなよ。そのスケルトン討伐って、そんな難易度高いのか?」
何も分かってない俺に、二人はお互い顔を見合わせる。何故か金髪野郎が肩を竦め、御玲が盛大にため息をついたのが癇に障るが、知らない俺にも非がある。ここは黙っているのが得策だ。
「……本来、スケルトン討伐任務はフェーズA任務。任務請負官の中でも、限られた一握りしか受けられない高難度任務です。支部勤めの請負人など実力的に話にならないので、絶対に受けられないはずなんですが……」
「通常なら、な。でも``指名``された場合は、その限りじゃねぇのさ」
「``指名``? 名指しされることなんてあんの?」
「お前、機関則読んでないな? 読んどけって前にも言ったよな?」
「だってお前に教えてもらった方が速いし確実だもん」
「だもん、じゃねぇよ……」
盛大に呆れ顔で俺を睨む金髪野郎。俺は口を尖らせながらそっぽを向く。
しばらく膠着した状況が続いたが、このままじゃ話が前に進まないと判断したのか。根負けしたのは金髪野郎の方だった。
「じゃあ説明してやるが、一回しか言わねぇ。耳かっぽじってちゃんと聞けよ?」
俺たちと向かい合うようにソファにどかんと座り、これまた懇切丁寧に``指名``とは何たるかを説明してくれた。
任務受注は通常、任務請負人が請負証から行うのが本来のやり方だが、請負人としてある程度ネームバリューが形成された請負人は、時折依頼者から名指しされることがある。そういうケースを``特待受注``という。
特待受注は、余程の大きな、それこそ差し迫った事情があるか、社会的地位に大差がない限り断ることができない。それはルールで決まっているわけではなく、名指しされたら請け負うってのが、請負機関の暗黙の了解だからだ。
今回、なんと金髪野郎は請負機関本部を切り盛りしているという超お偉いさんから名指しで依頼されたため、断ることはできなかったそうな。
その超お偉いさんのことが気になったので問いかけると「お前たちはまだ知らなくていい……知るにはまだ早すぎる」などと、冷汗を浮かべながら目を逸らし、全く説明してくれなかった。
金髪野郎の態度から、なんか面倒くさそうな事情を察した俺たちは、嫌な予感しかしなかったので触れないことにしておいた。
「説明は以上だが新人、いい加減機関則は読んでおけ。今回は出勤一か月も経ってねぇ新人ってことで、特別大サービスで懇切丁寧に説明してやったが、今後は頼まれても説明しない。知らなかったらお前の責任になるからな」
「だ、そうだぞ御玲。分からんときはお前に聞くから、ちゃんと覚えといてくれよ?」
「あなたが覚えるんですよ!! もう!! そろそろ興味がなくても覚える努力をしてください!!」
「えー…………」
口を尖らせながら、椅子に深く腰掛ける。
なんで俺がそんなクソ面倒なことを覚えなきゃならんのだろうか。誰かが覚えて、俺が分からんときに逐一聞くようにする方が確実だし速いと思うんだよ。俺、どうせ忘れるし。
「で、どうする? やるか?」
機関則覚えるかどうかで御玲と揉めていたら、金髪野郎が催促してきた。そういえば、まだ返事をしていなかった。
「どうせここでダラつきながら、フェーズC任務の一覧スクロールして延々とグダグダするだけなんだろ? だったら俺と来いよ。スリルも味わえて実績も倍積めて一石二鳥だぞ」
「それは美味しいな……でも……」
御玲や澄連を見渡した。俺はともかくとして、コイツらはどう思うか。コイツらが乗り気じゃないなら、俺としては行きたくないんだが。
「澄男さん、やりやしょうぜ!! オレたちもC任務には飽きてきたところなんすよ!!」
「ボクもそろそろ別のち◯こがほしくなってきたところ!!」
「お、おう? お前らすげぇ乗り気だな……まあ確かに飽きてきたのが最大の理由だが……」
「澄男さま、私もやりたいです。実績が倍になるのならば、これを逃す手はありません」
「御玲も乗り気か……んじゃあ俺としても拒む理由はないな」
満場一致。トイレに行っているナージと一人パンツの選定に没頭しているミキティウスがいるが、多数決ってやつである。俺は首を縦に振った。
「おし、そうこなくちゃな!」
俺の答えを聞いて、金髪野郎は嬉々とした表情で立ち上がる。
「んじゃ、もう一人追加要員交えて詳細説明と行こうか」
「追加要員?」
金髪野郎が親指で背後を指さす。
奴が指さす先、北支部の隅っこで巨大百足に抱かれてすやすやと眠る、黒いポンチョを着た少女が、そこにいた。
「んぅ……すけるとん……とーばつ? レク、すきだねー?」
「そんなんじゃねぇよ、相性が良いだけだ」
金髪野郎に起こされて、俺たちが座るテラス席まで早速連れてこられたポンチョ女ことブルー・ペグランタンは、眠たそうな目を肩で盛んに擦る。
寝癖塗れで頭が大惨事になっているが、本人は気にしている様子はない。
「つーか、なんであーし?」
「むーさんがいると効率上がるからな」
「あーしにめりっとがねー……」
「いんや、ある。むしろ断れば、お前はきっと後悔すんぞ?」
「……チッ。きくだけきいてやらー」
御玲の隣にどすんと座り、氷菓を注文する。金髪野郎もブラックコーヒーを注文し、俺たちと向かい合うように再び席についた。
「んじゃ、詳細話すぜ。まずこの任務だが、名目上は南支部防衛任務ってことになっている」
「そりゃまた意味が分かんねぇな」
「だろう? なんで北支部の俺らが、よその支部の面倒をみなきゃなんねぇのかって話になるだろ?」
俺も御玲も、そしてポンチョ女も、うんうんと頷く。
俺たちは北支部所属の請負人。自分が所属する支部を防衛する義務こそあれど、よその支部まで守る義理はない。自分の大事なもんは自分で守ってこそだからだ。 しかし金髪野郎は俺たちの反応を予想していたのか、得意げな表情で人差し指を立てた。
「だが思い出せ。俺たちは数日前、女アンドロイドとその軍団と一戦交えただろ?」
「ああ。でも、それがどうした」
「ありゃあ北支部だけじゃねぇ。他の支部の連中と本部の請負官まで出張った、半ば総力戦に近い大規模緊急任務だった」
数日前の慌ただしさを思い出す。街のほぼ全域を埋め尽くすほどのロボット軍団が、何の前触れもなく押し寄せてきて、東西南北にある支部を襲撃した。
そのロボット軍団を操っていたのが、俺たちが大苦戦の末、なんとか倒せた女アンドロイドだったわけだが、俺たちは女アンドロイドにかかりっきりで結局のところ支部防衛戦がどんな様相だったのかは詳しく知らない。俺たちがあらためて支部に顔を出した頃には、既にロボット軍団は壊滅していたからだ。
女アンドロイドという首魁を失ったからだろうが、それでもかなりの戦いだったことは想像に難くない。実際、北支部も元の雰囲気に戻るまでに結構時間がかかっていたし。
「だから、今の請負機関は疲弊してるってわけよ。そんなとき、南支部周辺にスケルトンの目撃報告が出た」
金髪野郎の話は続く。
南支部がある中威区南部は、俺たちのいる北部と違って山脈に近い影響か、半ば限界集落と化した荒地である。人はおろか家屋すら疎らにしかなく、南支部の存在意義は、南方に聳え立つ巨大山脈―――南ヘルリオン山脈から北上してくる魔生物の行く手を阻むことにある。
だが、ロボット軍団を追っ払うのに力を使っちまった今。
「スケルトンに抗う力が不足している、のだそうだ。このままスケルトンがマジで人里に降りてきた場合、南支部とその周辺地域は致命的な打撃を受けかねない」
疲弊したところに魔生物が攻めてくる。確かに、そんな状況じゃ抵抗するのは難しいだろう。とはいえ、俺としては話を聞いてもなんだか緊迫感に欠ける点が拭えなかった。
「思うんだがさ、スケルトンってアレだよな? あの骸骨のやつ」
「そうだぞ? まさか、お前……」
「いやいやいやいや。流石にそのくらいは知ってるよ。でもなぁ……スケルトンって、そんな目くじら立てるような奴なのか?」
話を聞いても緊張感に欠ける点、それはスケルトンの強さだ。
スケルトンは人型の骸骨の姿をした魔生物。夜とか薄暗い森にどこからか現れては、手当たり次第に襲いかかる厄介な奴だが、そんなのは流川本家領で腐るほど見てきた。特に俺の母さんなんか、ドラゴンと同じくらいのテンションで乱獲していたくらいだ。
俺は直接戦ったことはないが、正直苦戦するとは思えない。母さんが勝てるんだから、俺が勝てない道理はないのだ。
「お前、スケルトンがどんだけやべぇか理解してねぇな……」
「理解も何も、言うほどヤバくないだろと……」
「確かに外見こそ人の姿をした骸骨だぜ? でもその強さは災害だ。たった一体で、国が滅びるくらいにはな」
「……え?」
たった一体で、国が滅ぶ。あまりに現実離れした言い分に、思わず目を丸くする。
「スケルトンは物理攻撃を一切無効にしてくる上、魔法防御もクソ高いから魔術程度じゃカスダメも入りゃあしない。さらには火と光属性以外は全部効かない始末だ」
「そ……だっけ?」
「物理攻撃、魔法攻撃力もクソ高く、敏捷、回避も高水準。終いには根源を絶たない限り、何度でも復活してくるからほぼ不死ときた」
「えぇ……!? そ、そんなん……」
「さらには……」
「まだあんの!?」
「アイツらには接触した奴を徹底的に弱体化させる固有能力と、自分に向かって使用された一切の固有能力を無効化する固有能力を標準装備。まさに骸骨のバケモノってわけさ」
もはや、言葉にならない。それって魔生物じゃなくてラスボスか何かじゃなかろうか。
滅ぶ程度ならまだマシだ。そんなバケモンが人里に降りようもんなら、その人里は消滅するだろう。遺跡が残れば、御の字ってところだろうか。
「スケルトンで滅んだ国や街、村なんていくつもあるし、大国を守護する英雄級の強者でさえ、ワンパンで殺られたって記録もあるんだぜ? 目くじら立てるのも分かるだろ?」
頷くしかなかった。戦ったことがないだけに、割とかなり舐めていた。
だが、それだと平然とそんな奴らを日常的に倒していた母さんは、一体何なんだろうか。まあ元から俺の母さんはおかしかったから、今更か。
「ま、要は助け合い。南支部が困ってるから、我が北支部が助けようぜってところだな」
金髪野郎が良い感じに話をまとめにかかるが、そこで粗探しに自信がある俺がすかさず待ったをかける。
「他の支部はどうなんだ? 北と南って結構距離あるぜ?」
砂糖とミルクだらけにしたクソ甘カフェオレを口に含む。
スケルトンが脅威なのは分かった。そんで今は南支部が弱ってて、手助けが必要なことも。だが、それ以前の問題として北と南だと物理的に滅茶苦茶な距離があることだ。
向かい合っているんだから当たり前だが、だったら両隣の東と西じゃダメだったのか。わざわざ北に頼んだんだから東と西は都合つかなかったんだろうが、要は面倒事を押しつけられているわけだし、事情は知っておきたいものである。
「無理だ。無用な争いの元になるからな」
迷いなく首を左右に振り、俺の素朴な疑問を一刀両断する。
「まず西は論外。アソコは世情的な問題で常にゴタついてるし、支部内の治安も悪い。公序良俗もクソもねぇから、連携なんぞしようもんなら報酬で揉めることになる」
「あーしもにしとくむのはやだぜ、アソコはほーしゅーにがめついれんちゅーしかいやがらねーかんな」
「報酬に関しては、お前も似たようなもんだぞ……」
「あーしはこーじょりょーぞくのはんちゅーだろ!!」
細い足をジタバタさせ、やいのやいのと金髪野郎と言い争うポンチョ女。しかし金髪野郎はポンチョ女の言い分など戯言と言わんばかりに軽くいなし、説明を続ける。
「東の場合、南のトップと東のトップが犬猿の仲でな……支部喧嘩名物って言われてるぐれぇ、毎年どんちゃん騒ぎで争うんだ。多分今回もお互いいがみ合って手は組まねぇだろうな……」
東支部のトップといえば、確か``剛堅のセンゴク``とかいうやつだったはず。南支部のトップはロボット軍団防衛戦のときに情報交換した``霊星のタート``だったが、あの二人仲が悪かったのか。正直めんどくさそうだし、あんまり深く関わり合いにならない方が良さそうだ。
「なるほど。だから消去法で俺らってワケか」
「まあロボット軍団のときに関わりがあったからな。それもあって頼みやすかったんだろうさ」
「んなことよりもレク!! あーしは? あーしがきかないとこーかいするってハナシはよ!!」
任務の詳細が聞けた以上、俺らから話すことはもうない。あとはじゃあ現地に行って南支部の連中と合流するだけだと思った矢先。ポンチョ女が椅子の上に立って何度もジャンプし、盛大に急かし始める。
ジャンプの衝撃でテーブルがガタガタと揺れるため、こぼれてしまわないうちに早々と飲み物を避難させる。
「はいはい、達成報酬がいくらかって話だろ?」
ポンチョ女のはしゃぎ様に若干引き気味の金髪野郎だったが、避難させていたブラックコーヒーを一口含み、足を椅子から降ろすよう促した。
「おう!! みなみまででばってがいこつがりすんだ、ほーしゅーはそれなりじゃねーとわりにあわねー」
「なんと驚け。報酬は……」
「ほーしゅーは……?」
「しめて金冠川幣五十枚ってとこだな」
「のったぁ!!」
一人大はしゃぎするポンチョ女だったが、金髪野郎は肩をすくめる。
そういえばあんまり深く意識していなかったが、この武市の通貨は``川幣``と呼ばれる紙幣と``川貨``と呼ばれる貨幣が使われている。通貨の単位は、どれも共通して``川``だ。
川貨は銅で作られた``銅冠川貨``、銀で作られた``銀冠川貨``、金で作られた``金冠川貨``がある。銅から一枚あたり一川、十川、百川だ。
川幣の方も銅色、銀色、金色の紙幣があって、銅から順に一枚あたり千川、一万川、十万川である。
金冠川幣五十枚となると、総額五百万川ってことになる。紛うことなき大金だ。
「言っとくが、一人あたり五百万じゃねぇぞ? 北に五百万、南に五百万だ。報酬は各支部の参加人数で等分配だぜ」
「なる。つまーり、あーしとコイツらのさんにんだから……ひとりあたりひゃくろくじゅーろくまんとあまりにまん!?」
「さりげなく俺を頭数から外すな! 俺も含めて四人、一人あたり百二十五万だ!」
「うえー、レクかせぎまくってるしいいじゃんさー。あーしにそのひゃくにじゅーごまんよこせよ!」
「出される報酬はきっちり貰う。それが俺の流儀なんでな」
やいのやいのと急に騒がしくなるポンチョ女。
俺としては正直金には困らんのでどうでもいいのだが、ここでどうでもいいと言おうものなら、ポンチョ女に報酬をぶんどられかねない。それはそれで癪なので、貰えるのなら俺たちもきっちり貰っておくことにしよう。タダ働きしてもらえると思われて舐められるのも嫌だし。
「あの、オレらは?」
飯を粗方食い終えたカエルが、次の注文を考える素振りを見せながら金髪野郎をメニュー表から覗き見た。
そういえば、コイツらはどういう扱いになるのだろうか。俺としては、多分。
「お前らは参加しても頭数扱いにはならねぇぞ。使い魔だから」
「ファ!?」
「下剤盛られてぇかオメェ!!」
「そんなバカな!! その報酬で新しいパンツ買おうと思っていたのに!!」
シャル、ナージ、ミキティウスが思い思いのブーイングをブチかます。一方で金髪野郎はどこ吹く風だ。
基本的にコイツらへのお小遣いは俺か御玲が支払っていたので、やはりコイツらに報酬は出ないらしい。使い魔扱いだし、仕方ないか。
「ごちゃごちゃうるせーぞテメーら! ウチのむーちゃんだってむほーしゅーなんだぞ! つかいまごときがグダグダいってんじゃねーよ!」
ポンチョの隙間から小型化した百足野郎がにゅっと顔を出し、中指代わりと言わんばかりにきりきりと不快音を打ち鳴らす。
つい最近まで寝てるか無口かのイメージだったのに、金になると性格が変わるタイプみたい。金は人を変えるって母さんが昔言っていた気がするが、まさかそれだろうか。いや、こんな奴らに取り分取られたくないだけな気もする。
「まあいいや。話もまとまったし、後は南支部の連中に連絡しなきゃなんねぇから、任務決行は明日の朝九時、集合は北支部正門前だ。遅刻すんなよ。特にブルーと新人、明日は気合で起きてこい」
「いや、まとまってないっすよ! オレらの報酬!」
「無賃金労働とか舐めてんだろ!! ウンコできりゃそれでいいけどよ!!」
「ボクのち◯ことお前のち◯こ、どっちがデカいかで勝負だ!!」
「お前ら俺や御玲から貰えんだからグダグダ言うな!! あとシャル、お前に関しては意味が分からん!!」
ぶーぶー文句吐きながら、周りをちょろちょろしやがる澄連。
まあ確かに百二十五万おあずけ食らうわけだから気持ちは分からんでもないが、どっちみち俺と御玲から報酬天引きしていく連中である。文句を聞く必要などないのだ。
「よーし。次の任務の目処もついたし、今日は帰るか!」
「は? まだ昼だぞ。なんでもいいから任務はこなせ」
いろいろやり切った感があったので、昼休み終わったら任務ちゃんとやろうとか言ったけどやっぱ家帰って明日に備えて惰眠でも貪るかと思ったが、金髪野郎の返事は速かった。俺が立ち上がる動作をすることすら許さず、俺を睨んでくる。
御玲からの視線も痛い。十五分後に任務受けると約束していた手前、何言ってんのコイツって感じの視線が凄く痛い。とりあえず澄連に助けを求めてみるが、悲しきかな。タダ飯食らっている立場でありながら、誰もが目を逸らしたのだった。
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