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覚醒自動人形編 下
決戦! VSテスカトリポールRevision5
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どれほど長い時間、殴り続けただろうか。女アンドロイドは近接戦闘力だけじゃなく、耐久力も化け物地味ていた。
久三男からは経年劣化しているって話だったが、劣化を微塵も感じさせない外骨格の堅さは尋常じゃない。あくのだいまおうとパオングの力で、肉体能力が魔改造されてなお、奴が倒れる気配はない。
力的にも数的にも俺らの方が優勢なのに、コイツは己の耐久力のみで戦線を維持している。奴の狙いはバカな俺でも予想がついた。俺たちがバテるのを待っているのだ。
俺と御玲は肩で息をしながら、顔に滴る汗を拭う。
明らかに俺と御玲の継戦能力は落ちていた。いくら体力が並外れているとはいえ、限界以上に身体能力が強化された状態で休みなし、ずっと戦い続けているのだ。俺や御玲だって生き物だし、疲労からは逃れられないものがある。
その点、女アンドロイドは疲れ知らずだ。劣勢を強いられながらも、継戦能力は衰えている様子がない。底なしのスタミナで、形勢逆転の好機をずっと窺っている。
「くっ……なんて堅さですか……」
「所々皮膚が剥げ落ちてんだけどな……」
女アンドロイドは衰えてこそいないが、身体はかなり痛めていた。筋肉組織は所々剥げ落ち、骨に相当する虹色に光る近未来的な金属部分が露出している。
だが、その金属部分がとにかく堅い。
どれだけ殴ろうが蹴ろうが、至近距離で焼き尽くそうが凍らそうが、全く壊れる様子がない。表面の血肉が剥げ落ちたまでは良かったが、肝心の外骨格が壊せないんじゃ、倒しようがないのである。
「特にコイツの頭……馬鹿堅いぞ……俺も存外石頭の自信があったのに……」
頭の一部が剥げ落ち、頭蓋骨が露出した女アンドロイドの頭を恨めしく見やる。
女アンドロイドは全体的にどこの骨格もありえないほど堅いんだが、頭蓋骨―――黄緑色に光る金属の膜みたいなものは、外骨格なんて比較にならないくらいに堅かった。
全力で殴れば、反作用で俺の拳と腕がぐちゃぐちゃにへしゃげるほどの堅さである。
持ち前の再生能力で腕がへしゃげた程度どうとでもなるとはいえ、軽い気持ちで頭突きなんぞやっていたら、脳味噌がざくろみたく爆発四散していたことだろう。
「脳味噌はどう足掻いても潰せない。だったら他の部分をぐちゃぐちゃにする必要があるが、それもできん……」
結論、パワー不足。あくのだいまおうによる意味不明なまでの強化とパオングの肉体強化魔法の重ねがけをもってして、コイツをぶっ壊すだけのパワーが依然として足りないのだ。
「竜人化すれば……」
「やめておけ。既に限界以上の力を抱えているその状態でリミッターを解除すれば、制御不能になるだけだ」
御玲に回復魔法をかけていたパオングが、低い声音で鋭く指摘してくる。
確かに、今でももういっぱいいっぱいだった傷は持ち前の再生能力で絶えず癒えているが、スタミナの消耗は隠し切れないくらいになっている。俺の持つこの不死の力は、何故かスタミナだけは回復してくれない。傷は塞がるのに、疲れだけ溜まっていくのだ。
既に身体は、十個以上の重りでもつけてんじゃねぇかってくらい重く感じている。そんな状態でリミッターを解除すれば、癪だが残り少ないスタミナでは制御しきれない可能性があった。
想像絶する力を手にできる代わりに、制御不能の暴走状態になる。
俺一人だけなら一手としてあり得たが、御玲やパオングもいるこの状況で、疲れ切っている味方に誤射るのは致命的打撃になりかねなかった。
「だったらどうすれば……」
『兄さん』
万策尽きたかと思ったそのとき、脳裏に響く見知った声音。愚弟こと久三男が、俺の意識に乱入してくる。
『中枢に干渉できた。彼女とも話したよ』
『それで、どうなんだ?』
『彼女の``管理者``になり申した』
『どうしてそうなった……?』
唐突の意味不明発言。精神力ギリギリのこのときに、タチの悪い冗談は正直不快だ。それが分からん愚弟でもあるまいに、この期に及んで何の真似なのか。
『要するに、彼女は僕たちの味方にできるってことさ。厳密には僕の、だけどね』
『ああ……そうなの? つっても今見る限りバリバリ敵意丸出しなんだけど……?』
久三男は奴の精神世界とやらでどんな話をしていたのか、事細かに話してくれる。
正直今は切羽詰まっているから重要なことだけをまとめて簡潔に話して欲しいのだが、愚弟のテンションが謎に高く、楽しそうだったので今回は見逃すことにした。楽し気な久三男を想像して、ちょっと疲労が和らいだからだ。
『要するに暴走状態にあると』
『まあ似たようなものかな。動力源を破壊すれば止まるって』
『簡単に言ってくれるぜ……』
久三男は戦場に立つことがないから、割と平然とした顔で無茶振りかましてくるが、今回に至ってはその無茶振りが一層重くのしかかる。
動力源を破壊する。それはつまり、女アンドロイドの身体の中身をぶっ壊せって意味であり、それをするにはクソ堅い外骨格を突破しなきゃならない。
殴る蹴る、はたまた焼き尽くすも効かない相手の中身を、どうブチ壊せってんだろうか。それに、だ。
『ぶっ壊しちまったら、もうこれ動かなくなるぞ。捕獲の意味よ』
久三男からは捕獲してほしいと言われたから方針転換したわけだが、動力源をぶっ壊せば動かなくなることくらい、機械に疎い俺でも分かる。だったら最初から討伐でよかったのでは、と思わずにはいられない。
『頭さえ残ってれば、僕が修理すればいい。簡単なことさ』
久三男から明確な、迷いが一切感じられない否定の意志が送られてきた。思わず反論の手が緩んでしまう。
そりゃ面と向かって、こんな得体の知れないアンドロイドを壊して直す、とか言われたら言葉に詰まるってもんである。それも簡単なことだとすら言い張って。
本人に迷いがあるなら容赦なく反論してやったが、久三男には一切の迷いがなかった。というか否定する暇すら与えない気迫が、霊子通信回線を伝って感じられた。
思わず笑いが漏れる。堪えようのないくらい面白くて、正論ブチかますのもアホらしくなってしまった。
『そうかい、だったら遠慮はいらねぇな』
俺も負けじと気迫を霊子通信回線に送り込む。
弟が覚悟を決めたのだ。だったら兄である俺もその覚悟に応えないと男が廃るってもんである。
『どう修理すんのか知らんが、気合入れて修理しねぇと二度と動かねぇガラクタになっちまうぜ? 俺は壊すのは得意だからな』
『ははは。僕は創るのが得意だから。ガラクタをチートアイテムに魔改造することに関して、誰にも負けない自信があるよ』
『つまり俺の逆を行くってか? おもしれぇ。それでこそ俺の弟だ』
俺も久三男も気合充分。あとは倒す算段を立てるだけだ。
『外骨格が堅すぎて手が出せん』
『だったら貫通させるしかないな。集束光線か何かで』
『要はビームで心臓を貫けってことか?』
『雑に言えば』
刺突系の攻撃で一箇所を的確に貫く。確かに、殴る蹴るも焼き尽くすも通じないのなら、一点突破に全振りした霊力のビームで貫くしか方法はない。
今のところこの場には霊力関係の扱いに長けたパオング、霊力タンクの俺、そしてランサーの御玲がいる。極限まで磨き上げた刺突攻撃を行えるだけのメンツは揃っていた。
『僕は彼女のバックアップをとる。いざってときは、僕の霊子コンピュータの中に一時的にデータを凍結させておいて復元するから』
『よー分からんが頼んだ』
久三男がなんかやろうとしているが、正直聞いたところで理解できる気がしない。久三男のことなので、大丈夫だろう。
俺と御玲とパオングはとにかくアイツの動力源をぶっ壊す。ただそれだけを考えればいい。シンプルイズベストってやつだ。
『御玲、パオング! 聞いてたな?』
『分かってます』
『心得ておる』
『うし! 俺が霊力を供給する。御玲は槍投げ、パオングは霊力制御を頼む』
役割分担もまた簡単。俺は基本、霊力を力一杯ぶつけて効率よく焼き尽くすことは得意だが、一点突破で貫く系は細々とした制御が必要になるから苦手なのだ。
俺がやると確実に失敗するので、攻撃は刺突攻撃を得意とする御玲に任せ、細かい制御をパオングに任せる。
パオングなら、俺の莫大な霊力を最高効率で貫通力に変換してくれるだろう。物理的にも霊力的にも、最強の投擲攻撃ができるはずだ。
『御玲!!』
霊子通信で投擲準備をさせる。受け取った御玲は槍を持ち、投擲の態勢をとった。俺はそれに、大量の霊力をブチこむ。
このままだとただ単に霊力をブチこんだだけの槍だ。御玲には投げることに集中してもらいたいから、あとはパオングに仕上げをさせる。
『``集束化``』
聞き慣れない魔法が脳内で響いた。目に見えて霊力の流れが整えられていく。刺突に特化した、鋭利な霊流へと。
『隙を見て投げろ!』
避けられたら意味がない。槍に注意が向いた時点で終わるので、俺が体を張って奴の注意を惹きつける。
なんなら俺ごと貫いてもらってもいいくらいだが、問題はない。投げるタイミングは予想がつく。俺が貫かれる寸前に、射線から外れるくらい簡単なことだ。
あくのだいまおうとパオングによるバフで極限まで強化された肉体に鞭を打ち、女アンドロイドの反撃の隙すら与えずタコ殴りにする中、背後からの接近を悟る。
飛翔体と言うべき何か。女アンドロイドの顔面に軽く一発ぶち込んで視界を潰すと、俺はすぐさま右へ逸れた。
俺、御玲、パオングの力が結集した合技。バフによって強化されたことで、究極の一撃となり得たそれは、目を見開いた女アンドロイドに牙を剥く―――。
「なっ……!?」
牙を剥く。そう思った次の瞬間、女アンドロイドは目を閉じたまま槍の直撃を回避した。
念には念を入れて霊感を最大限に活かして俺が貫かれるかどうかギリギリのラインを追究し絶対必中の状況を作り出したのに、アイツはその状況を軽々と脱しやがったのだ。
俺に顔面をぶん殴られたことで、まだ視界がきちんと回復していないはずなのに。
「くそ、読まれてたのか……!?」
考えられる原因は一つしかない。俺たちが霊子通信で言い合っていた作戦を、奴もまた先読みしていたのだ。
自分を殺すには、動力源を破壊するしかない。俺たちがそれを理解したように、奴もまた自分が死ぬパターンを把握していた。そして自分ならどう倒すかを逆算し、俺たちの作戦を先読みしたって寸法だろう。
本当のところは分からないけど、一番可能性が高いのはこれしかない。
「まだだ、焦るでない!」
珍しくパオングの緊迫した声音が、俺の心中に湧いて出た焦燥を吹き飛ばす。
空を割いた御玲の槍だったが、突然その姿が掻き消える。どこ行ったと思わず目で追うが次の瞬間、がきんという甲高い轟音が辺りに鳴り響いた。
俺の状況把握能力を軽々と超える現実の変化に半ば置いてけぼりを食らってしまったが、左腕を貫かれた女アンドロイドを見て、なんでか知らずか攻撃が命中したことを理解した。
「どういう……ことだ?」
俺の認識では、槍は完全に空を割いていた。ものの見事に回避され、後はクソ間抜けに地面へ落ちるただそれだけの運命だと思っていたのに、槍が消えたと思いきや、気づけば女アンドロイドの上半身に左腕を巻き込んで槍がぶっ刺さっている。
現実の因果関係が全然分からず、俺はパオングへ視線を向けた。
「パァオング。的が外れたのでな。槍を回避不能な至近距離に空間転移させたのだ」
避けられたから的が外れた。なら絶対外さない至近距離から投げ直せばいい。そんな理屈に聞こえた。というか、そんな転移魔法の使い方に度肝を抜かれる。
普通思いつきはしないし、仮に思いついたとて即興でできる芸当とは思えない。俺も御玲も、ただただ沈黙で賞賛する。
これならダメージが期待できる。倒せなくとも、怯んでいるうちに第二射をブチこんでトドメをさせばいい、そう思ったのだが―――。
「だが残念。致命打にはならなかったようだぞ」
俺たちが無言で賞賛と感銘を送る中でも、パオングの表情からは安堵が全く感じられない。俺は訝しげに女アンドロイドに振り向くが、そこで目を丸くしちまった。
女アンドロイドが堂々と槍を引き抜いたのだ。それを意味するところはただ一つ。槍はただ、女アンドロイドの左腕を貫いたにすぎなかったってことである。
「な、なんで……!? 転移でゼロ距離から狙い直したんじゃ……!?」
「狙い直したぞ。ただ、奴が転移による不意打ちに反応してのけた。それだけのことよ」
もはや、言葉が出なかった。荒唐無稽にも限度ってものがある。
転移による至近距離からの不意打ちに対応するとか、反射神経がどうのこうのってレベルじゃない。普通、無理だ。
俺も背後からの不意打ちに対応する反射神経には自信はあるが、流石に転移で背後に回られたらなすすべがない。転移なんて、反射神経でどうにかなるものじゃないからだ。
でも実際、対応できている奴が目の前にいる。否定したくてもできない状況に、奥歯を噛み締めるしかない。
「``逆探``と``魔法探知``ほか、様々な無系魔法の併用である。転移とはいえ、魔法で起こした事象ならば魔法で対処が可能ぞ」
「だとしてもおかしいだろ。至近距離から不意打ちだぜ?」
「至近距離と言えど、命中するまでには0.1秒未満の隙は必ずある。それに転移する瞬間を見切られていた場合、出現地点の予測演算は十分可能だ」
反論する気すら失せて、ただただ肩を竦めた。
推論をつらつらと並べてくれているところありがたいが、もはやバケモンか何かしかできない芸当にしか聞こえない。
一秒にすら満たない隙をどうやって悟る。出現地点の予測演算なんて、そんな高速でできたら誰だって苦労しない。
転移ってのは、相手がどこから来るか分からない、絶対に不意打ちができるって優位性があってこそ意味のある戦術だ。その優位性すら力技でねじ伏せられるとなると、もうどう戦えばいいんだって話になってくるじゃないか。
「気を落とさないで。生きている限り、挽回の余地はあります」
半ば心が折れかけた俺に、御玲の一声が心を潤す。だが同時に袋小路に閉じ込められたような感覚がのしかかり、気怠さがより一層深まった。
魔法も大して効かず、物理もほとんど効かない。転移魔法まで使った不意打ちすら対応してのけ、耐久力も十分。アンドロイドだから疲れもしない。
一方、俺たちは限界以上のバフで肉体疲労が無視できなくなってきている。翌日以降筋肉痛で動けなくなるリスクまで背負って戦っているのに、決定打に至らない。
戦いは俺たちが依然として優勢だ。でも致命打に欠けている以上、スタミナ切れで劣勢に持ち込まれるのは目に見えていた。
そう、相手はアンドロイド。動力源を破壊しない限り、ずっとコンディションを維持したまま戦い続けられるのだ。
「……やっぱ……やるしかねぇってのか……」
ふと心に欲望が渦巻く。それはどす黒く、歪んだ何か。身の丈に合わない力への渇望。魂の奥底に眠る、あの忌々しい``竜``が脳裏をかすめる。
仲間を守ると決めたとき、絶対に使わないと決めた無法がちらついた。アレを使えば活路は開ける。
―――焉世魔法ゼヴルード。
俺の心臓に眠る``天災竜王``ゼヴルエーレが使っていた超能力。自分が気に入らないと思ったもの全てを、強制的に消し去ることのできる外道の力。
俺はアイツとは違う。なんでもかんでも思い通りにするために、アイツは全てを利用した。宿主である、この俺でさえも。
だから奴と同じやり方で生きる気はない。俺の人生は俺のもの。俺自身の力で切り拓く。そう誓ったはずだった。
現実はままならない。目の前に、どう足掻いても勝てない怪物がいる。仲間の力を合わせても、それでも致命打になり得ない化け物がいる。そう考えたとき、やっぱり求めてしまうのだ。
俺の邪魔をする、何もかも全てをぶっ壊せる力を―――。
「いや……だめだ!!」
ここで力を使って奴を消しちまったら、久三男との約束はどうなる。自分自身の心に刻んだ信念はどうなる。
ただただクソ強い力を求める。そんなのゼヴルエーレや、はたまた憎い親父とやっていることは同じだ。
親父はこの世界が気に入らなくて力を求め、大事なもの全てを犠牲にして終いには俺に殺された。そんな奴と同じ人生を歩むってのか。冗談じゃねぇ。
俺は仲間を守りたい。もう絶対、二度と失わないように何がなんでも守りたい。
そのために仲間を信じ、仲間の力を借りて生きるって決めたんじゃないか。久三男、はたまた自分を裏切ってまで力を求め、力に溺れたアイツらと同じ道を歩むなんざ絶対にありえないことなんだ。
「今回だってそう。なんとかなるはずだ」
力じゃない。仲間を信じる。そう決めた以上、まずは久三男との約束を果たす―――。
「澄男さま!!」
戦場で迷いが生じた者から死んでいく。戦いに身をやつす者なら、常識レベルの常套句だ。俺だってそれくらい知っている。
でも俺ってなんでこうも迷いやすいのか。
俺の目の前にギラギラとした赤目を輝かせながら、女アンドロイドは俺の脳天をブチ抜こうと左手に握り直したであろう御玲の槍を構えて迫っていた。
いつ距離を詰められたのか。そんなことはわからない。俺は迷ってしまった。不死身だから死ぬことはないとはいえ、戦場に立つ者として間抜けな話である。
「クソ……!」
今から対応しても間に合わない。死にはしないが、脳天をブチまけられると復帰まで時間がかかるだろう。その間、御玲とパオングだけでコイツに対応しなきゃならなくなる。
パオングはともかく、御玲はバフで竜人化した俺のときと同じくらいの肉体能力にまで強化されているが、それでも俺みたく霊力を無尽蔵に使えるわけでも、再生能力で致命傷から復帰できるわけでもない。女アンドロイドの方が強い以上、劣勢を強いられるのは必至だった。
仲間を死んでも守り切る、そう決めた矢先にこのザマ。俺が先に致命傷を受けてどうする。そうなったら誰が仲間を守るんだ。
俺は不死だ。いくら傷ついたって構わない。たとえ身体が引き裂かれようと、仲間を失う痛みに比べれば屁でもない。
なのに、どうして俺は―――。
「だからよ、一人で頑張りすぎなんだよ」
暗澹な闇の帳を引き裂くように差し込んだ、一筋の光。その光は闇に呑まれることもなく、儚く弱々しくもない。全てを覆い尽くす闇の中、凛然と力強く輝いていた。
「お……まえ……? なん……で……?」
奴は死んだはずだった。腹をブチ抜かれ、大量の血を流し、側からみれば致命傷なのは火を見るより明らかな大怪我を負っていた。だからこそ足手纏いだと即断して見捨てた。
助かるはずもない。そう思っていたが、今は、今だけは、奴の存在が特別心強く思えたのだ。
「光粉塵」
女アンドロイドに舞い降りる、光の大粉塵。ダイアモンドダストの最強版のような輝きが視界を覆い、俺は即座にデカい何かに体を巻きつけられ、引き摺り込まれた。
何だ、と思ってそれに触ると、やや潰れた視界の中、黒光りする何かが垣間見えた。
「まにあったー。ぎりぎり、か?」
体に巻き付いている、黒光りする何か。感じたことのある感覚に、それが誰なのか、すぐに悟った。
「細かい説明は後だ。今度こそ、そのアンドロイドを倒すぞ。新人、ずっと戦ってたんだから、何かしら勝ち筋は見えたか?」
なんで生きているのか。今までどこにいやがったのか。そんな後からでも聞けるようなことを危うく今すぐ問い質しそうになったところを堰き止められる。
確かに、今そんなことはどうでもいい。
「……動力源を破壊すれば止まる。俺の従者が調べてくれた」
「となると貫通、か」
「試したが、パワーが足らねぇ」
「だったらお前らに俺らが加われば、どうだ?」
「……やってみる価値はある、かもな」
ポンチョ女を頭に乗せた百足野郎をチラ見する。そんな俺に、金髪野郎は不敵な笑みを浮かべた。
「考えてることは同じか。珍しく気が合うじゃねぇか」
「よせや。都合よく火力持ち兼でけぇ的がそこにいるなと思っただけだ」
「むーちゃんはまとじゃねー」
「わーってるって。んじゃ早速、御玲さんや。槍頼めるか?」
「さっき使ってしまいましたが、氷で錬成した即席槍ならば」
御玲が右手からつららのクソデカいバージョンみたいな槍を作りだす。俺としては特に驚くことでもなかったが、金髪野郎とポンチョ女は目をひん剥く。
「中々凄いなアンタも……まあいい。その槍を母体にする。新人、霊力をありったけ込めろ」
「俺の作戦丸パクリじゃねぇかよ」
「そうでもねぇさ。根本は同じでも、やり方や威力を変えるだけで別物になる」
「どう変える?」
「むーさんの属性光線も重ねがけする。俺は奴の注意を惹きつけ、確実に命中させる」
「お前が?」
「見縊るなよ。これでも的役として動けなくもないんだぜ? お前は持ち前の馬鹿霊力を注ぎ込むことに集中しろ」
ほぼほぼ俺が考えた作戦のパクリだが、囮役が俺じゃなく金髪野郎になったことで、俺は霊力量をより破壊力に意識を向けることができるようにはなった。
確かに俺たちだけでやるよりかはマシになるかもしれない。
「さて。そこの象のぬいぐるみ。アンタが何者かは今のところ不問にしてやるが、もちろん手伝ってくれるんだよな?」
「パァオング。当然である。先程は一本取られたからな。次は我が出し抜く番ぞ」
金髪野郎やポンチョ女から明らかな疑いの目で見られながらも、そんなことなど意に介さず意気揚々とした態度で答えた。
この作戦を実行する上で、パオングの霊力制御技術は必須だ。俺らだけでは、莫大な霊力を貫通能力に高めた上で、最高効率で攻撃力に変換といった高度な真似はできない。
金髪野郎もそれを理解しているのか、得体の知れない存在のはずのパオングの参戦を認めた。
「俺の魔術、``光粉塵``の効果はあと十秒もしないうちに切れる。俺は最後のストックを使ってコイツの足を止めるから、お前らは確実にこの作戦を成功させろ」
懐から白く輝く試験管のようなものを数本取り出すと、それを一気に飲み干した。何故か一瞬ため息をついていたが、すぐに空になった試験管を投げ捨てて、女アンドロイドへ特攻する。
女アンドロイドは既に光の大粉塵から解放されつつあった。視界を遮るほどの輝きは既になく、もはや疎らな鱗粉が漂う程度にまで薄くなっている。奴の目が戻れば、また反撃される。
だが奴の下へ特攻した金髪野郎もまた、考えなしに特攻したわけじゃない。光の鱗粉がなくなる直前、女アンドロイドと金髪野郎を包み込むように、光の大粉塵が現れる。作戦開始の狼煙が上がったのだ。
「御玲!!」
ありったけの霊力を御玲が錬成したつららに送り込む。火をイメージすると融けてしまうだろうから、特にイメージとかせずに純粋な霊力を身体から引き摺り出す。
「むーちゃん!」
次は百足野郎が口から白いビームを出す。御玲ごと殺っちまうんじゃ、と一瞬思ったが、ビームは何も破壊することなくつららに馴染んでいく。
俺の霊力、そして百足野郎の霊力を吸収し、つららはより太く、より大きく、より鋭利に成長する。準備は整った。あとは制御をパオングに任せるだけだ。
「眩しい……狙いが」
「案ずるな。我が狙う」
視界は完全に光の大粉塵に遮られ、女アンドロイドも金髪野郎も見えなくなっていた。目が痛くなるくらいの輝き。とてもじゃないが一人に狙いを定めて槍を投げられる状況じゃない。
でも霊力制御を担うパオングの目は、的確に二人を捉えていた。
「てめーら。これがさいごのちゃんすだかんな? はずすんじゃねーぞ」
百足野郎の頭にふんぞり返っているだけじゃなく、偉そうに先輩風吹かせてくるポンチョ女。百足野郎がいなきゃなんもできねぇ奴に言われるのは癪だが、実際のところ同感なだけになんも言えない。
舐めた態度を取ってくるポンチョ女に、とりあえずガンを飛ばしておく。
これで失敗すれば、奴を足止めする策はもうない。転移で不意打ちさせても対処できるような奴にいくら狙いを定めたところで徒労ってもんだ。
要は奴が回避したくても、対処したくてもできない状況下で確実に一発ブチこむ。それができなきゃ、俺たちにもう勝ちはない。
「今である、投擲ィ!!」
パオングのコクの効いた一声が響いた。流れるように御玲の手から離れる即席槍。パオングの霊力制御の下、つららは大粉塵の渦の中に突っ込んでいく。
「我に魔法戦を挑んだ事。後悔させてやろう。澄男殿、ありったけの霊力を頼む」
「おう分かった!」
「ふん!! これで勝つる。チェックメイトだ」
刹那、大粉塵の中にいたはずの金髪野郎が俺たちの目の前に現れた。意味が分からず困惑する俺たち。制御する者を失ったのか、大粉塵の渦は一瞬で瓦解し、中にいたはずの女アンドロイドが姿を表す。
「な……に……!?」
そこには左胸を貫かれ、目を丸くした女アンドロイドの姿があった。
ものの見事に、貫通。むしろつららから霊力の侵食を受け、左半身は氷漬けになっていた。歩きもぎこちなく、赤い瞳からは覇気がない。
肌で感じる霊感から悟った。動力源を貫かれ、もはや虫の息に追い込まれたことに。もう俺らが手を下すまでもない。奴の``死``は確定したのだ。
「あ……りが……ーーー」
目から赤い輝きが消えていく。命の灯が消えていく間際、偶然か俺と視線が交わった。
最期に俺を見たときの奴の表情は、何故だか普通の女の子のように垢抜けていた気がした。ただの見間違いかもしれない。でも心なしか嬉しがっているようにも、一瞬思えた。
一瞬浮かぶ久三男の顔。もしかして女アンドロイドは、久三男を信用していたのではあるまいか。
久三男はアドミニスターになったとか言っていた。女アンドロイドはロボットだが、意思がある。動力源を破壊され、機能停止になることで久三男との約束を果たせたと確信したのではあるまいか。
普通はハッタリか何かに久三男が間抜けにも騙されたと捉えるのが自然だ。手のひら返すように、久三男を信用するとは思えない。
でも女アンドロイドは半信半疑ながらも、信じたのかもしれない。久三男に賭けることで、新しいアドミニスターに心の底から仕えられる。その瞬間を―――。
もしそうなら女アンドロイドは見事、その賭けに勝ったと言える。してやられたと思うのと同時に、案外久三男と女アンドロイドはマジで良いコンビになるんじゃないかと、彼女が久三男の横を歩いている姿を見るのが楽しみな自分がいたのだった。
膝をつき、事切れたように動かなくなった。しばらく身構える俺たちだったが、もはや奴に生気はない。膝をついて俯いている姿は、本当によくできた人形のようだった。
戦いの結末ってのは、ときにあっさりとしたもんだ。
俺たちを何度も窮地に追いやってきた女アンドロイドは、胸をつららに貫かれて事切れた。あっさりしているなと思う反面、ようやく止まったかっていう安堵も凄まじい。
女アンドロイドが完全に止まったのを感じとった俺たちは、女アンドロイドの骸を囲う。誰も話さそうとせず女アンドロイドをまじまじと見つめているので、第一声、俺がまず金髪野郎に視線を投げた。
「で、なんでお前生きてんの?」
「藪から棒に失礼だなお前……」
苦笑いをこぼす金髪野郎と何故か眉を顰めるポンチョ女。
別に変なことは聞いてないはずだ。コイツは腹をぶち抜かれて地面に落っこちたのを最後に、一切姿を見ていない。俺や御玲が回復させたわけでもないし、近くに都合よくカエルがほっつき歩いていたとも思えない。
逆にカエルが``蘇・生``とかいう謎の回復魔法を使っていたとするなら、俺たちに霊子通信で報告がくるはず。そんな報告は一切なかったから、コイツの蘇生には俺らは関わっていないのだ。
勝手に蘇ったわけでもあるまいし、戦いが終わった今なら聞いてもいいはずである。
「いつ死んでもおかしくねぇ職についてんだ。覚悟は昔っからしてたから、死ぬ直前って寒いんだなとかくだらねえこと考えてたら、地中からむーさんが出てきたんだ」
百足野郎の黒光りする装甲のような肌を撫でながら、俺に見捨てられた後のことを話し始めた。
俺に見捨てるよう促した後、金髪野郎はそのまま地面に落下したが、そこに戦線復帰のタイミングを見計らっていたポンチョ女と百足野郎が、金髪野郎の負傷を察知して救出。百足野郎は回復魔法も使えたらしく、虫の息だった金髪野郎は事なきを得ていたっていうわけである。
後は俺らの戦いを観察しながら、有効打を模索していたらしい。俺が御玲の槍で貫くところを見て、参戦することにしたそうだ。
「つまり、俺らを囮に使ったわけか」
「人聞き悪りぃなぁ。勝てば官軍だろ?」
「そうだけどよ」
「それに、だ。無闇に俺らが割って入ったところで、有効打が分からん以上は参戦する意味がない。犬死にする確率が高まるだけだし、だったらここぞってタイミングがくるまで、俺は死んだことにしてた方がコイツの裏をかけると思ったんだよ」
事切れた人形と化した女アンドロイドを見やり、不敵に笑う。
なんか手の平で踊らされた感があるし、なんならコイツらがいないせいで御玲への負担が高まっていた可能性を考えるとものすごく癪だが、逆に俺らが金髪野郎たちの立場だったら同じ真似をしていただろう。
無駄死にが分かっていて、仲間をそんな戦場には絶対に連れて行かない。久三男を囮にするために連れていくか、と問われれば断じて否と答えるのと同じように。
それに戦力外の奴が戦線復帰してきても、正直邪魔なだけだ。御玲か弥平なら仲間だからなんとか戦力として活かしながら守る気概で挑むが、金髪野郎たちは俺が全力で守らなきゃならない奴らでもないし、コイツらを守りながら戦うとか正気の沙汰じゃない。
仲間は絶対に何があろうと守らなきゃならないが、仲間以外はどうなろうと責任を持つ気はない。こっちは抱えているものがこぼれ落ちないようにするので精一杯なのに、仲間以外を守るために立ちまわるとか本末転倒にも程がある話なのだ。
「まあいいや……結果勝てたわけだしな」
どんどん頭の中が暗澹とした方向へ考えが進むので、頭を掻きむしりながら、ここは納得しておくことにした。
実際、金髪野郎たちが仲間に加わったことで攻撃も当てやすくなったし、前よりもパワーのある攻撃ができたわけだし、御玲も死んでいない。何も失わずに目的を達成できたのだから、金髪野郎の判断は妥当だったってことで細かいことは不問にしておいてやろう。仲間が傷ついたとかそんなんでもない限り、何事もポジティブ思考だ。
「てなわけで解さ」
「おっと、まあ待てよ。俺らからも聞きてぇことがあるんだが?」
久三男との約束もある。嫌な予感がするからさっさと女アンドロイドを持ち帰って休むかと思っていたのに、悪い虫の知らせってのは、なんでこうも的中率が高いんだろうか。
「そこの象のぬいぐるみみたいなやつ。ソイツは何なんだ。まさか使い魔とか言うんじゃねぇだろうな?」
予想通り、金髪野郎の注目はのほほんと突っ立っているパオングに向けられていた。
自分たちが隠れている間に新人が新たなぬいぐるみを引き連れて戦場で戦っていたのだから疑問に思うのも無理はない話だけど、正直こうも予想通り面倒くさい展開が起こると気怠さが千倍増しである。
とにかく勝てたんだしカエルたちの存在もあるのだから、パオングの存在ぐらい事情説明なしで認めてほしいものなのだが。
「あー……実は家に待機させてた俺の使い魔第五」
「嘘吐け」
「じゃあ今から使い魔って設定で」
「罷り通るか!! 使い魔は設定じゃねぇ、任務に使う前に事前登録しとくもんだ!! そもそも、前にも言ったが戦力として扱える使い魔なんて使い魔じゃねぇって前にも言ったろ!!」
「じゃあどうしろと……」
「いや、そのぬいぐるみは何者なんだよって話だよ。あの二頭身軍団もそうだが、はっきり言って普通じゃねぇぜ? なんで使い魔っぽい奴が人の言葉話せて、なおかつ俺らよりも戦えて、さらにはさも当然のように湧いて出るんだ。おかしいだろ?」
そんなこと言われても、俺にも正直コイツらの正体なんぞよく知らんのである。
突然俺たちの前に現れて、俺たちに協力し、怨敵だった親父を倒すために一緒に戦ううちに仲間になった関係だ。
最初は俺だって怪しいとは思っていたが、親父との戦いの後、そんなことはすでにどうでもよくなっていたし、コイツらからも敵意を感じない上、なんだかんだ盛り上がるので悪い気はしなかった。むしろコイツらがいる今の方が、ちょっと前よりも日常が面白おかしく感じるくらいだ。
だからそれでいいんだよ、と心の中で言い訳をつらつら並べて一人で締めくくってみるが、もう流石に使い魔で押し通すのが辛い状況になっている。
パオングを出したら面倒なことになるからなるべく出張らせたくなかったが、相手が相手だった以上、余裕もなかった。不可抗力とはいえ、面倒なのが最後に残ってしまったのがマジで悔やまれる。キメるしかねぇか。
「そうだな。おかしいな。正直俺もよく知らんし」
金髪野郎は目を見開き、さっきまで黙っていたポンチョ女はなぜかキレ気味だ。キレ気味なのはよく分からんが、金髪野郎のリアクションは想定の範囲内。反論がぶちこまれる前に畳み込む。
「俺たちだって最初から仲間として見てたわけじゃなかったさ。最初は疑いの目で見てたし、仲間なんてとんでもねぇとすら思ってた。でもな、コイツらは俺を負の因果から救う手助けをしてくれた。仲間と認める理由は、それだけでいい」
「負の因果? そりゃあ……」
「そこはテメェらが知る必要のねぇことだ。そうだろ?」
これ以上、根掘り葉掘り聞かれるのはうんざりだ。金髪野郎たちとはなし崩し的に共闘していただけにすぎない間柄。この戦いが終われば、もう関わるかどうかも分からん連中である。
そんな奴らに親父と俺との因縁、今は亡き友―――澪華との関係、そして親父をブチ殺すために一億もの人間を殺し尽くしたことを語る必要なんてない。
これは、俺と俺の仲間たちだけが知っていればいい事実なんだ。
低い声音で強めに突き放したせいか、金髪野郎の追及が止んだ。頭を掻きむしり、ため息を吐きながら。
「まあ……そう、か。そういうことにしておくよ」
なんだか寂しげな感じの声音だったが、俺はそれを脳内で振り払う。コイツらは仲間じゃない、そう言い聞かせて。
「話は終わりだな。んじゃ元気で」
「待て待て。何してる」
もう話すこともない。いい感じに話が区切られたから、この隙に切り上げようとした矢先にこれだ。すっごく嫌な予感がするし、もういい加減、帰らせてくれないだろうか。
「こんなとこでグダグダ立ち話する義理もねぇし、帰宅するんだが?」
「いや、そんなこと聞いてんじゃねぇんだ。なんでそのアンドロイドの残骸を持ち帰ろうとしてんのかって話よ」
俺が背負うとしていた、女アンドロイドの骸を指さす。
なんとなく突っ込んでくるだろうなとは思っていたが、一番当たってほしくない嫌な予感が見事にまぁた的中してしまった。俺は盛大に舌打ちをブチかます。
「討伐任務だぞ? 討伐した証拠として、ハンティングトロフィーを本部に提出する必要があるだろうが」
まるで当然だろ、みたいな言い方されても、そんなことは知らん。
大方、機関則か何かに書いていたのだろうが、そんなゴチャゴチャしたものは読んでいても覚えてない。覚える気も特にないし、そもそも倒したのは俺らなのだから、提出しなきゃならない意味が分からない。いや、そもそもしたくない。するわけにはいかないんだ。
「そんなの俺らが倒したって報告すればいいだけの話だろ」
「だめだ。それは本部に提出して、きっちり調べてもらう必要がある。ハンティングトロフィーを提出する意味は、何も名誉だけじゃねぇ」
「いや、悪いが無理だ。これは持ち帰ると従者と約束してる。その約束を反故にするわけにはいかねぇ」
「それはお前と従者の個人的な約束だろ? 請負機関には……」
「俺は約束を違えねえ!!」
突然の怒号に、場が鎮まりかえった。恐ろしい静寂とともに、氷のように冷たい緊迫した雰囲気が、身体を引き締める。
冷静を装って波風立てずに振りほどこうとしたが、無理だと悟った。だったらこっちは攻撃に転じる。誰が何と言おうが、俺が今背負っているものを絶対に譲るわけにはいかない。なぜなら、このアンドロイドは―――。
「俺の従者が欲しがってんだ!! 奴にとって、これが初めての一歩かもしれねぇ!! 俺は男として、それを無碍にするわけにはいかねぇんだよ!!」
身体が火炙りにでもされてんじゃねぇかってくらい熱くなる。
俺は久三男の願いを聞き入れた。あくのだいまおうが言っていたからってわけじゃねぇが、あくのだいまおうが言っていた迫られる選択ってのは、もしかしなくても久三男の事だ。
久三男は仲間を欲しがっていた。今までアイツが仲間と呼べるような奴は周りにおらず、強いて言うなら俺か母さんぐらい。友と呼べるような奴は一人もいない。
俺もかつては孤独だった。周囲には木萩澪華と久三男と母さんしかおらず、むしろソイツら以外は全員敵みたいなものだった。
でも今は久三男に加えて御玲もいて、弥平もいて、澄連もいる。色々あったけれど、その色々があってこそ、俺には死んでも守り切らなきゃならねぇ、かけがえない新しい仲間ができたんだ。
それは、久三男だって同じ。
「機関則? そんなもん知るか!! 機関則でガタガタ抜かすなら、本部の奴ら連れてこいや!! 全員叩きのめしてでも俺は俺の信念を貫く!!」
俺も男だ。言い放ったことに二言はない。
俺も仲間を持ったように、弟もまた仲間が欲しい。その欲望を兄たる俺が奪ってしまっていいのか。機関則如きに、奪われていいものか。否。そんなもの、断じて否だ。
仲間から笑いを奪うような真似を、俺は絶対にしない。それが血の繋がった唯一無二の弟なら、尚更だ。
暫し沈黙が俺たちの間に流れる。でも、そんなのが長く続くわけもない。その沈黙は意外な奴によって無造作に破られる。
「……てめー、まじでざけんじゃねーぞ」
さっきまで黙っていたポンチョ女が、俺の怒号によって生まれた沈黙を食い破るように、一歩前に出る。声音は低く、眼光は鋭い。それは明確な敵意だった。
「もーこのさいはっきりいわせてもらうぜ。てめーなにさま? ぺーぺーのくせにナマいいすぎなんだよ。さっききかんそくなんかしらねーっつったな? こっちからすりゃーよ、てめーとそのじゅーしゃ? とのやくそくこそしらねーってはなしだ。てめーのつごーでぜんぶことはこぶとおもってんじゃねー、よのなかそんなあまかねーんだよダボが」
「ふーん……じゃあ何? 男の口約束が機関則とかいう何処の馬の骨ともしらねぇ奴が決めたグダグダ長いだけのルールに劣ると? へぇ、クソつまんねぇ考え方してんだねェ? だから雑魚なんじゃねぇのテメェ?」
「あーしがよえーのときかんそくはかんけーねーだろーが。いいかえすことねーならむりすんなよ、ばかにみえるぞ」
「あ、ハイ? 元から馬鹿なんで? 別に馬鹿だと思うなら勝手に思っといてもらって結構。煽ろうとしてんのバレバレだしもういいよ。テメェが力だけじゃなく口も雑魚なの分かったからさ、もう黙っとけよ」
「チッ…………くちのへらねーガキが」
「あ? テメェと俺そんな歳変わんねぇよね? まあいいや。もうだりぃし、そんなに気にくわねぇなら拳でこいや。テメェから先に潰してやっからサ」
「いったなクソガキ……!」
ポンチョ女の霊力が突然、数段跳ね上がった。さっきまで俺に一割以下しかなかったのに、一瞬で御玲に迫るほどの霊力を手にしたのだ。まるで誰かから借り受けたように。
「むーちゃんはてーだすな。このガキはあーしがシメる……!」
できもしねぇくせに、でけぇ口を叩くポンチョ女。
確かに霊力が一気に膨れ上がったのは驚きだしカラクリがまるで分からんが、逆に言えばそれだけだ。高々霊力が御玲程度になっただけで俺に勝てると本気で思ってんだろうか。だったら片腹痛ぇ話である。
「澄男さま、ダメです。本気を出しては」
「ださねぇよ、軽くサクッとブチのめすだけだ」
流石に口喧嘩で済まないと悟ったんだろう、御玲が身構えながら止めてくるが、俺は本気など出す気は全くない。いや、出す必要もない。
百足野郎が出張るなら話は別だが、ポンチョ女一人ならワンパンで黙らせられる自信がある。
どうするかって。顔面にグー。それで終いだ。
「闇霧!!」
ポンチョ女の手から暗黒の霧が飛び出す。俺はそれが何か、すぐに悟った。忘れるはずがない、この霧こそが、コイツらと出会うきっかけとなった一撃なんだから。
「二度も喰らうか!! 煉旺……」
「やめろ!!」
方向感覚も何もかもがわからなくなる闇の霧。そんなもの、全て焼き尽くしてしまえばいい。霧だろうがなんだろうが、広範囲に広がるものは広範囲を焼き尽くす業火で跡形もなく消してしまえばいい。
その一心で放たれようとしていた火の球は、金髪野郎の怒号によって闇の霧もろとも掻き消えた。俺も、そしてポンチョ女も、お互いを遮るように仁王立つ金髪野郎に目を見開かせる。
「やめろ。つまんねぇ喧嘩なんざしたって何も産みやしねぇ」
「だまれよレク、このガキはあーしが……」
「まずブルー、お前の言ってることは正しい。機関則は請負人が守るべき絶対ルールだ。どんな理由があろうと破ることは許されねぇ。でもな、言い方を考えろって前から言ってるよな?」
「チッ……んなもんナメられるだけ……」
「今までの新人で、言うこと聞いた試しがなかっただろうが。高圧的に正論ブチかませばいいってもんじゃねぇんだよ」
そこまで言ってポンチョ女は押し黙った。不満が顔から滲み出ているし、なんなら怒り丸出しの舌打ちだったが、金髪野郎は意に介することなく、俺に振り向く。
「そんでお前。任務請負機関に所属する者として、機関則を蔑ろにするのはご法度だ。それをやるなら、請負人辞めろと言わざる得なくなる」
「だったら何だ? 俺が約束を反故にしろと?」
「機関則も請負人が守るべき大事な約束だぞ? 約束がどうのこうのと言うんなら、機関則を破るのはいいのか?」
「お前らにとっては大事だろうさ、でも俺にとっては男と男の口約束の方が大事なんだ。テメェも男なら、それぐれぇ分かんだろうが」
「そりゃ分からんでもねぇさ。でもそれとこれとは話は別だ」
「チッ……話になりゃあしねぇ。行こうぜ御玲」
「待て待て。何もその残骸全部持ってくとは言ってねぇだろうが」
ポンチョ女が目を見開かせた。俺も思わず足を止める。
全部持っていかれるものとばかり思っていたし、機関則機関則とガタガタうるせぇから並行線になると思っていただけに、ちと肩透かしを食らった気分だ。
「お前の主張は分かった。確かに今回の戦いは、お前たちの存在があってこそだったし、俺らだけじゃ対処できなかった」
「……能書きは邪魔だ。要するに何が言いてぇ?」
「結論を急ぐなよ。お前たちの言い分も聞く価値はありそうだって話だ。でもその前に」
まるで何も分かってねぇガキに説教でもするような、でも怒らせねぇように諭すような態度。
俺の胸中に宿る感情の炎は未だに熱く燃え盛っていたが、不思議と臨界点を突破しないギリギリのラインを保っていた。
「請負人を名乗る者として、機関則だけは守ってもらう。それだけは先輩として、譲るわけにいかねぇのよ」
金髪野郎の黄金色の瞳から放たれる眼光は、一切の濁りがない。反論も否定も許さない雰囲気が、俺の口を針で縫うように容赦なく塞ぐ。
ただの他人如きの眼光に呑まれるなんざ癪だが、予断を許さぬ眼光から目を背ければ男として負ける。俺の本能が、そう疼いたのだ。
「アレは任務を請け負う者が、自由を引き換えに帯びる義務のようなもんだ。機関則という秩序を守ることで、一般市民やどこぞの中小暴閥よりも幅広い自由な生き方が保証されてんだよ。そうじゃなきゃ、請負人はただの無法者集団になっちまうだろ?」
金髪野郎と出会う直前、あわや御玲が辱めを負わされそうになったときのことを思い出す。あのときの請負人どもは、確かに紛れもない無法者だった。
そこら辺にいる雑魚いチンピラって感じで、秩序だとかそんなものとは無縁な連中のように思えた。俺が知らないだけで、請負機関にはそんなのがちらほらいるだろう。
もしもルールがなかったら、そんな有象無象が跋扈するクソみたいな状況になっているわけで、そう考えると何度御玲が辱めを受けることになるだろうか。そりゃルールが必要なわけである。
自由はルールがあってこそ、なければただの無法。それはありとあらゆるもの全てを己の意志だけで消滅させる、ゼヴルエーレの外道の法と同じ―――。
心中に沸き立っていた炎が、小さくなっていくのを感じた。
「っつーわけだ。まとめるが、お前らの言い分は聞く。だが機関則はある以上、ハンティングトロフィーの提出はする。じゃあどうすんだって話だが……なーに、話は簡単だ。腕か足……なんでもいい。都合がつく部位だけ、俺によこしてくれればいい」
金髪野郎の声音は温和だった。怒っているわけじゃなければ、仕方なく言っているってわけでもない。本心から、そう言っている雰囲気がひしひしと感じられる。
胸中に宿るモヤモヤと緊張感が消えていく。腕が足、その程度ならあげてもいいと思えてくるほどに。
久三男なら腕や足がもげた程度どうにでもしてしまうだろうし、むしろここで俺がゴネる方が、拗れてますます収拾つかなくなる気がする。正直、もう帰りたいし。
「し、しょーきかよレク!?」
俺から怒りが消えていく最中、ポンチョ女は驚いた表情で金髪野郎のボロボロになった服の裾を引っ張る。もはや布切れに近い状態で引っ張っているので「やめろ、裸になっちまう」とか言いながら、ポンチョ女の頭を優しく撫でた。
「そんな頭おかしくなったのかコイツみたいな言い方すんなよ。別に腕や足だけでもハンティングトロフィーとして成立するだろ? 機関則には、どっからどこまでがハンティングトロフィーになり得るか、なんて記載はねぇし」
「ん……! そ、そりゃそーだけど……」
「機関則を決めたのは紛れもねぇ本部の上の奴らさ。それで何かあれば、上の奴らがケツを拭くさ。俺らにはなーんも責任はない。提出義務を果たしさえすれば、な?」
これまた諭すようにポンチョ女の顔を見つめる。少しの間無言で渋ったポンチョ女だったが、俺と金髪野郎を交互に見つつ、ため息を吐いて目を閉じた。
「…………じゃーもーいーよ。めんどーさえなけりゃー、どーでもいー。あとはしらねー」
もはや、一種の諦観だった。不貞腐れつつも、ポンチョ女から霊圧がなくなっていく。それを確認すると、また俺の方へ振り向いた。
「てわけだが、どうする?」
考えるまでもない。答えはもう決まっていた。
「腕をくれてやる。後でゴタゴタ抜かしてもビタ一文よこさんからな」
腕、というか脆くなっている関節部分を適当に引きちぎり、それを金髪野郎に投げ渡した。ここでようやく、俺たちは別れたのだった。
こうして、武市を突如埋め尽くしたロボット軍団は、本部の請負官が指揮する各支部の請負人たちの連合軍によって壊滅。そのほとんどの残骸は本部に提出され、正体の究明に利用された。
その数日後、国全体の安全が確認されて、都市中の住人たちが続々と地上に復活し、三日も経たずして街の雰囲気は何事もなかったかのように元に戻った。
元々ロボット軍団が街や家屋を不用意に破壊しなかったとはいえ、日頃脅威に晒されているだけあって復帰も異常に速かったことに、俺は少しだけ感心を覚えたのだった。
それと金髪野郎が提出した女アンドロイドの片腕だが、どうなったかは俺も知らない。ただ主犯は暴走した女型のアンドロイドで、北支部の請負人``閃光のホーラン``が討伐したと請負機関本部から公式ニュースが流れた。
金髪野郎は一躍時の人になったが、あの戦い以来奴とは出会っていない。人々の称賛を掻い潜り日夜任務に出かけているようで、俺と御玲が活動している時間帯には姿すら表さない。
ポンチョ女の方は常に北支部の隅で百足野郎とともに雑魚寝かましているが、俺らが近くを通っても声はおろか目すら合わせてくれなかった。
共闘する理由がなければ、もうただの他人ってことらしい。俺としては、そっちの方が都合良いから特に何とも思ってねぇんだけども。
つーわけであの戦いが終わった後も俺たちは俺たちで任務をこなしている。まずは目標、本部昇進である。責任が重くなるのが癪だが、全ては最終目的を果たすためだ。文句なんぞ言っていられないのである。
最後に、俺が持ち帰った女アンドロイドの本体。アレがどうなったか。
俺は当たり前だが約束を果たすために持ち帰っただけであって、女アンドロイドそのものに興味はない。家に帰って久三男に渡した後どうなったかは、誰も知らないのだ。
じゃあ誰が知っているのか。それは開発だの発明だのが大好きな、我が愚弟のみぞ知る―――。
久三男からは経年劣化しているって話だったが、劣化を微塵も感じさせない外骨格の堅さは尋常じゃない。あくのだいまおうとパオングの力で、肉体能力が魔改造されてなお、奴が倒れる気配はない。
力的にも数的にも俺らの方が優勢なのに、コイツは己の耐久力のみで戦線を維持している。奴の狙いはバカな俺でも予想がついた。俺たちがバテるのを待っているのだ。
俺と御玲は肩で息をしながら、顔に滴る汗を拭う。
明らかに俺と御玲の継戦能力は落ちていた。いくら体力が並外れているとはいえ、限界以上に身体能力が強化された状態で休みなし、ずっと戦い続けているのだ。俺や御玲だって生き物だし、疲労からは逃れられないものがある。
その点、女アンドロイドは疲れ知らずだ。劣勢を強いられながらも、継戦能力は衰えている様子がない。底なしのスタミナで、形勢逆転の好機をずっと窺っている。
「くっ……なんて堅さですか……」
「所々皮膚が剥げ落ちてんだけどな……」
女アンドロイドは衰えてこそいないが、身体はかなり痛めていた。筋肉組織は所々剥げ落ち、骨に相当する虹色に光る近未来的な金属部分が露出している。
だが、その金属部分がとにかく堅い。
どれだけ殴ろうが蹴ろうが、至近距離で焼き尽くそうが凍らそうが、全く壊れる様子がない。表面の血肉が剥げ落ちたまでは良かったが、肝心の外骨格が壊せないんじゃ、倒しようがないのである。
「特にコイツの頭……馬鹿堅いぞ……俺も存外石頭の自信があったのに……」
頭の一部が剥げ落ち、頭蓋骨が露出した女アンドロイドの頭を恨めしく見やる。
女アンドロイドは全体的にどこの骨格もありえないほど堅いんだが、頭蓋骨―――黄緑色に光る金属の膜みたいなものは、外骨格なんて比較にならないくらいに堅かった。
全力で殴れば、反作用で俺の拳と腕がぐちゃぐちゃにへしゃげるほどの堅さである。
持ち前の再生能力で腕がへしゃげた程度どうとでもなるとはいえ、軽い気持ちで頭突きなんぞやっていたら、脳味噌がざくろみたく爆発四散していたことだろう。
「脳味噌はどう足掻いても潰せない。だったら他の部分をぐちゃぐちゃにする必要があるが、それもできん……」
結論、パワー不足。あくのだいまおうによる意味不明なまでの強化とパオングの肉体強化魔法の重ねがけをもってして、コイツをぶっ壊すだけのパワーが依然として足りないのだ。
「竜人化すれば……」
「やめておけ。既に限界以上の力を抱えているその状態でリミッターを解除すれば、制御不能になるだけだ」
御玲に回復魔法をかけていたパオングが、低い声音で鋭く指摘してくる。
確かに、今でももういっぱいいっぱいだった傷は持ち前の再生能力で絶えず癒えているが、スタミナの消耗は隠し切れないくらいになっている。俺の持つこの不死の力は、何故かスタミナだけは回復してくれない。傷は塞がるのに、疲れだけ溜まっていくのだ。
既に身体は、十個以上の重りでもつけてんじゃねぇかってくらい重く感じている。そんな状態でリミッターを解除すれば、癪だが残り少ないスタミナでは制御しきれない可能性があった。
想像絶する力を手にできる代わりに、制御不能の暴走状態になる。
俺一人だけなら一手としてあり得たが、御玲やパオングもいるこの状況で、疲れ切っている味方に誤射るのは致命的打撃になりかねなかった。
「だったらどうすれば……」
『兄さん』
万策尽きたかと思ったそのとき、脳裏に響く見知った声音。愚弟こと久三男が、俺の意識に乱入してくる。
『中枢に干渉できた。彼女とも話したよ』
『それで、どうなんだ?』
『彼女の``管理者``になり申した』
『どうしてそうなった……?』
唐突の意味不明発言。精神力ギリギリのこのときに、タチの悪い冗談は正直不快だ。それが分からん愚弟でもあるまいに、この期に及んで何の真似なのか。
『要するに、彼女は僕たちの味方にできるってことさ。厳密には僕の、だけどね』
『ああ……そうなの? つっても今見る限りバリバリ敵意丸出しなんだけど……?』
久三男は奴の精神世界とやらでどんな話をしていたのか、事細かに話してくれる。
正直今は切羽詰まっているから重要なことだけをまとめて簡潔に話して欲しいのだが、愚弟のテンションが謎に高く、楽しそうだったので今回は見逃すことにした。楽し気な久三男を想像して、ちょっと疲労が和らいだからだ。
『要するに暴走状態にあると』
『まあ似たようなものかな。動力源を破壊すれば止まるって』
『簡単に言ってくれるぜ……』
久三男は戦場に立つことがないから、割と平然とした顔で無茶振りかましてくるが、今回に至ってはその無茶振りが一層重くのしかかる。
動力源を破壊する。それはつまり、女アンドロイドの身体の中身をぶっ壊せって意味であり、それをするにはクソ堅い外骨格を突破しなきゃならない。
殴る蹴る、はたまた焼き尽くすも効かない相手の中身を、どうブチ壊せってんだろうか。それに、だ。
『ぶっ壊しちまったら、もうこれ動かなくなるぞ。捕獲の意味よ』
久三男からは捕獲してほしいと言われたから方針転換したわけだが、動力源をぶっ壊せば動かなくなることくらい、機械に疎い俺でも分かる。だったら最初から討伐でよかったのでは、と思わずにはいられない。
『頭さえ残ってれば、僕が修理すればいい。簡単なことさ』
久三男から明確な、迷いが一切感じられない否定の意志が送られてきた。思わず反論の手が緩んでしまう。
そりゃ面と向かって、こんな得体の知れないアンドロイドを壊して直す、とか言われたら言葉に詰まるってもんである。それも簡単なことだとすら言い張って。
本人に迷いがあるなら容赦なく反論してやったが、久三男には一切の迷いがなかった。というか否定する暇すら与えない気迫が、霊子通信回線を伝って感じられた。
思わず笑いが漏れる。堪えようのないくらい面白くて、正論ブチかますのもアホらしくなってしまった。
『そうかい、だったら遠慮はいらねぇな』
俺も負けじと気迫を霊子通信回線に送り込む。
弟が覚悟を決めたのだ。だったら兄である俺もその覚悟に応えないと男が廃るってもんである。
『どう修理すんのか知らんが、気合入れて修理しねぇと二度と動かねぇガラクタになっちまうぜ? 俺は壊すのは得意だからな』
『ははは。僕は創るのが得意だから。ガラクタをチートアイテムに魔改造することに関して、誰にも負けない自信があるよ』
『つまり俺の逆を行くってか? おもしれぇ。それでこそ俺の弟だ』
俺も久三男も気合充分。あとは倒す算段を立てるだけだ。
『外骨格が堅すぎて手が出せん』
『だったら貫通させるしかないな。集束光線か何かで』
『要はビームで心臓を貫けってことか?』
『雑に言えば』
刺突系の攻撃で一箇所を的確に貫く。確かに、殴る蹴るも焼き尽くすも通じないのなら、一点突破に全振りした霊力のビームで貫くしか方法はない。
今のところこの場には霊力関係の扱いに長けたパオング、霊力タンクの俺、そしてランサーの御玲がいる。極限まで磨き上げた刺突攻撃を行えるだけのメンツは揃っていた。
『僕は彼女のバックアップをとる。いざってときは、僕の霊子コンピュータの中に一時的にデータを凍結させておいて復元するから』
『よー分からんが頼んだ』
久三男がなんかやろうとしているが、正直聞いたところで理解できる気がしない。久三男のことなので、大丈夫だろう。
俺と御玲とパオングはとにかくアイツの動力源をぶっ壊す。ただそれだけを考えればいい。シンプルイズベストってやつだ。
『御玲、パオング! 聞いてたな?』
『分かってます』
『心得ておる』
『うし! 俺が霊力を供給する。御玲は槍投げ、パオングは霊力制御を頼む』
役割分担もまた簡単。俺は基本、霊力を力一杯ぶつけて効率よく焼き尽くすことは得意だが、一点突破で貫く系は細々とした制御が必要になるから苦手なのだ。
俺がやると確実に失敗するので、攻撃は刺突攻撃を得意とする御玲に任せ、細かい制御をパオングに任せる。
パオングなら、俺の莫大な霊力を最高効率で貫通力に変換してくれるだろう。物理的にも霊力的にも、最強の投擲攻撃ができるはずだ。
『御玲!!』
霊子通信で投擲準備をさせる。受け取った御玲は槍を持ち、投擲の態勢をとった。俺はそれに、大量の霊力をブチこむ。
このままだとただ単に霊力をブチこんだだけの槍だ。御玲には投げることに集中してもらいたいから、あとはパオングに仕上げをさせる。
『``集束化``』
聞き慣れない魔法が脳内で響いた。目に見えて霊力の流れが整えられていく。刺突に特化した、鋭利な霊流へと。
『隙を見て投げろ!』
避けられたら意味がない。槍に注意が向いた時点で終わるので、俺が体を張って奴の注意を惹きつける。
なんなら俺ごと貫いてもらってもいいくらいだが、問題はない。投げるタイミングは予想がつく。俺が貫かれる寸前に、射線から外れるくらい簡単なことだ。
あくのだいまおうとパオングによるバフで極限まで強化された肉体に鞭を打ち、女アンドロイドの反撃の隙すら与えずタコ殴りにする中、背後からの接近を悟る。
飛翔体と言うべき何か。女アンドロイドの顔面に軽く一発ぶち込んで視界を潰すと、俺はすぐさま右へ逸れた。
俺、御玲、パオングの力が結集した合技。バフによって強化されたことで、究極の一撃となり得たそれは、目を見開いた女アンドロイドに牙を剥く―――。
「なっ……!?」
牙を剥く。そう思った次の瞬間、女アンドロイドは目を閉じたまま槍の直撃を回避した。
念には念を入れて霊感を最大限に活かして俺が貫かれるかどうかギリギリのラインを追究し絶対必中の状況を作り出したのに、アイツはその状況を軽々と脱しやがったのだ。
俺に顔面をぶん殴られたことで、まだ視界がきちんと回復していないはずなのに。
「くそ、読まれてたのか……!?」
考えられる原因は一つしかない。俺たちが霊子通信で言い合っていた作戦を、奴もまた先読みしていたのだ。
自分を殺すには、動力源を破壊するしかない。俺たちがそれを理解したように、奴もまた自分が死ぬパターンを把握していた。そして自分ならどう倒すかを逆算し、俺たちの作戦を先読みしたって寸法だろう。
本当のところは分からないけど、一番可能性が高いのはこれしかない。
「まだだ、焦るでない!」
珍しくパオングの緊迫した声音が、俺の心中に湧いて出た焦燥を吹き飛ばす。
空を割いた御玲の槍だったが、突然その姿が掻き消える。どこ行ったと思わず目で追うが次の瞬間、がきんという甲高い轟音が辺りに鳴り響いた。
俺の状況把握能力を軽々と超える現実の変化に半ば置いてけぼりを食らってしまったが、左腕を貫かれた女アンドロイドを見て、なんでか知らずか攻撃が命中したことを理解した。
「どういう……ことだ?」
俺の認識では、槍は完全に空を割いていた。ものの見事に回避され、後はクソ間抜けに地面へ落ちるただそれだけの運命だと思っていたのに、槍が消えたと思いきや、気づけば女アンドロイドの上半身に左腕を巻き込んで槍がぶっ刺さっている。
現実の因果関係が全然分からず、俺はパオングへ視線を向けた。
「パァオング。的が外れたのでな。槍を回避不能な至近距離に空間転移させたのだ」
避けられたから的が外れた。なら絶対外さない至近距離から投げ直せばいい。そんな理屈に聞こえた。というか、そんな転移魔法の使い方に度肝を抜かれる。
普通思いつきはしないし、仮に思いついたとて即興でできる芸当とは思えない。俺も御玲も、ただただ沈黙で賞賛する。
これならダメージが期待できる。倒せなくとも、怯んでいるうちに第二射をブチこんでトドメをさせばいい、そう思ったのだが―――。
「だが残念。致命打にはならなかったようだぞ」
俺たちが無言で賞賛と感銘を送る中でも、パオングの表情からは安堵が全く感じられない。俺は訝しげに女アンドロイドに振り向くが、そこで目を丸くしちまった。
女アンドロイドが堂々と槍を引き抜いたのだ。それを意味するところはただ一つ。槍はただ、女アンドロイドの左腕を貫いたにすぎなかったってことである。
「な、なんで……!? 転移でゼロ距離から狙い直したんじゃ……!?」
「狙い直したぞ。ただ、奴が転移による不意打ちに反応してのけた。それだけのことよ」
もはや、言葉が出なかった。荒唐無稽にも限度ってものがある。
転移による至近距離からの不意打ちに対応するとか、反射神経がどうのこうのってレベルじゃない。普通、無理だ。
俺も背後からの不意打ちに対応する反射神経には自信はあるが、流石に転移で背後に回られたらなすすべがない。転移なんて、反射神経でどうにかなるものじゃないからだ。
でも実際、対応できている奴が目の前にいる。否定したくてもできない状況に、奥歯を噛み締めるしかない。
「``逆探``と``魔法探知``ほか、様々な無系魔法の併用である。転移とはいえ、魔法で起こした事象ならば魔法で対処が可能ぞ」
「だとしてもおかしいだろ。至近距離から不意打ちだぜ?」
「至近距離と言えど、命中するまでには0.1秒未満の隙は必ずある。それに転移する瞬間を見切られていた場合、出現地点の予測演算は十分可能だ」
反論する気すら失せて、ただただ肩を竦めた。
推論をつらつらと並べてくれているところありがたいが、もはやバケモンか何かしかできない芸当にしか聞こえない。
一秒にすら満たない隙をどうやって悟る。出現地点の予測演算なんて、そんな高速でできたら誰だって苦労しない。
転移ってのは、相手がどこから来るか分からない、絶対に不意打ちができるって優位性があってこそ意味のある戦術だ。その優位性すら力技でねじ伏せられるとなると、もうどう戦えばいいんだって話になってくるじゃないか。
「気を落とさないで。生きている限り、挽回の余地はあります」
半ば心が折れかけた俺に、御玲の一声が心を潤す。だが同時に袋小路に閉じ込められたような感覚がのしかかり、気怠さがより一層深まった。
魔法も大して効かず、物理もほとんど効かない。転移魔法まで使った不意打ちすら対応してのけ、耐久力も十分。アンドロイドだから疲れもしない。
一方、俺たちは限界以上のバフで肉体疲労が無視できなくなってきている。翌日以降筋肉痛で動けなくなるリスクまで背負って戦っているのに、決定打に至らない。
戦いは俺たちが依然として優勢だ。でも致命打に欠けている以上、スタミナ切れで劣勢に持ち込まれるのは目に見えていた。
そう、相手はアンドロイド。動力源を破壊しない限り、ずっとコンディションを維持したまま戦い続けられるのだ。
「……やっぱ……やるしかねぇってのか……」
ふと心に欲望が渦巻く。それはどす黒く、歪んだ何か。身の丈に合わない力への渇望。魂の奥底に眠る、あの忌々しい``竜``が脳裏をかすめる。
仲間を守ると決めたとき、絶対に使わないと決めた無法がちらついた。アレを使えば活路は開ける。
―――焉世魔法ゼヴルード。
俺の心臓に眠る``天災竜王``ゼヴルエーレが使っていた超能力。自分が気に入らないと思ったもの全てを、強制的に消し去ることのできる外道の力。
俺はアイツとは違う。なんでもかんでも思い通りにするために、アイツは全てを利用した。宿主である、この俺でさえも。
だから奴と同じやり方で生きる気はない。俺の人生は俺のもの。俺自身の力で切り拓く。そう誓ったはずだった。
現実はままならない。目の前に、どう足掻いても勝てない怪物がいる。仲間の力を合わせても、それでも致命打になり得ない化け物がいる。そう考えたとき、やっぱり求めてしまうのだ。
俺の邪魔をする、何もかも全てをぶっ壊せる力を―――。
「いや……だめだ!!」
ここで力を使って奴を消しちまったら、久三男との約束はどうなる。自分自身の心に刻んだ信念はどうなる。
ただただクソ強い力を求める。そんなのゼヴルエーレや、はたまた憎い親父とやっていることは同じだ。
親父はこの世界が気に入らなくて力を求め、大事なもの全てを犠牲にして終いには俺に殺された。そんな奴と同じ人生を歩むってのか。冗談じゃねぇ。
俺は仲間を守りたい。もう絶対、二度と失わないように何がなんでも守りたい。
そのために仲間を信じ、仲間の力を借りて生きるって決めたんじゃないか。久三男、はたまた自分を裏切ってまで力を求め、力に溺れたアイツらと同じ道を歩むなんざ絶対にありえないことなんだ。
「今回だってそう。なんとかなるはずだ」
力じゃない。仲間を信じる。そう決めた以上、まずは久三男との約束を果たす―――。
「澄男さま!!」
戦場で迷いが生じた者から死んでいく。戦いに身をやつす者なら、常識レベルの常套句だ。俺だってそれくらい知っている。
でも俺ってなんでこうも迷いやすいのか。
俺の目の前にギラギラとした赤目を輝かせながら、女アンドロイドは俺の脳天をブチ抜こうと左手に握り直したであろう御玲の槍を構えて迫っていた。
いつ距離を詰められたのか。そんなことはわからない。俺は迷ってしまった。不死身だから死ぬことはないとはいえ、戦場に立つ者として間抜けな話である。
「クソ……!」
今から対応しても間に合わない。死にはしないが、脳天をブチまけられると復帰まで時間がかかるだろう。その間、御玲とパオングだけでコイツに対応しなきゃならなくなる。
パオングはともかく、御玲はバフで竜人化した俺のときと同じくらいの肉体能力にまで強化されているが、それでも俺みたく霊力を無尽蔵に使えるわけでも、再生能力で致命傷から復帰できるわけでもない。女アンドロイドの方が強い以上、劣勢を強いられるのは必至だった。
仲間を死んでも守り切る、そう決めた矢先にこのザマ。俺が先に致命傷を受けてどうする。そうなったら誰が仲間を守るんだ。
俺は不死だ。いくら傷ついたって構わない。たとえ身体が引き裂かれようと、仲間を失う痛みに比べれば屁でもない。
なのに、どうして俺は―――。
「だからよ、一人で頑張りすぎなんだよ」
暗澹な闇の帳を引き裂くように差し込んだ、一筋の光。その光は闇に呑まれることもなく、儚く弱々しくもない。全てを覆い尽くす闇の中、凛然と力強く輝いていた。
「お……まえ……? なん……で……?」
奴は死んだはずだった。腹をブチ抜かれ、大量の血を流し、側からみれば致命傷なのは火を見るより明らかな大怪我を負っていた。だからこそ足手纏いだと即断して見捨てた。
助かるはずもない。そう思っていたが、今は、今だけは、奴の存在が特別心強く思えたのだ。
「光粉塵」
女アンドロイドに舞い降りる、光の大粉塵。ダイアモンドダストの最強版のような輝きが視界を覆い、俺は即座にデカい何かに体を巻きつけられ、引き摺り込まれた。
何だ、と思ってそれに触ると、やや潰れた視界の中、黒光りする何かが垣間見えた。
「まにあったー。ぎりぎり、か?」
体に巻き付いている、黒光りする何か。感じたことのある感覚に、それが誰なのか、すぐに悟った。
「細かい説明は後だ。今度こそ、そのアンドロイドを倒すぞ。新人、ずっと戦ってたんだから、何かしら勝ち筋は見えたか?」
なんで生きているのか。今までどこにいやがったのか。そんな後からでも聞けるようなことを危うく今すぐ問い質しそうになったところを堰き止められる。
確かに、今そんなことはどうでもいい。
「……動力源を破壊すれば止まる。俺の従者が調べてくれた」
「となると貫通、か」
「試したが、パワーが足らねぇ」
「だったらお前らに俺らが加われば、どうだ?」
「……やってみる価値はある、かもな」
ポンチョ女を頭に乗せた百足野郎をチラ見する。そんな俺に、金髪野郎は不敵な笑みを浮かべた。
「考えてることは同じか。珍しく気が合うじゃねぇか」
「よせや。都合よく火力持ち兼でけぇ的がそこにいるなと思っただけだ」
「むーちゃんはまとじゃねー」
「わーってるって。んじゃ早速、御玲さんや。槍頼めるか?」
「さっき使ってしまいましたが、氷で錬成した即席槍ならば」
御玲が右手からつららのクソデカいバージョンみたいな槍を作りだす。俺としては特に驚くことでもなかったが、金髪野郎とポンチョ女は目をひん剥く。
「中々凄いなアンタも……まあいい。その槍を母体にする。新人、霊力をありったけ込めろ」
「俺の作戦丸パクリじゃねぇかよ」
「そうでもねぇさ。根本は同じでも、やり方や威力を変えるだけで別物になる」
「どう変える?」
「むーさんの属性光線も重ねがけする。俺は奴の注意を惹きつけ、確実に命中させる」
「お前が?」
「見縊るなよ。これでも的役として動けなくもないんだぜ? お前は持ち前の馬鹿霊力を注ぎ込むことに集中しろ」
ほぼほぼ俺が考えた作戦のパクリだが、囮役が俺じゃなく金髪野郎になったことで、俺は霊力量をより破壊力に意識を向けることができるようにはなった。
確かに俺たちだけでやるよりかはマシになるかもしれない。
「さて。そこの象のぬいぐるみ。アンタが何者かは今のところ不問にしてやるが、もちろん手伝ってくれるんだよな?」
「パァオング。当然である。先程は一本取られたからな。次は我が出し抜く番ぞ」
金髪野郎やポンチョ女から明らかな疑いの目で見られながらも、そんなことなど意に介さず意気揚々とした態度で答えた。
この作戦を実行する上で、パオングの霊力制御技術は必須だ。俺らだけでは、莫大な霊力を貫通能力に高めた上で、最高効率で攻撃力に変換といった高度な真似はできない。
金髪野郎もそれを理解しているのか、得体の知れない存在のはずのパオングの参戦を認めた。
「俺の魔術、``光粉塵``の効果はあと十秒もしないうちに切れる。俺は最後のストックを使ってコイツの足を止めるから、お前らは確実にこの作戦を成功させろ」
懐から白く輝く試験管のようなものを数本取り出すと、それを一気に飲み干した。何故か一瞬ため息をついていたが、すぐに空になった試験管を投げ捨てて、女アンドロイドへ特攻する。
女アンドロイドは既に光の大粉塵から解放されつつあった。視界を遮るほどの輝きは既になく、もはや疎らな鱗粉が漂う程度にまで薄くなっている。奴の目が戻れば、また反撃される。
だが奴の下へ特攻した金髪野郎もまた、考えなしに特攻したわけじゃない。光の鱗粉がなくなる直前、女アンドロイドと金髪野郎を包み込むように、光の大粉塵が現れる。作戦開始の狼煙が上がったのだ。
「御玲!!」
ありったけの霊力を御玲が錬成したつららに送り込む。火をイメージすると融けてしまうだろうから、特にイメージとかせずに純粋な霊力を身体から引き摺り出す。
「むーちゃん!」
次は百足野郎が口から白いビームを出す。御玲ごと殺っちまうんじゃ、と一瞬思ったが、ビームは何も破壊することなくつららに馴染んでいく。
俺の霊力、そして百足野郎の霊力を吸収し、つららはより太く、より大きく、より鋭利に成長する。準備は整った。あとは制御をパオングに任せるだけだ。
「眩しい……狙いが」
「案ずるな。我が狙う」
視界は完全に光の大粉塵に遮られ、女アンドロイドも金髪野郎も見えなくなっていた。目が痛くなるくらいの輝き。とてもじゃないが一人に狙いを定めて槍を投げられる状況じゃない。
でも霊力制御を担うパオングの目は、的確に二人を捉えていた。
「てめーら。これがさいごのちゃんすだかんな? はずすんじゃねーぞ」
百足野郎の頭にふんぞり返っているだけじゃなく、偉そうに先輩風吹かせてくるポンチョ女。百足野郎がいなきゃなんもできねぇ奴に言われるのは癪だが、実際のところ同感なだけになんも言えない。
舐めた態度を取ってくるポンチョ女に、とりあえずガンを飛ばしておく。
これで失敗すれば、奴を足止めする策はもうない。転移で不意打ちさせても対処できるような奴にいくら狙いを定めたところで徒労ってもんだ。
要は奴が回避したくても、対処したくてもできない状況下で確実に一発ブチこむ。それができなきゃ、俺たちにもう勝ちはない。
「今である、投擲ィ!!」
パオングのコクの効いた一声が響いた。流れるように御玲の手から離れる即席槍。パオングの霊力制御の下、つららは大粉塵の渦の中に突っ込んでいく。
「我に魔法戦を挑んだ事。後悔させてやろう。澄男殿、ありったけの霊力を頼む」
「おう分かった!」
「ふん!! これで勝つる。チェックメイトだ」
刹那、大粉塵の中にいたはずの金髪野郎が俺たちの目の前に現れた。意味が分からず困惑する俺たち。制御する者を失ったのか、大粉塵の渦は一瞬で瓦解し、中にいたはずの女アンドロイドが姿を表す。
「な……に……!?」
そこには左胸を貫かれ、目を丸くした女アンドロイドの姿があった。
ものの見事に、貫通。むしろつららから霊力の侵食を受け、左半身は氷漬けになっていた。歩きもぎこちなく、赤い瞳からは覇気がない。
肌で感じる霊感から悟った。動力源を貫かれ、もはや虫の息に追い込まれたことに。もう俺らが手を下すまでもない。奴の``死``は確定したのだ。
「あ……りが……ーーー」
目から赤い輝きが消えていく。命の灯が消えていく間際、偶然か俺と視線が交わった。
最期に俺を見たときの奴の表情は、何故だか普通の女の子のように垢抜けていた気がした。ただの見間違いかもしれない。でも心なしか嬉しがっているようにも、一瞬思えた。
一瞬浮かぶ久三男の顔。もしかして女アンドロイドは、久三男を信用していたのではあるまいか。
久三男はアドミニスターになったとか言っていた。女アンドロイドはロボットだが、意思がある。動力源を破壊され、機能停止になることで久三男との約束を果たせたと確信したのではあるまいか。
普通はハッタリか何かに久三男が間抜けにも騙されたと捉えるのが自然だ。手のひら返すように、久三男を信用するとは思えない。
でも女アンドロイドは半信半疑ながらも、信じたのかもしれない。久三男に賭けることで、新しいアドミニスターに心の底から仕えられる。その瞬間を―――。
もしそうなら女アンドロイドは見事、その賭けに勝ったと言える。してやられたと思うのと同時に、案外久三男と女アンドロイドはマジで良いコンビになるんじゃないかと、彼女が久三男の横を歩いている姿を見るのが楽しみな自分がいたのだった。
膝をつき、事切れたように動かなくなった。しばらく身構える俺たちだったが、もはや奴に生気はない。膝をついて俯いている姿は、本当によくできた人形のようだった。
戦いの結末ってのは、ときにあっさりとしたもんだ。
俺たちを何度も窮地に追いやってきた女アンドロイドは、胸をつららに貫かれて事切れた。あっさりしているなと思う反面、ようやく止まったかっていう安堵も凄まじい。
女アンドロイドが完全に止まったのを感じとった俺たちは、女アンドロイドの骸を囲う。誰も話さそうとせず女アンドロイドをまじまじと見つめているので、第一声、俺がまず金髪野郎に視線を投げた。
「で、なんでお前生きてんの?」
「藪から棒に失礼だなお前……」
苦笑いをこぼす金髪野郎と何故か眉を顰めるポンチョ女。
別に変なことは聞いてないはずだ。コイツは腹をぶち抜かれて地面に落っこちたのを最後に、一切姿を見ていない。俺や御玲が回復させたわけでもないし、近くに都合よくカエルがほっつき歩いていたとも思えない。
逆にカエルが``蘇・生``とかいう謎の回復魔法を使っていたとするなら、俺たちに霊子通信で報告がくるはず。そんな報告は一切なかったから、コイツの蘇生には俺らは関わっていないのだ。
勝手に蘇ったわけでもあるまいし、戦いが終わった今なら聞いてもいいはずである。
「いつ死んでもおかしくねぇ職についてんだ。覚悟は昔っからしてたから、死ぬ直前って寒いんだなとかくだらねえこと考えてたら、地中からむーさんが出てきたんだ」
百足野郎の黒光りする装甲のような肌を撫でながら、俺に見捨てられた後のことを話し始めた。
俺に見捨てるよう促した後、金髪野郎はそのまま地面に落下したが、そこに戦線復帰のタイミングを見計らっていたポンチョ女と百足野郎が、金髪野郎の負傷を察知して救出。百足野郎は回復魔法も使えたらしく、虫の息だった金髪野郎は事なきを得ていたっていうわけである。
後は俺らの戦いを観察しながら、有効打を模索していたらしい。俺が御玲の槍で貫くところを見て、参戦することにしたそうだ。
「つまり、俺らを囮に使ったわけか」
「人聞き悪りぃなぁ。勝てば官軍だろ?」
「そうだけどよ」
「それに、だ。無闇に俺らが割って入ったところで、有効打が分からん以上は参戦する意味がない。犬死にする確率が高まるだけだし、だったらここぞってタイミングがくるまで、俺は死んだことにしてた方がコイツの裏をかけると思ったんだよ」
事切れた人形と化した女アンドロイドを見やり、不敵に笑う。
なんか手の平で踊らされた感があるし、なんならコイツらがいないせいで御玲への負担が高まっていた可能性を考えるとものすごく癪だが、逆に俺らが金髪野郎たちの立場だったら同じ真似をしていただろう。
無駄死にが分かっていて、仲間をそんな戦場には絶対に連れて行かない。久三男を囮にするために連れていくか、と問われれば断じて否と答えるのと同じように。
それに戦力外の奴が戦線復帰してきても、正直邪魔なだけだ。御玲か弥平なら仲間だからなんとか戦力として活かしながら守る気概で挑むが、金髪野郎たちは俺が全力で守らなきゃならない奴らでもないし、コイツらを守りながら戦うとか正気の沙汰じゃない。
仲間は絶対に何があろうと守らなきゃならないが、仲間以外はどうなろうと責任を持つ気はない。こっちは抱えているものがこぼれ落ちないようにするので精一杯なのに、仲間以外を守るために立ちまわるとか本末転倒にも程がある話なのだ。
「まあいいや……結果勝てたわけだしな」
どんどん頭の中が暗澹とした方向へ考えが進むので、頭を掻きむしりながら、ここは納得しておくことにした。
実際、金髪野郎たちが仲間に加わったことで攻撃も当てやすくなったし、前よりもパワーのある攻撃ができたわけだし、御玲も死んでいない。何も失わずに目的を達成できたのだから、金髪野郎の判断は妥当だったってことで細かいことは不問にしておいてやろう。仲間が傷ついたとかそんなんでもない限り、何事もポジティブ思考だ。
「てなわけで解さ」
「おっと、まあ待てよ。俺らからも聞きてぇことがあるんだが?」
久三男との約束もある。嫌な予感がするからさっさと女アンドロイドを持ち帰って休むかと思っていたのに、悪い虫の知らせってのは、なんでこうも的中率が高いんだろうか。
「そこの象のぬいぐるみみたいなやつ。ソイツは何なんだ。まさか使い魔とか言うんじゃねぇだろうな?」
予想通り、金髪野郎の注目はのほほんと突っ立っているパオングに向けられていた。
自分たちが隠れている間に新人が新たなぬいぐるみを引き連れて戦場で戦っていたのだから疑問に思うのも無理はない話だけど、正直こうも予想通り面倒くさい展開が起こると気怠さが千倍増しである。
とにかく勝てたんだしカエルたちの存在もあるのだから、パオングの存在ぐらい事情説明なしで認めてほしいものなのだが。
「あー……実は家に待機させてた俺の使い魔第五」
「嘘吐け」
「じゃあ今から使い魔って設定で」
「罷り通るか!! 使い魔は設定じゃねぇ、任務に使う前に事前登録しとくもんだ!! そもそも、前にも言ったが戦力として扱える使い魔なんて使い魔じゃねぇって前にも言ったろ!!」
「じゃあどうしろと……」
「いや、そのぬいぐるみは何者なんだよって話だよ。あの二頭身軍団もそうだが、はっきり言って普通じゃねぇぜ? なんで使い魔っぽい奴が人の言葉話せて、なおかつ俺らよりも戦えて、さらにはさも当然のように湧いて出るんだ。おかしいだろ?」
そんなこと言われても、俺にも正直コイツらの正体なんぞよく知らんのである。
突然俺たちの前に現れて、俺たちに協力し、怨敵だった親父を倒すために一緒に戦ううちに仲間になった関係だ。
最初は俺だって怪しいとは思っていたが、親父との戦いの後、そんなことはすでにどうでもよくなっていたし、コイツらからも敵意を感じない上、なんだかんだ盛り上がるので悪い気はしなかった。むしろコイツらがいる今の方が、ちょっと前よりも日常が面白おかしく感じるくらいだ。
だからそれでいいんだよ、と心の中で言い訳をつらつら並べて一人で締めくくってみるが、もう流石に使い魔で押し通すのが辛い状況になっている。
パオングを出したら面倒なことになるからなるべく出張らせたくなかったが、相手が相手だった以上、余裕もなかった。不可抗力とはいえ、面倒なのが最後に残ってしまったのがマジで悔やまれる。キメるしかねぇか。
「そうだな。おかしいな。正直俺もよく知らんし」
金髪野郎は目を見開き、さっきまで黙っていたポンチョ女はなぜかキレ気味だ。キレ気味なのはよく分からんが、金髪野郎のリアクションは想定の範囲内。反論がぶちこまれる前に畳み込む。
「俺たちだって最初から仲間として見てたわけじゃなかったさ。最初は疑いの目で見てたし、仲間なんてとんでもねぇとすら思ってた。でもな、コイツらは俺を負の因果から救う手助けをしてくれた。仲間と認める理由は、それだけでいい」
「負の因果? そりゃあ……」
「そこはテメェらが知る必要のねぇことだ。そうだろ?」
これ以上、根掘り葉掘り聞かれるのはうんざりだ。金髪野郎たちとはなし崩し的に共闘していただけにすぎない間柄。この戦いが終われば、もう関わるかどうかも分からん連中である。
そんな奴らに親父と俺との因縁、今は亡き友―――澪華との関係、そして親父をブチ殺すために一億もの人間を殺し尽くしたことを語る必要なんてない。
これは、俺と俺の仲間たちだけが知っていればいい事実なんだ。
低い声音で強めに突き放したせいか、金髪野郎の追及が止んだ。頭を掻きむしり、ため息を吐きながら。
「まあ……そう、か。そういうことにしておくよ」
なんだか寂しげな感じの声音だったが、俺はそれを脳内で振り払う。コイツらは仲間じゃない、そう言い聞かせて。
「話は終わりだな。んじゃ元気で」
「待て待て。何してる」
もう話すこともない。いい感じに話が区切られたから、この隙に切り上げようとした矢先にこれだ。すっごく嫌な予感がするし、もういい加減、帰らせてくれないだろうか。
「こんなとこでグダグダ立ち話する義理もねぇし、帰宅するんだが?」
「いや、そんなこと聞いてんじゃねぇんだ。なんでそのアンドロイドの残骸を持ち帰ろうとしてんのかって話よ」
俺が背負うとしていた、女アンドロイドの骸を指さす。
なんとなく突っ込んでくるだろうなとは思っていたが、一番当たってほしくない嫌な予感が見事にまぁた的中してしまった。俺は盛大に舌打ちをブチかます。
「討伐任務だぞ? 討伐した証拠として、ハンティングトロフィーを本部に提出する必要があるだろうが」
まるで当然だろ、みたいな言い方されても、そんなことは知らん。
大方、機関則か何かに書いていたのだろうが、そんなゴチャゴチャしたものは読んでいても覚えてない。覚える気も特にないし、そもそも倒したのは俺らなのだから、提出しなきゃならない意味が分からない。いや、そもそもしたくない。するわけにはいかないんだ。
「そんなの俺らが倒したって報告すればいいだけの話だろ」
「だめだ。それは本部に提出して、きっちり調べてもらう必要がある。ハンティングトロフィーを提出する意味は、何も名誉だけじゃねぇ」
「いや、悪いが無理だ。これは持ち帰ると従者と約束してる。その約束を反故にするわけにはいかねぇ」
「それはお前と従者の個人的な約束だろ? 請負機関には……」
「俺は約束を違えねえ!!」
突然の怒号に、場が鎮まりかえった。恐ろしい静寂とともに、氷のように冷たい緊迫した雰囲気が、身体を引き締める。
冷静を装って波風立てずに振りほどこうとしたが、無理だと悟った。だったらこっちは攻撃に転じる。誰が何と言おうが、俺が今背負っているものを絶対に譲るわけにはいかない。なぜなら、このアンドロイドは―――。
「俺の従者が欲しがってんだ!! 奴にとって、これが初めての一歩かもしれねぇ!! 俺は男として、それを無碍にするわけにはいかねぇんだよ!!」
身体が火炙りにでもされてんじゃねぇかってくらい熱くなる。
俺は久三男の願いを聞き入れた。あくのだいまおうが言っていたからってわけじゃねぇが、あくのだいまおうが言っていた迫られる選択ってのは、もしかしなくても久三男の事だ。
久三男は仲間を欲しがっていた。今までアイツが仲間と呼べるような奴は周りにおらず、強いて言うなら俺か母さんぐらい。友と呼べるような奴は一人もいない。
俺もかつては孤独だった。周囲には木萩澪華と久三男と母さんしかおらず、むしろソイツら以外は全員敵みたいなものだった。
でも今は久三男に加えて御玲もいて、弥平もいて、澄連もいる。色々あったけれど、その色々があってこそ、俺には死んでも守り切らなきゃならねぇ、かけがえない新しい仲間ができたんだ。
それは、久三男だって同じ。
「機関則? そんなもん知るか!! 機関則でガタガタ抜かすなら、本部の奴ら連れてこいや!! 全員叩きのめしてでも俺は俺の信念を貫く!!」
俺も男だ。言い放ったことに二言はない。
俺も仲間を持ったように、弟もまた仲間が欲しい。その欲望を兄たる俺が奪ってしまっていいのか。機関則如きに、奪われていいものか。否。そんなもの、断じて否だ。
仲間から笑いを奪うような真似を、俺は絶対にしない。それが血の繋がった唯一無二の弟なら、尚更だ。
暫し沈黙が俺たちの間に流れる。でも、そんなのが長く続くわけもない。その沈黙は意外な奴によって無造作に破られる。
「……てめー、まじでざけんじゃねーぞ」
さっきまで黙っていたポンチョ女が、俺の怒号によって生まれた沈黙を食い破るように、一歩前に出る。声音は低く、眼光は鋭い。それは明確な敵意だった。
「もーこのさいはっきりいわせてもらうぜ。てめーなにさま? ぺーぺーのくせにナマいいすぎなんだよ。さっききかんそくなんかしらねーっつったな? こっちからすりゃーよ、てめーとそのじゅーしゃ? とのやくそくこそしらねーってはなしだ。てめーのつごーでぜんぶことはこぶとおもってんじゃねー、よのなかそんなあまかねーんだよダボが」
「ふーん……じゃあ何? 男の口約束が機関則とかいう何処の馬の骨ともしらねぇ奴が決めたグダグダ長いだけのルールに劣ると? へぇ、クソつまんねぇ考え方してんだねェ? だから雑魚なんじゃねぇのテメェ?」
「あーしがよえーのときかんそくはかんけーねーだろーが。いいかえすことねーならむりすんなよ、ばかにみえるぞ」
「あ、ハイ? 元から馬鹿なんで? 別に馬鹿だと思うなら勝手に思っといてもらって結構。煽ろうとしてんのバレバレだしもういいよ。テメェが力だけじゃなく口も雑魚なの分かったからさ、もう黙っとけよ」
「チッ…………くちのへらねーガキが」
「あ? テメェと俺そんな歳変わんねぇよね? まあいいや。もうだりぃし、そんなに気にくわねぇなら拳でこいや。テメェから先に潰してやっからサ」
「いったなクソガキ……!」
ポンチョ女の霊力が突然、数段跳ね上がった。さっきまで俺に一割以下しかなかったのに、一瞬で御玲に迫るほどの霊力を手にしたのだ。まるで誰かから借り受けたように。
「むーちゃんはてーだすな。このガキはあーしがシメる……!」
できもしねぇくせに、でけぇ口を叩くポンチョ女。
確かに霊力が一気に膨れ上がったのは驚きだしカラクリがまるで分からんが、逆に言えばそれだけだ。高々霊力が御玲程度になっただけで俺に勝てると本気で思ってんだろうか。だったら片腹痛ぇ話である。
「澄男さま、ダメです。本気を出しては」
「ださねぇよ、軽くサクッとブチのめすだけだ」
流石に口喧嘩で済まないと悟ったんだろう、御玲が身構えながら止めてくるが、俺は本気など出す気は全くない。いや、出す必要もない。
百足野郎が出張るなら話は別だが、ポンチョ女一人ならワンパンで黙らせられる自信がある。
どうするかって。顔面にグー。それで終いだ。
「闇霧!!」
ポンチョ女の手から暗黒の霧が飛び出す。俺はそれが何か、すぐに悟った。忘れるはずがない、この霧こそが、コイツらと出会うきっかけとなった一撃なんだから。
「二度も喰らうか!! 煉旺……」
「やめろ!!」
方向感覚も何もかもがわからなくなる闇の霧。そんなもの、全て焼き尽くしてしまえばいい。霧だろうがなんだろうが、広範囲に広がるものは広範囲を焼き尽くす業火で跡形もなく消してしまえばいい。
その一心で放たれようとしていた火の球は、金髪野郎の怒号によって闇の霧もろとも掻き消えた。俺も、そしてポンチョ女も、お互いを遮るように仁王立つ金髪野郎に目を見開かせる。
「やめろ。つまんねぇ喧嘩なんざしたって何も産みやしねぇ」
「だまれよレク、このガキはあーしが……」
「まずブルー、お前の言ってることは正しい。機関則は請負人が守るべき絶対ルールだ。どんな理由があろうと破ることは許されねぇ。でもな、言い方を考えろって前から言ってるよな?」
「チッ……んなもんナメられるだけ……」
「今までの新人で、言うこと聞いた試しがなかっただろうが。高圧的に正論ブチかませばいいってもんじゃねぇんだよ」
そこまで言ってポンチョ女は押し黙った。不満が顔から滲み出ているし、なんなら怒り丸出しの舌打ちだったが、金髪野郎は意に介することなく、俺に振り向く。
「そんでお前。任務請負機関に所属する者として、機関則を蔑ろにするのはご法度だ。それをやるなら、請負人辞めろと言わざる得なくなる」
「だったら何だ? 俺が約束を反故にしろと?」
「機関則も請負人が守るべき大事な約束だぞ? 約束がどうのこうのと言うんなら、機関則を破るのはいいのか?」
「お前らにとっては大事だろうさ、でも俺にとっては男と男の口約束の方が大事なんだ。テメェも男なら、それぐれぇ分かんだろうが」
「そりゃ分からんでもねぇさ。でもそれとこれとは話は別だ」
「チッ……話になりゃあしねぇ。行こうぜ御玲」
「待て待て。何もその残骸全部持ってくとは言ってねぇだろうが」
ポンチョ女が目を見開かせた。俺も思わず足を止める。
全部持っていかれるものとばかり思っていたし、機関則機関則とガタガタうるせぇから並行線になると思っていただけに、ちと肩透かしを食らった気分だ。
「お前の主張は分かった。確かに今回の戦いは、お前たちの存在があってこそだったし、俺らだけじゃ対処できなかった」
「……能書きは邪魔だ。要するに何が言いてぇ?」
「結論を急ぐなよ。お前たちの言い分も聞く価値はありそうだって話だ。でもその前に」
まるで何も分かってねぇガキに説教でもするような、でも怒らせねぇように諭すような態度。
俺の胸中に宿る感情の炎は未だに熱く燃え盛っていたが、不思議と臨界点を突破しないギリギリのラインを保っていた。
「請負人を名乗る者として、機関則だけは守ってもらう。それだけは先輩として、譲るわけにいかねぇのよ」
金髪野郎の黄金色の瞳から放たれる眼光は、一切の濁りがない。反論も否定も許さない雰囲気が、俺の口を針で縫うように容赦なく塞ぐ。
ただの他人如きの眼光に呑まれるなんざ癪だが、予断を許さぬ眼光から目を背ければ男として負ける。俺の本能が、そう疼いたのだ。
「アレは任務を請け負う者が、自由を引き換えに帯びる義務のようなもんだ。機関則という秩序を守ることで、一般市民やどこぞの中小暴閥よりも幅広い自由な生き方が保証されてんだよ。そうじゃなきゃ、請負人はただの無法者集団になっちまうだろ?」
金髪野郎と出会う直前、あわや御玲が辱めを負わされそうになったときのことを思い出す。あのときの請負人どもは、確かに紛れもない無法者だった。
そこら辺にいる雑魚いチンピラって感じで、秩序だとかそんなものとは無縁な連中のように思えた。俺が知らないだけで、請負機関にはそんなのがちらほらいるだろう。
もしもルールがなかったら、そんな有象無象が跋扈するクソみたいな状況になっているわけで、そう考えると何度御玲が辱めを受けることになるだろうか。そりゃルールが必要なわけである。
自由はルールがあってこそ、なければただの無法。それはありとあらゆるもの全てを己の意志だけで消滅させる、ゼヴルエーレの外道の法と同じ―――。
心中に沸き立っていた炎が、小さくなっていくのを感じた。
「っつーわけだ。まとめるが、お前らの言い分は聞く。だが機関則はある以上、ハンティングトロフィーの提出はする。じゃあどうすんだって話だが……なーに、話は簡単だ。腕か足……なんでもいい。都合がつく部位だけ、俺によこしてくれればいい」
金髪野郎の声音は温和だった。怒っているわけじゃなければ、仕方なく言っているってわけでもない。本心から、そう言っている雰囲気がひしひしと感じられる。
胸中に宿るモヤモヤと緊張感が消えていく。腕が足、その程度ならあげてもいいと思えてくるほどに。
久三男なら腕や足がもげた程度どうにでもしてしまうだろうし、むしろここで俺がゴネる方が、拗れてますます収拾つかなくなる気がする。正直、もう帰りたいし。
「し、しょーきかよレク!?」
俺から怒りが消えていく最中、ポンチョ女は驚いた表情で金髪野郎のボロボロになった服の裾を引っ張る。もはや布切れに近い状態で引っ張っているので「やめろ、裸になっちまう」とか言いながら、ポンチョ女の頭を優しく撫でた。
「そんな頭おかしくなったのかコイツみたいな言い方すんなよ。別に腕や足だけでもハンティングトロフィーとして成立するだろ? 機関則には、どっからどこまでがハンティングトロフィーになり得るか、なんて記載はねぇし」
「ん……! そ、そりゃそーだけど……」
「機関則を決めたのは紛れもねぇ本部の上の奴らさ。それで何かあれば、上の奴らがケツを拭くさ。俺らにはなーんも責任はない。提出義務を果たしさえすれば、な?」
これまた諭すようにポンチョ女の顔を見つめる。少しの間無言で渋ったポンチョ女だったが、俺と金髪野郎を交互に見つつ、ため息を吐いて目を閉じた。
「…………じゃーもーいーよ。めんどーさえなけりゃー、どーでもいー。あとはしらねー」
もはや、一種の諦観だった。不貞腐れつつも、ポンチョ女から霊圧がなくなっていく。それを確認すると、また俺の方へ振り向いた。
「てわけだが、どうする?」
考えるまでもない。答えはもう決まっていた。
「腕をくれてやる。後でゴタゴタ抜かしてもビタ一文よこさんからな」
腕、というか脆くなっている関節部分を適当に引きちぎり、それを金髪野郎に投げ渡した。ここでようやく、俺たちは別れたのだった。
こうして、武市を突如埋め尽くしたロボット軍団は、本部の請負官が指揮する各支部の請負人たちの連合軍によって壊滅。そのほとんどの残骸は本部に提出され、正体の究明に利用された。
その数日後、国全体の安全が確認されて、都市中の住人たちが続々と地上に復活し、三日も経たずして街の雰囲気は何事もなかったかのように元に戻った。
元々ロボット軍団が街や家屋を不用意に破壊しなかったとはいえ、日頃脅威に晒されているだけあって復帰も異常に速かったことに、俺は少しだけ感心を覚えたのだった。
それと金髪野郎が提出した女アンドロイドの片腕だが、どうなったかは俺も知らない。ただ主犯は暴走した女型のアンドロイドで、北支部の請負人``閃光のホーラン``が討伐したと請負機関本部から公式ニュースが流れた。
金髪野郎は一躍時の人になったが、あの戦い以来奴とは出会っていない。人々の称賛を掻い潜り日夜任務に出かけているようで、俺と御玲が活動している時間帯には姿すら表さない。
ポンチョ女の方は常に北支部の隅で百足野郎とともに雑魚寝かましているが、俺らが近くを通っても声はおろか目すら合わせてくれなかった。
共闘する理由がなければ、もうただの他人ってことらしい。俺としては、そっちの方が都合良いから特に何とも思ってねぇんだけども。
つーわけであの戦いが終わった後も俺たちは俺たちで任務をこなしている。まずは目標、本部昇進である。責任が重くなるのが癪だが、全ては最終目的を果たすためだ。文句なんぞ言っていられないのである。
最後に、俺が持ち帰った女アンドロイドの本体。アレがどうなったか。
俺は当たり前だが約束を果たすために持ち帰っただけであって、女アンドロイドそのものに興味はない。家に帰って久三男に渡した後どうなったかは、誰も知らないのだ。
じゃあ誰が知っているのか。それは開発だの発明だのが大好きな、我が愚弟のみぞ知る―――。
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2024/02/23
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