無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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覚醒自動人形編 下

反抗戦

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「帰ったぞ」

「聞かせろ」

 転移してきた俺と御玲みれいは、仮眠を取っていた金髪野郎に一声かけると早速説明責任を果たす羽目になった。

 リビングで纏めたことを、とりあえずバレると面倒な部分をテキトーに端折ったり、改変したり、でっちあげたりして、なんとか説明し切った。

 正直質問攻めにあったらどうしようとか内心ヒヤヒヤしていて汗だくになっちまったが、黙って聞いていた金髪野郎は、割とすんなり納得してくれた。

「なるほどな。しっかしSF小説にしか出てこねぇような奴だなあ、その従者……」

「気持ちはすげぇ分かるがここは飲み込んでくれ。詰まられると正直話が進まねぇからさ」

「わーってる。もうお前関係に驚くのも飽きてきたところだしな」

 肩を竦め、もうお手上げって感じでため息をついた。状況を理解しているのか、ここでグダグダしないあたりがやはりプロってわけか。俺としてもやりやすい。

「んじゃ、女アンドロイドを追うぞ」

「あ? 百足野郎どもはどうすんだ」

 俺は周りを見渡すが、あの圧倒的存在感を感じさせる百足野郎とポンチョ女の姿は見当たらない。まだ呑気に雲隠れしているのか。

 金髪野郎も金髪野郎でまだ合流できていないというのに、やけに落ち着いている。どうするつもりなのだろうか。

「アイツらはいいんだ。そのうち勝手に戦線復帰してくっから」

 澄まし顔で、淡々と答える。

 なんとも便利な奴らである。とりあえず心配する必要はないってことでいいのだろう。全幅の信頼を置きすぎな気がするが、あの百足野郎の風格を思えば、それも当然か。

「つってもどうやって女アンドロイドを追うかだが」

「そんなもん軍勢の流れを遡れば分かるさ。指揮官ってのは大体軍の後方にいるだろ?」

 女アンドロイドにかかりっきりの久三男くみおに無理言って、霊子通信で逆探知を頼もうとした矢先。ざっくりした分かりやすい方策がブチこまれ、否が応もなく納得した。むしろこれくらいシンプルなのがいい。動きやすさって大事だと思うんだ。

「じゃあ行くぞ!」

 まるで猿のように高層ビルを軽々と登っていく金髪野郎。俺らと同じくらい身軽なのは驚きだが、もう一々驚く必要もない。さっさと女アンドロイドにリベンジすることに思考を切り替えつつ、軽々とビルとビルの間を駆ける金髪野郎の後を追いかける。

澄男すみおさま、こんなことを聞くのは今更なんですけれど」

「んあ? なんだ」

 本来なら転移魔法を使いたいが、久三男は女アンドロイドの脳味噌制圧に忙しい。余計なことをして気を散らせるのも良くないし、そうなると女アンドロイドの居場所を聞こうにも聞けず転移が使えないというクソ面倒な状況に頭を悩ませていると、御玲みれいが俺の顔を覗き込んできた。

 敵と合流するまでは特にやることもない。話す余裕は充分にあった。

「思ったんですが、どうしてあのアンドロイドは私たちに敵対するのでしょうか」

「ほんっとに今更だなそれ……」

 文字通り今更すぎて、返答に困ってしまう。

 正直、個人的には敵対している理由なんぞどうでもいいってのが本音だ。問題は敵対している、じゃあどう始末するかであり、事情なんざ知ったこっちゃない。

 相手はアンドロイドなんだから尚更で、人間じゃないんだから大した理由もないんじゃないかと考えていた。

「確かにただの戦闘力の高いロボットってだけなら、私も深くは考えたりしないのですが……あのアンドロイドはかなり高い知能を持ってるじゃないですか」

 戦いを思い返してみる。確かに、あの女アンドロイドの技量は尋常じゃなかった。

 まるで殺すことに最適化された超級の戦士かよってくらい何もかもに無駄がなく、そのことごとくが一瞬だった。

 ただのパワー馬鹿ならもっと無駄が出ていてもおかしくないし、なんなら逃げる隙もあっただろうが、奴は俺たちを殺すのに最適な威力と速度を推し量り、その上で全てを一瞬で終わらせてきた。

 撤退の判断を下す―――その暇すら与えずに。

 それはただ馬鹿みたいにパワーをふりかざしているんじゃなく、どうやったら敵を確実に、それも一瞬でブチ殺せるかを計算するだけの脳を持っているってことであり、それだけの知能を持っているのと同義だ。むしろ知能が無かったら、ヴァズやミキティウスでケリがついていた可能性だってあっただろう。

「今までの戦闘を総括するに、あのアンドロイドには何か目的があるんだと思うんです。目的があって、そのために戦っている。そう思えてならないんです」

「目的ってなんなんだよ」

「それは分かりませんが……手下のロボットに請負機関支部のみを襲わせていることからして、ただの大量虐殺がしたいわけではないのは明白ですね……」

 確かに、何故かロボット軍団は請負機関の支部だけを襲っていて、それら以外には何一つ手出ししていない。自分の領土を侵されてブチギレてる市民には一切興味を示さず、攻撃されても反撃しないという有り様だ。

「うーん……わかんねぇな。請負機関だけを襲って、一体何を得ようとしてるんだ?」

「女アンドロイドは生体融合という技を持ってるんでしたよね」

「技って言っていいのかわかんねぇけど、そうらしいな。弥平みつひらの腕を吸収したとか言ってたし」

「女アンドロイドは本調子ではない、とも久三男くみおさまは言ってましたよね」

「言ってたなそういえば……ってまさか?」

「請負機関に所属している請負人は、いわば餌……全快状態に限りなく自分を近づけるための生贄なのでは」

 それなら納得がいく。手下のロボット軍団に支部を壊滅させ、請負人の死体を回収。その死体から有用な肉体を持っている死体を厳選して、生体融合の素材に用いる。

 死体の数が多ければ多いほど、女アンドロイドは全快状態に速く回復できるということになる。

 確かに、そこらの市民をちびちび夜襲するぐらいじゃ、あまりにも効率が悪い。そんなみみっちいことをするよりも、手下を大量に投入して強い奴を含めた大量の死体を一気に手に入れられれば、さっさと強化改修が進められる。戦うだけの力を手取り早く手に入れられるって寸法だ。

「でもそうなるとだぞ? そんな大それたことをしてまで、奴は何を為してぇんだ?」

 一定の戦闘力を持つ人間を大量虐殺し、それらを厳選して強い奴と生体融合を果たす。そんな闇深い禁術の儀式みたいな真似をしてまで、女アンドロイドは何がしたいのか。

 まあ目的が分かったところでぶっ壊すことに変わりはないし、だからこそ今まで興味がなかったんだが、今思えば奇妙な話だ。

 既に女アンドロイドは、俺たち全員を相手取って圧勝できるくらいにスペックを高めている。もはや今のままでも常軌を逸したバケモンなのに、まだ力を欲している様は、まだこの程度では足りないと言わんばかりの勢いである。

 嫌な予感がした。なんとなくだし、何の根拠もないから今はなんとも言えないが、やっぱり裏を取る必要があるかもしれない。脳内の霊子通信を経て、久三男くみおを呼びだす。

『予定変更だ。例の女アンドロイドの目的を調べろ』

『……意外だね、兄さん興味なさそうだったのに』

『最初はな……ただの杞憂で終わればそれでいいんだ。頼んだぞ』

『ははは、言われなくても調べるつもりで動いてるよ。個人的に気になるからね』

『……言っとくが、惚れんなよ。相手はあくまでロボットだからな。ご主人様だとか、マイマスターだとか、そういうハートフルラブコメディに出てくる、第一話で空から主人公の目の前に降ってきた謎のヒロイン的な展開はないからな』

『わ、分かってるよ!! ぼ、僕はその……別に期待してないから!!』

 絶対期待してるだろ。ワンチャン仲間にして自分がそのマイマスター的な存在になろうとしてるだろ。お前の兄を何十年やってると思ってる。テメェの趣味嗜好はお見通しなんだよ。

『つーわけだから、相手が美少女アンドロイドだからと気を抜かないように。じゃあな』

『僕は別にそういうわけじ』

 ガタガタとうるさいので、一方的に霊子通信をぶった切る。まあアイツのことだから言ったことは完璧にやってくれるだろう。こういう調べ物は久三男くみおに任せるに限るのだ。

「さて、俺は俺で相手を倒すことに集中しようかね」

 難しいことは全て久三男くみおに任せればいい。清々しいくらいの他力本願っぷりだと思うが、それが俺なのだ。

 俺一人で抱え込んだところでロクなことにならないのは、もう身に染みている。だからこそ、みんなで乗り切るんだ。

 女アンドロイドは後方で踏ん反り返っていると思えば、案外前の方にいた。無数に立つ高層ビル群の中でも一際高いビルの屋上で、自分の手下で埋め尽くされた街を見下ろしていた。

 向こうも目が良いのか俺らよりも先に気づいていたようで、高層ビル群を忍者みたいに伝って屋上まで走ってきた俺らと金髪野郎を、余裕綽々な態度で出迎えてくれる。

 大地は既に、無限にひしめくロボット軍団の洪水に埋もれ、地面に生えている高層ビル群の屋上のみが、唯一戦える戦場と化していた。

「お前達に勝算はない。降伏を推奨する」

 一歩も引かない霊圧の衝突の中、女アンドロイドが低い声音で舐めた口を叩いてきた。本来ならその内容に腹が立つが、女アンドロイドが初めて喋ったことに驚き、感情が止まってしまう。

「悪いが、それは無理だ。俺たちは自国の脅威を排除するのが仕事なんでね」

 驚いているくせに、驚いていない風を装って金髪野郎が剣を抜く。

 正直、そうは言うが彼我戦力に圧倒的な差があるのは事実だ。久三男くみおの介入がなければ、俺と澄連すみれん以外は即死していた。本来なら、金髪野郎はこの場に立てていない人間なのだ。

 アンドロイドの言っていることを寝言と一蹴してやりたいところだが、あながち間違ってないところがものすごく癪である。

「そうか。ならば抹殺する」

 血のように紅い瞳が、一際鋭利に輝く。

 その輝きは、殺意の煌めき。もはや慈悲は尽きたと言わんばかりに、無数の魔法陣を展開する。

 久三男くみおはまだ全快じゃないとか言っていたが、そうとは思えないくらいに魔法陣の展開速度が速い。万全じゃない状態でこれなんだから、これ以上強くなられたら、本格的に手に負えないバケモンになる。そうならないためにも。

「最初っから本気でいく!!」

 俺の身体から赤黒い竜燐が現れる。体内から噴き出す霊力が爆発的に膨れ上がり、体の内側で身体能力が跳ね上がる感覚を如実に感じとる。

 身体能力、そして体内霊力量のリミッター解除―――竜人化。忌々しい怨敵にして実父、流川るせん佳霖かりんの血が可能とする切り札。

 出し惜しみして勝てる相手じゃない。最初から切り札を切る勢いで攻めないと、負け確になってしまう。御玲みれいも槍を構え、体内霊力を練り上げている。準備万端だ。

「俺から行く。異論ねぇな?」

「新人に先陣を譲るのは囮にするみたいで悪いが、頼むわ」

 金髪野郎は迷いがなかった。一度死にかけたことで、彼我戦力を正しく理解している。ここでごねるようなら勝手に死ねと言ってやるところだが、やはりセンパイなだけあって実戦経験が伺える。

 自分より身体能力が明らかに秀でている俺を先に出すことで、不意を打つ機会を窺っているのだ。

「んじゃあ、遠慮なく行かせてもらうぜ!!」

 両腕に炎を抱き、身体中の竜燐を紅く輝かせながら女アンドロイドへ特攻する。

 人外との戦いは、本来注意深く立ち回る必要がある。

 人間と人間の戦いなら、常識というものが覆されることはまずない。どれだけ強くとも、それは技量の洗練さと戦術の緻密さの証明であり、荒唐無稽という言葉とはかけ離れたものだからだ。

 でもいま俺たちと戦っている相手は人間じゃない。まさしく``人外``。常識なんぞクソ喰らえと言わんばかりに、俺たちの度肝を一瞬で抜いてくる。

「ごわっ!?」

「くっ……!?」

「マジか!?」

 台詞こそ三者三様、だが抱く感情は全員同じだった。

 俺が特攻して数瞬、女アンドロイドは俺たちなんぞに目も暮れず、唯一の戦場たる高層ビルそのものを、右腕を一発叩きつけるだけで粉々に破壊せしめたのだ。

 当然俺たち三人含め、全員が宙を舞う。次の瞬間に何が起こるかなど、どんな馬鹿な奴でも分かることだ。

 地面には溢れんばかりのロボット軍団の海。重力に従って地面に落ちれば、ロボットの物量に押し流されてしまうのは明白だ。

「チィ……!!」

 体内の霊力を瞬間的に練り上げ、御玲みれいと金髪野郎に意識を向ける。

 俺が重力を無視して浮き上がると同時、御玲みれいと金髪野郎もまたぷかぷかと浮遊した状態になる。二人ともほんの少しばかり目を丸くさせながらも、まるで見えない床でも探るように、冷静に足場を確保する。

「ったく、マジでお前って奴は……わけわかんねぇが助かった。礼を言うぜ」

「空を飛ぶってこんな感じなんですね。飛ぶというより、空中歩行でしょうか」

「お前ら冷静なのはいいけど、それを維持してる俺の身にもなれよ」

 などと言いつつ、当然の如く見えない床に足をついて浮かんでいる女アンドロイドに視線を投げる。

 確かに手っ取り早く始末をつけるなら、足場を破壊して手下のロボット軍団にやらせればいい話になる。それでも俺は生き残れる自信があるが、他二人はどうだろうか。

 いくら人からやや外れているとはいえ、街中を覆い尽くす物量である。死にはしなくとも、押し流されて戦線に復帰するのは難しくなる。

 さらに付け加えるなら、女アンドロイドも空を飛べている。つまり飛行マウントを取れるってことであり、空を飛べない御玲みれいや金髪野郎など格好の的にしかならないだろう。

 ロボット軍団の物量に揉まれながら、女アンドロイドの殺意マシマシ攻撃を空からアホみたいに受ければ、おそらくだが俺以外は確実に生き残れない。そして俺だけ生き残ったとしても、勝機などなくまた一瞬で消し炭にされてしまうだろう。

 ホント、死相が見えるってこういうことなのかもしれない。足場を破壊する。荒唐無稽ながらも、俺たちを手っ取り早く始末できる理に叶った戦術ってわけだ。

「チッ……これだからバケモンは……!」

 自分を棚に上げて何言ってんだ、とかそんな苦情は受けつけない。足場をぶっ壊してさっさと終わらせにかかるとか、普通の奴なら思いもつかない。というか迷いなくできる奴なんてほとんどいやしないだろう。やろうと思ってできることじゃあないからだ。

「しかしこれで更に不利になった……御玲みれいや金髪野郎を維持しながら戦わなきゃならんとか……」

 あからさまにめんどくさいという感情を込めて、深いため息をつく。

 俺以外全滅という最悪の展開は、俺が我流舞空術を使えたってところが功を奏して回避できた。

 だが根本的な問題が解決したわけじゃない。俺以外空を飛べないという厳然たる現実は、確かにあるのだ。

 俺たちは半ば強制的に空中戦を強いられた形になっている。俺は二人を戦力として維持するために、ずっとコイツらに霊力を供給し続ける必要があるのだ。

 もし少しでも意識から外せば、その瞬間から地面に真っ逆さま。もれなくロボット軍団の荒波に揉まれることになってしまう。

 仮に他のビルの屋上に退避して足場を確保し直したとしても、そのビルもどうせ一瞬で破壊される。戦術的には何の意味もない。

 ただでさえ肉体的に不利なのに戦場もなくなったせいで、状況は不利を通り越して絶望的だ。まだ戦いのゴングを鳴らしたばかりでこれでは、一寸先は闇である。

「クッソめんどくごばぁ!?」

 自分なりに戦況分析しながらも、周囲への注意は怠ったつもりはない。しかし真面目にやっていても、結果がついてなければ言い訳と言わざる得ないときもある。

 気がつけば、女アンドロイドは俺の背後をとっていた。一瞬で視界がぐらつき、吐き気が込み上げる。

 後頭部をものすごい力で殴られた。多分これは裏拳か何かだろうが、そんなことはどうでもいい。俺が意識をなくしてしまえば、御玲みれいたちを浮かせておくことができなくなってしまう。そうなれば地面に真っ逆さまだ。

「新人、踏ん張れよ! メイド、なんでもいい。氷属性攻撃をブチこめ!」

 言われんでも踏ん張ってるわ舐めんじゃねぇ、と言おうとしたが、視線の先には金髪野郎の姿はない。御玲みれいも返事をしようとして振り向いたんだろうが、そこにいるべき奴の姿がなく困惑している様子だった。それもそのはず。 

 一瞬で、女アンドロイドの懐へと潜り込んでいたんだから。

 何が何だか分からないという顔を一瞬しつつも、そこは御玲みれい。サクッと切り替えて、両手からデカい氷の棘を錬成し、迷いなくブン投げた。

 金髪野郎の瞬間移動に御玲みれいの遠距離攻撃。俺でも反応できるか疑わしい多段攻撃だが、まだ終わりじゃない。

 氷の棘が着弾するまでまだ二秒くらいある。金髪野郎と女アンドロイドの間はほぼゼロ距離。反撃されないわけがない。そう悟ったが、金髪野郎が持つ剣の刀身が光り輝いた瞬間、俺の予想は後塵を拝する。

「悪いな、テメーのターンはなしだ」

 刹那、白い光の波が女アンドロイドの身体を突き抜け、百鬼夜行の如く地面を埋め尽くすロボット軍団をもド派手に切り刻んだ。

 全てが一瞬だったが、俺の動体視力は何が起こったのかを見逃さない。御玲みれいが放った氷の棘が当たるまでの僅か二秒間、予想通り女アンドロイドは反撃に転じた。

 自分の懐にまんまと入ってきたのだ。攻撃してくれと言っているような状況で、何もしないわけがない。

 だが金髪野郎だって、その程度の予想はできていた。女アンドロイドの右手が金髪野郎の首根っこを掴む直前、白く輝く剣で一閃。刀身から放たれた真っ白な衝撃波が、女アンドロイドもろともロボット軍団をも切り裂いたのである。

 女アンドロイドの反撃と金髪野郎の剣戟はほぼ同時。鼓膜が破けるんじゃねぇかと思うくらいの金切音が鳴り響き、空気を震撼させる。その直後、氷の棘が女アンドロイドの胸に直撃した。

 俺でも対応できるか分からん多段攻撃。死にはしないだろうが、左半身を抉られた後に氷をブチこまれて精神的に相当堪えるだろう。だが。

「……効いてる様子がねぇな……」

 金髪野郎の顔が大きく歪む。

 手応えがなかったわけじゃない。むしろバッチリあったくらいなのだが、女アンドロイドは右半身が凍りついただけで、何の痛みも感じてないってツラをしてやがる。

 本来なら左半身から真っ二つに両断されてもいいぐらいの斬撃だったのに、それを右手一本で防いでみせた。

 御玲みれいも身体を貫通させるつもりで投げたのに、棘が体にぶち当たって砕けて不満気だ。今にも歯軋りが聞こえてきそうな気迫である。

 金髪野郎が我に帰る。間が空いてしまったことに気づいたのだ。女アンドロイドの右半身は凍って若干だが動きが重い。それをみすみす見逃す金髪野郎じゃなく、怒涛の斬撃の応酬が、女アンドロイドを見舞う。

 白い光の波が大地に届くたび、ロボット軍団がミキサーにでもかけられているように粉々に砕かれていく。

 閃光が眩しすぎて、もはや女アンドロイドと金髪野郎がどうなっているのか目視できないが、俺の霊感は告げていた。眩い光の中で確かに存在する二つの反応。霊力量に全く変化のない奴と、みるみるうちに霊力をすり減らしていく奴。それぞれが誰なのか、考えるまでもなかった。

「金髪野郎、下がれ!! それ以上は……」

 体内霊力量度外視で放たれる斬撃を、そう何度も放てるわけもない。いずれは限界がやってくる。

 俺が援護射撃すればまだマシかもしれないが、それをすれば御玲みれいの援護射撃が全く無意味になるし、なんなら攻撃範囲が広すぎて金髪野郎もろとも焼き尽くしてしまう。それで確実に倒せるなら容赦なくやっているが、倒せなければ無駄に戦力を失うだけでこっちが損だ。

 御玲みれいの攻撃の方がピンポイントで女アンドロイドの動きを遅くさせることができる上、俺は二人の空中戦維持に集中できる。今の役割分担が現状割り振れる中では最善だった。

 最善なのだが、だからといって倒せるかと言ったら、話は別。

「ぐぅ、ふぅ……ふぅ……」

 金髪野郎の攻撃が緩んだ。

 もはや金髪野郎の体内霊力は、その場で立っているのがやっとぐらいしかないのに対し、女アンドロイドの霊力量は依然として変化なし。ただ反撃させる隙をなくしただけで、ダメージを負っている様子はカケラも見受けられない。

 金髪野郎が距離をとったのを見計らい、右手にこれでもかと霊力を込める。

 金髪野郎が女アンドロイドから距離をとったのは反撃されないためだが、俺にとっては丁度いい。ゼロ距離だと攻撃範囲のせいでこっちから手出しできなかったが、女アンドロイドだけに当てられるだけの距離まで味方が下がれば、思った通りの攻撃ができるようになる。

 俺は霊力量の消費なんぞ考えたことがない。それは考える必要がなかったからで、どれだけ使おうと尽きることがないからだ。

 だからこそ右手に宿した高濃度の霊力弾を、ガッチガチに圧縮するとかいう大胆な使い方だってできてしまう。

「食らえ!!」

 俺の右手から、生まれたての星が放たれた。

 灼熱砲弾の上位互換、煉旺焔星れんおうえんせい。今まで無尽蔵に放てた火の球に更に霊力を加えて力づくで無理矢理圧縮した爆弾のようなものを、極限まで圧縮すると白く輝く星みたいになることに因んで名付けた俺の十八番おはこ

 この技を開発する前の、俺が作る火の球は精々数千度かそこらだったが、今はその程度じゃ済まない。物理的に壊せないなら、クソみたいに熱い炎で融かしてしまえばいい。

 相手が荒唐無稽なやり方を突き通すなら、こっちだって同じことをするまでのこと。むしろ跡形もなく蒸発してくれさえすれば、久三男くみおの手助けを待つまでもなく始末をつけられる。

 気は抜かない。一撃で始末をつけられれば、それだけで御の字。即座に追撃できるように、二発目を右手に用意しておく。油断して反撃を許してしまうなんざ、ただのクソ間抜けでしかない。

 星が衝突する。眩い光の爆発に包まれて、遅れて爆音が上空でド派手に響き渡った。

 もしも近くに生き物がいたら、塵すら残らず蒸発してしまいそうになる熱核爆発。こんなもの無闇矢鱈やたらに使うものじゃないかもしれないが、俺にとってはこの程度、通常攻撃と何ら変わらない。効果範囲にいたとしても、数千万度だろうが数億度だろうが屁でもないので自爆にも使える。

 一応範囲は可能な限り抑えて、温度にクソみたく意識を向けた一撃だ。御玲みれいや金髪野郎は巻き込まれていないと思う。追撃用に右手で練り回している二発目も同様だ。

 俺でも温度重視で練り上げたのは初めてだから、流石に蒸発はせずとも装甲の一部が融けて使い物にならなくなるくらいのダメージは負っているはずなんだが―――。

「ご……は……っ……!?」

 聞き覚えのある声が鼓膜を揺らした。血反吐を吐いたような呻き声。声がした方へ振り向く。

 どうして、と考える前に答えは出た。かなり日常的な頻度で、俺はその情景に見覚えがあったからだ。

 ついさっきまで、どうして気配すらなく俺の背後を取れるのか。そして回避する隙を与えず攻撃できるのか。どうして今まで思いつかなかったのか、ものすごく自分が悔やまれる。だが、悔やんだところですべてが遅いのは考えるまでもないことだった。

 俺たちは、失念していたのだ。相手が転移魔法を使えることに。

「金髪野郎……!!」

 俺の攻撃は見事に外れた。どれだけ破壊力のある攻撃も、転移で回避されてしまってはただのゴミだ。

 盛大な空振りに歯噛みしながらも、血反吐で顎を濡らす金髪野郎の姿に著しい戦力低下を悟る。

 奴の下腹部に深く、女アンドロイドの貫手が綺麗にぶっ刺さっていた。

 俺の攻撃を回避すると同時に、転移魔法で金髪野郎の懐に入り込んで先制攻撃。金髪野郎に回避できるわけがない。転移魔法を当たり前のように使う奴の攻撃を、どう避けろというのか。人間にそんな理不尽な真似を強いる方が、よっぽど酷ってものだ。

「クッソ……!」

 全てが一瞬の出来事すぎて、俺や御玲みれいは全く対応が追いつかない。

 女アンドロイドは転移魔法を使いこなすことで、先手を必ず打てる。卑怯、と言ってボロクソに罵ることが許されるなら、どれだけ楽になれるだろうか。

「だったら俺らも転移で……!」

 ここで負けを認めるか。否。転移魔法なら、俺たちだって使える。

 厳密には長距離移動用だが、俺たちは常に転移魔法の技能球スキルボールを持っている。それを戦いに応用すればいい話。

 向こうもできるなら、俺たちにできないなんてことはないのだ。

「ぐは……!?」

 女アンドロイドが俺の方をチラ見した次の瞬間、身体をぶっ刺された金髪野郎を無造作に投げ飛ばす。その威力、速度は技能球スキルボールを懐から取り出そうと半ば焦っていた俺じゃあ反応できるものじゃない。

 だがそんなことがどうでもよくなるほどに、俺の焦りは冷や汗となって浮き上がる。

「ちくしょう!! 技能球スキルボールが……!!」

 やられた。懐の中で技能球スキルボールが粉々に砕け散る感覚を手の平で感じとる。何故俺をチラ見したんだと一瞬だけ考えちまったのがミスだった。

 奴は俺が懐に手を突っ込んだのを見計らい、何かをしでかすと予想した。俺たちが転移を使えるのかどうかを知っていたのかは知らないが、自分が転移を使えるところを堂々と披露したのなら、自分と同じ技が使えることを最も脅威と予想できる。

 だから潰したのだ。俺が何かをしでかす、その可能性そのものを。

 起死回生の一手を奴は平然と予測し、無駄のない最適行動で潰しにかかったのだ。だとすれば次に奴が何をするのかなんて、馬鹿な俺ですら予想できたはずだった。

 まあ予想できたとて、対応できるかはまた別問題なのだが。

御玲みれい!!」

 その叫びは、あまりに無計画で感情的なものだ。何の考えもないし、意図もない。強いてあるとすれば、奴の標的が金髪野郎から御玲みれいに移るということ。

 だからこその牽制を死にかけの金髪野郎を振り解いてでもやろうとしたが、間に合うわけもない。

 考えなくても直感で分かるのだ。俺が牽制するよりも、奴が御玲みれいをぶっ殺す方が速いと。

 奴の攻撃は目視できない。転移されたら終わりだし、そうでなくとも俺と女アンドロイドとの距離は割と離れていた。転移を使おうと使わなかろうと、俺が御玲みれいを守るために動くより、御玲みれいが無様に死ぬ未来の方がダントツに速い。

 そこまで悟っても、だからといって動かないわけにもいかなかった。

「クソが!」

 牽制代わりに投げた火の球も空振り。感情的に投げたせいで狙いも定まらず、とんちんかんな方へと飛んでいってしまう。だったら俺が霊力でアイツの位置を動かす。

 だが、そんなの今までやったことがない。うまくできなければ御玲みれいは。

「馬鹿が、こんなときに余計な考え事なんざ……!」

 本能が訴えかける。そんな暇はないと。考えるよりも早く、体を動かした方が早いと。

 そうしないと、御玲みれいは助からないと。

 何かに背を押されたような感覚が走り、その瞬間、俺は考えることをやめた。御玲みれいを生かす、ただそれだけに全ての意識を集中させて―――。

「頑張り……すぎだ……新人……」

 刹那、御玲みれいをぶっ殺そうと肉薄した女アンドロイドの周りに大量の白い粉みたいなのが降り注いだ。それらは陽の光に当たるや否や、凄まじい輝きを放ち出す。

 視界を潰しにかかる、猛烈なダイアモンドダスト。女アンドロイドも御玲みれいも光の粉塵によって見えなくなってしまうが、視界の端で血を滴らせながら俺の霊力で宙に浮いている金髪野郎が、今にも閉じてしまいそうな眼で俺を見てきたのが分かった。

「これが……年貢の納め時って……やつか……案外あっさり……してるもんだ……な」

 ダラダラと流れる鮮血。体には風穴が空き、出血が止まる気配はない。馬鹿な俺でもコイツがもう長くないことなど、考えなくとも理解できた。

 早く治療してやれよと思うかもしれない。俺に回復手段があればなんとかできたが、生憎回復なんてものには縁がない。俺には自前の再生能力があるからだ。

 回復薬なんて持っていないし、持っているとしても御玲みれいぐらいなものだ。その御玲みれいは今、女アンドロイドとともに金髪野郎が放ったダイアモンドダストの中にいた。

「俺はもう……だめだ……悪い……な……後は……頼んだ……ぜ……」

 漫画で死にかけの奴が吐くような台詞。本来ならここで焦ってどうにかしてでも金髪野郎を助けようとするのがセオリーなんだろうが、俺は馬鹿にでもなったかのように落ち着いていた。助ける気もなく、どうにかしようという気も起こらない。

 俺の脳裏にはずっと御玲みれいの姿が強烈に映し出されている。俺に他人を回復させる手段はない。腹を貫かれ、失血死寸前の金髪野郎にやってやれることなど、ただの一つしかなかった。

「ああ、任せろ」

 俺は霊力を切った。霊力の支えを失ったことで、金髪野郎がどうなるかなど語るまでもない。一瞥すらせず、全ての意識を御玲みれいへと向けて、光の粉塵の中に突っ込む。

 俺にとって誰が大事なのか。誰を助けるべきなのか。そんなものは、初めから分かり切っている。

 かつて復讐のために親父を殺したときに立てた誓い。``手前の大事なもんは死んでも守り切る``。これは誰が何と言おうと譲れない、俺の中の絶対的なルール。

 かつて俺は初めてできた友を失った。そのときの、手から大事なものがこぼれ落ちてぶっ壊れ、もう元には戻らない失意を忘れたことはない。復讐を成してなお、そのときの感情は心の奥底に焼きついていて、忘れることを許さない。

 御玲みれいと金髪野郎。俺にとって大事なものはどちらか。言うまでもないし、考えるまでもなかった。

御玲みれい!!」

 霊力をたどり、粉塵をくぐり抜けて御玲みれいの元にようやく辿り着く。

 たとえ目が見えなくても、俺が御玲みれいを浮かせている以上、御玲みれいの位置は霊感で分かる。というか俺は仲間の位置は、霊力切れを起こしていたり、妨害されていたりしない限り、五感が潰されていても把握可能だ。

 そしてそれは、敵の位置だって同じ。

 五感で分からなくても、霊感があれば大体の位置は分かる。相手が高速で動き回ってないのが条件だが。

澄男すみおさま! これは……?」

「金髪野郎の技だ。詳しくは知らん」

「なるほど。して彼は?」

「見捨てた」

「え?」

「腹ぶっ刺されて死にかけだったからな。もう戦力になりそうにないし、俺は回復とか使えねぇからさ」

「そういえば、そうでしたね……」

「チッ、久三男くみおからの連絡がない。アイツは何してんだ……」

「とりあえず、この技の効果が切れる前にどこかへ隠れましょう。話はそこで」

 そうだな、と早々とその場を撤退する。

 本日二度目の撤退。まさか再戦してまたこっぴどく負けるなんざ思ってなかったから、胸の奥底が異常なまでにざわついている。

 やっぱり目測が甘かったのか。確かに勝算は薄い方だと思っていたが、だからといってじゃあ戦わない、逃げるとかいうアホみたいな選択肢が選べるわけがない。

 戦うしか道はなかったわけだが、結局戦力が更に削げただけで、死に行ったようなものだ。最終決戦ぐらいの意気込みで臨んだだけに、間抜け感が否めない。

 本来なら久三男くみおから電子戦支援がくるはずだったのだが―――。

「いや……アイツのせいじゃねぇ。ここで手を抜くような無能なら、とっくの昔に殺してる」

 苛立ちが際限なく溢れでて止まらない。危うく自分の中のルールを破るところだったと反省しながらも、俺は御玲みれいとともに戦場を一時離脱したのだった。
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