無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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覚醒自動人形編 下

一時撤退

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『……さん、兄さん!』

 頭の奥から声が聞こえる。いや、今の俺に頭があるのか。

 御玲みれいがまるで大砲の砲弾みたく女アンドロイドに投げ飛ばされて、それに激情して体のリミッターを外した瞬間、一瞬で間合いを詰められたと思ったら視界が暗黒に閉ざされたところまでは覚えている。覚えているってことは、俺にはちゃんとした肉体があるってことなんだろうか。

 視界が真っ暗になった瞬間、俺の意識というか自我というか、そういうのが闇の海の中を漂流している感覚はあった。

 でも喋れないし手や足がある感覚もない。前も見えず音も聞こえず、何も無い虚ろな世界をただただ何も考えず泳ぎ続けていたわけだが、ようやく愚弟と思わしき声が脳裏―――と思われるところから聞こえたと思えば、闇の海から現れた光の渦に包み込まれていくのを感じ、目―――と思われるところを開けた。

「俺は……一体……?」

 気がつけばコンクリが剥げ落ちた道路の上で、クソ間抜けに寝こけていた。まるで風邪でも引いたかのように怠く、起き上がると眩暈と吐き気が背中に鬱陶しく横たわってくる。

 手や足があるかどうか、体がどうなっているのか確認する。どれもきちんと存在している。ケガなんて最初っからしてなかったみたく、傷一つない肌で全身が覆われていた。

「てか俺、裸じゃん!?」

 立ち上がり、全身をくまなく見渡す。

 体を粉々にされたのだから当然だが、このまま外をほっつき歩いていたら、ただの露出狂の変態だ。替えの服なんて持ってきていないし、霊力でなんとかならないだろうか。

 ダメ元で今日着てきた服をイメージしてみる。そのイメージに体の中にある霊力を引き出して皮膚の上に膜を張るイメージを上乗せするとあら不思議。体から白い粒子がにじみ出て、今日着てきた服がみるみるうちに復元された。

 霊力って便利だな、とちょっと見とれてしまう。今後もこういう場面はあるだろうし、即興で編み出したとはいえ、この小技は使えそうである。

「っ!! そうだ御玲みれいは!?」

 霊力で服を直したのも束の間。女アンドロイドに一瞬にして投げ飛ばされた御玲みれいの事を思い出す。

 周りには澄連すみれんはおろか、金髪野郎やポンチョ女たちの姿もなく、辺りには俺だけしかいない。例えようのない不安が心底からこみ上げてくる。

『大丈夫だよ兄さん。みんな生きてるから。虫の息だけどね』

 不安が理性を蝕んでいく中で、愚弟の霊子通信が感情の昂りに蓋をしてくれる。

『……ん? でも待てよ?』

 みんな生きている。それで全てを破壊しようと込み上げた激情が一瞬でそよ風へと変わったところまでは良かったが、同時に冷静になってみるとおかしいところが一つある。

 御玲みれいが吹っ飛ばされたとき、俺はカチキレて肉体のリミッター解除―――竜人化で爆発的に身体能力を増大させていた。

 結果は俺が反撃するよりも速く消し炭にされたわけだが、リミッターを解除した俺を一瞬で塵芥にする力を持っているとなると、それは手加減無しの母さんと同等以上の力を持っているってことであり、言っちゃなんだが御玲みれい程度、木っ端微塵になっていて然るべきだ。

 いや、そうなっていたら俺の理性が完全に吹っ飛んでいたから生きていてホントに良かったけど、釈然としないものは釈然としないのである。

『あの、兄さん。そのことなんだけど、というかそのことを含めて現況報告したいんだけど……いま大丈夫?』

 俺のモヤモヤを、霊子通信を通して悟ったのか。恐る恐るそんな愚問をわざわざ問いかけてきた。

 いや報告してくんねぇと先に進まねぇんだけど、と言いたくなったが、言ってしまうとビビるだろうし、とりあえずここは優しく言うことにする。

 俺が優しく「頼むわ」と言うと、久三男くみおからの現況報告が延々と語られた。

 まず俺たちの被害状況だが、御玲みれいは俺がいる場所から遥か東。距離にして百キロ先の建物に頭から突っ込んで重傷。投げ飛ばされている間は音速を軽く超える速度であらゆる建物を突き破り破壊し、高層ビルをクッションにして止まったらしい。

『人間砲弾じゃねぇかよ……』

 音速を軽く超える速度で投げられる感覚とか全然想像つかないけど、それでも生きているあたり、御玲みれいも大したものだ。それでも御玲みれいが無駄に頑丈だったってだけが理由じゃないのは明白だが。

『あとぬいぐるみたち他、レク・ホーラン一味の安否だけど……』

 ついでに金髪野郎たちの安否も報告してくれた。

 ぬいぐるみたちは、俺と御玲みれいがやられた時点で勝ちを捨て、わざと殴られて死んだフリをし、難を逃れたとのこと。

 まあアイツらに関しては死ぬなんぞ毛ほども思ってなかったので、想定内の結果だ。

 一方、金髪野郎は虫の息だが生きている様子。人間なら全身を一瞬で砕かれるほどの殴打を受けただけにボロボロらしいが、一応意識はあるらしい。

『回復してあげれば、戦力として使えると思う』

『……物理防御百二十超えは伊達じゃねぇってわけか』

 最後。ポンチョ女と百足野郎のコンビは無事。ポンチョ女は百足野郎に守られていて無傷で、百足野郎は持ち前の再生能力で傷を癒しながら、ポンチョ女とともにどこかへと消え去ったらしい。

 俺たちが一瞬で倒された後、最後に残ったのが連中らしいが百足野郎は闇の霧を発生させて女アンドロイドの探知魔法を撹乱し、難を逃れたのだとか。

 闇の霧といえば、御玲みれいに粗相を働こうとしたチンピラ請負人を始末しようとブチギレたときに使ってきた、あの方向感覚も何もかもがわかんなくなる奴である。

『どこに隠れてやがんだ?』

『探してるんだけどね、僕の衛星でも捉えられないんだ』

 霊子通信から困惑の感情が伝わってくる。

 そういえば前に黒い霧を使われたときも、久三男くみおは百足野郎を追えていなかった。追えなかったから、疲れて寝ようとした俺に直接聞いてきたくらいだ。

『多分空間に干渉して、自分たちの空間と周囲の空間を少しだけ歪ませてるんじゃないかなって思うんだけど……』

 説明してくれたところ悪いが、意味不明すぎてため息を吐いてしまう。

 空間に干渉するとか転移魔法でもない限りできない気がするし、そもそも闇の霊力でできた霧が空間に干渉とか、どうやったらそんなビッグスケールな真似ができるのかって話である。もうそこらへんの小難しい話は魔法に無知な俺にとって門外漢だし、詳しい分析は久三男くみおに任せるしかない。

 先に御玲みれいの回復だ、と自分と久三男くみおに言い聞かせ、百足野郎たちのことはひとまず捨ておくことにする。

『で……なんで御玲みれいや金髪野郎が生きてんだ? 本気出した俺を一瞬で塵芥にする奴の攻撃を受けたんなら、虫の息程度じゃ済まんだろ』

 報告を聞き終えるまで黙っていたが、ようやくモヤモヤを投げつける。

 運良く当たりどころが良くて助かった、なんて都合の良い展開があるはずがない。竜人化した俺を一瞬で粉々にする一撃である。そんなものを人間の二人がマトモにくらえば、塵も残らないはずなのだ。

『ああ、それは僕が女アンドロイドの演算領域に干渉したからだよ』

 モヤモヤに頭を悩ませていた俺を馬鹿だと言いたげな、あっさりとした口調でサラッとした結論。当然その程度で俺が納得もとい理解できるわけがない。

『……つまり?』

『えーと……つまりね、僕があの子の計算を狂わせて、死なない程度に痛めつけるぐらいの威力に抑えるよう、こっそり遠隔操作した……って言ったら伝わる?』

 あー、と唸りながら拙い想像力を働かせ、ようやく漠然としたイメージが掴め始める。

 要は殺すつもりで俺たちをボッコボコにしたが、久三男くみおがあのアマの頭の中に割り込んだことで、無意識に手加減した形になった、ってことだろうか。

 本来なら金髪野郎も御玲みれいも死んでいたが、手加減した―――正しくは久三男くみおが、手加減するように遠隔操作した―――から虫の息程度で済んだワケだ。

 やっていることが常軌を逸しているが、そこは久三男くみおだ。そういうことなんだろう。

『ふん。愚弟のくせに気が回るじゃねぇか。褒めてやるよ』

『まあこういうのは僕の方が得意だからね。それほどでもないさ』

『そうだな。そういう姑息な手を使うことに関しては、俺以上だもんな』

『褒めた瞬間に貶してくるなんて流石兄さんだね。最高にクソ野郎』

『は? 今なんて? もういっぺん言ってみ?』

『いえなんでもないですありがとう兄さん!!』

 霊子通信から焦りと恐怖の念がひしひしと伝わってくる。全く口の減らねぇ弟だ。最初からそう言えって話だぜ。

『さて、こんなところでグダグダしてる道理もねぇ。さっさと御玲みれい拾って態勢を立て直すぞ』

 俺は辺りを見渡す。話し込んでいても御玲みれいの存在を忘れたりはしない。俺の仲間で一番の重傷は御玲みれいだ。ちんたらやっていたら本当に死んでしまうかもしれない。虫の息でも生きているならさっさと助けに行かなければ。

『我が出向いた方がいいか?』

 久三男くみおと俺の霊子通信に聞き耳を立てていたであろう、パオングが割り込んでくる。

 さっきまでの他愛ない雑談が聞かれていたと思うと途端に恥ずかしくなってきたが、今は赤面している場合じゃない。

『最悪出向いてもらうかもしれんが、金髪野郎どもとお前の鉢合わせるのは正直ダルい。もう事情説明するのめんどくさいし……』

 澄連すみれんのことを納得してもらうまでのくだりを思い出して心労が湧き上がる。

 ただでさえアイツらだけでも根掘り葉掘り聞かれたのに、パオングまで出てくるとまた説明し直さなきゃならなくなる。最悪の場合はそうも言ってられないから出張ってもらうが、今はまだそのときじゃない。

『つーわけで久三男くみお御玲みれいが倒れてる場所教えてくれ。転移で拾いにいく』

 転移するには詳しい位置情報が必要だ。霊子通信経由で位置情報が送られる。後は技能球スキルボールを持ってその場所を思い浮かべるだけでいい。

 長距離移動のために常備している技能球スキルボールを握る。

 流石に百キロを自力で移動するのはダルい。我流舞空術で飛んでいけなくもないが、御玲みれいの怪我の具合も気になるし、さっさと寝たフリしている連中を叩き起こさなくてはならない。いつもはふざけている連中だが、こういう危機的状況下では頼りになる奴らなのだ。

 あたりを見渡す限り、いつもは無駄に目立つ二頭身バカどもの姿はない。土に埋もれているのか、瓦礫の下敷きにでもなっているのか。どちらにせよアイツらが死ぬなんざ想像もつかないので、でけぇ声でも出せば飛び出してくるだろう。

 周囲にはもうあの女アンドロイドの気配もない。追撃される心配もなさそうだ。 

「おおーい!! いい加減起きやがれ!! 寝たフリしてんじゃ……」

「ああん? 寝たフリなんかしてねぇよ。あー、いてててて……」

 右隣から瓦礫を無造作にどかす音が鳴り響く。

 普通なら圧死しているくらい重いはずの鉄骨コンクリを片手で放り投げるソイツ。腹の部分が裂けて腹筋が丸裸になっている、煤だらけで血塗れの金髪野郎が這い出てきた。

 美しかった貴族風の服は上半身が消し飛んでほぼボロボロの布切れのような状態になり、整えられていた金髪も煤と出血に塗れてその輝きは失われている。髪もボサボサだし、いくらか傷んでそうだった。

 だが眼の力は衰えていない。怪我による疲労はあるが、闘志自体はまだ瞳の奥で燃え盛っているように見えた。

「へぇ、生きてるって聞いたけど思ったよりタフだなお前」

「お前じゃねぇ、レクさんだ……余裕ないときに突っ込ませるなよ……」

「んなことよりお前、左腕……」

 金髪野郎の左腕は、肩から先が抉り取られたようになくなっていた。見ていて骨やら千切れた肉やらが露出していてかなり痛々しい傷だが、本人は意外にもケロッとしてやがる。

「んああ、腹筋だけじゃ腹ブチ抜かれると思ってよ。左腕潰してガードした」

「冷静だな……意味分かって言ってる?」

「左腕一本で内臓ぶち撒けずに済むなら安いもんさ」

 迷いのない表情と口調で平然と言ってのける。

 俺みたいに不死身レベルで動けるならともかく、そうでもない奴が平気で体の一部を犠牲にできるのはどうなんだろうか。最悪二度と使えなくなるかもしれないのに。

 弥平みつひらもそうだが、こいつもクールさでは負けていないかもしれない。

「ンなことよりお前、火使うの得意だろ? 左腕捻れてて、さっき力任せに千切ったから傷口がやばくてよ。このままだと血が足りなくなって死んじまう」

 ボタボタと生々しい血が夥しく流れている。むしろ右腕で潰れた左腕を自力で引きちぎれるあたり、コイツの胆力バケモンかよと言いたくなったが、確かに地面には血溜まりができ始めていた。

 火を求めるってことは、傷口を焼いて止血しろって意味なんだろうけど。

「……痛むぞ?」

「慣れてる。問題ないから早くしてくれ」

 確かに時間は惜しい。俺もさっさと御玲みれいを助けにいきたいし、サクッと終わらせよう。

 右手から炎を練り上げ、無造作に傷口を鷲掴んだ。血が蒸発する鉄の匂いと、生焼け肉の生々しい匂いが混ざった、世辞にも良い匂いとは言い難い悪臭が鼻腔を舐め回す。

 思わず鼻を塞ぎたくなったが、金髪野郎の叫び声で気にならなくなってしまった。

 ただでさえ抉れて骨まで露出している傷を、千度を超える炎で無理矢理止血しているのだ。地獄の苦しみって奴である。人間からしたら拷問に等しい行為だ。

「こんなもんか?」

「あ、ああ……わ……りぃな……」

 ものの見事に真っ黒に焦げた左肩。久三男くみおは回復させれば戦力になると言っていたが、ホントに大丈夫なんだろうか。いざってときに痛くて堪らなくて戦力外通告とか、そういうのはマジで勘弁してほしいのだが。

「ねぇカエル、そろそろ出ない? ち◯こに砂入って気持ち悪いんだけど」

 金髪野郎が本当に戦力になるのか。無茶な止血で体中から脂汗を垂れ流し、過呼吸気味になっている金髪野郎を見ていると、なんか地中から聞き覚えのある声がする。

 俺はジト目で地面を見下げる。

「そうだな、もうあの女アンドロイドもいないっぽいし」

「俺的にはもう少し土に埋もれててもいいな。土に埋められた糞の気分も悪くねぇ」

「ああパンツ俺のパンツ……あのアンドロイドに吹き飛ばされて……ああ……」

 いや、分かってたよ。

 土の中に埋まって難が過ぎるまで待とうっていう考えは間違ってない。間違ってないんだけど、なんだろうか。このなんとも言えない温度差は。

「おいコラ、いつまでも蝉の幼虫みたいな真似してねぇで出てこいや」

 地中を睨みつけながら、芋を引っこ抜く感じでシャルを引きずり出す。体中土だらけで何故か股間だけ重点的に泥やら土やらに塗れていたが、明らかに自分で入れたであろうってのがバレバレな姿だった。

「あら、知ってたんすか澄男すみおさん?」

「チッ、このまま糞の気分を味わってテキトーなところで合流してやろうと思ってたのによ」

「泥で汚れたボクのち◯こ……フッ、悪くないね!」

澄男すみおさん、パンツ亡くなったんで替えのパンツとってきていいですか」

 シャルがバレたことで続々と土の中から二頭身の奴らがにじみ出てくる。まるで羽化寸前のセミの幼虫みたいな感じで。

「ああ、騒がしい……予想通りというか平常通りというか……大丈夫そうだしさっさと」

「ボクのち◯こが平常通り……? つまりボクがインポってこと?」

「さっさと行くぞ!! グダグダしてねぇで準備しろ準備!!」

 うわー、とちょこちょことあたりを小動物みたいに走り回るぬいぐるみバカども。緊張感の無さと能天気さに辟易するが、ふとカエルが金髪野郎を見つめた。

澄男すみおさん、ソイツ怪我してるっすけど、オレが治しましょうかい? オレの秘技``蘇・生``なら死んでない限りどんな傷でも万事オッケーですぜ?」

 俺の思考が止まった。というか、なんで忘れていたんだろう、気づかなかったんだろうと後悔する。

 それは彼なりの、何気ない親切心だったんだろう。そもそもの話、俺も忘れていたのだ。

 澄男すみお連合軍総隊長―――カエル総隊長が、なんかよく分からん回復魔法を使えるとかいうヒーラー属性を持っていたことを。

「あれ、おい金髪? きんぱぁぁつ!?」

 金髪野郎が何の前触れもなくその場でぶっ倒れたのは、その次の瞬間の出来事であった。


 気絶した金髪野郎を担ぎ上げると、今度こそ御玲みれいの所へ跳ぶべく技能球スキルボールを光らせる。金髪野郎の上に澄連すみれんどもが猿みたいにしがみついた。

 正直邪魔だが俺が転移魔法の技能球スキルボールを持っている以上、俺に触ってないとコイツらを置いてけぼりにしてしまう。なんかぬいぐるみ好きの変な奴に見られそうでめちゃくちゃ嫌だが、このままさっさと転移してしまおう。

 座標は久三男くみおから聞いた。すぐに行ける。

「カエル、転移したら御玲みれいの回復と、ついでに金髪野郎の回復も頼むぞ」

「任されました! オレの``蘇・生``に期待してくださいよ!」

 それ、名前がふざけているだけに信用したくてもイマイチ信用し切れないのが勿体ない気がする。蘇生とか言っている割に、カエル曰く死者は蘇らせられないらしいし、どこらへんが蘇生なのかよくわからない。まあ回復するなら何でもいいのだが。

「行くぞ」

 視界が暗転し、そして開けた。さっきと打って変わってちょい都会。所々酷い有様だが、人が多そうな場所で高層ビル群が中々多い。

 その倒壊したビル群の瓦礫をクッションにするように、横たわっている女の子が一人。御玲みれいである。

 案の定街中はロボット軍団で溢れていた。相変わらず転移してきた俺達には見向きもしないが、彼らが目指す方向は全員が同じ方向を向いている。奴らが向かう方向に何の支部があるのかは分からないが、おそらく請負機関の支部があるのだろう。

 本来なら人がごった返しているのだろうが、女アンドロイドが騒動を起こしているせいで住民はどっかに避難しているらしい。人の気配がしないのは不気味だが好都合だ。

 目の前でボロッボロになって倒れている女の子に駆け寄る。

 メイド服はビリビリに破け、全身青タンだらけ。血も夥しいほど出ているが、呼吸と脈を確かめると辛うじて生きていた。金髪野郎と違って立ち上がることはおろか、俺たちを認識する体力、気力も残ってないようで、瞳孔も散大している。本当の意味で虫の息状態だ。

「カエル!」

「ほいさっさ! ``蘇・生``!」

 地面にカエルの顔面が描かれた黄緑色の魔法陣が現れ、御玲みれいが黄緑色の光に包まれる。みるみるうちに傷は癒えていき、気色が一瞬で瑞々しさを取り戻していく。

 魔法陣が消える頃には、御玲みれいはメイド服以外全快に近い状態まで回復していた。

「す、みお……さま?」

 むくり、とゆっくりと起き上がる。若干混乱しているようだが、瞳孔の動きが元に戻っている。もう大丈夫そうだ。

「おう、俺だ。痛いところとかあるか?」

「いえ、ないです。少しぼーっとしますが……ダメージはほとんど回復したみたいです」

「よし。そんじゃ、御玲みれいを交えて作戦会議するか。カエル、金髪野郎の回復頼むわ」

 カエルが金髪野郎に謎の回復魔法をかける。

 みるみるうちに傷が癒えていくのはさっきと同じだが、焼け焦げたはずの左肩から、木の枝が生えてくるみたいに左腕が高速で再生する。

 魔法陣が消えると、やはり傷という傷はほとんどなくなっていた。気絶から目覚め、上半身だけ起き上がる。目を丸くしながらも真っ先に確認したのは、自分の左腕の状態だった。

「驚いたな。部位欠損レベルの怪我を治せる奴なんて、むーさんか``魔女``くらいしかいないもんだと思ってたのに」

 左手を閉じたり開いたり、二の腕の筋肉に力を入れたり緩めたりと、なじみ具合を確認する。そして俺をジト目で睨んでくるが、頭を掻きむしりながらすぐに視線を外した。

 確かに今思えば、俺は一瞬で塵芥にされたのに何事もなかったようにケロッとしているし、部位欠損の怪我も治せる使い魔持っているしで、常識的にはあり得ないことをしている連中なのは言うまでもない。

 俺たちの間では当たり前なのだが、他ではそうじゃないのがなんとも面倒だ。後から根掘り葉掘り聞かれるだろうし、戦いが終わるまでに言い訳考えとかないとマズイかもしれない。

 まだ時間はたっぷりある。倒すまでにテキトーに考えればなんとかなるだろう。

「……ん? ちょっと待て。ここどこだ? さっきと場所が明らかに違うぞ」

 ようやく周りの変化に気づき、目の色を変えて周囲を見渡す金髪野郎。俺の背筋からどくどくと冷たい何かが滲み出る。

 言い訳を考えとかないといけない。そう思った尻からこれだ。

 気絶した金髪野郎を担ぎ上げ、そのまま転移魔法で御玲みれいの所まで転移しました、って言えればどれだけ楽だろうか。

 流石に転移魔法が使えます、なんてアホみたいなことを言うと混乱しそうだし、なにより俺らの素性がバレてしまう可能性が高い。なにせ転移魔法を当たり前のように使えるのは、現人類で流川るせんぐらいしかいないのだから。

「えーと……まあ一応あそこからちょっと離れた場所? みたいな?」

「ちょっとどころじゃねぇだろ。俺らがいたのは郊外だぞ。ここ中威区なかのいくの中でも東部都心だろうが。距離にしたら百キロ近くあるぞ」

「あー……まあだからその……そう!! 空飛んだんだよ。俺が空飛んで、ここまできた!!」

「尚更ありえねぇな。百キロ近い距離を飛行魔法ですっ飛ばすとなると、どれだけの霊力消費量になると思ってる? 一瞬で干物になるわ」

 ンなもん知るか、と言いたい本音を喉の奥に飲み込み、他の言い訳を捻り出そうと脳味噌をこねくり回す。

 空もダメ、無駄に地理に詳しいから気絶していたことを良いことに誤魔化しも効かない。

 追求しないと言っても、流石に気がつけば百キロ近く瞬間移動していたら気になるし、説明なしで納得しろと言われても、俺が逆の立場ならそんなん無理ってハナシである。もうこうなると洗いざらい全部ゲロるしかなくなるワケだが―――。

「すみません、ならば正直話します。これを見てください」

「あん? それをか?」

 ボロボロのメイド服のせいで色々と見えてしまうせいか、片腕で胸のあたりを隠しながら、白色の球を金髪野郎に手渡した。

 手渡されたそれを、不思議そうにまじまじと見つめる金髪野郎。思わず「お、おい!」と叫んでしまうが、同じ感情を抱いたのは俺だけじゃあなかった。

「お、お前これ……転移魔法が込められてんじゃねぇか!?」

 白色の球を見るや否や、目を丸くして叫んだ。

 そう、御玲みれいが渡した球はただ一つ。毎度お馴染み、長距離移動には欠かせない転移の技能球スキルボールである。まさか渡してしまうとは露ほどにも思わず、俺もあたふたと御玲みれいの肩を揺らす。

 一目見ただけで転移魔法と見抜ける金髪野郎も大したものだが、転移の技能球スキルボールなんて渡したら最悪俺らの素性がバレてしまうかもしれないのに、うちのメイドは何を考えているのだろうか。霊子通信回線を通して焦りと怒りに似た感情を送るが、御玲みれいはどこ吹く風だ。

「あ、あり得ねえ……転移魔法``顕現トランシートル``は、遥か昔に存在したとされる伝説級の大魔法だぞ……? 母さんから話だけ聞いたことあるぐらいで、その実態は戦いの歴史の中に消えた、いにしえの魔法だと思ってたのに……」

 俺の焦燥など露知らず、向こうも向こうで技能球スキルボールをいろんな角度から覗きながら「本当に存在してやがったとは……」などと、呑気に感嘆に浸ってやがる。

 嫌だなあ。この後の展開がどうなるか、いくら馬鹿な俺でも予想がつくぞ。

「お、おい新人……これどこで手に入れた? そこらへんで買った、なんて言わせねぇぞ」

 はい、予想的中。事情説明を俺に求められるとかいうクソ面倒な展開になってしもうた。鬼気迫る声音と表情で詰め寄ってくる金髪野郎に、俺は半ば引き気味で後ずさる。

 伝説級の大魔法とか、むしろ俺の方が初耳だ。今までごく普通に使っていたクソ便利な魔法程度にしか思ってなかったし、鬼気迫る顔で驚かれても温度差がありすぎてリアクションに困るのである。俺にとっては、どう足掻いても日常生活に欠かせない生活必需魔法っていう認識でしかない。

 でもそれを言ったらもっと混乱させてしまうだろうし、納得してくれるとも思えない。他にもっともらしい理由とかこじつけとか、なんでもいい。何かないか。

「えっとそれは……」

「我が家に代々伝わる、いにしえの家宝なんです」

 筋肉たっぷりの脳味噌をこねくり回し、言い訳を捻りだそうと努力していた俺をよそに、堂々とそんなホラを吹いてみせる御玲みれい。霊子通信で『どういうつもりだお前!!』と突っ込むが意に介さず、聞こえてないフリをして淡々と経緯をでっちあげていく。

「歴代の当主が後生大事に溜めていたものでして、当主が澄男すみおさまに代わられた折、もう後生大事にしまっておくまでもないだろうと、澄男すみおさまが宝物庫から引き摺り出したんです。そのうちの一つがそれ、というわけですね」

 弥平みつひらに頼めばすぐにでも手配してくれる上に、なんなら技能球スキルボールの霊力が切れても俺が握っているだけで無限に使えてしまう、ただのインスタント魔法と化しているそれを、いにしえの家宝とまで誇張するとはなんともむず痒い。

 流石に無理があるのではと思ったが、金髪野郎の表情は緩やかなものへと変わる。

「なるほどな。大戦時代から脈々と受け継がれてきた家宝……ってんなら、隠してたらワンチャンありうる、か。通りで世間の道理ってもんを知らんわけだ」

 と思いきや、眉をひそめて手痛い視線を送られる。なんで俺が唐突に非難される流れになるんだ。別に有効活用できるのなら、それでいいじゃないか。

「どうか、このことは内密に」

「だな。知られたらこんな便利なもん、すぐ横取りされるぜ? そうでなくとも毎日面倒なのに追われるハメになる」

「ですよね……すみません、うちの当主が」

「本当だぜ。こんな伝説級の代物、後生大事にしてろって話だ! 無闇に持ち歩いていいモンじゃねぇぞこれ!」

「なんで俺なんだよ!? いや別に俺グハッ」

 隣からの猛烈な肘打ち。俺じゃなかったら肋骨が砕けているであろうその一撃に、御玲みれいを睨みつける。

 クソ、何故か俺がやらかした流れになっていて凄まじく癪だが、この流れを変えるのは正直キツい。こうなったら破れかぶれだ。

「い、いやーすまんすまん。なんせ俗世っつーの? そーゆーのに疎くてさー、いやー、知らなんだ知らなんだ! 勉強になったよあははー……」

 額に青筋を浮かべ、どうやって御玲みれいに仕返ししてやろうかなどと考えながら、渾身の作り笑いを見せる。

 非常に納得いかない気分にさいなまれる中で、金髪野郎の視線はまだ手痛い。まるで馬鹿なことをやらかしたガキを叱る先生みたいな目つきだ。

「今度から無闇に使うなよ。面倒なのに付き纏われても、そこまで責任取れないからな」

「へーいすんませんしたー……」

 遺憾だ。甚だしく遺憾。なんで謝らなきゃならんのだろうか。ただの転移魔法を使っただけなのに、なんで俺は怒られているんだろう。

 確かに使えるのがほとんどいないからだろうけど、それって別に俺のせいじゃないし、だから俺悪くないし、できるものなら全力抗議したいところである。したところで場が荒れて収拾つかなくなるからやらないけれど。

御玲みれい……あとで覚えてろよ絶対泣かす』

『へぇ、面白いですね。私、涙腺凍ってるんで泣こうと思っても泣けないことの方が多いんですよ? 氷属性だけに』

 精神世界で御玲みれいを呼び出し、メイド服の胸ぐらをつかむ。

 精神世界なので服は元通りになっているが、そんなことがどうでもよくなるくらいに俺の考えはただ一つに集束していた。

『ははは、関係ねぇな泣かす絶対泣かす!!』

『じゃあ泣かせられなかったら罰として澄男すみおさまだけで一週間任務漬けで』

『じゃあ泣かせられたらお前一ヶ月任務漬けプラス家事ってことで』

 おおっと御玲も乗り気だ。賭けに乗ってきたぞ。だが俺には秘策がある。それさえ使えば女だろうが男だろうが泣かすのは容易なのだ。問題は如何にして先手を打つかだが―――。

「おいお前ら。なに睨み合ってんのか知らんが、そろそろマジで対策考えるぞ」

 おっとそうだった。精神世界から離脱して現実世界へ意識を戻す。

 話すぞと言いながら脱線しまくってしまったが、ポンチョ女と百足野郎とも合流しなきゃだし、そろそろ本題に入ろうか。

 街中はロボット軍団でごった返しているので作戦会議をしようにも少し騒々しい。場所を移すことにし、ロボット軍団が体格的に入れない暗い路地裏に座り込んだ。

 俺は改めて、周囲を見渡す。

 こんなに高い建物がたくさんあるのに、ゴーストタウンみたいに人がいやがらない。ロボット軍団で街中が埋まっているから仕方ないっていえば仕方ないが、人がいるはずの場所に人が全くいないという矛盾した状況が、なんともいえない濃密な不気味さを感じさせた。

「ここらの奴らは非常事態になると、各々自前の地下シェルターに籠っちまうのさ。任務請負機関本部が安全を表明したら、またわんさか湧いて出てくる」

 俺の表情筋の変化を察したのか、特に求めてない解説を話し出した。

 俺たちは自慢じゃないが、戦闘能力が支部の基準を大幅に超えている。支部で活動する上で、どんな任務も関係なく受けられるだけにあんまり気にしたことがなかったのだが、請負機関から掲載される全ての任務は請負機関本部によって難易度分けされている。

 その任務請負機関本部が定める難易度分けこそ、``任務請負フェーズ``と呼ばれているものである。

 高い順にG,S,A,B,C,D,E,Fの八段階あり、そのうち緊急任務に相当するS以上の任務が発令されると、武市もののふし全土に避難勧告が発布される。

 武市もののふしは文字通り力と実力の国家。戦闘力が社会的地位に直結する世界で、大半の住民は自衛のための武装と、家が災害で破壊されたときに備え、強力な地下シェルターを持っている。

 避難勧告が出されると、みんなその地下シェルターの中に隠れてしまうため、地上からは人っ子一人いなくなってしまうってわけだ。

 俺は本家領からほとんど出たことがない。当然ながらそんな事情など知る由もなかったが、山から降りてくる理不尽な魔生物や災害から身を守るため、ほとんどの住民が大それた地下シェルターを持っていることに少し驚いた反面、まあ当然かと納得してしまった。

 年に一度や二度、国が容易く滅びかねない魔生物やらなんやらが来るのだから、地下シェルターに隠れたくなる気持ちも分からなくもない。

 流川るせん家はみんな強い奴しかいないから、災害や魔生物なんぞが来ても実力で返り討ちにしてしまえる。隠れたり、怯えたりする必要がなかっただけなのだ。

「まあそんなこたぁいい。それよりも、あの女型アンドロイドがロボット軍団の首魁ってことでいいんだよな?」

「ああ、まあな。強さも見て感じた通りだ」

「となると正味、ウチの支部が心配だな。俺たち北支部主力は出張っちまってるし、あんなバケモンが軍を統帥してるとなると支部は壊滅する」

 顎に手を当て、うーん、と唸る金髪野郎。

 確かに北支部の主力は全員あの女アンドロイドをぶっ壊すために出張ったばかりだ。

 一応本部から応援が来ているが、俺たちが女アンドロイドにコテンパンにされたいま、あの女アンドロイドは既に軍の指揮に戻っているはずだった。

「あの女アンドロイドは、いわば滅ぼすことに特化したキラーマシン……俺たちに加え、戦いの腕もプロ並みに強いむーさんを相手して鏖殺おうさつしてのけたバケモンだ。本部の連中を信用してないわけじゃねぇが、多分俺らからも人員割かないと守りがキツいかもしれん」

「無駄がないというかなんというか……殺すことに何の躊躇いもないというか……無駄なく軍隊を動かしそうなイメージあるしな」

「だろ? 正味あの女アンドロイドに数ぶつけても意味がない。少数精鋭で確実に叩き潰す方が良策だ」

 金髪野郎の言い分に俺や御玲みれいも納得する。

 戦ってみたからこそ分かったが、数でぶつけてもまるで歯が立たなかった。御玲みれいや金髪野郎は一撃で死にかけにまで追い込まれ、俺なんか反撃する隙すらもらえず肉片にされてしまった。

 個人的には、今のところ本気を出せる隙があればワンチャン勝てるかどうかってレベルだ。

「ならオレらが支部に戻りやしょうかい?」

 俺の右肩に勢いよく飛び乗りながら、生々しい白色の胸を得意げに張る。

 カエルは謎の回復魔法``蘇・生``が使えるし、他の連中も強さだけなら申し分ない。女アンドロイドとの戦いにも一番無事だったし耐久性も文句なく、ぬいぐるみ同士で連携も完璧である。

 隙を見て支部の連中の回復もしてくれるだろうし、戦力としてだけじゃなく支部全体の生存能力も高められる。俺らを回復させられる奴がいなくなる欠点が出てくるが、支部を生存させるという戦略を考えれば、支部防衛線にまわす戦力として一番の適任だ。

「その蛙のぬいぐるみみたいなのが回復魔法を使えるってところ、クッソ引っかかるんだが……まあ部位欠損をなかったことにできる魔法だ。俺も賛成だぜ」

 金髪野郎の了承も得られたので、これで支部に回す人員は決定だ。俺が「行ってこい」と一声で命じると、元気よく「アイアイサー!!」などと、いつの時代の子分だよと言いたくなる返事を放ち、澄連すみれん全員は忍者の如くその場から去った。

 そして俺と御玲みれい、そして金髪野郎の三人が、ぽつんと残される。

「静かになったな……これが本来の静けさってやつか……」

 言いたいことは分かる。アイツらは存在するだけで騒がしい。見た目も大概うるさいし、中身も騒がしさの元締めのような連中だから、いなくなると異様な静けさのみが残るのだ。

「では問題の、女アンドロイドに対する精鋭ですが……」

「待て。その前に」

 正直アイツらの騒がしさの影響か、この異様な静けさがどことなく気まずさを感じさせてくるのだが、金髪野郎と御玲みれいは全く彼我にもかける様子もない。

御玲みれい、だったか? 緊急時に気にするのはどうかと思うが、一応男として言わせてくれ。服、ボロボロだぞ」

 そういえばそうだった。さっきのさっきまであんまり気にしてなかったけど、御玲みれいのメイド服はほとんどボロボロの布切れと化していて、もはや服と言えない状態になっていた。

 確かに緊急時に気にすることじゃあない。俺だったら全裸でない限り気にしないが、御玲みれいは女である。流石に半裸に近い女が平然としていると、それはそれで不自然というか、女としてそれはどうなんだろうという気分に苛まれてしまう。

 今更ながら、服着させ直した方が良い気がする。

「私は上半身裸でも戦えますけど」

「「いやいやいやいやいや……」」

 真顔で何を言っているんだろうか。女らしさをどっかに置いてきた我がメイドに、金髪野郎と台詞ハモッちまった。

 上半身裸どころかなんなら下半身もギリアウトに近いし、普通にこのまま戦ったら全裸になっちまうだろうに。

 確かに緊急時だし服装気にする暇なんてないのは分かってるけど、流石に女が半裸で戦うのはダメだと思うんだよ。というかそれを許してしまうと主人の俺がとんでもないヘンタイみたいになるし、勘弁してくれ。

「と、言いたいところですが、レクさんもいますしね。着替えてきましょうか」

 着替えるのめんどくせえ、みたいな雰囲気出しているけど、それ女としてどうなんだ。あと俺もいるのに俺が勘定に入ってないのはなんでなんだ。もしかして俺だけしかいなかったら着替えるつもりなかったとかじゃないだろうな。だとしたら痴女認定するぞ。

 色々と言いたいことがあるが、女に対し、そんなことを言う勇気があるはずもなく。御玲みれいは毅然とした顔で「着替えてきます、方針は澄男すみおさまとレクさんが決めたことに全面的に従うので報告だけお願いします」と言い残し、転移魔法でサクッと帰還していった。

 俺がグダグダ言う隙もなく、サクッとである。もしかして、俺がグダグダ言うのを見越してさっさと行っちまったのだろうか。今度から文句を言う隙をもっと執念深く探った方が良さそうだ。

「悩みの種が一つずつ解決していってるな。いいことだ。さて御玲みれいも言ってたが、最後は女アンドロイドを倒すための精鋭だ」

 コイツもコイツで切り替えが早い。俺が遅いだけかもしれんが、こうなるとグダる俺の方が害悪みたいになってしまう。

 服ならお前もボロボロじゃんとか、そんなしょうもない本音が胸の中に渦巻くが、とりあえず無視して話を進める。

「……つっても選ぶ余地なくね? 俺と御玲みれいとお前と……あとどこにいるかも分からん百足野郎とその飼い主しかいねぇじゃん」

 精鋭を決める。そう意気込むのは結構なのだが、正直選択肢なんぞ鼻っから無い。

 北支部の戦力は既に全軍投入してこのザマだ。他にまだ頼れるアテがあるってんなら話は別だが、正直そんなアテが都合良くあるとは思えなかった。

「確かに、人員はこれ以上割けない。本部勤めの中でも最上位の連中をよこしてくれれば話は変わるんだが、そんな贅沢言えてたら緊急任務遂行に苦労はねぇ」

「だろうな。本部の連中だって暇じゃないだろうし、北支部だけ大量の援軍送るのも変な話だもんな」

 その割には二つ名決めるのに一躍買ったりと案外暇なんじゃないかなと思うことがないこともないんだけども。

「んで、だ。そうなると相手の弱点を突くしかなくなるわけだが……俺には一つ気になる点があんだよ」

「ってーと?」

「殺すことに躊躇いもなく、敵を即座に殲滅する最適行動を、無感情に一切の無駄なく行うアンドロイド。そんなバケモン相手に、なんで俺らは生き残れたんだろうな」

 独り言のように呟いているが、俺に対する明確な問いかけでもあった。

 はっきり言って、それに答えるのは簡単だ。久三男くみおが死なないように裏で手を回してくれていたからと答えれば、ただそれだけで済むのだが、久三男くみおの存在を大っぴらにしてしまうことは、俺らの手の内を晒すようなものに等しい。

 アイツの力は一種のチート。正直どうせバレるのなら転移魔法が使えるってことの方が、全然マシなくらいなのだ。

 御玲みれいはメイド服取りに行っていてこの場にはいないし、かといってシラをきると打開策がまるでない、って結論で話が終わってしまう。

 正直素直にコイツと百足野郎たちが北支部の守りに徹してくれるならやりやすかったのに、コイツらときたら本部からの勅命とかなんとかで俺らを追いかけてきたから多分俺らだけで始末つけると言っても退きはしないだろう。

 嗚呼、面倒この上ない。これならまだ親父に復讐していた頃の方が動きやすいって点でまだ気楽だったかもしれない。だからといってあの頃に戻りたいかと問われたら、そんな気は全くないと答えるけれども。

 髪の毛を掻きむしり、気怠くため息を吐きながら考える。が。

「それはアレだ。その……俺のツレの仕業よ」

 そんな柄にもないことをやったところで、名案が浮かぶワケもなく。先々を考えるなどというクソ面倒なことをやめ、自分の減らず口に全てを任せることにしたのだった。

「俺のツレに……なんだっけ? 電子戦? だったか……そういうのに強ぇ奴がいてな。ソイツの助けがあったからなんだ」

「……あの御玲みれいってヤツ、前衛ってナリしててそんな裏方タイプだったのか」

「いんや、御玲みれいじゃねぇ。御玲みれいとは別の、俺の``従者``だ」

 ホントは血の繋がった実の弟だが、ここは従者ってことにしておく。俺に血縁がいるとか言うと、変な勘繰りをされるかもしれないからだ。

 その点、御玲みれいっていう実例がある以上、従者ってしとく方が自然なはず。どうせコイツの中の俺って世間知らずのおぼっちゃまかなんかだろうし、従者が複数いるって言った方が納得しやすいだろう。

 遺憾も甚だしいイメージを逆手にとるのはものすごく癪だが、背に腹は変えられない。

「ふーん……となると、だ」

 考える素振りを見せながら、そのツリ目で俺をギラっと射抜いてくる金髪野郎。試されているような気がして、次どんなことを言ってくるのかと思わず身構えてしまう。

「お前、その従者とどうやって連絡とってたんだ? 知ってるってことは、連絡取り合ってたんだろ?」

 はい。墓穴掘った。

 慣れないことはするもんじゃあない。それは何度も心に刻んできたことではあるのだが、そうも言ってられないのが現実ってやつである。

 珍しく理路整然とした言い訳を考えられたと思ったのに、予想外にも久三男くみおと霊子通信していたことに突っ込んできやがった。完全なる予想外である。

 俺たちはみんな、久三男くみおが構築した霊子通信ネットワークとやらで脳と脳がリンクしていて、基本的には頭の中で念じるだけで会話が可能だ。そしてそのネットワーク回線的なものは、久三男くみおによって暗号化されているから会話の内容が盗み聞かれることもない。

 馬鹿な俺でも分かる。当然、この技術も軍事機密だ。他の奴に教えたら、久三男くみお弥平みつひらにカチキレられる案件である。

「とっ……! ってたよまあ……うん。お前が寝てる間に、その……そう! 転移してね」

「どこに?」

「俺ん家だよ俺ん家」

「ああ、なるほど。確かにあの女アンドロイドにぶん殴られた反動で数分は寝てたな。その間に転移で家に帰って事情聞いてまた帰ってきて俺と合流、なんてこともできるわけか」

 たく、つくづく便利な魔法だぜ、と肩をすくめて呆れながら、なんか勝手に一人で納得してくれた。というか都合よく解釈してくれた。

 後先考えず頭に浮かんだことをテキトーに言っただけなんだが、なんとか話の辻褄が合ってくれたようだ。コイツの深読みスキルに感謝しよう。

「つーわけで、俺のツレならあの女アンドロイドの隙を作れる。その隙をうまく利用すればぶっ壊せるかもしれねぇ」

 もうホラ吹きながら作戦会議したくなくなってきたので、色々聞かれる前に話を締め括る。

 現状、女アンドロイドを真正面からブチ壊す方法はない。俺がゼヴルエーレの力という名の禁じ手を使えば話は変わるが、それこそコイツに教える気はないし、なんなら俺が使いたくない。

 となると唯一、打開策として有効打が打てるのは久三男くみおの電子戦支援のみになる。

 久三男くみおが女アンドロイドの脳味噌に干渉することで奴の計算を狂わせ、その隙を突いて中核を破壊する。久三男くみおは前に出張ることはできないが、代わりに俺や御玲みれい、金髪野郎と百足野郎が出張れるから、隙を突いてぶっ壊すだけの戦力は揃っている。

 まだ曖昧な部分は多いし、できるかどうかも分からんレベルの作戦だが、試してみる価値は十分にあるだろう。

「決まりだな。従者との連絡はお前に任せる。俺はむーさんたちと少しでも合流しやすいように、ここで待機しとくわ」

「待機って……アイツらどこにいるんだよ」

「お前のツレは分からないのか?」

「驚きだがな。あの百足野郎の居所は、俺の従者でも分からんらしいのだ」

「だろうな。むーさんの本気雲隠れを見破れる奴がいるんなら、一度そのツラ拝みに行ってやりたいよ」

 黒ずんだ室外機にもたれて完全に仮眠の姿勢をとり始める。

 金髪野郎の話によると、あの百足野郎は飼い主たるポンチョ女に命の危機が迫ると全てを無視して守りに徹し、しばらくは何をしようがどう足掻こうが、連絡も接触も不可能になるらしい。

 周囲から危険がなくなったことを察知すると、隠れながら金髪野郎の所へ勝手に合流しにくるとのこと。

 金髪野郎は百足野郎を追うことはできないが、百足野郎は金髪野郎とどれだけ距離が離れていても、追うことができるらしい。

 一体何を手がかりに探し出しているのやら、と冗談で言ってみたところ。

「そりゃ俺が知りてぇぐれぇだぜ。時々『もしかして俺、匂う?』って思うときがあっからよ……」

 などと自分の服や袖を匂いながら、深いため息をついた。

 いやまあ俺も体動かす方だからその気持ちはわからなくもないけど、おそらく違うと思うんだよね。何が違うかは分からんけれども。

 百足野郎の謎が深まったところで、俺も転移して一度家に帰ることにした。ホントは帰る必要ないのだが、頭の中で連絡取り合ってますとか、そんなわけのわからないことを今更言うわけにもいかないし、理解が得られるとも思えないし、なんならもうめんどくさいしで、素直に嘘ついたとおりに動くことにしたのだ。

 嘘も方便ってことわざに、今日ほど救われた日はないだろう。これからもないと思いたい。

「んじゃ、行ってくる。もし百足野郎どもと合流できたら事情説明よろしく」

「むーさん、な。いい加減ちゃんと名前で呼べよ」

 などと言いながら、気怠げに片手を振ってくれる。

 知り合って間もない奴に見送られるのはなんか変な感じだが、気にしたら負けだろう。俺は家のリビングを頭に思い浮かべながら、目を閉じた。
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