無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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覚醒自動人形編 上

女アンドロイドVSカオティック・ヴァズ

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 戦い始めてから、もう一時間が経とうとしている。

 弥平みつひらの援護のために派遣されたカオティック・ヴァズとミキティウスの二人は、予想を遥かに超える大苦戦を強いられていた。

「マサカ……コレホドトハ……!」

 身体を傷や煤だらけにしたヴァズたちは崩れた建物の物陰に隠れ、息を殺す。

 図体の大きいヴァズが女性型アンドロイドの注意を引き、``雷撃化``で雷そのものと化したミキティウスが物理攻撃でしとめる。なるべく霊力を使わない攻撃を繰り返して機体を損傷させ、戦闘不能に追い込む算段だったのだが。

「あの女アンドロイド、学習能力高すぎんだろ……」

 壁にもたれかかりながら、ついに弱音を吐いてしまうミキティウス。ヴァズはアンドロイドだが、今や人の心を学習している。彼の心境が分からないほど、彼はもう機械ではなかった。

 ミキティウスの言うとおり、女性型アンドロイドの学習能力は想定を遥かに超えていた。一度実行された戦術を体感しただけで理解し、こちらの攻撃を的確に予知。先読みした上で、こちらの隙を伺って反撃しては霊力を吸いとり、脱力した瞬間を見計らって距離をとる。

 先手を打っているのは此方なのに、気がつけば後手に回っている。完全に相手のペースに嵌ってしまっているのだ。

 既に敵は二人の癖や戦闘技術を把握している。霊力を吸収して少しずつ力を蓄え、確実に身体能力を上げてきているのだ。

 相手が人間だったなら、勝利を確信して欲張ってくる展開だろう。だが相手は決して欲張らず、自分の能力に見合った最適行動を取り続けているため隙もない。

 同じアンドロイドとして、完全に演算能力の差を見せつけられた。久三男くみおによって造られたという自負があっただけに、メモリー内にエラーレポートが続出している。

「コウナレバ、残ル手段ハ……」

 ミキティウスには奥の手、固有能力``パンツの存在証明``がある。

 下着を装備しないことで自分の存在価値を限りなく零に近づけるという荒唐無稽な能力。いわば透明化能力の極みといったところか。

 ミキティウスが言うには、この能力を発動すると探知系魔法で探られるか、気配察知に極めて長けている者でもない限り、敵味方関係なく気配を悟られなくなるらしい。

 その隠密能力を生かして、一撃で討ち取るという方策。

 ここぞというときまで温存してきたが、ここまで追い込まれた以上、使うほかないだろう。学習されるなら、される前に一撃必殺を決めるしかないのだ。

「シカシ……ソレデモ倒セヌトキハ……」

 俯き、自分の胸に左手を添える。演算結果に呼応するように、擬似霊力炉心の入出力が変動した。

 ヴァズにも奥の手、``自律自爆``がある。

 如何なる戦闘手段をもってして敵を撃破・捕獲できない場合、自身の擬似霊力炉心を暴走させ、周囲もろとも全てを灰燼に帰する切り札。

 Rev.Ⅱに生まれ変わったことで、擬似霊力炉心の性能も向上した。それにより自律自爆の威力もまた向上している。今の機体で自律自爆を行えば、爆風圧で半径数十キロは更地と化すだろう。

 相手を物理的に葬り去る最終手段としては申し分ない威力ではあるが、ヴァズの中には一抹の不確定要素があった。

 敵は触れたものへの霊力吸収能力を持っている。自律自爆は擬似霊力炉心内で臨界突破した霊力を元手にして発動する切り札であり、臨界突破するまでにある程度時間がかかる。その間に触れられてしまえば、霊力を吸収されて自律自爆できないばかりか、擬似霊力炉心で増産した霊力で敵に塩を送ってしまう結果となりうる。

 それに、爆発も広義的にはエネルギーだ。もしも爆発によって発生するあらゆる物理学的エネルギーも、霊力に変換して吸収しうるとしたら。

「自律自爆ハ最大ノ悪手……!」

 最適行動ではない。この時点で、ヴァズは奥の手``自律自爆``を無効にする選択をした。残された戦術は、たった一つのみ。

「ミキティウス殿。コウナレバ、貴方ノ切リ札ヲ切ル他アリマスマイ」

「わかってんだろうな? 失敗したら後がないぞ」

「ソノトキハ、撤退ヲ。私ガ囮トナリマショウゾ」

「まさかお前、死ぬ気か? いや、アンドロイドだから死ぬっておかしいけど……」

「デキルダケ時間ヲ稼ギマス。澄男スミオ様ニ援軍ノ要請ヲ」

「承った!」

 勢いよく爽快に、頭に被っていた下着を脱ぎ捨てた。その瞬間、ミキティウスの姿が徐々に薄くなり、そして消えてしまう。

 足音すらもなく、砂埃すら立たない。ヴァズの察知能力でさえ、ミキティウスの気配は既に追うことができなくなっているほどに、ミキティウスの気配遮断能力は強力だった。

 どういう理屈で透明化しているのか。そんなことを気になりながらも、自分の役割を改めて認識する。

 がごん、とコンクリート製の壁を破壊する音を検知する。砂埃を押しのけるように現れたのは、煤だらけになりながらも、瞳を真っ赤に染めた女性型アンドロイドである。

「ヌグッ……!」

 瓦礫の影から出て、先手を打とうとした瞬間。隠れていた瓦礫が粉々に粉砕された。いや、正しくは融かされたとみるべきか。無防備のヴァズが露となり、女性型アンドロイドと視線が交わる。

「ナルホド、``炎弾イグニス・バレット``カ」

 女性型アンドロイドの周囲に展開された魔法陣。久三男くみおから魔法陣を解析する方法と、参照するためのプログラムをインストールしてもらったことにより、ある程度の魔法ならば魔法陣を見ただけで識別できる。

 ``炎弾イグニス・バレット``は火属性攻撃系魔法の中でも初等魔法であり、人間でも素養があれば扱える魔法である。

 端的にいえばファイアボールだが、その威力はただの火の球とは言えないほどに高い。

 この魔法によって放たれる火球の温度は最低でも摂氏五千度になることが魔法陣によって保証されており、地脈の霊力を元手に作成される霊力コンクリートなど一瞬で融かしてしまう。

 術者次第で火球の温度を際限なく上げることもでき、その気になればこの魔法一発で大国など容易に焼き滅ぼせるほどの威力となる。

 人間にも素養があれば扱える初等魔法と言ったが、実態は制御を間違えると術者や味方すらも跡形も残らない、危険極まりない魔法なのだ。

 扱えるだけではなく、その制御までできなければならないが、女性型アンドロイドは見事に瓦礫のみを融かしてみせた。このことから魔法陣の描画精度は非常に高い。魔法陣描画機能を持たないヴァズにとって、また性能差を詳らかにされる結果である。

「ダガ戦闘ニオイテ重要ナノハ``性能``ニアラズ。真ニ求メラレルハ、``技量``と``経験``ナノダ」

 演算結果を再確認するように復唱する。

 これまでの戦いで、ヴァズの性能は女性型アンドロイドに及ばないことが十分に分かった。

 演算能力でもその他デバイスの機能でも、女性型アンドロイドの方が潜在的には上であり、今はまだ本来の性能が出せていないだけなのだ。

 このままズルズルと戦い続ければ、相手がヴァズのエネルギーや機体を吸収し、更に性能差が隔絶したものになるだろう。ならばまだ技量と経験が通じる今が、最後の戦いどき。

「私モ貴様ト同ジ、自律型アンドロイド。学習スルノハ貴様ノ専売特許デハナイト知レ!!」

 残された腕に霊力を流し、攻撃力を高める。

 霊力吸収能力がある以上、ミニガンによる遠距離射撃は悪手である。ミニガンに限らず、口腔から射出できるメインウェポン―――霊力高密収束砲後期型や、切り札である自律自爆も同様だ。

 となると、残された選択は物理主体の近接戦闘のみということになる。

 ヴァズは人間ではない。人間の生体を元に造られた、いわゆるバイオロイドではないため、肉体強化による物理攻撃力の補強はあまり望めない。ある程度なら強化できるが、それは機体の霊力循環機構が臨界点を突破しない程度に限られる。

 体内霊力を用いて己の肉体を強化する、性質や形態を意図的に変化させる技術を、魔法や魔術などといったものとは別に、``霊力操作``と呼ばれている。

 使える者は魔法使いよりも希少と言われているほど超高度な戦闘技術の一種だが、ヴァズはこの技術に対応していない。単純に機体が規格外なのだ。

「ダガ、ソレデイイ。問題ハ、貴様ノ身体ニ触レラレルカ否カ、ダ!!」

 甲高い金属音がけたたましく鳴り響く。魔法陣を描かせる隙を与えず、懐に入って数発、霊力である程度強化した一撃を加えていく。

 魔法が使えない以上、女性型アンドロイドも近接戦闘を余儀なくされる中でヴァズはほんの僅かに唇をつり上げた。

 女性型アンドロイドは、接触した物体から霊力を吸収する。それは無機物、有機物に関係なく、霊力を保有する物体全てにあてはまる。

 実際に彼女は弥平みつひらの右腕を吸収し、体内で霊力変換を行い、ヴァズの片腕もまた分解して霊力に変えている。それ以前にヴァズの霊力循環を乗っ取るほどの霊力吸収能力を披露してみせている。

 これだけ聞けば、霊力で強化した近接戦闘は最適行動ではないのではと思うかもしれない。

 だが、今の近接戦闘でヴァズの体内霊力循環に過剰な変動はない。それすなわち、彼女は吸収しようと思考して、霊力吸収能力を起動させる必要があるということ。つまり、霊力吸収能力は常時発動型の機能ではないということだ。

 ならば能力を起動させる隙を与えず近接戦闘を続ける限り、ヴァズの攻撃も有効打になりうる。

 このまま畳みかけることもできなくもないが、ヴァズは堅実であった。あくまで自分は陽動役として最適行動に徹し、始末は固有能力``パンツの存在証明``によって潜伏し、その機を刻一刻と狙っているミキティウスに任せる。

 全ては、彼の一撃で沈めるために。

『ミキティウス殿!!』

 ヴァズの連打を受け、女性型アンドロイドがよろけた。

 性能では負けたが、体格と重量ではヴァズが上。器質的な部分が作用したことで、近接戦闘はヴァズに軍配が上がったのだ。

 それをのうのうと見逃すヴァズではない。すかさず霊子通信を送り、ミキティウスに絶好のタイミングを伝えた。

 ミキティウスに音はない。固有能力によって完全に気配を絶っている。ヴァズの感覚機構からも、彼の存在を認識することはできないほどに。

 一瞬、雷撃が迸ったような気がした。体感時間をコマ送り再生できるほどに遅延観測できるヴァズをもってして、ほんの僅かな時間と感じられるほどの短い時。

 彼女の体勢はとてもじゃないが対応できるような状態ではない。受け身をとり素早く距離をとった上で体勢を整える必要があるが、その前にミキティウスの一撃が決まる。

 覆しようのない完全な連携。あとは機体の一部を回収し、サンプルとして久三男くみおに提出すれば任務完了―――。

「ガッ……」

 突如、体内の霊力循環が止まった。全身の力が抜け、そのまま地面に倒れる。ヴァズの名前を呼ぶミキティウスの声が聞こえるが、それがどんどん遠くなっていく。

 思考能力も疎ら。自分が何をされ、どうなって、何故倒れたのか。その原因を突きとめる余裕すらないほどに、体内のエネルギーが急速に減っていく。

『ミキ……ティ……ウス殿……ドウ……カ……私……ヲ』

 補助パワーが始動しなんとか喋るだけの力とこれから何をするべきかを伝えるだけの力が戻る。

 ヴァズは体内エネルギーが一定値を割り込み、なおかつ自律的なエネルギー供給が不可能になった場合、脳殻内にある予備電池からある程度エネルギーを補給することで、ほんの僅かだが活動が可能となる。

 予備電池から供給されるエネルギーが補助パワーであり、あくまで活動限界をほんの少しだけ伸ばすために使われる。例えば今のように、味方に何か伝言を残すときなどに。

『私ヲ……爆沈処理……シテクレ……』

 ヴァズは近くにあった鉄杭を女性型アンドロイドへ向かって投げる。受け身をとって転けた瞬間に鉄杭が彼女の右肩を貫き、壁に磔にされる形で止まった。

 補助パワーにより僅かに解放された演算領域で、心臓に相当する機関―――擬似霊力炉心が、なんらかの狙撃手段により破壊されたことを悟る。誰がどのようにして行ったかは、深く考えるまでもない。

 女性型アンドロイドの陽動に夢中で、相手が集束光線による貫通攻撃してくる可能性を失念していた。もしかしたら近接戦闘中によろけたのも、ヴァズとの近接戦闘に押し負けたからではなく、わざと隙を作らせることでヴァズを油断させ、動力源を破壊する隙を窺っていた可能性も予測演算から算出される。

 だが今となっては、後の祭りだ。もはや反撃の余地はない。できることはあと一つ。

 擬似霊力炉心を完全破壊されるのは想定外にも程がある事態だったが、鉄杭を投擲したことで補助パワーによる活動限界が大幅に縮まってしまった。このままでは、あと二十秒も経たないうちにシャットダウンしてしまう。

 そうなればヴァズの機体は、強化素材として彼女に利用されてしまうだろう。それだけは避けなければならない。そうなるくらいなら、ミキティウスに機体を粉々に破壊してもらうことが、今のヴァズにとって最後の最適行動であった。

「チッ……! 久三男くみおさん、恨まないでくださいよ」

 霊子通信でミキティウスも真意を悟った。

 女性型アンドロイドは右肩に深く刺さった鉄杭を抜こうとしている。抜かれれば終わりだ。

 ミキティウス一人でも戦えなくはないが、決め手に欠ける。むしろ早急にヴァズを破壊してこの場から撤退しなければ、敵に塩を送り続ける羽目になる。

 ミキティウスは雷撃と化し、自分が持ちうる可能な限りの力をヴァズに向ける。ミキティウスの霊力で、自分の身体が内部から焼けていくのを感じながら、ヴァズは自分を作ってくれた造物主の顔を思い浮かべた。

 元々は澄男すみおを殺害するために造られた自分。澄男すみおとの戦いで破壊され、その後正式な仲間として久三男くみおの手によりグレードアップして復活したが、一ヶ月も経たずして破壊される結果となってしまった。

 可能な限り手を尽くしたが、久三男くみおによって造られたという自負が、演算精度に誤差を生じさせたのだろう。

 せっかく久三男くみおに仕立ててもらった新しい機体を、まさか一ヶ月すら持たずに破壊してしまうことになる。その事実がほんの僅かに解放された演算領域の中を、忙しなく無限ループしていた。

 いくら演算したところで結果など出るはずもなく。ただ理解できたのは、久三男くみお自慢の戦闘用霊力駆動式アンドロイド―――カオティック・ヴァズRev.Ⅱが、完全なる敗北を喫したという事実だけであった。

『オ許シクダサイ、久三男クミオ様……コノ無念……イツカ、必ズ……!』

 視界が真っ白に包まれた。あらゆる感覚が消滅していく。なにもかもが虚無へと落ちていく中で、最後に残った演算領域が閉じたのは、その数瞬後のことであった。
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