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序章・新たなる邂逅編
新たなる異変
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翌日。みんなで騒ぐだけ騒いで疲れて寝落ちした俺は朝十時に御玲に叩き起こされた。
半分寝ながら一時間かけて支度を整え、クソねみぃから向こうで二度寝でもするかなどと考えながら支部に来ると、そんな俺らを出迎えたのは、自称新人請負人監督役のレク・ホーラン、名付けて金髪野郎だった。
「……まだいかねぇぞ。とりあえずテラスの席で二度寝すんだからよ」
相手は目上の請負人。いわゆるセンパイとかいう奴だが、俺にとってセンパイなんてものは``高々俺より数年先に始めただけの偉そうな奴``程度の認識でしかない。
今すぐ任務に行こうぜ、みたいな雰囲気を醸し出してやがる金髪野郎に対し、盛大な欠伸で返した。
「二度寝だぁ? お前、もう十一時過ぎてんぞ」
「十時に起こされて眠いんだよ。俺の起床時間は主に九時以降だからさ」
「なら大丈夫じゃねぇか」
「自然起床だったらな。横のコイツに叩き起こされたんだよ」
「自然起床に任せたら、昼まで寝てるじゃないですか。当然のことをしたまでですよ」
不満げな表情で俺を見てくる。俺は今まで自然起床でしか起きたことなんてほとんどない。
一応、高校生時代は母さんに起こされてこそいたが、学校についたらそのまま屋上に行って昼まで寝て過ごし、昼休みになった頃合いで教室に入っていたくらいだ。
だからこそ誰かに起こされるってのはあまり好きじゃない。俺がいつ起きるか、それくらい俺が決めるべきだと思っているし、誰かに決められるものでもないとすら思っている。だって寝る時間は個人の自由なわけだし。
「ダメだ。今すぐ行くぞ。御玲……つったか? お前もそれでいいか?」
「構いません。むしろそのつもりです」
「待て待て待て待て……」
眠いつってるのに、二人は勝手に話を進めていく。金髪野郎の目尻が険しくなった。
「お前、昼勤勢だろ?」
「チューキンゼイ?」
「……朝から夕方まで働くつもりでここにきたんだろ? だったら眠いとか言ってんじゃねぇ。昼に働くってんなら昼間はピシッとして、夕方になったら溜め込んだ疲れを一気に癒す。怠惰は請負人の天敵だ。今すぐ生活サイクルを仕事に合わせろ」
「はぁ? なんでそんな余計な作業しなきゃなんねぇの?」
「だから朝から昼まで働きに来てるからだろ? 遊びじゃねぇんだぜ新人。昼勤勢にとって今が仕事をする時間だ。仕事の時間はピシッとする。ダラダラしない。ガキじゃねぇんだから」
俺は盛大にため息を吐き、無造作に髪の毛をかきむしった。
朝っぱらから眠いってのになんなんだコイツ。説教か。ざけんじゃねぇぞ、眠いっつってんだろうが。
ああもうめんどくせぇこんなんなら昼まで寝とけばよかったわなんで朝っぱらから説教されなきゃならんのか俺がいつ起きていつ寝ようが俺の勝手じゃんそこまで束縛する権利テメェらにないよねなんでそこまで合わせる必要があるのか皆目わからんのだがはぁ眠い眠い上にこの始末どうしてくれんだかねぇホント。
「そんなに昼が嫌なら夜勤でもいいぜ?」
明らかに気怠そうな目で俺を見てくる金髪野郎の言葉に、無意識に霊力が漏れ出ていたことに気づく。
ヤキンゼイ? とかなり低めの声音で毎度お馴染みの問いかけに返すが、目の前のキザ野郎は動じる気配はない。
「俺は北支部の中でも数少ねぇオールラウンダーでな。お前が夜に働くのがいいってんなら、今日からしばらく夜勤に回ることもできる。そんなに眠いってんなら無理強いしねぇし、好きなだけ寝てもらって構わねぇが、テラスで寝られると他の奴らの邪魔だ。寝るんなら家に帰りな」
刹那、胸の奥底が一気に沸騰した。邪魔になるから家に帰って寝てろ。その言葉が、凄まじく、堪らんほどに癪に触ったからだ。
確かに眠いから二度寝したいとは言ったが、何も昼から夕方まで一日中ガーゴーガーゴー寝てたいって言ってるんじゃなくて、一時間かそこら仮眠したいって意味なのに、なんで夜に働くとかそんな意味のわからん方向に話が進むのか。
そもそも一言も昼に働く気は無いなんて言った覚えないし、もし夜に働く気なら昼に来るわけがないじゃん。仮眠とる奴くらいそこらのどっかにいくらでもいるだろうし、なんで俺だけに言うのか。さっきから話がまるで噛み合ってない気しかしない。
「で? どうすんだ。そろそろ俺もブルー連れていかなきゃならねぇんだが?」
親指で自分の背後を指し示すと、北支部のロビーの隅っこで、むーさんこと百足野郎に囲まれて雑魚寝ブチかましている奴がいた。俺は顔を顰める。
「アイツも寝てんじゃん」
「あれは悪い例。今から強制的に連行するところ」
「アイツもそのチューキンゼイ?」
「まあな。基本金がなくならない限り寝て過ごしてばっかの奴だけど」
「アイツにもヤキンゼイになれとかなんとか言えよ」
「アイツは昼とか夜とか関係ねぇし、金がなくなればピシッと働くぜ? 要はメリハリだ。働く気になったアイツはお前みたいにダラダラ昼まで二度寝ブチかましたりしねぇよ」
「じゃあ今は働く気がないってこと? ならなんで強制連行なんかすんの? ほっときゃいいじゃん」
「今は緊急事態だからだよ。お前、請負証のアラーム読んでないのか?」
また話が噛み合わない。アラームとか知らんし。
「請負機関本部から届く連絡事項のことですよ。機関則に、一日最低一回は確認するようにって記載があります」
御玲が誰にも聴こえなくらいの小さい声で耳打ちしてくれる。
そういえばそんなのが書いてあったような、なかったような。正直興味なくて忘れていた。
「……とりあえずアラームは読んどけ。重要事項の連絡が来たりするから」
「へーい……」
「今読め今!! 後回しにすんな!!」
めんどくさいし気が向いたときに読んどこ、と思った矢先の怒号。思わず舌打ちをブチかます。
眠気がまだほんのり残ってるってときにでけぇ声は堪える。御玲が右腕を瞬時に掴んでなかったら確実に顔面グーパンかましてたわ。
「……あー……アラームね、アラーム……」
御玲にチラッチラと視線を送ってみるが、まさかの無視。明後日の方向を向いて、こっちを向こうとしない。俺は肩を竦めた。それくらい自分でやれってか。
「……隣国で発生した妖精王襲撃事件の霊力余波により周辺地域に生息する魔生物のスタンピートが発生中。請負人各員は、これに対処されたし。なお、期間中は全ての請負人が常時任務受注状態となり、狩猟数と魔生物種に応じて報酬が発生する。逆に狩猟数が一定に満たない場合、職務怠慢と判断し減俸処分または請負証の停止処分!?」
「……マジで知らなかったのか……」
額に手を当て、ここにきてめちゃくちゃデカいため息をつかれた。
いや、確かに妖精王とかなんとかよくわからん奴が隣国―――巫市にやってきて、事件が起きたってのは知っていたし、それでスタンピートが起きていたことも知っていた。
でも正直そんなのは特に大したことない程度に捉えていた。むしろ妖精王襲撃事件の方が重要視していたほどだ。
実際魔生物こそ氾濫していたがどいつもこいつもとるにたらん雑魚ばかり、任務常時受注状態ってのも、妖精王襲撃事件に乗じてたくさんの魔生物湧いたから、``フレキシブル討伐任務期間``って名目でキャンペーン的なのを催しているだけだと勝手に思っていた。
でも、最後の一文があまりに主張が強すぎた。狩猟数が一定に満たない、ただそれだけで減俸、最悪謹慎させられるという厳罰。
想像とあまりに違う。確かに狩猟数が一定数に満たないと無報酬みたいなことを言っていて意味が分からんなとは思っていたけれど、罰則があったなんて。
「これ……やばくね?」
「ですから再三言ったじゃないですか。緊急事態が起きてますから腰を据えてやりましょうねって」
「いつ?」
「四日前からずっとです!! もう、しっかりしてください!!」
全く記憶にない。飯食って魔生物ブチ殺して飯食ってブチ殺して帰って飯食って駄弁って風呂入って寝る、それしか記憶にない。
ぷんすかと腰に両手を当てて半ギレ気味の御玲をよそに、記憶の戸棚をこれでもかと開けまくるが、俺の整理が雑いのか、完全にその手の記憶を紛失してしまっている。カス一つ思い出せねぇ。
「理解したか?」
やっとことの重大さを理解したのか、という落胆の表情がすっごい感じられる。そのとおりなだけにぐうの音も出ないってのが、あまりに痛い。
「あーもうわーったよ。俺が悪かった。まあちょっとはピシッとするように心がけるから」
「ちょっとは、じゃなくて、きちんとしてほしいところだが……まあまだ新人だし、慣れも必要だしな。つーわけで、先輩からの命令だ」
「は?」
これ以上の減俸処分は嫌だし、謹慎なんてさせられたら俺たちの目的が滞ってしまう。
それだけは避けねばと二度寝したい欲を抑えることにした矢先に、金髪野郎の最後の言葉が鼓膜に残り、思わず野太い声を出してしまう。
また親指で自分の背後を指し示した。俺たちのことなどつゆしらず、百足という名の揺り籠の中で、クッソ間抜けな顔で寝こけてやがるソイツに尻目に、怪しいくらいの笑顔を向けてくる。また嫌な予感がした。
「一緒にアイツ起こすの、手伝え」
盛大に、これでもかってくらいに、俺は肩を竦めたのだった。
「すたんぴーと、まじだるす」
背伸びをしているのか、全身を覆う真っ黒なポンチョが小刻みに震える。
背伸びをしているはずなのに、ポンチョから両腕が出ないことが気になりながらも、ブルー・ペグランタン、名付けてポンチョ女の股下を、彼女と同じ速度で歩く裸エプロンの二頭身中年オヤジのぬいぐるみが視界に入り、とりあえず見なかったことにする。
金髪野郎とともにポンチョ女を叩き起こすのに三十分費やしたあと、俺たちは一緒に氾濫した魔生物をブチ殺すことにした。
金髪野郎曰く頭数は多いに越したことないだろ、とのことで、確かにそのとおりだし、俺らとしても断る理由は特になかったので同行することにしたのだが。
もう少し考えて返事をするべきだったかと、今は後悔している。
「さっきからじゃまなんだけど」
「あ、もっと言ってください」
「は?」
「あの、もっとこう、ゴミを見るような目で、虫ケラを踏み潰すような感じで、さっきの台詞を……」
「な、なにこいつ……きも……」
「がはっ!? き、聞いた!? 聞いたカエル!? きも、きもっ……だって!! ボクいますっっっっっごい貶された!! 最高!! 最アンド高なんだけど!!」
「落ち着けシャル。お前ともあろうもんが、それでいいのか?」
「というと?」
「まだ``罵られた後リアルに踏みつけにされる(特に股間を重点的に)``が残ってるだろ!! お前ともあろう変態が、貶された程度で満足していいのか!!」
「か、カエル……!! ボク、間違ってたよ……!! そうだ、ボクは罵られる程度じゃ満足できない……!! 最後は踏みつけられて泥だらけになってボコボコにされて打ち捨てられる、そこで初めて達することができる!! というわけでブルーさん!! ボクの股間、特にち◯こを重点的にその小さいあんよで」
「ぜったいやだ。きたねーし、まじじゃまだからしゅじんのとこへかえれ」
「まさかの……!! 拒否……!! それも、とりつく島が全くない……ほどに……!! ああ……イク……ボクのザ◯メンで……みんなに……笑顔を……」
「うっわ……!? ちょっと、まじきたないんだけど!?」
見てない見てない。俺は何も見てないし何も知らない。全く知らないぞ。全く無関係であり架空の人物同士のやりとりだ。俺は無実―――。
「おいキザ」
「レク・ホーランな。公衆便所ならしばらくねぇぞ」
「んだよ、分かってんじゃねぇか。こころへん便所なさすぎるぞ。ちゃんとしろよちゃんと」
「北支部周辺は郊外とはいえ、一応ここら一帯住宅区画だ。廃墟だらけに見えるが、みんな住んでっから」
「ならウンコしてぇ。ここで一番の便所に案内しろ」
「任務以外は門外漢だ。我慢できねぇなら人目のつかねぇところで始末しろ」
ああ、どいつもこいつも。そこらかしこでやりたい放題。
コイツらは外に出るといつもこれだ。ぬいぐるみ連れ回しているだけでも結構恥ずいのに、全くのお構いなし。
御玲も見なかったことにしているし、俺もコイツに乗じて何も見なかったことしよう。嗚呼、空が綺麗だな。
「「新人!!」」
「ふぁい……」
希望は儚くも粉々に打ち砕かれた。二人のセンパイ請負人からの視線が突き刺さる。ああ、嫌だ。相手したくない。
「おまえしゅじんだろ、つかいまのメンドーぐらいちゃんみろや」
「いやね、使い魔というかなんというか。一言では言い表せない関係で……」
「そうっすよ。澄男さんと俺らは運命の赤い糸で繋がった仲っすから」
「うそ……つかいまでそーゆーことするヘンなヤツってごくたまにわくけど、てめー……」
「違うわ!! なんで俺がこんな奴らと……そうじゃなくて、仲間だからって意味で……」
「うんうん。照れなくていいよ、ね? ボクのち◯こ触らせてあげるから、素直になろ?」
「ならんわ!! 違うっつってんだろ、納得してんじゃねぇよ!!」
俺のことなどなんのその。まるで当然と言わんばかりに、カエルたちは何度も頷く。
否定をいくらしようとそそくさと距離をとるポンチョ女をよそに、金髪野郎はナージを鷲掴み、野暮ったい目で俺を見つめた。
「新人、本当にコイツらはお前の使い魔なんだよな?」
「使い魔であり仲間のような、そんな関係だって何度も言ってるんだが……」
「そこがわかんねぇんだよ。使い魔は本来、主人と対等な関係になることはない。同等の知能を持たず、主人の命のままに動く存在だ。どちらかってーと、コイツらはむーさんに近いように思えるんだが……?」
俺とカエルたちを舐めるように見つめる。まるで品定めでもするかのような熱い眼光が、俺を容赦なく射抜く。
確かにマトモに考えれば、喋るぬいぐるみなんぞ正気の沙汰じゃあない。見た目が使い魔っぽくて無難そうだからと安直に設定したが、使い魔のことをロクに知らずに設定した節はあった。
でも、だ。じゃあどうするって話である。
俺たちが使い魔について理解していたとしても、使い魔って扱いにする以外にコイツらの存在を正当化する理由が思いつかない。
相手は目上で、センパイで、やはりベテランだ。全能度を測ればただの使い魔じゃないことくらい明らかで、新人を育てる監督なら尚更聡い。言い訳を考えようにも、生半可な言い訳で納得してくれそうにないし、一応頭をこねくり回してみるが、使い魔って答え以外思い浮かぶはずもない。さて、どうしたものか。
「まあ、そう急くなよキザ野郎」
これでもかと頭をこねくり回し、弁明を必死こいて考えていた矢先、ナージが白い翼を生やし、金髪野郎の手を振り解く。金髪野郎は不意を突かれたのか、ナージの体の変化に一瞬目を丸くしたが、すぐに現実を受け入れた柔らかい表情に変わる。
「俺たちはひょんなことから、澄男の野郎に手を貸すことになってな。その後また色々あって半ばノリで一緒に過ごしてみようってなったわけだ。いわゆる澄男の所に集まった連合……便所に集まった糞同士の集まりみたいな奴らさ」
「連合……いいじゃねぇかそれ。だったらこの際、団体名決めようぜ。オレたちゃ色々あって澄男さんとともに歩むことになった数奇な軍団、名づけて``澄男連合軍``ってな!!」
「略して``澄連``ってとこか。悪くねぇな」
「ボクもさんせー!」
「いつだってみんなで動くのはいいものだ。俺も異論ない」
総隊長はもちろんオレだぜ、と細長い手足を目一杯広げて騒ぎ出す。片目を眼帯で隠し、片目が飛び出した黄緑色の蛙のぬいぐるみは、みんなと気持ちを分かち合った後、てくてくと俺へ距離を詰める。そしてキラキラした隻眼を、俺へ向けてきやがった。
もう奴が何を考え、どんな答えを期待しているのか。いくら馬鹿で無知な俺でも考えずとも分かる。
俺を置いてけぼりにして勝手に考えているのどうかと思うし、団体名からして羞恥心しか感じないだが、この流れを折るのも忍びないし、何故だか悪い気もしない。なにより一々ぬいぐるみぬいぐるみって呼ぶのも面倒くさいのも事実。だったらもう、答えは一つだ。
「わーったよ。今日からお前らは澄男連合軍に任命する。俺に恥かかせんなよ」
やたー!! と大声ではしゃぎ回るぬいぐるみたち、又の名を澄男連合軍。
俺や御玲だけじゃなく、金髪野郎やポンチョ女すら置いてけぼりにして、パリピのように騒ぎ立てる二頭身の馬鹿どもを、俺はとりあえずうるせぇ!! と言って黙らせる。
金髪野郎は渋い顔をしていたが、どうやら現実を受け入れたらしい。何かを悟った表情でブルーの袖から見える百足と目を交わし、気怠そうに肩を竦めた。
「何か事情があるんだろうが、とりあえず今は深く問いただす気はない。ふざけたナリしてる割には強いっぽいし、対話もできるならそれに越したことはねぇしな」
つーわけだからブルー、お前もあんまり引いてやるなよ、とぬいぐるみや俺から一定距離おいていたポンチョ女に目を向ける。
不満こそあれど、害意はないことを理解したのか。顔に満遍なく彩られていた嫌悪の表情が、ほんの少し薄れた気がした。百足もポンチョの中に収まる。
「さて新人交流はこのぐれぇにして、仕事すっぞ仕事」
よく掻きむしられた髪に手櫛を入れながら、辺りを見渡す。いや話題振ったのお前じゃん、という反論をする暇もなく場の空気が引き締まる。
なし崩し的に澄男連合軍とかいうわけのわからない軍団を命名することになってしまったが、今更恥ずかしいからと澄男って部分抜いてくれないかなとか考えていたら、横から御玲がレク・ホーランに視線を向けた。
「ホーランさんは、この魔生物のスタンピートについて、何か知っていますか」
「それは妖精王襲撃事件についてってことでいいのか」
そうです、と首を縦に降る。
俺たちが就職した頃には、既に魔生物のスタンピートが起こっていた。手続きして間もなく、俺たちは事情もよくわからないまま討伐任務に駆り出されたわけだが、そのスタンピートが起こった原因が、隣国の巫市で起こった妖精王襲撃事件である。
妖精王襲撃事件に関しては、久三男と弥平が既に裏を取っているし、なんなら昨日報告を受けたばかりだ。既に把握している事情を、なんでわざわざ金髪野郎に聞くのか。
御玲の意図が分からなかったが、ボロを出すわけにもいかないので、とりあえず話に乗っておく。
「正直な話、詳しい事情は知らねぇ。なにせ隣の国の話だしな」
「巫市の情報は得にくいんですか?」
「噂ぐらいしか手に入らん。霊子ネットを漁っても、ブロッキングされてるから立ち入る隙がなくてな」
髪の毛を掻きむしりながら、面倒くさそうに北の方角に目を向ける。
霊子ネットってのは、アクセスすると自分が欲しい情報が得られるとかいう目に見えねぇ情報の倉庫みたいなもののことだ。俺はほとんど利用したことがないものの、大概の情報はそこから簡単に手に入れることができるらしい。
その倉庫を漁っても収穫が噂ぐらいしかないって事実は武市と巫市が断絶していることを意味する。
ブロックまでされているみたいだし、どれだけ嫌われているんだ。
「だからその噂を話すことになるが、それでも聞くか? 正直、アホらしい話だぜ」
顔からオススメは特にしないぞって感じの雰囲気を醸し出す。ここで俺は御玲の意図がようやく理解できた。
確かに聞いたって腹の足しにならないのは火を見るよりも明らかだ。既に弥平や久三男から聞いて粗方知っているし、そんなことを根掘り葉掘り聞くより目の前のスタンピートをなんとかした方がいい気もする。
でも俺たちの目的の一つに、巫市との国交樹立がある。
弥平たちの力を信用してないわけじゃない。でも金髪野郎たちから話を聞けるのは、俺たちしかいない。
たとえロクなこと知らないとしても、蛇足だと捨ててしまうのはもったいないと思うのだ。余計な作業が嫌いな人間の言うことじゃないが。
「まずなんで妖精王襲撃事件だなんて、アホみたいな名前で呼ばれてるのか。理由は、その襲撃してきた奴が自分のことを妖精王だと名乗ったらしいからだ」
顔色で察したのか、俺の返事を待たず、勝手に話をし始めた。返事をする手間を省けたと思い、そのまま歩きながら話を聞く。
「その妖精王ってヤツは突然巫市の上空に現れ、市内を焼き尽くそうとしたらしい。なんでかは知らんが、巫市側から放射された霊力余波から推測するに、敵愾心があったのは間違いねぇだろうな」
御玲と顔を見合わせる。巫市についてはともかく、霊力余波については請負証から入ってくる情報で詳しくレポートされていた。
俺は読んでも分からんので、読んで理解したのは御玲だが、理解した御玲が言うには、霊力余波は内陸部を中心に、巫市のみならず武市すらすっぽり収まるぐらいだだっ広い球形範囲で放射されていて、範囲内に入ってしまった山脈や森林に生息していた魔生物が刺激されてしまった、とのことだ。
傍迷惑な話だが、問題は霊力余波の範囲の広大さである。
「今更だけど、巫市だけじゃなくて俺らがいる国まですっぽり覆い尽くすって半端ねぇ余波だよな……」
「確か二十三日の午前中だったか……あんときは騒ぎが起きたもんよ。なにせ請負機関の大半のシステムがダウンしたからな。停電も相次いだし」
「あんときはどいつこいつもうるさくてねむれなかったなー……てーでんぐれーでさわぐなよってハナシ」
「いやいや、それは無理だろ。むしろそんな状況でも寝ようとしてたお前の神経がおかしいんだよ」
眠たそうな半目で、盛大に欠伸をブチかます。自分が少女である自覚もないのか、口から滴ったヨダレを、不自然に下を向いてポンチョで拭き取る。
二十三日といえば俺たちは諸事情で流川分家派の屋敷にいたから、停電だとかパニックだとか、そんなものは感じとれていない。武市全体を覆い尽くすほどだったなら、請負機関だけじゃなく他の場所も停電やらシステムダウンやら、そんなのが頻発していたことだろう。想像してみたが、軽い災害だ。
「人間でそんな余波出せる奴っていないよな……」
「普通はいねぇな。いなくはねぇが」
「どっちだよ」
「言葉の通りよ。普通はいねぇ。でも人間つっても色々あっからな」
「人間に色々もクソもあると思えんが」
「そうでもねぇぜ? たとえば大陸八暴閥とかな」
一瞬、出かかった言葉が喉の奥で詰まり、危うく咳き込みそうになったのを全力で堪えた。
暴閥ってのはまず、この武市各地域を支配している武力集団、もしくは戦闘民族の事だ。
当然戦闘民族だから強さ―――戦闘能力で大なり小なり地位が決まっているのだが、この世界には、その数ある暴閥の中でも武市創設に関わったと言われている、全ての武力の頂点を極めた最上位暴閥が存在する。
武市だけじゃない、全人類の中で最強の名をほしいままにしている最上位の戦闘民族。それらこそが、大陸八暴閥である。
ちなみにその大陸八暴閥の一角が流川であり、その本家の当主が俺なのは、もはや言うまでもないだろう。俺のポーカーフェイスが試されていた。
「大陸八暴閥は人間だとしても人間扱いできたもんじゃねぇ。特に流川と花筏はバケモンだ。笹舟や水守といった、人類最強級の暴閥を従えてんだから、もうトチ狂ってやがるぜ」
「そ、そそそうだねははは」
「どう思うよ新人」
「いやぁ……そう言われてもなぁ……別に興味ねぇし……」
などと白々しく言ってみる。
今のところ俺たちはお忍びで請負人をやるつもりなので、正体を明かす気はない。
なんか変な空気になっているのでフォローが欲しいんだが、御玲は何食わぬ顔をしている。主人たる俺をフォローする気はないらしい。一応、メイドなんですけど。
「お前、暴閥出身だろ? 流川や花筏っていやぁ暴閥界のレジェンドだぜ? ホントに興味ねぇのか?」
「ね、ねぇよ。俺らは目的があって動いてんだ。そんな武力貴族を崇拝してる暇なんかねぇのさ」
「ふーん、そうかい。まあいいさ。ブルー、お前はどう思う」
俺たちだけじゃない、ポンチョ女にまで視線を向ける。
もしかしてコイツ、俺たちの正体に気づいてんじゃねぇだろうな。勘弁してくれ、嘘つくの苦手なんだよ。御玲もそろそろいい加減俺へのフォロー入れてくれ。半目でこっちをチラチラみるだけじゃなくてさ。絶対楽しんでるよねお前。
「……しょーじきどーでもいい。けど、あんましきぶんよくねーな。もしそのよーせーおーってのが、たいりくはちぼーばつだったとしたら」
欠伸交じりの声音から一転。少女から放たれたとは思えないほど、低く暗い声音が場の雰囲気を支配した。
声音から感じた暗黒の感情。よくみると眠たそうな半目からは光が失われていた。
「流川はともかく、花筏はありえねぇだろ。あの国、元々は花筏の傘下の勢力が興した国だし」
「……どっちでもいい。オレにはかんけーない」
流川もですよ。俺らもそんなつもりないですよ。むしろ国交樹立を望んでますよ。そう言いたい思いをグッと堪える。
なんだか誤解されている気がするし、ポンチョ女は思うところがあるみたいだし、流川が悪役みたいな目で見るの、やめてほしい。言えないけど一応、目の前に本家の当主がいるんで。
「でもそういや、その妖精王の怒りを収めたのが、巫女装束を着た少女だったとかなんとか、そんな噂を聞いたな」
一人居た堪れなさに苛まれていると、金髪野郎の発言が、俺の胸の中に賑わっていた全ての憂いを振り払う。そして、いち早くその発言に反応した奴が一人。
「その噂を詳しく聞かせてください」
我がメイド、御玲である。
大陸の大半を余波で覆い尽くせる化け物の怒りを、たった一人で収められる巫女装束を着た少女。弥平や久三男ですら、その正体を掴ませない潜伏能力は異常だ。少しでも情報が得られるなら、知っておきたい。昨日の宴会では否定したけど、もしかしたら花筏の連中かもしれないし。
「その妖精王ってヤツはやたらめったら強くて、戦えば巫市の連中総がかりでも敵わない。滅亡を危惧した連中だったが、そこに現れたのが、その巫女……とかなんとか。正直眉唾だな」
「噂だからですか」
「それもあるが、巫女ってところがこじつけ感半端ないんだよ。妖精王とかいう化け物を退けられるのは巫女しかいない、的な」
「信望した者が都合よく捏造した情報とも言えなくもない、ですか」
「それに巫女が突然現れて国を救うってのも、展開としておかしい。そんな都合の良い話があると思うか?」
「証拠があればその限りではありませんが、確かに御伽噺としか思えませんね。現時点では」
「その証拠を探そうにも、相手方からはブロックされてて探りようがない。結局のところ、真実は国境を超えた先ってわけよ」
北の方角を指さす。
ここからもっと北の方にあるらしい、巫市。隣同士だというのに、その距離は物理的にも精神的にも遠く、その目で様相を見ることすら叶わない。わかってはいたけど、やっぱり噂で確信に迫るなんて甘すぎる話か。
俺は自分の心臓に手を当てる。
正直これはただの直感だし、根拠など何一つないが、久三男や弥平から得た話、そして金髪野郎が言っていた話。それら全て嘘偽りのない真実のような気がする。巫女装束を着た少女はよく分からないけど、俺たちが内心否定しているだけで、割と身近にいる人物なのかもしれないとも思えてきた。
何故そう思えるのか。例えば俺の心臓に宿る禍々しい怪物、``天災竜王``ゼヴルエーレ。
自分の目でその存在を目の当たりにし、その力を感じなければ、数億もの時の中、心臓の状態で地下深くずっと眠っていたなんて絶対に信じはしなかった。そんなのただの御伽噺だと、絶対に切って捨てていたはずだ。
でも、その御伽噺は実話であり、御伽噺にしか出てこないような伝説級の竜もまた、確かに存在した。
魂という形で数億もの間生きながらえ、クソ親父のクソみたいな野望の一環として、俺の心臓に植えつけられたのだ。
この世に絶対ありえないことなどありはしない。ありえないと思っても、それはただ単に自分が知らないってだけの話なのだ。
そのためにも裏づけを取る必要がある。幸い、俺にはそれだけの手段があった。
「レク!」
みんなが声の発生源に意識を向ける。気がつけばポンチョ女の袖からちらちらと頭の部分だけ見せていた百足が、全身を外に出して巨大化していた。
きりきりと口元から鳴る金切音。さっきまで眠たそうにしていたはずのポンチョ女の険しい目つき。全方位から敵をいつでも迎撃できるぞと言わんばかりの、明らかな臨戦態勢である。
金髪野郎も無言で反応し、全方位を警戒する。
「どこからだ」
「にじのほーこー。ぜんのーどはごひゃくこーはん」
「高いな。種類は」
「ませーぶつじゃない」
「何?」
「ませーぶつじゃないなにか。むきぶつ? むーちゃん」
いつぞやの巨大百足は金切音を打ち鳴らす。ポンチョ女は首を縦に降り、金髪野郎はマジでか、と肩を竦める。
「新人。腕っ節には自信あるよな?」
「まあそこそこは」
「謙遜すんなよ、そこそこどころじゃねぇだろ」
「バレてんのかやっぱり。その口ぶりからしてヤバいやつか?」
「俺の経験からして、よく分からんやつは大体ヤバい」
「下手したら勝てないかもしれんと?」
「いや、別の面倒事が舞い込んでくるってこと」
「冗談じゃないぜ。ちなみに敵意はあるのか?」
「こういうときは敵対を前提に態勢を整える」
「うし、分かった。ならブチのめすか」
指を鳴らしながら二人の間を割って入る。御玲は俺たちの背後を警戒し、澄連どもも周囲の警戒を厳とする。
全員ふざけながらであるが、その態度を批判しようとする奴はいない。みんな分かっているのだ。ぬいぐるみの姿に似つかない、膨大な霊圧が滲んでいることに。
「きた」
ポンチョ女が上の方を指さす。
無限に立ち並ぶスラム地味た住居区画のアパートの屋上に立つ、謎の人型の何か。ソイツは俺たちをみるやいなや、平然と地面に飛び降りてきた。
揺れる地面。辺りの建物がぐらりと大きく揺れるが、この程度の揺れで足元がぐらつくほど、俺たちの体幹は弱くない。百足を飼い慣らす少女のみ百足に支えられていたが、それを話題にする暇などなかった。
「なんだこりゃあ……」
俺たちの目の前に現れたのは、所々が朽ち果てたロボットだった。
図体がやたらでかく、身長は金髪野郎の倍以上。ぱっと見苔だらけの仮面を装着した大男だが、その身体は筋肉隆々としている。
実際に筋肉でできているわけじゃなく、全てがなにかしらの鋼鉄でできているのが丸分かりの身体だ。いわゆる装甲というやつである。
元々は白い外見をしていたのだろうが、土や苔がこびりついて全身が茶色く変色してしまっていた。よくみると関節部分がボロボロだし、おそらく土の中にでも埋まっていたのだろう。
仮面の隙間から赤い光が垣間見えた。俺たちを見下すそのロボットは一瞬舐めるように見渡すと、己の頭上に何枚かの魔法陣を繰り出した。
「チッ、分かってたがやっぱこうなるか!!」
右手に火の球を錬成する。
毎度お馴染み、俺の必殺技たる煉旺焔星。全てを焼き尽くす恒星のごとき火球で、魔法を使う前にぶっ壊す。
「くらいやが」
「むーちゃん!」
煉旺焔星を投げようとした瞬間、巨大百足が前に出て、口から赤い光線を吐き出した。あまりに唐突の破壊光線に俺の右手は迷子になってしまう。
「あ、あの百足……光線吐けんのか……百足とは……」
「霊力で空を飛んだり、火の球無限に撃てる人間も大概だと思いますが」
「う、うるさいよ。流石の俺も口から光線は……」
「確か以前、口から炎吐いていたような……」
「あーあー!! そんなことない、そんな事実は確認されていません!!」
「新人、強いのは分かってるが今は集中しろ!! 慢心すんな!!」
「さーせん……」
なんで俺が謝ってるんだ。元はと言えば御玲が。
「属性光線っすね、懐かしいっす。ありゃあ大破したっしょ」
慢心するなと言われたばかりだというのに、呑気に両手を頭に組んで無警戒に近づく。舞う砂塵の中、俺も粉々に砕け散っただろうと思ったが、それはやっぱり慢心だったと思い知る。
「こいつ、ひぞくせーがきいてない!」
ポンチョ女が叫ぶ。
巨大百足が詠唱時間を見計らって赤い光線を放ち、地面に押しつけられ爆破されたと思われたロボット。
だがしかし、実際のところほとんど無傷。光線で舞い上がった砂塵を振り払い、カエルの目前に聳え立つ。
「おいカエル、お前!!」
「大丈夫っすよ、予想はしてたっすから」
自分の胴より遥かに細長い足をバネに、空中に向かって跳ね上がる。
その跳躍力は、やはり蛙なだけはある。俺たちの身長なんぞ優に超え、ロボットの身長すらも超える大ジャンプ。もはや空を飛んでいると言っても誰もが信じるとあろう絵面で、その巨大ながま口を開けた。
「だったら溶かすってのはどうすかね!!」
奴の口から放たれた、茶色い液体。それが巨大ロボットの右肩に降り注ぐと、まるでバーベキューで肉を焼いているような音とともに、煙を上げて装甲が溶けだした。
ロボットだから痛覚などない。しかし、右肩から上腹部にかけて装甲はただれていき、メカメカしい中身が露わになっていく。
「なるほど、強酸には耐性がないのか」
「見たか新人請負人監督さんよ!! これがオレの技、``胃液砲弾``だ!!」
「……きったねえ」
ポンチョ女の痛烈な罵倒もなんのその。空中で自由落下しながら、褒めてくれと言わんばかりの熱視線を浴びせる。
カエル総隊長の得意技``胃液砲弾``は、文字通り胃液を吐く技だ。
なんで胃液が茶色をしているのかとかはあえて触れないでおくが、コイツの胃液はとにかく強力。基本的に溶かせないものはなく、なんでもかんでもドロッドロに溶かしてしまう。
今まで何度も目にしてきたが、いつ見ても見慣れない汚い技だ。いわばゲロである。慣れたくても慣れられるものじゃない。
「よし、いざってときの安全策はわかった。とはいえ長引くと近所迷惑だしな」
さっきまで様子見に徹していた金髪野郎が動く。
「おいお前、素手じゃ」
防具という防具もなし。剣は持っているが、腰に携えたまま装備しようともしない。
巨大百足がいるから前に出る必要なんてないはずなのに、金髪野郎からは何故か闘志が湧いて出ていた。
首を鳴らしながら、装甲が溶けていくロボットに歩み寄る。
「お前じゃなくてレクさんだ。目上のもんは敬えって言ったろ? それと新人、お前は確かに強ぇが、何もお前らやむーさんだけが強えってわけじゃねぇんだぜ?」
ロボットの左肩の肩パッドが開いた。魔法陣が何枚も重なり猛回転し始めるや否や、肩パッドから白い球体が錬成されていく。
肌で感じる球体からの霊圧。間違いない、左肩に霊力が集束している。コイツもあの百足みたく、破壊光線を放つつもりなのだ。
「おっと、こりゃ早めにケリつけっか」
右拳を強く握り締める。
魔法陣を展開する様子もなければ、霊力を集めるつもりもない。ただ右手の拳を握りしめただけ。まるで、ただ単純に右ストレートをブチかますが如く。
「しッ」
地面が、カチ割れた。一気にロボットへ距離を詰め、間合いに踏み込んだのだ。
踏みこみの力は尋常じゃない。俺や御玲とかが踏み込んだときと同じくらい、地面に蜘蛛の巣状のヒビが盛大に刻まれる。
地面がカチ割れたのとほぼ同じタイミングで、甲高くも鈍い、耳障りな爆音が鳴り響いた。
それは、もはや一瞬。
「警戒するに越したことはないとはいえ、流石に脆すぎやしねぇか?」
肩パッドから集束した霊力弾を放つ暇もないまま、ロボットは跡形もなく粉々に打ち砕かれたのだった。
殺意が高かった割に、呆気ない最期である。
「まーたワンパンかよー」
「むしろそれがベストだろ。むーさんが苦戦するレベルとか、勘弁だぜ」
ちぇー、と唇を尖らせて百足の胴体にぼふんと横になるポンチョ女。
どうやら見慣れた光景らしいが、俺は硬直していた。澄連どもは顎に手を当て感心し、御玲は当然と言わんばかりにゆっくりと息を吐く。
「澄男さん、気になるんならレク・ホーランの全能度、測ってみたらどうっす?」
「お前ら、コイツの全能度知ってんのか?」
「あなたが昨日寝ていた間、私が測ったんです。全能度五百と聞いた時点で、予想はしていましたけれど」
急いで請負証を開き、全能度測定モードにして照準を合わせる。測定が終わると同時、またも「ファ!?」と間抜けな声をあげてしまった。
「物理攻能度と物理抗能度が百二十五!? コイツ、物理攻撃と防御だけなら百二十オーバーかよ!?」
「だけならって、ハッキリ言ってくれるじゃねぇか。まあ事実だから反論できねぇけども」
腰に手を当て半ば満足げに、半ば不満げにため息をつく。
百二十なんて御玲はおろか、俺より高い。澄連どもは完全なる人外だからノーカンにしても、ほぼ人外の域に片足突っ込んでやがる。
人外に至りかけている奴と人外そのものと人外に至ったバケモンなんて、俺の身の回りの連中しかいないもんだと思っていた。少なくとも俺ら流川とタメ張れる連中くらいなもんだと、勝手に思っていたからだ。
そりゃあこれから強い奴も出てくるだろうなとは予想していたけど、流石に早すぎる。正直、信じられない。
俺に似て防具も装備してないし、武器も持ってこそすれあんまり使おうともしないのは不思議だなと思っていたが、答えは簡単な事だった。
防具も武器も、フィジカルが強すぎて使わなかっただけなのだ。
思わず苦笑いを浮かべてしまう。俺に慢心するなとか言っておきながら、内心は自信たっぷりだったわけだ。騙されたみたいで少し癪だが、こればかりは認めざる得ない。
「つーわけで、強いのはお前らだけじゃねぇから調子に乗ったりすんなよ。特に新人」
「お、おう。まさかここまで強ぇとは思ってなかったぜ」
「やっぱ下に見てたな……まあ入りたての新人は大概そうだが、俺ってそんな弱っちくみえんのかね、ブルー?」
「うーん。どっちかてーとチャラい?」
「あー、金髪だからか」
「ふくそーがきぞくくせー」
「別に意識してるわけじゃねぇんだけどな。持ち合わせがあんまねぇだけで」
「ほそい」
「鍛えてるからな。無駄な贅肉がないって言ってくれ」
もはや罵倒か何かだが、金髪野郎自身も満更じゃないらしい。多少なりとも自覚はあるのだろう。俺から見てもポンチョ女と同じ印象を抱いていたし。
「んで、盛り上がってるところ悪いんだが……とりあえず本題。このロボットは何なんだ?」
金髪野郎の強さも分かったところで、話を引き戻す。
疑問を抱く暇もなく殺意を垂れ流してきたので、そのままブッ壊してしまったが、結局このロボットはなんだったのか。
明らかに魔生物じゃないし、妖精王襲撃事件によって起こっているスタンピートとは無関係のはずだ。
そもそもなんでこんなスラム街地味た都会の外れに、こんな殺意マシマシのロボットがうろついていたのかって話である。
全能度五百とか言っていたし、俺らじゃなかったら支部連中では太刀打ちできないことを考えると、このロボットも決して弱いわけじゃない。魔生物のスタンピートとは別に、もし他にも似たようなのがうろついているともなれば、結構な脅威になる。
武装からして完全に相手をぶっ殺すために作られたって感じだし、他にもいるとしたら厄介だ。たとえば上位機種とか。
「分からん」
色々と予想を立ててみたが、金髪野郎の答えは簡素だった。今日初めて見たし、流石の金髪野郎も知っているわけもない。戦う前から知っている風じゃなかったし。
「ただこれは支部に持ち帰って本部に転送する必要はあるだろうな。本部からの分析結果が出るまで、ひとまず保留だ」
懐からビニール袋を取り出し、手袋をはめて地面に散らばったパーツ群を拾い始める。俺らやポンチョ女に視線を向けると、手袋とビニール袋を一方的に手渡してきた。
「お前らも手伝えよ?」
ですよね。知ってた。
めんどくせぇし、そんなの誰か一人がやったらいいじゃんという不満を押し殺し、渋々舗装された地面に散らばったパーツを、一時間かけて拾い集めたのだった。
半分寝ながら一時間かけて支度を整え、クソねみぃから向こうで二度寝でもするかなどと考えながら支部に来ると、そんな俺らを出迎えたのは、自称新人請負人監督役のレク・ホーラン、名付けて金髪野郎だった。
「……まだいかねぇぞ。とりあえずテラスの席で二度寝すんだからよ」
相手は目上の請負人。いわゆるセンパイとかいう奴だが、俺にとってセンパイなんてものは``高々俺より数年先に始めただけの偉そうな奴``程度の認識でしかない。
今すぐ任務に行こうぜ、みたいな雰囲気を醸し出してやがる金髪野郎に対し、盛大な欠伸で返した。
「二度寝だぁ? お前、もう十一時過ぎてんぞ」
「十時に起こされて眠いんだよ。俺の起床時間は主に九時以降だからさ」
「なら大丈夫じゃねぇか」
「自然起床だったらな。横のコイツに叩き起こされたんだよ」
「自然起床に任せたら、昼まで寝てるじゃないですか。当然のことをしたまでですよ」
不満げな表情で俺を見てくる。俺は今まで自然起床でしか起きたことなんてほとんどない。
一応、高校生時代は母さんに起こされてこそいたが、学校についたらそのまま屋上に行って昼まで寝て過ごし、昼休みになった頃合いで教室に入っていたくらいだ。
だからこそ誰かに起こされるってのはあまり好きじゃない。俺がいつ起きるか、それくらい俺が決めるべきだと思っているし、誰かに決められるものでもないとすら思っている。だって寝る時間は個人の自由なわけだし。
「ダメだ。今すぐ行くぞ。御玲……つったか? お前もそれでいいか?」
「構いません。むしろそのつもりです」
「待て待て待て待て……」
眠いつってるのに、二人は勝手に話を進めていく。金髪野郎の目尻が険しくなった。
「お前、昼勤勢だろ?」
「チューキンゼイ?」
「……朝から夕方まで働くつもりでここにきたんだろ? だったら眠いとか言ってんじゃねぇ。昼に働くってんなら昼間はピシッとして、夕方になったら溜め込んだ疲れを一気に癒す。怠惰は請負人の天敵だ。今すぐ生活サイクルを仕事に合わせろ」
「はぁ? なんでそんな余計な作業しなきゃなんねぇの?」
「だから朝から昼まで働きに来てるからだろ? 遊びじゃねぇんだぜ新人。昼勤勢にとって今が仕事をする時間だ。仕事の時間はピシッとする。ダラダラしない。ガキじゃねぇんだから」
俺は盛大にため息を吐き、無造作に髪の毛をかきむしった。
朝っぱらから眠いってのになんなんだコイツ。説教か。ざけんじゃねぇぞ、眠いっつってんだろうが。
ああもうめんどくせぇこんなんなら昼まで寝とけばよかったわなんで朝っぱらから説教されなきゃならんのか俺がいつ起きていつ寝ようが俺の勝手じゃんそこまで束縛する権利テメェらにないよねなんでそこまで合わせる必要があるのか皆目わからんのだがはぁ眠い眠い上にこの始末どうしてくれんだかねぇホント。
「そんなに昼が嫌なら夜勤でもいいぜ?」
明らかに気怠そうな目で俺を見てくる金髪野郎の言葉に、無意識に霊力が漏れ出ていたことに気づく。
ヤキンゼイ? とかなり低めの声音で毎度お馴染みの問いかけに返すが、目の前のキザ野郎は動じる気配はない。
「俺は北支部の中でも数少ねぇオールラウンダーでな。お前が夜に働くのがいいってんなら、今日からしばらく夜勤に回ることもできる。そんなに眠いってんなら無理強いしねぇし、好きなだけ寝てもらって構わねぇが、テラスで寝られると他の奴らの邪魔だ。寝るんなら家に帰りな」
刹那、胸の奥底が一気に沸騰した。邪魔になるから家に帰って寝てろ。その言葉が、凄まじく、堪らんほどに癪に触ったからだ。
確かに眠いから二度寝したいとは言ったが、何も昼から夕方まで一日中ガーゴーガーゴー寝てたいって言ってるんじゃなくて、一時間かそこら仮眠したいって意味なのに、なんで夜に働くとかそんな意味のわからん方向に話が進むのか。
そもそも一言も昼に働く気は無いなんて言った覚えないし、もし夜に働く気なら昼に来るわけがないじゃん。仮眠とる奴くらいそこらのどっかにいくらでもいるだろうし、なんで俺だけに言うのか。さっきから話がまるで噛み合ってない気しかしない。
「で? どうすんだ。そろそろ俺もブルー連れていかなきゃならねぇんだが?」
親指で自分の背後を指し示すと、北支部のロビーの隅っこで、むーさんこと百足野郎に囲まれて雑魚寝ブチかましている奴がいた。俺は顔を顰める。
「アイツも寝てんじゃん」
「あれは悪い例。今から強制的に連行するところ」
「アイツもそのチューキンゼイ?」
「まあな。基本金がなくならない限り寝て過ごしてばっかの奴だけど」
「アイツにもヤキンゼイになれとかなんとか言えよ」
「アイツは昼とか夜とか関係ねぇし、金がなくなればピシッと働くぜ? 要はメリハリだ。働く気になったアイツはお前みたいにダラダラ昼まで二度寝ブチかましたりしねぇよ」
「じゃあ今は働く気がないってこと? ならなんで強制連行なんかすんの? ほっときゃいいじゃん」
「今は緊急事態だからだよ。お前、請負証のアラーム読んでないのか?」
また話が噛み合わない。アラームとか知らんし。
「請負機関本部から届く連絡事項のことですよ。機関則に、一日最低一回は確認するようにって記載があります」
御玲が誰にも聴こえなくらいの小さい声で耳打ちしてくれる。
そういえばそんなのが書いてあったような、なかったような。正直興味なくて忘れていた。
「……とりあえずアラームは読んどけ。重要事項の連絡が来たりするから」
「へーい……」
「今読め今!! 後回しにすんな!!」
めんどくさいし気が向いたときに読んどこ、と思った矢先の怒号。思わず舌打ちをブチかます。
眠気がまだほんのり残ってるってときにでけぇ声は堪える。御玲が右腕を瞬時に掴んでなかったら確実に顔面グーパンかましてたわ。
「……あー……アラームね、アラーム……」
御玲にチラッチラと視線を送ってみるが、まさかの無視。明後日の方向を向いて、こっちを向こうとしない。俺は肩を竦めた。それくらい自分でやれってか。
「……隣国で発生した妖精王襲撃事件の霊力余波により周辺地域に生息する魔生物のスタンピートが発生中。請負人各員は、これに対処されたし。なお、期間中は全ての請負人が常時任務受注状態となり、狩猟数と魔生物種に応じて報酬が発生する。逆に狩猟数が一定に満たない場合、職務怠慢と判断し減俸処分または請負証の停止処分!?」
「……マジで知らなかったのか……」
額に手を当て、ここにきてめちゃくちゃデカいため息をつかれた。
いや、確かに妖精王とかなんとかよくわからん奴が隣国―――巫市にやってきて、事件が起きたってのは知っていたし、それでスタンピートが起きていたことも知っていた。
でも正直そんなのは特に大したことない程度に捉えていた。むしろ妖精王襲撃事件の方が重要視していたほどだ。
実際魔生物こそ氾濫していたがどいつもこいつもとるにたらん雑魚ばかり、任務常時受注状態ってのも、妖精王襲撃事件に乗じてたくさんの魔生物湧いたから、``フレキシブル討伐任務期間``って名目でキャンペーン的なのを催しているだけだと勝手に思っていた。
でも、最後の一文があまりに主張が強すぎた。狩猟数が一定に満たない、ただそれだけで減俸、最悪謹慎させられるという厳罰。
想像とあまりに違う。確かに狩猟数が一定数に満たないと無報酬みたいなことを言っていて意味が分からんなとは思っていたけれど、罰則があったなんて。
「これ……やばくね?」
「ですから再三言ったじゃないですか。緊急事態が起きてますから腰を据えてやりましょうねって」
「いつ?」
「四日前からずっとです!! もう、しっかりしてください!!」
全く記憶にない。飯食って魔生物ブチ殺して飯食ってブチ殺して帰って飯食って駄弁って風呂入って寝る、それしか記憶にない。
ぷんすかと腰に両手を当てて半ギレ気味の御玲をよそに、記憶の戸棚をこれでもかと開けまくるが、俺の整理が雑いのか、完全にその手の記憶を紛失してしまっている。カス一つ思い出せねぇ。
「理解したか?」
やっとことの重大さを理解したのか、という落胆の表情がすっごい感じられる。そのとおりなだけにぐうの音も出ないってのが、あまりに痛い。
「あーもうわーったよ。俺が悪かった。まあちょっとはピシッとするように心がけるから」
「ちょっとは、じゃなくて、きちんとしてほしいところだが……まあまだ新人だし、慣れも必要だしな。つーわけで、先輩からの命令だ」
「は?」
これ以上の減俸処分は嫌だし、謹慎なんてさせられたら俺たちの目的が滞ってしまう。
それだけは避けねばと二度寝したい欲を抑えることにした矢先に、金髪野郎の最後の言葉が鼓膜に残り、思わず野太い声を出してしまう。
また親指で自分の背後を指し示した。俺たちのことなどつゆしらず、百足という名の揺り籠の中で、クッソ間抜けな顔で寝こけてやがるソイツに尻目に、怪しいくらいの笑顔を向けてくる。また嫌な予感がした。
「一緒にアイツ起こすの、手伝え」
盛大に、これでもかってくらいに、俺は肩を竦めたのだった。
「すたんぴーと、まじだるす」
背伸びをしているのか、全身を覆う真っ黒なポンチョが小刻みに震える。
背伸びをしているはずなのに、ポンチョから両腕が出ないことが気になりながらも、ブルー・ペグランタン、名付けてポンチョ女の股下を、彼女と同じ速度で歩く裸エプロンの二頭身中年オヤジのぬいぐるみが視界に入り、とりあえず見なかったことにする。
金髪野郎とともにポンチョ女を叩き起こすのに三十分費やしたあと、俺たちは一緒に氾濫した魔生物をブチ殺すことにした。
金髪野郎曰く頭数は多いに越したことないだろ、とのことで、確かにそのとおりだし、俺らとしても断る理由は特になかったので同行することにしたのだが。
もう少し考えて返事をするべきだったかと、今は後悔している。
「さっきからじゃまなんだけど」
「あ、もっと言ってください」
「は?」
「あの、もっとこう、ゴミを見るような目で、虫ケラを踏み潰すような感じで、さっきの台詞を……」
「な、なにこいつ……きも……」
「がはっ!? き、聞いた!? 聞いたカエル!? きも、きもっ……だって!! ボクいますっっっっっごい貶された!! 最高!! 最アンド高なんだけど!!」
「落ち着けシャル。お前ともあろうもんが、それでいいのか?」
「というと?」
「まだ``罵られた後リアルに踏みつけにされる(特に股間を重点的に)``が残ってるだろ!! お前ともあろう変態が、貶された程度で満足していいのか!!」
「か、カエル……!! ボク、間違ってたよ……!! そうだ、ボクは罵られる程度じゃ満足できない……!! 最後は踏みつけられて泥だらけになってボコボコにされて打ち捨てられる、そこで初めて達することができる!! というわけでブルーさん!! ボクの股間、特にち◯こを重点的にその小さいあんよで」
「ぜったいやだ。きたねーし、まじじゃまだからしゅじんのとこへかえれ」
「まさかの……!! 拒否……!! それも、とりつく島が全くない……ほどに……!! ああ……イク……ボクのザ◯メンで……みんなに……笑顔を……」
「うっわ……!? ちょっと、まじきたないんだけど!?」
見てない見てない。俺は何も見てないし何も知らない。全く知らないぞ。全く無関係であり架空の人物同士のやりとりだ。俺は無実―――。
「おいキザ」
「レク・ホーランな。公衆便所ならしばらくねぇぞ」
「んだよ、分かってんじゃねぇか。こころへん便所なさすぎるぞ。ちゃんとしろよちゃんと」
「北支部周辺は郊外とはいえ、一応ここら一帯住宅区画だ。廃墟だらけに見えるが、みんな住んでっから」
「ならウンコしてぇ。ここで一番の便所に案内しろ」
「任務以外は門外漢だ。我慢できねぇなら人目のつかねぇところで始末しろ」
ああ、どいつもこいつも。そこらかしこでやりたい放題。
コイツらは外に出るといつもこれだ。ぬいぐるみ連れ回しているだけでも結構恥ずいのに、全くのお構いなし。
御玲も見なかったことにしているし、俺もコイツに乗じて何も見なかったことしよう。嗚呼、空が綺麗だな。
「「新人!!」」
「ふぁい……」
希望は儚くも粉々に打ち砕かれた。二人のセンパイ請負人からの視線が突き刺さる。ああ、嫌だ。相手したくない。
「おまえしゅじんだろ、つかいまのメンドーぐらいちゃんみろや」
「いやね、使い魔というかなんというか。一言では言い表せない関係で……」
「そうっすよ。澄男さんと俺らは運命の赤い糸で繋がった仲っすから」
「うそ……つかいまでそーゆーことするヘンなヤツってごくたまにわくけど、てめー……」
「違うわ!! なんで俺がこんな奴らと……そうじゃなくて、仲間だからって意味で……」
「うんうん。照れなくていいよ、ね? ボクのち◯こ触らせてあげるから、素直になろ?」
「ならんわ!! 違うっつってんだろ、納得してんじゃねぇよ!!」
俺のことなどなんのその。まるで当然と言わんばかりに、カエルたちは何度も頷く。
否定をいくらしようとそそくさと距離をとるポンチョ女をよそに、金髪野郎はナージを鷲掴み、野暮ったい目で俺を見つめた。
「新人、本当にコイツらはお前の使い魔なんだよな?」
「使い魔であり仲間のような、そんな関係だって何度も言ってるんだが……」
「そこがわかんねぇんだよ。使い魔は本来、主人と対等な関係になることはない。同等の知能を持たず、主人の命のままに動く存在だ。どちらかってーと、コイツらはむーさんに近いように思えるんだが……?」
俺とカエルたちを舐めるように見つめる。まるで品定めでもするかのような熱い眼光が、俺を容赦なく射抜く。
確かにマトモに考えれば、喋るぬいぐるみなんぞ正気の沙汰じゃあない。見た目が使い魔っぽくて無難そうだからと安直に設定したが、使い魔のことをロクに知らずに設定した節はあった。
でも、だ。じゃあどうするって話である。
俺たちが使い魔について理解していたとしても、使い魔って扱いにする以外にコイツらの存在を正当化する理由が思いつかない。
相手は目上で、センパイで、やはりベテランだ。全能度を測ればただの使い魔じゃないことくらい明らかで、新人を育てる監督なら尚更聡い。言い訳を考えようにも、生半可な言い訳で納得してくれそうにないし、一応頭をこねくり回してみるが、使い魔って答え以外思い浮かぶはずもない。さて、どうしたものか。
「まあ、そう急くなよキザ野郎」
これでもかと頭をこねくり回し、弁明を必死こいて考えていた矢先、ナージが白い翼を生やし、金髪野郎の手を振り解く。金髪野郎は不意を突かれたのか、ナージの体の変化に一瞬目を丸くしたが、すぐに現実を受け入れた柔らかい表情に変わる。
「俺たちはひょんなことから、澄男の野郎に手を貸すことになってな。その後また色々あって半ばノリで一緒に過ごしてみようってなったわけだ。いわゆる澄男の所に集まった連合……便所に集まった糞同士の集まりみたいな奴らさ」
「連合……いいじゃねぇかそれ。だったらこの際、団体名決めようぜ。オレたちゃ色々あって澄男さんとともに歩むことになった数奇な軍団、名づけて``澄男連合軍``ってな!!」
「略して``澄連``ってとこか。悪くねぇな」
「ボクもさんせー!」
「いつだってみんなで動くのはいいものだ。俺も異論ない」
総隊長はもちろんオレだぜ、と細長い手足を目一杯広げて騒ぎ出す。片目を眼帯で隠し、片目が飛び出した黄緑色の蛙のぬいぐるみは、みんなと気持ちを分かち合った後、てくてくと俺へ距離を詰める。そしてキラキラした隻眼を、俺へ向けてきやがった。
もう奴が何を考え、どんな答えを期待しているのか。いくら馬鹿で無知な俺でも考えずとも分かる。
俺を置いてけぼりにして勝手に考えているのどうかと思うし、団体名からして羞恥心しか感じないだが、この流れを折るのも忍びないし、何故だか悪い気もしない。なにより一々ぬいぐるみぬいぐるみって呼ぶのも面倒くさいのも事実。だったらもう、答えは一つだ。
「わーったよ。今日からお前らは澄男連合軍に任命する。俺に恥かかせんなよ」
やたー!! と大声ではしゃぎ回るぬいぐるみたち、又の名を澄男連合軍。
俺や御玲だけじゃなく、金髪野郎やポンチョ女すら置いてけぼりにして、パリピのように騒ぎ立てる二頭身の馬鹿どもを、俺はとりあえずうるせぇ!! と言って黙らせる。
金髪野郎は渋い顔をしていたが、どうやら現実を受け入れたらしい。何かを悟った表情でブルーの袖から見える百足と目を交わし、気怠そうに肩を竦めた。
「何か事情があるんだろうが、とりあえず今は深く問いただす気はない。ふざけたナリしてる割には強いっぽいし、対話もできるならそれに越したことはねぇしな」
つーわけだからブルー、お前もあんまり引いてやるなよ、とぬいぐるみや俺から一定距離おいていたポンチョ女に目を向ける。
不満こそあれど、害意はないことを理解したのか。顔に満遍なく彩られていた嫌悪の表情が、ほんの少し薄れた気がした。百足もポンチョの中に収まる。
「さて新人交流はこのぐれぇにして、仕事すっぞ仕事」
よく掻きむしられた髪に手櫛を入れながら、辺りを見渡す。いや話題振ったのお前じゃん、という反論をする暇もなく場の空気が引き締まる。
なし崩し的に澄男連合軍とかいうわけのわからない軍団を命名することになってしまったが、今更恥ずかしいからと澄男って部分抜いてくれないかなとか考えていたら、横から御玲がレク・ホーランに視線を向けた。
「ホーランさんは、この魔生物のスタンピートについて、何か知っていますか」
「それは妖精王襲撃事件についてってことでいいのか」
そうです、と首を縦に降る。
俺たちが就職した頃には、既に魔生物のスタンピートが起こっていた。手続きして間もなく、俺たちは事情もよくわからないまま討伐任務に駆り出されたわけだが、そのスタンピートが起こった原因が、隣国の巫市で起こった妖精王襲撃事件である。
妖精王襲撃事件に関しては、久三男と弥平が既に裏を取っているし、なんなら昨日報告を受けたばかりだ。既に把握している事情を、なんでわざわざ金髪野郎に聞くのか。
御玲の意図が分からなかったが、ボロを出すわけにもいかないので、とりあえず話に乗っておく。
「正直な話、詳しい事情は知らねぇ。なにせ隣の国の話だしな」
「巫市の情報は得にくいんですか?」
「噂ぐらいしか手に入らん。霊子ネットを漁っても、ブロッキングされてるから立ち入る隙がなくてな」
髪の毛を掻きむしりながら、面倒くさそうに北の方角に目を向ける。
霊子ネットってのは、アクセスすると自分が欲しい情報が得られるとかいう目に見えねぇ情報の倉庫みたいなもののことだ。俺はほとんど利用したことがないものの、大概の情報はそこから簡単に手に入れることができるらしい。
その倉庫を漁っても収穫が噂ぐらいしかないって事実は武市と巫市が断絶していることを意味する。
ブロックまでされているみたいだし、どれだけ嫌われているんだ。
「だからその噂を話すことになるが、それでも聞くか? 正直、アホらしい話だぜ」
顔からオススメは特にしないぞって感じの雰囲気を醸し出す。ここで俺は御玲の意図がようやく理解できた。
確かに聞いたって腹の足しにならないのは火を見るよりも明らかだ。既に弥平や久三男から聞いて粗方知っているし、そんなことを根掘り葉掘り聞くより目の前のスタンピートをなんとかした方がいい気もする。
でも俺たちの目的の一つに、巫市との国交樹立がある。
弥平たちの力を信用してないわけじゃない。でも金髪野郎たちから話を聞けるのは、俺たちしかいない。
たとえロクなこと知らないとしても、蛇足だと捨ててしまうのはもったいないと思うのだ。余計な作業が嫌いな人間の言うことじゃないが。
「まずなんで妖精王襲撃事件だなんて、アホみたいな名前で呼ばれてるのか。理由は、その襲撃してきた奴が自分のことを妖精王だと名乗ったらしいからだ」
顔色で察したのか、俺の返事を待たず、勝手に話をし始めた。返事をする手間を省けたと思い、そのまま歩きながら話を聞く。
「その妖精王ってヤツは突然巫市の上空に現れ、市内を焼き尽くそうとしたらしい。なんでかは知らんが、巫市側から放射された霊力余波から推測するに、敵愾心があったのは間違いねぇだろうな」
御玲と顔を見合わせる。巫市についてはともかく、霊力余波については請負証から入ってくる情報で詳しくレポートされていた。
俺は読んでも分からんので、読んで理解したのは御玲だが、理解した御玲が言うには、霊力余波は内陸部を中心に、巫市のみならず武市すらすっぽり収まるぐらいだだっ広い球形範囲で放射されていて、範囲内に入ってしまった山脈や森林に生息していた魔生物が刺激されてしまった、とのことだ。
傍迷惑な話だが、問題は霊力余波の範囲の広大さである。
「今更だけど、巫市だけじゃなくて俺らがいる国まですっぽり覆い尽くすって半端ねぇ余波だよな……」
「確か二十三日の午前中だったか……あんときは騒ぎが起きたもんよ。なにせ請負機関の大半のシステムがダウンしたからな。停電も相次いだし」
「あんときはどいつこいつもうるさくてねむれなかったなー……てーでんぐれーでさわぐなよってハナシ」
「いやいや、それは無理だろ。むしろそんな状況でも寝ようとしてたお前の神経がおかしいんだよ」
眠たそうな半目で、盛大に欠伸をブチかます。自分が少女である自覚もないのか、口から滴ったヨダレを、不自然に下を向いてポンチョで拭き取る。
二十三日といえば俺たちは諸事情で流川分家派の屋敷にいたから、停電だとかパニックだとか、そんなものは感じとれていない。武市全体を覆い尽くすほどだったなら、請負機関だけじゃなく他の場所も停電やらシステムダウンやら、そんなのが頻発していたことだろう。想像してみたが、軽い災害だ。
「人間でそんな余波出せる奴っていないよな……」
「普通はいねぇな。いなくはねぇが」
「どっちだよ」
「言葉の通りよ。普通はいねぇ。でも人間つっても色々あっからな」
「人間に色々もクソもあると思えんが」
「そうでもねぇぜ? たとえば大陸八暴閥とかな」
一瞬、出かかった言葉が喉の奥で詰まり、危うく咳き込みそうになったのを全力で堪えた。
暴閥ってのはまず、この武市各地域を支配している武力集団、もしくは戦闘民族の事だ。
当然戦闘民族だから強さ―――戦闘能力で大なり小なり地位が決まっているのだが、この世界には、その数ある暴閥の中でも武市創設に関わったと言われている、全ての武力の頂点を極めた最上位暴閥が存在する。
武市だけじゃない、全人類の中で最強の名をほしいままにしている最上位の戦闘民族。それらこそが、大陸八暴閥である。
ちなみにその大陸八暴閥の一角が流川であり、その本家の当主が俺なのは、もはや言うまでもないだろう。俺のポーカーフェイスが試されていた。
「大陸八暴閥は人間だとしても人間扱いできたもんじゃねぇ。特に流川と花筏はバケモンだ。笹舟や水守といった、人類最強級の暴閥を従えてんだから、もうトチ狂ってやがるぜ」
「そ、そそそうだねははは」
「どう思うよ新人」
「いやぁ……そう言われてもなぁ……別に興味ねぇし……」
などと白々しく言ってみる。
今のところ俺たちはお忍びで請負人をやるつもりなので、正体を明かす気はない。
なんか変な空気になっているのでフォローが欲しいんだが、御玲は何食わぬ顔をしている。主人たる俺をフォローする気はないらしい。一応、メイドなんですけど。
「お前、暴閥出身だろ? 流川や花筏っていやぁ暴閥界のレジェンドだぜ? ホントに興味ねぇのか?」
「ね、ねぇよ。俺らは目的があって動いてんだ。そんな武力貴族を崇拝してる暇なんかねぇのさ」
「ふーん、そうかい。まあいいさ。ブルー、お前はどう思う」
俺たちだけじゃない、ポンチョ女にまで視線を向ける。
もしかしてコイツ、俺たちの正体に気づいてんじゃねぇだろうな。勘弁してくれ、嘘つくの苦手なんだよ。御玲もそろそろいい加減俺へのフォロー入れてくれ。半目でこっちをチラチラみるだけじゃなくてさ。絶対楽しんでるよねお前。
「……しょーじきどーでもいい。けど、あんましきぶんよくねーな。もしそのよーせーおーってのが、たいりくはちぼーばつだったとしたら」
欠伸交じりの声音から一転。少女から放たれたとは思えないほど、低く暗い声音が場の雰囲気を支配した。
声音から感じた暗黒の感情。よくみると眠たそうな半目からは光が失われていた。
「流川はともかく、花筏はありえねぇだろ。あの国、元々は花筏の傘下の勢力が興した国だし」
「……どっちでもいい。オレにはかんけーない」
流川もですよ。俺らもそんなつもりないですよ。むしろ国交樹立を望んでますよ。そう言いたい思いをグッと堪える。
なんだか誤解されている気がするし、ポンチョ女は思うところがあるみたいだし、流川が悪役みたいな目で見るの、やめてほしい。言えないけど一応、目の前に本家の当主がいるんで。
「でもそういや、その妖精王の怒りを収めたのが、巫女装束を着た少女だったとかなんとか、そんな噂を聞いたな」
一人居た堪れなさに苛まれていると、金髪野郎の発言が、俺の胸の中に賑わっていた全ての憂いを振り払う。そして、いち早くその発言に反応した奴が一人。
「その噂を詳しく聞かせてください」
我がメイド、御玲である。
大陸の大半を余波で覆い尽くせる化け物の怒りを、たった一人で収められる巫女装束を着た少女。弥平や久三男ですら、その正体を掴ませない潜伏能力は異常だ。少しでも情報が得られるなら、知っておきたい。昨日の宴会では否定したけど、もしかしたら花筏の連中かもしれないし。
「その妖精王ってヤツはやたらめったら強くて、戦えば巫市の連中総がかりでも敵わない。滅亡を危惧した連中だったが、そこに現れたのが、その巫女……とかなんとか。正直眉唾だな」
「噂だからですか」
「それもあるが、巫女ってところがこじつけ感半端ないんだよ。妖精王とかいう化け物を退けられるのは巫女しかいない、的な」
「信望した者が都合よく捏造した情報とも言えなくもない、ですか」
「それに巫女が突然現れて国を救うってのも、展開としておかしい。そんな都合の良い話があると思うか?」
「証拠があればその限りではありませんが、確かに御伽噺としか思えませんね。現時点では」
「その証拠を探そうにも、相手方からはブロックされてて探りようがない。結局のところ、真実は国境を超えた先ってわけよ」
北の方角を指さす。
ここからもっと北の方にあるらしい、巫市。隣同士だというのに、その距離は物理的にも精神的にも遠く、その目で様相を見ることすら叶わない。わかってはいたけど、やっぱり噂で確信に迫るなんて甘すぎる話か。
俺は自分の心臓に手を当てる。
正直これはただの直感だし、根拠など何一つないが、久三男や弥平から得た話、そして金髪野郎が言っていた話。それら全て嘘偽りのない真実のような気がする。巫女装束を着た少女はよく分からないけど、俺たちが内心否定しているだけで、割と身近にいる人物なのかもしれないとも思えてきた。
何故そう思えるのか。例えば俺の心臓に宿る禍々しい怪物、``天災竜王``ゼヴルエーレ。
自分の目でその存在を目の当たりにし、その力を感じなければ、数億もの時の中、心臓の状態で地下深くずっと眠っていたなんて絶対に信じはしなかった。そんなのただの御伽噺だと、絶対に切って捨てていたはずだ。
でも、その御伽噺は実話であり、御伽噺にしか出てこないような伝説級の竜もまた、確かに存在した。
魂という形で数億もの間生きながらえ、クソ親父のクソみたいな野望の一環として、俺の心臓に植えつけられたのだ。
この世に絶対ありえないことなどありはしない。ありえないと思っても、それはただ単に自分が知らないってだけの話なのだ。
そのためにも裏づけを取る必要がある。幸い、俺にはそれだけの手段があった。
「レク!」
みんなが声の発生源に意識を向ける。気がつけばポンチョ女の袖からちらちらと頭の部分だけ見せていた百足が、全身を外に出して巨大化していた。
きりきりと口元から鳴る金切音。さっきまで眠たそうにしていたはずのポンチョ女の険しい目つき。全方位から敵をいつでも迎撃できるぞと言わんばかりの、明らかな臨戦態勢である。
金髪野郎も無言で反応し、全方位を警戒する。
「どこからだ」
「にじのほーこー。ぜんのーどはごひゃくこーはん」
「高いな。種類は」
「ませーぶつじゃない」
「何?」
「ませーぶつじゃないなにか。むきぶつ? むーちゃん」
いつぞやの巨大百足は金切音を打ち鳴らす。ポンチョ女は首を縦に降り、金髪野郎はマジでか、と肩を竦める。
「新人。腕っ節には自信あるよな?」
「まあそこそこは」
「謙遜すんなよ、そこそこどころじゃねぇだろ」
「バレてんのかやっぱり。その口ぶりからしてヤバいやつか?」
「俺の経験からして、よく分からんやつは大体ヤバい」
「下手したら勝てないかもしれんと?」
「いや、別の面倒事が舞い込んでくるってこと」
「冗談じゃないぜ。ちなみに敵意はあるのか?」
「こういうときは敵対を前提に態勢を整える」
「うし、分かった。ならブチのめすか」
指を鳴らしながら二人の間を割って入る。御玲は俺たちの背後を警戒し、澄連どもも周囲の警戒を厳とする。
全員ふざけながらであるが、その態度を批判しようとする奴はいない。みんな分かっているのだ。ぬいぐるみの姿に似つかない、膨大な霊圧が滲んでいることに。
「きた」
ポンチョ女が上の方を指さす。
無限に立ち並ぶスラム地味た住居区画のアパートの屋上に立つ、謎の人型の何か。ソイツは俺たちをみるやいなや、平然と地面に飛び降りてきた。
揺れる地面。辺りの建物がぐらりと大きく揺れるが、この程度の揺れで足元がぐらつくほど、俺たちの体幹は弱くない。百足を飼い慣らす少女のみ百足に支えられていたが、それを話題にする暇などなかった。
「なんだこりゃあ……」
俺たちの目の前に現れたのは、所々が朽ち果てたロボットだった。
図体がやたらでかく、身長は金髪野郎の倍以上。ぱっと見苔だらけの仮面を装着した大男だが、その身体は筋肉隆々としている。
実際に筋肉でできているわけじゃなく、全てがなにかしらの鋼鉄でできているのが丸分かりの身体だ。いわゆる装甲というやつである。
元々は白い外見をしていたのだろうが、土や苔がこびりついて全身が茶色く変色してしまっていた。よくみると関節部分がボロボロだし、おそらく土の中にでも埋まっていたのだろう。
仮面の隙間から赤い光が垣間見えた。俺たちを見下すそのロボットは一瞬舐めるように見渡すと、己の頭上に何枚かの魔法陣を繰り出した。
「チッ、分かってたがやっぱこうなるか!!」
右手に火の球を錬成する。
毎度お馴染み、俺の必殺技たる煉旺焔星。全てを焼き尽くす恒星のごとき火球で、魔法を使う前にぶっ壊す。
「くらいやが」
「むーちゃん!」
煉旺焔星を投げようとした瞬間、巨大百足が前に出て、口から赤い光線を吐き出した。あまりに唐突の破壊光線に俺の右手は迷子になってしまう。
「あ、あの百足……光線吐けんのか……百足とは……」
「霊力で空を飛んだり、火の球無限に撃てる人間も大概だと思いますが」
「う、うるさいよ。流石の俺も口から光線は……」
「確か以前、口から炎吐いていたような……」
「あーあー!! そんなことない、そんな事実は確認されていません!!」
「新人、強いのは分かってるが今は集中しろ!! 慢心すんな!!」
「さーせん……」
なんで俺が謝ってるんだ。元はと言えば御玲が。
「属性光線っすね、懐かしいっす。ありゃあ大破したっしょ」
慢心するなと言われたばかりだというのに、呑気に両手を頭に組んで無警戒に近づく。舞う砂塵の中、俺も粉々に砕け散っただろうと思ったが、それはやっぱり慢心だったと思い知る。
「こいつ、ひぞくせーがきいてない!」
ポンチョ女が叫ぶ。
巨大百足が詠唱時間を見計らって赤い光線を放ち、地面に押しつけられ爆破されたと思われたロボット。
だがしかし、実際のところほとんど無傷。光線で舞い上がった砂塵を振り払い、カエルの目前に聳え立つ。
「おいカエル、お前!!」
「大丈夫っすよ、予想はしてたっすから」
自分の胴より遥かに細長い足をバネに、空中に向かって跳ね上がる。
その跳躍力は、やはり蛙なだけはある。俺たちの身長なんぞ優に超え、ロボットの身長すらも超える大ジャンプ。もはや空を飛んでいると言っても誰もが信じるとあろう絵面で、その巨大ながま口を開けた。
「だったら溶かすってのはどうすかね!!」
奴の口から放たれた、茶色い液体。それが巨大ロボットの右肩に降り注ぐと、まるでバーベキューで肉を焼いているような音とともに、煙を上げて装甲が溶けだした。
ロボットだから痛覚などない。しかし、右肩から上腹部にかけて装甲はただれていき、メカメカしい中身が露わになっていく。
「なるほど、強酸には耐性がないのか」
「見たか新人請負人監督さんよ!! これがオレの技、``胃液砲弾``だ!!」
「……きったねえ」
ポンチョ女の痛烈な罵倒もなんのその。空中で自由落下しながら、褒めてくれと言わんばかりの熱視線を浴びせる。
カエル総隊長の得意技``胃液砲弾``は、文字通り胃液を吐く技だ。
なんで胃液が茶色をしているのかとかはあえて触れないでおくが、コイツの胃液はとにかく強力。基本的に溶かせないものはなく、なんでもかんでもドロッドロに溶かしてしまう。
今まで何度も目にしてきたが、いつ見ても見慣れない汚い技だ。いわばゲロである。慣れたくても慣れられるものじゃない。
「よし、いざってときの安全策はわかった。とはいえ長引くと近所迷惑だしな」
さっきまで様子見に徹していた金髪野郎が動く。
「おいお前、素手じゃ」
防具という防具もなし。剣は持っているが、腰に携えたまま装備しようともしない。
巨大百足がいるから前に出る必要なんてないはずなのに、金髪野郎からは何故か闘志が湧いて出ていた。
首を鳴らしながら、装甲が溶けていくロボットに歩み寄る。
「お前じゃなくてレクさんだ。目上のもんは敬えって言ったろ? それと新人、お前は確かに強ぇが、何もお前らやむーさんだけが強えってわけじゃねぇんだぜ?」
ロボットの左肩の肩パッドが開いた。魔法陣が何枚も重なり猛回転し始めるや否や、肩パッドから白い球体が錬成されていく。
肌で感じる球体からの霊圧。間違いない、左肩に霊力が集束している。コイツもあの百足みたく、破壊光線を放つつもりなのだ。
「おっと、こりゃ早めにケリつけっか」
右拳を強く握り締める。
魔法陣を展開する様子もなければ、霊力を集めるつもりもない。ただ右手の拳を握りしめただけ。まるで、ただ単純に右ストレートをブチかますが如く。
「しッ」
地面が、カチ割れた。一気にロボットへ距離を詰め、間合いに踏み込んだのだ。
踏みこみの力は尋常じゃない。俺や御玲とかが踏み込んだときと同じくらい、地面に蜘蛛の巣状のヒビが盛大に刻まれる。
地面がカチ割れたのとほぼ同じタイミングで、甲高くも鈍い、耳障りな爆音が鳴り響いた。
それは、もはや一瞬。
「警戒するに越したことはないとはいえ、流石に脆すぎやしねぇか?」
肩パッドから集束した霊力弾を放つ暇もないまま、ロボットは跡形もなく粉々に打ち砕かれたのだった。
殺意が高かった割に、呆気ない最期である。
「まーたワンパンかよー」
「むしろそれがベストだろ。むーさんが苦戦するレベルとか、勘弁だぜ」
ちぇー、と唇を尖らせて百足の胴体にぼふんと横になるポンチョ女。
どうやら見慣れた光景らしいが、俺は硬直していた。澄連どもは顎に手を当て感心し、御玲は当然と言わんばかりにゆっくりと息を吐く。
「澄男さん、気になるんならレク・ホーランの全能度、測ってみたらどうっす?」
「お前ら、コイツの全能度知ってんのか?」
「あなたが昨日寝ていた間、私が測ったんです。全能度五百と聞いた時点で、予想はしていましたけれど」
急いで請負証を開き、全能度測定モードにして照準を合わせる。測定が終わると同時、またも「ファ!?」と間抜けな声をあげてしまった。
「物理攻能度と物理抗能度が百二十五!? コイツ、物理攻撃と防御だけなら百二十オーバーかよ!?」
「だけならって、ハッキリ言ってくれるじゃねぇか。まあ事実だから反論できねぇけども」
腰に手を当て半ば満足げに、半ば不満げにため息をつく。
百二十なんて御玲はおろか、俺より高い。澄連どもは完全なる人外だからノーカンにしても、ほぼ人外の域に片足突っ込んでやがる。
人外に至りかけている奴と人外そのものと人外に至ったバケモンなんて、俺の身の回りの連中しかいないもんだと思っていた。少なくとも俺ら流川とタメ張れる連中くらいなもんだと、勝手に思っていたからだ。
そりゃあこれから強い奴も出てくるだろうなとは予想していたけど、流石に早すぎる。正直、信じられない。
俺に似て防具も装備してないし、武器も持ってこそすれあんまり使おうともしないのは不思議だなと思っていたが、答えは簡単な事だった。
防具も武器も、フィジカルが強すぎて使わなかっただけなのだ。
思わず苦笑いを浮かべてしまう。俺に慢心するなとか言っておきながら、内心は自信たっぷりだったわけだ。騙されたみたいで少し癪だが、こればかりは認めざる得ない。
「つーわけで、強いのはお前らだけじゃねぇから調子に乗ったりすんなよ。特に新人」
「お、おう。まさかここまで強ぇとは思ってなかったぜ」
「やっぱ下に見てたな……まあ入りたての新人は大概そうだが、俺ってそんな弱っちくみえんのかね、ブルー?」
「うーん。どっちかてーとチャラい?」
「あー、金髪だからか」
「ふくそーがきぞくくせー」
「別に意識してるわけじゃねぇんだけどな。持ち合わせがあんまねぇだけで」
「ほそい」
「鍛えてるからな。無駄な贅肉がないって言ってくれ」
もはや罵倒か何かだが、金髪野郎自身も満更じゃないらしい。多少なりとも自覚はあるのだろう。俺から見てもポンチョ女と同じ印象を抱いていたし。
「んで、盛り上がってるところ悪いんだが……とりあえず本題。このロボットは何なんだ?」
金髪野郎の強さも分かったところで、話を引き戻す。
疑問を抱く暇もなく殺意を垂れ流してきたので、そのままブッ壊してしまったが、結局このロボットはなんだったのか。
明らかに魔生物じゃないし、妖精王襲撃事件によって起こっているスタンピートとは無関係のはずだ。
そもそもなんでこんなスラム街地味た都会の外れに、こんな殺意マシマシのロボットがうろついていたのかって話である。
全能度五百とか言っていたし、俺らじゃなかったら支部連中では太刀打ちできないことを考えると、このロボットも決して弱いわけじゃない。魔生物のスタンピートとは別に、もし他にも似たようなのがうろついているともなれば、結構な脅威になる。
武装からして完全に相手をぶっ殺すために作られたって感じだし、他にもいるとしたら厄介だ。たとえば上位機種とか。
「分からん」
色々と予想を立ててみたが、金髪野郎の答えは簡素だった。今日初めて見たし、流石の金髪野郎も知っているわけもない。戦う前から知っている風じゃなかったし。
「ただこれは支部に持ち帰って本部に転送する必要はあるだろうな。本部からの分析結果が出るまで、ひとまず保留だ」
懐からビニール袋を取り出し、手袋をはめて地面に散らばったパーツ群を拾い始める。俺らやポンチョ女に視線を向けると、手袋とビニール袋を一方的に手渡してきた。
「お前らも手伝えよ?」
ですよね。知ってた。
めんどくせぇし、そんなの誰か一人がやったらいいじゃんという不満を押し殺し、渋々舗装された地面に散らばったパーツを、一時間かけて拾い集めたのだった。
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