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おたがいの、かたち
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挿れるまではひどく性急だったのに、挿入ってきてからの謙一さんの動きは、ひどく優しく緩やかなものだった。
まるで、──私という存在を確かめるかのように。
「ぁ、んっ、……はぁ、謙一、さ……」
緩やかな抽送は、それでも的確に私の「気持ちいいところ」を刺激して……いちばん奥の、いちばん感じる柔らかなところを、トントンと突く。その度にナカがきゅ、きゅ、と締まるのが分かって。
「麻衣」
掠れた、でも柔らかな声が降ってくる。閉じかけていた目蓋を上げると、ばちりと目が合う。
「麻衣」
は、は、と浅く息をしながら見つめ返す。何度も瞬きをして、そのかんばせを見つめた。
緩やかな動き。くちゅ、くちゅ、という粘膜から溢れる水音。頬をつう、と撫でられた。頭も、耳も──私の輪郭をなぞる、節立った指先。年上の男の人、の指。
求められている、ということが幸せで苦しくて狂おしい。同時に自分自身が、ひどくこの男を求めているという事実が──なぜだかとても、誇らしかった。
「謙一さん」
なんとか彼の名前を呼んだ。
それは自分でも驚くほどに──甘くて、愛おしさにあふれたような、そんな音階だった。
その閉ざされた温泉での日々は、そんなふうに続いていった。
砂糖を溶かすように甘やかされて、──甘やかして。
やることと言ったら、食べるか寝るか、──いちゃつくか、くらい。
食事は基本的には部屋での和食だったけれど、時折ラウンジで洋食を食べた。建物的にも大正をイメージしているのか、ビーフシチューやエビフライ、オムライスなんかのセット。
いわゆるレトロな「洋食」という雰囲気で、とても美味しい。
砂糖がたっぷり入った、甘いカフェオレも、硬めのプリンも気に入った。
部屋では温泉に入ったりもしたけれど……正直なところ、主にいちゃついていた。ずうっと。ちなみに──ぎりぎり、ゴムの数は足りそうだった。
(帰りたくないなぁ……)
私は謙一さんに後ろ向きにハグされて、炬燵に入ってぼんやり窓ガラスの向こう──相変わらず雪が降り続いている──を見つめながら、そんなことを思う。
休暇は明日で終わり、な雪の日の(もっともここは、毎日雪のようだけれど)朝食後のこと。
(ここにいたい)
ずうっと、こうして謙一さんの優しさに甘えていられたら……なんて、思ってしまう。そうしてきっと──私がそれを望めば、謙一さんはそれを叶えてくれる。
想像して、すこし笑った。
でもそんなのは、多分「ほんとう」じゃないから。
謙一さんの手を取り、自分の頬に当てた。すこしひんやりした、大きな手。
「謙一さん」
私から溢れる彼の名前は、やっぱりひどく甘くて毎回自分でも驚く。
謙一さんはきっと気がついていて……でもそれを表に出すことはない。少なくとも、今のところ。
(謙一さんも、想定というか……してるのかな)
私のこの感情の発露が、この閉ざされた雪の世界でだけ……かもしれない、ということ。
ほんのすこし、ちくりと胸が痛む。
返せたら良いのに。私も好きですって、愛してますって──でも、どこか冷静に見てしまうのは。
(「好き」で「愛してた」はずなのに、なぁ)
そのつもりで結婚した伸二への感情が、単なる……「恩人には逆らえない」に端を発した感情だったと、気がついてしまったから……?
「麻衣」
優しげに、謙一さんが私を呼ぶ。そこには何の衒いもなく、愛情が込められていた。
それを素直に認めるくらいには──謙一さんのことを、理解しはじめて、いた。
「何ですか?」
「唐突だけれど、すこし……付き合ってほしい」
「? どこにです」
謙一さんは目を細めた。目尻のシワが、相変わらず優しげでどきんとする。
「金沢」
「……金沢」
「墓参りに、いこうかと」
謙一さんと目が合う。笑の形を保ったままのその目は、どこか寂しそうで。
「狡いだろう?」
また、謙一さんはそんな風に言う。
「君は優しいから、墓参して俺の婚約者ですなんて紹介したら──きっと俺の求婚を断れないと思ったんだ」
「……ほんとうに狡いひとは、そんなことわざわざ事前に言わないと思いますけれど?」
「それも計算尽くで」
謙一さんの瞳から目を逸らさずに、その頬を両手で包み込む。
「うそつき、ですね」
「……そうだろうか」
「そうですよ」
謙一さんの本意はどこにあるのだろうか、……多分、この人は──年上の男の人なこの人は、強がっているんだろうと、私はそう思った。
そっと唇を重ねる。すこしだけ、かさついていた。
1日早いチェックアウトをして、不要な荷物は全部宅配してもらう。
一泊ぶんだけの荷物を持って、きた時と同じように船に乗って──「その電車」に乗ったとき、私は冗談めかして謙一さんの手の甲を抓った。
「分かりました。この電車に乗りたかったんですね?」
乗り込んだのは、黒色の車体に螺鈿のような模様をつけた観光列車。
「ち、違う。たまたま運行していて」
すこしは図星だったのか、謙一さんが慌てたように私を見る。その慌て振りが面白くて、私はくすくすと笑う。
謙一さんも肩から力を抜いて──お互い顔を見合わせて、こっそりと笑い合った。まるで、秘密を共有するかのように──。
周りの乗客の人たちは、そんな私たちを不思議そうに見ていて、それがなんだか余計にくすぐったくて面白くて──私たちは、しばらく笑い合っていたのでした。
まるで、──私という存在を確かめるかのように。
「ぁ、んっ、……はぁ、謙一、さ……」
緩やかな抽送は、それでも的確に私の「気持ちいいところ」を刺激して……いちばん奥の、いちばん感じる柔らかなところを、トントンと突く。その度にナカがきゅ、きゅ、と締まるのが分かって。
「麻衣」
掠れた、でも柔らかな声が降ってくる。閉じかけていた目蓋を上げると、ばちりと目が合う。
「麻衣」
は、は、と浅く息をしながら見つめ返す。何度も瞬きをして、そのかんばせを見つめた。
緩やかな動き。くちゅ、くちゅ、という粘膜から溢れる水音。頬をつう、と撫でられた。頭も、耳も──私の輪郭をなぞる、節立った指先。年上の男の人、の指。
求められている、ということが幸せで苦しくて狂おしい。同時に自分自身が、ひどくこの男を求めているという事実が──なぜだかとても、誇らしかった。
「謙一さん」
なんとか彼の名前を呼んだ。
それは自分でも驚くほどに──甘くて、愛おしさにあふれたような、そんな音階だった。
その閉ざされた温泉での日々は、そんなふうに続いていった。
砂糖を溶かすように甘やかされて、──甘やかして。
やることと言ったら、食べるか寝るか、──いちゃつくか、くらい。
食事は基本的には部屋での和食だったけれど、時折ラウンジで洋食を食べた。建物的にも大正をイメージしているのか、ビーフシチューやエビフライ、オムライスなんかのセット。
いわゆるレトロな「洋食」という雰囲気で、とても美味しい。
砂糖がたっぷり入った、甘いカフェオレも、硬めのプリンも気に入った。
部屋では温泉に入ったりもしたけれど……正直なところ、主にいちゃついていた。ずうっと。ちなみに──ぎりぎり、ゴムの数は足りそうだった。
(帰りたくないなぁ……)
私は謙一さんに後ろ向きにハグされて、炬燵に入ってぼんやり窓ガラスの向こう──相変わらず雪が降り続いている──を見つめながら、そんなことを思う。
休暇は明日で終わり、な雪の日の(もっともここは、毎日雪のようだけれど)朝食後のこと。
(ここにいたい)
ずうっと、こうして謙一さんの優しさに甘えていられたら……なんて、思ってしまう。そうしてきっと──私がそれを望めば、謙一さんはそれを叶えてくれる。
想像して、すこし笑った。
でもそんなのは、多分「ほんとう」じゃないから。
謙一さんの手を取り、自分の頬に当てた。すこしひんやりした、大きな手。
「謙一さん」
私から溢れる彼の名前は、やっぱりひどく甘くて毎回自分でも驚く。
謙一さんはきっと気がついていて……でもそれを表に出すことはない。少なくとも、今のところ。
(謙一さんも、想定というか……してるのかな)
私のこの感情の発露が、この閉ざされた雪の世界でだけ……かもしれない、ということ。
ほんのすこし、ちくりと胸が痛む。
返せたら良いのに。私も好きですって、愛してますって──でも、どこか冷静に見てしまうのは。
(「好き」で「愛してた」はずなのに、なぁ)
そのつもりで結婚した伸二への感情が、単なる……「恩人には逆らえない」に端を発した感情だったと、気がついてしまったから……?
「麻衣」
優しげに、謙一さんが私を呼ぶ。そこには何の衒いもなく、愛情が込められていた。
それを素直に認めるくらいには──謙一さんのことを、理解しはじめて、いた。
「何ですか?」
「唐突だけれど、すこし……付き合ってほしい」
「? どこにです」
謙一さんは目を細めた。目尻のシワが、相変わらず優しげでどきんとする。
「金沢」
「……金沢」
「墓参りに、いこうかと」
謙一さんと目が合う。笑の形を保ったままのその目は、どこか寂しそうで。
「狡いだろう?」
また、謙一さんはそんな風に言う。
「君は優しいから、墓参して俺の婚約者ですなんて紹介したら──きっと俺の求婚を断れないと思ったんだ」
「……ほんとうに狡いひとは、そんなことわざわざ事前に言わないと思いますけれど?」
「それも計算尽くで」
謙一さんの瞳から目を逸らさずに、その頬を両手で包み込む。
「うそつき、ですね」
「……そうだろうか」
「そうですよ」
謙一さんの本意はどこにあるのだろうか、……多分、この人は──年上の男の人なこの人は、強がっているんだろうと、私はそう思った。
そっと唇を重ねる。すこしだけ、かさついていた。
1日早いチェックアウトをして、不要な荷物は全部宅配してもらう。
一泊ぶんだけの荷物を持って、きた時と同じように船に乗って──「その電車」に乗ったとき、私は冗談めかして謙一さんの手の甲を抓った。
「分かりました。この電車に乗りたかったんですね?」
乗り込んだのは、黒色の車体に螺鈿のような模様をつけた観光列車。
「ち、違う。たまたま運行していて」
すこしは図星だったのか、謙一さんが慌てたように私を見る。その慌て振りが面白くて、私はくすくすと笑う。
謙一さんも肩から力を抜いて──お互い顔を見合わせて、こっそりと笑い合った。まるで、秘密を共有するかのように──。
周りの乗客の人たちは、そんな私たちを不思議そうに見ていて、それがなんだか余計にくすぐったくて面白くて──私たちは、しばらく笑い合っていたのでした。
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