32 / 51
おたがいの、かたち
しおりを挟む
挿れるまではひどく性急だったのに、挿入ってきてからの謙一さんの動きは、ひどく優しく緩やかなものだった。
まるで、──私という存在を確かめるかのように。
「ぁ、んっ、……はぁ、謙一、さ……」
緩やかな抽送は、それでも的確に私の「気持ちいいところ」を刺激して……いちばん奥の、いちばん感じる柔らかなところを、トントンと突く。その度にナカがきゅ、きゅ、と締まるのが分かって。
「麻衣」
掠れた、でも柔らかな声が降ってくる。閉じかけていた目蓋を上げると、ばちりと目が合う。
「麻衣」
は、は、と浅く息をしながら見つめ返す。何度も瞬きをして、そのかんばせを見つめた。
緩やかな動き。くちゅ、くちゅ、という粘膜から溢れる水音。頬をつう、と撫でられた。頭も、耳も──私の輪郭をなぞる、節立った指先。年上の男の人、の指。
求められている、ということが幸せで苦しくて狂おしい。同時に自分自身が、ひどくこの男を求めているという事実が──なぜだかとても、誇らしかった。
「謙一さん」
なんとか彼の名前を呼んだ。
それは自分でも驚くほどに──甘くて、愛おしさにあふれたような、そんな音階だった。
その閉ざされた温泉での日々は、そんなふうに続いていった。
砂糖を溶かすように甘やかされて、──甘やかして。
やることと言ったら、食べるか寝るか、──いちゃつくか、くらい。
食事は基本的には部屋での和食だったけれど、時折ラウンジで洋食を食べた。建物的にも大正をイメージしているのか、ビーフシチューやエビフライ、オムライスなんかのセット。
いわゆるレトロな「洋食」という雰囲気で、とても美味しい。
砂糖がたっぷり入った、甘いカフェオレも、硬めのプリンも気に入った。
部屋では温泉に入ったりもしたけれど……正直なところ、主にいちゃついていた。ずうっと。ちなみに──ぎりぎり、ゴムの数は足りそうだった。
(帰りたくないなぁ……)
私は謙一さんに後ろ向きにハグされて、炬燵に入ってぼんやり窓ガラスの向こう──相変わらず雪が降り続いている──を見つめながら、そんなことを思う。
休暇は明日で終わり、な雪の日の(もっともここは、毎日雪のようだけれど)朝食後のこと。
(ここにいたい)
ずうっと、こうして謙一さんの優しさに甘えていられたら……なんて、思ってしまう。そうしてきっと──私がそれを望めば、謙一さんはそれを叶えてくれる。
想像して、すこし笑った。
でもそんなのは、多分「ほんとう」じゃないから。
謙一さんの手を取り、自分の頬に当てた。すこしひんやりした、大きな手。
「謙一さん」
私から溢れる彼の名前は、やっぱりひどく甘くて毎回自分でも驚く。
謙一さんはきっと気がついていて……でもそれを表に出すことはない。少なくとも、今のところ。
(謙一さんも、想定というか……してるのかな)
私のこの感情の発露が、この閉ざされた雪の世界でだけ……かもしれない、ということ。
ほんのすこし、ちくりと胸が痛む。
返せたら良いのに。私も好きですって、愛してますって──でも、どこか冷静に見てしまうのは。
(「好き」で「愛してた」はずなのに、なぁ)
そのつもりで結婚した伸二への感情が、単なる……「恩人には逆らえない」に端を発した感情だったと、気がついてしまったから……?
「麻衣」
優しげに、謙一さんが私を呼ぶ。そこには何の衒いもなく、愛情が込められていた。
それを素直に認めるくらいには──謙一さんのことを、理解しはじめて、いた。
「何ですか?」
「唐突だけれど、すこし……付き合ってほしい」
「? どこにです」
謙一さんは目を細めた。目尻のシワが、相変わらず優しげでどきんとする。
「金沢」
「……金沢」
「墓参りに、いこうかと」
謙一さんと目が合う。笑の形を保ったままのその目は、どこか寂しそうで。
「狡いだろう?」
また、謙一さんはそんな風に言う。
「君は優しいから、墓参して俺の婚約者ですなんて紹介したら──きっと俺の求婚を断れないと思ったんだ」
「……ほんとうに狡いひとは、そんなことわざわざ事前に言わないと思いますけれど?」
「それも計算尽くで」
謙一さんの瞳から目を逸らさずに、その頬を両手で包み込む。
「うそつき、ですね」
「……そうだろうか」
「そうですよ」
謙一さんの本意はどこにあるのだろうか、……多分、この人は──年上の男の人なこの人は、強がっているんだろうと、私はそう思った。
そっと唇を重ねる。すこしだけ、かさついていた。
1日早いチェックアウトをして、不要な荷物は全部宅配してもらう。
一泊ぶんだけの荷物を持って、きた時と同じように船に乗って──「その電車」に乗ったとき、私は冗談めかして謙一さんの手の甲を抓った。
「分かりました。この電車に乗りたかったんですね?」
乗り込んだのは、黒色の車体に螺鈿のような模様をつけた観光列車。
「ち、違う。たまたま運行していて」
すこしは図星だったのか、謙一さんが慌てたように私を見る。その慌て振りが面白くて、私はくすくすと笑う。
謙一さんも肩から力を抜いて──お互い顔を見合わせて、こっそりと笑い合った。まるで、秘密を共有するかのように──。
周りの乗客の人たちは、そんな私たちを不思議そうに見ていて、それがなんだか余計にくすぐったくて面白くて──私たちは、しばらく笑い合っていたのでした。
まるで、──私という存在を確かめるかのように。
「ぁ、んっ、……はぁ、謙一、さ……」
緩やかな抽送は、それでも的確に私の「気持ちいいところ」を刺激して……いちばん奥の、いちばん感じる柔らかなところを、トントンと突く。その度にナカがきゅ、きゅ、と締まるのが分かって。
「麻衣」
掠れた、でも柔らかな声が降ってくる。閉じかけていた目蓋を上げると、ばちりと目が合う。
「麻衣」
は、は、と浅く息をしながら見つめ返す。何度も瞬きをして、そのかんばせを見つめた。
緩やかな動き。くちゅ、くちゅ、という粘膜から溢れる水音。頬をつう、と撫でられた。頭も、耳も──私の輪郭をなぞる、節立った指先。年上の男の人、の指。
求められている、ということが幸せで苦しくて狂おしい。同時に自分自身が、ひどくこの男を求めているという事実が──なぜだかとても、誇らしかった。
「謙一さん」
なんとか彼の名前を呼んだ。
それは自分でも驚くほどに──甘くて、愛おしさにあふれたような、そんな音階だった。
その閉ざされた温泉での日々は、そんなふうに続いていった。
砂糖を溶かすように甘やかされて、──甘やかして。
やることと言ったら、食べるか寝るか、──いちゃつくか、くらい。
食事は基本的には部屋での和食だったけれど、時折ラウンジで洋食を食べた。建物的にも大正をイメージしているのか、ビーフシチューやエビフライ、オムライスなんかのセット。
いわゆるレトロな「洋食」という雰囲気で、とても美味しい。
砂糖がたっぷり入った、甘いカフェオレも、硬めのプリンも気に入った。
部屋では温泉に入ったりもしたけれど……正直なところ、主にいちゃついていた。ずうっと。ちなみに──ぎりぎり、ゴムの数は足りそうだった。
(帰りたくないなぁ……)
私は謙一さんに後ろ向きにハグされて、炬燵に入ってぼんやり窓ガラスの向こう──相変わらず雪が降り続いている──を見つめながら、そんなことを思う。
休暇は明日で終わり、な雪の日の(もっともここは、毎日雪のようだけれど)朝食後のこと。
(ここにいたい)
ずうっと、こうして謙一さんの優しさに甘えていられたら……なんて、思ってしまう。そうしてきっと──私がそれを望めば、謙一さんはそれを叶えてくれる。
想像して、すこし笑った。
でもそんなのは、多分「ほんとう」じゃないから。
謙一さんの手を取り、自分の頬に当てた。すこしひんやりした、大きな手。
「謙一さん」
私から溢れる彼の名前は、やっぱりひどく甘くて毎回自分でも驚く。
謙一さんはきっと気がついていて……でもそれを表に出すことはない。少なくとも、今のところ。
(謙一さんも、想定というか……してるのかな)
私のこの感情の発露が、この閉ざされた雪の世界でだけ……かもしれない、ということ。
ほんのすこし、ちくりと胸が痛む。
返せたら良いのに。私も好きですって、愛してますって──でも、どこか冷静に見てしまうのは。
(「好き」で「愛してた」はずなのに、なぁ)
そのつもりで結婚した伸二への感情が、単なる……「恩人には逆らえない」に端を発した感情だったと、気がついてしまったから……?
「麻衣」
優しげに、謙一さんが私を呼ぶ。そこには何の衒いもなく、愛情が込められていた。
それを素直に認めるくらいには──謙一さんのことを、理解しはじめて、いた。
「何ですか?」
「唐突だけれど、すこし……付き合ってほしい」
「? どこにです」
謙一さんは目を細めた。目尻のシワが、相変わらず優しげでどきんとする。
「金沢」
「……金沢」
「墓参りに、いこうかと」
謙一さんと目が合う。笑の形を保ったままのその目は、どこか寂しそうで。
「狡いだろう?」
また、謙一さんはそんな風に言う。
「君は優しいから、墓参して俺の婚約者ですなんて紹介したら──きっと俺の求婚を断れないと思ったんだ」
「……ほんとうに狡いひとは、そんなことわざわざ事前に言わないと思いますけれど?」
「それも計算尽くで」
謙一さんの瞳から目を逸らさずに、その頬を両手で包み込む。
「うそつき、ですね」
「……そうだろうか」
「そうですよ」
謙一さんの本意はどこにあるのだろうか、……多分、この人は──年上の男の人なこの人は、強がっているんだろうと、私はそう思った。
そっと唇を重ねる。すこしだけ、かさついていた。
1日早いチェックアウトをして、不要な荷物は全部宅配してもらう。
一泊ぶんだけの荷物を持って、きた時と同じように船に乗って──「その電車」に乗ったとき、私は冗談めかして謙一さんの手の甲を抓った。
「分かりました。この電車に乗りたかったんですね?」
乗り込んだのは、黒色の車体に螺鈿のような模様をつけた観光列車。
「ち、違う。たまたま運行していて」
すこしは図星だったのか、謙一さんが慌てたように私を見る。その慌て振りが面白くて、私はくすくすと笑う。
謙一さんも肩から力を抜いて──お互い顔を見合わせて、こっそりと笑い合った。まるで、秘密を共有するかのように──。
周りの乗客の人たちは、そんな私たちを不思議そうに見ていて、それがなんだか余計にくすぐったくて面白くて──私たちは、しばらく笑い合っていたのでした。
1
お気に入りに追加
2,603
あなたにおすすめの小説
【R18】セフレじゃないから!
ミカン♬
恋愛
★エタニティ挑戦【R18】です。18歳未満・苦手な方は申し訳ありません、お戻りください。
久野圭子22歳銀行員。2歳年下の可愛い大学生のセフレがいます。
イケメンのセフレには絶えず美女の取り巻きが居て恋人に昇格するのは難しそう。
セフレにはセレブな友人がいてヒモをやっています。時給2000円で女子寄せパンダバイトをしており、絶えずスマホを操作しています。週に1~2回、気が向いたら私を抱きに来ますが、ただの都合の良い女なのでしょう。将来を慮り屑なセフレと別れる決心をしました。
銀行から出向を命じられ春寒の高野山の工芸展&カフェに努めることになりました。
セフレと別れるのにちょうどいいと姿を消したのですがセフレが追いかけてきました。
いやいやお別れしたいです。もう気持ちは冷めました・・・何度来ても追い返すのみです。
すると(あれ?ドアが開かない?)事件です!警察を~
地名など出てますが妄想の世界です。緩い設定で時々エロいシーン★入ります。
サクッと終ります。暇つぶしに読んでください、宜しくお願いします。
なろう様ムーンにも投稿。少し内容が違う部分があります。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる