【R18】100日お試し婚〜堅物常務はバツイチアラサーを溺愛したい〜

にしのムラサキ

文字の大きさ
上 下
20 / 51

旅行の始まり

しおりを挟む
 係長は二つ返事で明日からの有給の申請を受けてくれた。
 年末、なんとなく気は急くけれど、営業部は繁忙期から抜けていた。カレンダー配りはあるけれど、まぁそれはお正月休みに入る前になんとかなると思う。

「心配してたの。元気そうだけれど、それでもやっぱり」

 恐縮する私に、係長は言う。バツイチ歴のある彼女は、なにかと気を使ってくれていた。

「ご実家に帰るの?」
「あ、いえ。旅行に──」
「いいわね。現実なんか忘れてらっしゃい。でも」

 こてん、と首を傾げて係長は言う。

「そんなに急に、予約なんかとれたの?」

 私は曖昧に笑って、なんとか誤魔化した。

(たしかに、こんなに急に旅行の予約なんか取れるものかなぁ)

 けれど謙一さんはまったく気にしていないし、ていうかどこに行くかも教えてくれない。旅費もいらないと断られた。申し訳ないけれど、別の形でお返しするしかないだろう。
 しかし本当に、どこに行くんだろうか……。

 翌日、起きるとまず連れてこられたのは某有名百貨店。クリスマス一色のその入り口で、謙一さんは私の手を握って楽しげに言う。

「とりあえず、ブーツとコートを買おう。寒いから」
「寒い……?」
「あとはドレス」
「ドレス!?」

 訝しんだ顔をしてる自信がある。寒いところに行く? 北海道とか? ていうかドレスはなんのために?
 デパートに入るやいなや、コンシェルジュさんが出てきて対応してくれた。深々と下げられる頭。
 戸惑っているうちに貴賓室みたいなところに通されて、されるがままに採寸。

(……いつもこんな買い物をしているの……!?)

 コンシェルジュさんが複数の店舗から、ドレスにハイヒール、コート、ブーツを持ってきてくれた。
 謙一さんは「これも似合う」「あっちも似合う」と口出ししすぎてコンシェルジュさんに呆れられていた。
 ……いや、本当に似合うかどうかは不明なんですけれど。
 ストッキングやドレス用の肌着なんかも、おすすめされるがままに選ぶ。

(……な、なるようになれ~)

 もはや俎板の上の鯉だ。
 訳がわからないなりに、今更抵抗しても無駄だということくらいは分かる。
 デパートの中華屋さん(……なんて言っていいんだろうか、お高そうな中華ブッフェでした)でランチをして、そのまま駅へ。大荷物だしで、さすがにタクシーを使った。

「……新幹線だったりです?」
「ちょっと違うな」

 謙一さんはワクワクしてる雰囲気。これは電車に乗りますね。電車っていうか、列車かも?
 楽しそうな謙一さんを横目で見て、私は嬉しくなる。なんでだろう、彼が楽しそうだと私も嬉しい。
 駅の改札前に、駅員さんが立っていた。

「柳様、ようこそおいでくださいました」

 ニコニコとした初老の駅員さんの横に並んでいた、ホテルのポーターさんのような制服を着た若い男性が荷物を受け取ってくれる。
 やっぱり俎板の上の鯉な私は、お礼を言いつつこっそりと初老の駅員さんの名札を見つめる。金色の名札の、そこには。

(……駅長さん)

 駅長さんだ。駅長さんがお出迎えに……!?

「お久しぶりです」

 謙一さんは気安く駅長さんと会話している。知り合いみたいだった。

(どういう状況!?)

 何がなんだかわからないまま、駅長さんに案内されたのは地下にある「13.5番ホーム」。
 搭乗客らしいひとたちが、数組すでにホームで待っていた。それぞれ、ポーターさんが荷物を持って近くにいる。

「……あの、そろそろ教えていただけませんか」
「秘密だ」
「なにか特別な列車に乗ることだけは分かりました」

 謙一さんはそれには答えず、悪戯っぽく笑う。

「ここは、──専用ホームなんだ」
「専用?」

 謙一さんを見上げた、ちょうどその時。
 ぷあん、というホーンと共にライトが光る。そうして滑り込んできた、濃い緑色の車体。見たことが、あるような──って。

「……謙一さん、これ。あれですよね、なんだっけ……高級電車」
「……クルーズトレイン」

 恭しい口調で訂正された。とても大事なことだったらしい。

「それ」

 ニュース番組で見たことがある。
 たしか、一泊だけでもシーズンによって、ひゃ、100万近くはしたような……。

「え、あ、あの、いやいや、謙一さん」
「なんだ?」
「む、無理です無理、こんな高級なの乗れません……!」

 まるまる一両が、ひと部屋……だった気がする。詳しくは知らないけれど、とにかく予約が数年先まで完全に埋まってる、その高級寝台列車に、今から……の、乗る!?

「期待させて悪いが、一泊だけなんだ」
「いやいや、一泊だけでも大変なことですよ……!?」

 2人でいくらになる!? そ、想像したくない……!

(だからドレスだったんだ!)

 やっと合点がいった。
 多分、ディナーにしろなんにしろ、ドレスコードがあるんだと思う。

「付き合ってくれないか? 俺のワガママなんだ」

 な? と優しく微笑まれると、やっぱりどうにも弱い。もごもごと口ごもりながら、案内されるままに乗車して──しまうと、なんだかんだでテンションが上がってしまった。

「わ、お、お風呂! 電車なのに!」

 割と大きな檜風呂がどーん、と存在していた。繰り返すけど、これ、電車なのに!
 はしゃいで部屋を見て回る。磨き込まれた木製の家具が揃う。
 寝心地の良さそうなベッドがある寝室、真新しい畳敷きの和室、それらすべての部屋に大きな窓があった。
 同じく眺望の良い洋室には、深い緑色のソファ。間接照明も上品で、どこか瀟洒な洋館の一室といった佇まい。

「列車の旅も悪くないだろう?」

 ちょっと自慢げに謙一さんは言うけれど……。

「あの、この列車……たしか、何年か先まで予約で埋まってるんじゃ」
「実はな」

 謙一さんは目元を和らげて、よしよしと私を撫でた。なぜに。

「知人が、……まぁ有り体に言うなら鉄道好き仲間なのだけれど。彼が元々この、今日から4泊5日のクルーズを予約していたのだが、今日明日だけ都合がつかなくなったそうなんだ」
「はい」
「それで今日明日だけ乗せてもらえないか、だけワガママを……運営会社に大学の同期がいてな。もちろん俺が乗りたかったからだ」

 悪戯っぽく言う謙一さんだけれど、……なんとなくピンときた。
 普段、謙一さんはそんな横車を押すような真似はしない。仕事でも──まだあまり知らないけれど、プライベートでも、そうだ。
 私の──ため。

(こんなのは、非日常だ)

 ぐるりと辺りを見回す。
 こんな機会でもなければ、一生乗ることもなかっただろう、最高級の列車旅。
 奇しくも係長の言った通り──「現実」を忘れる、そんな旅行の始まり。
 要は……謙一さんは、私に一昨日のことを、ちょっとの間だけでも、忘れさせたいんだと思う。
 それだけ傷ついて……見えたんだと、思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...