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(理人視点)

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「おいしー!」

 茉白がにこにこ、とかき氷を食べて満足そうに微笑んだ──かと思えば、「うっ」と頭を抑えた。

「大丈夫か?」
「き、きーんときてます、きーんと」

 茉白のその顔に、俺は笑いかける。茉白は照れたように笑い返してくれた。
 目の前では、涼しげな青と透明のグラデーションの容器。たっぷりと盛られた白い氷に、艶やかな糖蜜、そうして甘く煮られたという空豆。
 その少し珍しいかき氷を食べたい、と茉白と炎天下並んだのは京町家風のカフェ。
 午後休診の七月半ば、土曜日──京都は祇園祭、宵山の熱気でムワムワしていた。

「理人くんも食べますか? あーん」

 にっこり、と茉白は朱塗りのスプーンにかき氷を人さじ、俺に向けて差し出す。
 ……あーんして、って、ええっと。
 茉白はきょとんとしている。ええい。
 ぱくりと食べた。ひやっとした、甘い氷が口内で溶けていく。空豆を噛むと、染み込んでいた甘い蜜が、とろりと氷と絡まった。

「……うまい」
「ですよね、ふふ」

 茉白が少し、楽しげに。

「高校の時とか、よく友達とスイーツこんなふうに食べてたなぁ。いろんな種類」

 懐かしげに言う茉白。……っ、この、女子校育ち……!
 ふ、と茉白が隣のテーブルを一瞬だけ見る。多分、横の女性が頼んでいた白玉付きマンゴーかき氷が気になったと思われる。

(直前まで悩んでいたもんなぁ……)

 俺の目の前には、コーヒーだけ。メニューを手に取る俺を、茉白は不思議そうに見ている。
 通りかかった店員さんに、声をかけた。

「すみません、このマンゴーかき氷、白玉付きもお願いします」

 茉白がびっくりしている。

「理人くん、あの」
「俺も食べたくなったの」
「でも」
「えい」

 茉白の鼻を摘んだ。
 茉白は、──花が咲くように笑う。
 あー、もう、なんだよ、ずるい。
 そんな風にされたら、もう俺、茉白のお願いなんでも叶えたくなってしまう……。
 ややあってテーブルに届いたそれを、茉白と半分こして食べる。
 ……三回くらい、頭がきぃん、としてしまった。

「美味しかったですー!」

 お店を出ると、梅雨明けも近い晴天。高い空は夏の日差し。浮かぶ入道雲に、目を細めた。

「あったまるな」
「ですね、冷えちゃった」

 茉白がくっついてくる。
 俺は茉白と手を絡めた。きゅっと繋いで、その指先を撫でる。
 茉白が着ているのは、ノースリーブの、アイスグリーンのロングワンピース。スカートの裾がひらりと舞う。妖精かなにかかな、可愛いな。

「でもすぐに暑くなっちゃうんですよね」
「不思議だよなぁ」
「ふふ」

 茉白は楽しそうにしていた。

「夜は出店、まわろうな」
「楽しみです」

 茉白はどこか、真剣に言う。

「お祭り、理人くんと行った以来です」
「……え」

 茉白ははたと思いついたようにはしゃいだ声を出す。

「あの、浴衣。浴衣着たいです」

 にっこー、と笑って俺を見上げる。
 はい、俺も見たいです。

「買いに行こう」

 即答すると、茉白は少しいたずらっぽく笑う。

「秘密で買ってきてもいいですか?」
「秘密?」
「なんか、あの、……お祭りって」

 茉白は目を伏せた。
 長いまつ毛が、真上からの日差しで影を作る。

「特別、な気がして」
「……茉白」
「あのっ、理人くんっ」

 茉白は意気込んだように俺を見上げた。

「今度は逃げませんから、ちゅう、してくださいっ」
「……っ」

 どきりとした。
 軽率なキスで、手放してしまった大切な人。
 もう二度と、手放したくない愛しい人が、暑さのためか羞恥のためか、頬を赤くして目を潤めて、俺を見つめている。

「もう、大人の、あの、とびきりにエッチなちゅーを」
「ストップストップ、茉白さん人前、人前」

 夏の観光真っ盛りの、京都の路上。それなりに人がいて、茉白は茹で蛸のように真っ赤。

「ぁぁぁあ」

 両手を頬に当てて、茉白は目をきゅっと閉じた。可愛い。

「……行こうか、お店の前までは送る」

 真っ赤でしおしおの茉白を、京都の繁華街、四条河原町のデパートまで連れて行く。少し若者向けのショップが多い店舗だ。
 茉白のいまの経済力では、いわゆる「百貨店」の浴衣はキツいらしい。

「プレゼントしようか」

 との提案は却下された。
 自分で選んで、俺と「お祭りデート」したいのだと茉白は笑う。

「じゃあ、ここにいるから」

 同じフロアの、休憩用ソファを指さした。
 茉白はこくりと頷いて、浴衣と水着の特設フロアの廊下を歩いていく──俺はその背中を見送りながら、水着もいいななんて不埒なことを考えていた。

「水着は俺からのプレゼントということにしようかなぁ」

 口に出してないのに、考えをそのまま音声にされてがばりと声の方向を見る。
 振り向いたそこ、背中合わせになったソファで、そいつは優雅にアイスコーヒーを飲んでいた。近くのカフェのテイクアウトらしい、少し汗をかいた透明のカップ。

「あれとかどうだい? 黒のえっぐいビキニ。あの子、色が白いからよく似合いそう」
「……っ、鍋島」

 振り向いた先で、鍋島は雅なアルカイックスマイルを浮かべる。口にほんの少し含んだストローが、男のくせにやたらと艶かしい。

「ああ、なるほど君はガーリーなほうがお好みなのかな? じゃああのレースのやつとかどう?」
「いやそうじゃなくて」

 どっ、と冷や汗が出た。
 しまった、こいつに茉白を見せてしまった。鍋島は──高校の頃と変わっていないならば、もうなんていうか、無類の女好きというか、来るもの拒まずというか、いや茉白が鍋島に靡くなんて思ってはいないけれど──!

「君、失礼なことを考えているデショ」
「……茉白に手を出すなよ」
「あっは、僕は奥さん以外の女性に欲情しないカラダに調教されちゃったから大丈夫だよ」

 左手を、これ見よがしに見せつけてくる。きらりと光る結婚指輪──。

「ちょ、調教?」
「そ」

 鍋島はその綺麗すぎる唇を、これまた優美に微笑みの形にして目を細めた。
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