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約束

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 理人くんは何度か、ゆっくりと瞬きをした。

「……? 理人くん?」

 それからじっと私を見つめて、とても丁寧な発音で私を呼んだ。

「茉白」
「はい」
「もしかして、俺の自惚れでなければ……別れてからも、ずっと、俺のこと好きでいてくれたのか」
「はい」

 小さく頷いた。
 引かれたらどうしよう、とも思うけれど──本当のこと、だから。
 理人くんが、息を飲む気配。

「ごめん」

 理人くんは辛そうな声で言う。

「ごめん、茉白。俺、茉白と離れてる間、何人かと付き合ったり、した……茉白のこと、忘れられなかったくせに、引きずってたくせに」

 テーブルの上で、ぎゅっと握りしめられる拳。

「理人くん」
「茉白にも、昔の彼女にも、俺は──なんて、」

 私は腕を伸ばして、理人くんの口を手で塞ぐ。
 理人くんは目をぱっちりとして、私を見る。
 ゆっくりと、手を離す。

「理人くん」
「……はい」
「あの。ちゃんと、別れた、んですよね?」
「もちろん……というか、毎回振られました」

 理人くんはこまったような顔で、小さく頷いた。

「もしかしたら……本気じゃないと伝わっていたのかも」

 私はぐっと黙り込む。
 色んな感情で、胸が痛い。
 私以外にも、理人くんは優しかったんだろうし、き、昨日みたいな、え、ええええっちな、……も、もっとえっちなこと、とかもしたんだと思うと、嫉妬で頭がぐるんぐるんする。
 でも同時に、ちゃんと本気で好きでいてもらってるのは世界で私だけだっていうのが、嬉しくて。

「……私。性格悪いです」
「なにが?」

 理人くんはびっくりした顔で私を見た。

「なんでも、です」
「……許してくれますか」
「え!?」

 今度は私がびっくりして、理人くんを見つめる。

「ゆ、許すもなにも……別れてたじゃないですか、私たち」

 私が単に、理人くんが好きで、忘れられなくて、引きずって、理人くんしかダメで……それだけの話で。
 でも理人くんは苦しそうな顔をしてる。

「けど」
「あ、ええと、ええと」

 私は戸惑う。
 そうだ、理人くんはとっても真面目で、真面目すぎるくらい真面目で……。
 高校の時だって「お付き合い」の時間は短かったけれど、その前の「お友達期間」は1年くらいあった。
 私がもどかしく感じてしまうくらいに、ゆっくり、ゆっくり距離を詰めてくれて。
 その間に、私の心はすっかり理人くんに絡めとられてしまってて……。

「あの」

 真面目すぎる理人くんには、少し……ペナルティというか、なにかないと却って罪悪感をずっと抱いてることになっちゃう気がする。

(それは……やだな)

 せっかく、再会できたのに。
 結婚しようとまで、言ってくれているのに……。

「あの、じゃあ、じゃあ」

 私はぱっ、と顔を上げた。

「理人くんの中に残ってる、恋心みたいなの。一生分の、恋心」
「……?」
「残り、全部私にください」

 理人くんはどこか、固唾を飲むような顔で私を見つめていた。
 それからゆっくりと首を振る。

「あの、だ、だめですか……」
「違う。……もう最初から、全部茉白にあげてたんだって今更気がついて」

 それから、理人くんは笑ってくれた。

「いいのか、俺ので」
「理人くんのが、いいですっ」

 勢いよく言う私の横に、理人くんは座った。そうして少しだけ抱きしめられる。

(わ、わ、わ、人様の前でっ)

 ……って、この席、人目はほぼないんだけれど……誰かに見られたら、ってどっどっどっ、と心臓がうるさい。
 見られたら、っていうより……抱きしめられてるから、っていうのも、大きい。
 そのとき、ぱくりと理人くんが私の耳を甘く噛んだ。

「ひゃうん!」
「茉白」

 しー、と唇に当てられる指先。
 だ、だって、だって!
 思い出すのは、昨日の……は、破廉恥、なっ!

(でも、気持ちよかった……)

 身体中が蕩けて、ぐちゃぐちゃになって……。
 きゅん、とカラダの真ん中が疼いて溶ける。
 思い出してぼうっとしてる私から、理人くんは勢いよく離れて元の席、私の向かいに戻ってしまった。

「理人くん?」
「わ、悪い茉白、そんな顔……されると」
「え、えっ!?」

 そんな顔!? どんな顔!?
 も、もしかして……。

「な、何か変な顔、してましたかっ」
「違う」

 理人くんはテーブルに肘をついて、頭を抱えてしまう。
 そうして小声で、こう言った。

「……めちゃくちゃ、エロい顔」
「えっ、えろっ、えろ!?」
「しー!」

 理人くんが私の口を塞ぐ。私は頬がかっかっと熱いまま、モゴモゴと言葉にならない何かを言って、頭を下げた。
 え、えろい顔、えろい顔ってどんなだろう……。

「そんな顔されたら、もうこの場で押し倒しそうになる……」

 私から手を離し、再び頭を抱えた理人くんが、呟くように言った。

「へっ? あ、あの、でも、その」
「しないしない。ごめん」

 理人くんが苦笑して顔を上げた。

「あの、でも、理人くん」
「なに?」
「……し、ます?」
「……え」
「コンビニで、その、こ、こここ、コンドームっ、買って、家に帰って、その」

 理人くんは「ゴムがないから」って最後までしてくれなかった。
 と、ということは、あ、あればしてくれる、んだよね!?

「え、えっち、しましょ」
「ストップ、ストップ茉白さん、ほんとに」

 理人くんは真っ赤になって、私の口をまた塞ぐ。なんだか反射的に、ぺろりとその手をなめてしまう。

「……っ、ばか茉白っ」

 ばっ、と手を離しながら理人くんに怒られる。

「あのっ、ごめんなさい」

 なんで私、なめちゃったんだろ!?
 自分で行動がわからなくて、シュンとすると頭を撫でられた。

「違う、二人の時なら──むしろ歓迎」
「そうなんですか?」
「うん、まぁ。なんていうか、その、あれです」

 言い淀んでから、理人くんは口を開く。

「愛情表現のひとつ……?」

 そういえば、理人くん、昨日、色んなところたくさん舐めてくれた。あれ、愛情表現だったんだ……。

「ふふ、わんちゃんみたい」
「……んん、まぁ、哺乳類だから……?」

 よく分からない返しをして、理人くんが首を傾げた。
 私はにっこりと笑う。

「なら、私もたくさん理人くん舐め」
「少し黙ろうか茉白さん」

 ほっぺたをウニウニされた。
 目だけで理人くんを見上げる。理人くんはとても困った顔で、でもとても熱い、何かに耐えるような──そんなため息をついたのでした。
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