カタブツ検事のセフレになったと思ったら、溺愛されておりまして

にしのムラサキ

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1巻

1-3

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「あ、あ、あ、いや……」

 恭介くんは顔を上げ、ただ翻弄ほんろうされる私の頭を撫でた。
 髪の毛をさらり、さらりと撫でるその手つきは、さっきから変わらずいつくしみ深いもの。

「莉子。下、触るぞ」

 いいよな? と私の耳元でささやかれた声はとっても熱くて、背中までゾクゾクしてしまう。
 恭介くんも興奮してるのかなって思うと、余計になんだかドキドキした。
 鼓膜に鼓動が妙にうるさく響いて、するりと脱がされていく服がれったい。
 恭介くんの綺麗な、でも節の高い男性らしい指が私に触れた。くちゅっ、と音がして、顔から火が出るかと思うほど恥ずかしい。だから声を我慢したのに、ゆっくりとし入れられると、もうだめだった。

「あ……」

 自分からこぼれた、どこかびるような上ずった声。たった一音なのに、とてつもなく恥ずかしい部分を恭介くんに知られてしまったような気分になる。
 恭介くんはじっと私を見つめ、それから深く息を吐いた。その双眸そうぼうはギラギラしていて、思わず目をみはった。お互い無言で目線を交わしたまま、彼の指が少しずつ、深く埋め込まれていく。
 ゆっくりと動くそのもどかしい指が、私の感じるところに触れた。浅い恥骨の裏側あたりを、きゅっと押し上げる。

「ぁ、や……ッ」

 腰に電流が走ったみたいに、過剰なほどに反応してしまう。ぐちゃぐちゃだったナカが更にとろけて、どろどろに溶けていく。

「ここ?」
「……ん……ッ」

 こぼれそうな声を、両手で口を押さえて必死にこらえる。どうしようもなく甘えてとろけた声だ。羞恥しゅうちしんで死にそう……!
 どうしよう私、幼馴染おさななじみあえがされてるっ……
 今更だけど、すっごい今更だけど、恭介くんとシてる!
 とってもイヤラシイことを!
 机を並べて一緒に音読とかしてた、恭介くんと! 
 給食のデザート、じゃんけんして奪い合ってたのに!

「はあ、あ」

 勝手に涙は浮かんでくるし、でも気持ちよさにあらがえなくて腰は動くし、声は出ちゃいそうだしでもうめちゃくちゃだ。

「莉子」
「ッ、ん、ふぁ……ん、ヤダっ、ダメぇっ」

 口を押さえてた両手を、恭介くんに軽々と片手で外される。

「ヤダ、……ッ声っ、漏れちゃう……ッ」
「聞きたい。聞かせて」

 そう言う彼の声は、低くかすれているのにとても甘い。子宮を鷲掴わしづかみにしてくる、官能的な声音だった。きゅうっと彼の指を締め付けてしまうと、ふ、と恭介くんが笑った。

「莉子、これ気持ちいい?」

 恭介くんの指が増やされて、ぐちゅぐちゅとナカをかき回される。

「ひゃ……ッ、きょーすけく……んっ、あっ、あ、ッ、や……んっ」

 甘くあえいでしまう箇所をこすりながら、攪拌かくはんしてくる彼の指。触れられるところ全ての神経がき出しになったかのような快感だった。私のナカはうねりながらよろこび、とろとろにとろけてみだらな水をあふれさせる。

「っ、は……可愛い声」

 薄く笑った恭介くんを見て、私は息を呑む。
 こんな表情、初めてだったから――男の人の顔をしていたから。
 ぐちゅぐちゅとかき回されるたびに、ぞくり、と腰骨から背中にかけて快楽が電流のように駆け上がる。

「んぁ、あ、あ、あ、きょーすけ、きょーすけくんっ」

 あまりの快楽に、舌がうまく回らない。

「ダメ、だ……めっ、イく、っ、ヤダ、ヤダぁ……っ」

 私は声もイくのも我慢できなくて、派手にあえぎながら、ぽろぽろと涙をこぼして恭介くんの指を切なく食いしめた。肉厚な粘膜が悦楽に震え、きゅうきゅう、と収縮しているのが分かる。

「……指、食いちぎられそう」

 恭介くんは、あの笑顔で言った。――男の人の、かお

「んっ、はぁっ、ごめん……」
「なんで謝るのか分からない」

 ちゅ、と涙を唇で吸われた。

「俺がそうさせているのに。感じてくれて、すごく嬉しい」
「……ん、っ」

 恭介くんは少し身体を離して、着ていたスウェットをさっと脱ぐ。
 思わず見つめてしまうほど、男らしい身体。
 腰のラインがすごく綺麗で、ちゃんと筋肉もあるのに……いや、あるからこそ引き締まってる? どうなんだろう……

「……莉子。見つめすぎ」
「わ、わ、ご、ごめん」

 謝りながら、照れてしまっている恭介くんから目を逸らす。私も妙に照れてしまって、頬に熱が集まる。
 恭介くんはさっきここに来る途中、コンビニで買ったコンドームの箱を開けた。
 それをつけている恭介くんのを、またもや私は凝視して黙り込む。……入るよね?
 ……え、大丈夫? 私死なない?

「どうした?」
「いいえぇ……」

 私はもごもご言いながら覚悟を決める。うん、女は度胸だ。なんでもチャレンジだ。

「ばっちこい!」
「なんだそれ」

 恭介くんは噴き出し、私をじっと見つめた。

「なあに」
「莉子。俺は」

 さらりさらり、と私の髪を撫でながら彼は続ける。

「中途半端な覚悟で、君を抱くわけじゃない」
「……覚悟?」

 ぽかんとしてしまう私に、恭介くんは苦笑してみせる。

「分からないなら、いい。……分からないで、いい。ただ」

 恭介くんは私の唇に、甘噛みするようにキスをひとつ落とした。

「俺に抱かれていればいい」
「……っ、ふぁ、……んッ!」

 ずぶり、と挿入はいってきた彼の熱の圧に、私はくぐもった甘い声を上げた。無理、おっきすぎる、入んない……っ。

「んぁ……っ、おっき、……ぃ、ヤダ、無理……っ」
「入るから。……力、抜いて。莉子」

 なだめるように優しくキスをされ、私はほうと息を吐いた。

「いい子」

 恭介くんがそう言って私の頭を撫でてくれた。肋骨の奥で、鼓動が切なくきゅんと跳ねる。
 何これ?
 でもそんなふうにきゅんとしたのがよかったのか、私のナカはぐちゅりとぬるついた水音を立てて、彼のものを最奥までみっちりとくわえ込んだ。

「ほら、……入った」
「……う、んっ」
「きつい?」
「大丈、夫」
「ゆっくりするから……というか」

 恭介くんは静かに息を吐く。

「こんなに気持ちがいいと、動いたらすぐ俺、イってしまいそうで……久しぶり、だから」
「え、ぁ……っ」

 恭介くんすごくイケメンなのに久しぶりなんだ~、だなんて少しズレたことを考えてしまった瞬間、恭介くんが動き出す。抜ける寸前まで腰を引いたかと思えば、ずぶりと肉襞を引っ搔いて奥までつらぬく。その動きはもどかしいほどゆっくりで、それがかえって彼のたかぶりの熱や形を伝えてきた。
 まるで、教え込むみたいに……
 ナカはきゅんきゅんとうねり、彼をよろこんで締め付けた。

「ん、あっ」
「莉子、すげーやらしい顔してる。可愛い……」

 恭介くんがぼそっとつぶやいた。
 彼から発されたとは到底思えない、糖度の高い声だ。その言葉の意味を考える間もなく、私のとろけた肉襞がうごめいて彼に吸い付いた。

「……っ、莉子」

 はあっ、と恭介くんが荒く息を吐く。

「ずるい、ずるすぎる……くそ、無理だ、可愛すぎる……っ」

 かすれた声が降ってきたかと思うと、一気に抽送が激しくなる。ひどく濡れたみだらな水音を伴い、さっきまでただの幼馴染おさななじみだった彼の硬くなった熱が、ずるずると私の身体の中を動いている。
 恥ずかしすぎてそんな音聞きたくないのに、鼓膜を震わせるたびに興奮して、ドキドキして、気持ちがよくて仕方ない。

「……んっ、ふぁ……ッ」

 恭介くんが私の腰を持ち、深くグラインドするように最奥を突き上げてくる。
 声も上げられないほど深くつらぬかれ、私は酸欠の金魚みたいに口を開き、あっさりと達してしまう。

「あ、……ぁ」
「莉子、イった?」

 恭介くんがやけに優しい声色で言った。おずおずと頷く私に、彼はいっそうとろけた表情を向けてくる。

「よかった。ここ強くされるの、好きなんだな」

 もっとしようか、と彼はさっきと同じように動き出す。
 その姿があまりにも綺麗に見えて、私は思わず名前を呼んだ。

「恭介、くん……」
「どうした?」

 痛かったか、と心配そうにしている恭介くんの腰に、私はつつ、と指を滑らせた。

「……っ、莉子?」
「きれーだなって、……腰」

 女の人の腰のラインとは、全然違う。
 きっちりとした筋肉に保持されたその腰に、私はもう一度触れ――るはずが、唐突に与えられた快楽に、あられもない声を上げた。
 恭介くんが、さっきよりもいっそう強く腰を打ち付けてきたのだ!

「あ、あ、あ……っ」

 再び達してしまった私のナカは、きゅんきゅんと恭介くんをくわえ込んでとろけてうねる。

「……っそんな、ことをするからっ」

 は、と荒い息を吐き出して、恭介くんは更に腰の抽送を強めた。

「ダメ、ダメ、ダメぇっ、恭介、く……っ!」
「……ッ、悪い莉子、一度イく」

 部屋に響き渡るみだらな水音と、ぎしぎしときしむベッド。

「……は、ぁ……ッ、イく……んっ」
「莉子、莉子……っ」

 噛み付かれるようにキスをされて、ぐちゃぐちゃに口内をかき回される。
 あえぎたいのに、うまく息ができなくて……酸欠なのか、頭がくらくらした。
 そんな状態のまま、与えられた快楽に私はほとんど無抵抗に、イく。
 狂おしく締め付けるそのナカで、薄い被膜越しにびくんびくんと恭介くんのが脈打ったのが、飛びかけている意識でも分かった。
 よかった、恭介くん、私でイってくれたんだ……
 私はとろんとしたまま、そんなことを考えて――
 そのままとろんと、眠ってしまったのでした。



   二章(side恭介)


 だって、君がそんなふうに色んな人に玩具みたいに抱かれるくらいなら。
 俺が抱いたほうがいいと思った。
 少なくとも、俺は君が好きだから――君を傷つけたりは、しないはずだから。

「というわけでして」
「いや、月曜朝イチにそんな濃い話をされても……要はずっと好きだった初恋の女性とお付き合いすることになったんだよな? おめでとう」
「いや付き合ってはないです」

 俺は首を横に振る。
 残念ながら、……そう残念ながら、決して莉子が彼女になってくれたわけではない。
 莉子と過ごした濃厚すぎる土日はあっという間に過ぎ去り、やってきたどこか気だるい月曜日の朝。
 地下鉄の駅から検察庁が入る合同庁舎への道中、たまたま一緒になった先輩にそんな話をした。
 ひとりで抱えるには、切なくて苦しくて、嬉しすぎたから。

「でも、昨日も一日中一緒にいたんだろ? それ、お前付き合ってるよ」
「しましたけど、付き合ってはないです。竹下たけしたさんにはないんですか、そんな経験は」
「ないなあ。若いヤツの考えが分からん」

 竹下さんは首を傾げた。
 だから、俺はかいつまんで……莉子のプライベートには触れないようにしながら、事情を話す。

「ふーん? よく分からんけど、とにかく彼女のほうは恋愛はしたくない、と」
「そうです。ですので、そういった交際とはまた別のものに当たるかと」
「そんなもんかね。え、つうか……まさかお前、十七年も初恋引きずってたの?」

 軽く引いた顔をされてしまった。俺は苦笑して肩をすくめる。

「いや、うっすらと好きというか、そんな感じだったんです」

 どんなふうな大人になっているかな、と時々思い返すくらいの、甘酸っぱい思い出の中にいる初恋の女の子だった。

「分からんでもないけど……ポエミーだね、お前。無表情なくせに」
「……失礼な」
「恋愛とかしてなかったの? 今回が脱童貞なの?」
「いえ、それは……してましたけど」

 俺はさらっと過去の恋愛話をする。
 あまりいい思い出ではない。普通に恋して、付き合って……いるつもりだった。少なくとも俺は。だけど、独りよがりの恋愛ごっこに過ぎなかったのだろう。だから最終的には、いつも振られた。

『誰か他に、好きな人いるよね?』

 そんなふうに振る舞っていたつもりはなかった。大切にしていたつもりだった。
 けれど、交際するほど近しい距離にいると何かしら勘付くものがあるらしい。
 好きな人?
 ……思いつくのは、莉子だけだった。

『ねえ初恋引きずりすぎ。ぶっちゃけ、気持ち悪いよ?』
『多分、恭介はね、その子に理想を押し付けてるだけ。もう何年も会ってないから、どんどんその子に理想が重なっていって、理想の女の子を自分の頭の中で作ってるんだよ』

 ぐうの音も出なかった。

「で、実際のとこ、その子は理想の女性に成長してたわけ?」
「全然」

 俺は端的に答えた。
「俺の理想の莉子」は酔っ払って知らない男に拉致されそうになっていないし、彼氏にフラれたからといって男遊びをしようなんて決意はしない。

「けど、そんな理想を打ち破るほどに、彼女はそのままでした」
「なんだそりゃ」
「今現在の彼女に、惚れ直したってだけです」

 惚れ直した、……は何か違うな。
 惚れた。
 単純に、今の彼女に、鮮烈なほどに恋をした。

「フォーリンラブです」
「顔に似合わない言葉を吐くんじゃないよ」
「だから、今苦しいんです。すごく」
「苦しい?」
「今後、業務に支障をきたす可能性があります。ので、ご相談しております」
「……話が遠回りだったけど、なるほど。相変わらず生真面目だね、お前。もう少し気楽に生きたら」

 竹下さんは首を傾げた。

「で、要は好きな子がいるけど落とし方が分からない?」
「それとはまた違う気も……彼女には恋愛するつもりがないので」
「そのつもりにさせたらいいんじゃね?」

 俺は立ち止まる。ぽかん、と竹下さんを見つめていると、ふわりと春の風が吹いていく。

「今、お前は彼女を独占できる立場にあるわけだ」
「はい」
「ならそれ利用して、自分に惚れさせてやれよ」
「できるなら相談してません」
「できるできないじゃねーよ、やれっつってんの。つか、脈あるって。絶対」

 再び歩き出しながら、俺は小さな声で聞いた。

「……あります?」
「ある。その子なんだかんだ言って、好きじゃなきゃセックスできないタイプの子だよ」
「……そうでしょうか」

 莉子が「男遊び」を決意したのは、今となれば自傷の一種に近かったように思う。
 今更ながらに気が付いた。俺は彼女を傷つけたくなくて抱いたつもりで、実際は傷つけたかったのだ。もし彼女に消えない痕を残せるのなら、それは俺がよかったんだ。
 付き合ってすらいないのに、信じられない独占欲だ。自分で自分に呆れてしまう。

「今、その子、恋愛怖いんじゃねーかな」

 竹下さんが目を細め、つぶやくように言った。

「怖い?」
「多分だけどな。だから、まぁ少ーしずつ距離詰めて、気が付いたらバージンロード歩いてましたみたいな展開に持ってったら?」

 まぁバージンじゃないんだけどさ、と彼は言い添えた。余計なお世話だ。

「……できますかね」
「それはお前の努力次第」

 やがて庁舎が見えてくる。耐震補強の鉄骨がついた、茶色く古い建物だ。

せばる、か」
らぬは人のさぬなりけり、だからな。ま、頑張れよ」

 ぽん、と背中を叩いて、竹下さんはさっさと庁舎に入っていく。
 ふう、と軽く深呼吸すれば、暖かい春の風が肺に入り込んできた。

「……ヨシ」

 気合を入れた。どうせ十七年引きずりまくっていたんだ。ここで莉子を逃せば、多分一生、引きずる。死ぬ間際、莉子に会いたくて苦しくて後悔しながら死んでいく自信がある。
 なら、後悔なんかしないように。
 もう、あのときの……小学校を転校したときのような思いはしたくない。
 だから、絶対に莉子を落としてみせる。

「……できるかな」

 決意と裏腹、気弱な独り言は、春の風に散っていった。


 さわやかな風が、古都の街を吹き抜けていく。

「あ、見て、恭介くん。あれ、京都タワー」
「思ったよりも見晴らしがいいな」

 翌週の週末。莉子を誘ってやってきたのは、京都といえば定番だろう清水寺きよみずでらだった。幸いなことに、京都にはデートスポットが山ほどある。惚れてもらうならまずはデートを重ねるべきだろうと考えた結果、とりあえずはメジャーどころから押さえていくことにした。

「そういえば、恭介くんってずっと京都なの? 転校先は仙台じゃなかった?」
「……覚えていたのか」

 俺は軽く眉を上げた。再会したとき、莉子はすっかり俺のことを忘れていたように見えたし、実際俺がいなくても元気にやっていたのだろうから……と、これは少しこじらせすぎか。

「やだな。ちゃんと恭介くんのこと覚えてるよ? 幼稚園からの付き合いだったし」
「俺も覚えてる。莉子が水路に落ちたこととか」

 そう言うと、可愛らしく莉子が首をひねる。俺は唇をゆるめながら、そっと彼女の耳元に唇を寄せた。

「ぱんつ丸出しで」

 莉子が顔を真っ赤にして俺をにらむ。思わず肩を揺らした。可愛すぎて死ぬ……!

「あ、あれは恭介くんの帽子を取ってあげようと……っ! 当時は私のほうが大きかったからっ。ていうか小二の出来事!」
「俺、小さかったからな」

 実は当時、結構悩んでいた。だが、中学から身長がめきめき伸びたのだ。

「私、すべり台から飛び降りて怪我したこともあったね」

 俺は苦笑する。莉子を抱き留めるつもりが、思い切りこけたのだが、なぜか俺は無傷で、莉子だけ膝をりむいた。

「それにしても、本当に背が伸びたねぇ。どれくらい大きくなったの」

 莉子が感慨深そうに聞いてくる。

「最近の健康診断で、百七十九・五」
「えー、大きくなっちゃって」
「どの立場だ」

 思わず苦笑した俺を覗き込み、莉子は柔らかな声音で告げる。

のことも、ちゃんと覚えてるよ」
「あの日?」
「恭介くん、覚えてない? “どこでもないどこか”、一緒に探しに行ったでしょ」

 胸によみがえったのは、当時の切なく甘い記憶だった。

「覚えてる。ちゃんと」

 声がかすれる。覚えている。忘れるものか。鮮烈で強烈で、何重もの意味で甘かった逃避行。

「ま、私ってば最近まで忘れてたんだけどね」

 莉子がかすかにはにかんで笑う。どうしようもなく彼女を抱きしめたい衝動にかられながら、俺は笑顔を作り口を開いた。

「なんだ、やっぱり忘れてたのか」
「だって、思い出さないようにしてたんだよ」

 莉子は軽く息を吸い込み、俺を見上げて訴えるように言う。

「……悲しくて、辛かったから。恭介くんに、もう会えないって思うのが」

 ざあ、と風が新緑を揺らしていく。

「莉子」

 俺は今、どんな顔をしているのだろう? かすかな震えが、彼女に伝わってやしないだろうか。

「寂しかったか?」

 そう聞けば、即座に莉子は頷いた。

「寂しかったよ」
「うん。……ごめん。ずっと謝りたかった」
「何が? どうして」

 莉子が不思議そうな顔をする。俺はふっと笑って「連れ回してしまったから」と目を細めた。莉子は、はっと弾かれたように俺を見つめる。

「そんなことない! 楽しかったの。……あの、また行こうね」
「長野に?」
「じゃ、なくても……“どこでもないどこか”」
「莉子」

 思わず名前を呼んだ。あまりにも切なそうに、彼女が笑うから。

「恭介くん」

 莉子の声は、いつだって福音ふくいんのようにすら聞こえる。


 帰りの車中で、こらえ切れずにむさぼるようにキスをした。

「ん、ふ、ぁ」

 莉子の甘すぎる吐息。頭の奥がくらくらして、どうしても彼女が欲しくて欲しくて仕方なくなる。俺はどんなときも冷静だと思っていたのに、莉子を目の前にするとあらゆる情動が止められない。

「莉子、今日……うち、泊まる?」

 キスの合間にそう聞くと、莉子はうるんだ瞳で頷いた。
 帰宅するなり、玄関先でドアに彼女を押し付けて唇を奪う。
 腰骨を撫で、カットソーを押し上げてブラジャー越しにやわやわと乳房を揉む。

「ん、ぁ……」

 とたんに莉子の声が甘く上ずる。ゾクゾクとした興奮で腰がうずく。何も知らないで俺に身を任せる莉子がかわいそうで不憫ふびんで、愛おしい。このまま俺のものにしたい。身勝手に振る舞って前後不覚になるくらいにとろけさせて、責任取るからはらんでほしい。

「きょ、すけ……くん……?」

 莉子が浅く呼吸をしながら俺を見つめる。


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