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1巻

1-2

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 気楽に答える私を、拍子抜けしたように恭介くんは見る。

「本当に、いいのか」
「いーよいーよ。でもどこまで逃げるの?」
「……どこでもないどこか、かな」
「ふーん」

 顔に似合わずポエミーなんだよね、恭介くんは。


 そうしてやってきた、土曜日の朝。身の回りのものだけ持って、私と恭介くんはバスターミナルを歩いていた。お互いの手をしっかりと握って。

「手持ちのお金、ふたり合わせても一万円だから」
「うん」

 ほとんど恭介くんのお金だったけれど。お小遣いを毎月使い切る私に、手持ちはほぼなかったのです……

「電車だとそこまで遠くは行けない。でも、バスなら――」

 そう言う恭介くんと手と手を取って乗り込んだのは、長野行きの高速バスだった。乗り込むときに、こっそり聞く。

「子供だけで、止められないかな?」
「堂々としてれば大丈夫」

 言われた通り、顔を上げて胸を張って乗り込んだ。運転手さんは、ちらりと私たちを見ただけで何も言わなかった。

「莉子、こっちの席」

 恭介くんに手を引かれて、バスの座席に座る。ふう、とひとつ深呼吸をした。

「しっかりしてる弟さんだね」

 近くの席のおばさんに、そう言われる。そうか、身長差もあるし、姉と弟に見えているのか。
 誤魔化すようにえへへと笑う私と、ふい、と窓の外を見る恭介くんと。

「……恭介くん?」

 恭介くんは、なんだか悔しそうだった。幼く見られたからかな?
 そのうちにバスは出発して、私は寝たり起きたりを繰り返して、何度かサービスエリアでも休憩した。高速バスなんて初めてですごく楽しかったし、何より久しぶりに恭介くんと手をつないでいられることが嬉しくてたまらなかった。
 恭介くんとなら、何も怖くなかった。
 長野駅に着いてバスから降りると、私は恭介くんを見る。

「どこ行こう?」
「次は電車かな」

 私たちはまた手をしっかり握り合って、路線図を見上げ適当に電車に乗る。
 そんなことを繰り返してるうちに、とっぷりと陽が暮れてきてしまった。
 私と恭介くんは、知らない街を歩き続ける。

「暗くなってきちゃったねー。どうしよ? 野宿?」

 無邪気に聞いた私を、恭介くんはちらりと見てから「近くに神社があるみたいなんだ」と答えた。

「駅の観光案内に書いてあった。多分、大きな神社ではないから、人ももういないと思う」
「忍び込むの?」

 私はちょっとウキウキして答えた。なんか、探検みたい!
 笑顔の私を見て、恭介くんは少し目をみはる。それから頷いた。

「そ、忍び込む」
「わるーい……っと、嘘!」

 ぽつりぽつり、と雨が降ってきた。

「さ、さっきまで晴れてたのに!」
「急ごう!」

 私たちはぎゅうっと手をつないだまま、走って、走って、その神社に辿り着く。
 古びた小さな神社の本殿に、私たちはこっそりと入った。恭介くんがぱちりと懐中電灯をける。

「おじゃましまーす……」

 古いけれど掃除の行き届いたその神社は、なかなかに居心地が良さそうだった。
 強くなった雨の、屋根に打ち付ける音が本殿内に響く。

「莉子、大丈夫か」
「何が?」
「びしょびしょで、……服」
「ああ」

 私は自分を見下ろす。このままだと風邪ひいちゃうね。恭介くんもおんなじだ。

「俺あっち向いてるから、着替えよう」
「うん」

 お互い反対を向いて、服を着替えようとして……私はつぶやく。

「どうしよう、着替え、濡れちゃってた……」

 雨がカバンに入り込んでいたのだろう、なんだかしっとりしてしまっていた。べしょべしょじゃないだけマシかな? と悩んでいると、ぱさりと乾いた何かが飛んできた。

「わぁ」
「俺の、濡れてないから。それ予備の」
「いいの?」

 乾いた長袖のTシャツとジャージ。嬉しいけど、入るかな? って少し考えちゃったのは、私のほうがよほど背が高かったから。
 幸いにもギリギリ入って、人心地つく。

「ありがと。さっぱりした」
「うん。……あっ!」

 こっちを向いた恭介くんが、真っ赤になって反対を向いた。とんでもない勢いだった。
 私は首を傾げて――さすがに気が付く。小さめの恭介くんの服だと、幼いふくらみかけの胸がものすごく強調されてしまっていた。

「……わあ!」

 慌ててばっと三角座りをして、苦笑いを浮かべる。

「ご、ごめんね。これでもう見えないよ」
「……っ、うん」

 恭介くんは少し戸惑いながら、私の横に来て座った。お互いの体温を分け合うみたいに、寄り添ってくっつく。
 その体温が、雨で冷えた身体にあったかい。

「……今頃、莉子の親御さん心配してるな」
「オヤゴさん? 親のこと? 大丈夫、書き置きしてきた」
「書き置き?」
「恭介くんと“どこでもないどこか”まで逃げますって」

 恭介くんが噴き出した。

「ポエミー」
「最初に言ったの、恭介くんだよ!」

 唇を尖らせて怒ると、恭介くんは「ごめん」って笑った。
 そのまま本堂の壁に寄りかかる。普段だったらとても眠れる環境じゃなかったと思うけれど、長距離の旅に疲れていたのか、あっという間に眠りに落ちていた。


 ふ、と目が覚めると身体が熱くて、痛くて、苦しかった。

「……莉子?」

 少し焦ったような、恭介くんの声。

「……あれ? ここどこ?」

 出した声は変にかすれていた。フワフワした頭で考える。……あ、そっか、ここ、“どこでもないどこか”だ。
 懐中電灯のあかりで、薄暗い神社の中の様子が見えた。
 私たちはふたりでくっついて、座ったまま眠っていた。

「きついか?」
「んー……ごめんね? 起こして」
「いいんだ。……莉子、熱、が」

 私のひたいに、恭介くんの小さい手が触れた。その冷たさが心地よい。

「……帰ろう」

 恭介くんが唇を噛み、言った。

「なん、で?」
「こんな状態の莉子を連れていけない。駅前に交番があったから、あそこから親に連絡してもらおう。病院にも行こう」

 恭介くんは立ち上がる。
 まだ、外は暗い。でも雨はすっかり止んだようだった。

「すぐに行ってくるから」
「……っ、待ってっ!」

 私は恭介くんの手を握る。

「やだ、置いてかないで、こんな暗いところに」
「莉子」
「こわいよ」

 熱で気弱になっていた、ってこともある。それに……なんだかどうしても、恭介くんと離れたくなかった。暗がりの中で、恭介くんが頷く。

「分かった」

 そう言って恭介くんが「莉子をおんぶする」なんて言い出したから、私は慌てて首を横に振る。

「そ、それは無理じゃない? 恭介くん、潰れちゃうよ」
「潰れない。……俺、男だから」
「関係ないよ。私のほうが大きいし」
「それこそ関係ない。ほら、置いてくぞ」
「……っ、うん」

 私は恭介くんの背中におぶさる。ふらつく恭介くんと、熱でふうふう言ってる私。
 恭介くんの小さな背中はとってもあったかくて、居心地が良くって、私はとろりと眠りに落ちた。


 気が付いたら病院だった。輸液ポンプと、揺れる点滴のくだがやけにまぶしく見える。
 お母さんとお父さんが私を覗き込み、ほっとした顔をした。お母さんの目は真っ赤だった。急激に申し訳なさが襲ってきて、泣きながら「ごめんなさい」を繰り返す。
 怒られると思い身を縮めたけれど、抱きしめられるばかりでまったく怒られなかった。

「恭介くんは?」

 しゃくり上げながら聞く。

「元気だよ。今は寝ててね」

 お母さんのその言葉に安心して眠る。
 翌朝には退院して、お父さんの車で家に帰った。まだ熱がある私はまた眠って……熱が下がった頃、恭介くんがもう転校してしまったことを知る。
 ポロポロ泣いてる私の頭を、お母さんはずうっと撫でていてくれた。


   ◇◇◇


「どうした、莉子。……やめておくか?」

 低くなった、今現在の恭介くんの声にはっと目を上げる。
 どうしてだろう、すっかり忘れていた、私と恭介くんの“どこでもないどこか”を探す旅。
 私を見つめるまなざしは、あのときと変わらない。
 その瞳を見つめているうちに、気が付けば微笑みを浮かべて小さく、けれどしっかりと頷いていた。

「ん、よろしく……お願いします」

 恭介くんが目を細めた。どこか安心したような表情に見えて、なぜだろうと不思議に思う。恭介くんはその顔のまま「ただ」と口を開く。

「ひとつ約束してほしい」

 恭介くんはそう言って大きく息を吸ったあと、じっと私を見つめた。

「俺とそういう関係でいる間は、他の異性との性的な接触はげんつつしんでもらいたい」
「げ、げんつつしんでまいります……」

 勢いに押されるように返事をすると、恭介くんは頷いた。それから腕時計を確認して「帰るか」と小さく言う。

「また食事にでも行こう。相変わらずハンバーグが好きなのか?」
「ハンバーグ……? 恭介くんの中の私、一体何歳なの?」

 自分だってまだ十歳の恭介くんを引きずっているくせに、棚に上げてそんなことを言うと、恭介くんはきょとんとしたあと、「ふはっ」と噴き出して目を細めた。

「悪い。で、どうなんだ?」
「……まあ、まだ好きだけど」

 大好きだけど、ハンバーグ。
 そう答えると、恭介くんは肩を揺らして笑った。ああ、笑い方は昔の恭介くんのままだ。その事実が、泣きたいほどに嬉しかった。
 なんでだろう。抱かれたいって思ったり、ささいなことが嬉しかったり、一体どうしちゃったんだろう、私。

「職場の近くにうまい店があるんだ。今度連れていく」
「ありがと……っていうか、帰るの?」
「ん? ああ、もちろん送っていく。家、どのあたりだ?」
「そうじゃなくて……明日も仕事? そういえば土曜日なのにスーツだね、恭介くん」
「いや、明日は休みだ。今日はこのあたりでちょっと仕事が……」

 恭介くんはいぶかしげな顔をして眉を上げた。

「まさか、莉子」
「え、やだ? さっきのセフレ云々うんぬんの話、嘘?」
「っバカな、本気だ」

 恭介くんはやけに焦った顔で身を乗り出してくる。私はにっこりと微笑んだ。本当は緊張で手の先がちょっと冷たくなっていたけれど、でも余裕っぽく表情を作って。

「なら、エッチしよ? 恭介くん」

 恭介くんはしばらく呆然としたあと、ぐっと眉を寄せた。
 何か決意でもしたような、そんな表情だった。


「恭介くんって検事さんなの? それってアレだよね、逮捕された人を起訴するお仕事」
「まぁおおむね、その認識で問題ない。捜査権や逮捕権があったりもするが」
「昔から正義感強かったもんねー」
「そうかな」

 不思議そうに言う恭介くんに、私は笑う。この人はナチュラルに、そういう人だった。昔から。

「ほら、クラスでいじめがあったとき。私の友達がいじめられてたでしょ? あれ、助けてくれた」
「……俺は、莉子のほうがカッコいいと、そう思って見ていた」

 きょとん、と私は恭介くんを見上げた。カッコいい?

「莉子は彼女を裏切ろうと思えば裏切れた。いじめる側に回れば、莉子も嫌な思いはしなかっただろう?」
「え、それ嫌な思いするじゃん。友達いじめるほうが嫌な気持ちになるんじゃない? ヤダ。そんなのしんどい」

 私が反論すると、恭介くんは少し目をみはって、それから頷いた。

「……その通りだ」
「でっしょー?」

 あはは、と笑うと恭介くんが少し目を細める。なんだかそれがやけに照れてしまって目線を外す。さっきからこんな感じ。

「へへ……」

 そして照れ笑いする私を、恭介くんは生真面目な顔でじっと見つめてくる。それが余計に気恥ずかしくて……!
 どうしてこんな雰囲気になってしまっているかというと、ここが恭介くんのベッドの上だからだ。寝心地のよさそうなマットの上で、お互いなぜか正座で向き合っているという、謎の状況ができ上がっていた。
 恭介くんはバーで何度か『本当にいいのか』とか『後悔しないな?』なんて意思確認をしたあと、私の手を引いて自分のマンションまで連れ帰ってくれた。
 単身用っぽいそのマンションは綺麗に片付いてて、……というか超絶シンプルだった。最低限の家具家電と、大量の本が詰まった本棚。目立つのはそれくらい。
 驚いたと同時に、あまりにも恭介くんらしくて笑ってしまった。小学校のときも、ランドセルも机の中も整理整頓されていたから。
 そんな恭介くんの家でシャワーを借りて、恭介くんのスウェットも借りた。すごくぶかぶかで、改めて恭介くんは大きくなったのだと、大人の男の人なのだと感じて、少しドキドキしてしまった。

『り、莉子!? なんでベッドに』

 恭介くんがシャワー浴びて戻ってきて、開口一番にそう叫ぶ。まだ髪の毛もちゃんとは乾かし終わってないようだった。

『ち、違うの? ヤるんじゃないの?』
『ヤるだなんて、そんな直接的な言葉』

 恭介くんがぐっと眉を寄せた。さっき飲み屋さん街でも見て、それから小さな頃も何度も見たことのある表情はアレです――そう、説教モードだ。

『で、でも恭介くん。他になんて言えばいいの。エッチ? セックス?』

 恭介くんは難しい顔をしてベッドに乗ってくる。ドキッとして身を硬くしたけれど、かといって押し倒してくる雰囲気ではなかった。そんなわけで正座で向かい合っていたところ、恭介くんがふと『とりあえず俺は怪しい者じゃない』とか変なことを言い出した。

『ん? 知ってるよ。宗像恭介くん』
『いやそうではなくて……十七年ぶりなんだぞ、少しは警戒してほしい。そのうち壺とか買わされるぞ』
『えっ、なんで私が壺買わされたこと知ってるの?』
『……!』

 めちゃくちゃ驚いた顔をされた。そんなに驚愕しなくたって!

『冗談冗談。さすがにないよ』
『……あり得そうで怖い』

 連れ込んでおいてなんだが、と恭介くんはベッド脇に置いてあったかばんから名刺入れを取り出す。
 そうして受け取った名刺には「京都地方検察庁検事 宗像恭介」の文字。

『えーっ、超お堅い仕事してるね』

 イメージ通り、ぴったり。ふふ、と笑いながら、彼のお父さんが弁護士さんなのも今のお仕事に関係あるのかなあ、なんて思ってしまう。
 そこから『それってアレだよね、逮捕された人を起訴するお仕事』につながる。

「恭介くん、誘っておいてなんだけど……私たち、エッチな雰囲気になれないんじゃ」

 空気感がいたたまれなくて、私は眉を下げて言ってみた。
 確かに恭介くんに抱かれたいと思った。思ったけれど、それは私だけのことだったんじゃ……実際に恭介くん、指一本すら触れてこないし。

「あの、無理そうなら……」
「そんなこと言ったか?」

 恭介くんはそうつぶやき、私の手の甲に口付けた。触れられたところがひどく熱く感じて……ぶわり、とその熱が頬まで来てしまった。
 わ、私多分、今とんでもなく顔が真っ赤なんじゃないだろうか。

「ひと言でも言ったか? 俺がお前を抱きたくないって」

 私は耳たぶまで熱に支配されながら、ぶんぶんと首を横に振った。恭介くんはそんな私を見てフッと頬をゆるめる。

「……可愛い」

 恭介くんのかすれた低い声に耳を疑う。可愛い? 私が……っ?
 ドキドキしすぎて固まった私の頬を、彼はゆっくりと撫でた。それはいつくしむような触れ方で、次は私をぎゅっと抱きしめてきた。
 大切なものみたいに。宝物みたいに。
 そんなふうに抱きしめられドキドキで心臓が爆発しそうになったまま、私は考える。セフレってこんな感じなの? こんなに丁寧な触れ方をしてもらえるもの? 蓮からだって、こんなに繊細に触れられたことはない。
 やっぱり恭介くん、すごく優しそう。遊び慣れている……とは、彼の性格からしてあまり思えないのに。ただ恋人はひっきりなしにいただろうし、それなりに色々経験してきたに違いない。
 そう考えたとき、胸の奥で何かがチリッとひりついた。何、これ?
 私が彼の腕の中で首をひねっている一方、当の恭介くんは私を抱きしめたまま動かない。

「……恭介くん?」

 声をかけると、彼は「ふう」とひとつ大きく息を吐いて、それから私を覗き込む。

「莉子。キスしても構わないか?」

 いちいちそんなことを聞いてくる恭介くんの唇に、私はちゅうと唇を重ねた。
 恭介くんは驚いたように固まったあと、私の後頭部をその大きな手で支えるようにしながら、食べてしまうみたいに深くキスをしてくる。
 誘い出される舌と、蹂躙じゅうりんされる口内と、恭介くんの熱い手と。
 恭介くんの舌って、結構分厚いんだ……とろけそうになる思考の中で、ぼんやりとそんなことを考えた。大人になってからしか、分からないこともある。

「ん、ふっ」

 息ともあえぎともつかない声がこぼれた。ちゅくちゅくと舌がり合わされ、からめとられ、甘く吸われる。

「は、ぁ……んっ」

 苦しくて、うまく息ができない。
 なのにそれが心地よくて、とろんと身体から力が抜けていく。
 ぽすり、とふたりもつれ合うようにしてベッドに倒れ込んだ。じっと私を見つめる恭介くんの瞳は、信じられないくらいにまっすぐだった。
 時が止まったかのように、あたりの音が掻き消えていく気がした。
 恭介くんしか、見えない……

「莉子」

 ただ、名前を呼ばれて。

「恭介くん」

 ただ、名前を呼び返した。
 もう一度重なる唇と、入り込んでくる分厚い舌と、少し迷うように私の胸に触れてくる大きな手。
 恭介くんが唇を離すと、つう、と銀の糸が続いた。それをぺろりと舐め取られる。
 やわやわとした、乳房へのスウェット越しの刺激にお腹の中が熱くなる。
 蓮と別れたばかりなのに、幼馴染おさななじみに触れられてきゅんきゅんと感じている、私の身体。
 お腹の奥が切なくくすぶって痛いくらいだ。とろとろと身体からみだらな水があふれそうになるほど、本能がうずく。こんな刺激じゃ足りないって。もっともっともっと、彼にイヤらしいことをしてほしくてたまらない……!

「恭介く、ん……ちゃんと触って?」

 熱い息が漏れた。
 恭介くんが息を呑むと、それに合わせて男性らしい喉仏がかすかに動いた。彼はするりと私のスウェットを胸の上まで上げる。空気に触れて、少し冷たい。そこに直接、恭介くんの熱い手が触れた。

「ぁ、……ッ」

 欲しかった刺激に、思わず高い声が漏れ出た。その声を聞いた恭介くんがぐっと眉を寄せる。

「や、……ッ、私、何か変……?」
「なんで?」
「だって、私、元カレしか知らないから……だから、あえぎ方とか変なのかもって……」

 恭介くんはじっと私を見つめたあと、「少し変かもしれない」とつぶやいた。私の先端を、きゅっとつまんで。

「ぁッ、ふぁ……んっ……」

 変だ、って言われたのにあえぐのを我慢できない。涙目で恭介くんを見上げて「どこが変?」となんとか聞く。

「どこ?」
「う、ん……やあっ、そんなふうに触るの、だめ……」

 つままれたままぐにぐにと指の腹でこすり合わされ、きゅっと潰される。

「あ!」
「……どこ、か。自覚がないのが莉子らしいし、君の元カレは世界一バカだと思う」
「ッ、やぁあんっ」

 ぺろり、とその先端を舐められた上に甘噛みされ、思わず腰が浮いてしまう。あさましく快楽を追う私に、恭介くんのやたらと甘い声が落ちてきた。

「変だ。……ものすごく、可愛すぎる」
「それって、どう、いう……っ、ぁ、あ、あ……ッ」

 ぐにぐにと形が変わりそうなくらいに乳房を揉まれたかと思えば、反対側の先端を恭介くんの舌で突かれ、温かな口の中でくちゅくちゅともてあそばれてしまう。
 記憶の中の十歳の男の子と、今私を翻弄ほんろうしてる二十七歳の男の人が、頭の中でぐちゃぐちゃに溶けて、私の身体も同じようにとろけていく。


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