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「ぜーったいに罠ですわ娘子」

 香桐こうとうさんが口を尖らせる。
 窓の外で、小鳥が小さく啼く。

「そうかなぁ」
「そうですよ」

 貴太妃さんから「謝りたいから部屋に来て」と女官さん経由で連絡が来たのは昨日の午後のこと。「二人きりで腹を割って話したいから」とも。

「でも……罠、って言っても何するの?」
「何って……なんでしょうか」

 私が首を傾げると、香桐さんも首を傾げた。

「憂炎様が"近づくな"とまで言ってくださっているのに、そこでまた私に危害を加えるようなことはしないんじゃないかなぁ」

 あの皇帝ひとは、優しすぎるくらいに優しいから、後宮で(謎に)面倒を見てくれてる私のことも、きっちり大事にしてくださる。

「まぁ、そりゃそうなんですが」
「大丈夫だよ、じゃあね」

 余裕ぶってるのは、まぁ玉藻ぎょくそうさんを連れてくから、ってのもある。
 昨日のうちに、玉藻さんは言ってくれていた。

「毒の有無くらいはわかるぞ」
「えっなんですか物騒な」

 夜のゆあみのあと、寝台ベッドで1人(?)ゴロゴロしていたときだった。
 足元でうずくまってウトウトしていた玉藻さんが、ふと思いついたように、そう、口にした。

「明日じゃよ。あーしーたー。あのいけすかぬ小娘コムスメのところに行くんじゃろ?」
「貴太妃様をコムスメなんて」
「小娘じゃ小娘。最近生まれたくせに」

 ふん、と鼻を鳴らす玉藻さんに、ふと興味が湧いて聞いてみる。

「玉藻さんって何才なの?」
「さぁ……五千か、七千か、はて。忘れてしもうたのう」
「はぁー」

 さすが獅子狗シーズーにされているとはいえ、大妖だ。

「ま、それくらい生きておるからの。力を使えなくとも、毒の有無くらいは分かるさ」
「……そんなこと、されるかなぁ?」
「嫦娥よ。後宮を甘くみるなよ」

 くく、と玉藻さんは笑う。

「愛憎渦巻く伏魔殿ぞ。蠱毒こどく坩堝るつぼぞ。気を抜いたものから殺されるわい」
「そんなぁ」

 大袈裟な、と笑っていた自分を少し怒りたい。
 貴太妃様の部屋に入って、円いテーブルに案内され、宮女さんが目の前に茶色いお茶が置いてくれる。

「じゃあ下がってて」

 貴太妃さまのひとことに、女官さん宮女さんが下がって、膝の上の玉藻さんが私の手をこっそり噛んだ。

(……え)

 私はお茶の水面を見つめる。白い陶器の中でゆらり、と揺れた。

(これ、毒?)

 さあ、と血の気が引く。

「どうなすったの?」
「あ、その……いえ」
「さ、お茶を」

 にこり、と微笑み、私に手を向ける貴太妃。私は背中を冷たい汗がつう、と流れるのを意識して思わず身体が強張った。

あたくしね」

 貴太妃は目を細める。

「どうしても聞きたいの」
「な、なにをです?」
「あなたがねやで何をしてるのか」

 ……ん? ベッド

「だって、あなた、お世辞にも絶世の美女とは言い難いじゃない」
「はぁ」

 いやまぁ、それはその通りなのですが。

「じゃあ、皇上おかみが骨抜きになっちゃうような、そんな技術があるんだろうなって」

 ふふ、と貴太妃は妖艶に目を細めた。

「誰に教えてもらったの?」
「誰にって……」

 教えてもらってないですよ。

「あの、乳兄弟の人? 綺麗な顔をしてるわね」
「……へ?」

 浩然?
 私は呆然と貴太妃を見返す。

「……浩然は、関係ないですよ?」
「さてねぇ」

 くすくす、と貴太妃は笑う……好機だ!

(これで席を立つ口実ができた!)

 浩然には、司馬様経由で警告してもらうとして……とにかく、ここから出よう!
 立ち上がる私に、貴太妃はめをほそめる。

「あら? お茶は?」
「結構です」

 扉に向かって歩きながら、そう告げるーーどうしよう。

(お茶に毒が、なんて言えないし)

 なんでわかったんだ、って話になる。憂炎様に、玉藻さんが「九尾の狐」だって話をしていいものか、どうか……。
 皇太后様が絡んでるからなぁ。様子見と思っていたけれど、と気を抜いたのが不味かった。

「嫦娥ッ」

 小声で叫ぶ玉藻さんの声を最後に、私の意識はどんどん暗くなる。

(……?)

 口元に当てられた、何か……布?
 そこまではわかったけれど、そこまでだった。

 暗転。
 深く息を吐いたことだけは、覚えている。
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