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外堀埋められてない?
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「っ、な、楢村く……」
「結婚するつもりや」
「ほんま!?」
社長さんが嬉しげに手を叩く。なんやなんやと職人さんたちも近づいてきた。
「坊の婚約者やって」
「ああ、明子さんが坊がいきなりプロポーズしよったって言ってたなあ」
「えらいべっぴんさんやんけ」
「いつ頃式するん」
私は頬が熱くなったり、逆にさあっと血の気が引いていくような感覚を覚えたりで忙しい。じ、自律神経が大混乱してるー! ふるふる震えながら楢村くんを見上げる。
楢村くんは振り向いて、職人さんたちに「坊って言うんやめてください」と少し拗ねたような声音で言った。
「坊やんけ」
「坊やんなぁ」
「若社長にはまだ早い」
職人さんたちの言葉に、むうと楢村くんは眉根を寄せた。
「いやあ……」
社長さんの声に、そちらに目線を戻す。そしてぎょっとする。
「しゃ、社長さん……?」
社長さん、めっちゃ泣いてた。肩を震わせて……女の人だけれど、男泣きってかんじで……
「あかんまた社長泣いとるわ」
「すぐ泣くわ」
職人さんたちが呆れたように言う。そのうちの一人……たしか醸造部長の田中さん、が社長さんの肩をポンポンと叩いた。社長さんがずびりと鼻をすすって、手で涙を拭う。
社長さんは「ええやないか、息子の結婚が決まったんやで」と真っ赤な目と震える声で言う。
「まさか昴成が結婚決めてくれるなんて……天国のお父さんも喜んでるわ……」
私はちらりと楢村くんを見上げた。──そうか、お父さん、亡くなってるのか……
「ずうっと女っ気なくて、これは孫の顔も諦めなあかんかと思うてたんや」
女っ気がない、ってセリフにちょっと驚いて楢村くんを見上げた。じっと目が合う。
「なん?」
「……ううん」
なんでもないよ、と私は首を振る──
(遊んでる……わけではなさそうだけれど、でも手は早いんですけれど!?)
私なんか、セフレ的存在だったんですけど!?
……まぁそれを社長──お母さんに曝露するのはちょっとためらわれる。
じゃない、ていうか、今そこじゃない!
慌てて楢村くんのシャツの裾を引いた。
「あ、あのね楢村くん! 私、結婚するなんて言ってな──」
「しようや」
楢村くんはなんだかいつも通りに言う。私は思わず言葉を失った。職人さんたちが呆れたように口を挟む。
「コラ坊、プロポーズっちゅうんはもっとロマンチックにやるもんやで」
「……ロマンチック」
楢村くんは非常に難しい顔をした。私はその表情から何も読み取れない。ほんと、一体、何考えているんだろう……!?
(あれ、でも本気で結婚する気なの!?)
脳味噌大混乱。
なんで、なんで私?
そりゃ学生時代からの関係ではあるけれど、肝心のその学生時代、私たちってセフレだったよね!?
「つうか、結婚する言うたけど、俺は子供作るなんて言うてへんで、おかん」
「え?」
「授かりもんやし。俺は瀬奈おってくれたらそれでええし」
「あ、そう、そうやなあ」
「まあ……俺はできたらええと思ってるけど、いつも」
びくりと肩を揺らした。
な、なにそれ!? 頬が熱くなるのを覚えた──できたらいいと思ってるって、何!?
「こら坊、嫁さん真っ赤やないか」
「ごめんなあ道重さん。瀬奈さん言うんやな、かぁいらしい名前やなあ」
「式はいつ頃になるん?」
「え? いえ? あの?」
なんか勝手に話が進んでいってる。──進んでいってるー!
「せやけど、ほんまに。あんたが奥さん連れて来てくれるなんてなあ。エリと一緒に後継いでくれるんやったら、それはそれでええわと思ってたんやけど」
社長さんの言葉に、私はびくりと肩を揺らす。
エリ、……さん。
「話が飛躍しとんで、おかん」
「いやあ、エリもそのつもりやと思って……」
「あ、あのっ」
私は思い切って声をかける。
表情以外はよく似た親子が、二人してこちらを向いた。
「あの……エリ、さんって……」
「イトコ」
楢村くんが、端的に答えを教えてくれた。私は……一気に気が抜けた。イトコ。
イトコ、だったのか……
「杜氏になりたい言うてちょっと前に押しかけて来たんや。ウチに下宿して職人の修行中」
「そ、そうなんだ」
「今日は夏風邪で寝とるけどな。普段の行いが悪いからや」
ヘッ、と楢村くんは「ザマミロ」みたいな顔をして少しだけ笑った。今日はやたらと表情が動くのを見ている──気がする。
(そう……なんだ)
私はぎゅっと手を握った。血が通う。
親戚で──それで、家族で一緒に住んでるだけ。
(……ていうか楢村くん、実家暮らしだ!)
ど、同棲もなにもない! ああもう、私やっぱり楢村くんのことになると思考能力ガバガバになる……!
あれ、でも……
(でも、結婚はできるよね?)
できる。イトコって……
楢村くんにはそんなつもりはないっぽい? で、でも社長さんは「エリと一緒に後を継いで」って言ってた。「エリもそのつもりで」って……
(エリさんには、結婚の意思があったってこと?)
社長さんたちにも歓迎されて──
楢村くんも、エリさんに対してなら……感情が動いて。夢で見た二人を思い出す。笑う楢村くん──
「つうか、エリとパートナーとしてやっていくんは別に変わらんやろ」
楢村くんはそう言う。
その声音には、確かに「エリさん」に対する信頼があって──
「まあ、そらそうやな」
社長さんが頷く。
グルグルしてる思考の最中に、社長さんが「ほな始めよかー」と手を叩く。
私はハッとして首から下げていたカメラを抱え直した。
(し、仕事っ!)
そう、仕事なんだ。
なんか色々考えることはあるけれど──とりあえず思考の隅っこにおいといて、私はシャッターを切る。
帰りには、社長さんは「お母さん」の顔をして、情熱的に私の手を握って言う。
「バカ息子やけどよろしくねぇ」
私は挨拶をしながら曖昧に頷いた。うるうるした瞳に見つめられて、「違うんです」とはとても言える状況ではなくて……
──なんか、外堀埋められてない?
「結婚するつもりや」
「ほんま!?」
社長さんが嬉しげに手を叩く。なんやなんやと職人さんたちも近づいてきた。
「坊の婚約者やって」
「ああ、明子さんが坊がいきなりプロポーズしよったって言ってたなあ」
「えらいべっぴんさんやんけ」
「いつ頃式するん」
私は頬が熱くなったり、逆にさあっと血の気が引いていくような感覚を覚えたりで忙しい。じ、自律神経が大混乱してるー! ふるふる震えながら楢村くんを見上げる。
楢村くんは振り向いて、職人さんたちに「坊って言うんやめてください」と少し拗ねたような声音で言った。
「坊やんけ」
「坊やんなぁ」
「若社長にはまだ早い」
職人さんたちの言葉に、むうと楢村くんは眉根を寄せた。
「いやあ……」
社長さんの声に、そちらに目線を戻す。そしてぎょっとする。
「しゃ、社長さん……?」
社長さん、めっちゃ泣いてた。肩を震わせて……女の人だけれど、男泣きってかんじで……
「あかんまた社長泣いとるわ」
「すぐ泣くわ」
職人さんたちが呆れたように言う。そのうちの一人……たしか醸造部長の田中さん、が社長さんの肩をポンポンと叩いた。社長さんがずびりと鼻をすすって、手で涙を拭う。
社長さんは「ええやないか、息子の結婚が決まったんやで」と真っ赤な目と震える声で言う。
「まさか昴成が結婚決めてくれるなんて……天国のお父さんも喜んでるわ……」
私はちらりと楢村くんを見上げた。──そうか、お父さん、亡くなってるのか……
「ずうっと女っ気なくて、これは孫の顔も諦めなあかんかと思うてたんや」
女っ気がない、ってセリフにちょっと驚いて楢村くんを見上げた。じっと目が合う。
「なん?」
「……ううん」
なんでもないよ、と私は首を振る──
(遊んでる……わけではなさそうだけれど、でも手は早いんですけれど!?)
私なんか、セフレ的存在だったんですけど!?
……まぁそれを社長──お母さんに曝露するのはちょっとためらわれる。
じゃない、ていうか、今そこじゃない!
慌てて楢村くんのシャツの裾を引いた。
「あ、あのね楢村くん! 私、結婚するなんて言ってな──」
「しようや」
楢村くんはなんだかいつも通りに言う。私は思わず言葉を失った。職人さんたちが呆れたように口を挟む。
「コラ坊、プロポーズっちゅうんはもっとロマンチックにやるもんやで」
「……ロマンチック」
楢村くんは非常に難しい顔をした。私はその表情から何も読み取れない。ほんと、一体、何考えているんだろう……!?
(あれ、でも本気で結婚する気なの!?)
脳味噌大混乱。
なんで、なんで私?
そりゃ学生時代からの関係ではあるけれど、肝心のその学生時代、私たちってセフレだったよね!?
「つうか、結婚する言うたけど、俺は子供作るなんて言うてへんで、おかん」
「え?」
「授かりもんやし。俺は瀬奈おってくれたらそれでええし」
「あ、そう、そうやなあ」
「まあ……俺はできたらええと思ってるけど、いつも」
びくりと肩を揺らした。
な、なにそれ!? 頬が熱くなるのを覚えた──できたらいいと思ってるって、何!?
「こら坊、嫁さん真っ赤やないか」
「ごめんなあ道重さん。瀬奈さん言うんやな、かぁいらしい名前やなあ」
「式はいつ頃になるん?」
「え? いえ? あの?」
なんか勝手に話が進んでいってる。──進んでいってるー!
「せやけど、ほんまに。あんたが奥さん連れて来てくれるなんてなあ。エリと一緒に後継いでくれるんやったら、それはそれでええわと思ってたんやけど」
社長さんの言葉に、私はびくりと肩を揺らす。
エリ、……さん。
「話が飛躍しとんで、おかん」
「いやあ、エリもそのつもりやと思って……」
「あ、あのっ」
私は思い切って声をかける。
表情以外はよく似た親子が、二人してこちらを向いた。
「あの……エリ、さんって……」
「イトコ」
楢村くんが、端的に答えを教えてくれた。私は……一気に気が抜けた。イトコ。
イトコ、だったのか……
「杜氏になりたい言うてちょっと前に押しかけて来たんや。ウチに下宿して職人の修行中」
「そ、そうなんだ」
「今日は夏風邪で寝とるけどな。普段の行いが悪いからや」
ヘッ、と楢村くんは「ザマミロ」みたいな顔をして少しだけ笑った。今日はやたらと表情が動くのを見ている──気がする。
(そう……なんだ)
私はぎゅっと手を握った。血が通う。
親戚で──それで、家族で一緒に住んでるだけ。
(……ていうか楢村くん、実家暮らしだ!)
ど、同棲もなにもない! ああもう、私やっぱり楢村くんのことになると思考能力ガバガバになる……!
あれ、でも……
(でも、結婚はできるよね?)
できる。イトコって……
楢村くんにはそんなつもりはないっぽい? で、でも社長さんは「エリと一緒に後を継いで」って言ってた。「エリもそのつもりで」って……
(エリさんには、結婚の意思があったってこと?)
社長さんたちにも歓迎されて──
楢村くんも、エリさんに対してなら……感情が動いて。夢で見た二人を思い出す。笑う楢村くん──
「つうか、エリとパートナーとしてやっていくんは別に変わらんやろ」
楢村くんはそう言う。
その声音には、確かに「エリさん」に対する信頼があって──
「まあ、そらそうやな」
社長さんが頷く。
グルグルしてる思考の最中に、社長さんが「ほな始めよかー」と手を叩く。
私はハッとして首から下げていたカメラを抱え直した。
(し、仕事っ!)
そう、仕事なんだ。
なんか色々考えることはあるけれど──とりあえず思考の隅っこにおいといて、私はシャッターを切る。
帰りには、社長さんは「お母さん」の顔をして、情熱的に私の手を握って言う。
「バカ息子やけどよろしくねぇ」
私は挨拶をしながら曖昧に頷いた。うるうるした瞳に見つめられて、「違うんです」とはとても言える状況ではなくて……
──なんか、外堀埋められてない?
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