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(昴成視点)
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心臓が溶けるかと思った──いや、蕩けて落ちた。ついでに恋にも落ちた。ばっちりしっかり、二回目の恋に落ちた。一度目ももちろん同じ人、道重瀬奈。
俺の心臓をドロドロのスムージー状に蕩かした本人は俺の腕の中でスヤスヤ眠っている。──眠っている! やっと、やっと帰ってきた。
(かっわいい!!)
規則的な寝息。薄い目蓋が時々震える。なんの夢見てんのやろ。他の誰かに見られたら「いやキモい」とか突っ込まれそうなくらいジトジト見つめる。
(うわ、かーわいー……)
なにこれ可愛いすぎるやんどこから来たんや可愛い星か? 可愛い星出身なんかなぁ瀬奈は。
「ん……」
ほんの少し開いた唇から、小さな声が漏れる。震えるまつ毛。あかん、起こした? けどまたすぐ瀬奈は寝息を立てて、身体から力が抜ける。
(あっ……かん!)
あー、なんやこれほんまなんなんやこれ可愛すぎやろ──と、さっきまでのなんやかんやを思い返して勃つけど我慢。
うん我慢。あんまがっつくのもアレやしな、うん。
しかしほんま俺も大概諦めが悪いんやなぁ、とひとり苦笑しながら、俺もゆっくりと眠りに落ちていく。
──腕の中には、誰よりも愛おしいひと。
瀬奈が急に俺の前から消えたんは大学四回の夏のことやった。
クソ暑い午後のこと。
レポートかなんかの用事で大学の図書館行って、冷蔵庫かってくらい冷えた図書館からアスファルト溶けそうな屋外に出た時やった。たまたますれ違ったサークルの友達に軽く手を上げた瞬間に言われた。
『道重さん留学やってなぁ、寂しくなるなぁ』
友達が急にそんなん言うから、俺は図書館の出口んとこ、なんかの銅像の前で立ち尽くす。
ミーンと蝉が鳴く。
足元の影は黒い。
──は?
『……なんの話や、それ』
『は? いや逆になんでお前が知らんの? 付き合ってるんやろ自分ら』
『ああうん……』
生返事になった。付き合ってるんやんな? なんか急に不安になる。蝉の声が降り注ぐ。
なんやって? 留学?
『いかんで良かったん』
『なにが』
『やから、今日出発ちゃうの? ゼミの子ぉら行ってるらしいで見送り』
『は?』
『午前の便ちゃうかったかな……』
弾けるみたいに走り出す。瀬奈、瀬奈、瀬奈。
(なんか変やと思うててん)
梅雨くらいから急に連絡とりづらくなった。キャンパスでもみかけんくなって、てっきり就活上手くいってへんせいやと思って、でも俺は家継ぐからその辺あんま触れられんで。
キャンパス飛び出して、瀬奈のアパートへ向かう。そうして立ち尽くす。瀬奈の部屋の新聞受けには、不動産屋の名前が印刷された透明のテープ。
『瀬奈』
ぽたりと口から彼女の名前が零れた。汗が滑り落ちて足元にシミを作る。
セミの声が耳から入って身体の中で反響して鼓膜にうるさい。心臓がなくなってそこで反響し続けている。心臓あったとこがぽかんと空洞になってしまって──なくなったはずの鼓動が鼓膜の後ろでどくどくうるさい。
トークアプリからIDは消え、スマホも解約になっているのか、電話もSNSもメールも通じない。
何にもわからんで、唯一分かったのは俺が瀬奈に捨てられたということだけやった。
『は? 何急に』
それでも諦められんで、大学で瀬奈のゼミの友達に頭を下げる。なんとか瀬奈に繋ぎとってもらへんか頼み込む。帰ってきたのは冷たい視線。
『何って……』
『いやさんざん瀬奈のこと弄んだくせに今更なんなん? あんな真面目な子、セフレみたいな扱いして』
さすがに呆然とした。
『セフレ? なんなん、それ』
『……は?』
瀬奈の友達は難しい顔をしてる。
そうして──分かったのは、酷い誤解。
100パーセント、俺が撒いた種だった。
『好きとか付き合おうとか言わんと会えば毎回毎回セックスばっかしてたら、そりゃ遊ばれてると思うんやない?』
自失してる俺に彼女は続ける。
『せやけど、あたしから瀬奈に言うてあげることはせんよ。やった事実は変わらへんし瀬奈が傷ついた事実も変わらへん。瀬奈が受け取った事実は自分が遊ばれてるというコトだけや。それはあんたがしでかしたコトなんやから、瀬奈とヨリ戻したいなら瀬奈に相応しい男になって迎え行って土下座でもなんでもしたらええやん』
多分それは、本気で土下座せぇと言っているわけやなかった。
友人を傷つけた男に対する『さっさと諦めろやボケ、死ね』をオブラートに包んだ言葉だった。
夕立のなか、大学から駅に向かって坂を下る。傘は持ってきてない。
電車で迷惑がられるやろーなー……とか思うけどどうしようもない。
踏切の向こうをマルーンカラーの私鉄が駆け抜けていく。
(……嬉しかったんや)
ずっと好きやった瀬奈とそういうことになって、嬉しくてテンション上がって思考能力ゼロになって、ただ瀬奈とおれるんが幸せで、それだけで良かった。
俺は。
でも多分、それじゃダメやったんや。
ちゃんと「好き」って伝えなあかんかったし、出かけるんも近所の定食屋とかファミレスとかやなくて遊園地とか水族館とか、なんかよう知らんけどそういうとこ行くべきやったんやろう……瀬奈が忙しいからって、変に気をつかったりせずに。
『相応しい男』
また瀬奈に会えるかなんて確信はない。
けどまた会えたら逃さへんし、今度はちゃんと言葉にする。
「結婚してくれ」
そうして──再会した瀬奈に俺はそう告げる。
ちなみに瀬奈から返ってきた返事は「は?」やった。なんやねんそれ、と俺は小さく笑う。
せやけど瀬奈の顔は真っ赤で瞬きも何回してんのって感じでクソ可愛くて、ああ瀬奈やって思う。瀬奈。帰ってきた、俺の心臓。
(ええねん別に、こっからや)
そう、ここから。
絶対にもう、俺はこいつを手放さへん。
俺の心臓をドロドロのスムージー状に蕩かした本人は俺の腕の中でスヤスヤ眠っている。──眠っている! やっと、やっと帰ってきた。
(かっわいい!!)
規則的な寝息。薄い目蓋が時々震える。なんの夢見てんのやろ。他の誰かに見られたら「いやキモい」とか突っ込まれそうなくらいジトジト見つめる。
(うわ、かーわいー……)
なにこれ可愛いすぎるやんどこから来たんや可愛い星か? 可愛い星出身なんかなぁ瀬奈は。
「ん……」
ほんの少し開いた唇から、小さな声が漏れる。震えるまつ毛。あかん、起こした? けどまたすぐ瀬奈は寝息を立てて、身体から力が抜ける。
(あっ……かん!)
あー、なんやこれほんまなんなんやこれ可愛すぎやろ──と、さっきまでのなんやかんやを思い返して勃つけど我慢。
うん我慢。あんまがっつくのもアレやしな、うん。
しかしほんま俺も大概諦めが悪いんやなぁ、とひとり苦笑しながら、俺もゆっくりと眠りに落ちていく。
──腕の中には、誰よりも愛おしいひと。
瀬奈が急に俺の前から消えたんは大学四回の夏のことやった。
クソ暑い午後のこと。
レポートかなんかの用事で大学の図書館行って、冷蔵庫かってくらい冷えた図書館からアスファルト溶けそうな屋外に出た時やった。たまたますれ違ったサークルの友達に軽く手を上げた瞬間に言われた。
『道重さん留学やってなぁ、寂しくなるなぁ』
友達が急にそんなん言うから、俺は図書館の出口んとこ、なんかの銅像の前で立ち尽くす。
ミーンと蝉が鳴く。
足元の影は黒い。
──は?
『……なんの話や、それ』
『は? いや逆になんでお前が知らんの? 付き合ってるんやろ自分ら』
『ああうん……』
生返事になった。付き合ってるんやんな? なんか急に不安になる。蝉の声が降り注ぐ。
なんやって? 留学?
『いかんで良かったん』
『なにが』
『やから、今日出発ちゃうの? ゼミの子ぉら行ってるらしいで見送り』
『は?』
『午前の便ちゃうかったかな……』
弾けるみたいに走り出す。瀬奈、瀬奈、瀬奈。
(なんか変やと思うててん)
梅雨くらいから急に連絡とりづらくなった。キャンパスでもみかけんくなって、てっきり就活上手くいってへんせいやと思って、でも俺は家継ぐからその辺あんま触れられんで。
キャンパス飛び出して、瀬奈のアパートへ向かう。そうして立ち尽くす。瀬奈の部屋の新聞受けには、不動産屋の名前が印刷された透明のテープ。
『瀬奈』
ぽたりと口から彼女の名前が零れた。汗が滑り落ちて足元にシミを作る。
セミの声が耳から入って身体の中で反響して鼓膜にうるさい。心臓がなくなってそこで反響し続けている。心臓あったとこがぽかんと空洞になってしまって──なくなったはずの鼓動が鼓膜の後ろでどくどくうるさい。
トークアプリからIDは消え、スマホも解約になっているのか、電話もSNSもメールも通じない。
何にもわからんで、唯一分かったのは俺が瀬奈に捨てられたということだけやった。
『は? 何急に』
それでも諦められんで、大学で瀬奈のゼミの友達に頭を下げる。なんとか瀬奈に繋ぎとってもらへんか頼み込む。帰ってきたのは冷たい視線。
『何って……』
『いやさんざん瀬奈のこと弄んだくせに今更なんなん? あんな真面目な子、セフレみたいな扱いして』
さすがに呆然とした。
『セフレ? なんなん、それ』
『……は?』
瀬奈の友達は難しい顔をしてる。
そうして──分かったのは、酷い誤解。
100パーセント、俺が撒いた種だった。
『好きとか付き合おうとか言わんと会えば毎回毎回セックスばっかしてたら、そりゃ遊ばれてると思うんやない?』
自失してる俺に彼女は続ける。
『せやけど、あたしから瀬奈に言うてあげることはせんよ。やった事実は変わらへんし瀬奈が傷ついた事実も変わらへん。瀬奈が受け取った事実は自分が遊ばれてるというコトだけや。それはあんたがしでかしたコトなんやから、瀬奈とヨリ戻したいなら瀬奈に相応しい男になって迎え行って土下座でもなんでもしたらええやん』
多分それは、本気で土下座せぇと言っているわけやなかった。
友人を傷つけた男に対する『さっさと諦めろやボケ、死ね』をオブラートに包んだ言葉だった。
夕立のなか、大学から駅に向かって坂を下る。傘は持ってきてない。
電車で迷惑がられるやろーなー……とか思うけどどうしようもない。
踏切の向こうをマルーンカラーの私鉄が駆け抜けていく。
(……嬉しかったんや)
ずっと好きやった瀬奈とそういうことになって、嬉しくてテンション上がって思考能力ゼロになって、ただ瀬奈とおれるんが幸せで、それだけで良かった。
俺は。
でも多分、それじゃダメやったんや。
ちゃんと「好き」って伝えなあかんかったし、出かけるんも近所の定食屋とかファミレスとかやなくて遊園地とか水族館とか、なんかよう知らんけどそういうとこ行くべきやったんやろう……瀬奈が忙しいからって、変に気をつかったりせずに。
『相応しい男』
また瀬奈に会えるかなんて確信はない。
けどまた会えたら逃さへんし、今度はちゃんと言葉にする。
「結婚してくれ」
そうして──再会した瀬奈に俺はそう告げる。
ちなみに瀬奈から返ってきた返事は「は?」やった。なんやねんそれ、と俺は小さく笑う。
せやけど瀬奈の顔は真っ赤で瞬きも何回してんのって感じでクソ可愛くて、ああ瀬奈やって思う。瀬奈。帰ってきた、俺の心臓。
(ええねん別に、こっからや)
そう、ここから。
絶対にもう、俺はこいつを手放さへん。
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