23 / 45
番外編
【番外編SS】君はどうやらいいヤツだ(美保の父視点)
しおりを挟む
官僚、なんて言っても所詮はただの公務員。
休日になれば、ただのオッサンなわけで。
数年前。
まだ警察庁次長職にあったころ、の話。
「じいじー、ほら」
長男とこの孫息子が、4歳になったくらいだったろうか。
何かの用事で預かっていて、2人で散歩に出た。その散歩道、銀杏の葉か散る歩道で孫息子が拾ったのは、きらりと鈍く光る十円玉。昭和64年、と書いてあって。
「昭和64年!? じいじ、欲しいな」
「めっ!」
孫に怒られた。
「おまわりさんに、届けなきゃ」
真剣な瞳の孫に、俺はうむ、と深く頷いて素直にゴメンナサイした。
さすが警察官の孫だ。
とはいえ10円玉くらいで手を煩わせて悪いな、と思いつつ近所の交番に向かう。
「おとし、もの、です!」
孫の言葉に、スチールデスクで何か書類を作っていたらしい男性警官が顔を上げた。
(お)
俺はこの顔を知っていた。
ていうか最近見た。
こいつは確か……鮫川修平。警察庁警察官、つまりは総合職。
キャリアだろうとノンキャリアだろうと、例外を除けば始まるところは同じ、交番勤務。(階級は違うけれど)。
鮫川は無愛想な顔で、けれど存外優しい声で「どうぞ」とパイプ椅子をふたつ、持ってきた。
「座れるか」
鮫川は、孫息子に向けて、穏やかな声で問う。
孫は大きく頷いて、パイプ椅子に腰かけた。得意げな顔をしている。
大人扱いされたのが嬉しかったらしい。
俺も勧められるままに、パイプ椅子に腰掛ける。
「どうぞ」
その態度から、どうやら俺が上司だとは気が付いていないらしい。俺は秋の花粉症で、マスクをして帽子を被っていた。
それから、鮫川はわざわざ、書類を孫に見えるように書き出した。
(そんなもん、さっさと自分で書けばいいだろうに)
孫は一生懸命に説明する。
祖父視点からすれば、可愛らしくなかなか丁寧に説明しているように聞こえるが──他人からすれば、何を言っているのか、だったろうに。
鮫川は、時折静かに頷きながら、孫の迂遠な説明を丁寧に聞き、丁寧に書類を書いた。
「こちらにサインを」
す、と差し出された書類。
孫はふんす、と得意げに名前を書いた。「すかがわえいと」。
鮫川はうん、と頷いて書類を確認していく。
「どうぞ」
鮫川は、孫に書類を渡す。拾得物件預り書。何を書いているか分からないだろうに、孫はとても大事そうに、それを恭しく受け取った。
「落とし物を届けてくれて、ありがとう。とても助かりました」
「はい!」
それからすっ、と視線を上げた。
「須賀川警視監」
「は!?」
「?」
俺は驚いた。
だって気づいていたとは──気付いていて、なんだか「普通の市民」扱いされるとは。
「いや、気づいて?」
「は、最近お声がけ頂いたことが」
「うん俺も覚えてる、覚えてるんだけどね」
……なんだか無性に、嬉しかった。
良い警官が、いることが。
「もうすぐ研修か」
「はい」
鮫川は頷く。じきに、鮫川の階級が警部に上がる。
鮫川は恐らく、係長として各署に配置されていくのだ。交番勤務から鮫川が離れることに、少し残念に思った。
「君は警察官向いているな」
「そうでしょうか」
嬉しそうに、ほんの少し鮫川は目を細めた。
「現場に合うような」
「……は」
小さく、鮫川は返事をした。
なんだか色んな感情が含まれているような、そんな声だったけれど。
それから数年が経って。
末っ子の美保が「お見合いとかしてみようかな~」なんて、実家に帰ってきたときに呟いた。
「え、美保あなた、長いことお付き合いしてるひといなかった?」
妻が言うと、美保は苦笑いして首を振る。
「別れちゃった」
「あら」
「えへへ」
なんでか、照れたように美保は笑う。
(あ、なんか良くない別れ方したな?)
親のカンで、ピンときた。
けれど、美保は話してはくれないだろう。
美保は──人に心配されることを嫌うから。いつも自分より他人優先で。
(上ふたりが苛烈だからなぁ)
三人兄弟で、上の2人とは10歳ほど歳が離れている。
ふたりが矢鱈と面倒を見たせいなのか、元々の気質か、どうにも美保はそんな性格に育った。
男親からすれば、いじらしくて可愛く思うけれど、一方もっと要領良くしないと、と心配だったりもして。
「あらじゃあ、あなたいないの? 丁度良い殿方」
「そんなお前、急になぁ……」
言いながら、ふと脳裏に彼の姿が浮かぶ。
鮫川修平。
あのあと、順調にキャリアを積んでいる、少し無愛想だけれど良い警察官の、あの男。
「あー、いるかも」
美保はどっちでもいい、って顔をしていたけれど。
妻が乗り気で、鮫川側からも乗り気……どころかむしろ今すぐ結婚したいくらい、な返事が来て。
(あいつなら美保を大切にしてくれるんじゃないだろうか)
無骨で無愛想で、けれど……大切なものを持っている男。
「ま、ウチの美保の婿になるなら、中途半端じゃ許さないけどな」
結婚式で、ガチガチに緊張してる鮫川を見つめながら呟いた。
中途半端じゃ許さない。
美保の夫としても、警察官としても──最速出世くらいは、実力でしてもらわないと困るけどな、なんてほくそ笑む。
(さて、どうなるか)
ダリアの白いブーケが空を舞って、秋の優しい日差しに輝いた。
休日になれば、ただのオッサンなわけで。
数年前。
まだ警察庁次長職にあったころ、の話。
「じいじー、ほら」
長男とこの孫息子が、4歳になったくらいだったろうか。
何かの用事で預かっていて、2人で散歩に出た。その散歩道、銀杏の葉か散る歩道で孫息子が拾ったのは、きらりと鈍く光る十円玉。昭和64年、と書いてあって。
「昭和64年!? じいじ、欲しいな」
「めっ!」
孫に怒られた。
「おまわりさんに、届けなきゃ」
真剣な瞳の孫に、俺はうむ、と深く頷いて素直にゴメンナサイした。
さすが警察官の孫だ。
とはいえ10円玉くらいで手を煩わせて悪いな、と思いつつ近所の交番に向かう。
「おとし、もの、です!」
孫の言葉に、スチールデスクで何か書類を作っていたらしい男性警官が顔を上げた。
(お)
俺はこの顔を知っていた。
ていうか最近見た。
こいつは確か……鮫川修平。警察庁警察官、つまりは総合職。
キャリアだろうとノンキャリアだろうと、例外を除けば始まるところは同じ、交番勤務。(階級は違うけれど)。
鮫川は無愛想な顔で、けれど存外優しい声で「どうぞ」とパイプ椅子をふたつ、持ってきた。
「座れるか」
鮫川は、孫息子に向けて、穏やかな声で問う。
孫は大きく頷いて、パイプ椅子に腰かけた。得意げな顔をしている。
大人扱いされたのが嬉しかったらしい。
俺も勧められるままに、パイプ椅子に腰掛ける。
「どうぞ」
その態度から、どうやら俺が上司だとは気が付いていないらしい。俺は秋の花粉症で、マスクをして帽子を被っていた。
それから、鮫川はわざわざ、書類を孫に見えるように書き出した。
(そんなもん、さっさと自分で書けばいいだろうに)
孫は一生懸命に説明する。
祖父視点からすれば、可愛らしくなかなか丁寧に説明しているように聞こえるが──他人からすれば、何を言っているのか、だったろうに。
鮫川は、時折静かに頷きながら、孫の迂遠な説明を丁寧に聞き、丁寧に書類を書いた。
「こちらにサインを」
す、と差し出された書類。
孫はふんす、と得意げに名前を書いた。「すかがわえいと」。
鮫川はうん、と頷いて書類を確認していく。
「どうぞ」
鮫川は、孫に書類を渡す。拾得物件預り書。何を書いているか分からないだろうに、孫はとても大事そうに、それを恭しく受け取った。
「落とし物を届けてくれて、ありがとう。とても助かりました」
「はい!」
それからすっ、と視線を上げた。
「須賀川警視監」
「は!?」
「?」
俺は驚いた。
だって気づいていたとは──気付いていて、なんだか「普通の市民」扱いされるとは。
「いや、気づいて?」
「は、最近お声がけ頂いたことが」
「うん俺も覚えてる、覚えてるんだけどね」
……なんだか無性に、嬉しかった。
良い警官が、いることが。
「もうすぐ研修か」
「はい」
鮫川は頷く。じきに、鮫川の階級が警部に上がる。
鮫川は恐らく、係長として各署に配置されていくのだ。交番勤務から鮫川が離れることに、少し残念に思った。
「君は警察官向いているな」
「そうでしょうか」
嬉しそうに、ほんの少し鮫川は目を細めた。
「現場に合うような」
「……は」
小さく、鮫川は返事をした。
なんだか色んな感情が含まれているような、そんな声だったけれど。
それから数年が経って。
末っ子の美保が「お見合いとかしてみようかな~」なんて、実家に帰ってきたときに呟いた。
「え、美保あなた、長いことお付き合いしてるひといなかった?」
妻が言うと、美保は苦笑いして首を振る。
「別れちゃった」
「あら」
「えへへ」
なんでか、照れたように美保は笑う。
(あ、なんか良くない別れ方したな?)
親のカンで、ピンときた。
けれど、美保は話してはくれないだろう。
美保は──人に心配されることを嫌うから。いつも自分より他人優先で。
(上ふたりが苛烈だからなぁ)
三人兄弟で、上の2人とは10歳ほど歳が離れている。
ふたりが矢鱈と面倒を見たせいなのか、元々の気質か、どうにも美保はそんな性格に育った。
男親からすれば、いじらしくて可愛く思うけれど、一方もっと要領良くしないと、と心配だったりもして。
「あらじゃあ、あなたいないの? 丁度良い殿方」
「そんなお前、急になぁ……」
言いながら、ふと脳裏に彼の姿が浮かぶ。
鮫川修平。
あのあと、順調にキャリアを積んでいる、少し無愛想だけれど良い警察官の、あの男。
「あー、いるかも」
美保はどっちでもいい、って顔をしていたけれど。
妻が乗り気で、鮫川側からも乗り気……どころかむしろ今すぐ結婚したいくらい、な返事が来て。
(あいつなら美保を大切にしてくれるんじゃないだろうか)
無骨で無愛想で、けれど……大切なものを持っている男。
「ま、ウチの美保の婿になるなら、中途半端じゃ許さないけどな」
結婚式で、ガチガチに緊張してる鮫川を見つめながら呟いた。
中途半端じゃ許さない。
美保の夫としても、警察官としても──最速出世くらいは、実力でしてもらわないと困るけどな、なんてほくそ笑む。
(さて、どうなるか)
ダリアの白いブーケが空を舞って、秋の優しい日差しに輝いた。
54
お気に入りに追加
5,521
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。