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番外編
【番外編SS】ウチの署長。(???視点)
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ウチの署長はイケメンである。
それはウチの署員全員が(多分)認めるところで、特に女性警官は鮫川署長が赴任してきたとき大いに色めいた。
背が高くて。
かっこよくて。
仕事ができて。
正義感が強い。
ただ──びっくりするくらい、無愛想だった。
「あの人感情動くとかあるの?」
「さー」
同僚の言葉に、犯人に怒ってたりはするけどね、と答えると「あー」と頷かれた。
「それはあるね」
「……それくらい?」
「かなぁ」
だから、女性職員で鮫川署長にアタックしてみようなんて猛者は正直、いないのだった。
そんなある日。
「ねえ、署長にデートスポット聞かれたんだけど」
「え、アンタも!?」
「あたしも聞かれた!」
あたしたちは色めきだった──というよりは、天変地異の前触れを見たかのように騒めいた。
「で、デート……?」
「鮫川署長が……?」
みんなで顔を見合わせる。
「どんな人だろ?」
「ていうか、誰だろ」
様々な推測が署内を飛び回り、その日のうちに「署長は見合いしたらしい」と情報が回ってきた。
「お見合い!?」
「相手はね、なんと須賀川長官のお嬢様」
「すっ」
須賀川長官……!
思わず言葉に詰まった。あたしたちからしたら雲の上も上も上の人。
「……そりゃ全力でゲットに走るわ」
「だよね、キャリアかかってる」
そんな風に納得して──でもなんか違うなって噂になったのが、夏頃。
刑事課の職員が、デートを目撃したらしい。
「署長があんなカオするなんて想定外だった」
さすが刑事課、というか──若手でもベテランでも、あの無愛想な署長の感情を読み取れるのが刑事課の凄いところ。
「あんなカオ?」
聞き返したあたしに、その職員は神妙に頷いた。
「デレデレしてた」
「でっ」
絶句。
まさか……まさか?
「デレデレ?」
「いや、デレデレっていうか……あれな、ベタ惚れしてるよ」
なんだかちょっと安心したように、その人は言う。
「いやあ署長も人間だったんだなぁ」
まぁ、そうだけど。
そうなんだけど。
(想像、できないなぁ)
あたしはぼんやり、思った。
あの鮫川署長が、ベタ惚れ?
でもまぁ、とにかく秋頃には「結婚します」とお知らせがきて。
ウチの課長あたりは式に出席して──驚き顔で帰ってきた。
「どうだったんですか?」
「いやぁあれ、すごいね。署長あんななるんだってくらいベタ惚れ」
「えー」
想像できないです、ってあたしたちに課長は言う。
「だってさ、式でキスするじゃん。あの時ヴェールあげるだろ」
「はぁ」
新郎が、新婦のヴェールを上げて。
永遠の愛を誓う、キス。
「上げたあと、しばらく動かなかったからね鮫川署長」
「は?」
「もう、じっと美保さん……あ、奥さんね。奥さん見つめて動かなくなっちゃって」
「はあ」
「感無量、みたいな感じでさー。しばらくして、やっと額にキスしてた」
「はぁ」
やっぱり想像できない。
できなかったのに──その年のクリスマス前。
「……女性が喜ぶクリスマスプレゼントはなんだろうか」
署長は手当たり次第、目につく女性職員という女性職員に、クリスマスプレゼントについて相談し始めた。
「アクセサリー」
「花束」
「ケーキ」
「お財布」
「クリスマスコフレ」
「車」
「ディナー」
誰よ車って答えたの!
署長も「車? 車なら分かる」とか言っちゃってるし!
「んなわけないでしょう署長、落ち着いてください。奥様車好きですか?」
「……ドライブは好きなようだが」
「ご自分で運転を?」
「しないな」
「じゃあ却下で」
ドライブ好きで、自分で運転しないって。
……ドライブデート、良くいくのかな?
結局、署長は奥様に時計をプレゼントしていたみたいだった。奥様も働かれてるそうで、それならピッタリだったんじゃないかな。
それから翌年のバレンタイン。
「須賀川長官のお嬢さんならさー」
「うん」
「ホワイトデー、いいの返ってくると思わない?」
「思う」
っていうので、全員バレンタインは気合が入りまくった。
予想通り美味しいお返しがきて、全員大満足だったんだけれど──そんな感じで時は過ぎて。
新しい年になって、桜が咲いて散って新緑になって、それを雨が打ってじめじめしてまた、晴れて──夏が来た。
署長が新婚旅行へ行って、なんだか大量にお土産を買ってきてくれて。
「署長の機嫌が異常に良い」
「なにがあったの新婚旅行」
署内がざわついた。
そりゃあ、顔に出る人ではないんだけれど、それにしたって機嫌がいい。
署長の表情を読み取れる数少ない職員、刑事課の若手黒田くん(イケメンだけど既婚だ。ちぇ!)によると「気を抜くとすぐに幸せそうに笑ってる」らしい。
「ほら」
「……どこが?」
「いや、なんかほら。笑ってるでしょう。多分新婚旅行楽しかったんじゃないっすか」
「ええ……」
あたしには、やっぱり無愛想にしか見えなかった。
そんなある日。
あたしが署の一階の正面入口を通りかかったところで──話しかけられた。
「すみません」
優しそうな、ふんわりした雰囲気の女性だった。
手には、小さな紙袋。
困ったように、立ち尽くして。
「鮫川にこれを渡したいのですが、どなたに」
「鮫川?」
なんだろう、と女性を見る。
「あ、すみません。鮫川の妻です。署長の」
「え、あ、署長」
の、奥さん。
署長の奥さん!?
「お弁当のお箸を、私、忘れてて」
なんだか照れたように、その人は首を傾げて。
思わず観察。
可愛いけど、めちゃくちゃ美人、ってわけじゃない。
ただ、雰囲気が──びっくりするくらい、柔らかかった。話してたら、ついニコニコしちゃうような、そんな感じのひと。
「……あの?」
「あ、いえ、ええと」
あたしは考える──見たい。
署長が奥様にデレてるところ、見てみたい!
さっと振り向くと、一階の(交通課とか会計課とか)メンツが、うん、とうなずく。
あたしはニコニコと自動販売機前の椅子を勧めた。
「お呼びします」
「え、でも」
仕事の邪魔じゃないかな、って顔をするけど、奥様。あたしたちが見たいんです!
奥さんはちょこんとソファに座る。ちょっと所在なさげ。
「……俺、今から決裁もらうとこなんで、伝えておきますよ」
通りかかった黒田くんが呆れたように伝令をかってくれた。
で、しばらくして。
署長が颯爽と(見ようによっては、大慌てで)駆けつけて。
「わー」
「うわー」
「うそだー」
みんなで、こそこそ呟いた。
だってまぁ、あんなに。
「デレデレですやん」
「ラブラブだ」
お箸ひとつ届けて貰ったくらいで、あんなに嬉しそうにするなんて。
奥さんもなんか、嬉しそうだし。
会えて嬉しい、ってお互いの雰囲気が言い合ってる。……遠距離カップルじゃないんだから!
「何があったんだろうね」
「ねぇ」
「謎~」
二人の恋物語が、一体どういうものであったのか、あたしたちには知る由はないけれど。
きっと二人にとっては、かえがえのない、素敵な甘いものだったんだろうな、なんてあたしは想像するのでした。
それはウチの署員全員が(多分)認めるところで、特に女性警官は鮫川署長が赴任してきたとき大いに色めいた。
背が高くて。
かっこよくて。
仕事ができて。
正義感が強い。
ただ──びっくりするくらい、無愛想だった。
「あの人感情動くとかあるの?」
「さー」
同僚の言葉に、犯人に怒ってたりはするけどね、と答えると「あー」と頷かれた。
「それはあるね」
「……それくらい?」
「かなぁ」
だから、女性職員で鮫川署長にアタックしてみようなんて猛者は正直、いないのだった。
そんなある日。
「ねえ、署長にデートスポット聞かれたんだけど」
「え、アンタも!?」
「あたしも聞かれた!」
あたしたちは色めきだった──というよりは、天変地異の前触れを見たかのように騒めいた。
「で、デート……?」
「鮫川署長が……?」
みんなで顔を見合わせる。
「どんな人だろ?」
「ていうか、誰だろ」
様々な推測が署内を飛び回り、その日のうちに「署長は見合いしたらしい」と情報が回ってきた。
「お見合い!?」
「相手はね、なんと須賀川長官のお嬢様」
「すっ」
須賀川長官……!
思わず言葉に詰まった。あたしたちからしたら雲の上も上も上の人。
「……そりゃ全力でゲットに走るわ」
「だよね、キャリアかかってる」
そんな風に納得して──でもなんか違うなって噂になったのが、夏頃。
刑事課の職員が、デートを目撃したらしい。
「署長があんなカオするなんて想定外だった」
さすが刑事課、というか──若手でもベテランでも、あの無愛想な署長の感情を読み取れるのが刑事課の凄いところ。
「あんなカオ?」
聞き返したあたしに、その職員は神妙に頷いた。
「デレデレしてた」
「でっ」
絶句。
まさか……まさか?
「デレデレ?」
「いや、デレデレっていうか……あれな、ベタ惚れしてるよ」
なんだかちょっと安心したように、その人は言う。
「いやあ署長も人間だったんだなぁ」
まぁ、そうだけど。
そうなんだけど。
(想像、できないなぁ)
あたしはぼんやり、思った。
あの鮫川署長が、ベタ惚れ?
でもまぁ、とにかく秋頃には「結婚します」とお知らせがきて。
ウチの課長あたりは式に出席して──驚き顔で帰ってきた。
「どうだったんですか?」
「いやぁあれ、すごいね。署長あんななるんだってくらいベタ惚れ」
「えー」
想像できないです、ってあたしたちに課長は言う。
「だってさ、式でキスするじゃん。あの時ヴェールあげるだろ」
「はぁ」
新郎が、新婦のヴェールを上げて。
永遠の愛を誓う、キス。
「上げたあと、しばらく動かなかったからね鮫川署長」
「は?」
「もう、じっと美保さん……あ、奥さんね。奥さん見つめて動かなくなっちゃって」
「はあ」
「感無量、みたいな感じでさー。しばらくして、やっと額にキスしてた」
「はぁ」
やっぱり想像できない。
できなかったのに──その年のクリスマス前。
「……女性が喜ぶクリスマスプレゼントはなんだろうか」
署長は手当たり次第、目につく女性職員という女性職員に、クリスマスプレゼントについて相談し始めた。
「アクセサリー」
「花束」
「ケーキ」
「お財布」
「クリスマスコフレ」
「車」
「ディナー」
誰よ車って答えたの!
署長も「車? 車なら分かる」とか言っちゃってるし!
「んなわけないでしょう署長、落ち着いてください。奥様車好きですか?」
「……ドライブは好きなようだが」
「ご自分で運転を?」
「しないな」
「じゃあ却下で」
ドライブ好きで、自分で運転しないって。
……ドライブデート、良くいくのかな?
結局、署長は奥様に時計をプレゼントしていたみたいだった。奥様も働かれてるそうで、それならピッタリだったんじゃないかな。
それから翌年のバレンタイン。
「須賀川長官のお嬢さんならさー」
「うん」
「ホワイトデー、いいの返ってくると思わない?」
「思う」
っていうので、全員バレンタインは気合が入りまくった。
予想通り美味しいお返しがきて、全員大満足だったんだけれど──そんな感じで時は過ぎて。
新しい年になって、桜が咲いて散って新緑になって、それを雨が打ってじめじめしてまた、晴れて──夏が来た。
署長が新婚旅行へ行って、なんだか大量にお土産を買ってきてくれて。
「署長の機嫌が異常に良い」
「なにがあったの新婚旅行」
署内がざわついた。
そりゃあ、顔に出る人ではないんだけれど、それにしたって機嫌がいい。
署長の表情を読み取れる数少ない職員、刑事課の若手黒田くん(イケメンだけど既婚だ。ちぇ!)によると「気を抜くとすぐに幸せそうに笑ってる」らしい。
「ほら」
「……どこが?」
「いや、なんかほら。笑ってるでしょう。多分新婚旅行楽しかったんじゃないっすか」
「ええ……」
あたしには、やっぱり無愛想にしか見えなかった。
そんなある日。
あたしが署の一階の正面入口を通りかかったところで──話しかけられた。
「すみません」
優しそうな、ふんわりした雰囲気の女性だった。
手には、小さな紙袋。
困ったように、立ち尽くして。
「鮫川にこれを渡したいのですが、どなたに」
「鮫川?」
なんだろう、と女性を見る。
「あ、すみません。鮫川の妻です。署長の」
「え、あ、署長」
の、奥さん。
署長の奥さん!?
「お弁当のお箸を、私、忘れてて」
なんだか照れたように、その人は首を傾げて。
思わず観察。
可愛いけど、めちゃくちゃ美人、ってわけじゃない。
ただ、雰囲気が──びっくりするくらい、柔らかかった。話してたら、ついニコニコしちゃうような、そんな感じのひと。
「……あの?」
「あ、いえ、ええと」
あたしは考える──見たい。
署長が奥様にデレてるところ、見てみたい!
さっと振り向くと、一階の(交通課とか会計課とか)メンツが、うん、とうなずく。
あたしはニコニコと自動販売機前の椅子を勧めた。
「お呼びします」
「え、でも」
仕事の邪魔じゃないかな、って顔をするけど、奥様。あたしたちが見たいんです!
奥さんはちょこんとソファに座る。ちょっと所在なさげ。
「……俺、今から決裁もらうとこなんで、伝えておきますよ」
通りかかった黒田くんが呆れたように伝令をかってくれた。
で、しばらくして。
署長が颯爽と(見ようによっては、大慌てで)駆けつけて。
「わー」
「うわー」
「うそだー」
みんなで、こそこそ呟いた。
だってまぁ、あんなに。
「デレデレですやん」
「ラブラブだ」
お箸ひとつ届けて貰ったくらいで、あんなに嬉しそうにするなんて。
奥さんもなんか、嬉しそうだし。
会えて嬉しい、ってお互いの雰囲気が言い合ってる。……遠距離カップルじゃないんだから!
「何があったんだろうね」
「ねぇ」
「謎~」
二人の恋物語が、一体どういうものであったのか、あたしたちには知る由はないけれど。
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