20 / 45
番外編
【番外編SS】助産師さん視点(出産のときのこと)
しおりを挟む
いつも冷静な旦那さんだなぁ、って思ってた。
「イケメンだしね~」
「いいよねイケメン」
「ガタイいいしね」
「わかるー」
「でも表情硬いよね」
「無愛想」
スタッフ間で、ほんのちょろっとそんな話も出てたりした、鮫川さんご夫妻。
クリニックの父親学級も参加して、奥さんの検診にも付き添えるときは付き添って。
でも常に仏頂面……に見えてた。
イヤイヤ参加してる感じは、しないんだけれど。
で、いざ奥さんが産気づいたときも、冷静な声で連絡してきてた。
支えながら受付まできて、奥さんの診察券や母子手帳、必要書類なんかもさっさと揃えて。(これは受付スタッフの談)
陣痛室でも、上手に飲み物やいきみ逃しを手伝ってあげてた。
無愛想なカオだけれど、献身的で、優しくて。
いいなー、なんて少し思う。ウチの旦那は……と、まぁそれはいい。あいつだってソコソコいいやつ。
「子宮口だいぶ開いてきましたね~」
陣痛の進みは早かったのに、子宮口がなかなか開かず苦しそうな鮫川さん。
「はい……」
途切れ途切れの息の間から、なんとかそう返事をしてくれる。
「早く産みたいよね~。でもまだ我慢してね~」
「……うう、は、い……あの、すっごく痛いんですけど、これ……大丈夫、ですか?」
「うんみんなそうだから」
「……ですよね……」
旦那さんは心配そうで。
(あ、表情変わるんじゃん)
意外に思った。仏頂面以外を初めて見たから。
まぁ、何にせよ冷静っぽい人だよなぁ、なんて思ってた。
この時までは。
いや、もうずっときっとこの人、冷静じゃなかったんだろう、って気がついたのは鮫川さんが分娩室に移動するとき。
立ち上がった旦那さん。
気がつかなかった。
靴下、左右で色が違う。
「……」
「なにか?」
「いいえ」
ていうか顔、青っ!
「大丈夫ですか? あのー、血とか」
「問題ありません。警官なので」
「はぁ」
たまに倒れる旦那さんいるからな。
「点滴の針いれますね。お名前いいですかー」
「鮫川修平です」
真っ青な顔の旦那さんが反射的に言う。
「ご主人ではなくて」
「うう、み、美保です。美保のほうです……」
鮫川さんが分娩台の上から細い声で訂正する。
「そうです美保のほうです」
慌てたように旦那さんが修正した。
……だめだ。旦那さん全然冷静じゃなかった。
そんな全然冷静じゃない旦那さん、鮫川さんがいきむたびに息止めてる。
いやあなたが息止めてもなにも……まぁ気持ちは分からないでもないです。
「あ、寝ちゃダメですよ鮫川さーん」
あたしの声にも、鮫川さん(美保さんのほう)はほとんど無反応。
気を失ったみたいに目を閉じてる。
まあ、結構あるんだけど。
お産の時に出るホルモンの関係で、陣痛と陣痛の合間に寝ちゃう人は一定数、いる。
だからあたしは落ち着いてたし、まぁ寝られちゃいきむ準備できないので起こそう、って声をかけようとしたら。
「美保」
鮫川さん(旦那さんのほう)の悲痛な声。
「美保、美保」
あ、ダメだこれ完全にパニくってる。
「あのー、旦那さん」
「美保、美保っ」
あたしの声なんか、全然耳に入ってない。
真っ青で、ただ奥さんの名前を呼んで。
さすがに鮫川さんも起きた。
不思議そうに旦那さんを見上げて、汗まみれで、笑った。
旦那さんもやっと安心したように笑う。
あーもう、寝てただけだから~って思う。けど。
(そっか、だよね)
あたしにとっては一日に下手すると(って言い方もなんだけれど)何件もある、見慣れてる「いつも通りの、問題ない、ていうかどっちかというと多分安産で終わりそう」なこのお産も。
この2人にとっては、初めての。
一生で、何回かあるかないかの。
(よし)
気を引き締め直した。いやお産はいつもバッチリ張ってるんだけど、更にってこと。
にこりと笑って見せた。
「大丈夫ですよ、眠り産は安産っていうんですよ、ちゃんとお産のホルモン出てるって証拠なので」
「……ああ、そうなんですか」
旦那さんが、ほっとしたように。
「そうですか……」
鮫川さんの手を握るその手が、信じられないくらいに震えていた。
「すみません、安心、したら」
「……いえいえ~、あ、鮫川さん寝ないでー」
「……ふ、ぁ。すみませ……っ、痛ッ、いた……うううっ」
「頑張ってね、もう、頭見えてるよー」
「そろそろかな~」
先生が少しのんびりと入ってくる。
「あ、もう出るね」
「ほ、……っんと、ですか……」
鮫川さんはギリギリなかんじ。
旦那さんはただ真っ青になって震えながら、ただ鮫川さんの手を握っている。
なんか、なんか。
……単に、普段とのギャップでそう思っただけかも、だけれど。
(この人、奥さんのこと超愛してるんだなぁ)
赤ちゃんにヤキモチ妬かないといいけど、なんて思いながら……。
「はい最後がんばってね、ふー!」
鮫川さんが涙と汗でぐちゃぐちゃになりながら、ぐうぅといきんで──そして。
あたしは小さないのちが元気な産声を上げるのを、ほっとしながら聞いた。
お産は毎回、ほっとする。
命がけなんだ。
そして、……鮫川さんの手をきつく握って、旦那さんが号泣して。
ここまで泣く人めったにいないよ!?
私はぐったりしてる鮫川さんと目を合わせて、なんだか2人して笑ってしまった。
「いい旦那さんですね~」
「……で、しょう?」
鮫川さんは少し自慢気に言って、幸せそうに生まれたばかりの小さな我が子を、柔らかな視線で見つめていた。
「イケメンだしね~」
「いいよねイケメン」
「ガタイいいしね」
「わかるー」
「でも表情硬いよね」
「無愛想」
スタッフ間で、ほんのちょろっとそんな話も出てたりした、鮫川さんご夫妻。
クリニックの父親学級も参加して、奥さんの検診にも付き添えるときは付き添って。
でも常に仏頂面……に見えてた。
イヤイヤ参加してる感じは、しないんだけれど。
で、いざ奥さんが産気づいたときも、冷静な声で連絡してきてた。
支えながら受付まできて、奥さんの診察券や母子手帳、必要書類なんかもさっさと揃えて。(これは受付スタッフの談)
陣痛室でも、上手に飲み物やいきみ逃しを手伝ってあげてた。
無愛想なカオだけれど、献身的で、優しくて。
いいなー、なんて少し思う。ウチの旦那は……と、まぁそれはいい。あいつだってソコソコいいやつ。
「子宮口だいぶ開いてきましたね~」
陣痛の進みは早かったのに、子宮口がなかなか開かず苦しそうな鮫川さん。
「はい……」
途切れ途切れの息の間から、なんとかそう返事をしてくれる。
「早く産みたいよね~。でもまだ我慢してね~」
「……うう、は、い……あの、すっごく痛いんですけど、これ……大丈夫、ですか?」
「うんみんなそうだから」
「……ですよね……」
旦那さんは心配そうで。
(あ、表情変わるんじゃん)
意外に思った。仏頂面以外を初めて見たから。
まぁ、何にせよ冷静っぽい人だよなぁ、なんて思ってた。
この時までは。
いや、もうずっときっとこの人、冷静じゃなかったんだろう、って気がついたのは鮫川さんが分娩室に移動するとき。
立ち上がった旦那さん。
気がつかなかった。
靴下、左右で色が違う。
「……」
「なにか?」
「いいえ」
ていうか顔、青っ!
「大丈夫ですか? あのー、血とか」
「問題ありません。警官なので」
「はぁ」
たまに倒れる旦那さんいるからな。
「点滴の針いれますね。お名前いいですかー」
「鮫川修平です」
真っ青な顔の旦那さんが反射的に言う。
「ご主人ではなくて」
「うう、み、美保です。美保のほうです……」
鮫川さんが分娩台の上から細い声で訂正する。
「そうです美保のほうです」
慌てたように旦那さんが修正した。
……だめだ。旦那さん全然冷静じゃなかった。
そんな全然冷静じゃない旦那さん、鮫川さんがいきむたびに息止めてる。
いやあなたが息止めてもなにも……まぁ気持ちは分からないでもないです。
「あ、寝ちゃダメですよ鮫川さーん」
あたしの声にも、鮫川さん(美保さんのほう)はほとんど無反応。
気を失ったみたいに目を閉じてる。
まあ、結構あるんだけど。
お産の時に出るホルモンの関係で、陣痛と陣痛の合間に寝ちゃう人は一定数、いる。
だからあたしは落ち着いてたし、まぁ寝られちゃいきむ準備できないので起こそう、って声をかけようとしたら。
「美保」
鮫川さん(旦那さんのほう)の悲痛な声。
「美保、美保」
あ、ダメだこれ完全にパニくってる。
「あのー、旦那さん」
「美保、美保っ」
あたしの声なんか、全然耳に入ってない。
真っ青で、ただ奥さんの名前を呼んで。
さすがに鮫川さんも起きた。
不思議そうに旦那さんを見上げて、汗まみれで、笑った。
旦那さんもやっと安心したように笑う。
あーもう、寝てただけだから~って思う。けど。
(そっか、だよね)
あたしにとっては一日に下手すると(って言い方もなんだけれど)何件もある、見慣れてる「いつも通りの、問題ない、ていうかどっちかというと多分安産で終わりそう」なこのお産も。
この2人にとっては、初めての。
一生で、何回かあるかないかの。
(よし)
気を引き締め直した。いやお産はいつもバッチリ張ってるんだけど、更にってこと。
にこりと笑って見せた。
「大丈夫ですよ、眠り産は安産っていうんですよ、ちゃんとお産のホルモン出てるって証拠なので」
「……ああ、そうなんですか」
旦那さんが、ほっとしたように。
「そうですか……」
鮫川さんの手を握るその手が、信じられないくらいに震えていた。
「すみません、安心、したら」
「……いえいえ~、あ、鮫川さん寝ないでー」
「……ふ、ぁ。すみませ……っ、痛ッ、いた……うううっ」
「頑張ってね、もう、頭見えてるよー」
「そろそろかな~」
先生が少しのんびりと入ってくる。
「あ、もう出るね」
「ほ、……っんと、ですか……」
鮫川さんはギリギリなかんじ。
旦那さんはただ真っ青になって震えながら、ただ鮫川さんの手を握っている。
なんか、なんか。
……単に、普段とのギャップでそう思っただけかも、だけれど。
(この人、奥さんのこと超愛してるんだなぁ)
赤ちゃんにヤキモチ妬かないといいけど、なんて思いながら……。
「はい最後がんばってね、ふー!」
鮫川さんが涙と汗でぐちゃぐちゃになりながら、ぐうぅといきんで──そして。
あたしは小さないのちが元気な産声を上げるのを、ほっとしながら聞いた。
お産は毎回、ほっとする。
命がけなんだ。
そして、……鮫川さんの手をきつく握って、旦那さんが号泣して。
ここまで泣く人めったにいないよ!?
私はぐったりしてる鮫川さんと目を合わせて、なんだか2人して笑ってしまった。
「いい旦那さんですね~」
「……で、しょう?」
鮫川さんは少し自慢気に言って、幸せそうに生まれたばかりの小さな我が子を、柔らかな視線で見つめていた。
72
お気に入りに追加
5,520
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。



【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。