お見合い相手は無愛想な警察官僚でした 誤解まみれの溺愛婚

にしのムラサキ

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番外編

【番外編SS】助産師さん視点(出産のときのこと)

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 いつも冷静な旦那さんだなぁ、って思ってた。

「イケメンだしね~」
「いいよねイケメン」
「ガタイいいしね」
「わかるー」
「でも表情硬いよね」
「無愛想」

 スタッフ間で、ほんのちょろっとそんな話も出てたりした、鮫川さんご夫妻。
 クリニックの父親学級も参加して、奥さんの検診にも付き添えるときは付き添って。
 でも常に仏頂面……に見えてた。
 イヤイヤ参加してる感じは、しないんだけれど。
 で、いざ奥さんが産気づいたときも、冷静な声で連絡してきてた。
 支えながら受付まできて、奥さんの診察券や母子手帳、必要書類なんかもさっさと揃えて。(これは受付スタッフの談)
 陣痛室でも、上手に飲み物やいきみ逃しを手伝ってあげてた。
 無愛想なカオだけれど、献身的で、優しくて。
 いいなー、なんて少し思う。ウチの旦那は……と、まぁそれはいい。あいつだってソコソコいいやつ。

「子宮口だいぶ開いてきましたね~」

 陣痛の進みは早かったのに、子宮口がなかなか開かず苦しそうな鮫川さん。

「はい……」

 途切れ途切れの息の間から、なんとかそう返事をしてくれる。

「早く産みたいよね~。でもまだ我慢してね~」
「……うう、は、い……あの、すっごく痛いんですけど、これ……大丈夫、ですか?」
「うんみんなそうだから」
「……ですよね……」

 旦那さんは心配そうで。

(あ、表情変わるんじゃん)

 意外に思った。仏頂面以外を初めて見たから。
 まぁ、何にせよ冷静っぽい人だよなぁ、なんて思ってた。
 この時までは。
 いや、もうずっときっとこの人、冷静じゃなかったんだろう、って気がついたのは鮫川さんが分娩室に移動するとき。
 立ち上がった旦那さん。
 気がつかなかった。
 靴下、左右で色が違う。

「……」
「なにか?」
「いいえ」

 ていうか顔、青っ!

「大丈夫ですか? あのー、血とか」
「問題ありません。警官なので」
「はぁ」

 たまに倒れる旦那さんいるからな。

「点滴の針いれますね。お名前いいですかー」
「鮫川修平です」

 真っ青な顔の旦那さんが反射的に言う。

「ご主人ではなくて」
「うう、み、美保です。美保のほうです……」

 鮫川さんが分娩台の上から細い声で訂正する。

「そうです美保のほうです」

 慌てたように旦那さんが修正した。
 ……だめだ。旦那さん全然冷静じゃなかった。
 そんな全然冷静じゃない旦那さん、鮫川さんがいきむたびに息止めてる。
 いやあなたが息止めてもなにも……まぁ気持ちは分からないでもないです。

「あ、寝ちゃダメですよ鮫川さーん」

 あたしの声にも、鮫川さん(美保さんのほう)はほとんど無反応。
 気を失ったみたいに目を閉じてる。
 まあ、結構あるんだけど。
 お産の時に出るホルモンの関係で、陣痛と陣痛の合間に寝ちゃう人は一定数、いる。
 だからあたしは落ち着いてたし、まぁ寝られちゃいきむ準備できないので起こそう、って声をかけようとしたら。

「美保」

 鮫川さん(旦那さんのほう)の悲痛な声。

「美保、美保」

 あ、ダメだこれ完全にパニくってる。

「あのー、旦那さん」
「美保、美保っ」

 あたしの声なんか、全然耳に入ってない。
 真っ青で、ただ奥さんの名前を呼んで。
 さすがに鮫川さんも起きた。
 不思議そうに旦那さんを見上げて、汗まみれで、笑った。
 旦那さんもやっと安心したように笑う。
 あーもう、寝てただけだから~って思う。けど。

(そっか、だよね)

 あたしにとっては一日に下手すると(って言い方もなんだけれど)何件もある、見慣れてる「いつも通りの、問題ない、ていうかどっちかというと多分安産で終わりそう」なこのお産も。
 この2人にとっては、初めての。
 一生で、何回かあるかないかの。

(よし)

 気を引き締め直した。いやお産はいつもバッチリ張ってるんだけど、更にってこと。
 にこりと笑って見せた。

「大丈夫ですよ、眠り産は安産っていうんですよ、ちゃんとお産のホルモン出てるって証拠なので」
「……ああ、そうなんですか」

 旦那さんが、ほっとしたように。

「そうですか……」

 鮫川さんの手を握るその手が、信じられないくらいに震えていた。

「すみません、安心、したら」
「……いえいえ~、あ、鮫川さん寝ないでー」
「……ふ、ぁ。すみませ……っ、痛ッ、いた……うううっ」
「頑張ってね、もう、頭見えてるよー」
「そろそろかな~」

 先生が少しのんびりと入ってくる。

「あ、もう出るね」
「ほ、……っんと、ですか……」

 鮫川さんはギリギリなかんじ。
 旦那さんはただ真っ青になって震えながら、ただ鮫川さんの手を握っている。
 なんか、なんか。
 ……単に、普段とのギャップでそう思っただけかも、だけれど。

(この人、奥さんのこと超愛してるんだなぁ)

 赤ちゃんにヤキモチ妬かないといいけど、なんて思いながら……。

「はい最後がんばってね、ふー!」

 鮫川さんが涙と汗でぐちゃぐちゃになりながら、ぐうぅといきんで──そして。
 あたしは小さないのちが元気な産声を上げるのを、ほっとしながら聞いた。
 お産は毎回、ほっとする。
 命がけなんだ。
 そして、……鮫川さんの手をきつく握って、旦那さんが号泣して。
 ここまで泣く人めったにいないよ!?
 私はぐったりしてる鮫川さんと目を合わせて、なんだか2人して笑ってしまった。

「いい旦那さんですね~」
「……で、しょう?」

 鮫川さんは少し自慢気に言って、幸せそうに生まれたばかりの小さな我が子を、柔らかな視線で見つめていた。
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