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もしかして、でもそんなはずなくて、
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やけに白々しく明るい蛍光灯の下、三島先輩は続けた。
「誰でも良かったにせよ、ってなんだった?」
ぎょっとして首を振る。
三島先輩に、顔合わせのときに泣いてるの見られたときの話! また!?
「またそれですか! 言ってませんー」
「いや言ってた。棚倉、オレじゃだめか」
三島先輩が座ったまま、私を見上げる。
真剣な眼差しだった。でも、そんな真剣な顔をされてもどうしようもない。申し訳ないけれど。
「──なんのお話かは分かりませんが、先輩じゃダメです」
桔平くんじゃないと。
ふ、と息を吐き出した。室内なのに息が白い。
「……大事にする」
「大事にしてもらってます」
「『誰でも良かった』ようなやつに大事にされて幸せなのか?」
むっ、と黙る。
桔平くんは──桔平くんの気持ちは、三島先輩以上に分からない。
「帰ります」
スマホを鞄に突っ込んで踵を返すと、三島先輩も立ち上がる。
「……なんですか」
「いや、オレも帰るだけ」
三島先輩は静かに言う。
……もう、本当によくわからない。
ふたりして扉のほうへ向かう。三島先輩が電気のスイッチをぱちん、と切った。
真っ暗な部屋の中で、三島先輩が呟く。
「何回もごめんな」
「……いえ」
こういうとき、どんな答えが正解なんだろうか?
恋愛経験なんか、桔平くんとしかないから返答のしようがない。
「でも、好きでいていいか? それくらいは許してくれ」
「ええっと……」
私は暗闇の中、戸惑う。
暗い空間に目が慣れて、ぼんやりと三島先輩を見遣る。慣れれば、外の明かりがぼんやりと射し込んでいるのが分かった。
ふたりして黙り込んで──静寂がきぃん、と耳に痛い。
(……なんで?)
何回も言われて、言われるたびに困る。戸惑う。思考がぐるぐると回った。
(なんで私のことなんか?)
一番の疑問はそこだ。
三島先輩は私のこと、地味メガネザルって──そういえば、照れてただけって言ってた?
でも、三島先輩の友達はそれ否定してなかったし、胸だけって騒いでたし、やっぱり私、異性にそう好かれる容姿じゃないよね? なんで? 地味メガネザル──。
そこまで考えて、ふと桔平くんの声が脳裏に響く。
『いつも、お姫様みたいだと』
私、は──地味メガネザルじゃなくてお姫様?
(イヤイヤイヤイヤ!)
あれはきっと、桔平くんのなんか変な思考が私についてそう形容させただけであって、実家は地味メガネザル──けど、ショーではスタッフさんに「合格」もらって──え、あーもう、わかんない!
(恋愛経験の少なさが!)
いい大人だというのに、そのあたりをものすごーーーく露呈してしまっている。
(桔平くんだけ、なんだもん……)
私の「恋愛経験」って。
その上、その桔平くんとは「契約婚」であって……契約ってなんだっけ? とは時々思うけれど……大事にされすぎてて。
(なんであんなに大事にしてくれるんだろう?)
お姫様、だなんて言ってくれるんだろう?
考えがあちらこちらに散らばって、まとまらない。
(……見初める)
ふと思い出したフレーズ。
師匠さんが言っていた言葉。考えだすとまとまらないから、あまり考えないようにしていたけれど──でも。
(桔平くんが、私のことを──好き?)
え?
好き? なんで、いつから……?
(結婚、してから?)
結婚してから、だったら……それだと「見初める」と話が合わない。
(なら、じゃあ、……じゃあ)
結婚する前、──から。
たどり着いた答え……らしきもの、に呆然としている私と、黙って立っている三島先輩。
(え、でもそんなはずない、でしょう?)
私なんか、地味メガネザル──ああ違う、お姫様みたいだって言ってもらえてて……でも、でも──!
(わかんない!)
経験がない。根拠がない。データがない。確信に足る、十分な自信がない。わかんない!
思考がループ。
堂々巡りに入って、何周かしたその瞬間──がちゃん! と音がした。
ハッと扉の向こうに視線を向ける。
「まーた鍵あけっぱなしで」
呆れたような、少し嗄れた声。
同時に、カチン、という音。すぐにぶおん、という原付のエンジンが響いた。
「……へ?」
誰か走り去って行きました?
私が間抜け面を晒している間(まあ暗くて見えなかっただろうけれど)に、三島先輩が慌てたように扉に飛びつく。
ガタガタと揺らすけれど、あかない扉。
「……っ、施錠された」
「え!?」
この解剖室は正直な話、間に合わせのもので正式なものじゃない。予算が下り次第、きちんとしたものを建てるって──言いながら数年経つらしいけれど──まぁ国公立大学なんてどこもお金がないものだ。
造りはプレハブだし、それにしたってとてもチープ。
そんなわけで、鍵は外からしか施錠できないようになっていた。もちろん、──内側から鍵は開かない。
「もういないと思われたのか……」
「こ、声くらいかけてくれても」
一体誰か閉めたんだろう?
「警備員さんじゃないか? ここの鍵、開錠してあると飛び出てるから」
「あー」
外から見て、鍵がかかっているかどうかは見てわかる。開錠時は鍵を回す部分が少し飛び出ているのだ。
「帰る途中に見かけて、閉めてくれた──んだろうけど」
三島先輩がカチカチと電気のスイッチを押す。
この簡素な作りのプレハブは、火災防止のために誰もいないときはブレーカーを落とす。カチャンという音が、多分それ。
「あー、すみません……反応遅れました」
扉に近かったのは私だ。すぐに声をかけたら開けてくれただろうに……。
「誰でも良かったにせよ、ってなんだった?」
ぎょっとして首を振る。
三島先輩に、顔合わせのときに泣いてるの見られたときの話! また!?
「またそれですか! 言ってませんー」
「いや言ってた。棚倉、オレじゃだめか」
三島先輩が座ったまま、私を見上げる。
真剣な眼差しだった。でも、そんな真剣な顔をされてもどうしようもない。申し訳ないけれど。
「──なんのお話かは分かりませんが、先輩じゃダメです」
桔平くんじゃないと。
ふ、と息を吐き出した。室内なのに息が白い。
「……大事にする」
「大事にしてもらってます」
「『誰でも良かった』ようなやつに大事にされて幸せなのか?」
むっ、と黙る。
桔平くんは──桔平くんの気持ちは、三島先輩以上に分からない。
「帰ります」
スマホを鞄に突っ込んで踵を返すと、三島先輩も立ち上がる。
「……なんですか」
「いや、オレも帰るだけ」
三島先輩は静かに言う。
……もう、本当によくわからない。
ふたりして扉のほうへ向かう。三島先輩が電気のスイッチをぱちん、と切った。
真っ暗な部屋の中で、三島先輩が呟く。
「何回もごめんな」
「……いえ」
こういうとき、どんな答えが正解なんだろうか?
恋愛経験なんか、桔平くんとしかないから返答のしようがない。
「でも、好きでいていいか? それくらいは許してくれ」
「ええっと……」
私は暗闇の中、戸惑う。
暗い空間に目が慣れて、ぼんやりと三島先輩を見遣る。慣れれば、外の明かりがぼんやりと射し込んでいるのが分かった。
ふたりして黙り込んで──静寂がきぃん、と耳に痛い。
(……なんで?)
何回も言われて、言われるたびに困る。戸惑う。思考がぐるぐると回った。
(なんで私のことなんか?)
一番の疑問はそこだ。
三島先輩は私のこと、地味メガネザルって──そういえば、照れてただけって言ってた?
でも、三島先輩の友達はそれ否定してなかったし、胸だけって騒いでたし、やっぱり私、異性にそう好かれる容姿じゃないよね? なんで? 地味メガネザル──。
そこまで考えて、ふと桔平くんの声が脳裏に響く。
『いつも、お姫様みたいだと』
私、は──地味メガネザルじゃなくてお姫様?
(イヤイヤイヤイヤ!)
あれはきっと、桔平くんのなんか変な思考が私についてそう形容させただけであって、実家は地味メガネザル──けど、ショーではスタッフさんに「合格」もらって──え、あーもう、わかんない!
(恋愛経験の少なさが!)
いい大人だというのに、そのあたりをものすごーーーく露呈してしまっている。
(桔平くんだけ、なんだもん……)
私の「恋愛経験」って。
その上、その桔平くんとは「契約婚」であって……契約ってなんだっけ? とは時々思うけれど……大事にされすぎてて。
(なんであんなに大事にしてくれるんだろう?)
お姫様、だなんて言ってくれるんだろう?
考えがあちらこちらに散らばって、まとまらない。
(……見初める)
ふと思い出したフレーズ。
師匠さんが言っていた言葉。考えだすとまとまらないから、あまり考えないようにしていたけれど──でも。
(桔平くんが、私のことを──好き?)
え?
好き? なんで、いつから……?
(結婚、してから?)
結婚してから、だったら……それだと「見初める」と話が合わない。
(なら、じゃあ、……じゃあ)
結婚する前、──から。
たどり着いた答え……らしきもの、に呆然としている私と、黙って立っている三島先輩。
(え、でもそんなはずない、でしょう?)
私なんか、地味メガネザル──ああ違う、お姫様みたいだって言ってもらえてて……でも、でも──!
(わかんない!)
経験がない。根拠がない。データがない。確信に足る、十分な自信がない。わかんない!
思考がループ。
堂々巡りに入って、何周かしたその瞬間──がちゃん! と音がした。
ハッと扉の向こうに視線を向ける。
「まーた鍵あけっぱなしで」
呆れたような、少し嗄れた声。
同時に、カチン、という音。すぐにぶおん、という原付のエンジンが響いた。
「……へ?」
誰か走り去って行きました?
私が間抜け面を晒している間(まあ暗くて見えなかっただろうけれど)に、三島先輩が慌てたように扉に飛びつく。
ガタガタと揺らすけれど、あかない扉。
「……っ、施錠された」
「え!?」
この解剖室は正直な話、間に合わせのもので正式なものじゃない。予算が下り次第、きちんとしたものを建てるって──言いながら数年経つらしいけれど──まぁ国公立大学なんてどこもお金がないものだ。
造りはプレハブだし、それにしたってとてもチープ。
そんなわけで、鍵は外からしか施錠できないようになっていた。もちろん、──内側から鍵は開かない。
「もういないと思われたのか……」
「こ、声くらいかけてくれても」
一体誰か閉めたんだろう?
「警備員さんじゃないか? ここの鍵、開錠してあると飛び出てるから」
「あー」
外から見て、鍵がかかっているかどうかは見てわかる。開錠時は鍵を回す部分が少し飛び出ているのだ。
「帰る途中に見かけて、閉めてくれた──んだろうけど」
三島先輩がカチカチと電気のスイッチを押す。
この簡素な作りのプレハブは、火災防止のために誰もいないときはブレーカーを落とす。カチャンという音が、多分それ。
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