【R18／本編完結】契約って、溺愛って意味でしたっけ？〜キマジメ官僚と理系女子による契約婚はひたすらに平行線のようです〜

だってあたしはお姫様（泉崎かすみ視点）

　【ご報告】っていう文字が目に飛び込んできた瞬間、あたしの喉は詰まるかと思った。
　ご報告なんて、ご報告なんて、……っ、「あの子」にまた「いいこと」が起きたに違いない。

（なんでなんでなんでなんでなんで！？）

　あたしはスマホを睨みつけたまま、震える指で「ひらく」をタップした。
　途端に飛び込んでくる写真。
　男と女の、重ねた手と手。
　女の指には、きらきらしいダイヤ！

《【ご報告】
　私事ですが……ついに婚約、いたしました。彼とのこと、たくさん応援してくださってありがとうございました！

#ご報告
#婚約しました
#毎日つけてる
#ながめてるだけで幸せ
#感謝
#みんな大好き》

「ぁぁぁああああ！！！！」

　あたしは大声で叫びながら、ソファにスマホを投げつけた。「２匹目」の白猫がびくりと怯えて、カーテンの裏に逃げ込む。

「なんでなんでなんでなんで！？　なんで！？」

　あたしは髪をぐちゃぐちゃにしながらかき回した。なんでこんなことになるか、分からない！

　あの子はいつもあたしの邪魔をする。

　気がつけば、あたしよりSNSのランキングが上にいた。
　気がつけば、動画サイトの登録者数があたしより多かった。
　気がつけば、あたしより再生数が、コメントが、スタンプが、ハートが、イイネが、あたしより、あたしより、あたしより、多かった。

（あたしの方が可愛いのに！）

　モーニングルーティンだって、メイク動画だって、ダンス動画だって、あたしのほうが仕上がりがいい。
　なのに、あの少し眠そうな女はあたしよりずっと上にいた。時々、ネイル剥げてるのに。時々、寝癖ついてるのに。
　常にランキングトップ。

（なんでなんで！？）

　だから、あたしは──足りないところ、を補った。
　あの子は猫を飼っている。可愛くもない黒猫。
　だから白猫を飼った。「１匹目」の白猫。
　あの子は猫のご飯を手作りしている。動画も上げて。
　だからあたしも自分で作った。
　より「猫の健康に気を使ってる」ことをアピールするために、わざわざマクロビにして、色々調べて──。
　なのに、ついたコメントは「猫ちゃんはお肉あげたほうが(*^_^*)」とかいちいちうるさくて、削除した。

（ウザっ！ウザいウザい！！）

　あたしのほうが凄いんだから、口出さないでよね。
　あたしのやり方に文句あるんなら、──あたしの再生回数、超えてから言ってよね！！
　だけど、なのに、猫──プランセスはどんどん弱っていった。
　フランス語で「お姫様」。
　みんなのお姫様たるあたしに相応しい、そんな名前──なのに！

「あのペットショップ、不良品売りつけやがった！」

　イライラして部屋中のものを荒らす。猫が必死に逃げる。その姿さえ弱々しくて、余計にイライラした。
　これ、綺麗にするのにどれくらいかかると思ってるの！？
　また明日の朝、配信あるんだよ！？
　ランキングのために、毎日の配信はかかせない。早起きして、うっすーくメイクして、すっぴんのフリして「やっぴやっぴー、みょみょん姫だよ！」って言うのに、どれほど努力しているか！　寝癖もつけない、ネイルも剥がさない！　死ぬほどの努力！　わかってんのかあのペットショップ！

　翌日、あたしは白猫を病院へ連れていった。不良品だって証明して、新しいのに変えてもらうために。
　担当の獣医はそこそこイケメンで、悪くないなと思った。
　なのに文句ばかり言う……。

（視力が悪いのかな？）

　あたしの顔がはっきり見えてたら、ここまで怖い言い方しないと思うんだけれど……と、横から女が（いたの？）イケメン先生に加勢してくる。タナクラ、って呼ばれてたかな？
　あんまり色々言うし、お金もかかるみたいだったから、そいつに白猫はあげてきた。
　勢いでそうして、……で、そのあと普通に困った。

（……あ、どうしよ）

　いきなりSNSにも配信にも動画にも、あの猫がいないと怪しまれるだろう。
　困っちゃった。
　それもこれも、あのペットショップが悪いんだ！　あとあの獣医たち！　不良品ですよ、って言ってくれたらそれで良かったのに！
　仕方ないから、何店舗かまわって似たような猫を飼った。あーもう、余計な出費。
　割と大きい子を選ばないとだったから、今度はオスだけど、まぁいいや。バレないバレない。

　で、そんな時に【ご報告】事件が起きた。気が狂いそうになった。
　なんで、なんで、なんで！？
　なんであたしより早く幸せになるの！？
　許せない！

（あたしのほうが、上なのに！）

　そのはずでしょ？
　あたしの方が可愛いし、あたしのほうが頑張ってるのに、──なんで！
　そんなとき、SNSで噂を目にした。
　あの子の婚約者は「官僚」らしいって。

『そんなにイケメンではなかったけど、優しそうな人』
『ふたり幸せそうでこっちまで幸せ』

　一晩かけて噂を集めた結果──あたしは思いつく。
　じゃあ、あたしだって官僚と結婚する。

（……それで、イケメンなら──あの子に勝てる）

　勝ちたい。
　勝ちたい。
　きっとあの子は、これから結婚して、すぐにプレママ&マタママランキングでトップになって、その次はママランキングトップになって、幸せそうな姿振りまいて、ああ、だめ、想像しただけでぶち壊したくなる！
　負けたくない！
　負けたくない！！！

　大学の頃の「友達」に連絡して──一時期狙ってた「鮫川」さんが（ケガしたからもう代表とかナイかなぁって狙うのやめた）官僚サンになってるのを知って。

（あ、そういえばイケメンだったねあのひと）

　ちょっと怖い顔してるけど。
　たまたま「２匹目」を爪切り失敗して病院に連れて行ったときに、鮫川先輩に会った。

（ぜんぜんイケメンじゃん！）

　よし、この人にしよ。
　そうして、家の最寄駅をまた別の先輩からゲットした。
　あとは会いにいって、少しアピールして……とそんなときにネットで噂が立つ。

『すみょみょんの猫、あれ前とおなじ？』
『思った！　なんか違うよね？』

　ああ、と思う。
　本当に疲れちゃう。
　仕方ないから「１匹目」を引き取りに行かないといけない。
　視線を「２匹目」に向ける。
　コレと交換で、いいかな？
　あんまりお金払いたくないし。
　まぁとりあえず、「１匹目」はあたしが「わざわざ」引き取りに行ってあげることに、した。
　本当に──あたしって、努力家だと思わない？