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(桔平視点)
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「鮫川、この案件お前に任せる」
先輩はそう言った。
「だってお前、酒強いだろ?」
最初はなにを言ってるんだと思ったが、──なるほど。
懇親会という名前の「酒地獄」(……前任者からの引き継ぎの文書そのまま)は、気がついたらほぼ全員が泥酔、酩酊していた。
部下に至ってはスヤスヤ気持ちよさそうに寝息を立てている。
「鮫川さん、強いですねぇあっはっは」
四国出張初日、高知。
そんな言葉に「はぁ、まぁ」と相槌を打ちつつ、スマホの画面を気にしていた。
本来なら失礼にあたる行為だと思うけれど、もうこの場でそんなことを気にしている人はいない。いたとしても酔い潰れている。
(高知のひとは、酒に強いとは聞いていたけれど……)
遺伝的に肝臓が強いのだろうか。
しかし、さっきから水のように注がれる地酒は、確かに美味かった。
「──すみません、急用です」
待ち望んでいた人からのメッセージに、スマホ片手に廊下に飛び出た。
少し、酔っていたのかもしれない。
会えなくて頭がどうにかしていたのかもしれない。
(亜沙姫、亜沙姫さん)
たった数日、会えないだけなのに。
電話の向こうの、亜沙姫さんの声は柔らかくて透明で、愛おしくて。
狂おしいほど、抱きたかった。
「勃ちそうです」
ぽろっと出た言葉に、(というか半分そうなっていた)亜沙姫さんは──思ってもない言葉を返してきた。
『他の人としちゃだめだよ!』
亜沙姫さんが初めて見せてくれた独占欲──の、片鱗のようなものに歓喜で叫びたくなる。
少しは、俺はあなたの心に食い込めていますか?
正直なところ、俺の行動は一歩間違えたらストーカー寸前のところまで行っていただろう。
わざわざ、亜沙姫さんの大学の近くに家を借りたのだって、もしかしたらバッタリ会えるかもしれない、と思ったからだった。
仕事の合間を縫って、会いに行った。
なのに、肝心の言葉は一向に俺の口からは出てこなくて──結局、騙し討ちのように彼女を手に入れた。
後悔は、ないけれど。
これっぽっちも、ないけど。
出張最終日、夜の飛行機で東京へ戻るという、そんな朝。
台風の進路がずれた、と朝からニュースで姦しい。
「あら、いやですね」
朝食の(安いビジネスホテルだけれど)バイキング会場で、着物を着た中年女性スタッフが呟いた。
「お客さん、どちらから? 東京? 飛行機、飛ばないかもしれませんよ」
最悪、もう一泊することになるだろう。
今日も今日で、みっちり予定は詰まっている。
ため息をつきたかった。
亜沙姫さん不足だ。電話じゃ足りない。
直接会って、抱きしめて、──抱き潰したい。色んな意味で。
昼過ぎに、飛行機の欠航が決定的になって、亜沙姫さんにメッセージを送る。
「ああ、でもラッキーです。明日の午前中は仕事をしないで済む」
「出張中と明日午前分の仕事がデスクの上に溜まってるだけだぞ」
単純に喜んでいる部下に、残念なお知らせを淡々と述べる。部下は死んだ目で俺を見た。
「俺のせいじゃない」
「……そうなんですけどね」
土日は休みたい! と背を伸ばす部下に、俺は小さく相槌を打った。
今日は木曜。明日を乗り切れば、スケジュール的に土日は休める、はずだ。
(ひたすら亜沙姫さんと過ごしたい)
手を繋いで散歩したり、庭仕事したり、一緒に食事したり、のんびりしたり、……セックスしたり。とにかく亜沙姫さん不足を一刻も早く解消しないことには、死ぬ。
本気で死ぬ。
(もう、分からない)
亜沙姫さんと過ごすようになる前、どうやって生きていたか全く分からない。
よく呼吸ができていたな、俺。
部下のぽかんとした視線に、目をやる。
「? なにか付いているか?」
「いやー、……係長、そういや新婚だったなぁと。意外にも」
意外?
なんだ、それは。
「新婚だ。超弩級の新婚だ。早く帰りたい妻に会いたい」
思わずこぼれた本音に、部下がケタケタと笑った。失礼な。
夜になって、安宿のシングルベッドでスマホを開く。
「……」
亜沙姫さんから連絡が来ない。
それどころか、メッセージが既読にもなってない。
小さなテレビは、深夜にも都心を台風が直撃するだろうと告げている。幸いにも、勢力は弱まってきている、と──だからなんだ。
(まさか)
色々な「嫌な予感」が身体を蝕む。
電話してみるけれど、……電源が入っていない、とそう告げるばかりで。
事件、事故、──亜沙姫さんは「家のこと」をやたらと気にしていた。
それは、……俺がそんな理由で彼女と「契約」を結んだからなのだけれど。
画面の中の東京の様子は、強い風が吹き始めている。
(もし、慌てて庭を片付けたりしていて)
怪我をして、動けなくなっていたら?
一度想像すると、もうダメだった。
「俺は東京へ帰る」
「……は?」
隣の部屋でもう寝ていたらしい部下を叩き起こして、そう告げた。
「え、どうやって」
「在来線も新幹線も、途中までは動いている。静岡くらいまでならいけるだろう」
「静岡からは?」
「どうにかする」
「そんなに仕事が気になりますかぁ?」
急ぎのぶんはないでしょうに、という部下に俺は淡々と告げた。
「妻が心配だから帰る」
先輩はそう言った。
「だってお前、酒強いだろ?」
最初はなにを言ってるんだと思ったが、──なるほど。
懇親会という名前の「酒地獄」(……前任者からの引き継ぎの文書そのまま)は、気がついたらほぼ全員が泥酔、酩酊していた。
部下に至ってはスヤスヤ気持ちよさそうに寝息を立てている。
「鮫川さん、強いですねぇあっはっは」
四国出張初日、高知。
そんな言葉に「はぁ、まぁ」と相槌を打ちつつ、スマホの画面を気にしていた。
本来なら失礼にあたる行為だと思うけれど、もうこの場でそんなことを気にしている人はいない。いたとしても酔い潰れている。
(高知のひとは、酒に強いとは聞いていたけれど……)
遺伝的に肝臓が強いのだろうか。
しかし、さっきから水のように注がれる地酒は、確かに美味かった。
「──すみません、急用です」
待ち望んでいた人からのメッセージに、スマホ片手に廊下に飛び出た。
少し、酔っていたのかもしれない。
会えなくて頭がどうにかしていたのかもしれない。
(亜沙姫、亜沙姫さん)
たった数日、会えないだけなのに。
電話の向こうの、亜沙姫さんの声は柔らかくて透明で、愛おしくて。
狂おしいほど、抱きたかった。
「勃ちそうです」
ぽろっと出た言葉に、(というか半分そうなっていた)亜沙姫さんは──思ってもない言葉を返してきた。
『他の人としちゃだめだよ!』
亜沙姫さんが初めて見せてくれた独占欲──の、片鱗のようなものに歓喜で叫びたくなる。
少しは、俺はあなたの心に食い込めていますか?
正直なところ、俺の行動は一歩間違えたらストーカー寸前のところまで行っていただろう。
わざわざ、亜沙姫さんの大学の近くに家を借りたのだって、もしかしたらバッタリ会えるかもしれない、と思ったからだった。
仕事の合間を縫って、会いに行った。
なのに、肝心の言葉は一向に俺の口からは出てこなくて──結局、騙し討ちのように彼女を手に入れた。
後悔は、ないけれど。
これっぽっちも、ないけど。
出張最終日、夜の飛行機で東京へ戻るという、そんな朝。
台風の進路がずれた、と朝からニュースで姦しい。
「あら、いやですね」
朝食の(安いビジネスホテルだけれど)バイキング会場で、着物を着た中年女性スタッフが呟いた。
「お客さん、どちらから? 東京? 飛行機、飛ばないかもしれませんよ」
最悪、もう一泊することになるだろう。
今日も今日で、みっちり予定は詰まっている。
ため息をつきたかった。
亜沙姫さん不足だ。電話じゃ足りない。
直接会って、抱きしめて、──抱き潰したい。色んな意味で。
昼過ぎに、飛行機の欠航が決定的になって、亜沙姫さんにメッセージを送る。
「ああ、でもラッキーです。明日の午前中は仕事をしないで済む」
「出張中と明日午前分の仕事がデスクの上に溜まってるだけだぞ」
単純に喜んでいる部下に、残念なお知らせを淡々と述べる。部下は死んだ目で俺を見た。
「俺のせいじゃない」
「……そうなんですけどね」
土日は休みたい! と背を伸ばす部下に、俺は小さく相槌を打った。
今日は木曜。明日を乗り切れば、スケジュール的に土日は休める、はずだ。
(ひたすら亜沙姫さんと過ごしたい)
手を繋いで散歩したり、庭仕事したり、一緒に食事したり、のんびりしたり、……セックスしたり。とにかく亜沙姫さん不足を一刻も早く解消しないことには、死ぬ。
本気で死ぬ。
(もう、分からない)
亜沙姫さんと過ごすようになる前、どうやって生きていたか全く分からない。
よく呼吸ができていたな、俺。
部下のぽかんとした視線に、目をやる。
「? なにか付いているか?」
「いやー、……係長、そういや新婚だったなぁと。意外にも」
意外?
なんだ、それは。
「新婚だ。超弩級の新婚だ。早く帰りたい妻に会いたい」
思わずこぼれた本音に、部下がケタケタと笑った。失礼な。
夜になって、安宿のシングルベッドでスマホを開く。
「……」
亜沙姫さんから連絡が来ない。
それどころか、メッセージが既読にもなってない。
小さなテレビは、深夜にも都心を台風が直撃するだろうと告げている。幸いにも、勢力は弱まってきている、と──だからなんだ。
(まさか)
色々な「嫌な予感」が身体を蝕む。
電話してみるけれど、……電源が入っていない、とそう告げるばかりで。
事件、事故、──亜沙姫さんは「家のこと」をやたらと気にしていた。
それは、……俺がそんな理由で彼女と「契約」を結んだからなのだけれど。
画面の中の東京の様子は、強い風が吹き始めている。
(もし、慌てて庭を片付けたりしていて)
怪我をして、動けなくなっていたら?
一度想像すると、もうダメだった。
「俺は東京へ帰る」
「……は?」
隣の部屋でもう寝ていたらしい部下を叩き起こして、そう告げた。
「え、どうやって」
「在来線も新幹線も、途中までは動いている。静岡くらいまでならいけるだろう」
「静岡からは?」
「どうにかする」
「そんなに仕事が気になりますかぁ?」
急ぎのぶんはないでしょうに、という部下に俺は淡々と告げた。
「妻が心配だから帰る」
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