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言い訳

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 鮫川くんが、私の唇をむにむにと食む。
 啄むようにキスをして、まるで感触を確かめるかのように。

(なに、これ)

 キスって、こんなのなんだ。
 ぼうっとしてる間に、ちゅ、となんだかいかがわしいリップ音がして──それから、ぬるり、と鮫川くんの舌が口内に入り込んでくる。

「……っ!」

 びっくりして、鮫川くんのTシャツの肩口を掴んだ。掴んだら、結果的に引き寄せるようになってしまう。
 鮫川くんのおっきな手のひらが、私の後頭部を支えるようにガッチリ固定した。
 もう私の口の中は、されるがまま。

「んっ、ふぁっ、さめかわ、くん」

 なんとか名前を呼んだその舌を、鮫川くんが甘噛みして、私はびっくりする。背中に電気が走ったみたいで。

「んん……っ」

 鮫川くんのTシャツを、ぎゅうっと握る。
 知らない感覚に、頭がフワフワして──でもおそらく、自分が……欲情しているのだと、気がついた。

(こんな、簡単、に……)

 どれだけそうされていたのだろう。
 離された唇と、目の前でぎらぎらした眼をしている鮫川くんと、多分真っ赤になってる私。
 いつも冷静そうな彼が「オス」の目をしてて、私はたじろいだ。
 大騒ぎしているテレビを、鮫川くんは消して、それから私を抱き上げた。

「わぁ」
「……軽いですね」
「……そうなぁ」

 お姫様みたいに抱き上げられたけれど、残念ながら私はお姫様ではないのです。名前には入ってるけれど……ああ、ほんとうに似合わない。
 鮫川くんは私を寝室──この家で唯一の洋間──に運び込む。
 ばちんと電気をつけて、ダブルベッドに、ぽすんと置かれて。

(……ダブルベッド)

 別に「新婚さん」だから買ったわけじゃない。最初から鮫川くんはこのベッドだった、みたいだ。

(なんでだろ)

 単純に考えれば、身体が大きいから?
 もしくは──誰かと、暮らしていた?
 ちり、と胸のどこかが痛んで、首を傾げた。

「どうしました」

 いつのまにやら、Tシャツを脱ぎ捨てた鮫川くんがベッドに上がっている。相変わらずぎらぎらした視線に、私は少したじろいだ。
 このひと、本当に私相手に欲情できるんだ。

(すごくない?)

 地味メガネザル、なのになぁ。

「なんでも……?」

 鮫川くんの上半身を、まじまじと見つめた。

「腹直筋もだけれど、外腹斜筋が良く発達してるね」
「……褒め言葉ですか?」
「? そうだけど」

 ありがとうございます、と鮫川くんは少し読めない表情でそう答えた。まぁ全体的にガッチリしているのだけれど。大胸筋と上腕二頭筋もなかなか。……と、気がついてギョッとした。

「鮫川くん!」
「なんですか」
「大きくなってるよ!」
「なりますよそれは」

 どこか呆れたように返される。
 鮫川くんの、が(動物のなら呼称も恥ずかしくないのに、鮫川くん相手だとなぜか照れてしまう)膨張して、部屋着のハーフパンツを押し上げている。

「なるの? 私だよ?」
「……アサヒさんだからですよ」

 鮫川くんは寝転がっている私の上に、のしかかる。……少しだけ、危機を感じた。

「ねえ鮫川くん、一応申告しておくと、私、処女なんです」

 できればお手柔らかにお願いしたい。

「奇遇ですね、俺は童貞です」
「えっ」

 思わず鮫川くんを見つめた。童貞? 童貞!?

「なんで!?」
「なぜとは」
「女の子なんか選り取り見取りでしょうに!」
「……そんなことないですが」

 鮫川くんはふ、とため息をついた。

「ずっと好きな人がいたんです」

 好きな人?
 じゃ、私と結婚なんかしてよかったの?
 ──なんて聞く前に、眼鏡を外されてしまう。
 ぼやける視界に戸惑う間に、唇を塞がれた。

「……んぁっ」

 変な声がもれちゃったのは、仕方ないと思う。鮫川くんが私の乳房に、触れたから。
 再び口の中を蹂躪されながら、同時にやわやわと胸を揉まれる。

(息が、できない)

 混乱しながら、なんとか息をしながら、ただされるがままだった。
 ほ、ほんとうに鮫川くんも初めてなの?

「ひゃっ」

 やっと唇が離れたと思ったら、少し乱暴な手つきでTシャツを脱がされる。

「……っ、すみません」

 鮫川くんの少し狼狽した声。視力が悪いから、表情までは見えないけれど──なるほど、多分……慣れてない、んだろうな。
 大丈夫、と頷くと、安心したように額にキスをされた。

「……!」

 びっくりした。
 その仕草が、あまりに甘いものだったから。
 まるで、大切にされている「女の子」みたいだったから──。

「……大切に、しますから」

 どこか許しを乞うような響きで、鮫川くんはそう言って──そうして、私の肌に直接に触れた。

「っ、あ!」

 与えられた刺激に、身体が勝手に仰反る。
 鮫川くんは小さく息を飲んで、それから乳房の先端に、優しく、触れる。
 本当に優しく触れてくれたのに──刺激があまりに強すぎて、私の喉から勝手に声が溢れた。

「ぁあっ」

 羞恥で、泣きそうになる。
 私、そんな、──こんな予定じゃ、なかったのに。さくっと経験して、なんらかの知見を得られれば、それで……!

「可愛い」

 鮫川くんが呟いて、それから指で転がしていた先端を口に含む。

「ゃあっ、あっ、あ……!」

 あったかな、やわらかな、鮫川くんの口の中。舌で転がされ、突かれ、押されて、甘噛み、されて──。

「ぁ、ふぁっ、あ……!」

 勝手に腰が動く。分泌液が溢れているのが分かって、恥ずかしい。鮫川くんの硬くなったそれが、ぐいっと押しつけられる。

「アサヒさんが」

 鮫川くんが掠れたような声で言う。

「アサヒさんが──俺で感じてくれているのが、嬉しいです」

 ぽろりと溢れた、そんな言葉に頬に熱が集まる。

「っ、あの、っ、ねっ、鮫川くんっ」
「はい」

 鮫川くんの指が、私の身体を滑って行く。
 太ももにたどり着いたその手が、ゆるゆると内股を撫で上げる。

「ひ、ヒトが、オーガズムを感じる、のはっ」
「はい」
「元々人類の、祖先、はっ、オーガズムを、っ、感じることによって排卵していた、って、あんっ、考えられて、いて……っ」
「そうなんですか?」
「そ、うなのっ。現代では、っ、違うけどっ、だから、だからっ」

 するり、とショートパンツごと下着も脱がされる。股間が冷たくて、もうすっかり濡れていたんだと否が応でも自覚させられた。

「私が、っ、こうなっているのはっ、生理的なことによってであって……っ、決して私がふしだらな訳、では……!」
「なるほどよく分かりました」

 鮫川くんの無骨な指が、くちゅりと入り口のあたりを撫でる。

「ひゃぁんっ!」
「アサヒさんがこうなっているのは──仕方のないことだと」
「そ、そう」

 そうなのです。
 そう返事をしようとしたとき、鮫川くんの指がそのまま少し上に上がって──!

「っ、ぁああっ!?」

 びりびりする、今まで感じたことのない、──快感、そう言っていいだろうそれに、私の腰が勝手に浮いた。

「ん、んっ、やぁっ、だめっ、鮫川くんっ、だめっ、そこっ、だめなの……っ」

 ぐにぐにと陰核を弄られる。
 これだって、進化の過程で手に入れたもので、私がこうなっているのは決して、決して私がイヤらしいわけではなくて──!

「っ、ぁあっ、やぁっ、あっ、あ……!」
「ダメ、なのにアサヒさんの腰、勝手に動いてますよ」
「んぁっ、い、言わないでぇ……」

 鮫川くんは、はっきり言おう。楽しそうだった。はっきり見えなくても分かるくらいに、楽しそう!

「鮫川くん、はっ、女性を苛めて、楽しむ性癖が、ぁあっ、あるのっ!?」
「わかりません。アサヒさんが初めての女性ですから」
「うそっ、絶対、嘘……っ!」

 私はシーツを思い切り握りしめる。
 爪先がきゅっと丸まるのを覚えた。

「ぁあ………っ!」

 腰から電気が走る、みたいだった。
 身体から力が抜ける。

「気持ちよかったですか?」

 鮫川くんの言葉に、答えられない。ただ浅い息を繰り返した。

「アサヒ、さん」
「……?」
「指を、挿れても……いいでしょうか」

 鮫川くんの言葉に、ゆるゆると頷く。
 つぷ、と入ってくる鮫川くんの指、小さな違和感。

「……んっ」
「っ、痛い、ですか?」

 本気で心配している声だった。小さく首を振る。

「いたく、ない」
「良かった」

 鮫川くんが、安心したような声音で言った。
 大事にしますから──鮫川くんのことばが、なぜだか頭の中に今更のように、響いた。
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