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事故か他殺か
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「あとは地下だけ、っすね」
健が言った。
午前4時半。まだ外は暗いけれど、風は落ち着いている。雨はまだ、少し降ってるけれどーーあとは波の様子如何で、警察がやってくるだろう。
「行くしかないだろう」
鹿王院さんが肩をすくめた。
「女性陣はここに残ってもらっても」
そう言われて、僕らは華と日和を見た。
ミチルは良く寝ていて(というかあの状況の彼女を連れ出せない)ヒカルと、それから念のため山ノ内さんと牟田さんが双子の部屋に残った。
残りのメンバーでの大橋さん捜索。3階から始まったそれは、1階を探し終わってもまだ完了していない。
「いえ、行きます。気になるし」
華が言って、日和が頷いて口を開く。
「これでも腕っ節は強い方なんで」
テニスで鍛えてるんで、と日和は左腕を軽く上げた。
「女性を前に立たせることはしないが、……果たして地下にもいるかどうかも怪しいが」
「ヒカルたちの部屋に戻る? 僕ーーだけじゃ心もとないか、健あたりと送るけど」
僕は一応言うけれど、華は首を振る。多分、「なんとなく気になっちゃって」とかいう理由だろうけど、本当に気になってるんだろうと思う。好奇心の塊だからな、こんな時に不謹慎だけど。
「じゃあ、行くか」
階段を降りてすぐに、少し鼻を腕でおさえた。
死体のにおい、だと思う。なんとも言えない、少し生臭くて甘ったるい、それは死臭ーーって、僕も始めて嗅ぐんだけど。
光は懐中電灯なので、うすぼんやりとしか周りの表情は窺えないけれど、きっと誰もが眉をひそめているんじゃないかなと思う。
「……、まずはアトリエから行くか」
「鹿王院さんて、嫌いな食べ物は先に食べるタイプですよね、きっと」
「そのたとえは今はすべきではないな」
鹿王院さんは苦笑した。
それから扉に手をかけて、ハッとした顔をした。
「施錠してあったな、そういえば」
昨日、地下を見て回った時に大橋さんがマスターキーで施錠したのだった。
「鍵は……あるとすれば、雑餉隈さんの部屋ですけど」
「鍵がかかっていたら、地下のどこかに潜伏しているという仮定で、階段にバリケードを作ろう」
鹿王院さんは言う。
「そうしますか」
吉田さんは少し複雑そうに同意した。
だけれど、その必要はなかった。雑餉隈さんの部屋は鍵がかかっていなかった。そして聞こえてくる、水音ーーシャワー?
僕らは部屋に備え付けのユニットバスを覗き込んだ。湯船にはたっぷりの水が満ちていて、夏だけれどこんな日には寒々しい。水面に懐中電灯の灯が反射する。
(水中に、誰かいる?)
僕は華と日和をお風呂から追い出した。
「え、え? なに? 見えてなかった」
「いいからここにいて、あっち見てて」
僕はそうキツく言って、それからまたユニットバスを覗き込んだ。
「……大橋さん?」
吉田さんが、懐中電灯片手に近づく。
「大橋さん、大橋さん」
意を決したように、吉田さんが床に懐中電灯を置いて、腕を湯船に突っ込む。健と鹿王院さんも手伝って、翔がライトで照らしていた。
数人がかりで、大橋さんを部屋まで引きずり出した。
「大橋さん! 聞こえますか!?」
やはり動かない大橋さんを、吉田さんが揺さぶる。
「大橋さん!?」
「誰か救急に連絡を!」
鹿王院さんが心臓マッサージと、人工呼吸を始めた。
健がスマホを耳に当てて、翔と吉田さんはじっとそれを見守っていた。
さすがにこちらを振り向いている華と日和は、くっつくようにして黙り込んでいた。
「ダメっす、ヘリも船もまだ」
「お、大橋さん」
吉田さんがヨロリと近づく。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、ふとマッサージを止めた鹿王院さんは、大橋さんに触れて、それからほんの少し険しい表情で、大橋さんの手首と首に触れた。
しばらくして、深く深くため息をつく。
「……もう亡くなっている、と思う」
「そんな」
全員が黙り込んだ。
「……とりあえず、戻ろう」
鹿王院さんの言葉に、僕らは頷いた。
双子の部屋に戻ると、ミチルが起きていた。
「ごめんなさい、こんな時に眠っていて」
「体調悪かったんだし、てか、寝てて」
華が慌てたように言う。
「ごめんね起こして」
「ううん、もう目が覚めちゃった」
「でも横になってたほうがいいよ」
ミチルは薄く笑うと、ベッドにころりと横になった。
「大橋さんは」
健が言った。
「事務室帰る前、なんか変なこととか言ってなかったんすか?」
「いや、特に。やたらとスマホをいじっていたくらいやで」
山ノ内さんが答えた。例のシニア向けスマホだろう。
「変な行動とか」
「それも、特に。行動ゆうたかて、飲みもん持って事務室帰ったくらいや」
「飲み物?」
「おう」
山ノ内さんはうなずく。
「グレープフルーツやったっけな?」
「ああ」
鹿王院さんは頷いた。
「そうですか」
健は腕を組んで、何かを考えている。
「殺されたのか、事故なのか……」
「早く警察が来てくれないかしら」
牟田さんがイライラと言う。それはそうだろう。
「……あの」
僕は手を挙げた。
「こんな時になんですけれど、朝ごはん、食べませんか」
「メシ?」
「はい、多分、今日一日警察の捜査だので忙しくなりますので」
「……そうだな」
「では、作ります」
吉田さんが笑う。
「何かしていたほうが、気が紛れますので」
全員で食堂へ向かう。ミチルも「もう大丈夫」とのことで、一緒だ。
食堂のテーブルについて、しばらく黙っていたけれど、僕は立ち上がった。
「圭くん?」
「吉田さん、手伝ってくる」
「私も行こうか?」
「僕、ちょっと寝たから元気なんだよね」
座ってて、と僕は言った。座っててもらわなきゃ困るんだよ。
健が言った。
午前4時半。まだ外は暗いけれど、風は落ち着いている。雨はまだ、少し降ってるけれどーーあとは波の様子如何で、警察がやってくるだろう。
「行くしかないだろう」
鹿王院さんが肩をすくめた。
「女性陣はここに残ってもらっても」
そう言われて、僕らは華と日和を見た。
ミチルは良く寝ていて(というかあの状況の彼女を連れ出せない)ヒカルと、それから念のため山ノ内さんと牟田さんが双子の部屋に残った。
残りのメンバーでの大橋さん捜索。3階から始まったそれは、1階を探し終わってもまだ完了していない。
「いえ、行きます。気になるし」
華が言って、日和が頷いて口を開く。
「これでも腕っ節は強い方なんで」
テニスで鍛えてるんで、と日和は左腕を軽く上げた。
「女性を前に立たせることはしないが、……果たして地下にもいるかどうかも怪しいが」
「ヒカルたちの部屋に戻る? 僕ーーだけじゃ心もとないか、健あたりと送るけど」
僕は一応言うけれど、華は首を振る。多分、「なんとなく気になっちゃって」とかいう理由だろうけど、本当に気になってるんだろうと思う。好奇心の塊だからな、こんな時に不謹慎だけど。
「じゃあ、行くか」
階段を降りてすぐに、少し鼻を腕でおさえた。
死体のにおい、だと思う。なんとも言えない、少し生臭くて甘ったるい、それは死臭ーーって、僕も始めて嗅ぐんだけど。
光は懐中電灯なので、うすぼんやりとしか周りの表情は窺えないけれど、きっと誰もが眉をひそめているんじゃないかなと思う。
「……、まずはアトリエから行くか」
「鹿王院さんて、嫌いな食べ物は先に食べるタイプですよね、きっと」
「そのたとえは今はすべきではないな」
鹿王院さんは苦笑した。
それから扉に手をかけて、ハッとした顔をした。
「施錠してあったな、そういえば」
昨日、地下を見て回った時に大橋さんがマスターキーで施錠したのだった。
「鍵は……あるとすれば、雑餉隈さんの部屋ですけど」
「鍵がかかっていたら、地下のどこかに潜伏しているという仮定で、階段にバリケードを作ろう」
鹿王院さんは言う。
「そうしますか」
吉田さんは少し複雑そうに同意した。
だけれど、その必要はなかった。雑餉隈さんの部屋は鍵がかかっていなかった。そして聞こえてくる、水音ーーシャワー?
僕らは部屋に備え付けのユニットバスを覗き込んだ。湯船にはたっぷりの水が満ちていて、夏だけれどこんな日には寒々しい。水面に懐中電灯の灯が反射する。
(水中に、誰かいる?)
僕は華と日和をお風呂から追い出した。
「え、え? なに? 見えてなかった」
「いいからここにいて、あっち見てて」
僕はそうキツく言って、それからまたユニットバスを覗き込んだ。
「……大橋さん?」
吉田さんが、懐中電灯片手に近づく。
「大橋さん、大橋さん」
意を決したように、吉田さんが床に懐中電灯を置いて、腕を湯船に突っ込む。健と鹿王院さんも手伝って、翔がライトで照らしていた。
数人がかりで、大橋さんを部屋まで引きずり出した。
「大橋さん! 聞こえますか!?」
やはり動かない大橋さんを、吉田さんが揺さぶる。
「大橋さん!?」
「誰か救急に連絡を!」
鹿王院さんが心臓マッサージと、人工呼吸を始めた。
健がスマホを耳に当てて、翔と吉田さんはじっとそれを見守っていた。
さすがにこちらを振り向いている華と日和は、くっつくようにして黙り込んでいた。
「ダメっす、ヘリも船もまだ」
「お、大橋さん」
吉田さんがヨロリと近づく。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、ふとマッサージを止めた鹿王院さんは、大橋さんに触れて、それからほんの少し険しい表情で、大橋さんの手首と首に触れた。
しばらくして、深く深くため息をつく。
「……もう亡くなっている、と思う」
「そんな」
全員が黙り込んだ。
「……とりあえず、戻ろう」
鹿王院さんの言葉に、僕らは頷いた。
双子の部屋に戻ると、ミチルが起きていた。
「ごめんなさい、こんな時に眠っていて」
「体調悪かったんだし、てか、寝てて」
華が慌てたように言う。
「ごめんね起こして」
「ううん、もう目が覚めちゃった」
「でも横になってたほうがいいよ」
ミチルは薄く笑うと、ベッドにころりと横になった。
「大橋さんは」
健が言った。
「事務室帰る前、なんか変なこととか言ってなかったんすか?」
「いや、特に。やたらとスマホをいじっていたくらいやで」
山ノ内さんが答えた。例のシニア向けスマホだろう。
「変な行動とか」
「それも、特に。行動ゆうたかて、飲みもん持って事務室帰ったくらいや」
「飲み物?」
「おう」
山ノ内さんはうなずく。
「グレープフルーツやったっけな?」
「ああ」
鹿王院さんは頷いた。
「そうですか」
健は腕を組んで、何かを考えている。
「殺されたのか、事故なのか……」
「早く警察が来てくれないかしら」
牟田さんがイライラと言う。それはそうだろう。
「……あの」
僕は手を挙げた。
「こんな時になんですけれど、朝ごはん、食べませんか」
「メシ?」
「はい、多分、今日一日警察の捜査だので忙しくなりますので」
「……そうだな」
「では、作ります」
吉田さんが笑う。
「何かしていたほうが、気が紛れますので」
全員で食堂へ向かう。ミチルも「もう大丈夫」とのことで、一緒だ。
食堂のテーブルについて、しばらく黙っていたけれど、僕は立ち上がった。
「圭くん?」
「吉田さん、手伝ってくる」
「私も行こうか?」
「僕、ちょっと寝たから元気なんだよね」
座ってて、と僕は言った。座っててもらわなきゃ困るんだよ。
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