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歓談
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夏の薔薇咲き乱れるそこは、まるで絵画の世界のようで。
「わ、素敵」
華が嬉しそうに硝子格子の両開扉をすうっと開けた。ほんのり潮の香りがするふわりとした風が吹き抜けて。
「お、最終のお客さんかいな」
薔薇の植木の前で、カクテルグラス片手に、にこりと微笑んだ20代半ばくらいの長身の男に、雑餉隈さんが「ご紹介します」と僕らの後ろから微笑んだ。
「こちら、常盤敦子さんのお孫様お二人と、そのご学友で」
「あー、俺は芸術方面は詳しないけど、話には聞いてます。どうも」
関西弁の男は愛想良く、僕ら一人一人と握手しながら「俺は山ノ内アキラです」と名前を名乗った。
「プロバスケの選手やってます。雑餉隈さんはうちのチームのスポンサーで、その縁で今日は」
「へー、そうなんですか。背え高いですもんね」
「バスケ選手の中では高い方やないんやけどな」
山ノ内がそう言ったとき、「あらワタシたちにも紹介してくださいよ」と1組の男女が薔薇の生け垣の向こうから姿を現した。
「あらかわいいお客様たち」
微笑む女性は40代くらいかなと思う。いわゆる「あだ」な感じの綺麗な女性。
「牟田シホさんです」
雑餉隈さんがにこりと笑う。その眼の中に、少し下心みたいなのが透けて見えて、僕はちょっぴり辟易した。
まぁ、確かに背も高くて、スタイル抜群って感じだけど。華は少し羨ましそうに彼女のバストに目をやっていた。
「どうも」
僕たちはめいめいに自己紹介する。
「そう、常盤さんのお孫さん。おばあさまとは何度かお会いしたことがありますわ」
都内でエステ系の会社をいくつか経営しているらしい。名刺をもらった。
「鹿王院さんもお仕事ご一緒されたことあるんでしょう?」
彼女は横に立つ男の人に話しかけた。
「ああ」
少しぶっきらぼうな口調で返事をした。
こちらも背の高い。年のころは、山ノ内と同じ年くらいか。
「鹿王院さんです」
「よろしく」
雑餉隈さんの紹介にも、やっぱり不愛想にそう言って、持っていたカクテルグラスに口をつける。でも同じように名刺をくれた。
「鹿王院さん、不愛想ですね」
そう言って、僕らとそう年の変わらなさそうな子が、僕らが出てきたのと同じガラス格子の扉から出てきた。
その声に、翔と健が大きく反応する。
「あ、うっそ、久留米ヒカル」
「マジだ」
「久しぶり」
二人の反応に、しばらく考えたような顔をしたヒカルだったが、すぐに「あ!」と満面の笑みを浮かべた。
「うっわめっちゃ久しぶりやん! なんでおると!?」
博多弁だろうか。
「いやこっちのセリフだぜ」
健がヒカルの背を叩く。
「去年の全国以来じゃん」
翔も嬉しそうに寄っていく。
「二人の友達ってことは、野球してるの?」
華の言葉に、ヒカルは頷いた。
健も翔も野球をしてて、確か去年は、中学軟式の全国大会に出ている。今年からは高校生なので、硬式になったらしいけど。
「大したことないっちゃけどさ」
快活に笑ったヒカルの短髪を「てめー、ヒカル、ふざけんなよ」と健が小突いた。
「優勝投手がなに言ってやがる」
「そーそー、全然打てなかった」
「や、途中から結構捕まっとったし。二人は今もバッテリー組んどると」
「うん」
頷く翔と、「おう、腐れ縁でな」と答える健。
「ひどいなー、健くん。てか、久留米、高校どこだよ。お前のことだから、どっか強豪から声かかってんだろーけどさ」
「いや、その。野球は、辞めたったい」
「え」
健たちだけじゃなく、僕らもついヒカルを見た。悲しそうな、声だったから。
それをごまかすかのように、ヒカルは「つかなんでおると? この子たちは?」と首をかしげた。
「俺らはこいつらの金魚のフン」
「いちいちなんでそんな言い方を」
僕は健に少々苦言を呈しつつ、ヒカルに向き合う。
「本当は僕の祖母が招待されてたんだけど、仕事で来られなくて。代わりに僕と、そこの」
華を示す。華はにっこり微笑んで「常盤華です」と頭を下げた。
ヒカルは少し赤くなって頭を下げ返す。
「で、こっちが華の友達」
「大友日和です! ね、わたしもヒカルって呼んでもいい?」
人懐こい日和は、さっさと距離を詰めている。やっぱりヒカルは少しドギマギしながら「う、うん」と小さく答えた。
「えー、じゃあ私もそう呼ぶ。ヒカル」
華の言葉に、ヒカルは「やー、どげんしよう、こんなキラキラ女子」と困ったように言った。
「?」
不思議そうな華に、ヒカルは「はら」と苦笑しながら言った。
「幼稚園から野球始めて、ずううううっとムサイ奴らに囲まれてたから、こういう女の子っぽい女子に慣れてなくて」
「女の子っぽいかな?」
首をかしげる華と日和は、まあ世間的にはかなりガーリーな部類に入ると思う。単純に二人とも美人、ってのはあるけれど。
「あ、えと、変な意味はないよ。ほめ言葉」
困ったように言うヒカル。
「あは、じゃあ女子慣れして」
くすくすと華は笑う。
「よろしくねヒカル」
「こちらこそ」
なにやら華に友達が増えたところで、翔が「で、ヒカルはなんでここにいんの」と言った。
「ああ。ええと」
さっきから黙って僕らをじっと見ている雑餉隈さんを、ヒカルは窺うように見た。それからぽつりと言う。
「あれ、父親」
「え」
さすがに驚いて、僕らは雑餉隈さんを見る。雑餉隈さんは、少し肩をすくめた。
(ずっと独身だってきいていたけれど)
まあいろいろあるよね、とは思う。苗字も違う。
「驚きました、ヒカルの友達だとは」
雑餉隈さんがそう言った時、銀色のお盆にグラスをいつくか載せた給仕さんが扉から出てきた。背の高い男性。
「そんなわけで、今回のこの館に集まっていただいたのは、ここにいる皆様で全員です」
雑餉隈さんが、その人からカクテルグラスを受け取って、軽く上げた。
「改めて、乾杯をさせて頂ければ、と」
僕らも給仕さんから、ジュースのグラスを受け取る。
「よろしければ、この小さな島の美術館の発展を祈念して頂ければ……乾杯」
「わ、素敵」
華が嬉しそうに硝子格子の両開扉をすうっと開けた。ほんのり潮の香りがするふわりとした風が吹き抜けて。
「お、最終のお客さんかいな」
薔薇の植木の前で、カクテルグラス片手に、にこりと微笑んだ20代半ばくらいの長身の男に、雑餉隈さんが「ご紹介します」と僕らの後ろから微笑んだ。
「こちら、常盤敦子さんのお孫様お二人と、そのご学友で」
「あー、俺は芸術方面は詳しないけど、話には聞いてます。どうも」
関西弁の男は愛想良く、僕ら一人一人と握手しながら「俺は山ノ内アキラです」と名前を名乗った。
「プロバスケの選手やってます。雑餉隈さんはうちのチームのスポンサーで、その縁で今日は」
「へー、そうなんですか。背え高いですもんね」
「バスケ選手の中では高い方やないんやけどな」
山ノ内がそう言ったとき、「あらワタシたちにも紹介してくださいよ」と1組の男女が薔薇の生け垣の向こうから姿を現した。
「あらかわいいお客様たち」
微笑む女性は40代くらいかなと思う。いわゆる「あだ」な感じの綺麗な女性。
「牟田シホさんです」
雑餉隈さんがにこりと笑う。その眼の中に、少し下心みたいなのが透けて見えて、僕はちょっぴり辟易した。
まぁ、確かに背も高くて、スタイル抜群って感じだけど。華は少し羨ましそうに彼女のバストに目をやっていた。
「どうも」
僕たちはめいめいに自己紹介する。
「そう、常盤さんのお孫さん。おばあさまとは何度かお会いしたことがありますわ」
都内でエステ系の会社をいくつか経営しているらしい。名刺をもらった。
「鹿王院さんもお仕事ご一緒されたことあるんでしょう?」
彼女は横に立つ男の人に話しかけた。
「ああ」
少しぶっきらぼうな口調で返事をした。
こちらも背の高い。年のころは、山ノ内と同じ年くらいか。
「鹿王院さんです」
「よろしく」
雑餉隈さんの紹介にも、やっぱり不愛想にそう言って、持っていたカクテルグラスに口をつける。でも同じように名刺をくれた。
「鹿王院さん、不愛想ですね」
そう言って、僕らとそう年の変わらなさそうな子が、僕らが出てきたのと同じガラス格子の扉から出てきた。
その声に、翔と健が大きく反応する。
「あ、うっそ、久留米ヒカル」
「マジだ」
「久しぶり」
二人の反応に、しばらく考えたような顔をしたヒカルだったが、すぐに「あ!」と満面の笑みを浮かべた。
「うっわめっちゃ久しぶりやん! なんでおると!?」
博多弁だろうか。
「いやこっちのセリフだぜ」
健がヒカルの背を叩く。
「去年の全国以来じゃん」
翔も嬉しそうに寄っていく。
「二人の友達ってことは、野球してるの?」
華の言葉に、ヒカルは頷いた。
健も翔も野球をしてて、確か去年は、中学軟式の全国大会に出ている。今年からは高校生なので、硬式になったらしいけど。
「大したことないっちゃけどさ」
快活に笑ったヒカルの短髪を「てめー、ヒカル、ふざけんなよ」と健が小突いた。
「優勝投手がなに言ってやがる」
「そーそー、全然打てなかった」
「や、途中から結構捕まっとったし。二人は今もバッテリー組んどると」
「うん」
頷く翔と、「おう、腐れ縁でな」と答える健。
「ひどいなー、健くん。てか、久留米、高校どこだよ。お前のことだから、どっか強豪から声かかってんだろーけどさ」
「いや、その。野球は、辞めたったい」
「え」
健たちだけじゃなく、僕らもついヒカルを見た。悲しそうな、声だったから。
それをごまかすかのように、ヒカルは「つかなんでおると? この子たちは?」と首をかしげた。
「俺らはこいつらの金魚のフン」
「いちいちなんでそんな言い方を」
僕は健に少々苦言を呈しつつ、ヒカルに向き合う。
「本当は僕の祖母が招待されてたんだけど、仕事で来られなくて。代わりに僕と、そこの」
華を示す。華はにっこり微笑んで「常盤華です」と頭を下げた。
ヒカルは少し赤くなって頭を下げ返す。
「で、こっちが華の友達」
「大友日和です! ね、わたしもヒカルって呼んでもいい?」
人懐こい日和は、さっさと距離を詰めている。やっぱりヒカルは少しドギマギしながら「う、うん」と小さく答えた。
「えー、じゃあ私もそう呼ぶ。ヒカル」
華の言葉に、ヒカルは「やー、どげんしよう、こんなキラキラ女子」と困ったように言った。
「?」
不思議そうな華に、ヒカルは「はら」と苦笑しながら言った。
「幼稚園から野球始めて、ずううううっとムサイ奴らに囲まれてたから、こういう女の子っぽい女子に慣れてなくて」
「女の子っぽいかな?」
首をかしげる華と日和は、まあ世間的にはかなりガーリーな部類に入ると思う。単純に二人とも美人、ってのはあるけれど。
「あ、えと、変な意味はないよ。ほめ言葉」
困ったように言うヒカル。
「あは、じゃあ女子慣れして」
くすくすと華は笑う。
「よろしくねヒカル」
「こちらこそ」
なにやら華に友達が増えたところで、翔が「で、ヒカルはなんでここにいんの」と言った。
「ああ。ええと」
さっきから黙って僕らをじっと見ている雑餉隈さんを、ヒカルは窺うように見た。それからぽつりと言う。
「あれ、父親」
「え」
さすがに驚いて、僕らは雑餉隈さんを見る。雑餉隈さんは、少し肩をすくめた。
(ずっと独身だってきいていたけれど)
まあいろいろあるよね、とは思う。苗字も違う。
「驚きました、ヒカルの友達だとは」
雑餉隈さんがそう言った時、銀色のお盆にグラスをいつくか載せた給仕さんが扉から出てきた。背の高い男性。
「そんなわけで、今回のこの館に集まっていただいたのは、ここにいる皆様で全員です」
雑餉隈さんが、その人からカクテルグラスを受け取って、軽く上げた。
「改めて、乾杯をさせて頂ければ、と」
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