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【高校編】分岐・黒田健
☆【番外編】春の事件(1)(side健)
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「今年も咲いたねぇ」
華がのんびりと、でも嬉しそうにベランダの小さな椅子でどえらく甘いコーヒーを飲みながら言う。
「まぁ春だからな」
「情緒なーい」
俺はその横で、住んでるマンションの桜の木──ちょうど2階の、俺らの部屋のベランダから見下ろすことができる──を眺めていた。朝の日に照らされてどこか清廉に輝く、桜。
風が吹いて、桜色の花弁がふわりと舞って華の頭に落ちる。俺はそれを摘みながら口を開く。
「……つか、そろそろ行かなくていいのか」
「んー」
華は唇をもにゃもにゃと歪める。
「ねむいなー。健くんともう少しいちゃついてたいなー。今日、午前は必修ないしなー」
「俺としてはやぶさかではないけどな、華」
華からの甘い声に、理性でもって返す。
以前、理性まで筋肉でできているのか、と揶揄われたことを思い返しつつ──いやもちろん、できるなら俺だって目の前で「どうかな」なんて甘えてくるこの可愛い妻をめちゃくちゃに可愛がって過ごしたいところではあるのだけれど。
「今日レポート提出だって言ってただろ。グループのやつ」
「……あ」
華は振り返り、掃き出し窓越しにリビングの時計を仰ぎ見た。
「やば、遅刻する! 提出前にみんなで集まるんだった!」
正午までに出さなきゃなんだよ、と華は立ち上がりながら言う。
約束事には律儀で、どちらかというと忘れないほうの華がなんで今日のコレを半分忘れていたかというと──この話が決まったのが昨日の夜遅くで、華は半分……どころじゃないな、眠すぎて7割8割意識を飛ばしながら「了解~」とグループトークに返信していたからで──そもそもなんで眠すぎたかというとその直前まで俺とまぁ、「色々」していたからだ。
色々、と。
鎖骨とうなじについてるキスマークは実のところその残滓なのだけれど、華はどうやら気がついていない。
(まぁ、そこだけじゃないんだけどな)
ぼんやりとそんなことを考える。華の白い肌に散る、俺の執着の証。柔らかな胸にも、滑らかな太ももの内側にも──きっちりと。
「どしたの? 健くん」
「いや──なんだっけか? レポート。社会学?」
「そそそ。噂の伝播性とかそういうやつなの」
華は小首を傾げた。
「先生も変わったヒトでね、都市伝説マニアの……じゃあいってきまーす」
「気を付けろよ、飛び出し注意」
「はいはーい」
華が俺の頬にキスをして、部屋を出ていく。俺は手の中にある桜の花びらを、捨てかねて握った。
華とは高校を出てすぐ、籍をいれた。警察学校だったり、しばらくは寮に入っていたり、で一緒に暮らし出したのはこの春でちょうど一年。
俺は交番勤務の警察官で、華は大学4年になった。
「……掃除でもするかな」
今日は非番な俺は、華がテーブルに置いていったマグカップを流しに運びつつ、そう呟く。
昼過ぎからジムにでもいくか、と非番の午前中を時折家事をしつつだらだらと過ごしていると、スマホが振動して着信を伝える。
「──華?」
忘れ物でもしたのか、と通話に出ると、華の慌てたような声が聞こえてきた。
『大変大変大変なの、健くん』
「どーした、華」
『あのね、助けて』
華の困った声。なるほど。
「わかった、どこに行けばいい」
理由とか説明とか、んなもんいらない。華が俺に助けてと言えば、それで俺が動くには十分すぎるほどに十分な条件なのだった。
華に指定されたのは、華が通ってる女子大……の前の南門。
警備員がじろりと俺を見た。関係者以外の男は構内に入れないらしい。女子大という特性上、それは仕方のないことだと思うし、俺としてもセキュリティ性が高いほうが安心だ。
「あ、健くん、ごめんねありがとう」
煉瓦造りの南門まで手を振りながら駆けてきた華が、警備員に会釈してから声をかけてくる。
「おう」
謝罪も礼も必要ないのだけれど、律儀に華はそういうことを言う。
「で、俺は何したらいいんだ」
「健くん警察官だからさ、わかるかなと思ったの」
警察官だからわかるかな? どういう意味だ?
華は俺の手を引く。初老の警備員が近づいてきて「黒田さん」と華に声をかける。
「そちらは?」
「家族です~、旦那です」
「ああ、いつも惚気てる例の旦那さんね」
「そうなんです」
惚気てるのかよ。
脳内でツッコミつつ、妙に浮き足だった気分になる。
「……健くん機嫌いい?」
「いや?」
「そう?」
華は少し訝しげにしつつ、けれどすぐに「ま、いっか」と俺を呼んだ理由を説明し始めた。
「人食い書庫があるんだけどね」
「なんだそりゃ」
人食い?
「うん、私も最初はそう思ったんだけど」
華は複雑そうな顔をしながら、俺の手を引いてズンズン歩く。
女子大の構内で、明らかに教員じゃない男はかなり目立つ。そもそも華自体が目立つ容姿をしているから、否が応でも目を引いて。
(──まぁ、いいか)
華が気にしていないようだから。
「でね、本当に行方不明になっちゃったの」
「誰が」
「友達が」
華はぴたりと立ち止まり、ずいぶん年季の入った建物の前で俺を見上げる。
「"人食い書庫"に入ったまま、出てこなくなっちゃったんだよ」
華がのんびりと、でも嬉しそうにベランダの小さな椅子でどえらく甘いコーヒーを飲みながら言う。
「まぁ春だからな」
「情緒なーい」
俺はその横で、住んでるマンションの桜の木──ちょうど2階の、俺らの部屋のベランダから見下ろすことができる──を眺めていた。朝の日に照らされてどこか清廉に輝く、桜。
風が吹いて、桜色の花弁がふわりと舞って華の頭に落ちる。俺はそれを摘みながら口を開く。
「……つか、そろそろ行かなくていいのか」
「んー」
華は唇をもにゃもにゃと歪める。
「ねむいなー。健くんともう少しいちゃついてたいなー。今日、午前は必修ないしなー」
「俺としてはやぶさかではないけどな、華」
華からの甘い声に、理性でもって返す。
以前、理性まで筋肉でできているのか、と揶揄われたことを思い返しつつ──いやもちろん、できるなら俺だって目の前で「どうかな」なんて甘えてくるこの可愛い妻をめちゃくちゃに可愛がって過ごしたいところではあるのだけれど。
「今日レポート提出だって言ってただろ。グループのやつ」
「……あ」
華は振り返り、掃き出し窓越しにリビングの時計を仰ぎ見た。
「やば、遅刻する! 提出前にみんなで集まるんだった!」
正午までに出さなきゃなんだよ、と華は立ち上がりながら言う。
約束事には律儀で、どちらかというと忘れないほうの華がなんで今日のコレを半分忘れていたかというと──この話が決まったのが昨日の夜遅くで、華は半分……どころじゃないな、眠すぎて7割8割意識を飛ばしながら「了解~」とグループトークに返信していたからで──そもそもなんで眠すぎたかというとその直前まで俺とまぁ、「色々」していたからだ。
色々、と。
鎖骨とうなじについてるキスマークは実のところその残滓なのだけれど、華はどうやら気がついていない。
(まぁ、そこだけじゃないんだけどな)
ぼんやりとそんなことを考える。華の白い肌に散る、俺の執着の証。柔らかな胸にも、滑らかな太ももの内側にも──きっちりと。
「どしたの? 健くん」
「いや──なんだっけか? レポート。社会学?」
「そそそ。噂の伝播性とかそういうやつなの」
華は小首を傾げた。
「先生も変わったヒトでね、都市伝説マニアの……じゃあいってきまーす」
「気を付けろよ、飛び出し注意」
「はいはーい」
華が俺の頬にキスをして、部屋を出ていく。俺は手の中にある桜の花びらを、捨てかねて握った。
華とは高校を出てすぐ、籍をいれた。警察学校だったり、しばらくは寮に入っていたり、で一緒に暮らし出したのはこの春でちょうど一年。
俺は交番勤務の警察官で、華は大学4年になった。
「……掃除でもするかな」
今日は非番な俺は、華がテーブルに置いていったマグカップを流しに運びつつ、そう呟く。
昼過ぎからジムにでもいくか、と非番の午前中を時折家事をしつつだらだらと過ごしていると、スマホが振動して着信を伝える。
「──華?」
忘れ物でもしたのか、と通話に出ると、華の慌てたような声が聞こえてきた。
『大変大変大変なの、健くん』
「どーした、華」
『あのね、助けて』
華の困った声。なるほど。
「わかった、どこに行けばいい」
理由とか説明とか、んなもんいらない。華が俺に助けてと言えば、それで俺が動くには十分すぎるほどに十分な条件なのだった。
華に指定されたのは、華が通ってる女子大……の前の南門。
警備員がじろりと俺を見た。関係者以外の男は構内に入れないらしい。女子大という特性上、それは仕方のないことだと思うし、俺としてもセキュリティ性が高いほうが安心だ。
「あ、健くん、ごめんねありがとう」
煉瓦造りの南門まで手を振りながら駆けてきた華が、警備員に会釈してから声をかけてくる。
「おう」
謝罪も礼も必要ないのだけれど、律儀に華はそういうことを言う。
「で、俺は何したらいいんだ」
「健くん警察官だからさ、わかるかなと思ったの」
警察官だからわかるかな? どういう意味だ?
華は俺の手を引く。初老の警備員が近づいてきて「黒田さん」と華に声をかける。
「そちらは?」
「家族です~、旦那です」
「ああ、いつも惚気てる例の旦那さんね」
「そうなんです」
惚気てるのかよ。
脳内でツッコミつつ、妙に浮き足だった気分になる。
「……健くん機嫌いい?」
「いや?」
「そう?」
華は少し訝しげにしつつ、けれどすぐに「ま、いっか」と俺を呼んだ理由を説明し始めた。
「人食い書庫があるんだけどね」
「なんだそりゃ」
人食い?
「うん、私も最初はそう思ったんだけど」
華は複雑そうな顔をしながら、俺の手を引いてズンズン歩く。
女子大の構内で、明らかに教員じゃない男はかなり目立つ。そもそも華自体が目立つ容姿をしているから、否が応でも目を引いて。
(──まぁ、いいか)
華が気にしていないようだから。
「でね、本当に行方不明になっちゃったの」
「誰が」
「友達が」
華はぴたりと立ち止まり、ずいぶん年季の入った建物の前で俺を見上げる。
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