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【高校編】分岐・鍋島真
【番外編】春の日(上)(side真)
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桜がチラチラ舞う、春の日だった。
陽人が幼稚園に入学して、すぐくらい──の、夕方。
華が、倒れた。
その連絡があったのは、そろそろ帰ろうと大学の廊下を歩いていたとき。
窓からは、桜の花びらが重量を増しつつ夕陽に染まっている。橙色の桜の花。
カバンの中で震えるスマホには、華の名前。
「牛乳かな」
なにか買い忘れて、その連絡だと思った。
けれど、電話の先では──美月の慌て切った声。
『パパ、ねぇパパ、ママが起きないの!』
背後では、陽人の泣き声。
背中をびぃんと怖気が走った。スマホを取り落としそうになるのを叱咤して、一度電話を切って119番。
大学の前でタクシーを拾った。
ああなんで、なんで僕はバイクを手放してしまったんだ?
家に戻る途中で、切っていなかった電話から搬送先の病院の名前を知らされて、タクシーにもそちらに向かってもらうことにする。
とにかく全てが酷くノロノロとしている気がして、イライラだけが募った。
華。
華。
僕の、最愛のひと。
(ああ、壊してしまおう)
夕陽に染まった、春の街。
要らない。きみがいないのなら。
世界なんか──そうだろう?
(そうだ、そうだった)
きみがいなくなったら、もうこんな世界、いらないんだった。
(約束したんだ)
華。
もしきみが、きみに何かあれば──僕はなんの衒いもなく、この世界をブチ壊す。
でも、駆けつけた病院の廊下で、僕はそうする訳にいかなくなったことを悟る。
「パパぁ!」
なだめていてくれたのだろう、看護師さんのそばから離れ、僕の方に駆けてくる小さなふたり。
彼らもまた、僕の最愛なのだった。
(困った)
どうしよう、と思う。
華がいない世界に価値なんかないのに──この子たちを死なせるわけには、いかないのだ。
「ご主人ですか?」
近づく看護師に頷くと、彼女は安心させるように笑う。
本当は、こんなふうに笑うのは良くないのかもしれない。けれど彼女は笑ってくれて、僕は心底ホッとした。
なにかクリティカルな状況ではないのだと、そう思えて──落ち着いた。
「いま検査中ですが、呼吸も心拍も安定しています。念のためMRIを撮りたいので……」
個室に通されて、医師から色々と説明を聞く。
とにかく今ハッキリしているのは、「華に意識がない」ことだけで、呼吸も心拍も脳波も問題ない。色々検査をしても、脳の血管が詰まったわけでも、なんでもない。外傷もない。
僕は病院のすぐ近くに、ホテルをとった。千晶に連絡をして、美月たちを預かってもらう。
「は、華ちゃん大丈夫なの!?」
駆けつけてきた千晶の顔は真っ青。けれど不安げな美月たちをみて、すぐに笑顔を見せる。
「ふたりとも、ママは大丈夫。ちあちゃんちで、ママが起きるのまとう?」
やだ、ここにいる、という2人を説き伏せて、千晶の車に乗せる。
春の夜風のなか、僕は華の病室に戻る。色々な検査が続く。全く異常が見つからなくて、逆に医師たちが焦り出すのがわかる。
原因がわかれば、対処のしようがある。
けれどわからないから。
僕はただ、華の手を握る。
シン、と眠っている──だけに見える。
規則的に上下する、華の胸部。
「華、起きて」
僕の声が、静かな病室に小さく響いた。
華は、なにも返さなかった。
陽人が幼稚園に入学して、すぐくらい──の、夕方。
華が、倒れた。
その連絡があったのは、そろそろ帰ろうと大学の廊下を歩いていたとき。
窓からは、桜の花びらが重量を増しつつ夕陽に染まっている。橙色の桜の花。
カバンの中で震えるスマホには、華の名前。
「牛乳かな」
なにか買い忘れて、その連絡だと思った。
けれど、電話の先では──美月の慌て切った声。
『パパ、ねぇパパ、ママが起きないの!』
背後では、陽人の泣き声。
背中をびぃんと怖気が走った。スマホを取り落としそうになるのを叱咤して、一度電話を切って119番。
大学の前でタクシーを拾った。
ああなんで、なんで僕はバイクを手放してしまったんだ?
家に戻る途中で、切っていなかった電話から搬送先の病院の名前を知らされて、タクシーにもそちらに向かってもらうことにする。
とにかく全てが酷くノロノロとしている気がして、イライラだけが募った。
華。
華。
僕の、最愛のひと。
(ああ、壊してしまおう)
夕陽に染まった、春の街。
要らない。きみがいないのなら。
世界なんか──そうだろう?
(そうだ、そうだった)
きみがいなくなったら、もうこんな世界、いらないんだった。
(約束したんだ)
華。
もしきみが、きみに何かあれば──僕はなんの衒いもなく、この世界をブチ壊す。
でも、駆けつけた病院の廊下で、僕はそうする訳にいかなくなったことを悟る。
「パパぁ!」
なだめていてくれたのだろう、看護師さんのそばから離れ、僕の方に駆けてくる小さなふたり。
彼らもまた、僕の最愛なのだった。
(困った)
どうしよう、と思う。
華がいない世界に価値なんかないのに──この子たちを死なせるわけには、いかないのだ。
「ご主人ですか?」
近づく看護師に頷くと、彼女は安心させるように笑う。
本当は、こんなふうに笑うのは良くないのかもしれない。けれど彼女は笑ってくれて、僕は心底ホッとした。
なにかクリティカルな状況ではないのだと、そう思えて──落ち着いた。
「いま検査中ですが、呼吸も心拍も安定しています。念のためMRIを撮りたいので……」
個室に通されて、医師から色々と説明を聞く。
とにかく今ハッキリしているのは、「華に意識がない」ことだけで、呼吸も心拍も脳波も問題ない。色々検査をしても、脳の血管が詰まったわけでも、なんでもない。外傷もない。
僕は病院のすぐ近くに、ホテルをとった。千晶に連絡をして、美月たちを預かってもらう。
「は、華ちゃん大丈夫なの!?」
駆けつけてきた千晶の顔は真っ青。けれど不安げな美月たちをみて、すぐに笑顔を見せる。
「ふたりとも、ママは大丈夫。ちあちゃんちで、ママが起きるのまとう?」
やだ、ここにいる、という2人を説き伏せて、千晶の車に乗せる。
春の夜風のなか、僕は華の病室に戻る。色々な検査が続く。全く異常が見つからなくて、逆に医師たちが焦り出すのがわかる。
原因がわかれば、対処のしようがある。
けれどわからないから。
僕はただ、華の手を握る。
シン、と眠っている──だけに見える。
規則的に上下する、華の胸部。
「華、起きて」
僕の声が、静かな病室に小さく響いた。
華は、なにも返さなかった。
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