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【高校編】分岐・鍋島真
【番外編】流星群(下)(side真)
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僕がどれだけ幸せか、僕の奥さんは考えたこともないに違いない。
ときどき、ほんとうにときどき──視線を感じる(ような気がする)ことがある。
そこには、小さな僕がいる。
父親に蹴り壊された天体望遠鏡を抱えた、孤独なみすぼらしい鳥。
じっと見ている。
家族的家族なコトをしてる僕を。
たとえば、山の中でテントを張って、レトルトのカレーを鍋で作って、それを家族に振舞う僕、とかね?
「おいしー!」
小学生の美月と、まだ幼児の陽人と、大人用のカレーと、わざわざ三種類作る僕とか、ね。
ランタンの灯のなか、僕を見上げて嬉しげに笑う子供たちと、彼らの口元を拭う大好きな奥さん。
『しあわせなの?』
小さな僕は言う。なんの感情も感じられないガラス玉みたいな瞳。
「しあわせだよ」
僕は答える。
嘘偽りなく、心の底から、……ああやっと、「君」は救われたんだね、と──そう思う。
ガラス玉の瞳をした、小さくて綺麗な僕。
死んでた僕を助けてくれたのは華。
子供を産んでくれて、大切に慈しんでくれて、換気扇からいつもいい匂いをさせてくれる僕の奥さん。
ガラス玉の少年が、ほんの少し笑って、ふわりと闇に消えた。
(さようなら)
きっともう、会うことはない。
「どうしたんですか?」
華が不思議そうに僕を見る。
「なんでも?」
そういいながら、僕は彼女に皿を差し出して──不審げな顔でカレーを口に運ぶのを観察した。
咀嚼する口元がエロい。
でもそれを子供の前で口にすると、多分、いや相当にキレられるのでぐっと我慢する。
「……なんですか?」
胡乱げなまなざし。多分、ヨコシマなことを考えたのがバレバレだった。
「なんでも?」
肩をすくめる。なんでも、なんでも、だ。
そうして親子四人で、寝そべって流星群を眺める。
細かい網状のレジャーシートの上に、簡易的なラグを敷いて寝心地よくして。
火球並みの明るさで空を横切るそれらに、子供たちは歓声を上げる。
華も目を見張って──。
虫の、りぃ、りぃ、という鳴き声と、美月のなんとか三回お願い事をしようという早口と、まだよく分からないけど綺麗だと思っている(と、思う)陽人と、ほけっとしてる華。
僕の全て。あとは千晶がいれば完璧なんだけれど。
じきに、子供たちは星を眺めながら寝付く。
すうすう、と安心しきって眠るのが良い。とてもいい。
眠っているときに、乱暴な足音で起こされる経験を、この子たちは経験しないであろうことが誇らしい。
頭の上に手をかざされて、その手は自分を撫でるものだと信じ切っているのが、この上なく僕は嬉しい。
「寝ちゃいましたね」
華の穏やかな声。
僕はほんの少し、頬を上げた。
僕が美月、華が陽人を抱き上げて、テントまで運ぶ。
ぐっすり寝ついて、少々のことでは起きそうにない。
──というか、まず起きないだろう。一度眠るとなかなか起きないところなんか、ほんとに華にそっくりだ。
山は冷えるから、少しあったかめの寝具を用意して──いたんだけど、華が一瞬眉を寄せた。
「また新しいの買ってる……」
「うん、まぁね、そう。でも風邪ひくよりよくない?」
「ウチの布団持ってきたらいいじゃないですか」
「汚れるよ?」
「ん、んん……」
華は複雑そうな顔をする。
僕は結構オカネモチなのに、華は昔から、なんていうか、こんな感じだ。ケチとはまた違うんだけれど、すごく堅実。
ずっとそう生きてきたんだろうなぁ、っていう──。
「真さん?」
「いや」
僕は軽く首をふる。華が話したがらないなら、聞かなくていい。
テントから出て、今度は二人並んで星を見上げる。
手を繋ぐ。握る。華も握り返してくれる。
キスをする。後頭部を撫でる。華はくすぐったそうに笑う。
抱きしめる。その首筋に顔を埋める。好きって思うし、実際それは口から出てしまう。
「もう」
華は少し照れて身をよじる。そんな華に構わず、僕は続ける。
「好き。愛してる。ずっとそばにいて」
「……バカですねぇ、いるに決まってるじゃないですか」
華に頬を摘まれる。全然痛くなくて、僕はもう一度華にキスをする。今度は重ねるだけじゃなくて、舌を捻じ込んで華の口腔を味わって誘い出して、甘噛みして絡み合わせる、そんなキスを。
「っ、もう……」
「ねえ華、もうひとり産む気ない?」
「わ、もうばか、どこ触ってるんですか」
「華チャンが言えない、恥ずかしいトコロ?」
華の頬が、暗い中でもわかるくらいに熱そうだ。まったく可愛いんだから、僕の奥さんは。
その日、もうめちゃくちゃに愛し合ってる途中で、華がぽつりと言う。
「ねぇ真さん、前世とかって信じますか」
昔も──僕はその質問をされたことがある。
あのとき僕は、どう答えたんだっけ?
おそらく肯定的な意見ではなかった、と思う。
けれど──今は違う。
何せ、どうやら僕たちの可愛い子供たちはかつて……雀蜂であったようなのだから。
「ある、のかもしれないね」
はむり、と華の形のいい耳を噛む。こりこりと軟骨を唇で弄ぶと、華は僕に抱きつきながら、小さく言う。荒い息の合間に。
「そうですね」
艶かしい、熱い息の最中から、華は身悶えながらこう続けた。
「あるのかも──しれません、よね?」
ときどき、ほんとうにときどき──視線を感じる(ような気がする)ことがある。
そこには、小さな僕がいる。
父親に蹴り壊された天体望遠鏡を抱えた、孤独なみすぼらしい鳥。
じっと見ている。
家族的家族なコトをしてる僕を。
たとえば、山の中でテントを張って、レトルトのカレーを鍋で作って、それを家族に振舞う僕、とかね?
「おいしー!」
小学生の美月と、まだ幼児の陽人と、大人用のカレーと、わざわざ三種類作る僕とか、ね。
ランタンの灯のなか、僕を見上げて嬉しげに笑う子供たちと、彼らの口元を拭う大好きな奥さん。
『しあわせなの?』
小さな僕は言う。なんの感情も感じられないガラス玉みたいな瞳。
「しあわせだよ」
僕は答える。
嘘偽りなく、心の底から、……ああやっと、「君」は救われたんだね、と──そう思う。
ガラス玉の瞳をした、小さくて綺麗な僕。
死んでた僕を助けてくれたのは華。
子供を産んでくれて、大切に慈しんでくれて、換気扇からいつもいい匂いをさせてくれる僕の奥さん。
ガラス玉の少年が、ほんの少し笑って、ふわりと闇に消えた。
(さようなら)
きっともう、会うことはない。
「どうしたんですか?」
華が不思議そうに僕を見る。
「なんでも?」
そういいながら、僕は彼女に皿を差し出して──不審げな顔でカレーを口に運ぶのを観察した。
咀嚼する口元がエロい。
でもそれを子供の前で口にすると、多分、いや相当にキレられるのでぐっと我慢する。
「……なんですか?」
胡乱げなまなざし。多分、ヨコシマなことを考えたのがバレバレだった。
「なんでも?」
肩をすくめる。なんでも、なんでも、だ。
そうして親子四人で、寝そべって流星群を眺める。
細かい網状のレジャーシートの上に、簡易的なラグを敷いて寝心地よくして。
火球並みの明るさで空を横切るそれらに、子供たちは歓声を上げる。
華も目を見張って──。
虫の、りぃ、りぃ、という鳴き声と、美月のなんとか三回お願い事をしようという早口と、まだよく分からないけど綺麗だと思っている(と、思う)陽人と、ほけっとしてる華。
僕の全て。あとは千晶がいれば完璧なんだけれど。
じきに、子供たちは星を眺めながら寝付く。
すうすう、と安心しきって眠るのが良い。とてもいい。
眠っているときに、乱暴な足音で起こされる経験を、この子たちは経験しないであろうことが誇らしい。
頭の上に手をかざされて、その手は自分を撫でるものだと信じ切っているのが、この上なく僕は嬉しい。
「寝ちゃいましたね」
華の穏やかな声。
僕はほんの少し、頬を上げた。
僕が美月、華が陽人を抱き上げて、テントまで運ぶ。
ぐっすり寝ついて、少々のことでは起きそうにない。
──というか、まず起きないだろう。一度眠るとなかなか起きないところなんか、ほんとに華にそっくりだ。
山は冷えるから、少しあったかめの寝具を用意して──いたんだけど、華が一瞬眉を寄せた。
「また新しいの買ってる……」
「うん、まぁね、そう。でも風邪ひくよりよくない?」
「ウチの布団持ってきたらいいじゃないですか」
「汚れるよ?」
「ん、んん……」
華は複雑そうな顔をする。
僕は結構オカネモチなのに、華は昔から、なんていうか、こんな感じだ。ケチとはまた違うんだけれど、すごく堅実。
ずっとそう生きてきたんだろうなぁ、っていう──。
「真さん?」
「いや」
僕は軽く首をふる。華が話したがらないなら、聞かなくていい。
テントから出て、今度は二人並んで星を見上げる。
手を繋ぐ。握る。華も握り返してくれる。
キスをする。後頭部を撫でる。華はくすぐったそうに笑う。
抱きしめる。その首筋に顔を埋める。好きって思うし、実際それは口から出てしまう。
「もう」
華は少し照れて身をよじる。そんな華に構わず、僕は続ける。
「好き。愛してる。ずっとそばにいて」
「……バカですねぇ、いるに決まってるじゃないですか」
華に頬を摘まれる。全然痛くなくて、僕はもう一度華にキスをする。今度は重ねるだけじゃなくて、舌を捻じ込んで華の口腔を味わって誘い出して、甘噛みして絡み合わせる、そんなキスを。
「っ、もう……」
「ねえ華、もうひとり産む気ない?」
「わ、もうばか、どこ触ってるんですか」
「華チャンが言えない、恥ずかしいトコロ?」
華の頬が、暗い中でもわかるくらいに熱そうだ。まったく可愛いんだから、僕の奥さんは。
その日、もうめちゃくちゃに愛し合ってる途中で、華がぽつりと言う。
「ねぇ真さん、前世とかって信じますか」
昔も──僕はその質問をされたことがある。
あのとき僕は、どう答えたんだっけ?
おそらく肯定的な意見ではなかった、と思う。
けれど──今は違う。
何せ、どうやら僕たちの可愛い子供たちはかつて……雀蜂であったようなのだから。
「ある、のかもしれないね」
はむり、と華の形のいい耳を噛む。こりこりと軟骨を唇で弄ぶと、華は僕に抱きつきながら、小さく言う。荒い息の合間に。
「そうですね」
艶かしい、熱い息の最中から、華は身悶えながらこう続けた。
「あるのかも──しれません、よね?」
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