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【高校編】分岐・鍋島真

【番外編】流星群(上)

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 真さんが「星を見にいこう」と言い出したのは8月の半ば、その夕方のこと。
 夕食の準備をしよう、としていたところに唐突にいつもより早く帰宅した真さんが、開口一番にそう言ったのだ。

「流れ星?」

 長女の美月が言う。まだ2歳になったばかりの陽人あきとはぽかんと姉と父親を交互に見つめている。
 ……驚くほどに真さんそっくりの男の子だ。
 ニュースでは数日前から、ペルセウス座流星群が見頃を迎えます、と報道されていた。
 真さんが全然反応しないから、今回はスルーするのかと思いきや。

「そうだよお星様を見に行くよ、美月、陽人。あれ、華なにしてるの?」
「……夕食の準備ですが」

 真さんはやっぱり美しく笑う。三十路を超えてこれ……我が夫ながら、未だに眩しい。

「今日はカレーかな」
「違いますけど」
「カレーなんだよ。さあ僕の家族たち、車に乗って~」

 しばらく黙ったあと、お肉を冷蔵庫に戻す。ほんとに、もう……。
 まだ作ってなくて良かった!

 ファミリータイプのミニバンに乗り込みながら、私はブチブチと文句を言う。

「騙し討ちです! キャンプの準備、いつの間に?」
「秘密だよ」

 後部座席でキッズシートに座り、シートベルトを自分で締める美月と、真さんにチャイルドシートに乗せられてる陽人。
 私は助手席で、三列目のシートが倒されて、そこにたくさんのキャンピング用品が積まれているのに小さくため息をつく。
 サプライズが好きなんだか、思いつきで行動してるんだか、……まぁ真さんの行動を読むというのはとっくの昔に諦めてる。

「どこに行くんですか?」
「山」
「まぁ、そりゃそうでしょうけれど」

 助手席でシートベルトをしている私の横、運転席に座りながら真さんは優雅に笑った。

「あのさ」
「はい?」
「買っ、ちゃっ、た」
「……はぁあ!?」

 詰め寄ろうとして、勢いありすぎてシートベルトがびぃんってなる!

「げふげふっ」
「あはは素っ頓狂な顔してるあっはっはっは」

 な、なにそれ!
 買っちゃったって、山を!?

「心配しないで。僕のお小遣い貯めただけだよ」
「いや、えぇー……」

 頭を抱えそうになりながら、まぁどこかで仕方ないかなとも思う……。前々から好きに星の観察できるところを探してる、って言ってたもんなぁ。

「ふふ、なんだかんだ僕に甘い華、大好き」
「もう、……好きに言っててください」

 シートに深く背を預ける。
 結婚してもう10年以上経つけれど、相変わらず振り回されてばっかりだ。
 美月はくすくすと笑っていた。
 普段甘えん坊なくせに、妙なところで大人びている。そういうところも、可愛いんだけど……性格が真さんそっくりな気がしてる。

「ふたりは着くまで寝ておくんだよ」

 今日は夜遅くまで星を見るからね、と真さんが言う。

「眠くないよ、パパ」
「あっ、でんしゃー」

 後部座席で、子供達が騒ぐ。
 けれど、お昼間に散々にプールして疲れていたのもあったのか、気がつけば2人ともスヤスヤ夢の中。
 ふ、と息を吐いて運転してる真さんを見て……少し、思う。
 高校のときとかの真さんしか知らないひとが今の彼を見たら──顔貌が同じだけの、別人だって思うんじゃないかな。
 キャンピング用品積んで、マイカーは国産のミニバンで、仕事のない日は子供と遊ぶことに心血を注いで。

(UFOにさらわれて、別人格にされてたり?)

 思わずクスクス笑ってる私に、真さんは不審そうな目を向ける。

「失礼なこと考えてる?」
「いいえ?」
「嘘くさいな」

 赤信号で止まったスキに、手を握られる。なにをされるのかと見ていたら、まさかの。

「なんで指を舐めるんですかっ」
「あったから」
「っ、もう!」

 なんでか指を舐められた……まったく、油断も隙もない……。

「華も寝てたら」
「? いえ」
「そう?」

 ふんわりと頭を撫でられる。

「眠そうだけれど?」
「そうですかね……」

 言われれば──そう、昼間の疲れが出てきたような気もする。
 プール遊びをするふたりに、さんざん付き合って遊んだから……。

「おやすみ、僕の奥さん」

 うとうと、と眠る。
 見た夢は──ペンギンの夢。
 飛ぶように泳ぐ……あれ? いつだかも、こんな夢を……。

「起きて」

 唐突なほどに鼻を摘まれて、ぶふうとか変な声が出てしまう。

「わ、ぁ。……ペンギンは?」
「寝ぼけてるの」

 それから真さんは笑った。

「またペンギンの夢?」
「また、……って?」
「内緒。さ、子供たち起こそう」

 ぼうっと窓越しに外を見る。
 ぼんやりした灯りはランタン? それから少し強力な懐中電灯と、……テント。

「わ、ごめんなさい。ひとりでさせちゃった」
「いいんだ」

 僕がしたかったから、と真さんはふんわりと笑う……こんな柔らかな笑い方は、美月が産まれてからするようになった、と思う。
 少しずつ、変わっていっている。
 真さんも──ひょっとしたら、私も。
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