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【高校編】分岐・山ノ内瑛

【番外編】冬の記憶(上)

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 瀬戸内気候に珍しく、雪が降った。

「わー、雪!」
「雪やな~」

 お休みだったアキラくんは、コタツで相変わらずお勉強をしてる。むずかしそーな本。
 私はコタツから出たくなくてウジウジしてたけど、意を決してその暖かな素敵空間から這い出た。

「うー、バイト行かなきゃぁ」

 コタツの天板で開いていた分厚いカタログを、ぱたんと閉じる。
 表紙は純白のドレスのモデルさん。

(……似合うのかなぁ、私にウェディングドレスなんて)

 表紙を指でなぞった。レンタルの、ウェディングドレスのカタログ。
 春に式を挙げることに決まったのはいいんだけれど──というか、幸せなことなんだけれど。
 私には、そんなに招待する友人知人はそこまでいない。相良さんと小西さん、それにバイト先で親しくなった友人くらい。あとは、何回か会ったことがある「おばあちゃん」と「弟」くらい、かな?
 だから、アキラくんも招待は少人数にして(友達とかたくさんいるだろうに、申し訳ない……)くれるとのこと。比較的、リーズナブルな式になりそうだった。
 そのかわり、チーム関係者を招いての二次会はかなり大規模になりそうなんだけれど……楽しんでもらえるようなものにしたいなぁ、とボンヤリ思っている。

「クルマで送ろうか?」
「ううん、雪だし危ないよ」
「大したことないで」
「大丈夫~」

 立ち上がりながら言う。

「……正月太り、どうにかしなきゃだし」
「いやさわり心地がええから、うん」
「オブラートは時に人を傷つけるんだよ、アキラくん」

 ため息をついて、ベランダに面した掃き出し窓から舞い落ちる粉雪を眺めた。
 曇天からふんわりふんわり落ちてくる、雪。
 洗面所で着替えて、リビングに戻ると、コタツにアキラくんはいない。ベランダでぼうっと雪を見てるみたいだった。
 どきん、とした。

(……? なにこれ)

 妙な不安。
 アキラくんの大きな背中が見える。──でも「あのとき」はまだ、背は私より高かったけれど──こんな「男の人」の背中じゃなくて──。

 雪。
 落ちてくる、雪。
 笑うアキラくん。
 ベランダの手すりに座って──。

 気がついたら、その背中にくっついていた。

「華?」
「あ、アキラくん、手すりから離れて。座ったりしちゃ、ダメだよ」

 声が震える。
 脳裏にチラつく、記憶の断片。

(アキラくんが落ちちゃう)

 怖くて怖くて、たまらなかったんだ。
 アキラくんはキョトンとしたあと、慌てたように私の手をとって、室内に入った。カラカラと掃き出し窓が閉められて、アキラくんはどこか自分を責める表情で、私を見つめている。

「ごめん、ごめんな華、……トラウマになってもうとるやないけ」
「トラウマ?」
「……ん、ごめん。ほんまに」

 アホなことした、とアキラくんは私を腕の中に閉じ込める。
 アキラくんのあったかさを感じていると、徐々に震えも落ち着いてくる。
 私が落ち着いたのを見たアキラくんは、そうっと私をソファに座らせる。
 自分は横に座って、──手は繋いだまま。

「あんな、俺アホやから、昔……華の前で、ベランダの手すりに座ってたことあんねん。それもクリスマスに」
「危ないよ、なにしてるの」

 怒りながら彼の腕を叩く。
 アキラくんは申し訳なさそうに目を伏せた。

(えっと──そう、高校生くらいのこと?)

 分厚い灰色の雲から落ちてくる雪片。
 そのイメージは、真っ黒な空から、落ちてくる白い雪に変わる。
 "おかあさん"──私はそう言って、ベランダから──。
 寒くて暗かった、あの日。

(──あれ?)

 違う。
 また呼吸が荒くなる。

「ち、がう?」
「華?」
「ベランダから落ちたのは、アキラくんじゃなくて──わ、たし?」
「華、華」

 アキラくんが慌てたように私に向き直る。
 寒くて寒くて、でも幸せだった春の雪。

「買い物に、行こうって、お母さんと」
「……うん」

 アキラくんは苦しそうに私の手を握る。
 頭のなかでぐちゃぐちゃになってる、記憶。まだ子供の私。
 アキラくんの胸板に頭を預ける。なぜだか涙が止まらない。バイト、行かなきゃ、なのに──。

「約束。しとったのに」

 アキラくんが私の肩に置いていた手に、ほんのりと力がこもった。
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