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【高校編】分岐・黒田健

(side健)

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 設楽がなんか気合の入ったカオで桜澤に向かっていくから、俺はその手を取って止めた。

「設楽」
「あれ? 黒田くん」

 どうしたの? なんてきょとんと俺を見上げる設楽は、さっきまでの気合いはどこへやら、って感じだ。
 俺を見て、俺だけに意識が向いて。
 肩から、力が抜けた。
 ……そうさせてるのが俺だってのは、正直妙に誇らしい。
 ギャラリーが少し、ざわめく。「写真の」なんて聞こえるから、そーいや俺と設楽、写真撮られてたなと気がついた。

(しっかし)

 白、白、白のブレザーの群れで、俺の黒い詰襟学生服は浮きまくりだ。なんだか笑える。

「……な、んで」

 小さく、ほんとうに小さくーー桜澤が呟く。

「よお桜澤。そういう目のやつに会うのは二度目だよ」
「……なんの話」

 さっきまでの小動物然とした雰囲気をガラリと脱ぎ捨てて、桜澤は低く言う。
 ……同時に、自分の周りにいる「攻略対象」(らしい、設楽の話によると)の奴らが自分を守るためじゃなくて、どうやら自分を「逃がさない」ために集まっている、ってことにも気がついたみたいで軽く眉を寄せて、鹿王院を見上げた。
 鹿王院の厳しい目つきを桜澤は受け流し、首を傾げた。

「話が見えないなぁ」
「さっきの目だよ、……ホトケでも見てるよーな目」

 淡々と、詰めていく。

「残念だったな」

 俺はざり、と地面を踏んで一歩、近づく。

「俺は殺しても死なねーんだ」
「……へえん」

 それってとても楽しそうね、と桜澤は言う。

「でも、それとあたし。何か関係、ある?」
「ある」

 設楽が、何か不安そうに俺の制服の裾を掴む。その手を、俺は握った。

(大丈夫)

 そう、言葉にしなくても伝わったらしい。設楽はすこしだけ、頬を緩めた。

「……青、ちゃん」

 男の声に、桜澤は面倒臭そうに視線を上げた。その視線の先にいるのは、白井。
 警察官二人に付き添われ、すこし窶れたカオで桜澤を見る。
 その後ろには、親父もいた。

「もう、終わりにしよう」
「なにが? あなた、誰?」

 桜澤は笑う。とても綺麗な、笑顔なんだろう。
 ……俺には、作り物にしか見えないけれど。

「このまま、だと。オレ、死刑になる」

 震える声で、白井は言った。
 設楽が不思議そうにする。……あの連続殺人、犯人がコイツらだってのは、設楽は知らないから。

(結局。正攻法しかなかったんだよな)

 俺は思い返すーー結局、何もはかない白井に対して俺……というか、警察が取ったのは地道な作業だった。
 一件一件の、事件の立証。
 証拠の積み重ね、「刑事は足だよ」を地でいく作業の繰り返し。
 そうして、警察は……つうか、親父は白井に告げた。

「このままだと、お前ひとりの罪になるぞ?」

 何人死んだと思ってるんだ?
 そのことばを、白井は多分予想していたんだろう。多分、どっかで常に考えてた。ふたりめか、3人めのときには。
 ぐ、と唇をかんで、うなだれたーーらしい。

「日本の死刑基準は、だいたい3人なんだ」

 白井が吐いた、って報告のあった日のこと。親父は淡々と俺に言った。

「2人で可能性は上がり、3人なら確定、みたいなとこはある」

 だから、ーー白井には恐ろしかった、んだろう。
 もし白井ひとりの罪となれば、白井の死刑は確実だったから。

「……君に、殺されるのなら、いい」

 桜がやたらと舞い散る庭園で、白井は震える声で桜澤に言った。

「けれど! オレは怖い! 死刑はいやだ! オレは、オレは……君に殺されたいんだ」

 震えながら近づく白井に、桜澤は目線を向け、それから天を仰いだ。

「……当然、証拠も揃ってるのよね?」

 独り言のようなそれに、俺は目線だけで頷く。ふうん、と桜澤はつぶやいた。

「こんな衆人監視をえらんだのは、……そっか、あたしをためね?」

 桜澤は薄く笑う。
 警察が一番懸念したのは、桜澤の自殺、だった。
 おそらくそれくらいは平気でやるだろう、とーー俺もそう思っていた。
 コイツの前では、自分の命も他人の命も、全く重さがない。

(設楽いわく……ゲームだから、だっけか?)

 ここが「ゲーム」の世界だから、桜澤にとっては「死」は全然リアルじゃない。
 キャラクターがひとり、いなくなるだけ。
 そんな背景は警察は知らないだろうけれど、それでも桜澤を死なせないために監視を多くする必要があった。

(どう動くかわかんねーから)

 じゃあいっそ、群衆の中で逮捕しようと、異例中の異例ではあるけれど、そう決まったのが昨日。
 バタバタと鹿王院に連絡をとり、場をセッティングしてもらったけど、……やっぱすげえな、と舌を巻く。
 完璧、オーダー通りのシチュエーションを一晩で仕掛けた。
 鹿王院と目が合う。
 俺と設楽を見てて、俺は鹿王院を見返す。てめーがどんだけ凄くても、設楽だけは渡せねー。
 桜澤が薄く笑う。

「残念、残念、残念……もうすこし楽しみたかったのに」
「認めるのか、桜澤」

 親父の声に、桜澤は目を閉じた。
 もう、なにも話さないーーそんな覚悟の顔に、そう見えた。
 ぶわりと桜が舞って、設楽がすこし、眩しそうに目を細めた。
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